2018/04/22

「西郷どん」、14回目で早々と〝不評域〟に突入! 歴史に無知な視聴者を嘘八百で愚弄した結果だ!


歴史軽視・荒唐無稽な邪道街道をひた走るNHK大河の存続意義は、もはやないに等しい

 4月15日(第14回)の「西郷どん」では、将軍継嗣をめぐって刺客が一橋慶喜(のちの15代将軍徳川慶喜)を襲う現場に西郷隆盛がいわせ、その刺客を逆に視察するという場面があったが、歴史をひもとけば、そのような事実はない。

 そう考えると、西郷がドラマの中で、
 「人をはじめて殺した」
 といって泣き叫ぶ場面は、滑稽に思えてくる。

 そういう事実無根の場面を捏造すれば、ドラマとして面白くなるだろうという制作側の浅ましい魂胆が透けて見え、不快な気持ちにさせられた。
 
 そう思ったのは私だけではなかったようだ。
 チャンネルを切り替えた視聴者も多かったらしく、関東地区の視聴率はついに12%を切った。 
 ビデオリサーチ調べでは、11.9%である。
 近年の大河ドラマの同じ回数(第14回)の視聴率と比べると、2015年の「花燃ゆ」の11.2%、2013年「八重の桜」11、7%をかろうじて超えたものの、大河史上最悪といわれた「平清盛」の13.7%をも大きく下回り、〝完璧な不評域に突入〟したことが見て取れる。

「女城主 直虎」(2017年) 12.9%
「真田丸」(2016年)     17.1%
「軍師官兵衛」(2014年)   14.9%

 数字は正直だ。それ以前の視聴率が、評価を端的に物語っている。
 「江」(2011年)       19.2%
 「龍馬伝」(2010年)    18.5%
 「天地人」(2009年)    19.8%
 「篤姫」(2008年)      22.3%

 今後も歴史を無視した軽佻浮薄なドラマ制作手法が続ける限り、視聴率は低落傾向を続けるはずである。


NHKにしかできない重厚な大河ドラマになぜしないのか!?

 私は、昨年秋に『西郷隆盛の正体』という本を出したこともあり、今年冒頭にはBS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」の西郷隆盛(1回目)のメインゲストとして声がかかり、春先には、3回ばかり講演会で西郷隆盛のことを話す機会に恵まれた。

 講演会の参会者とは、その後のパーティ-で話を交わす場があったが、多数の人がNHKの西郷隆盛の描き方に不満ないし疑問を呈していた。

 NHKは、放送料でドラマをつくっている公共放送であることを忘れて、
 「視聴者はバカだ。歴史や実在した登場人物の性格を無視しようが、どう描こうと勝手だ」
 と〝上から目線〟で見ているとしか思えない。

 歴史にうとい視聴者は、「西郷どん」を見て、ドラマで描かれた出来事や事件を見て、本当にあったのではないかと思ってしまうが、NHKは、そういうことは気にもかけていないのではないか。

 オリジナルな恋愛ドラマとか、架空の登場人物を描いた時代劇なら、どういう筋書きにしようが、どういう事件を起こそうが、脚本家や演出陣の勝手だが、歴史上の人物を描き、しかも信頼できる歴史的資料がいっぱいあるのを無視して、嘘八百を並べまくるという手法は、NHK大河としてはいかがなものか。

 たとえば西郷隆盛に扮した鈴木亮平は軽すぎるし、妙に明るすぎるが、実在の西郷はどうだったのか。
 西郷隆盛の実弟で明治の元勲となる従道(つぐみち)は、存命中に、
 「兄は寡黙で、そばにいるだけで怖く、特にあの大きな目でギョロッとにらまれると怖かったが、目の底には慈愛の光があった」
 といったことを人に語り、それが記録されている。

 鈴木亮平の演じる西郷から、そのような雰囲気のカケラも伝わってこず、体育会系のどこかおっちょこちょいな人柄のように映る。


西郷隆盛の人格のどこが偉大だったのか

 西郷隆盛の偉大なところは、人を見分で差別せず、「同じ人間」として接したことだが、必ずしも若い頃からそうだったわけではなく、井伊直弼の恐怖政治「安政の大獄」で追われた尊攘僧月照(そんじょうそう げっしょう)を逃亡させる任務を負ったが、それが果たせず、責任を感じて月照とともに海に身投げした事件で西郷だけ蘇生したために、奄美大島に島流しになったことがきっかけで、人間性に目覚めていくのだ。

