« 2021年8月 | トップページ | 2021年10月 »

2021/09/28

白鵬引退につながる〝致命傷〟は「ケガ」ではなく、〝相撲道〟を悟れなかった「心の未熟さ」=「外道」(げどう)にあった

数字と記録にこだわりすぎて「心技体」の「心」を忘れた白鵬

 

 白鵬は、ぶっちぎりの優勝回数45回という不滅の記録を残したにもかかわらず、手放しで絶賛する声が少ないのは、横綱という地位を忘れて勝ち星にこだわりすぎ、横綱としてあるまじき見苦しい取口を、これでもか、これでもかと繰り返したからだ。

 在位が長くなると、普通は「円熟味を増す」のが普通だが、白鵬に限ってはそれが当てはまらなかった。

 「勝てば文句ないだろう」 そう考えているに違いないと思わせるような荒っぽい目に余る取り口が多すぎた。

 横綱にふさわしくない取り口が体力の衰えをカバーする窮余の策であったとしても、大相撲は神事につながる日本の国技であり、相撲道〟という正しい道をはずれていたから、ひんしゅくを買ったのだ。だが、本人はそういう声に耳を貸そうとせず、「勝つためには手段を選ばない」という〝わが道〟を貫いた

 

 相撲道の「道」は、本来なら「神事である相撲という名の人の道」に徹することを意味し、横綱であれば「最高位にふさわしい品位という自覚の道」だが、白鵬が貫いてきた不撓不屈(ふとうふくつ)の〝わが道〟は、「外道」(げどう)だったのである。

 がっぷり四つに組んで、堂々と寄り切ったり、押し出したりするかと思えば、上手投げや下手投げで相手を土俵に転がすよう相撲ができる体格だったにもかかわらず、「張り手」「張り差し」「かちあげ」などという、勝つための醜い手段を多用した姿は、どうひいき目に見ても、角界の頂点に立つ横綱という地位や品格にふさわしいものではなかった。

 

 「品格」を別の言い方をすれば、「相撲の取り口」であり「土俵上でのマナー」である。仕切りの様子、賞金を受け取るときのしぐさなども、マナーである。

 勝負がついてから相手の胸板を突いて土俵下に落としたり、手にした賞金の束を振り回したり、勝ってガッツポーズをしたり雄たけびをあげたりすることも、相撲道のマナーに反しているが、白鵬はそういうマナー違反を数えきれないほど繰り返した

 

 横綱という地位に登ったら、受けて立つこともしなくてはならない。何度も待ったをして自分の呼吸に合わせる立ち合いをするのではなく、立ち遅れたと思っても、そのまま受けて立ち、そこから力強い相撲を展開してゆうゆうと勝つ。それが横綱という地位にふさわしい相撲道であり、品格といえる。

 横綱は、土俵を離れても横綱としての品位・品格を求められる。大相撲は日本の国技なのだから、その代表者たる横綱の言動は誰もが注目しているし、人々を感心させるような立ち居振る舞いでなければならない。そこまで求められるのが横綱なのだ。

 そういう意識が欠乏していて起こったのが、朝青龍、日馬富士らの暴行事件だ。日馬富士引退のきっかけをつくったモンゴル出身力士の飲み会も、白鵬が裏で糸を引いており、白鵬は土俵内外で問題が多かった。あの事件で惜しまれるのは、親方だった貴乃花が角界を退いたことだった。

 

 ここからは、新横綱で優勝した照ノ富士である。

 白鵬のようにはなるまいと思っているのが照ノ富士で、横綱昇進が決まったときに口にした言葉が印象深い。

「横綱の品位を汚さない相撲を取りたい」

 取りようによっては、白鵬への当てつけのように聞こえる

 両ひざにケガをしている照ノ富士は、いつなんどき、動けなくなるかわからない。本人がそういう覚悟をしているだけに悲痛感が漂っている。

 照ノ富士は、大ケガをして大関から序二段まで転落し、そこから不死鳥のように復帰して横綱にまでなっただけに辛酸をなめつくし、その分、人間が出来ており、そこが白鵬と決定的に違っている。

 

