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2021/01/29

〝東京コロナ輪ピック〟を強行すれば、東京は「異変種発生の生体実験場」になる!

複合型変異種が続々と発生、日本は〝21世紀型ホロコースト〟の場と化す

 

 IOCやJOCは、唯一の被爆国日本が平和の祭典という虚名のもとに〝21世紀のホロコースト〟化する危険性に目をつむろうとしている。

 選手はかわいそうだが、得るものと失うものを比較すれば、泣きの涙で諦めるしかない。

 「強行して、とんでもない事態になったら、だれが責任を取るのか」を、開催前にきちんと決め、説明しておく必要がある。

 もし五輪開催でコロナ禍が途方もないことになったら、強行推進派(森喜朗、小池百合子)らは〝令和のヒットラー〟とに擬されることになる

 そういう覚悟ができていて東京コロナ輪ピックを強行するというなら、それはそれでよい。重要なのは、政治的責任をどうとるかということだ。当然、監獄に入るのだろうな。罪名は「殺人罪だ」。無差別殺人の罪である。

 

 振り返ってもらいたい。

 安倍前首相や小池都知事らは、コロナを軽視しまくり、五輪強行を主張し続けた。

 コロナが急速に世界中に蔓延しているのに、「コロナに打ち勝った証として東京五輪を開催する」と「過去形」で発言し続けてきた。

 日本語は正しく使え! といいたい。いつ打ち勝っているのか?

 彼らは「五輪までに世界中のコロナを終息する」と読んでいたのだから、先見性ゼロ。危機管理力のない為政者ということになる。罹患こそしていないが、軽視しまくって自らコロナになって大統領失格の烙印を押されたトランプ前大統領と、いっていることは大差ない。 

 政治家が夢を語るのはいいが、実現不可能な夢を語れば口先だけと思われる。実現させてこそ国民の信頼を得る。こんなことはいうまでもない。

 

 予防薬の接種が始まってはいるが、それは先進諸国だけ。アフリカなど発展途上国に行き渡るのは、いつのことになるのか。誰も明言できない。それがコロナの現状である。し、

 

 五輪開催地の東京は、選手・観客ともに人種の坩堝(るつぼ)と化す。

 他国から見たら、毎日の各国別陽性者数の発表に興味津々ではないのか。日本は、東京は、そういう対象になる。

  世界中の国々から集まった選手や観客が保有するさまざまな変異種が、どんな風に合体したり変異したりして新たな強烈なコロナ新種を生むのか?

 現行の予防薬に加え、各国が作っている予防薬や治療薬の使用も認め、どのような効果を発揮するかを競わせ、チェックできるようにしたら医学的に面白い?

 

 五輪を見に来て成田空港で陰性か陽性かの判定結果を待つために10日間以上も足止めされたら、何のためにはるばる日本までやってきたのかわからない。

 それだけ旅費・滞在費が無駄になる。それを日本が負担するとしたら、反対する国民は少なくなかろう。

 

 息も唾も相手選手に飛び放題の柔道やレスリングなど格好の実験材料だ。こんな機会はめったにない。

 バレーだってバスケットだってバトミントンだって、ネット越しに唾が飛ぶ飛ぶ、汗も飛ぶ。

 無観客? 観客数を減らす? 座席間を開ける? ……

 選手には気の毒だが、そこまでして五輪を開始する理由がどこにある。人の命は地球より重いと思うのなら、IOCはコマーシャリズム(金儲け主義)を捨て、政治家はメンツを捨てろ。そうしないと、日本はとんでもない事態になる! 

 Photo_20210129144401 Photo_20210129144501 Photo_20210129144601 Photo_20210129144801 (城島明彦) 

2021/01/17

五輪を開催したいなら、政府はケース別の「具体的コロナ対策」を国民に示せ!

「願望」だけ語るレベルの低さじゃ、内閣支持率の下落は当然だ!