 西郷は、島津斉彬にかわいがられ、「自分でいいと思ったことはやれ」という思想を植え付けられ、生来備わっていた「大きな器」が開花していくのだが、島津斉彬が死んで、薩摩藩主の父となった斉彬の異腹弟島津久光(大名行列を横切った英国人を殺傷した生麦事件で有名)は西郷を嫌っていたため、勝手な行動を許さず、奄美大島から帰還してほどなく、今度は再び島流しに遭う。

 最初の奄美大島送りは、罪人としてではなく幕府の追求から身を隠させるとの意味合いだったから、島で愛加那という女性と所帯を持ち、二児を設けているが、二度目は藩父島津久光の命令を無視したという罪での島流しだったから、牢屋に込められ、衰弱死する手前までいった。
 その牢屋で西郷は読書三昧の日を送り、
「天敬愛人」(てんけいあいじん/天を敬い、人を愛する)
 という悟りの境地に達するのである。


「大河ドラマの主人公を明るく描けばいい」と単純に考えているNHKのバカさ加減

 NHKは、お茶の間ドラマは明るくなければいけないとでも思い込んでいるのか、「花燃ゆ」のときの吉田松陰の描き方もそうだった。
 私は吉田松陰の遺書「留魂録」の現代語訳と、彼の生涯を追跡した本を当時、上梓した関係で吉田松陰のことを調べ尽くしたが、どう転んでもNHK大河ドラマで描かれたような軽妙な人物ではなかった。

 NHKはNHKという立場を忘れている。
 時代が変わったのだから、大河ドラマの描き方も変わって当然だが、多少なりとも歴史や登場人物について知っている人を失望させるような描き方はすべきではない。
 たとえ、従来の通説とは異なった描き方をしても、
 「そういう解釈の仕方が描き方があったか」
 と感服させる必要がある。

 ところが、NHKはそういう域には達しておらず、嘘っぽさ、わざとらしさ、軽すぎるといった邪道ばかりが目につく不快な描き方ばかりやって来た。
 NHKにかけているのは、そこだ。


少しは歴史に忠実なドラマにしたらどうか

 「西郷どん」は、西郷隆盛の後妻になる糸(糸子)の大幅な年齢詐称に始まり、島津斉彬が実父にロシアンルーレットを挑むという荒唐無稽な展開にしろ、西郷隆盛と橋本左内が井伊直弼と直接、話をする場面で、西郷や左内が井伊直弼を面罵するなど、身分制度の厳しかった江戸時代に天下の大老に対し、そのような口のきき方をすること自体、ありえない。
 現代ですら大企業の若い平社員が社長に面と向かって公然と悪口をいうなどありえないのだ。
 反幕府的な西郷や橋本は、隠然と倒幕運動を展開するのであって、にらまれたら殺されるが、自ら殺されに行くようなことはしていない。
 話を面白くするために、直接井伊直弼を罵倒すればいいという、あまりにも単純軽薄で荒唐無稽な演出技法にNHKは走っているが、視聴者もバカではない。

 視聴者を愚弄しているNHK大河「西郷どん」の視聴者は、まだ始まったばかりだ。
 西郷隆盛と同郷で大久保利通の描き方も、実在の人物とは思えない。
 折しも、その大久保利通役の瑛太の暴行事件がメディアに取り上げられているが、瑛太同様、NHKも〝横暴〟〝捏造〟という名の〝強権映像的暴力〟で視聴者を愚弄蹂躙しているといったらいいすぎか。

 鹿児島では西郷隆盛の人気が絶大なのに対し、大久保利通は極めて人気薄だ。
 西郷を島流しにした島津久光に取り入るために、大久保は久光の趣味である囲碁を習い覚えて接近し、自分を売り込むことに成功したり、西郷が西南戦争を起こした際も、西郷を助けるために命を張ろうとしなかったなど、きわめて打算的で、誰からも好かれる西郷隆盛とは対極にある人物だったのである。

 それにしても、NHKの上層部は、何を考えているのか!?
 視聴者は、特に鹿児島県人はもっと怒り、もっとあざ笑ってよい。

(城島明彦)

2018/03/30

死神博士がやって来た!? 16時間の爆睡(昏睡)の次は大発汗だってぇの!


おまえはジンギス発汗ってか? いやん、発汗、このいけず? 