 コロナまん延とワクチン接種の浸透、東京五輪強行、地球規模の異常気象……どこかおかしい時代に、相撲道を蹂躙(じゅうりん)しまくった白鵬が引退するというのは、何かを暗示しているのではないか。そう思えてならない。

 小兵力士がざまざまな技を繰り出して大型力士を破るような醍醐味の相撲が増えると面白くなるが、それ以前に、〝白鵬の専売特許〟の観があったプロレス技まがいの「かちあげ」や、力任せに相手の顔面を張り飛ばす「張り手」「張り差し」を連発するような、子どもが見て「野蛮」「恐ろしい」と思うような技は封印するようにしてもらいたいものだ。

 見苦しいと思えるような取り口だけは勘弁してもらいたい。張り手などしなくても、回転の速い突っ張りをすればいいではないか。

(城島明彦)

2021/09/14

鬼が出るか? 蛇が出るか? 自民党総裁選のおもしろ一口論評だい!

河野首相なら口を滑らせて短命! 岸田首相なら可もなく不可もなく中命?

 

 河野太郎……米国留学で身につけた「自己顕示上手」な〝場当たり発言主義者〟

 岸田文雄……いい人だけど語り口に抑揚なく、〝迫力に欠けるのが玉にキズの紳士〟

 高市早苗……〝袋〟はないのに左傾メディアから袋叩きにされる〝靖国参拝極右系〟

 石破 茂……過去の総裁選出馬で連続惨敗の〝トラウマにおびえ、出馬見送る評論家〟

 野田聖子……なんで出てくるのかわからない〝夫が元暴力団〟の出たがり女

 

☆河野太郎

 ……巧言令色なんていうなよ、この機会を待っていたんだから

 ……うちは祖父一郎、父洋平の代からの悲願なんだ、総理の座は

 ……のんびりなんてしてられません

 ……頼みます、頼みます、議員の皆さん

 ……論より証拠、河野太郎と書いてね

 ……うれしい結果を待ってます

 

☆岸田文雄

 ……緊張はするが

 ……しっかり頑張ってます

 ……ダメではダメなの

 ……夫婦して頑張ってるんだから

 ……皆さん、どうかよろしく願います

 ……終わりよければ、すべてよし

 

☆高市早苗

 ……たかが総裁選じゃないの!

 ……軽い軽い

 ……いいチャンスじゃないの、自分を売り出す!

 ……血が騒ぐのよ

 ……さっさと出るが勝ちや

 ……何をためらう必要がある?

 ……選んでぇな、うちを

(城島明彦)

2021/09/13

 レーザー照射で「後発性白内障」を治してもらい、視野明快!

「白内障」を手術したのに術前のようにぼんやり見える「後発性白内障」になる人は、12割ではなく78割だそうだ!

 

▼白内障の手術を受ける、ないしは既に受けた高齢者は多いと思うが、術後、12年経つと、また以前のようにぼんやりとしか見えなくなるケースが多い。ネットでチェックすれば、そういう症状を「後発性白内障」といい、「レーザー照射で簡単に治療でき、クリアに見えるようになる」と書いてある。

▼そうなる患者は12割と書いている眼科医院もあれば、23割としているところもあるが、今回、私がレーザー照射治療を受けたときに院長から聞いた話では、「術後、78割が後発性白内障になる。若い人に多い」という話だった。

▼私の場合、2年前の73歳の秋に両目の白内障手術をしたが、「後発性白内障」とやらで、また元のように、霞がかかったようになり、文庫の文字が読めなくなって困った。で、まず、視力06(眼鏡をかけた修正視力)に落ちていた左目からレーザーによる治療をしてもらったら、たちまち12の視力に戻った。

▼左の方は眼鏡をかけて09だが、こちらも眼科医の先生にお願いして10月初めにレーザー照射を行うことになった。術後に、また報告する。

(城島明彦)

2021/09/11

「東京五輪とコロナ大爆発」の因果関係は明白。否定する者は、邪心を疑われる!

東京五輪開催期間と陽性者数推移グラフは完全に一致する!

