2019/12/07

世界をあっといわせた「浮世絵画家づくし」だ

江戸時代、鎖国で独自の日本文化が花開いた

 

 つくつくぼ~し つくつくぼ~し つくりんしょう~っ! しょうタイムだ。

 夏すぎて 冬来(き)にけらし 白雪の ころもといえば 天ぷらのことか

 

 諸君、がんばっているかな。

 本日の「日本史講座」は、江戸時代の「浮世絵画家づくし」だ。

 憂き世が浮き世に変わるように、小休止だァ!

 声楽家の先輩と音痴の後輩の会話という設定。

 

 「いつ聞いても、先輩の歌麿(歌、まろ)やかでんなァ」 ※喜多川歌麿

 「あ、北斎(あほくさい)。立ち聞きかよ」 ※葛飾北斎

 「英泉(ええ線)いってましたがな」 ※渓斎英泉

 「黙れ、写楽(しゃらく)さい。広重疲労し、げんき〈元気〉)がないから、聞かれたくなかった」 ※東洲斎写楽、安藤広重

 「正味、聞き惚れましたんや」

 「豊国(特に)自慢できる曲ではない。途中で腹は春信張るの、ぶっ)と放屁はするの、最悪だった」 ※歌川豊国、鈴木晴信

 「愛想のない先輩や。清長(気を長)~く持っておくんなさい」 ※鳥居清長

(城島明彦)

2019/12/04

本日の「日本史講座」は「お坊さまづくし」だ

受験生諸君、どれだけ知っているかな?

  

 私が、頭狂大学の迷物講座「日本臭教史」の狂呪でアールデコ。

 本日のテーマは、日本の宗教史を飾る立派なお坊さま方だ。

 そそらそらそら、そそうのないようにな。

 では、さっそく参ろうかの。

 

 「あゝ、すっきりした。良弁(良便)やった」 ※良弁:ろうべん、良便:りょうべん

 「もっと行基(行儀)よくしないか」 ※行基:ぎょうき

 「親鸞(知らん)がな」

 「元気でやっているようだな。鑑真鑑真(感心、感心)」

 「それが道元(どげん)した」

 「急に九州弁を使うな! 一休(一球)入魂だァ! 日々練習! 朝練、夜練、日蓮(日練)だァ!」

 「また説教か。今年は法然(豊年)万作や。練習の前に、なんか空海(食うかい)?」

 「ごまかそうったって、そうはいかん。法然 (骨)が折れる奴だ。一遍(いっぺん)、しごいてやる!」

 「空也(食うや)食わずでは、走れまへん」

 「食う前に走るんだっちゅうの! 目指すは、最澄(最長)不倒だ」

 「かんべんして。ションベンが出そうになってきた。このあたりで、もう叡尊?」

 「だめだめ、いっしょに連れションだ。蓮如(連尿)だ」

(城島明彦)

2019/12/03

恒例の「綴り方狂室」は「クラシック音楽の作曲家」なのら!

年末から正月、趣味が高尚ですまんのう

 

 今年も、残すところ、わずかじゃのう。

 どこで鳴らすか鐘の音(ね)が、陰にこもってゴーン! カルロス・ゴーン!

 Gone With The Wind! 

 ヘックション! 風邪とともにセリーヌ! 

 

 街のどこかでジングルベルの鈴の音が。

 ♪サイレン無いと ホラーナイト

 歌声も高らかに、凡才パカポンと鈍才ぽこぺん登場。

「わしの頭はボッケリーニ。小便すれば、あっちこっちへドビュシー。ついでにウンコも」

「便の状態は?」

ショスタコビッチ。おかげで、ケツのまわりはベートーベン

「ところで、ご飯はマーラー?」

「まだだよ」

ショパン(食パン)がいい? 元関取がやってるチャイコフスキー(ちゃんこ好き)?」

「もつ鍋はどうだ。おうちにモーツアルト?」

「少し傷(いた)んでヘンデルだけど、あるよ。ハイ、ドンぞ」

「いつもシューマンのう」

「このバッハ者が。シューマイ蒸さずに、娘のブラジャー蒸してどうする?」

「それしきのことで、さっ、さワーグナー(騒ぐな)! これがホントのブラームスだい。チャンチャン!」

――おあとがよろしいようで。

(城島明彦)

2019/11/27

オリンポスの神々のヘンなおはなし

 ここはどこ? 御殿場? 踊り場? いいえ、土壇場で~す 

 

