2017/06/25

献辞 安倍晋三殿 「公私は事にあり、また情にあり」


佐藤一斎の『言志晩録』を肝に銘ずべし

 今、西郷隆盛の本を執筆中でありますが、その西郷翁が大きな影響を受けた江戸時代の儒者佐藤一斎の『言志晩録』(げんしばんろく)の一つを、慎んで近年まれにみる名宰相安倍晋三殿に献ずる次第であります。

  公私は事(こと)にあり、また情(じょう)にあり。
  事公(おおやけ)にして情私(わたくし)なる者之(これ)あり。
  事私にして情公なる者も之あり。
  政(まつりごと)を為(な)す者、宜(よろ)しく人情・事理(じり)・軽重の処(ところ)を権衡(けんこう)して、以て其(そ)の中(ちゅう)を民に用うべし。

 こういう意味であります。

  公私は、物事にも人情にもある。
  物事は、公的なことで私情が絡むこともある。
  物事は、私的なことで公として処理しなければならないこともある。
  政治を行う者は、人情、物事の道理、重要度などを検討し、中正・中庸な判断を国民に示さないといけない。

Photo_3  Photo_4 ※クリックすると写真は大きくなります。

(城島明彦)

2017/06/23

「このハゲーッ!」と豊田真由美に罵倒された元秘書を「励ます会」をつくれ!?


矢沢永吉、交通事故現場で「やっちゃえ日産」といったのか?


 日本〝劣〟島、ジメジメしてきて、東京以外にも全国で〝頭狂人〟、続出ですな。

▼まずは、矢沢永吉。交通事故を起こしちゃいましたな
 
 事故の程度が軽いか重いかは問題ではない。車のCMで、偉そうな口調でいっているのが問題。

 矢沢の交通事故で、気になったのは、次の3点。

 ①日産車に乗っていて事故ったのかどうか?
 ②「やっちゃえ日産」といって事故を起こしたのかどうか。
 ③事故後、矢沢が「やっちゃった日産」とぼやいたかどうか。

 テレビのワイドショーは、矢沢だけでなく、過去の車のCMに出ていたタレントと、交通事故の関係も含めて、こういうことを放送しないといけない。

 ビールのCMだって、起用されているタレントは、ホントにそのビールだけを飲んでいるのか!? こういうのを徹底取材して流したら、高視聴率を稼げまっせ!
 落ち目のフジテレビあたり、どうです?


▼〝発狂ハゲおやじ〟籠池のオヤジの〝あんこ〟万札事件

 「もらった百万円返すのだ」
 と息まいて、ミセス安倍の経営する店へ押しかけたが、不在。
 そのとき、封筒から引っ張り出して取材記者に見せびらかした万札は、上と下のみ万札で、真ん中はただの紙切れ。

 こういうしかけを詐欺師用語で、〝あんこ〟というのだ。

 このハゲおやじ、次は自宅へ行ったが、会えるはずもないことは子どもでもわかる。
 この〝ハゲ〟、何を考えているのか!?

 こういうおやじであることに気づかず、深入りしたミスター&ミセス安倍は、「アホ」「人を見る目がない」ということになりますな。


▼「森友学園問題」は、ぜひ証人尋問をやり、豊田真由美に質問させたかった!

 そのときは、「このハゲ!」を連発して、国会中継の視聴率を上げてほしい。
 豊田真由美は、自由党に入って森裕子とコンビを組んで、上から目線で、怒鳴りながら質問してもらいたい。

 〝もりとよ暴言恐喝ペア〟!

 もり上がりまっせ!


▼馬脚を現しつつある小池百合子!