 16時間昏睡の後は、大発汗でござった。

 満開の桜堤は陽光さんさん。
 こちらは、さんざん。
 ツクシを取りながらゆっくり歩いていたら汗が吹き出し、歩いているのがしんどくなった。

 いよいよ、死神博士が憑り付いたのか。
 
 ライフワークと思っている作品を書き終えないうちは死に切れぬが、書きたいものは大体書いたから、まっ、いいか? そだねっ!


 映画「シンデレラ」に100点

 よろよろしながら家にたどり着き、ディズニー映画「シンデレラ」(実写版)のDVDを見たら、映像の美しさに、演出のうまさに、話がよくできていることに、シンデレラがかわいそうで、幾度となく涙が流れた。

 誰でも知っている話なのに、少しも飽きさせず、ぐいぐい引き込ませるといっては涙。
 カメラが素晴らしいと思っては涙。
 シンデレラ役の少女は絶世の美女ではないが、魅力があるといって、また涙。
 シンデレラの乗馬姿が美しいと涙。

 めったに褒めない私だが、この映画は100点満点だっちゅうの!
 (あんた、あほちゃう?)

 幸せな日々→母の死→父の再婚→父の死→継母のいじめ始まる→森で王子と出会う……
 継母とその娘2人からいじめられるかわいそうなシンデレラ。
 それでも健気に生きる姿。
 王子と出会って恋をするが、王子とわかってもシンデレラが普通の言葉づかいをする演出もよかった。

 私も老いぼれて涙もろくなってしまい、もはや死ンデレラ同然でございます。

(城島明彦)

2018/03/26

今朝、意識もうろうとし、ダウンした


電話中に意識もうろうとなり、そのままベッドに倒れ込んだ

 そのとき、ジャンヌ・モロー出演『モロー博士の島忠家具ゼンター』というダジャレが頭をかすめたが、それ以後のことは、覚えトランティニア。

 ♪ シャバ駄馬だ、シャバ駄馬だ (映画「男と女」の旋律で)

 ♪ あゝ、あゝ、あゝ、あゝ、やんなっちゃった
    あゝ、あゝ、あゝ、驚いた (^^♪ 

 あゝおどロイター、ロイター発「ライターどこや?」
 なぬっ? カウンター?
 そういうあんたは、ツイッター?
 耳疑って、頬ツネッター
 そういうオイラはツイッテねえ~ってか

 そだね~、オツムの方は、まだ大丈夫のようじゃね

(城島明彦)


2018/03/25

あのSTAP細胞のお姉ちゃんが、また、本出したんだってな


オイラは今、ゲラと格闘中だっちゅうの!

 おかげでオツムの中がバ~ラバラのバラリンピックだ。

 ♪ バラが咲いた バラが咲いた
 咲子さん、ちょっと。

 ゲラはゲラでも、クマゲラじゃあナイチンゲール。
 ホトトギス状態だってぇの。

 鳴いて血を吐くホトトギス、頭の中は万華鏡。
 いやはや、泣いてオルダス。
 そういうあんたは、誰だす?
 ダスティン・ホフマンってか。
 出すチン・ほうマン(豊満)っていうたらアカン。

 ゲラ校正が忙しく、余裕はニャア。
 ようゆう、ってか。

 ホトがギスギスしてるから、ホトトギスなのか?
 ほっとどっこい、ほととぎす、あっちで包丁もっと研(と)ぎす。 

 昔は人前ではいえなかった「ホト」。
 ホトホト困り果ててしまうってか。
 トホホのホ! で、ほっほっほ(笑)

 ほっともっと?
 ホットコーヒー、もういっぱい、くりゃりんこ!

 そんなことをいっている爺さんは、ほっとけってか。
 ほっとどっこい、ジジババ戦隊ホットレンジャーたぁ、わしらのことじゃ!

 んっ?
 ここはどこ? わたしは誰?

 「誰の彼?」とダレノガレの先祖はガレー船でカレーをつくっていたわけにゃあな。

 いかん、ばかん(馬韓)、辰韓(しんかん)。
 朝鮮半島の三国時代だっちゅうの。
 そんなこと新羅(しらぎ)かった?
 百済(くだら)なこというなってか。
 
 仕事中のオイラの頭の中は、フニクラ、パニクラ状態でやんす。
 遠い昔の歌謡曲(三波春夫の「船方さんよ」)の替え歌が、トリコモナス状態!
 元歌はってええと

 ♪お~い 船方さん、船方さんよ  土手で呼ぶ声 聞こえぬか 
  姉さんかぶりが 見えないか
  エンヤサーと  回して
  止めておくれよ 船脚(ふなあし)を 船脚を
 
