ひどすぎる大河ドラマ「べらぼう」! 視聴者を舐めているのか、NHK?
訳のわからない筋運びに、大金かける価値なし! 「仇」は「かたき」ではなく「艶っぽい」だ!
総じて、「べらぼう」は、ひどすぎる。どの回も見ていて、引き込まれないのは、なぜ?
蔦重が吉原を動かしているような設定にしたり、どうでもいいような話をだらだらと展開したかと思うと、「蝦夷」がどうのこうのと政治の話をこれでもかこれでもかと続ける。
蔦重は版元なのだから本が商品。本にまつわる話、作家や挿絵画家との関わりにもっと時間をかけるべきだが、次々と登場人物が出てくるわ、毎回毎回、妙なところにこだわりすぎるわ、やたら政治に首を突っ込もうとするわ、吉原の女郎の話に深くかかわろうとするわで、訳が分からない話になり、人間模様が薄っぺらい内容になっている。
8月3日放送の第29回「江戸生蔦屋仇討」(えどうまれつたやのあだうち)についていうなら、江戸時代の大作家山東京伝の戯作『江戸生艶気蒲焼』(えどうまれうわきのかばやき)をもじったものだが、我田引水もはなはだしい。
『江戸生艶気蒲焼』の主人公「仇気屋(あだきや)艶二郎(えんじろう)」の「仇」をNHKはシャレのつもりなのか、「かたき」と解釈する筋書きにして話を展開していたが、江戸時代の人間でそんな風に考える者はいなかった。
仇を「かたき」と解釈するのは今の感覚、江戸時代は「艶っぽい」「色っぽい」という意味に解釈すべきだ。
仇は「かたき」ではなく、「仇気屋」の仇気は書名にもある「艶気」と意図的に重ねている。
したがって、仇気屋は「色っぽいと気取っている商家の艶二郎」というヒネリをきかせているのに、それを無視して「かたき」と呼んで仇討ちを連想するのは、あまりにも情けない。
蔦重と山東京伝に書名をめぐる場面を設定し、視聴者にわからせるという展開のしかたもあった。脚本家もNHKももっと頭を使えといいたい。
仇(あだ)な姿の洗い髪 お富さん
「仇な姿」という表現もある。春日八郎が歌って大ヒットした「お富さん」という昭和の歌謡曲をご存知ないか。
「お富さん」は、1954(昭和29)年に発表された古い歌だが、その後もパチンコ屋や商店街などでよく流されたので、団塊世代以上のジイさんたちは知っていると思うが、「お富さん」の歌詞の1番に「仇な姿のお富さん」というフレーズがある。
〽粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の 洗い髪
死んだはずだよ お富さん
生きていたとは お釈迦様でも
知らぬ仏の お富さん
エッサオー 源冶店(げんやだな)
今、歌舞伎をテーマにした「国宝」という映画が若者に受けて大ヒットしているが、「お富さん」も歌舞伎の演目を素材にしている。
NHKは、「べらぼう」のなかで「米不足」という今と重なる話を取り上げているが、そういう感性があるのなら、「仇」を「かたき」と紋切型に決めつけず、もっときちんと意味を説明すべきではないのか?
(城島明彦)
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