 

 菅内閣の支持率が急落し、その後も回復していないのは、国民が「コロナに対する危機管理がピンボケ」と感じているからだ。

 首都圏などに緊急事態宣言を発しても、繁華街の人出が激減したわけではないし、電車やバスに乗れば、「えっ? こんなに混んでいるの?」と目を疑うようなありさま。

 多くの国民が「なるほど」「政府のいうことを聞いたら、コロナが激減した」と納得できる大胆な施策を次々と打てない点が情けない。

 

 折も折、加藤官房長官がテレビ番組で、「東京五輪の開催」をにおわす発言をした。

 しかし、テレビ・新聞等の世論調査では「8割が東京五輪開催は無理と思っている」との調査結果が出ている。

 それを重く受け止めると、加藤官房長官は「国民の声を無視している」「状況判断ができていない」「願望を語っているだけ」ということになる。

 

 どうしても開催したいというのなら、無図際対策はどうするのか、どういう風に入国チェックをし、どういう風に予防接種を義務付けるのかといったことが当然必要になるが、そういう施策は、日本だけでなく、世界各国のコロナ罹患状況の推移を想定して、さまざまなケースを考えなければならない。

 

 まず日本での陽性者数がどうなっているか。

 世界各国ではどうか。

 予防薬や予防注射がどういう効き方をするのか。

 レスリングとか柔道のような、体が強く接触しツバキが相手選手に飛びまくる種目は、どういう出場資格を設けるのかといったこと。

 開催中に罹患者が判明した場合、どういう手を打つのか。

 その競技はどうなるのか。

 選手だけでなく、審判、報道陣、観客のチェックや罹患者発見の場合は、どうするのか。 

 

 これらは氷山の一角で、そのほか無数のケースが考えられ、そういう事態発生時のシミュレーション、対応策はどうするのがベストなのか。

 

 開催したいのなら、あと半年と迫ってきたのに、そういう具体的な施策がまったく国民に伝わってこない

 「こういう状況の場合は、やむを得ず、中止ということも視野に入れておきたい」

 という発言も、一切ない。

 だから、無能呼ばわりされるのだ。

 政府だけでなく、小池都知事も同様。

 日本と世界各国のコロナ状況がどうなっているか、閣僚は、希望的感想を漠然と述べるのではなく、具体的な数値を示してモノをいえ

(城島明彦)

2021/01/15

「蘭奢待」(らんじゃたい)――名香を放つ朽ち木に「東大寺」という「隠し字」を当てた昔の人の知恵に脱帽

正倉院に眠る香木はどうやって日本に伝わったのか?

 

 男の子は、いつの時代でも、女の子に比べて「冒険心」に富んでいて、「謎」めいたことに興味を持ちがちだ。

 インディ・ジョーンズの映画が大ヒットしたのも、そういう謎めいた話を巧みに取り入れたからだ。

 西欧では、聖書に記載された事柄に関するものが、その対象になることが多い。

 ゴルゴダの丘でキリストが処刑されるときに来ていた衣服にまるわる「聖衣」とか、「聖櫃」とか「聖杯」などだ。

 「財宝のありかを示す古い地図」なんていうのもそれで、日本にも、「武田信玄の隠し財宝」とか、幕末の「徳川の埋蔵金」とか、新しいところでは「山下奉文の埋蔵金」などというものもあり、なかには、それを真に受けて本格的に発掘を行い、気づくとスッテンテンになっっていたという者もいるが、普通の人はそこまではいかず、〝絵物語〟〝単なるうわさ〟と考えるだけだ。

 

無知が生む謎ではあるが

  ネス湖のネッシーにしても、誰かが見たという噂が流れ、それっぽい写真を撮ったという者が現れ、さらにそれに便乗して「自分も見た」「こんな話を聞いた」などと言い出すものが増えることで、次第に話に尾ひれがつき、それにメディアが乗っかって、謎を作り上げていくというパターンが圧倒的に多い。

 

「ネッシーやヒマラヤの雪男のような巨大生物は、いったい、何を食べて生き延びてきたのか」

 と考えたら、小学生でも、そういう生物が存在できないことがわかりそうなものだし、雌雄同体でない限り、一体では反映できないと気付くはずだが、自称科学者のような連中が、「世の中には理屈では解決できないものがある」などという前提で、妙な理屈をつけて「存在説」を唱えるもののだから、それに便乗して写真などを捏造するという「罪つくり」なことをする。