 ♪お~い おぼかたさん、おぼかたさんよ
  本屋で呼ぶ声 聞こえぬか
  かっぽう着姿が 見えないか
  円や三角と 回して
  褒めておくれよ STAPよ STAPよ

 が繰り返し、オツムに流れてヒーロー困ぱいじゃっちゅうの。

 ああ、疲れた。

 こんなことやってる場合か。
 さあ、仕事や、仕事や。

(城島明彦)

2018/03/19

「貴乃花部屋の力士が付人に暴力」は氷山の一角! 不祥事を繰り返す角界のデタラメ体質!


貴ノ岩暴行事件の告発は、目くそ鼻くそを笑うだったのか?

 日馬富士にぶん殴られた貴ノ岩事件のホトボリも覚めないうちに、相撲協会が「暴力追放」をいっている再中に、今度は、貴乃花部屋の双子力士の片割れの貴公俊(たかよしとし)が付け人に暴力を振るったという報道がなされたから、びっくりしている人は多いはず。

こういうのを、「灯台下暗し」という。
しかし、相撲界じゃ、稽古に名を借りた兄弟子による「いじめ」「暴行」は日常茶飯事なのだ。

貴乃花親方は、名横綱だっただけに残念ではあるが、これでアウト!
弟子の監督不行き届きに加え、相撲協会では浮いた存在となっっているし、メディアに対しても礼を欠いた態度をとったりで、将来の理事長の目は完全に消えた。


いつの間にか「張り差し」「張り手」が復活

 日馬富士が引退し、横審委員長が白鵬の「張り差し」「かち上げ」を批判した直後の場所では、どの力士もさすがに
 「張り差し」「張り手」
 を控えていたが、いつのまにか、また復活しているだけでなく、
 「決まり手にあるんだから、文句があるなら、禁じ手にすればいいじゃないか」
 と公然と開き直って、公然とやり続けている力士が何人もいる。

 まったく使わない力士も大勢いる中で、張り手をよく使う力士は、松鳳山を筆頭に逸ノ城、豪栄道、高安ら限られており、そこにも問題がある。
 白鵬の「張り手」「かち上げ」は行きすぎだったから問題になったが、自分らがやる「張り手」や「かち上げ」は問題ないとでも思っているのか。

 「張り手」が「貴ノ岩暴行事件を連想させる」ということもわからないよほどバカなのか、それとも観客や相撲ファンをなめきっているかのどちらかで、「反省」とか「自粛」というものが感じられない。

 大相撲春場所8日目の鶴竜と松鳳山の取り組みでは、松鳳山が横綱相手に下剋上ともとれる「張り手」をかますと、その後、角竜も張り返したり、頭を何度も張りにいくなど、ぶざまで、みっともない相撲だった。

 松鳳山は、折り紙付きの「張り手」大好き力士で、横審委員長が苦言を呈そうが、カエルの面にションベン。日馬富士事件の直後の場所でも、堂々と張りまくっていた筆頭は、この力士。今場所も、張り差しを繰り返している。
 前にもいったが、悪役は顔だけにしておけ!


覗き覗かれ、張り張られ

 梅沢冨美男が歌って大ヒットした艶歌「夢舞台」に
  男と女 あやつりつられ
  心の鏡 のぞきのぞかれ
 という一節があるが、角界では、土俵上でも土俵外でも張ったり張られたり、殴ったり殴られたりとくれば、これはもう、
  力士と力士 殴り殴られ
  面の皮 張って張られ
 で、国技の名を辱めているとしかいえないのではないか。
 しっかりせんかい、相撲協会!

(城島明彦)

2018/03/17

NHK「西郷どん」は歴史の改竄・捏造のオンパレード! 「受信料返せ」の大合唱が起きないのが不思議だ


史上空前の国民愚弄ドラマ「話を面白くするためなら何でもする! 荒唐無稽にもほどがある究極のご都合主義!

 最初にNHKの上層部に尋ねたい。
 実在の人物、それも昭和天皇とか今上陛下を描くドラマをつくるときにも、面白くするためには、「西郷どん」と同じように、事実を無視したり、歴史を捏造したりするのかどうか!?

