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2021/10/27

〝皇室史上最悪〟眞子内親王の結婚会見 。世間を騒がせたのに、反省は言葉の上だけで、本心からの反省の色なく!

眞子という人は、どれだけ皇室のイメージをダウンさせたか、まるでわかっちゃいない。

 

「性根が腐っている、このクソ女が!」と思いながらテレビ中継を見ていた視聴者が多かったのではないか。言葉のはしばしから、「自分は被害者」と思っていることや「強情な性格」であることが感じられた。

結婚で皇室を離れるときに交付される1億数千万円を、過去の慣例をなぜ初めて破ってまで、なぜ受け取らなかったのか。

その答えは明白。「小室がカネのために自分と結婚したと思いたくないし、人からも思われたくないから」だ。

今回の会見では、過去の慣例をいくつも破ったことについて、その理由をきちんと説明すべきだったが、無視した。そこに眞子という人の「意地と表裏一体のプライド」が感じられる。

「どんな質問にも誠意をもってお答えします」と前置きして記者との質疑応答に応じていたら、〝日本全国拍手喝采〟となったのに、馬鹿だね、この娘(こ)は。自分たちのせいではないことを強調せんがために、都合が悪いことは「病気」「ドクターストップ」のせいにし、「医師とも相談」などと弁解したために、悪印象を払拭しそこなった。

イヤな質問を受けても、「それは事実ではありません」と断言すればすむ話。「どういう根拠でいってらっしゃいますか」と釘を刺すという手もあった。それを、「恐怖を感じる」などという理由で、記者との質疑応答経験をドタキャンしたのは、最悪。うがった見方をすれば、「事実だから、突っ込まれる恐怖を感じたのではないか」と疑えなくもない。

事実ではない報道が独り歩きして恐怖を感じたというのは、どの件をさしているのか、はっきりさせなければ意味がない。たとえば「30歳までに結婚」にこだわっているとの報道も、そのひとつかもしれない。現実には、誕生日を数日過ぎてからの結婚入籍になったが、これも勘ぐってみれば、眞子という人が、意地でそうしたと思えなくもないのだ。

「皇室を利用していない」と小室は述べたが、利用しているか否かの判断は、「一般人であれば行われないことがなされたかどうか」で、たとえば「警護がつく」などは、一般人では行われないし、宮内庁がセッティングしたこのような記者会見も行われない。

圧倒的多数の日本国民が、これまで皇室を畏敬してきたのは、上皇・天皇を始めとする皇室の方々は「特別な存在」と感じてきたからだ。

上皇も天皇も「国民に寄り添う」という言い方をしてきたが、そういう表現ひとつとっても、悠久ともいえるような長い長い歴史のなかで培われてきた「皇室は国民とは違う、一段と高い存在」であることが伝わってくるし、皇室と国民はそういう認識を共有してきたから、「皇族のそば近くに寄ることは畏(おそ)れ多い」と思うのが一般人の感覚。それを根底からひっくり返してしまったのが〝どこの馬の骨ともわからない〟小室某である。「互いに好きなら結婚してもいいじゃないか」という単純な次元の話ではないのだ。

個人的な感想をいえば、一方的発言に終始したために、すっきりせず、好感が持てる会見ではなかった。

(城島明彦)

2021/10/18

女が3人集まると「姦(かしま)しい」というが、爺さんが3人集まっっても漢字はない。もしあったら、「エロボケ談義」とでも読みますかな?

年は取りたくありませんな、御同輩! 

 

 つい先だっても、近所の爺さん2人と公園のベンチに「よっこらしょっ」と並んで座って、エロボケ談義だ。

 でもって、紙の収集日に出してあったスポーツ紙の束をごっそり拾ってきて、声を出して読み始めたと思いなよ。

 