 小説や映画なら問題ないが、それを事実とするために嘘八百が蔓延することは面白くはあるが、世の中を騒がせる点では好ましくない。

 

 謎は、ただ事実を知らないために生じているケースや証拠がないために想像力が独り歩きしているケースがほとんどで、調べようと思っても解明いづらい点が多く、そこに目を付けて存在説を唱えたり、こじつけたりする。

 UFOなど、その典型だ。

 昔は、空遠く舞い上がった風船とか、気象観測用のラジオゾンデが太陽光を浴びてキラキラ輝いているのをUFOと見誤った場合も多い。

 一種の異説が独り歩きしていくわけだが、「ノストラダムスの大予言」とか「惑星一直線」とか「マヤのカレンダーが終わる日が地球の終わり」などが、まさにそれだった。 

 そこには宗教の普及と似たような現象がみられる点も興味深いが、そういうテーマに共通している基本的キーワードは、現在の科学では立証しがたい、あるいは実証しづらい「謎」「ミステリー」である。

 

正倉院御物「蘭奢待」の謎

 前置きが長くなったが、今回のテーマは前に書いた国宝の香木「蘭奢待」(らんじゃたい)の続きだ。蘭奢待は、香木で原産地はベトナムとされている。

「蘭奢待」という名称の各文字の中に収蔵された東大寺という文字が入っている言葉を後付けで選んだ点など、謎めいているが、こちらは正真正銘の正倉院御物で、国宝。

 UFOあたりとは次元が違うが、いつどのようにしてシルクロードを経て日本に伝わってきたのか、あるいはベトナム産の香木が海流に乗って日本のどこかの海岸に流れ着き、それが皇室に寄進されたものなのかなど、謎は多く、興味深い。

 

 以下の話は、昨年1227日付の当ブログ〈NHK大河ドラマ「麒麟が来る」の第37回「信長公と蘭奢待」の不思議発見!〉の続きのようなものなので、そちらを先に目を通してもらうと話が通じやすい。

 

 NHK大河ドラマは、明智光秀にあまり関心がないこともあり、最初のうちは観ていたが、そのうち興味を失い、ほとんどみなくなっていて、その回も途中から見たので、蘭奢待をめぐる話を同ドラマがどう解釈したのかがよくわからないが、見た人のブログなどをチェックすると、毛利輝元にも「蘭奢待」が渡ったという話だったようだ。

「そういうことなら観たかった」と思ったが、どうしても見たいとまでは思わないから、もはや知りようがない。

 

 毛利家にも「蘭奢待」が渡っていたことは、昨年春に上梓した拙著『武士の家訓』を執筆する際の参考文献として一昨年に目を通した古文書「毛利家文書」のなかに「十種之香」という記録があり、その先頭に「蘭奢待」と書かれていたので知ってはいたが、それ以上調べる時間がなく、詳細についてまではわからなかった。

「毛利家文書」(四)には、「十種之香」として次の香の名が記されていた。

  一、蘭奢待

  一、紅塵(こうじん)

  一、三吉野(みよしの)

  一、逍遥

  一、法華経

  一、八橋(やつはし)

  一、花橘(はなたちばな)

  一、中川

  一、京に似た読み方不明の一文字

 ※京という字の「小」の部分が「木」になっている文字で、「きょう」と読ませたのか、浅学にして不明。似たような時に植物の「枲」(し/からむし)がある。

  一、太子

 

 この文書は「天正5(1577)年8月に書かれた」と推測されており、つまり、信長が正親町天皇の勅許を得て切り取った年(天正2(1574

年3月28日)から3年後である。

 正倉院御物は天皇家のものなので、天皇の勅許なしに勝手に宝蔵庫を開扉したり宝物を観たりすることはできない。

 で、信長は、天皇への感謝の気持ちとして切り取った蘭奢待を二分して天皇にも贈ったので、信長か天皇のどちらかが、さらに毛利輝元(「三本の矢」で知られる毛利元就の孫)に分け与えたことになる。現存する宮中の女官が送った手紙や『棚守房顕覚書』(たなもりふさあき おぼえがき)という資料など記述から、天皇が輝元に下賜したと推測されている。