 どこかで麻雀パイをかき混ぜる音がする。

 「アポーッ」

 といいながらリーチをかけたのは、ジャイアント馬場ではないか。

 すると、アントニオ猪木が、

 「ロン」といった。

 

 「アポーッ」「ロン」という地上の大声は、天上まで届いた。

 「誰だ、軽々しくワシの名を呼ぶのは!」

 雲の上に姿を現したのは、太陽神アポロンである。

 

 と、そこへ、

 「はあ、ぽっくん、ぽっくん」

 といいながら、妙なおっさんがやってきた。

 「ココロのポス」だった。

 ココロのポスは、女神ヘラをみつけると、へらへら笑って、

 「わしはここにおる、オリンポス

 と話しかけた。

 

 「静かにセネガル」

 太陽神アポロンが怒り、あたりを見回して、

 「ギリギリガールズの姿が見えぬな、今日は」

 といった。

 すると、マーキュリーったらギッチョンチョンでパイのパイのパイが鼻歌を歌った。

  ♪義理がすたれば この世は闇だ

  なまじ止めるな 夜のア~メン・キャバレロ

 マーキュリーはローマではそう呼ばれたが、ギリシャではヘルメスなのだ。

 

 そのヘルメスにアポロンが命じた。

 「お前は好色すぎるから、今日からHを剥奪する」

 かくて、商業神ヘルメス(Hermes)はエルメスとなったのだ。

 お~、イヤーッ! 祖谷(いや)の「かづら橋」!

 

 アポロンは、次に冥界神ハデスにいった。

 「お前は派手すぎる。名前を変えろ。アホデスかバカデスか、どっちかにしろ。セルジオ・メンデスでもいいぞ」

 「私は頭痛持ちなので、セデスがいいです」

 

 続いてアポロンは、女神アルテミスを呼んだ。

 「おまえは、いつも完璧だと威張っておるが」

 と前置きして、関西弁でいった。

 「ノーミスやない。あるて、ミスが。よって今からミスダラケという名に変えろ」」

 

 ――今日も、オリンポスの神々は平和であった。

(城島明彦)

2019/11/23

何度でもいう! 「史上〝最悪〟横綱〟白鵬」と。

何番「張り差し」をすれば気が済むのか? 朝乃山の爪の垢でも煎じて飲め!

 

 「バチン」

 白鵬の張り手の大きな音が場内に響き渡る。

 来る日も来る日も「張り差し」だ。

 左顔面に衝撃を受け、動きが止まった御嶽海を組み止め、すかさず外掛け。

 御嶽海はあっけなく土俵に倒れ、白鵬は千秋楽を待たずに大相撲九州場所14日目で優勝を決めた。

 「横綱の相撲じゃない。気分が悪い!」

 そう呟いて、私はテレビを消した。

 

 その点、朝乃山の相撲は、観ていて気持ちがいい。爽やか相撲だ。

 がっぷり四つに組んで渡り合う。

 双葉山、大鵬、貴乃花……名横綱といわれる過去の横綱たちの相撲は、令和の朝乃山が受け継いでいる。

 朝乃山よ、早く横綱になれ!

 そして「これが横綱相撲だ」という相撲を見せてくれ!

 

なぜ他の力士は白鵬に張り差しを見舞わないのか!? 見舞えないのだ!

 

 横綱ということで、遠慮しているからだ。

 それをいいことに、白鵬は張るわ張るわ。

 対戦相手が張ってこないとわかっているから、毎度毎度、張りにいく。

 一種のパワハラである。あざとい、底意地が悪いといってよかろう。

 

 格上の力士が格下の力士に見舞うことはあっても、格下の力士が格上の力士を見舞うことは極めて少ないということも、重要である。

 「張り差し」や「張り手」がいくら公式技として認められていても、顔を張られた方の力士は頭に血がのぼる

 なかには、張り返す力士もいる。

 張って、張り返し、また張り返す……そういう勝負も過去にはあったが、醜い限りだ。

  

側頭部は、危険だ。脳震とうを起こしたり、中耳炎になったりする。

 

 ためしに、自分の手のひら(すこし丸みを帯びる形にする)で、ちょっと強めに自分の耳を覆うように張ってごらん。

 

 耳が塞がれ、頭の奥がぼわ~んとした感じになる。

 ちょっと張るだけで、これだ。

 力士の力は半端じゃない。側頭部への殴打は、脳震とうで済まず、死に至るケースもあり得るのだ。

 そういうことがわかっていて、連日のように狙うのだから、横綱失格だ。

 

 朝乃山は、こざかしい手を使わず、正々堂々とした相撲を取る。

 小結にして、すでに横綱の風格がある!