 

▼コロナも第5波に限っては、ようやく新規の陽性患者が減少傾向に入ったが、〝ワクチン接種が効かない可能性のある得体のしれない新株〟が世界のどこかで次々と発生しており、それが検疫をすり抜けて、いつのまにやら日本上陸を果たしているという現状を知ると、この先、どうなるかは医学者を含めて、誰にもわからず、依然として人類の危機だ。

▼「東京五輪開催時のコロナ爆発」について、バッハ会長などは「日本のコロナ陽性者増加は、五輪の開催地である東京に限らず、全国的なもの」といって、五輪とコロナの関係性を否定する発言をしているが、それは明らかな間違い。

▼高齢者を中心としてワクチン接種者が次第に増えつつあるというプラス効果があったにもかかわらず、「人々の気持ちを緩ませることで、人流を促進するマイナス効果を生んだ」という事実は明白である。

▼日本の第5波による日本国内の新規陽性患者数の推移グラフが、東京五輪開始から終了までの日程とぴたりと合致しているという歴然たる事実を、政府、東京都などの関係者は、単なる偶然とでもいうのだろうか。

▼安倍・菅両内閣の手で強行された東京五輪が、狂乱とも思える第5波を招いたのだ。

▼小学生や中学生を例にとれば、運動会も林間学校も修学旅行も中止に追いやられたにもかかわらず、オリンピックやパラリンピックは挙行されており、どうしてなのかわからずにいる。菅内閣が短期政権で終わったのも、その手の「矛盾した言行」を数多くやらかしたことで、国民の心が離反、支持率の低下を招いたからだ。

▼オリンピック、パラリンピック終了と軌を一にするように、第5波の新規罹患者数が減少に転じたのは、五輪開催期間中に3000人、4000人、5000人と罹患者数が激増する報道を見た人々が「恐怖感を覚えて、外出時のマスク着用、多人数での会食などに配慮する行動を心掛けた」からである。

2回目のワクチン接種を済ませた日本国民が本日(911日)時点でも、ほぼ全人口の半数にすぎないことを考えれば、「コロナ感染への恐怖感」という意識の変化が「危険な場所への人流を減少させる」というプラス効果を生んだことは明確なのだ。

▼五輪渦中に何人の人がコロナで死んでいったか。その意味でも、五輪開催の強行に関わった連中は〝国賊〟である。

▼飲酒問題やコロナ拡散問題を起こした「愛知県常滑市での大規模コンサート」なども、「開催を認めた時点」で、人々の気持ちを緩ませており、愛知県知事や常滑市長らの責任だ。

▼花火大会にしろ、音楽会にしろ、各種のイベントの開催は、どんなに粛々とやろうが、どんなにコロナ感染に気をつけようが、「人々の気持ちをたるませる」点で人流を促す効果を生む。政府は、そのことを忘れてもらっては困るのだ。

 

▼コロナ禍によって日本国民が「人の生死」をわがものとして考えるようになったのは、太平洋戦争時以来だ。そういう時代だからこそ、生死観について書かれた日本の名著『葉隠』(拙訳による現代語版)をお勧めしたい。人生訓としての要素も強い一冊。

▼また、不要不急の外出を控えて退屈なときは、「人は一生、学び続けることが大切。そうすれば、何歳になっても成長できる」と説いた渋沢栄一と福沢諭吉の生き方も、「気づき」に役立つのでは?

▼乱世の時代の戦国武将たちは「明日はどうなるか」という危機に常にさらされていた。そこで、家や子孫が存続するために、自分が経験・体験した苦労を子や孫にさせないために、彼らは短くわかりやすい教えを「家訓」として書き残した。

▼「敵に打ち勝つにはどうすればいいか」を書いた『宮本武蔵「五輪書」』は、自分をいかに鍛えるか、人として、より高みに達するにはどうすればいいか、などについても学べる点が多い。わかりやすい現代語訳で、どうぞ。

▼貝原益軒の『養生訓』は、江戸時代に書かれた〝元祖・健康本〟。近代医学では学べないことが数多く書いてあり、頷く箇所も多い。

  Photo_20210911162301Photo_20210911162501Photo_20210911163301Photo_20210911164301Photo_20210911164601

(城島明彦)

« 2021年8月 | トップページ | 2021年10月 »