 元TVキャスターの経験を活かしまくり、顔をどこへ向けたらいいか、どういう表情をつくったらいいかを知りつくしているおばさんだけに、衆愚は騙されやすい。

 彼女が一番気にしているのは、支持率アップでございます。
 つまり、大衆の顔色を窺いながら、政策を決めていく〝大衆迎合政治家〟ですな。
 これは、古代ギリシャの時代から行われてきた「デマゴーグ」(衆愚政治)と背中合わせ。
大衆の愚かさを逆用した、あざとい政治手法でございます。

 築地と豊洲両立論など、もろにそれ。
 一見、「いいじゃないか」と思えるものの、当事者が怒っておりますな。
 金がいくらかかるのかは明かさず、「何となく、よさげ」と思えることを、次々とぶちあげていく。

 これは、政治的無知層を巧みに利用し、煽り立てる〝デマゴーグ〟(扇動政治)の手法で、古代ギリシャの時代からあるのでございます。

 大衆演劇の役者・小池百合之丞(こいけゆりのじょう)にとって、衆愚の支持率アップが何よりのハゲみになるのでありますな。

(城島明彦)

「このハゲーッ!」と豊田真由美に罵倒された元秘書を「励ます会」をtuくれ!

矢沢永吉、交通事故現場で「やっちゃえ日産」といったのか?

 日本〝劣〟島、ジメジメしてきて、頭狂人、続出ですな。

▼まずは、矢沢永吉。交通事故を起しちゃいましたな。
 
で、気になったのは、次の3点。
①日産車に乗っていて事故ったのかどうか?
「やっちゃえ日産」といって事故を起こしたのかどうか。
③事故後、矢沢が「やっちゃった日産」とぼやいたかどうか。


▼〝発狂ハゲおやじ〟籠池のオヤジの〝あんこ〟万札事件

 「もらった百万円返すのだ」
 と息まいて、ミセス安倍の経営する店へ押しかけたが、不在。
 そのとき、封筒から引っ張り出して取材記者に見せびらかした万札は、上と下のみ万札で、真ん中はただの紙切れ。

 こういうしかけを詐欺師用語で、〝あんこ〟というのだ。

 このハゲおやじ、次は自宅へ行ったが、会えるはずもないことは子どもでもわかる。
 この〝ハゲ〟、何を考えているのか!?
 

▼「森友学園問題」は、ぜひ証人尋問をやり、豊田真由美に質問させたかった!

 そのときは、「このハゲ!」を連発して、国会中継の視聴率を上げてほしい。
 豊田真由美は、自由党に入って森裕子とコンビを組み、上から目線で、怒鳴りながら質問してもらいたい。


▼馬脚を現してきたじ、小池百合子!

 元ニュースキャスター、顔をどこへ向けたらいいか、どういう表情をつくったらいいかを知りつくしているおばさんだけに、テレビを見る側の人間は騙されやすい。

 彼女が一番気にしているのは、支持率アップでございます。
 つまり、〝大衆迎合政治家〟ですな。
 支持率アップが何よりのハゲみになるのである。

(城島明彦)

2017/06/16

暑いのう、脳まで暑いぞ、熱い脳!


30度だって!? カンベンしておくれでやんす

 暑くなると、出てきますな。
 お化けじゃない、くるくるパ~プリンってぇ奴。

 ♪ きょうと おおはら さんぜんいん
 ♪ 狂頭 大原さん全員
 ♪ 京都 大腹 産前淫

 路上の何かを探している爺さんがいた。
 そばを通りかかると、
 「暑いですねえ」
 と挨拶してきたので、黙って通り過ぎるのも悪いと思い、
 「何か落としました?」
 と尋ねたら、にやっと笑って、
 「脳天、逆落(さかお)としだっちゅ~の!」
 といって、へらへら笑った。

 前歯が三本抜けていた!

 (こいつ、危ない奴だ)
 と思ったので、目を合わさないようにして、
 「よっこい庄一! ノー散らす、Go!  Yes,ノー散らし寿司! 暑いの、暑いの、飛んでけ~ぇ!」
 と思いっきりでっかい声で叫んでやったら、おびえた目でこっちを見た。
 (こわいのはこっちだってぇの)

(城島明彦)

2017/06/03

〝卓球の天才少年〟張本に特大の「喝!」だ! 雄叫びがうるさい! 