 白鵬も少しは見習ったらどうか。

 いや、その程度ではダメだ。朝乃山の爪の垢をもらって、煎じて飲め!

(城島明彦)

 

ジジ、ババはダメだが、ジージ、バーバならOK?

♪アリのマーマの姿みせるのよ~っ?

 

 A「時代じゃのう」

 B「いきなり、何を構えている?」

 A「ジジイはジージ、ババアはバーバだと?」

 B「そういわれると、悪い言葉には聞こえないな」

 A「じゃあ何か、『アリババと40人の盗賊』は『アリバーバと40人の盗賊』か」

 B「アリババは固有名詞だから、アリババのままでいいんだ」

 A「ありのままでいいってことか?」

 B「♪ありのままの姿みせるのよ~」

 A「おっと、待った、マツタケ食いねぇ、川口松太郎」

 B「古いな。川口松太郎なんて作家、今の若いもんは誰もしらねぇぞ」

 A「今度は歌手の白根一男ときたか、なつかしいなあ。いや、そんなことはどうでもいいんだ。今、なんて歌った?」

 B「♪ありのままの姿みせるのよ~」

 A「おかしいじゃないか。ババがバーバなら、ママはマーマだろうが。アリのマーマと歌わないと差別になるぞ」

 B「けったいなやっちゃな」

 A「急に関西弁使って、どないするんや」

 B「馬鹿だねぇ、アリのママじゃない、『素』という意味の『ありのまま』だ」

 A「すといえば、ギター片手に『オッス!』といって登場した田端義男がいたな。♪波の背の背に 揺られて揺れて~ってか」

 B「馬鹿だねぇ、まったく。底抜けのバカだ」

 A「バカは死ななきゃ なおらない~ってか。じゃあ、床屋はどうだ?」

 B「バーバーだ」

 A「♪街のあかりが とても綺麗ね ヨコハーバー ブルーライト ヨコハーバー

 B「バカだねぇ、天井知らずの大バカ者だ」

 A「いやん、バカん。ジジイがやっているのに、バーバーとはこれいかに」

 B「ババアがはいてもジーパンというが如し。なにいわすんや」

 A「まだまだあるぞ。お前のパーパは頭がパーパだ。♪ちいちいパーパー ちいパーパー スズメの学校の先生は」

 B「パパやママはそのままでいいんだ。ジージ、バーバというと、ジジ、ババより柔らかい感じになるだろ。傍線効果ってやつだな」

 A「傍線を入れたらいいんだな。クーソジージにクーソバーバでどうだ! ノーグーソー、ネーグーソー、ビーチーグーソーってのもあるな」

 B「長すぎて下品だからダメッ!」

 A「長すぎ? いや、それでオッケー。糞だから流すのだ」

(城島明彦)

2019/11/21

観客は見た! 中継視聴者も見た! 決まり手は白鵬の〝プロレス技〟肘打ち!

 瞬殺技に遠藤たまらず崩れた! 何とかしろ、相撲協会! これで相撲といえるのか!?

 

 

 左で張り差し→右で張り手→左手で肘打ち→遠藤、衝撃で崩れ落ちる

 というのが、大相撲九州場所12日目の白鵬対遠藤戦の推移だ。

 

 さすがに解説の舞の海も、あきれたように

 「こんなことをする横綱は見たことがありません」

 とコメントしたが観ている方は、白鵬の一連の動きが動きが速いから、どういう技で遠藤が前に崩れ落ちたかまではわからない。

 そこが白鵬の狙いだ。

 白鵬は「根っからの悪」なのだ!

 

舞の海は、これからも、もっと厳しく言い続けないとダメだ。

NHKのアナウンサーはボキャブラリーが不足しているふりをしているのか、「荒々しい相撲」とか「激しい相撲」としかいわないのも不思議だ。

まともな神経ではないないのだろう。

 

 だがそのアナウンサーが、この日の十両の勝負結果を語っているときに、「この日の十両の取り組みで張り手で負傷した」といっていたが、力士の名前は聞きそびれた。鼓膜でも破れたのか?