▼池江璃花子

 最初にデカい声を発したのは、床屋の隠居爺さんだったな。

 「そんなことしていいのか」

 と、爺さんが興奮して指したのは、926日付「スポニチ」の記事でしたな。

 「池江璃花子 ノーパン始球式大満足」

 とあるではないか。

 神宮球場でのヤクルト対中日戦の始球式でのことらしい。

 八百屋の隠居爺さんも、えらく興奮し、鼻息も荒く、

 「毛の生え具合はどうじゃ」

 と、露骨なことをいいながら虫眼鏡を取り出したが、

 「何だ、ノーパンではなく、ノーバンと書いてあるじゃないか」

 がっかりした声を出した。

 「少年野球の頃からノーバウンドをノーバンといってきたじゃないか」

 とワシがいうと、八百屋の爺さんはチッと舌打ち。

 床屋の爺さんは、

 「でたらめ書きやがって! 興奮して損した」

 さんざんボヤキまくって、新聞紙を細かく引き裂きましたな。

 中日の親会社「中日新聞」にも同様の見出しが載っていたぞ。

 「池江璃花子 ノーバン始球式! パリ五輪も意識」

 

▼浅田舞

 別の新聞を食い入るように眺めていた八百屋の爺さんが、見出しを大きな声で読んだ。

 「浅田舞、180度〝大開脚〟&腹筋チラリの美麗ショット」

 「浅田真央の姉ちゃんだな」とワシが呟くのを無視して、ガラケーのケータイ画面を眺めていた床屋の爺さんがいった。

 「オリコンニュースにもある。こっちは『浅田舞 180度大開脚ショットを公開』と書いてある。自身のインスタを102日に更新し、アップした写真だとさ」

 それで終わらないのが、若い頃から負けず嫌いで通っている床屋の爺さん。

 「ムラムラしてきた。大開脚ぐらい、ワシにだってできる」

 手ごろな太さの木の幹にしがみついて、右足を高く上げようとしたが、体が硬いので、思うようにいかない。

 「くそっ」といいながら足を思いっきり上げようとした。と、腰のあたりで「グキッ」と大きな音がして、爺さん、そのまま地面に倒れ込み、今度は頭を打ちつけ、口から泡を吹いて失神した。救急車が来て病院に運ばれ、「股関節脱臼」という診断だった。

 

▼橋本マナミ

 偉そうなことをいっているワシにも、赤面体験がある。いつだったかは忘れたが、電車のなかでの話だ。

 2人連れの若い男が、スポーツ紙の芸能ページを眺めながら興奮した声でいったのだ。

 「橋本マナミの土手写真だ」

 土手という言葉を聞いて、ワシは「まさか」とは思ったが、目は正直だった。記事を盗み見たのだ。そして頭にきた。

 着衣の橋本マナミが、多摩川あたりの土手に座って微笑んでいるただの写真じゃないか。

 ワシは、思わず怒声を含んだ大声を出していた。

「まぎらわしい言い方をしやがって!」

 

▼綾瀬はるか

 年寄りがたむろする将棋会所で出来事もヤバかった。「土手パート2」だ。

 その日の、つけっぱなしのテレビはワイドショー。人気女優たちのきわどいグラビアを話題にして、司会者やゲストが「水着の切れ込み」がどうの、「カップサイズがどうの」と寸評していたが、どうということのない内容だったので聞き流していると、ゲストの誰かが突然、「スジがねぇ」といったので、その場にいた爺さん連中の全視線がテレビ画面に集中した。

 白い水着で仰向きに寝そべっている綾瀬はるかのグラマラスな肢体を足側から写したグラビアが大写しになっていた。

 しかもカメラが、スジっぽく見えなくもない水着の土手のあたりをズームアップしたものだから、あちこちで「ゴクッ」と生唾を飲む音が聞こえた。

 しかし、ゲストの誰かがいったのは、「スジがねぇ」ではなく、「筋金入り」だった。

 正確には、「ポーズの取り方も表情も堂に入ったもの。プロ根性は筋金入り」といったのを聞き違えただけの話。なんのこっちゃ!

(城島明彦)

2021/10/14

岸田新首相は、昔「田中曽根(たなかそね)内閣」、今「安麻岸田(ああきしだ)内閣」(or〝AAK内閣〟)で終わるか、所得倍増を実現して〝第2の池田勇人〟になれるか?

「成長と分配」「新資本主義」の実現には「大金持ちから高税をふんだくる」のが一番だ!

