2017/11/16

ホンマでっか!? 日馬富士が貴ノ岩をビール瓶で殴った現場に日産会長もいた?


ダジャレが日本を滅ぼす

〇苗字違い
 電話をかけると、相手が出たので、名乗った。
 「わしだ」
 「たかだ(鷹田)さんですか?」
 「いや、鷲田(わしだ)だ」

〇大相撲の話題 1
 日馬富士が貴ノ岩の頭を殴ったとき、
 「ゴーン」
 という音声が響いたという証言あり。
 確認のために取材すると、カルロス・ゴーン会長は、
 「そんなことは、私にとっては、たいした損失ではない。むしろ、風邪をひいたことの方がこたえる」(大した損失ではない=軽い損失=カルロス)
 といって立ち去った.
 Gone with The wind. (風と共に去りぬ)

〇大相撲の話題 2
 稀勢の里は、太っているので、浴衣を着るのに骨が折れる。
 見かねた親方が弟子のひとりに命じた。
 「きせてやれ」

〇2018年NHK大河ドラマの話題
 上野の西郷さんの銅像は、南に背中を向けている。
 なぜか!?
 西郷さんの号である南洲が「南臭」に通じるという理由で避けた。

〇次の項目のうち、正しくないものをを1つ選べ。
 微笑み返し、お歳暮返し、倍返し、うんこ返し

〇次の項目のうち、正しいものを選べ。
 脱糞小僧、大便小僧、小便小僧、ショーペンハウエル小僧

〇名画「モナ・リザ」の作者は誰か。次の中から選べ。
 レオナルド・ダ・ウンチ、デカプリオ・ガ・ピンチ、レオナルド・ダ・ヴィンチ

〇名彫刻「ダビデ像」の作者は誰か、次の中から選べ。
 ミケランジェロ、コレナンジャロ、ミケネコジャロ

 どうもいかん、頭が栗きんとん状態(?)になっている。
 書いているオイラも疲れてきたので、今日はこれまで。

(城島明彦)

2017/11/15

日馬富士の暴力はリンチに相当。よって、「引退」ではなく「永久追放」がふさわしい!


ビール瓶で殴り、ビンタ20~30発は相撲界の暗部を象徴するパワハラ

 横綱の品格もクソもあったものではない。大相撲という日本の国技の尊厳をも毀損したのである。
 朝青龍の場合は素人相手だったのに対し、日馬富士は同業相手という違いはあるが、朝青龍が「自主的な引退」という道を取ったからといって、日馬富士も同じようにするわけにはいくまい。

 日馬富士が話しているときに貴ノ岩がスマホを始めたのを見て激怒、ビール瓶で殴ったうえ、馬乗りになってビンタ20~30発をかましたという。
 その間、貴ノ岩はされるままになっていたのか!?
 もしそうなら、たとえ酔ったうえでの行為であったとしても、力士にとっては雲の上の存在である最高位の横綱が、自身の地位を笠にきて、無抵抗の下位力士相手に乱暴の限りを尽くしたということになり、その行為は、どうひいき目に見てもパワハラ以外の何物でもない。

 「引退」などという生ぬるい処分ではなく、「追放」が最もふさわしい。


〝張り差し大好き横綱〟は危険信号だ

 白鵬、日馬富士らが本場所の取組の際、下位力士に対して「張り差し」を頻繁に行ってきたことを、私は繰り返し、批判し続けてきたが、日馬富士の今回のビンタは、その延長戦上にあるとみている。
 白鵬は、土俵外で、日馬富士のようなことはしていないが、土俵上で明らかなパワハラをやっている。だから、何度優勝しようが、横綱の品格を備えているとはいえない、と私は思っている。
 
 双葉山、大鵬、貴乃花が、来る日も来る日も張り差しを連発したという話は、聞いたこともない。
 たとえ遅れて立とうが、不得手な組み手になろうが、勝つ。
 対戦相手のいかなる戦法も、堂々と受けて立つ。
 それが真の横綱相撲ではないのか。

 かつては、下位力士が横綱相手に張り差しや張り手を行うことは、皆無に近かった。
 それをいいことに、張り差しを連発してきたのが白鵬であり、日馬富士だ。
 横綱が毎度毎度、張り差しばかりやっている図は、見ていて不快になる。

 先場所、北村横審委員長は、「私は、個人的には横綱が下位の者に張り差しをするのは好きではない」と語ったが、そういうことをいった横審委員長はそれ以前にはいなかった。
 その意味でも、私は北村氏を尊敬し支持する。


〝隠れパワハラ№1〟は、汚いことを平気でやる白鵬

 白鵬が、たとえ優勝回数が歴代1位であれ、張り差しばかりやっているうちは、真の横綱とみなすべきではない。
 白鵬は、意図的に汚い手を使うからたちが悪い。今場所、二日目の玉鷲戦では、
「白鵬が汗を拭いておらず、突きに出た手がすべって負けた。汗ぐらい拭いておいてほしい」
 と玉鷲が苦言を呈している。
 
 観客の目は節穴ではない。見る人は見ているのだ。

 力や技を磨くだけでなく、心も磨け! 