 そういう大事なことは、もっと詳しく言わないとダメじゃないか。

 

 白鵬が連日連夜にわたって、「張り差し」やら「張り手」やら「かち上げ」やらをやり続けるから、下位の力士が真似をしているのだ。今場所は、張り差しをする力士が多い。

 

 ほとんどの観客は、来る日も来る日も「白鵬の張り差し」を見せられたら不快になる。

 だが、そういう基本的なことが、力士や相撲協会はなぜわからないのか。

 

 見ていて不愉快になる白鵬の張り差しを封印させるには、アナウンサーや解説者が声を大にして中止をくり返し、観客などのブーイングが大きくなるしかない。

 

 そのうち、「張り差しで力士が脳震とうを起こし、病院にかつぎ込まれて死んだ」という事態が起きないという保証はない。

 こうなったら、誰か犠牲になれ! と、いいたくなってくる。

 そこまでいかないと、相撲協会は対策を考えられないのか。

(城島明彦)

 

2019/11/19

ピエール滝、沢尻エリカ……民放化したNHKが「素行調査」を怠った罰だ! 

「人を見る眼」がないNHK大河ドラマ班に、当然の報い

 

 昔から日本国民にとことん嫌われてきた3代武将は、吉良上野介、井伊直弼、そして明智光秀と相場が決まっている。

 

 そういう人物を主役に据えたドラマを作っても、地元以外では歓迎されない。

 

 明智光秀がなぜ主君信長に反旗を翻して本能寺の変を起こしたのかという肝心の理由がよくわからないから、いかようにも描けるが、所詮、脇役に過ぎず、秀吉や信長のような人気は期待できず、視聴率が惨憺たる結果に終わることは火を見るよりも明らか

 

 しかも光秀は、人望がなかったから、他の有力武将らにそっぽを向かれ、三日天下で終わってしまった。

 

 秀吉が「主君の仇を討つ」という大義名分を掲げて「中国大返し」という奇跡的なスピードで攻めてきたので、光秀はあわてて逃げようとして落ち武者狩り遭い、農民に竹槍で殺され、あっけなく命を落としたというエピソードも情けない。

 光秀は、その程度の人物でしかないのだ。

 

 信長は秀吉を〝はげ鼠〟と呼んだが、光秀に対しては〝きんか頭〟とののしった。

 きんか頭の「きんか」は「金柑」で、きんかんのような禿げ頭という意味だ。

 

 同じハゲでも、秀吉は愛嬌があったが、光秀には陰湿なところがあった。

 

 そんな人物を主役にしたドラマに大金を投じてどうするのか。

 でもって、沢尻エリカの薬物事件で、これまで撮影した分がすべてパーになった。

 その責任は誰が取るのか。

 

 ピエール滝で煮え湯を飲まされていながら、素行調査を怠った罰だ。

 沢尻エリカ以外にも、「何かやっているのではないか」と思える危なそうな俳優、女優、歌手、タレントはいっぱいいる

 

「あの女優は、真に迫った演技をする」

 などと感心するような連中は特に危ない。

 かと思えば、俳優ではないが、田代まさしのように、逆に「目が死んでいる」ことでクスリを疑える者もいる。

 この際、NHKは、とことん調査してみたらどうか。

 

 いずれにせよ、NHKは民放化したことで、「綱紀」がルーズになった

 たとえば、昔ならNGだった髪型や衣装がまかり通っている。

 

 髪型や衣装が派手になると、行動や金づかいなども派手になり、いつしかクスリに手を出したりするようにもなるのだ。

 

 ごく普通の格好をし、ごく普通の人と仕事や遊びをし、ごく普通の生活を送っている者が、クスリに手を出すことはありえない。

 

 衣装や服装にうるさかった時代のNHKは、清く正しく美しい生き方を是としていたからだが、「あまりにも四角四面で融通がきかぬ」との批判を浴びて、今日のだらしないNHKに堕落してしまった。

 

 その結果が、大河ドラマに起用したピエール滝であり、Eテレにゲスト起用した田代まさしであり、今回の沢尻エリカという〝薬物トリオ〟なのだ。

 沢尻エリカの薬物事件は、綱紀がゆるんだNHKで起こるべくして起こった〝氷山の一角事件〟といえる。

 

 昔のNHKに戻れとはいわないが、「そこまでやらなくてもいいのではないか」といわれるぐらいの厳しい規制をかけて、髪形、服装、話し方など、さまざまな点で、民放とは一線を画すべきではないのか。

(城島明彦)  

 

 

2019/11/18

白鵬、本性をさらけ出す! 待ったをした玉鷲に怒り、片手で胸を突き、場内どよめく! 