 NHKは、ニュース番組でも、「西郷どん」と同じことをやっているのではないかと疑われても仕方がない。
 企業なら、部門が違っても、どこかがおかしなことをすると、他の部門でもやっているのではと疑われる。
 財務省の改ざん問題でも、メディアや国民は、他の省でもやっているのではないかと思うのと同じ感覚だ。

 NHK大河ドラマ班は、視聴率を稼ぐために、ひどいことをやっているのである。
 「西郷どん」は、西郷隆盛という実在した偉人の名を借りた荒唐無稽な物語なのか!?
 「西郷どん」は、「銭形平次」とか「桃太郎侍」とか「暴れん坊将軍」とか「水戸黄門漫遊記」の類いなのか。
 もしそうなら、「異説 西郷どん」とか「マンガ西郷どん」と題名を改めたらどうか。
 
 歴史的事実が不明だから、想像でそのようにしたというのなら、「そういう考え方もあるのか」と思うが、西郷隆盛の後妻となる糸(いと/糸子)がまだ生まれていないのに、立派に成人した乙女として登場させていたのには驚いたが、そんなのは序の口、屁の河童だった。

 次から次へと、さもあったかもように架空の物語をでっち上げている点が、悪質である。
 一橋慶喜(よしのぶ/のちの15代将軍徳川慶喜)を、町人か遊び人の旗本のように仕立てて「いーさん」と呼ばせるなど、パロディドラマを目指しているのかと思わせる妙な描き方をしている。
 その「ヒーさま」は、旅籠(はたご)「礒田屋」で、西郷にせがまれて似顔絵を描いて渡すというデタラメ放題の描き方である。
 これなど、「暴れん坊将軍」のパロディなのか。

 大金を投じて豪華な旅籠「礒田屋」のセットを作り、それを無駄にしないために、そのセットでできるだけ多くの場面を撮影して元を取りたいとでも考えているのか。
 映画なら「入場料を返せ!」だが、NHKの場合は受信料を使って大河ドラマを作っているので、「受信料を返せ」であり、こう叫んでいる視聴者は多いのだ。


視聴者を無視した結果が低視聴率

 西郷隆盛という偉人を描きながら、低視聴率なのは、それなりの理由があるからだ。

「視聴者はバカだ、歴史を知らない」
 とNHKは決めつけているから、デタラメなことを平気でやれるとしか思えない。

 篤姫がひとりで薩摩屋敷を抜け出し、探し当てた西郷と二人っきりで(品川と思える)海岸で親しく話をするという場面があった。
 将軍家へ輿入れが決まったお姫様が1人で屋敷を抜け出せるほど、警護が緩い藩邸などありえない。門番が厳しく見張っている。
 「ローマの休日のパクリじゃないのか」
 といった私の友人もいるが、総じて、男は、
 「大河ドラマは、女の視聴者向けだから見ない」
 という声が多い。
 この声をNHKは、どう受け止める?

 「初めにストーリーありき」なので、そのストーリーを成立させるためには、常識も史実も無視するというのが、近年のNHK大河ドラマのやりかたである。
 それで視聴者が大満足するのなら、それでもよいが、視聴率は低迷しまくってきたではないか。
 そういう考え方に反発を感じている視聴者が多いということをNHKは、もっと真摯に受け取るべきではないのか。


橋本左内も、ひどすぎる

 先週の橋本左内(さない)は、まさにそれ。越前藩の橋本左内と西郷の出会いも捏造した。
 橋本左内と西郷との出会いを知らない人は多いだろうから、適当にやっても構わないと思ったとしたら、傲慢そのものだし、話をもっと面白くするためにそういう場面をでっち上げたとしたら、国民を愚弄し、西郷隆盛という偉人をバカにしているとしか思えない。
 鹿児島県民は、そこまで事実を捻じ曲げまくったドラマだということに気づいているのかどうか、知りたいところだ。

 NHKは、事実をそのままドラマにすると面白くないとでも考えたのか、品川の旅籠(はたご)で女中が急病になったという設定にし、医者の心得のある者がたまたま客の中にいて、その女に応急手当てをして助ける。
 それが橋本左内で、その宿にいた西郷と出会うという設定にした。
 飛行機や新幹線の中で病人が出たときの、「お客様の中に医者様のいらっしゃいませんか」という機内アナウンスとか車内放送と同じ発想でやったのだろうが、歴史のどこをどうひねれば、こういうデタラメが出てくるのか。

 同じ日の同じ品川宿の同じ旅籠で同時間に、西郷、橋本、一橋慶喜が遊んでいるという設定そのものが、そもそもわざとらしく、強引すぎるが、NHKは「劇的な出会いの場を演出したら面白い」と考えて、そういう設定にしたのか?