  

「蘭奢待を切り取った」と書いた天皇の手紙は5000万円

 「蘭奢待の切り取り」に関して、正親町天皇が内大臣の九条稙通(たねみち)に送った縦 34.7cm、横 99.9cmの手紙「紙本墨書正親町天皇宸翰御消息」(しほんぼくしょ おおぎまちてんのうしんかん ごしょうそく)が現存しており、平成27年京都博物館が5000万円で買い取り、今は同館にある。

 Photo_20210115140101 右のほうに「蘭奢待」と書かれた太い文字が見える

 唐突に「蘭奢待」を切り取ったと書いた天皇の手紙が5000万円なのだから、信長が切り取った一寸八尺の「蘭奢待」の一部(破片)がもし市場に流れ出たとすれば、いくらになるのか!? 考えるだけでも楽しくなってくる。

 

 信長は、天正2年3月28日に「蘭奢待」を手に入れると、さっそく4月3日に相国寺に堺の商人らを集めて茶会を開き、覚えのめでたかった商人にして茶人の千宗易(千利休)と津田宗及に破片を分け与えたり、側近で京都所司代の要職をこなしている村井貞勝にも気前よく分与した。

 村井貞勝は、同じく信長の家臣の関長安(一宮城主)を通じて、天正2年5月頃、真清田(ますみだ)神社(由緒ある尾張一宮)に奉納した。しかし、この神社は太平洋戦争で焼失、現在の社殿はその後に再建された建物である。

 

天皇は小分けして何人かに下賜していた

 一方、信長から半分もらった正親町天皇が、毛利輝元に「蘭奢待」を下賜したのは、信長が切り取った翌年の天正3年5月。

 輝元は、その3か月後の同年8月に、それを厳島神社に奉納したこともわかっている。

 ここで、前記の「十種之香」が記された天正5(1577)年という年を思い返すことになる。毛利家に下賜された「蘭奢待」は、その2年前に厳島神社に奉納し、手元に残っていないはずではないのか?

 いや、全部を奉納しなかった可能性がある。つまり、次々と「小分けしたらしい」ということだ。

 毛利家にも家宝として蘭奢待の破片を残し、厳島神社にも奉納したと考えるとわかりやすいのではなかろうか。

 

 天皇から破片を下賜された者は、ほかにもいた。中納言の勧修寺晴右(かじゅうじ はれすけ)で、晴右は娘が後宮に入って後陽成天皇ほかを産んでおり、天皇家とは特別の間柄だったからだが、天正5年1月1日に死去、同月14日に仏舎利とともに京都の泉涌寺に収められた。

 

事実と空想のはざま

 ここから先は、空想の世界になる。「蘭奢待」の破片がどんどん世間に散っていった事実を逆手にとれば、「実は盗品だ」とか「もっと他にあった」などと適当なことをいって、欲しがる者に高値で売った詐欺商法だってあったのではないかと思えてくる。「財宝探しの謎」の面白さは、こういう楽しさではないのかと私は思っている。

 ここで、秀吉に話が飛ぶ。

 明智光秀を倒して天下を取った豊臣秀吉は、信長を神のごとく信奉してきたので、真似をしたことも多かった。

 本能寺の変から2年後の天正1210月に大坂城に千宗易ら茶人やキリシタン大名高山右近などを招いて「茶会」を開いた。記録にはないが、そのときに「蘭奢待」を使ったと考えたとしても、「そういうことはありえない」と断言することはできないのである。

 私がNHK大河ドラマに望むのはそういうやり方だが、過去の大河ドラマでは、どう考えてもありそうもない話をでっちあげていることがしばしばだった。

 NHK大河ドラマは「西遊記」ではないのだから、資料を調べまくって事実関係をきちんと押さえたうえで、資料にないところを「さすがNHKといわれるような想像力で埋めて面白おかしくする」というドラマづくりを心がけないとと、視聴率はどんどん下がっていくだけではないのか。つまり、NHK大河ドラマを手がける連中には「ゼロベースに立った意識改革」が求められている、ということだ。