自分から待ったをしたり、相手に待ったをさせるのも、張り差しをする策略か?

 

 テレビで観戦している方がわかりやすいのに、九州場所をわざわざ観に行く現地の人たちは、相撲のことをよく知っている人が多いのではないか。

 となれば、私がこれまで繰り返し繰り返し、本ブログで書いてきた白鵬という力士の〝本性〟についても、よくわかっているのだろう。

 

 昨日(8日目)の白鵬と玉鷲との一番で、最初、白鵬が待ったをし、次に玉鷲が待ったをした直後に白鵬が取った行為を目の当たりにして、場内がどよめいたのは、そのことをよく示している。

 白鵬は憮然とした表情をして、待ったをした玉鷲の胸板を右手でどんと突いて押し戻したのだ。

 

 相撲を知らない人は、「たかがその程度で」と思うかもしれないが、横綱がそういうことをすること自体、あってはならない大変な醜態であり、非難される行動なのだ。

 

 「横綱の品格」というと難しく感じる人がいるかもしれないが、こういうことも含めて「礼儀に反すること」を横綱はしてはならないのである。

 白鵬と玉鷲は同じモンゴル出身。番付では白鵬が上位だが、年齢は玉鷲が一つ上である。先輩に少しは敬意を払うべきではないのか。

 

 たかが、「待ったの後の押し返し」というなかれ。

 白鵬の場合、一事が万事だから問題なのだ。

 勝負がついているのにダメ押しをして相手力士を土俵下に付き落とすのもその延長であり、プロレス技まがいの連日の「張り差し」「かち上げ」で相手力士にダメージを与え、うまくいけば「軽い脳震とう」を起こさせて力が出ないようにして、勝ち星をあげてきたのも、その延長線上にある。

 

 白鵬の場合は、横綱にふさわしくない、この種の失態を何度も何度もやらかしてきた。

 時折、注意を受けたが、しばらくたつとケロッと忘れ、また同じ醜態を繰り返してきたから、もはや「人間性」を問われるといっていい。

 だからこそ、口を酸っぱくして物申してきたのだ

 

 さて、玉鷲戦に話を戻そう。

 二度の待ったの後、立ち合いが成立したと思った次の瞬間、白鵬は玉鷲の側頭部を張った。

 玉鷲の体の力が抜けたように見えたと思ったら、土俵の外に足を踏み出しており、あっけなく勝負がついた。

 こういう勝ち方を、「強い」とか「横綱相撲」とかいえるのか。

 横綱なら、たとえ立ち遅れても受けて立て!

 

 声を大にして私はいいたい。

 

 こんな力士に誰がした!?

 親方が甘やかし、相撲協会が多めに見てきたからだろう。

 観客の眉をひそめさせ、不快な気分にさせてもても平気とみえる。

 

 NHKよ、大相撲中継は子どももいっぱい見ているんだゾ。

 実況中継のアナウンサーや解説の北の富士、舞の海は、そういう視点に立って、白鵬のほぼ連日のような「張り差し」やら「かち上げ」やらに苦言を呈すべきではないのか。

 子どもが真似してもいいのか?

 

 私が小学生だった頃(昭和30年代)は全国的に大相撲が大人気で、学校の休み時間になると、運動場や砂場でよく相撲を取ったものだ。

 結構強かった私は、小柄な子とか軽量な子には、先代若乃花(横綱)の真似をして「上手やぐら」とか「呼び戻し」といった大技をしかけたこともあったし、千代の山(横綱)の真似をして「突っ張り」とか「突き押し」などもやったり、「内掛け」とか「とったり」という奇手も使ったことがあるが、「張り差し」やら「張り手」は一度もやったことはない。

 

 不謹慎な言い方になるが、白鵬の技で、相手力士が誰か、脳に損傷を負ったり、顎が砕けたというような大けがをしないと、問題視しないとでもいうのだろうか。

(城島明彦)

 

2019/11/17

思い出は甘酸っぱい? 昭和30年代にホップ、タイムスリップ、ジャンプや!

