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2020/12/27

NHK大河ドラマ「麒麟が来る」の第37回「信長公と蘭奢待」の不思議発見!

ミステリーを一挙に! 「蘭奢待」(らんじゃたい)という文字の中に「東大寺」と入っている香木

 

 2020年もあとわずか。今日は「蘭奢待の面白い話」の一挙公開で厄落としと参ろうか!

 

▼明智光秀は所詮、脇役

 NHK大河ドラマ「麒麟が来る」も初回の視聴率は19.1%だったが、以後、例によってジリ貧状態で、先週1220日放送の第37回は12・2%とパッとしなかったようですな。

 所詮、明智光秀は主役を張れる人物ではなく、信長・秀吉・家康の三英傑あっての脇役人生ということを実証した形ですかな。

 

 私はといえば、何度か「麒麟が来る」を観たが、次週は絶対見逃せないぞという気持ちにはならず、ほとんど観なかった。

 もっとも、年を取ったせいで、若い頃に比べて仕事のスピードが鈍ったせいで、その分、時間がかかるようになり、テレビを観ているだけの時間がなかったという事情もある。

 コロナ、コロナで大騒ぎの中で、私は部屋にこもって来年1月末に出る単行本『葉隠』の現代語訳の仕事をしてきたが、以前と比べて、体力や仕事の効率が目に見えて落ちていることを実感する日々で、ここにきて青息吐息でやっと一仕事終えたばかりだ。 

 ――というわけで、昨日(1226日)、久しぶりに「麒麟が来る」の再放送を見た。第37回で、その回はたまたま私が好きな「蘭奢待」を扱っていたので驚いた。

 どれくらい好きかというと、以前、「蘭奢待」というタイトルの掌編小説を書いたほどだ。その小説は、今から13年前の20077月に発売された『恐怖がたり42夜』という扶桑社文庫に収載されているが、今では絶版なので、あとで紹介したい。

 

▼「蘭奢待」という名称の魅力と魔力

 実は、『葉隠』の中にも、極めて短い描写ではあるが、「蘭奢待」に触れた次のような箇所がある。現代語訳すると、

 

 「蘭奢待は、東大寺の勅命で封じられた御蔵にあり、藤原鎌足大臣が流木を拾い上げられた名香である。御即位のときに一寸四方を召され、『八重垣』と名を替えられた。削った跡は、また元のようになるそうである。」(『葉隠』第十)

 

 東大寺にある「天皇の勅命で封じられた御蔵」というのは「正倉院」のことだ。

 拾い上げられた名香というのは、人の背丈ほどもあるミステリアスな「香木」のことをいっている。

 これが「蘭奢待」である。

 2019(令和元)年11月に上野の国立博物館で開かれた御即位記念特別展「正倉院の世界~皇室がまもり伝えた美~」に展示されたので、じかに見た人もいるだろう。

 ソース画像を表示 蘭奢待(重さ11.6キログラム、長さ1メートル50数センチ。中空の伽羅〈きやら〉の朽ち木)

 『葉隠』の記述にある「御即位のときに一寸四方を切り取って使った」という天皇が、どの天皇を指すのかは書かれていないが、藤原鎌足と縁が深いのはともに大化の改新を成し遂げた中大兄皇子、つまり天智天皇ということになる。「八重垣」と呼ばれる香木は、これとは別に今も存在する。 

 以後、興味を覚えた天皇や権力者たちが、切り取って火にくべて香を聞いた。

 香は「かぐ」のではなく「聞く」というのである。

 NHK大河「麒麟が来る」では「室町幕府の三人の将軍(足利義満、義教、義政)が切り取った」としていたが、ほかにももっとたくさんおり、以前、ある学者が「38ヵ所切り取られている」との学説を発表したことがある。しかし、どこの誰が、いつ、どのように切り取って香を聞いたか」の全記録は残されておらず、謎が多い。

 

▼『信長公記』の記事によると、信長は一寸八分切り取った

 三月十七日頃に相国寺に泊まっていた信長が、「南都東大寺蘭奢待所望の旨、内裏へ御奏聞の處(ところ)、三月二十六日に勅使二人が了解したとの内容の「院宣」(いんぜん)を伝えに来たと『信長公記』は記している。

