人にもよるが、オイラの場合、年を取ると何をするのも面倒になった
11月に入ると、さすがに肌寒くなった。
それにしても、今年の夏は、ひどい暑さだった。
高齢になると、夏の厚さが、だんだんきつくなった。
若い頃は、今ほど暑くはなかったから、夏が好きだった。
しかし、今はいけませんや。
金魚鉢から飛び出した金魚だ。
走ったわけでもないのに、口をパクパク、パクパクだ。
マスクをしているから、よけい息が苦しい。
ああ、あの世がだんだん近づいてきているのであるな。
若い頃は痩せていたから、冬が苦手だった。
寝不足で朝、起きると、寒くて、目はあけても体の機能はまだ寝ている。
だから、寒くて寒くて、しようがなかった。
寝不足の寝起きには胃が食べ物を欲しがらず、朝食抜きで中学・高校と通った。
今考えると、育ち盛りに、ひどいことをしていたもんだ。
中2の夏休みが近い頃、めまいがしたり、体がだるくなった。
それが朝昼兼用の食事。
午前中で授業が終わると、商店街のうどん屋へ入り、しっぽくを食べた。
マクドナルドも吉野家もない時代だから、そういう無茶をしていた。
そのせいか、前の年には9センチ伸びた身長が4センチしか伸びなかった。
小学6年生の時は学校代表の健康優良児、中1のときもクラスの健康優良児だった。
街を歩いているときや、家で勉強しているときに、しばしば貧血を起こした。
アホな食生活をしたせいで、この始末だった。
土曜日には映画を見ていた。
映画を見ながら、自分なら、ここはこう撮ると思いながら観ていた。
でもって、大学を卒業して東宝にはいり、映画の助監督をした。
いいかげんなものだった。
高校時代は、2時間目が終わった頃になると、体の機能も目を覚ました。
でもって、腹が減ってきて、早弁だ。
10分間の休憩時間に、大急ぎで弁当を食べ、昼休みにはパンを食べていた。
不健康を絵にかいたようなことをしていたから、青白かった。
毎年、夏が来ると、決まって、そのようなことを思い出す。
(城島明彦)