 

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 ▼人生は「生きるか死ぬか」の戦いだ。どうやったら勝てるのかを教える『宮本武蔵「五輪書」』現代語訳

 ▼「コンプライアンス」の元祖石田梅岩の説く商人道『都鄙(とひ)問答』現代語訳

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  「人は年齢に関係なく、学べば成長できる」と説き、実践した『福沢諭吉と渋沢栄一』

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 ▼時代は違うが、「健康で長生きの秘訣は腹八分目と日頃のケア」と説いた貝原益軒

  江戸時代のベストセラー健康書『養生訓』現代語訳

 ▼日本で唯一〝聖人〟と呼ばれた偉人中江藤樹の『翁問答』現代語訳

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(城島明彦)

 

2021/01/14

菅首相は心底から「(コロナ対策として)打つ手が遅い」とは思っていないのか?

「三つのやり方」を断行しない限り、内閣支持率は上昇しない!

 

 菅首相は昨日(113日)、「新型コロナ特措法」の適用地域を関西・東海・福岡などに拡大することを決定したのに伴い、記者会見したが、質問する複数の記者から「遅いのではないか」と質(ただ)されると、そうは思っていないと否定した。

 もし本心からそう思っているのであれば、国民の信頼はさらに弱まる。

 国民が菅首相に期待しているのは、コロナが広がりそうな兆候が見えたら、即、最悪の事態を想定して「先手」を打っているとは思えない。

 様子を見ながら、感染が広がってきたといって、あわててあれこれ手を打っている。

 これでは遅すぎる。国民はそう思っているから、支持率が下落した。

 無策とまではいわないが、説得力のない策も多い。たとえば、店の営業時間。午後8時まだならよくて、なぜ9時はダメなのか。そういうことをいうから、日中の人出が急激には減らないのだ。

 

 そこで、(今更いうまでもない当たり前のことだが)菅首相にアドバイスだ。

 次の3つを念頭に置いてコロナ対策をタイミングよく実施しないといけない。

 

  一、「そんなこと、まだ早いんじゃないのか」と国民が思う時点で、強い規制をかける。

  一、「まだ大丈夫だろう」と国民が油断している段階で、意表を突く厳しい手を打つ。

  一、「そこまでやる必要があるのか」と国民が思うくらいのことを、次々と強要する。

 

 こういうことをやらないから、リーダーシップがあると思われないのだ。

 結果がすべてだ。

(城島明彦)

 

2021/01/10

〝ひっつき草〟と「水雷艦長」、そして「われもこう」

血のにじむ努力をしないと人は大きく成長できない

 

 昭和の半ば頃、つまり昭和30年代に子ども時代を送った人は、都会暮らしでも、あちこちに空き地がいっぱいあって、公園など利用しなくても、そういう場所で自由に遊べた。

 雑草が生えた広い空き地には、何本もの土管が無造作に転がっていたり、砂利の山ができるなどしていて、遊び場所には困らなかったし、河原や河川敷も子どもの格好の遊び場だった。 

 子どもたちは、学校から帰ると、ランドセルを放り出して、駄菓子屋へ向かった後、ういう場所に群れ集って、あたりが暗くなるまで夢中で遊びまくったものだった。

 

▼三すくみゲーム「水雷艦長」

 枯れた雑草があちこちに残る秋や冬に男の子が好んでやった遊びに、敵味方に分かれて野球帽のひさし(つば)の向きで勝ち負けを決める「水雷艦長」というのがあった。

 つばを「前」向きにかぶった者は「横」向きに勝ち、「横」向きにかぶった者は「後ろ」向きに勝ち、「後ろ」向きは「前」向きに勝つという、〝三すくみ戦争ごっこ〟で、艦長は前、駆逐艦は横、水雷は後ろ向きにかぶったのだ。

 離れた場所に敵と味方の陣地を設け、その陣地を離れるときに帽子の向きを決めて、敵の捕獲に出かける。帽子の向きを変えたいときは、陣地に戻らないといけないルールだが、誰も見ていないところで、こっそり変えたりすることもあったが、ばれたらアウト。捕虜になる。