 そして信長は、翌二十七日に供の者を連れて奈良の多門山城(たもんやまじょう)へ出かけ、香木「蘭奢待」が届けられるのを待った。

 一方、御所では、二十八日の辰の刻に、御物を収めた正倉院の扉を開いて、保管してあった蘭奢待を収蔵した長さ六尺の長持(ながもち。衣装や調度をしまう家具)を運び出し、多門山城まで届けた。そして、御成の間の舞台で信長に披露するのである。切り取る寸法は、法に基づき、一寸八尺だった。

 そういうことが『信長公記』(巻之七)に書かれているのだ。

  

▼家康は「祟り」を怖れて香を聞かず

 信長以後では、家康、明治天皇が蘭奢待を切り取って香を聞いたことがわかっている。

 しかし、家康は、切り取るだけ切り取ったものの、〝祟りがある〟との噂に怖気(おじけ)づいて、香を聞くことはしなかったと『当代記』という本にある。

 同書を書いたのは、家康の孫の松平忠明(ただあきら)である。忠明は天正十年に家康の養子になっているが、母親が家康の長女亀姫なので、おそらく亀姫あたりから聞いた話であろうと推測できるが、大坂冬の陣・夏の陣に出陣しているので、全くの絵空事とは思えない。要するに、家康が用心深い人間だったことがわかるエピソードと考えるとよい。

 『当代記』(巻三)には慶長七(一六〇二)年六月十日の条に次のように記されている。忠明は、蘭奢待を「蘭麝臺」と書いており、現代語訳すると、次のようになる。

 「同月十日頃、南都(奈良)の蘭麝臺を、内府公(家康)が使いを出して、見たいと御所に伝えたので、勅使が派遣されてきた。その頃、公は、かの蘭麝臺(臺は台の旧字)を切り取りたいとしきりに思われたのであるが、これを切ると余命が短くなるとの言い伝えを耳にされ、思いとどまったのである。蘭麝臺というのは〈をふらん〉という沈香のことである。蘭麝臺は〈無之事〉といわれてきた。をうらんと並んで紅塵(こうじん)と呼ぶ沈紅(じんこう)もある。いずれも勅封蔵(正倉院)に保管されている。」

 「紅塵」は蘭奢待と並ぶ香の双璧とされた「紅沈香」(こうじんこう)のことで、木の色が赤っぽかったからそう呼ばれたと想像できる。それとの比較で、「蘭奢待」の正倉院御物としての正式名称は「黄熟香」(おうじゅくこう)だったから、一般には「黄蘭」(をふらん)と呼んでいたのかもしれない。

 忠明は「蘭麝臺」と記したが、これは単に書き違えただけなのか、ジャコウジカからとる香だから動物性の麝香を連想させる「麝」という字も用いたのはいただけない。「沈香に麝香を混ぜて聞き香した」と誰かから聞いていて、そう書いたのであれば、新たな連想も働かなくはないが。

 『当代記』では、「無之事」という文言が不気味だ。明治末年に編纂された『史籍雑纂』に収載された『当代記』には「無の事」と「レ点」が入っていて「之(これ)を無(む)にする事」と読めるが、「之を無き者にする事」と読めなくもなく、さらに「レ点」を入れずに素直に読むと「無の事」となり、怪奇的な連想が働く。


▼明治天皇と蘭奢待と西郷隆盛

 明治天皇が蘭奢待を切り取ったのは明治十年である。

 明治十年といえば、西南戦争が勃発した年だ。最も信頼を寄せていた西郷隆盛が「西南戦争」を起こして朝敵となったと聞いて、天皇はショックを受けたが、「西郷が死んだ」と報告を受けると、「西郷を殺せとはいわなかった」と胸の苦しみを吐露している。

 そういう心境と蘭奢待を聞いたこととは関係があるのかないのか、そのことは天皇にしかわからない。

 