 橋本左内は越前藩の藩医の家に生まれ、自身も範囲になったが、秀才ぶりを買われて、藩主松平春嶽の秘書役に抜擢され、尊王攘夷運動に奔走するようになるが、大老の井伊直弼ににらまれて捕縛され、処刑される。 
 「安政の大獄」の犠牲者の一人である。


歴史的事実はこうだ

 橋本左内と西郷の実際の出会いは、捏造しなくても十分面白い。
 事実はこうだ。

 西郷が薩摩藩邸の長屋の二階から相撲を見ていると、玄関の方で女の客人の声がした。誰かが会ってみると、なよっとした色白の小柄な若い男が見に行くと、「西郷殿にお会いしたい」というので、西郷に告げた。
 西郷は相撲を見終わってから、やっと招き上げた。
 その男は「越前藩の藩士橋本左内」と名乗ったが、はじめて見る顔なので、西郷は邪険な応対をした。ところが、話をしてみると、頭は切れるし、天下国家を論じる弁舌は見事で、西郷は驚いてしまった。
 翌朝、西郷は橋本左内を訪ね、昨日の非礼を詫び、そこから親交が始まるのである。
 西郷は島津斉彬の腹心であり秘書役。橋本もまた越前藩主松平春嶽の秘書であり懐刀。
 二人は、年の差を超えてたちまち親友になったのだ。

 この話は、同席していた薩摩藩士が後に語った歴史的事実で、面白いと私は思う。
 だが、ドラマの橋本左内は、西郷よりもずっと年下なのに、威張った口のきき方をしていた。
 大久保利通の西郷に対する口のきき方も同じだ。年は西郷が上である。
 江戸時代は「長幼の序」にうるさかった。
 そういった歴史のイロハを無視したドラマは、質を疑われる。

 実際の橋本左内は、前述したように、小柄で色白、なよっとしてはいたが、礼儀正しい秀才だった。
 なぜそうそういう事実を軽視するのか。
 NHKは、どういう意図があって史実や実像を歪めるのか。


事実を改竄した〝新国劇風〟お涙ちょうだい場面も

 何回か前の回の西郷の母親が死ぬ場面では、「死ぬ前に桜島がみたい」という母親を最後が背負って、桜島を彼方に眺望する高台へ行き、子どもの頃の思い出を語っていて母親は息絶えるというドラマにしていた。
 母親がどこで死んだのかは書き残されてはいないから、息子の背中で死んだとすればドラマチックだが、新国劇じゃあるましい、いかにもわざとらしく、何とも古臭いお涙ちょうだいパターンであり、現実味性を欠く。
 
 死ぬ前に「桜島を見たい」といわれて、西郷がおぶっていって見せ、また家に帰る。それから間もなく、母は死んだとする方が、まだ現実的であり、そういう描き方をしても演出次第では視聴者をホロリとさせることは十分可能だ。

 私なら、死んだ母親を背中に負ぶって、桜島の見える場所へ行き、亡き母と生前交わした会話を思い出すといった設定にする。 
 こちらの方が、よりリアリティがある。

 だが「西郷どん」に見られるのは、「背中で母が死ぬ」という「あざとい演出」である。
 要するに、NKHは、というか脚本家は、
 「どうすれば劇的になるか」
 ということばかり考えているように見えるのだ。

最初の妻との別れの場面も捏造

 NHK「西郷どん」では、西郷が実家へ帰る最初の妻須賀(すが)と橋の上で出合い、別れの言葉を交わす場面があったが、西郷が江戸へ出て不在のときに、須賀は実家へ帰っているから、鹿児島の橋の上で別れの言葉を交わすなどということはありえない。

 歴史に詳しくない視聴者は、「NHKは多少脚色してはいるかもしれない」と思うだろうが、まさか事実を完全に無視してそんなデタラメをやっていないと思うから、ドラマの描き方が史実だと思ってしまう。

 何度でも繰り返すが、ドラマを面白くするために、歴史的な事実を次から次へとわざと無視・歪曲・捏造するという「西郷どん」手口は、視聴率を意識してのことなのかもしれないが、そうするのは「視聴者は事実は知らない」と愚弄しているとしか取れないのだ。

  「大河ドラマで遊びたいのなら、事実は事実としてきちんと描き、事実が不明な所を描くときに、視聴者が感心するような思い切った解釈のドラマをつくれ!」
 と私はいいたい。

〇「西郷どん」の真偽を知りたい人、「西郷どん」に疑問を感じる人にお勧めの一冊
Photo

(城島明彦)

2018/03/02

あいうえオツムの体操で寒さを乗り切れ!