醜い! 勝つたびに雄叫(おたけ)び付きガッツポーズをするな!

 卓球の世界選手権がドイツで行われ、テレビ東京が中継しているが、見ていて不愉快になった。
 天才少年張本智和の雄叫びは異常だ。
 見ている者を不愉快にさせる。
 
 勝てば叫び、負ければ沈黙する。
 負けたとき、なぜ絶叫しないのか。
 そんなスポーツがあっていいものか。
 両親やコーチたちは、なぜ注意しないのか。
 
 相手の気持ちも考えろ。
 卓球は、下品なスポーツなのか。
 スポーツマンシップとは何かをよく考えろ。

 勝てばうれしいに決まっている。
 叫びたくもなろう。
 気持ちはわかるが、それをぐっと噛みしめるのが日本男児だ。
 敗者の健闘をたたえる気持ちを忘れている。
 絶叫しないと勝てないのなら、選手をやめろ!

 将棋の藤井少年を見習え!

(城島明彦)

2017/06/01

この人を見よ――「近江聖人」中江藤樹(とうじゅ)は11歳から「修身」を心がけた


国会議員は、中江藤樹『翁問答』を熟読して、己を磨け!

 失言や暴言で大臣を辞職する国会議員が後を絶たない。
 そういう連中は、『大学』を読んだこともないのではないか。
 そこには、こんな一文があるのだ。
 「修身斉家治国平天下」
 (しゅうしん・さいか・ちこく・へいてんか)と読む。
 
 これは、「おさめる順番」を示している。
 つまり――
 「天下を泰平にするには、まず自分自身の身を修め、続いて家・家庭を治め、それができて初めて国を治めることができ、世の中は天下泰平となる」
 といっているのである。
 

身を修める努力をしているか?

 まず心がけねばならないのは、自分自身を厳しく律し、情欲・金銭欲・名誉欲などに負けない「克己」「自律」を培い、人格を磨き、立派な人間になることだ。
 修身の基本は、言葉を慎み、行動を慎むことであるから、「失言」をするような大臣は「身を修める」という最初の段階で既につまずいており、そういう者が国を治めるなどというのはおこがましい限りだ。

 江戸時代初期の儒者で「日本陽明学の祖」といわれている中江藤樹は、11歳のときに『大学』を読んで以来、先ず修身に励んで、言葉を慎み、行いを慎んで、後に「近江聖人」と讃えられるようになる。
 
 『大学』は、古代中国の四書(論語・孟子・中庸・大学)の一つで、昔は学校で習ったが、戦後は教育から弾き飛ばされた。


10歳で祖父の養子になり四国へ

 中江藤樹は、近江国高島郡小川村(現滋賀県高島市)の出身だが、幼い頃に農業をしていた父を亡くし、母一人子一人で暮らしていた。

 10歳になったとき、伊予(元愛媛県)の大洲藩の武士をしていた祖父が、藤樹の将来を心配して養子として引き取られ、母と別れた。
 そのとき、母が厳しい口調で藤樹を諭した。
 「一人前になるまで決して帰って来てはなりません」
 そのいいつけを守って、勉学にいそしみ、『大学』を読んでわずか11歳で悟ったのだから、並みの子どもではない。


この母にして、この子あり

 母から来た手紙を祖父は読んで聞かせていたが、その中に、水仕事をしてあかぎれになったという一節があった。
 あかぎれは痛いということを知った藤樹は、よく効くという薬を買い、母のもとへ届けようとした。
 瀬戸内海を船で摂津へと渡り、そこから高島村へと向かったが、冬のさなかである。雪は降る。足も疲れ、日も暮れて行倒れたところを間一髪、助けられ、再び旅を続けて、無事、母のもとへたどり着いた。
 
 だが母が藤樹にいった言葉は、
「何しに帰ってきた。一人前になるまで戻るなと言い聞かせたではないか。すぐに引き返しなさい」
そういうと、伊予まで戻るのに必要な金を手渡したのだった。
 藤樹のせめてもの慰めは、母があかぎれの薬は受け取ってくれたことだった。
 