▼掌編小説「蘭奢待」

(2007年7月発売・城島明彦『恐怖がたり42夜』(第19夜)より

 

 推理作家の村木健吾は、散歩を日課とし、その日も自宅付近の公園を散策していた。いつも小休止するベンチの近くへ来たとき、携帯電話が鳴った。香道(こうどう)の取材を通じて親しくなった松平胡蝶(まつだいらこちょう)からであった。

 「今夜、いらっしゃいませんか」

 胡蝶は、九十二歳の老女とは思えないしっかりとした口調で二度くりかえした。

 彼女との出会いは六年前である。

 小説誌の依頼で、巻頭のグラビア特集を飾る「香道」の記事を村木が書くことになり、その道に詳しい胡蝶からレクチャーを受けたのだった。

 人の好き嫌いが激しいと評判の胡蝶であったが、どういうわけか、村木は一目で気に入られ、以後、自宅で催される茶会や聞香(ききこう)に何度も誘われるようになった。

 香は「聞く」といい、香を使った典雅な遊びが聞香で、室町時代から始まったといわれている。

 胡蝶主催の聞香は不定期に催されていたが、一度だけ中止になったことがあった。そのときの話である。村木は前日から泊りがけで奈良に取材に出かけていた関係で、当日は自宅に戻らずに、直接、胡蝶の家を訪ねた。

 中止になったと知って村木が帰ろうとすると、胡蝶は、

 「どうぞ、お上がりになって」

 と引き止め、茶室に招いて茶をたててくれたのであった。

 「昨日から今日にかけて、私は奈良へ出かけ、東大寺を取材して参りました」

 村木がそう話すと、胡蝶が、

 「それでは、正倉院もごらんになったのですね」

 と身を乗り出すようにしていった。

 村木が大きく頷くと、胡蝶はうれしそうに笑った。

 「あなたとは不思議なご縁で結ばれているようですね。今日、あなたにお話しようとあたくしが思ったのは、正倉院に関係があることなのです。正倉院御物(ぎょぶつ)の『蘭奢待(らんじゃたい)』のことはご存知ですね」

 「詳細には存じませんが、香木(こうぼく)のことですね。何年前かは忘れましたが、『正倉院展』を見に行ったときに一度だけ目にしています」

 「それなら、蘭奢待の隠し文字のこともご存知ですね」

 「はい。知っております」

 「『蘭』という字のなかに『東』が、『奢』には『大』が、そして『待』には『寺』という字がそれぞれ入っているのですね。続けて読むと、東大寺です」

 「何とも神秘的で、謎めいた匂いが漂いますね。そのことを知ったときは驚きました」

「あたくしが驚いたのは、あの宝木(ほうぼく)の長さを知ったときでした。百五十六センチというのが、当時女学生だったあたくしの身長と同じだったからです。もっとも、いまは縮んでしまってそんなにはありませんけれど」

 胡蝶はおかしそうに笑った。

 それからしばらくの間、蘭奢待の話題が続いた。

 「蘭奢待を切り取って聞香したのは、足利義政(あしかがよしまさ)と織田信長、そして明治天皇の三人でしたよね」

 村木が確認すると、胡蝶は頷き、

 「正倉院に保管されている蘭奢待の切り取られた個所に、その三人の名前を書き込んだ和紙の付箋がついていますが、切り取られた個所はほかにもあるということをご存知でしたか」

 「そうなんですか」

 「蘭奢待は皇室の秘宝ですから、誰もが自由に入手できる代物ではありません。切り取るには天皇の勅許が必要です。権力を手に入れた者は蘭奢待に興味や関心をいだいたでしょうが、畏れ多くて切り取れなかったようです」

 「そう考えると、絞られてきますね」

 「徳川家康ではないかという説がありますが、そうではありません」

 「家康でないとすると、いったい誰が?」

 「いまはまだお話できませんが、いつか、お話したいと思います」

 胡蝶がそういってから何年もたったが、胡蝶の口からその話題が出ることはなかった。

 約束したことをてっきり忘れてしまったものと思っていたので、村木は驚いていた。

 村木は聞香の部屋に案内された。聞香の部屋はいくつかあるようだが、その部屋に招かれたのは初めてだった。そこは八畳間で、床の間に由緒ありげな日本刀の大小が飾ってあった。