 

 安倍・麻生の両元首相は、かつての田中角栄のように、「首相を退いてからはキングメーカーとして君臨したい」という私欲が前面にしゃしゃり出てしまって、真の〝憂国の士〟とはいえない。選挙で恩を売ったかもしれないが、「岸田に好きにやらせるくらいの太っ腹を見せろ」といいたい。

 岸田新首相の「所得倍増論」は、池田勇人首相が昭和35(1960)年にぶち上げた経済政策の令和版だが、同じ「所得倍増論」でも当時と今とでは時代の様相がまったく異なっている。しかし、実現を勘ぐる向きも決して少なくはないが、オイラは悪くないキャッチフレーズだと思う。ただし、どういう風に所得倍増するのかという具体案が出てこないと正しい評価はできないが――。

 思い出すのは、ラジオから流れてきた「10年で所得を倍にする」という池田首相のダミ声だ。所得倍増論の演説の細かい内容は覚えていないが、「所得倍増」という言葉は、当時中学生だったオイラでも新鮮な驚きとインパクトを受け、今でも耳の奥にクッキリと残っている。 

 当時の日本は、労働者がシャカリキになって働きまくり、企業は野望を抱き、市場を拡大するために海外へ雄飛しつつあった。その原動力となったものは何かといえば、太平洋戦争に負けて、東京をはじめとする全国の主要都市が米軍の空襲で焼け野原になってしまった日本を、必死になって再興しようとする国民一人ひとりの強い思いだった。

 当時の日本全国で、大金持ちはほんの一握りで、ほとんどの国民は貧しかったが、希望と夢があった。それは漠然としたものであったが、

 「明日は今日より素晴らしくなる。俺たちが働いて働いて素晴らしくするんだ

 そういうことを口に出していうわけではなかったが、みんな、心のどこかでそう思っていた。

 今、そういう気概をもったの日本人が何人いるというのか。

 そんな国民に大きな夢を与えたのが、池田内閣の「所得倍増計画」だったのだ。

 聞いた当初は、誰もが「まさか」と思ったが、それがだんだん現実のものになり、日本は高度経済成長を遂げ、GNP(当時使われた「国民総生産」)で世界第2位のドイツを抜いた。その勢いと馬力は先日までの中国をしのぐものがった。

 オイラが早稲田大学政経学部のゼミで小松雅雄先生から学んだ経済政策は、そういう時代にふさわしい「高度経済成長論」だった。

 だが、そういう時代は、ある日をきっかけに崩れさった。1973年のオイルショックだ。原油資源のない国・日本にとって〝油断〟(石油を断たれること)は致命傷だった。大東亜戦争で大陸を侵略したのも、資源を手に入れるためだった。

しかし、戦後は原油が安価なのに目をつけ、大量に輸入して、石油から化学製品に加工し、それを活かした繊維や電気製品などを海外に輸出するなどして外貨を荒稼ぎした。

 

 日本が取り返しのつかない状況に陥ったのは「バブル」以後であることは誰もが知っているが、問題はそこから先だ。日本政府は、バブル崩壊後のデフレスパイラル下で失策愚策に次ぐ失策愚策を続け、〝失われた10年〟いや〝失われた20年〟と風刺される歴史上最低の時代を送る羽目になった。

 アベノミクスは、〝失われた20年〟をもたらしたデフレ脱却には成功したものの、経済成長させるところまではいかなかった。経済政策・金融政策などに限界があったということだ。最近、そのことが指摘され始め、メディアが表示するGDP(国内総生産)のグラフでは、世界1位のアメリカ、2位の中国が右肩上がりの成長カーブを描いているのに、日本は蚊帳(かや)の外で、ここ20年横ばいで、両国との〝格差〟は大きく広がってしまった。

 その間に、かつての日本の高成長を支えてきた東芝やシャープなどの経営がおかしくなり、また世界をリードしてきた半導体などの先端技術のトップの座もいつしか他国に奪われていた。〝日の昇る国〟ニッポンから〝日の沈む国〟ニッポンへと凋落してしまったのである。

 車や家電分野などで日本製品に市場を奪われたアメリカは、日本にはできない軍需製品の民用化に目をつけ、パソコン、インターネットに代表される21世紀型ハイテク市場での覇権を握り、再び繁栄の道を確保した。

 日本の新興のIT産業は、アメリカの亜流技術・便乗商法に過ぎず、そういう方面に目端の利く若い連中が起業して億万長者になったものの、日本企業全体を大躍進させる起爆剤とはならず、アメリカの亜流の「所得二極分化」が広がってしまった。