 ――このような話が伝わっているのだ。
 
 私が小学生の頃、家に富山の置き薬の一つとして「あかぎれの薬」もあったが、真っ黒な練り薬がハマグリの中に入れてあった。藤樹が母に届けたのも、おそらくそれではなかろうか。昭和30年頃の話だ。


脱藩してまで母親を養った生き方

 次に藤樹が郷里の高島村へ帰るのは、25歳のときである。
 老いた母に伊予へ来るように話をしにいったのだ。
 しかし母は、
「女は越境するものではない」
といって首を縦には振らなかった。
 
 ならば、自分が母の側へいこう、と決心したのはその2年後、27歳のときである。
 母親に孝行をしたいからと「休職願い」を家老に出したが、聞き入れられず、思い余って脱藩したのだった。
 脱藩は大罪で、藩は追っ手を差し向けるのが普通。
 それを恐れて、しばらく京都に隠れ住んでいたが、追ってはこなかった。藩主ができた人で、親孝行したいためという理由を聞いて許したのだ。

 それからの藤樹は、書を読み、思索し、門弟に教え、書を表わすことになるが、その基本となったのは「修身」であった。
 高島村の自宅の庭には大きな藤の木があり、その下で読書をし、教えていたことから、誰いうともなく「藤樹先生」という呼称が生まれたのである。
 藤樹自身もそれを気に入り、号にした。
 そんな藤樹の代表作が『翁問答』である。
 少し難しい個所もあるが、どう生きるのが人としての正しい道なのかを教えてくれる。
 原文は難しいので、5月末発売の拙訳(現代語訳)でどうぞ。

 Photo ※写真をクリックすると、ばかでかくなります。

(城島明彦)

2017/05/30

前川前事務次官を早くブタ箱へ放り込め! 職務上知り得た秘密をしゃべった「国家公務員法」違反だ! 

「クールジャパン」だと!? 「狂うジャパン」の間違いなのじゃないのか?


 口も下半身も軽すぎる奴が教育部門のトップにいたこと自体、おかしい。
 狂っている前事務次官は、ブタ箱へさっさとぶち込め。

 「国家公務員法」(第100条)は、国家公務員に守秘義務を課している。
 職員が職務上知り得た秘密を在職中に限らず、退職後も、外部に漏らすことを禁じている。にもかかわらず、退職してまだ日が浅いのに、前事務次官前川喜平は、職務上知り得た秘密をペラペラとまくし立てている。
 メディアの取材を受けて謝礼をもらったら刑事罰だ。
 
 こんな奴を事務次官に据えた人事もおかしいが、そういう狂った性格の者がトントン拍子で出世できるという組織的なシステムが狂っている。
 こういうインチキ野郎は、トットととっ捕まえてブタ箱へぶち込むべきだ。
 
 安倍晋三首相は黙っていても、その周辺から強引な手口がポロポロとこぼれ出ている。
 盤石と見える政権だが、「森友学園問題」「加計学園問題」など疑惑と思われるさまざまな不祥事が周辺で続くようなら、次の選挙は決して盤石ではない。

 安倍首相のリーダーシップは誰もが認めるだろうし、友人を大事にするのは結構だが、公的な仕事に「私心」が絡んでしまうと、安倍晋三という男の本質は、第一次安倍政権を崩壊させた「お友達内閣」の頃とちっとも変っていないのではないかと考える人が増えてくる。

 自重すべし。

(城島明彦)

2017/05/27

優勝に水を指す〝懲りない大横綱〟白鵬、照ノ富士をダメ押しで本性暴露!


「両手を土俵につく立ち合い」が、白鵬の張り差し連発を生んだ!