「ひとみちゃん」から「りんごちゃん」へ、バトンタッチに失敗

 

 「りんごちゃん」という、男なのか女なのかよくわからない〝丸顔のでぶっちいモノマネ芸人〟が現れたときは驚いて、昭和30(1955)代後半にタイムスリップしそうになってしもた。

 なんせ、「りんごちゃん」っていうのはね、昭和37(1962)年に神戸一郎が歌った歌謡曲の題名だったんや。

 

 このお人は商船大学の出で、歌手になる前は船乗りをしてはった。マドロスや。

 並みの美声と違いますのや。昭和32(1957)年12月に10代の恋よさようなら」でデビューして、紅白出場4はダテやないで。4回戦ボーイとは格が違うのや。

 ほんでもって、そのあくる年にリリースされた「銀座九丁目は水の上」では、海外航路の豪華船の描写がありマスト。よくデッキた歌詞やで。

 「銀座は八丁目までとちゃうの?」というあんたは偉い! そうなんや、九丁目は東京湾で海の上というしゃれでんがな。

 少年時代のオイラは、神戸一郎のまねをして、よう歌ったもんや。

 

  ♪夢の光よ シャンデリア

   粋なカクテル マンハッタン

   欧州通いの 夢乗せて

   銀座九丁目は 水の上

   今宵は船で すごしましょう

 

 この歌の舞台は東京湾やけど、港といえば、横浜か神戸。

 このお人は神戸生まれ。でもって、神戸という芸名にしたんやが、そのまま「こうべ」と読ませるのは芸がない、かんべんしてんかというので、「かんべ」と読ませたんや。オイラの出身地の三重県にも「神戸」(かんべ)という地名があるでぇ。

 

 かんべといえば、「簡便化」ちゅう言葉、知っとるやろ?

 上から読んでも「かんべんか」、下から読んでも「かんべんか」。

 もうダジャレはいわへんから、「かんべんかんべんか」(勘弁、勘弁か)

 こういうのを「かいぶん」といいますんや。

 「怪文」と違うで、「回文」と書きますねん。ほんまの話でっせ、怪聞やおまへん。

 あかん、また脱線してしもた。

 

 けどなあ、「りんごちゃん」はヒットせんかったんや。歌詞がイマイチやった。

 

  ♪リンゴちゃんって いうのはね

   ちょっとオデコで 可愛くて

   いつも町ですれ違う すれ違う娘さん

       恋をしている わけではないけれど

       いつもリンゴの 匂いがした

 

 実はな、この歌の3年前に「ひとみちゃん」(昭和34年4月)という歌が出て、鶴は千年、亀は万年、大ヒットしてまんねん。

 神戸一郎が所属したコロムビアレコードは、その「ひとみちゃん」にあやかろうとしたんや。歌詞の最後のフレーズに注目。「りんご」が出てきよります。

 

  ♪ひとみちゃん ひとみちゃん

    君の瞳が 濡れてると

    星の光も 悲しそう

    君の瞳が 輝くと

    小川の流れも うれしそう

    丘のりんごの 木の下で

    君の瞳に 恋をした

 

 そう、「りんごちゃん」は「ひとみちゃん」の3年後の姿やったんや。

 

 それにしても、昔の歌詞はシンプルでんなあ。

 歌詞の3番では、リンゴちゃんの出身地はリンゴのなる村で、母と同じ名前じゃないかと想像し、そう思ったら、なつかしさがこみ上げてきたというストーリー。

 で、歌詞の最後はちゅうと、

 

  ♪急に僕の胸に 甘いすっぱい匂いがする

 

 「甘酸(あま)ずっぱい思い」とはいうけど、アウト? セーフ? よよいのよい! じゃんけんぽん! 

 甘い匂いだけならセーフやけど、「甘ずっぱい匂いがする」娘はアウトや!

 

  ♪どっどど どどうど どっどどど……

   甘いリンゴも 吹き飛ばせ

   すっぱいリンゴも 吹き飛ばせ

 

 瞳がキラキラしてた女の子は、3年後には宮沢賢治の「風の又三郎」に変身して、甘さと酸(す)っぱさが入り混じった娘に変っていたんや。

 そういう人生経験を「酸いも甘いも噛み分けた」というんやでぇ。

 脇が(腋臭)甘く、ダジャレが出てきて、どうもす(酸)いません!

(城島明彦)

より以前の記事一覧