空海いわく、「駄洒落で地球を救うかい?」

 私が本校の狂頭・アッキー島城(しまじょう)である。
 先ずは、早口言葉と参ろうかの。

 頭狂特許許可局・東急特急不許可駅

 特許許可局と頭狂東急不許可駅は、私の昔の勤務先である。

 こう見えても、出身は、かの有名な頭狂大学だ。
 私は、狂師の鑑(かがみ)となるべく、狂育学部で勉狂に励んだのである。
 励み過ぎて、とうとう頭がハゲてしまったが、私のメッキは一流だ、滅多なことではハゲない。
 だから、学生諸君も勉学に励めよ!

 ――というわけで、前説が長くなってしまったが、今日は「空海」の話だ。

 最澄が、おにぎりを取り出して空海に尋ねた。
 「食うかい? 君も食うかい?」
 毎度おなじみ、空海の持ちダジャレにつられて最澄が手を出すと、あろうことか、空海はさっとひっこめ、こういったのである。
 「貴公の手、空を切ったな! そこれがホントの空海じゃ」
 「はあっ?」
 「空即是色、色即是空。空海是色、色即是空海」
 空海は何事か呟きながら、あきれ顔の最澄を後に残して、たった一人で旅立ったのである。

 空海は、井戸やため池を掘るために全国各地をめぐった。
 その年、空海は北海道にいた。
 井戸を掘ろうとしたが、掘っても掘っても水が出なかったので、呟いた。
 「ほったらかそうか、いや、それはいかん」
 また掘り続けたが、水の出る兆候はなく、天を仰いで呟いた。
 「もう、あかん」
 すると、あら不思議、こんこんと水が湧き出たではないか。
 これぞまさに〝空海マジック〟と呼ばれるものに相違なかった。
 あかんどころか、出るわ出るわ、あたりは、あっというまに水だらけになり、空海は危うく溺れるところだった。
 そこが、現在の阿寒湖である。

 空海は次に別の場所へ行き、また井戸を掘り始めると、鼻が曲がるほどの悪臭を伴う水が出てきたので、空海は呟いた。
 「くっちゃ」
 そこが今の屈斜路湖(くっしゃろこ)である。

 次に掘った場所で湧き出た水の臭いは形容しがたいほど臭く、空海はまたしても呟いた。
 「魔臭じゃ、魔臭じゃ。この異臭は魔臭としかいいようがない」
 そこが、今の摩周湖である。

 その次の掘削(くっさく)も大変だった。
 手製の鍬(くわ)がはずれて下腹部を直撃、恥骨に大けがを負う一幕があった。
 そこが今日の支笏湖(しこつこ)である。、

 何を隠そう、空海こそ、ダジャレの生みの親だったのだ。
 そろそろ時間じゃな。今日の訓話はこれまで。
 来年の入試に出る確率が高いから、ようく覚えておくように。

(城島明彦)

2018/02/24

「そだね」が北海道の方言だったとは!?


「そだね、ピーちゃんだね」と、昔、犬と話すときに使っていた

 カーリングなる氷上競技をはじめて目にした人は、例外なく驚くのではないか。
 私もそうだったが、何度見ても驚いてしまう。
 どう考えても、動作がおかしい。
 投げる動作そのものも奇妙だし、あのモップ掃除のような動きもそう。

 それに、女子選手の叫び声も妙だ。
 選手がつけているピンマイクを通して、
 「いいよ」
 とか
 「完璧」
 といった言葉とか
 「~だよ」
 という末尾だけは、時折、聞き取れたが、それ以外の日本チームの掛け声や指示は、何をいっているのかは、これまで、まったくといっていいほどわからなかった。

 ところが今回、
 「そだね」
 といっていることが報道されたので、もっと驚いた。


日韓戦中継を最後まで見てしまった

 もう10数年も前のことになるが、家で飼っていた犬(ヨークシャーテリア)が、小さかった頃に、押さえるとピーピー鳴るおもちゃで遊ぶのが大好きで、いつも噛みついたりしてピーピー鳴らしていた。
 それを見て、そのおもちゃに、
 「ピーちゃん」
 という愛称をつけていた。