〇「生き方」や「心」を学んでほしい 城島明彦の本

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(城島明彦)

2017/11/13

名作? いや世紀の駄作だ! 地上波初との触れ込みの映画「シン・ゴジラ」を観た率直な感想


アニメ風ではなく漫画風――セリフ早すぎ、字幕読めず、映像は斬新だが疲れまくる

 2016年7月末に公開された超大作映画「シン・ゴジラ」は、「エヴァンゲリオン」の庵野秀明が総監督・脚本、「進撃の巨人」の樋口真嗣が監督・徳木監督を務めるということで封切前から話題を集め、公開後は大人気で、興行収入82億円突破は同年公開の方が中トップとなり、日本アカデミー賞を7部門(作品賞・監督賞ほか)で最優秀賞を受賞し、WOWOWでは既にオンエアされたそうだが、「地上波」としては昨晩、テレ朝が初めて放送した。

 だが、見終わってしばらくすると、強い印象も何の感動も残らないのは、なぜなのか

 従来のゴジラ映画のイメージを覆した点や、映画技法としては非常に斬新な印象を受けるが、観客不在の読めない字幕・聞こえないセリフ――こんなせわしない映画は、見たことがない。 アイデアは斬新だが、名作とはいえず、世紀の大駄作ではないのか!?
 というのが、一夜明けた私の感想だ。


子どもたちには、字幕が読めず、セリフもわからない

 ゴジラ映画は大好きで、過去の作品はほぼ観ている。繰り返し観た作品も多い。
 そんなゴジラ映画の29作目「シン・ゴジラ」は、過去のゴジラ映画のイメージを一新したという評判が高かったが、これまで映画館へ足を運んでまで見たいとは思わず、またDVDを探し求めようという気にまではならなかった。

 当初、「シンというのはどういう意味の英語なのか」と疑問に思ったが、英語ではなく、「新」「真」「神」という複合的な意味を込めた日本語だと知ったものの、いまひとつピンとこなかった。
 さらに、狂言師の意見とかで、前足が上向きになっているのにも違和感を覚え、これまで観なかったのだ。
 4足歩行をしているうち、進化の過程で前足が退化しても、裏表が逆になることはないのではないか。
 
 そういった違和感はあったものの「地上波初」というテレ朝の惹句に誘われて、昨晩は2時間を優に超える長大作を観ることになった。

 ところが、いざ観てみると、セリフが恐ろしく早く、聞き取りにくかった。観客にセリフをわからせないで、どうする! ゴジラ映画が大好き少年たちも、これでは意味を理解できないだろう。

 セリフの量が多すぎて、セリフを早くしゃべらせないと、尺(映画の長さ)が伸びまくってしまうからそうしたのか、それとも監督の哲学なのか。斬新さをはき違えている、と私には映ったが、他の人はどう思ったのだろう。


読みきれない長すぎるスーパー(字幕)の連続

 おびただしい数の脇役の登場人物が次々と登場し、そのつど字幕が出るが、その肩書の字幕が不必要に長すぎ、読み終わらないうちに字幕が消えてしまう。
 場所を表示するスーパーについても同様。
 たとえば、本来なら「東京湾」というスーパーですます場面でも、この映画は、
 「東京都江東区東京湾お台場」
 と、「全部読ませない」ことを意図したとしか思えないような長々しいテロップを不必要に繰り返す。 
 外国人が話すときの日本語のテロップも全部読めないうちにカットが変わる。
 ゴジラ映画が大好きな子どもたちは、ついいていけないだろう。

 「誰のために出している字幕なのか」
 と不快に思わざるを得ない。
 「演出家の自己中(独りよがり)そのもの」ではないか。

 アニメでも、ここまではやらないのではないか。
 漫画なら、文字が長くても、ゆっくり読めるが、この映画では読めない。


ゴジラは怪獣神?

 God=神を「シン」と読ませる「和製英語っぽいタイトル」は、果たしてどうなのか。
 アメリカ人に対しては、「神」は「しん」ではなく、「カミカゼ」の「かみ」の方が馴染み深い。だが、映画の中で、英語の〈godjilla〉は「God」(神)云々と石原さとみが説明する場面があり、「ゴジラ」が第1作以後、アメリカで大受けしてきたのは、この命名によるとところも大きい。

 Godjilla=God+Fuji+AmGorilla(神・富士・水陸両生怪獣)
 という後講釈はどうか!