 

 日本政府がやってきたことは、貧富の差を広げる結果を招いた。たとえば企業でいえば「同じ仕事をしながら、社員と派遣社員の差別化」などであり、そういう状況を目の当たりにしてきた国民が「所得倍増」といわれて、夢と希望を感じるだろうか。

 「成長と分配」を目指すという岸田新首相の発想は、いってみれば〝アベノミクスの尻ぬぐい〟である。「成長なくして分配なし」とも強調するが、企業が成長しなければ分配する原資は稼げない。

 どうやって分配するのかといえば、昇給やボーナスを「下に厚く、上に薄く」しないと「貧富の差」は埋まらない。課長のベースアップは1%、係長は3%、平社員は5%といったようにするのことだが、そういう改革ができるかどうかは疑わしい。

「新資本主義」と聞いて、オイラは「マルクスの資本論」を想起したが、「新資本主義」というのは「社会主義に近づける」という発想なのか?

 戦後、GHQは、日本を変えるために農地改革を行った。地主の土地を二束三文で小作人に強制的に売らせるようにしたが、岸田内閣はそれをほうふつさせるような大胆な政策、たとえば「大金持ちや資本家の資産に対するこれまでの優遇策を冷遇策に180度転換」できるかどうかといえば、無理だろう。

 大金持ちは多額の税を徴収されても屁とも思わないのだから、「贅沢税」のようなものも創設導入すればいい。「俺は、ポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニを持っている」なんて威張っている奴らには高税を吹っかけたらいいのだ。それでも乗りたい奴は買うのだから。

 宝石だってそうだ。テレビなどに出て、何億円もする宝石や時計やらをちらつかせている者には、高税を吹っ掛ければいいのだ。それくらいやらないと、国民の喝采を浴びないし、中間層のやる気も活性化しないだろう。

 だから岸田内閣は、金融所得などに対しては、後回しにせず、誰もが信じられないと思うような「〝壁〟を設けない急カーブの累進課税方式」を早急に導入すべきである。

(城島明彦)

 

2021/10/03

祝砲川柳一発! 麻生・安倍 影がゆれてる 岸辺内閣! 

岸田より 〝騎士だ〝と呼んで これからは

 

 岸田文雄の新しいテーマソングもできました。

 ♪  文雄が来た 文雄が来た どこにきた

   山に来た 里に来た 野にも来た~ってか

 

岸田文雄

 ……きまじめすぎて、ごめんなさい

 ……死んだ気になって頑張ります

 ……ダッチロールは致しません ※航空機が横揺れ・縦揺れで蛇行すること

 ……「ふがいない」といわれぬように気をつけます

 ……身を粉にして働きます

 ……「終わりよければ、すべてよし」で参ります

 

麻生太郎

 ……あっ、そう。安倍と麻生の傀儡政権だって?

 ……それがどうした

 ……上から目線は生まれつきだよ

 ……タメ口のどこが悪いってんだ

 ……労働者諸君とは違うんだよ

 ……生まれが違うってぇの、爺さんは吉田茂だ!

 

安倍晋三

 ……安心・安全の「あ」は安倍の「あ」でもある

 ……ベラベラしゃべて煙に巻くのが私の得技だが、竹中平蔵には負ける

 ……晋三という名は伊達じゃない、心臓に人の千倍の剛毛が生えてるよ

 ……ん? うんこも人の何倍も太くて長いからキングメーカーだ

 ……存分に叩くがいいさ、野党もメディアの諸君も

 ……嘘八百はお手のもの

 

高市

 ……高笑いが止まらへんわ、ウチ

 ……傀儡でええやんか、やることやれば

 ……いちいちケチつけんといてぇな

 ……チンチンなくても、今に首相になったるでぇ

 ……サルマタでも何でも履いたろやないの!

 ……なんぼでも吠えたるわよ

 ……栄光はウチの頭上に輝くのや、見ててんか

 

河野太郎

 ……こたえます、広報本部長への格下げは

 ……うまくいくと思っていたのに

 ……No! といわれたショックから立ち直れない

 ……助けてくれ、と叫びたい心境でございます

 ……労多くして実りなし

 ……恨みは深し3A(安倍・麻生・甘利)だ、地方の同志党員諸君

(城島明彦)

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