 行灯(あんどん)のあかりだけが照らすほの暗い部屋にいると、村木は、ふと遠い昔にタイムスリップしたかのような錯覚にとらわれた。

「あたくしに残された時間も限られてまいりました。記憶が薄れてしまわないうちに、いつぞやの蘭奢待の話の続きをさせていただきましょう。これからお話しするのは、あたくしが幼かった頃、祖母から聞いた話でございます。天皇の勅許を得ないで黙って蘭奢待を切り取り、黙ってまたもとの位置に戻したのは、徳川家康ではなく、第十一代将軍の家斉(いえなり)でございました。このことは、どんな本にも書かれてかかれてはおりませんし、誰もいっていないことですが、あたくしは真実だと信じて参りました。

 家斉公は、十五歳で将軍になられ、正室と側室合わせて四十人の女性に五十五人のお子をお産ませになりました。子供の数は、徳川歴代将軍のうち最多でございます。あたくしの先祖の一人は、その側室の一人だったと伝え聞いております。そのお方の話が代々伝わり、あたくしの代まで至ったというわけでございます。

 家斉公は、あるとき蘭奢待の話を聞いて、どうしても手に入れたくなり、天皇に願い出たのですが、勅許はおりませんでした。それでもあきらめられず、東大寺の関係者に金品を渡して蘭奢待をひそかに手元にもってこさせ、切り取ったのです。一度ならずそういうことをされたと伝え聞いております。けれど、どんな理由かは存じませんが、家斉公はその蘭奢待を聞くことはなさらず、『そちが持っておれ』といって、切り取った木片を側室の一人に渡してしまわれたそうでございます。もうおわかりでしょう。その側室というのが、あたくしの先祖にあたる方なのです。お蝶の方でございます」

 胡蝶は、そこで席を立ち、隣室に消えた。

 (不思議な話があるものだ)

 と村木は思った。

 胡蝶が部屋に戻ったとき、黒漆地(くろうるしじ)に蔓草(つるくさ)模様の金蒔絵(きんまきえ)をほどこした茶筒のような器を手にしていた。高さ一二センチ、口径八センチの器で、ふたの中央には徳川家の葵の紋が入っていた。

 「ここに蘭奢待が入っております」

 おごそかにいって、胡蝶はふたを取った。

 紫色の布の上に、約六センチ四方の赤茶けた四角い木片が置かれていた。

 「足利義政と明治天皇は二寸、織田信長は一寸八分を切り取ったということでございます。それを半分に割って使ったそうで、信長は一片を正親町(おおぎまち)天皇に献上したとのことです。ここにあるのも、一寸八分です」

 胡蝶は蘭奢待を取り出すと、村木に渡した。

 (これが、蘭奢待か)

 一国の総理大臣でも手にできない品だと思うと、緊張で体にふるえが走った。

 胡蝶は、着物の胸元に差していた短刀を村木に渡した。

「代々我が家に伝わる守り刀でございます。これで半分に割(さ)いてください」

「承知しました」

 村木が刀身を抜き放つと、風もないのに部屋の空気がびりびりと動く気配があり、それに反応するかのように行灯の炎がゆらゆらと大きく揺れ動いた。

 驚く村木に胡蝶がいった。

 「恐れることはございません。この短刀には霊力が備わっているのです。火と風を呼ぶとの言い伝えがございます」

 村木は心をしずめ、蘭奢待を二つに切り割いた。

 するとまた行灯の炎が激しく燃えさかり、襖に映る二人の影が怪しく揺れた。

 胡蝶は蘭奢待の一片を器に戻し、もう一片を香炉にくべた。しばらくすると、この世に存在するとは思われないような、甘やかで清涼な香りが漂い始めた。

 「これが、蘭奢待の香りなのですね」

 感きわまった口調で、村木が呟いた。

 「あたくしも、こんな品のよいお香を聞いたことはこれまで一度もございません」

 胡蝶が陶然とした表情でいった。

 村木が記憶しているのはそこまでである。松平胡蝶の屋敷はその夜炎上し、胡蝶は焼死体で発見されたのだ。村木は大やけどを負ったが救出され、病院で手当てを受けた。身動きできるようになってから警察の事情聴取を受け、聞香をしていたことを話したが、蘭奢待のことは黙っていた。