 新発見の水陸両生巨大怪獣「ゴジラ」の発案者だった東宝のプロデューサー田中友幸は、「ゴリラ」と「クジラ」の合成語として「ゴジラ」と命名しただけだったが、英語表記〈godjilla〉にgodが含まれていることは手放しで絶賛できる。
 日本語では、ゴリラとクジラは似たような発音になるが、英語ではゴリラGojillaとクジラWhaleに共通点はない。
 恐竜はDinosaur(ダイナソーズ)、怪獣はMonster(モンスター)で、これも合成語の中に入れるとなるとややこしくなる。

 そこで、水陸両用怪獣のDNAを分析したら、ゴリラのものが含まれていたとこじつけ、ちと苦しいが、

 水陸両生Amphibian(アンフィビアン)+ゴリラGorilla= AmGorilla(アンゴリラ)
 
 とする。
 よって、「ゴリラ」+「クジラ」+「God」にさらに日本の象徴Fuji(Mt.Fuji/富士山)の意味もあると、後講釈したいと、私は思うのだ。

 私が〝ゴジラの生みの親〟田中友幸氏と会って直接話したのは、たった一回しかない。
 私が東宝助監督をしていた頃か、東宝をやめてソニーに移ってからかは記憶にないが、私が書いたSFの映画企画に田中氏が関心を示しているというので、会いに行ったのだ。そのとき、どういう会話を交わしたかはまったく覚えていないのが残念である。

〇城島明彦の著書(2012~2017年のもの)

 Photo 最新刊
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(城島明彦)

2017/11/12

シイちゃん訪ねて幾千里。ああ、疲れたの巻


「秋たけなわ」って、どんな縄じゃろか

 「竹で編んだ縄に決まっとろうが」
 どこからか、女の声がした。
 聞いたことがある声だった。
 
 姿を現したのは、おお、お懐かしや、かの夏目雅子が演じた鬼龍院花子ではないか。
 気がつくと、わしは、うれし恥ずかし、花子と絡んでおったのじゃ。

 夢はええのう、何でも思いどおりじゃ。
 ときには鬼面山ブス子に迫られる夢もあるが、大概は美女じゃな。
 Cカップだろうが、Dカップだろうが、カップ麺だろうが、思いのままじゃ。
 た、たまらん! イッヒ・タマラニッヒ!

 ところがじゃ、わしが花子の足の付け根に顔を埋めたとたん、花子が怒鳴っての。
 「舐めたら、舐めたらいかんぜよ!」
 わしは思わず詫びを入れておった。
 「す、吸いません」
 目が覚めると、丸まった掛布団をしっかりと抱きしめているではないか。
 何のこっちゃ。
 
 「わしもまだまだ枯れてはおらん」
 などと、ぶつくさいいながら枕元の目覚まし時計を見ると、午前2時ではないか。
 眠ってから3時間しかたっていないのに、どういうこっちゃ。
 気づけば膀胱が満タンの気配、ちびらないようにトイレで用をすせてから二度寝じゃ。
 
 するてぇと、また夢を見てしまった。今度は、こんな歌が聞こえてきた。
 ♪みんなは しいの実
   元気な しいの実
   お風に揺れて 歌おうよ
   お庭でころころ 遊ぼうよ
  みんな仲よく 遊ぼうよ

 わしが「シイちゃん」を訪ねて山野を徘徊することになったのは、その日からでな。
 シイちゃんとは、ドングリの親戚の「椎の実」のことや。


CGはシージーでも「椎爺」じゃ

 わしは小学校3年生の夏まで、田舎に住んどったんや。
 その村にある親戚のお屋敷の裏にシイの巨木があっての、わしが幼少期のある秋の日、母親がシイの実をもらってきて、一度だけだが食べたのじゃ。
 生で食べたか、炒って食べたかは覚えてはおらんが、初めて食べたので、えらくうまいように思えた。

 次にシイの実を食べたのは、それから35、6年すぎてからじゃった。逗子の山で道に迷って、山中のお寺で道を尋ねたとき、住職の奥さんがお茶と炒ったシイの実をご馳走してくれた。
 今の人は見向きもしない素朴すぎる味じゃが、わしは感激したんじゃな。
 「今度は、わが手でシイちゃんを拾って、自分で炒って食べてみたい」
 と思ったのじゃが、そのまま歳月が過ぎていきよった。

 その思いが、ふっと蘇って、わしを促したんじゃな。
 なぜ、今年の秋なのか!?
 もう先が長くないのかもしれんのう。

 で、わしはやな、そのシイちゃんを探しに、お万歩計を腰につけ、足の向くまま気の向くままに、これまで一度も足を踏み入れたことのない里山へと出かけたのじゃ。
 というのは、ちと大げさすぎるかの?
 うんにゃあ、よじ登るときに思わず掴んだ木の枝がポッキリと折れて、ものの見事に足をすってんころりん、ステンカ・ラージンじゃったが、お万歩計は2万歩超えじゃたけえ、決して大げさではねえだ、お代官様。

 ん? いつの時代の話をしとるんや!