〝得意技・張り差し横綱〟の白鵬は、14日目の対戦相手照ノ富士を寄り切ったが、勝負がついて体が離れた直後、片手で照ノ富士の胸板を押して突き飛ばすという見苦しい「ダメ押し」をやらかした。

 しばらく優勝から遠ざかっていたから、14日目で優勝を決めたことがよほどうれしかったのかもしれないが、史上最多優勝の大横綱にはあるまじき行為で、こういうところに白鵬の本性が顔を出すのである。

 五月場所全体を振り返ると、ほとんどが立ち合いざまの〝張り差し〟である。
 これまで、繰り返しそのことをいってきたが、一向に改まる様子はない。
 それをまねて、張り差しに走る力士も増えている。

 なぜ張り差しが増えてきたかは、相撲協会もわかっていないようだが、それは「手を突いて立ち合うようにしたから」である。
 つまり「立ち合いの体勢」のせいである。

 立ち合いの仕方は、大きく分けると次の三つだ。
 ①(子ども相撲などで見られる)両手の拳固を左右ともに土俵につけて構え、軍配が返ったら立ち合う。
 ②(現在の大相撲のやり方で)両手の拳は必ずしも土俵につけず、軍配が返ったら、両手の拳固を土俵につけて立ち合う。
 ③(かつて見られたやり方で)見合った状態で両手の拳固を空中で構え、軍配が返ったら、両手を土俵の土につけることなく、立ち合う。

 両手を土につけるか否か。つけるとしたら、立ち合う前からつけるか、立ち合う瞬間につけるか。そういう違いがあるのだ。
 
 土俵の土に手をつかずに、いってみれば中腰状態から立ち合っていた時期もあるが、見た目が美しくないことや立ち合い時の姿勢が平等ではないケースが生じるなどの理由から、「両手をきちんと土俵につけてから立ち合う」
という規則を徹底させた。

 そうしたことは間違ってはいないが、そうしたことで、「張り差し」をしやすくなったのである。相撲協会は、このことに気づいていない。

 自分で3つの格好をしてみるとよくわかるが、最初から土俵に両手を突いた立ち合いでは、「張り差し」に行くのは難しい。
 中腰での立ち合いも同様だ。
 だが、今のように、軍配が返ってから土俵に手を突いて立ち合う形では、土俵に拳を叩き下ろした勢い、あるいは弾みを利用して相手の顔を平手打ちしやすいのだ。

 いくら相撲取りでも、顔面を張られるのは嫌がる。
 それも年がら年中、張ってこられると決していい気持ちはしない。
 
 顔面を張るふりをして、耳の上や後頭部を張るのも常道と化している。

 このブログを読んだ人は、自分の片手で自分の耳の上や後頭部を、いろんな強さで張ってみると、どれだけ危険な技で、天下の大横綱といわれるような力士が、連日のように使う技ではないということがわかるだろう。

 以前は、下位の力士が横綱を張り飛ばしに来るということは絶対になく、それをいいことに白鵬は連発してきたのだが、最近は下位の力士の中にも上位の力士に対して、平然と張り差しに行く者も増えてきた。

 どうせやるなら、どうせ負けるのなら、思い切って白鵬に張り差しを見舞ってやるようなどきょを見せろ、といいたい。

 あるいは、白鵬の張り差しをビデオで繰り返し、スロー再生し、どういう表情をしたら張り差しに来るか、どのタイミングで頭を下げたら空振りにできるかといったことを、日本人力士は、映像分析の専門家も交えて、とことん分析したらどうなのか

 日本人力士も馬鹿だ。
 張り差しをすれば、張った法のわきが甘くなるし、体のバランスも少し崩れる。
 それでも勝てないようなら力士をやっている資格はない。
 
 稀勢の里も、ときたま張り差しにいくが、日本人横綱であるということを自覚し、立派な体格を生かした堂々たる取り口に徹してもらいたいものだ。

 横棚在位も長く、優勝回数も角界一という立場にありながら、こういうことを百も承知で繰り返している白鵬を、相撲をよく知っているファンは絶対に認めないだろう。

(城島明彦)

2017/05/26

中江藤樹『翁問答』を読まずして明治維新を語ることなかれ!