 退院して自宅に戻った日の深夜、枕元に胡蝶の亡霊が現れた。

 「ぼくがもっとしっかりしていたら、あなたを死なせることはなかった。どうか許してください」

 村木は床に頭をこすりつけるようにして詫びた。

「何をおっしゃるの。お詫びしなければならないのは、あたくしの方。あなたにこんな大やけどをさせてしまって。本当ににごめんなさいね」

 胡蝶の亡霊は床に正座すると、深々と頭を下げた。

 「どうか、頭を上げてください」

 村木が胡蝶の肩に手をかけようとしたら、亡霊はすうっと立ち消えた。すると、不思議なことが起きた。記憶になかったあの夜の出来事が村木の脳裏に鮮明に蘇ったのである。

 ――あの夜、村木は胡蝶に勧められて香炉を手に取り、蘭奢待の香を聞いた。

 火事場から生還した村木が覚えているのはそのあたりまでで、あとの記憶は完全になくなっていたのだが、それが今、くっきりと思い出せたのである。

 あの夜、村木は蘭奢待を聞き、えもいわれぬ芳香に心身がうちふるえたが、しばらくすると頭がしびれたようになり、手にした香炉を落としてしまったのである。

 拾おうとしたが、体がいうことをきかなかった。胡蝶の体も動かないようであった。気がつくと、あたりが炎に包まれていた。

 胡蝶が苦しげな表情で村木に尋ねた。

 「もしやあなたは、過去に蘭奢待を聞いた貴人のどなたかと深いご縁がおありでは?」

 「お察しのとおりです。これまで申し上げませんでしたが、私は、織田信長を討った明智光秀の直系です」

 「火が騒ぐわけが、それでわかりました」

 気がつくと、あたりが炎に包まれていた。

 燃えさかる炎のなかで、村木は一人の武将が今まさに自刃(じじん)しようとする光景を見たのだった。

「蘭丸(らんまる)、介錯(かいしゃく)せよ」

 と、その武将は叫んだ。

 (信長だ。本能寺の信長だ)

 と村木は呟いていた。

 信長は、腹を割き、血にまみれた刀身を自身の首に押し当て、うめくようにいった。

 「いかなることがあっても、この信長の首を光秀に渡すでないぞ」

 「承知つかまりました」

 「よい匂いじゃ」

 「はっ?」

 「この世のものならぬよい匂いがする。おお、蘭奢待じゃ。蘭奢待の香りぞ」

 信長はそう呟くと、首筋に当てた刀をぐいっと引いた。血潮がどっと噴出し、信長の体がぐらりと傾(かし)いだ。

 「殿、御免!」

 蘭丸は、渾身の力をこめて刀を振るって信長の首を刎(は)ねた。

 胴体を離れた信長の首が村木のすぐ目の前に転がり落ちてきた。

 蘭丸は、その首を腕にかきいだくと、燃えさかる炎のなかに投げ入れ、

 「アーメン」

 と唱えた。そして蘭丸は自刃した。

 ――村木の脳裏に蘇った記憶は、そこまでである。

 この事件があってから、村木健吾は表舞台から姿を消した。

 それから五年。ある夕刊紙の「へんなおじさん」というコーナーに、こんな記事が載った。

 《「自分は、明智光秀の奇襲を受けて本能寺で死んだ織田信長の最後に立ち会った」

 とか、

 「らんじゃたい、らんじゃたいの呪いを知っているか」

 などと意味不明のことを口走って、にやりと笑う、へんなおじさんが松平胡蝶邸跡の周辺に出没するそうな。

 このおじさん、顔が焼けただれていて怖そうに見えるが、危害を加える心配はないようだ》

(城島明彦)

 

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