 

 捕虜は敵陣に連れていかれ、2人3人と増えると、手をつないで、味方の助けを待つ。

 敵の目をかすめて捕虜が伸ばす手にタッチしたら、救助となるというきわめて単純な遊びだが、逃げたり追いかけたり、陣地に何人残るか、連携して敵をどうやって捕まえるかなど少しは頭も使いながら、かなりの運動量になり、遊びながら自然と足腰が鍛えられた。

 

▼わが懐かしの〝糞尿譚〟(ふんにょうたん)

 その遊びで、私には忘れられない苦い思い出がある。

 その日も神社の境内に陣地をつくり、その周辺を逃げ回っていたが、追われて八幡神社の背後の川堤へと駆け上がった。

 足に自信のあった私は、そこから河川敷へと逃げ伸びたまではよかったが、そこに広がる畑へ足を入れた途端、ずぶずぶと、めり込んだ。

 いつもと違う感触に「あれっ?」と思ったが、後の祭りだった。

 

 畑に大量の肥(こえ)が撒いてあったのだ。

 おかげで私の運動靴はおろか、ズボンまで撒きたてのクソまみれとなり、逃げるどころではなくなった。

 川に入って懸命に洗った。

 しかし、冬場で水量は少なく、水は冷たいし、洗っても洗ってもそう簡単に臭いが落ちるはずもなく、半べそ状態だった。

 

 後にも先にも、肥を撒きたての畑に足を踏み入れたのは、そのときしかなく、記憶に鮮烈に刻まれることになった。

 前日には肥など撒いていなかったから、まったく警戒心がなく、「陸戦で地雷を踏んだようなもの」と、大人になってから思ったものだ。

 

▼ 我亦紅(われもこう)

 遊び疲れて家に帰ると、服にトゲトゲの付いた実がいくつもくっついていることがよくあった。

 「ひっつき草」と呼ばれている雑草の実で、セーターには特によくくっつき、学校でくっつけ合いをして遊んだこともしばしばだった。

 

 この正月に突拍子もなく思い出した雑草に、「ひっつき草」の実とよく似た果実をつける「われもこう」がある。

 花実の色は暗い紫色をしており、形状は「つくし」に似ているが、もっとひょろっとしていて人の背丈くらいに伸びる茎もあった。

 

 一度聴いたら忘れない不思議な名前で、根は昔から漢方の薬(止血剤)として使われていた。

 当て字は「我亦紅」とか「我木香」「我木瓜」などいくつもあるが、匂いはしない。

 一番ポピュラーなのは、「我亦紅」で、「も」の当て字「亦」は「また」と読むから、そのまま解釈すれば、「我も紅い」で、「朱に交われば赤くなる」のような意味ではないかということになる。

 

「われもこう」に想うこと 

 「我もこうありたい」という解釈は、現代の人間のいうことで、昔なら「我もかくありたし」だから、解釈には無理がある。

 古文を当てはめるなら「我も乞う」あたりか。

 

「我亦紅」の学名(ラテン語)には、「血」が入っている。果実の色に由来するのか、止血剤に使われたのと関係があるのかは知らないが、血を意味する「sanguis」である。別称は英語の「sorb」の語源である「sorbeo」で、こちらは「吸う」という意味だ。

 もうおわかりだろう。「血を吸う」から連想できるのは、「吸血鬼ドラキュラ」だ。

「我亦紅」とは、西欧では「ドラキュラ伝説」につながっている、というのが新春の私の発想である。

 私は昨年末まで『葉隠』の現代語訳の仕事をしており、1月26日に発売される。

『葉隠』というと「武士道とは死ぬことと見つけたり」を思い浮かべる人が多いが、同書は人としての生き方を教える教訓書でもある。

 だが全編に「血」のにおいが立ち込めている。

 

 人は、血のにじむような努力をしないと大きく成長できない。

「我亦紅」をそういう風に解釈すれば、とてもいい名称だと思えてくるのではないか。

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(城島明彦)

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