平成初の現代語訳! 西郷や松陰が熟読した〝日本陽明学の祖〟の代表作


 江戸時代初期の儒学者中江藤樹(なかえ とうじゅ)は、日本を代表する「聖人」(せいじん)だ。
 正確にいうと、出身地にちなんで「近江聖人」(おうみせいじん)である。
 近江は今の滋賀県。高島市の出身だ。

 キリスト教徒の内村鑑三が1908(明治41)年に英語で書いて世界に発信した名著『代表的日本人』に登場する日本の偉人は、5人。

 西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮。

 西郷も尊徳も日蓮もよく知られ、上杉鷹山も近年よく知られるようになったが、中江藤樹に関しては、知らない人が多くなった。
 その理由は、はっきりしている。
 戦後、道徳教育が廃れたからだ。

 中江藤樹は、日本で唯一、「聖人」(せいじん)と呼ばれてきた偉人だ。

 聖徳太子でさえ、「聖」を「せい」とはよまず「しょう」と読む。
 
 親鸞も日蓮も「聖人」だが、「せいじん」とよまず、「上人」に通じる「しょうにん」と読む。
 そう考えると、中江藤樹という人の大きさがわかろうというものだ。

 中江藤樹は、江戸時代にはすでに「聖人」といわれ、明治、大正、昭和(戦前)を通じて、その人となりを誰もが敬う〝国民的偉人〟だった。

 もっと知られていないのは、藤樹が、幕末維新を成し遂げた吉田松陰、西郷隆盛、高杉晋作らが信奉した「日本陽明学の祖」だったという点だ。
 極論すれば、中江藤樹がいなかったら薩長が手を結んで徳川封建政治を倒せなかったかもしれない。私は、そう思っている。

 中江藤樹が道を開いた「日本陽明学」の思想を一言でいうと、
 「知行合一」

 である。

 知行合一は、「ちこうごういつ」または「ちぎょうごういつ」と読む。
 「どんな思想もどんな知識も知るだけでは意味がない。実践して初めて実を結ぶ」
 という意味である。
 
 西郷隆盛も吉田松陰も高杉晋作も坂本龍馬も勝海舟も、この思想に突き動かされ、知行合一を貫き、日本の近代化を成し遂げたのだ。
 したがって、維新の英雄たちの行動を正確かつ完璧に理解しようとすれば、一度は中江藤樹の書をひもとかねばならない。

 少なくとも藤樹の代表作ぐらいは読んでおかないと、幕末維新を語る資格はない、と私は思っている。

 だが、いかんせん、中江藤樹の代表作『翁問答』は難解で、わかりやすい現代語訳を手がけようとする人がいなかった。昭和に思想書として現代語訳されたことはあるが、原文をそのまま現代語訳に移し替えている個所が多く、一般人が理解できなかった。

 「それなら自分が」と思って、今回、現代語訳したというわけだ。
 したがって、平成初、昭和以降つまり日本史上2冊目の全文現代語訳ということになる。

 中江藤樹は「孝の人」で、「孝」の概念を窮理の根本に据えて宇宙全体と人との関係、人としての真の生き方などをとことん追究した。
 その代表作『翁問答』は、人生いかに生きるべきか、学問とは何かといったことが、問答形式で語られる「人生論」でもある。

 Photo  5月28日か29日には書店の店頭に並ぶようなので、ぜひご一読ください。定価は1500円(本体)
 
(城島明彦)

2017/05/20

菊川怜の亭主、ZOZOTOWNの社長ら〝バブル紳士〟と「女好きが一生直らない困った性癖」


歴史は繰り返す! 成金に共通のパターン

 東大卒のインテリタレント菊川怜の初婚の結婚相手のベンチャー企業社長に、
 「婚外子が3人、いや4人」
 などと週刊文春や週刊新潮が報じたと思ったら、今度は読売新聞が、
 「ファッション通販サイトの40代の若い日本人社長がアメリカの近代画家のポップアートを、サザビーズの競売で競り落とした。その金額は約123億円」
 などと報じている。
 この若社長にも複数の異腹の子どもがおり、タレントと交際していると報じられたこともある。
 