 ところが、犬は、ストレス発散の意味もあってか、それを口にくわえてブン回すので、勢いよくどこかへ飛んで行ってしまうことがよくあり、運悪く、自分では取れない場所に飛んでしまうこともたびたび起こった。
 
 ヨークシャーテリアは小型犬なので、高いところへは飛び乗れず、ワンワン鳴いてそれを取ってくれと催促した。
しかし、催促していることにすぐに気づいたわけではない。

 犬が遊んでいる様子を、四六時中、観察しているわけではないので、最初のうちはなぜ吠えるのかがよくわからず、食事を与えたりおやつを与えたりしたが、それらには見向きもせずに吠えることから、やっと「ピーちゃんを探してくれ」と催促していることに気づいた。

 で、以後、そうだとわかったときには、探しだして、
 「ピーちゃんだね」
 といって渡すと、喜んでくわえ、ピーピー鳴らして遊ぶので、それを見て、
 「そだね、ピーちゃんだね」
 と犬に語りかけるようになったのだ。

 ――そういうことを、北見出身女子で構成されたカーリング競技の日韓戦を見て思い出したというわけだ。

 私は三重県出身だが、三重言葉(伊勢言葉)に「そだね」はないので、どうしてそういう言い方をしていたのかは自分でもよくわからないが、カーリング女子の今回の健闘を見て、ずっと忘れていた愛犬との思い出がよみがえり、感慨にふけったのだった。
 その犬の遺骨は今も書棚に安置してある。

(城島明彦)

2018/02/05

天気晴朗なれども、底冷え駿河台(するがだい)


雪雪晴れホレ、雨晴れヒレってか

 昨日の日曜日、ベッドに入ってテレビをぼんやりと見ていたらは、大河ドラマ「西郷どん」が始まる前に眠ってしまい、目を覚ましたら午後11時半頃だった。

 今日は、買っていただいた拙著『考証 西郷隆盛の正体』190冊にサインをしてきた。

 妙な具合に日々多忙であります。

 Photo

(城島明彦)

2018/01/30

ワード2016の作表途中で繰り返し動作が停止し、仕事にならぬ


アップデートに原因があるといいながら、何もしないマイクロソフト


 マイクロソフト・コミュニティを見たら、同じ問題が昨年8月27日に提起してあったが、マイクロソフトは、その後、何の対策も実施していないのか。

 その停止動作の頻度たるや、20回、30回といったレベルではなく、そうなる回数は何百回に及んでおり、仕事にならない。
 そのつど、書いた原稿が失われるのではないかと、冷や冷やしっぱなしだ。
 ワードの不具合のせいで、心身ともに大きなダメージを受け、ブログを更新するどころではなかった。

 私の場合、締め切りのある原稿を執筆しているので、出版社にも影響が及ぶ。
 
 ワードを使った表の作成中に繰り返し起きる不快な現象は、表の枠線を狭めたり広めたりしようとすると、
 
 「Microsoft Wordは動作を停止しました
 この問題の解決策を確認しています…」

 という表示が出る。
 そして、再起動せよなどといった指示が出るが、こういうことが突然起きるので、困っている。

 その問題をマイクロソフト・コミュニティ提起した前記の人(業務用に使用)によると、マイクロソフトにも問い合わせ、2時間にわたって、いろいろ指導を受けたそうだ。
 マイクロソフトでは、ごく一部で起きている問題のようにいっているが、私の友人に聞いたところ、同じ問題が何度も起きているといっている。

 Outlookにも、ワードの影響が出たのか、突然、「Tabキーで予測候補を選択」云々の表示が2、3度出て、なかなか消えず、面食らった。

 ワード2016は、当初は何もなかった。アップデートを繰り返しているうちに、このようなおかしなことが起きたことはなかった。

 エクセルの機能が、目に見えて神化しているのに比べ、ワードの機能は「置いてけぼり」にされてきた。
 そこには「ワードの日本語の問題」が絡んでいるのではないか、

 マイクロソフトは、アップデートを遡っていけば、どのアップデート要因が問題を引き起こしているか、わかるはずだ。
 わかっていて知らん顔をしているのか、対策を打てるだけの技術力がないのか?

 マイクロソフトは、世界を制覇した企業だが、大企業になればなるほど、もっと謙虚になり、それが仮にごく一部で起きる現象だとしても、1人や2人といったレベルではないのだから、「完全無比な商品なら起こりえない。どこかに問題がある」と素直に考えて、そういう問題が絶対に起きないような対策をすべきではないのか。

(城島明彦)

より以前の記事一覧