どぶ臭い一級河川沿いに歩いた歩いた

 「高瀬川」といえば、森鴎外の代表作の一つ。
 「広瀬川」といえば、さとう宗幸の「青葉城恋歌」
 「若瀬川」といえば、頭が禿げ気味だった元関取。
 「長良川」といえば、五木ひろしのヒット曲「長良川艶歌」。
 「神奈川」といえば、東京都の隣の県。
 「音無川」といえば、わしが30年ほど前に野ぐそをした飛鳥山公園を流れる川。

 「あほクサッ、いつまでやっとるんじゃ」
 という罵声が聞こえてきそうなので、お遊びの「川ずくし」はこれでおしまい。

 わしが歩いたのは、「鶴見川」という一級河川沿いじゃ。
 しかし、この川はいかんのう、ドブ臭うてたまらん。タマラ・プレスじゃ。
 なのに、ジジババが散歩したり、若いのがジョギングしちょる。

 それでもわしは、お腰にお万歩計をつけて、「鶴見川」に沿って、てくてく、のろのろと歩きまくったのじゃ。
 これがホントのテクノロ爺(じい)ってか。
 秋はええのう、飽きがこん。山の中ではキツネがコン。テレビつければ大村崑。

 しかしなあ、お万歩計はあっても地図も磁石も不携帯。スマホなんぞ、持つ気もねえ。
 
 ところがどっこい、上流に行くにつれて、川が二手に分かれたり、暗渠になっておったりしてのう、わしは、何度も何度も道に迷うて、疲れ果ててしもうた。
 おまけに、里山に分け入っても、ドングリはワンサカ落ちているが、シイちゃんにはさっぱりめぐりあわなんだ。
 ♪すっかり 困ったき わ~いわい
 と、わけのわからん懐メロの歌詞の一節を口ずさみつつ、今来た道を逆戻りスロバニア。

 歩きながら、わしも考えた。
 「水は低きに流れる。知恵の低きはバカ。馬鹿が逆立ちするとカバ。カバの皮で作ったカバン」
 というわけで、わしは、土地が低い方へ低い方へと歩いていったのじゃが、あきまヘンドリックスや、道は一直線に下がっているわけではなく、上り下りしておったのじゃ。

 そんなわけで、将棋は棒銀、ワインはボージョレ・ヌーボーの秋じゃというのに、くたくたに疲れ果てて、わしの足は棒状で、見つけたちっこい公園で、とうとう小休止する始末。
 ああ、情けなや、年寄りの冷や水とはこのことか。
 15分も休んで、ふくらはぎをマッサージして、疲れをトリコモナス。
 通りかかった爺さんに
 「ちょっとお尋ねしますが、鶴見川はどこですか」
 と尋ねてみれば、こはいかに、つい目と鼻の先じゃった。
 そこから、再び川に沿って、てくてく、とぼとぼと帰ったのだが、帰り道がえらく遠く感じられて、ああ、しんどローム。
 だけど、男は我慢、我慢、我慢や、痩せ我慢

 ところが、それから数日後、土木事務所に「シイちゃん」の木が植えてある場所を尋ねると、近所の公園にあったのじゃな。
 さっそく行って、苦もなく、仰山拾ってきて、炒って食べまくった。
 
 ――てなわけで、「あほくさ!」「骨折り損のくたびれ儲け」というのが、「シイちゃん訪ねて幾千里」の最初のお万歩の結末というわけじゃな。


◆さあ、ここからは宣伝や宣伝や

 来年のNHK大河ドラマの主人公西郷さんについて、わしが書いた本なんや。税込み1620円で、1冊丸ごと、「西郷さんがなぜ誰からも愛されるか」をトコトン探った内容になっとるでな。11月6日に新発売や。 
 絶対、損はさせへんよ! ぜひ買ってちょうでゃあなも!(と、ここだけなぜか名古屋弁)
 Photo ※写真をクリックすると、ドングリまなこを超えた「西郷さんの巨眼」が迫って来るから、その眼を見ながら祈ってごらん。御利益があるよ!

(城島明彦)

2017/11/11

今日(1の4並び)は何の日?


老化防止の頭の体操

 11月11日は、靴下の日なんだとさ。
 靴下が2足、並んでいるように見えるからだって。
 涙ぐましいこじつけじゃのう。
 
 〓という記号があるが、これは「ゲタ」(下駄)と呼ばれているから、
 〓〓と下駄が2つ並んでいるから、「ゲタ・ツー→ゲッツー」で野球のダブルプレーの日とし、その年のシーズン中にダブルプレーを最も多くやった選手を表彰する方が納得。

 わしがそういうと、エロジジイがこう返した。
 「1111はな、『いいつ、いい』と読めるから『あの日』じゃよ」

 何のことはない、11月11日は「こじつけの日」ってことか。


 1月5日 イチコロの日
 2月4日 風疹の日
 3月8日 産婆(助産婦)の日
 4月4日 ジジ(爺)の日
 5月9・10日 極道の日
 6月29日 ムカつく日
 8月8日 ババ(婆)の日
 9月4日 クソの日

 頭の運動にはなるが、我ながらアホくさくなってきたので、もうおしまいじゃ。

(城島明彦)

2017/11/09

豊田真由子元議員、アテランス新作CM出演で新境地か!?