 どちらも、バブル期によく見られる典型的な「成金」のパターンだ。
 
 明治以後の日本を振り返れば、その時代その時代の流れにうまく乗って成金となり、金・女・酒・豪邸などに走る多くの連中が現れたが、〝バブル〟という言葉が象徴するように、いつもまにか、弾け飛んだ。

 30年前のバブルを象徴したのは、モータースポーツの最高峰F1だった。
 当時私は、F1をスポーツ紙や雑誌に連載していた関係で、多くの関係者に取材したが、当時の成金や成金企業のトップが、自分の趣味であるF1や絵画収集に桁外れの大金を投じ、そのせいで絵画の価格が急騰した。

 ホンダがぶっちぎりの強さを発揮した時代だが、ホンダは昨日今日、F1にチャレンジしたわけではないから、成金が参入するのを快く思っていなかった。

 私は、学生時代の1970年3月初めに、南アのヨハネスブルグで開催されたF1を見たのがきっかけで、「いつかF1のことを書きたい」と思っており、それから20年近く経ってからF1の記事を書くようになっていたので、成金連中を不快に思っていた。

 菊川怜の好色亭主や近代絵画を買い漁っている昨今の成金は、関与している事業の形態こそ違え、酒・女・クルマ・絵画収集など、やっていることは当時の成金とほとんど同じだ。

 当時の仰天エピソードでは、こういうのがあった。
 鈴鹿サーキットで日本GPが開催されたときに、チームを持っていた日本人の成金若社長は、高級腕時計を片っ端からプレゼントしたり、馴染みの寿司屋を大阪からヘリで空輸させたという話も聞いた。
 別の社長は、著名な西欧絵画をサザビーズなどの競売で次々と高値で競り落とした。「美術館をつくる」といっていたが、そういう構想も事業も、バブル崩壊とともにすべて泡と消えた。


この手の男の女好きは一生直らない

 日本史をたどると、煙草王、石炭王、ガチャマン王(繊維産業で財を成した者)、さまざまな成金がそれこそあぶくのように生まれては消えていった。

 菊川怜の亭主になった男は、婚外子を次々ともうけたり、週刊誌報道によれば女子高生を愛人としてといったとされるなど、道徳観念がきわめて希薄で、自分がブライダル関連企業の社長をしているという意識が欠如している年か思えない。

 菊川怜にアドバイスしてあげると、〝この手の女好き〟は生涯直らない。
 この手の男は、精力が強く、バイタリティがある高血圧タイプに多い。
 仕事だけでなく、女に対しても非常にこまめで、家庭でも妻や子供に〝良きパパぶり〟を発揮する傾向がきわめて強いから、妻は騙されてしまう。

 そういうタイプの男を何人も知っているが、いくつかの共通点がある。

 体力があり、精力が強く、女に優しくこまめで、口も達者で言葉巧みに、金にものをいわせて、次から次へと女を漁る。
 この連中は、目を覚ましてもベッドでボーッとしていない。
 目を覚ますや否や、活発に動き出す高血圧タイプである。

 そういう男と結婚したら、妻が気づかないだけで、婚外子数人とまでは行かなくても、外に何人もの女がいるのだ。
 見破るにはどうすればいいか。
 馬脚を現さずに、そういうことをやって来た〝したたかな男〟なのではないかと、まず疑ってかかることだ。
 そして、そういう目で行動をこまめにチェックしていくと、「怪しい」と思える出来事が必ず出てくる。
 
 もし見つけて指摘すると、その場では謝るが、〝女好き〟という名の〝ほとんど病気〟だから、またやる。
 今度は、どうやったらばれないかを懸命に考えるから、妻はそれを上回る見抜く技を身につけないといけない。

 人に会いに行くといって、やたらシャワーを浴びたり、身ぎれいにしようとしたり、いくつもケータイを持ったりしたら、疑ってかかるべきである。

 (城島明彦)

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