せつない名画だ、〝永遠の佳人〟芦川いづみの「しろばんば」!
若くして引退したのは「正解」だったのか、「失敗」だったのか
映画全盛期の日活ドル箱女優№1、芦川いづみは美しくて可憐、自然な演技では浅丘ルリ子も吉永小百合も和泉雅子も、遠く及ばなかった。
武「オイラは、武士の武と書いて〝タケちゃん〟だい」
漢「俺は、漢字の漢と書いて〝カンちゃん〟だよ」
武・漢「2人合わせりゃ武漢で~す」
漢 「泣く子も黙る世界最強のコロナコンビだぞ。文句あっか?」
武「いきなりすごんでどうする!」
漢「すんません」
武「謝るくらいなら、いうなよ。さっそくだがな、『しろばんば』ってなんだら?」
漢「白い馬場か」
武「雨が降って、馬場が重くなった。重馬場だ。そこに霧が流れている。それが、しろばんばだ―なんてぇことが、あるわけねぇだろ」
漢「なら、何だ? 色黒の婆さんが〝黒ばんば〟で、色白の婆さんが〝白ばんば〟、でもないだら」
武「くだらねぇことをよく思いつくな」
漢「でないとすると、チューちゃんでチューってか?」
武「ん?」
漢「『あっしは江州(ごうしゅう)番場宿(ばんばのしゅく)のおきなが屋の倅(せがれ)、忠太郎でござんす、おっかさん』の名セリフでお馴染み、あの長谷川伸先生の傑作戯曲『瞼の母』の番場の忠太郎ってか?』
武「子どもの頃に生き別れ、20数年後に再会し名乗るも、おっかさんは知らないという名場面だが、残念でした! その番場でもない」
漢「なら、何だら?」
武「ノーベル文学賞候補にもなった作家の井上靖(1991年没)の自伝小説だい」
漢「小説の題名つうのはわかったが、どういう意味なんだ?」
武「『しろばんば』ちゅうのは、秋から冬にかけて、夕方になると空中を綿のようにふわふわ舞う白くて小さな虫のことだ」
漢「それって、雪虫のことだら」
武「それを伊豆方面では『しろばんば』と呼んどるチューわけでチュー」
漢「まねすんなよ。『しろばんば』は、伊豆地方の方言か。なるほど、伊豆高原ねえ」
と、大きくうなづき、突然歌いだす。
♪ 汽車の窓から ハンケツ(半尻)振れば
ばんばの乙女が パンティー投げるゥ~
武「ひでぇ替え歌にしやがって。ハンケツ振れば、なんちゃって。判決を下す、『クレヨンしんちゃん』じゃねぇぞ。それじゃあ、古関裕而先生の名曲が台無しだ」
※元歌は大ヒットした「高原列車は行く」(1954(昭和29)年)
汽車の窓から ハンケチ振れば
牧場の乙女が 花束投げる
明るい青空 白樺林
山越え谷越え はるばると
高原列車は ラララララ 行くよ
(作詞は、舟木一夫の「高校三年生」「修学旅行」などの丘灯至夫)
漢「『しろばんば』って映画化されなかったか」
武「された。1962(昭和37)年に日活で『しろばんば』という題名で映画化された。白黒映画だった。主演の少年が心を寄せる若い叔母で小学校の教師に〝映画全盛期の日活の名花〟芦川いづみが扮し、木下惠介が脚本を書き、名作をいくつも残している滝沢英輔という人が監督したことを知り、観たいと思うようになったが、最近まで観る機会がなかった。観た感想を一言でいうと『いい映画』だよ」
漢「芦川いづみか。美しい人だったよな」
武「美しかっただけじゃない。可愛さも兼備し、しかも演技がうまい名女優。浅丘ルリ子、吉永小百合、和泉雅子のお姉さん格の日活のドル箱女優だった」
漢「惜しい人を亡くしたな。日本映画界の損失だ」
武「このうすばんばが! まだ存命してるよ。吉永小百合より10歳上だから、80代半ばだ」
漢「こりゃ、失礼しました」
武「ちょうど時間となりました。では、また」
【怪傑黒頭巾、元へ! 解説黒ズッキーニ】 オイラが、『しろばんば』という小説を知ったのは、中1か中2の冬だった。母が家計簿が付録についていたので買った雑誌「主婦の友」12月号に連載されていたので知ったのだったが、そのときは興味を覚えず、読む気にはなれなかった。映画の方は、最近、アマゾンのプライムビデオで観たが、少年が心を寄せる薄幸の若い叔母に扮した芦川いづみの自然な演技には心を揺さぶられた。だが、彼女は33歳の若さで銀幕から退いた。映画好きな人なら、芦川いづみの「祈るひと」「佳人」も、せつなさ溢れる名画だぜ。彼女のことは、別の機会に書きたい。
(城島明彦)