共演はベストセラー作家百田尚樹

 CMの内容は次のとおり。

 ほの暗い室内に、うつむいた女が一人。
 カメラが女の顔にズームアップすると、室内がパッと明るくなり、
 女が顔を上げ、手にしたムチを振るいながら絶叫!
 「この、ハゲ―ッ! 百たたきだッ!」

 うしろ向きに座った上半身裸のハゲ頭の男が、カツラをかぶりながら振り向き、
 「ハゲじゃないよ」
 と、可愛く笑う。
 
 「アテランス」のロゴにかぶせて
 ♪アテランス
 のサウンド。

(城島明彦)

大河ドラマが始まる前にぜひ読んでほしい一冊『考証・西郷隆盛の正体』


吉田松陰、坂本龍馬も心酔した日本陽明学

 拙著『検証・西郷隆盛の正体』が書店の店頭に並んだ。
 ありていにいえば、来年放送のNHK大河ドラマ「西郷どん」に照準を合わせたものだ。
だが、それだけではない。
 西郷さんは、日本陽明学の思想を実践に移すことで明治維新を成し遂げ、最大の功労者といわれるようになったが、私は今年5月に〝日本陽明学の始祖〟中江藤樹の代表作『翁問答』を現代語訳(到知出版社)しているので、西郷さんのことを書く機会に恵まれたことは、とてもうれしいのである。
 
 陽明学は中国が発祥の地だが、本家の中国では学問の域を超えることはなかった。
 一方、日本では、革命思想として政治に大きな影響を与え、明治維新の思想的バックボーンとなった。したがって、単なる「陽明学」ではなく、「日本陽明学」という言い方をするのである。

 中国で生まれた陽明学を日本流にアレンジした始祖が〝近江聖人〟といわれている中江藤樹で、その精髄に心酔し、自身の行動規範として明治維新という革命を達成した巨人が西郷隆盛であり、志なかばで散っていった吉田松陰や坂本龍馬らである。
 大塩平八郎や乃木希典も、日本陽明学の信奉者である。
 その後、日本陽明学を悪用して太平洋戦争に突き進んだ軍人も現れるが、日本陽明学本来の思想は、他国を侵略・支配するような思想ではない。


知行合一と至誠(真心)

 日本陽明学の思想を一言でいうと、
 「知行合一」(ちこうごういつ、または、ちぎょうごういつ)
 である。
 「口でいっていることと、実際に行っていることが一致する」
 別の言葉でいうと、「言行一致」だが、いったことをただ実行すればいいというのではない。「至誠」(真心・誠意)に裏付けられた実践でなければならいのだ
 そうするためには、「私心」(自分のためにする気持ち)は捨てなければならない。
つまり、「無私」が知行合一の原点である。
 したがって、日本陽明学を修得すると、自分自身を高潔な人格にまで高めようと努力するようになる。


書名の由来

 『考証・西郷隆盛の正体』
 という書名は版元の㈱カンゼンがつけた。
 同社はスポーツ関係の本を多く出しており、今後は歴史ものにも力を入れていきたいということで、本書が登場した。

 当初、私が考えていた書名は、
 『なぜ西郷さんは誰からも愛されるのか』
 だったので、違和感もあったし、抵抗感も覚えた。
 そのわけは、
 「正体」
 という言葉に対してである。

 「正体」という言葉は、昭和に少年期を送った私のような年齢の者には、時代劇映画などを通じて、
 「貴様の正体を暴いてやる」
 「とうとう正体を現したな」
 といった使い方が普通だと思っているところがあるのだ。
 人間に化けた妖怪が正義の刃を受けて、ついに妖怪の姿を現したといったイメージがあるのだ。
 
 しかし、辞書(『広辞苑』)を引くと、最初に出ているのは、
 「そのものの本当の姿」
 という意味である。
 別の言葉にすると、
 「真実の姿」「正しい姿」
 ということになる。

 しかし、その次に書かれているのは、
 「変化する前のもとの姿」
 「本体」
 である。

 子ども時代に見た映画でいうと、
 「美女に化ける前の妖怪の姿」
 が「正体」ということになる。つまり、
 「本来の姿」
 「本当の姿」
 を「正体」というのだが、化けるという恐ろし気な変化のイメージが、子どもたちには強烈すぎるので、「正体」を悪い意味だと誤解してしまったのである。

 『広辞苑』の「正体」には、「ご神体」という意味も記されているが、『考証・西郷隆盛の正体』の「正体」がその意味でないことはいうまでもない。
 あまたある西郷本の中で、ぜひ本書を! 失望させません。

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(城島明彦の現代語訳シリーズもよろしく)

(城島明彦)

2017/11/01

江藤淳『南洲残影』の致命的な誤りの謎


西郷さんの主義信条「敬天愛人」とは

 『漱石とその時代』などの著書で知られる大作家(評論家)の江藤淳が自死してから6年になる。
 
 江藤は、来年のNHK大河ドラマの主人公「西郷どん」についての著書もある。
 『南洲残影』で、晩年の作である。
 
 そのエピローグに、次のような素晴らしい西郷評が書かれている。
 「陽明学でもない。『敬天愛人』ですらない、国粋主義でも、排外主義でもない、それらをすべて超えながら、日本人の心情を深く揺り動かして止まない『西郷南洲』という思想。マルクス主義もアナーキズムもそのあらゆる変種も、近代化論もポストモダニズムも、日本人はかつて『西郷南洲』以上に強力な思想を一度も持ったことがなかった。」

 西郷さんの主義信条である「敬天愛人」の敬天は、「天を敬う」という意味だが、もっとわかりやすくえば、「お天道様に恥じるようなことをするな」ということだ。
 
 「人が見ていないから」といって悪いことをしてはいけない。お天道様が空から見ているということだ。難しい言葉でいうと、
 「慎独」(しんどく) である。
 「まわりに誰もいなくても、自分自身の行いを慎み深くする」
 という古くからいわれている教えだ。
 「愛人」の方は、書いて字のごとく、
 「人を愛する」「平等に人を愛する」 ということだ。


「旧幕臣を一兵も叛軍に走らせなかった」とするのは間違い

 拙著『考証・西郷隆盛の正体』は、この11月初旬に発売になるが、その本を今年の五月半ば過ぎから執筆するに際し、明治以降のさまざまな文献に目を通していて、江藤淳の『南洲残影』も参考文献にしようと思って文春文庫を購入したが、冒頭でいきなり史実と違うことが書かれていたので、そこから先を読む気にならなかった。

 そうさせたのは、冒頭の7~9行目に書かれた次の一文がひっかかったからだ。
 「海舟は結局一度もしなかった。彼は西郷との談判によって江戸無血開城に成功し、その西郷が蹶起(けっき)した西南戦争のときには、旧幕臣を統率して一兵も叛軍に走らせなかった。」(下線は城島)

 「あとがき」を読むと、江藤は、30代半ば頃、『海舟余波――わが読史余滴』を文藝春秋発行の純文学誌「文学界」に連載したことがあり、その関係で同誌の新任の編集長の依頼で『南洲残影』の同誌への連載を引き受けたことがわかる。
 平成6年10月号から平成10年1月号まで21回にわたる連載で、平成10年3月に文藝春秋が単行本化している。江藤淳が逝去するのは平成11年7月なので、その1年と4カ月前、つまり、単行本化は晩年のことになる。

 前置きはこれぐらいにして、本論に入ろう。
 私が「おかしい」と感じたのは、勝海舟が「西南戦争のときには、旧幕臣を統率して一兵も叛軍に走らせなかった。」という表現である。

 誰にも誤りはあるが、江藤淳ほどの人になると容易に看過できないところがある。
 文庫本の奥付を見ると、2001年の発行で、私が買ったものは2012年の3刷りとなっているので、その間にもし編集者が気づいていたとしても、江藤淳ほどの大物になると、勝手になおすわけにはいかないから厄介なのだ。

「(勝海舟が)西南戦争のときには、旧幕臣を統率して一兵も叛軍に走らせなかった」
 というのは、歴史的事実に照らし合わせて、100%間違いである。
 幕臣とは狭義に解釈すると「旗本御家人」を指し、広義に解釈すれば「諸藩士」も指すことになるが、「一兵も」と強調している文意から、江藤淳は「藩士」まで含めていっていると考えるべきである。
 つまり、「旧幕府の諸藩の兵士たちは誰一人として反乱軍に加わらなかった」という意味に解釈できるが、それにしても理解に苦しむ表現だ。

 西南戦争では、旧幕臣だった庄内藩士が西郷軍に走り、戦死しているのだ。
 伴兼之、榊原政治の両名は、西南戦争で死んだ者たちを集めた鹿児島の西郷墓地に墓がある。

 伴は明治10年3月20日、榊原は5月10日に死んだことがわかっている。
 享年は伴が20歳、榊原が18歳で、両名は西郷さんが創った私学校の生徒だった。
 特に伴の方は、兄弟が西郷軍と政府軍に分かれて参戦し、ともに戦死したことから、「戦争の悲劇」を語る上でもよく知られた存在である。
 「一兵も」と江藤は強調しているから、数の多寡は問題ではない。一人でもいたら、勝海舟の統率力が完璧だったという表現は成り立たなくなるのである。

 正確を期すには、
 「西郷と特殊な関係にあった庄内藩士二名という例外はあるものの」
 といったような文言を付け加えないといけない。

 先に引用した「一兵も叛軍に走らせなかった」とする江藤淳の問題個所の後には、次のようなことが書いてある。
 「西郷、桐野、村田、池上、別府、辺見ら三十九名の遺体は旧浄光寺に、七十六名が旧不断光寺、十九名が草牟田、七名が新照寺、十八名が城山に仮葬された。それが今日の南洲墓地に改装されたのは、明治十六年(一八八三)に出獄した河野主一郎、野村忍介らの尽力によるものである。ここに眠る士は二千二十三柱、墓碑は七百四十基を数える。」

 ここまで詳しく書いていながら、西郷軍に走った庄内藩士2人に言及しないのは、なぜなのか。


戊辰戦争や西郷を語る上で、庄内藩士との逸話は極めて重要

 私がいいたいのは、次の2点は無視できないということだ。
 第1点。庄内藩は旧幕府軍で、戊辰戦争は庄内藩士が江戸の薩摩藩邸を焼き討ちした事件がきっかけで勃発し、戦争では会津藩が降伏してもまだ降伏せず、最後の最後まで徹底抗戦し続けた「幕府軍にとことん忠誠を尽くした藩」だったということだ。
 第2点。戊辰戦争で重要な役割を果たした庄内藩に属していた2名が、西郷さんの人となりに触れて心酔し、西郷さんが設立した鹿児島の私学校でさまざまなことくを学び、西南戦争が起こると、「国へ帰るように」と強く説得されたにもかかわらず、反乱軍に加わり、戦死を遂げているということだ。

 西郷さんが征韓論争に敗れて明治6(1873)年に下野して以降、あちこちで不平士族の反乱がおきると、大久保利通は、自らの出身藩である旧薩摩藩の動きに目を光らせ、
 「庄内藩の動きからも目を離すな」
 と部下に命じているのだ。

 なぜ山形の庄内藩が西郷さんを信奉するようになったのかといえば、戊辰戦争で敗北した庄内藩は、厳しい処分を予想したが、官軍のリーダーだった西郷さんが下した処分が、思いもよらない寛大なものだったからである。
 「昨日の敵は今日の友」
 こういう考え方も、「敬天愛人」の思想に含まれている。
 キリスト教に近いといわれるゆえんだ。

 西郷さんの大きな心を知って感激した庄内藩は、藩主以下、鹿児島まで足を運んで直接、西郷さんに教えを請うたのだ。
 
 藩士らは、そのときの講義録を国へ帰ってから小冊子にまとめ、手分けして全国へ配布したのである。
 それが今日まで残っている『南洲翁遺訓』である。

 こういう深いつながりがある西郷さんと旧庄内藩士をないがしろにして、
 「一兵も叛軍に走らせなかった」
 と冒頭に書くことは許されない、そういう「史観」で綴られた本は読む必要はない。
 私は、そう私は思ったのである。

 南洲墓地の隣にある南洲神社が調査し、1982(昭和57)年に発表した「西南の役戦没者名簿」に記された数は、西郷墓地に埋葬されている人数の3倍(6765名)に達していた。伴と榊原の名も、当然ながらその中に入っている。

 それだけ多くの若者たちを死なせたにもかかわらず、西郷さんは遺族たちに恨まれなかった。
 そこに、西郷さんの魅力を解くカギがある。
 書店には西郷さんの本が早くもあふれかえっているが、拙著『考証・西郷隆盛』は、「なぜ西郷さんが誰からも愛されるのか」というテーマで書いた本だ。ぜひ、読んでほしい。

 Photo  ※本書には、上記のような江藤淳のことは書いていない。

(城島明彦)

2017/10/31

「宮本武蔵『五輪書』」現代語訳がアマゾンで「ベストセラー」となり、在庫切れ表示状態に


読書の秋にふさわしい名著『五輪書』

 あざとい見出しをつけたのは、今朝、アマゾンを見たら、私が何年か前に現代語訳した『宮本武蔵「五輪書」』の上に、久しぶりの「ベストセラー」(といっても、ジャンル別ランキングでの話だが)というマークがついていて驚いたからだ。
 
 私のだけが売れているのではなく、学術文庫などにもそのマークがついており、時ならぬ〝特需〟が起きたたのである。
 テレビか何かで『五輪書』が紹介されたのだろうか。

 この本を私が現代語訳したのは5年くらい前だが、その後、突然、〝特需〟が起きる不思議な本だ。
 サラリーマンは、一度は目を通しておいた方がいい本である。
 
 宮本武蔵の剣法は、誰もが知っている二刀流。特殊な拳法だが、プロの剣術家として、真剣を使った他流試合を重ねながら己の腕を磨き、名声を勝ち取っていった。


「死ぬ気でやるということ」の意味を教えてくれる

 真剣勝負は、いうまでもなく、殺すか殺されるかの究極の勝負である。
 勝つためには、手段は択ばないが、飛び道具(鉄砲)は許されない。
 技対技、力対力による勝負である。

 斬るか、斬られるか。
 殺(や)るか殺られるか、
 二つに一つだ。

 相手が急所をはずしたために、もし生き残ったとしても、以後世間に
 「生き恥」
 をさらすことになる。
 武士の時代には許されることではなく、自死するしか道はなかった。
 あるいは、行方を断って、人知れず、修行を重ねて、敗れた相手に再挑戦して倒し、過去の汚辱をそそぐか。
再戦で再び敗れたら、
 「恥の上塗り」
 で、末代までの恥辱となる。
 だから、戦ったら勝たなければならない。


無駄ではない。無駄にしているのだ

 二刀流に開眼したのは、一種の飛び道具のような鎖鎌という特殊な武器を操る宍戸という剣豪との戦いにおいてだった。

 武士は大小の「二本差し」だが、小の方は遊んでいる、と武蔵は『五輪書』に書いている。

 長くなるから、ここでは多くを書かないが、このことは時代を超えて誰にも当てはまる見方である。

 家の中、会社の中、机回り……無用の長物と化しているものは数えきれないくらいある。
 だが、それは使おうとしないからそうなっているのではないか!?
 使い方を工夫すれば、新しい使い途が見つかるのではないか!!

 死ぬか生きるかの勝負の中で、そういう発想を武蔵はしたのだ。

 原文はわかりにくいので、わかりやすい現代語訳で読むことをお勧めする。
 原文を名文という人がいるが、間違っている。むしろ悪文というべきだが、書かれている内容が秀逸なのである。
 武蔵は、『五輪書』を洞窟の中にこもって書いたので、次第に健康を害し、最期の方は思考力・文章力の乱れが見受けられる。
 にもかかわらず、「読書の秋に読む日本の名著」と呼ぶにふさわしい本だといえる。

 Photo Photo_2 西郷さんの本は最新著

(城島明彦)

2017/10/27

意識不明を救ってくれた見知らぬご夫妻、ありがとう! 衆院選挙投票日に転倒


台風襲撃の大雨の路上で死にかけた顚末

 10月22日の衆院選挙投票日は、さんざんだった。
 投票用紙にある地図を見たのが、そもそもの間違いだった。
 坂道の下の交差点の地名が太い字で記されているのを見て、そこから行くのが一番近道だったのかと思い、いつものルートではない道を選んだのが、その次の間違いだった。

 ところが、そのルートを行ってみると、それまで使っていたルートで要していた時間では着かなかった。
 おかしいと思いながら、台風襲撃による大雨の中を歩き続け、投票所へたどり着くと、そこではなかった。

 アルバイトと思える女の子が、地図を書き込んだ紙を私に手渡し、ここだといった。
 地図を見ると、本来行くべき投票所までの道筋が太線で書いてある。

 その地図に従って進んでいったが、行けども行けどもたどり着かない。
 衣服は上も下もびしょぬれで、気持ち悪いったらありゃしない。

 やっとそれらしい学校を見つけ、入っていくと、そこではないといわれた。
 また歩き出したが、知らない場所へ踏み込んだようで、出合う車も人もなく、だんだん足が疲れてきた。

 広い道へ出ると、おばさんと出会ったので、投票所のある小学校の名前を告げると、この先だと教えてくれた。
 数分でそこへたどりつき、中に入ってみると、地図を渡した女の子がいたので、最初に間違えて入った小学校に舞い戻ったことに気づいた。

 そのとき、ハタと思い当たった。
 なぜプリントアウトした地図が用意してあるのか? 準備万端過ぎるではないか!
 投票用紙に書かれた地図では、間違えて投票に来る人が大勢いると予想していたからではないのか!
 あるいは、その地図は(私は忘れているが)これまでずっと使ってきたものを流用しているのか。
 その結果、これまでの選挙で、間違えてくる人が大勢いたということなのか。
 もしそうなら、なぜ、多くの人が間違えるのか、その原因を選管はなぜ究明しようとしなかったのか。

 いずれにしろ、ひどい地図をつくったものだ。
 ――そう思ったら、無性に腹が立ってきて、その女の子に「デタラメな地図のおかげで、ひどい目にあった。今、何時だ」と尋ねると、そこを出てから1時間超も大雨の中を歩き回っていたことがわかった。

 あまりの腹立たしさに、その子の前で、投票用紙を破り、くしゃくしゃに丸めてポケットにねじ込み、投票所を出た。

 その後、どうしたのかは覚えていない。
 気がつくと、家のベッドにいた。
 
 「よかった。気がつきましたか」
 という男性の声がした。
 たまたま車で通りかかった見知らぬ夫婦が、路上に転倒していた私を見つけて救急車を呼び、病院までついていってくれたのだという。
 脳波などの検査をしている途中に意識が戻り、検査結果が何もなかったので、その夫婦の車で免許書に記された自宅まで運んだが、車中で眠ったということだった。
 しかし、その間のことは何一つ覚えていないのである。
 
 どうやら山道で足を滑らせて転倒し、頭を打って意識を失ったようだ。
 私が起き上がって礼をいおうとすると、「そのまま、そのまま」といって名前も告げずに立ち去った。

 動けるようになったので、ボロボロになった投票用紙をもって、以前に行っていたルートを歩いていくと、ものの数分で投票所にたどり着いた。
 ボロボロの投票用紙は不要だった。
 住所・氏名・生年月日を告げるだけで、投票できるようになっているのだ。
 これなら、なりすまし投票も可能になる、と思った。

 それにしても、あのとき、あの夫婦が通らなかったら大雨の中で死んでいたのではなかったか。そして、〝路上の怪死事件〟として新聞の片隅に記事が出、
「11月初めに出る『考証・西郷隆盛の正体』という本が遺作となった」
 なんてことも書かれたのだろう。

 ――まるで映画のようだとしか思えない、こんなことがあったのである。
 
(城島明彦)

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