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2020/08/27

「特別な夏」といった小池都知事の言語感覚はおかしい! 「異常な夏」「異様な夏」というべきだった!

よい子のみんな! 日本語は正しく使おうね!

 

 小池都知事がコロナ禍を指して「今年は特別な夏」といったのは87日だったが、「おかしな表現をする。元ニュースキャスターなのに、日本語の使い方を知らないな」と思ったものだ。

 

 それから20日が過ぎ、あと4日で8月も終わるが、コロナ騒ぎが収束する気配はない

 

 「特別な日」という日本語は、誕生日とか結婚記念日とか入試に合格した日など、喜ばしい出来事に使う言葉であり、コロナとか戦争とか交通事故とか法事のような出来事に使う言葉ではない。

 東京五輪を例にするなら、開催されたら「特別な夏」になるが、開催されないのに「特別な夏」といったらおかしいと気づくのではないか。

 

 世界中にコロナが蔓延した今年の夏は「いつもと違う夏」「普通ではない夏」「誰も想像できなかった夏」であり、外出を自粛しなければならなかったり、出かけるときはクソ暑いのにマスクをつけなければならない状況は、どう考えても「異常な夏」「異様な夏」でしかないのである。

(城島明彦)

 

2020/08/18

真夏のホラー「アベノマスクからアベノ〝デス〟マスクへ」? コロナ悪連想でアベノリスクは拡散ピークへ!

〝元気印〟安倍首相の体調異変が、単なるお疲れサマーで済めばいいが……慶応病院でKO?

 

チャート式「安倍首相のマイナスイメージ連鎖・悪連想加速」

アベノタスクtask/仕事)→アベノミクス「拉致問題」「北方領土」は〝言うだけ〟→アベノリスク→「コロナ」対策が後手後手→アベノマスク→国民の嘲笑→「Go Toトラベル」キャンペーンで沖縄にコロナ大蔓延→支持率低下→アベノレッカ(劣化)=体調不良・顔色悪化で、KO(慶應)病院にて緊急検査→アベノコロナか→アベノ〝デス〟マスク懸念

(城島明彦)

2020/08/15

〝野合新党〟結成(立憲民主党+国民民主党の分派)は、「安倍首相は不治の病」と読んでのことか!?

〝安倍末期(まつご)政権〟は〝ゴムピン内閣〟

 

  野党再編の動きが急浮上した裏に、アヘアヘ(安倍がヘン)状況がある。

 顔色が悪い・元気がない・声に張りがない・やることなすことにピント外れが多すぎる! 

 

 安倍晋三首相は、その名のように「心臓」が悪いのか? 

 「コロナ陽性になって薬で誤魔化していたのか? 

 以前の腸の病気がぶり返したのか? 肝臓がんなのか?〟 

 こっそり手術でもしたのか?

 

 安倍晋三が第一次政権をぶん投げたときは「政府に耐えられない腸の病気」で、「再起不能」とみられたが、不死鳥のように蘇り、一変して〝頑強〟なイメージを創出、最長不倒内閣記録を更新中

 

 だが、先を読めず、東京五輪で迷走し、後手後手に回ったコロナ禍の昨今は、一億総国民の嘲笑・失笑・愚弄の的となった「安倍のマスク配布」やら、〝Go Toトラブルとしかいえない「Go To トラベル」キャンペーンを〝究極のピンぼけタイミング〟で強行し、本来、病気とは無縁のはずの離島の「沖縄にコロナを蔓延させる」など、全盛期にはありえなかった〝お粗末すぎる愚行・乱行〟が目立つようになった。

 

 毎年、終戦記念日やお盆の季節になると、広島・長崎への原爆投下、戦没者への慰霊、本土の犠牲になった沖縄の話が浮上するが、今年の夏の沖縄は、戦時と同じよう、また日本政府によってひどい目に遭わされた

 

 沖縄は、はたして「Go To トラベル」キャンペーンの恩恵に浴したのか。

 恩恵どころか、コロナ急増で県民の恐怖感は膨れ上がり、訪問を控える旅行者が出て、逆に「商売あがったり」ではないのか。

 

 

超愚策「Go To トラベル」は、経済重視で公害が蔓延した〝いつか来た道〟

 

 経済とコロナ対策を両立させるだと!?

 調子のいいことをいうでない。

 「二兎を追う者は一兎をも得ず」というではないか。

 「人命は地球よりも重い」

 と本気で思っているなら、コロナ対策を優先させんかい!

 

 コロナで死ぬジジババはいても、コロナで倒産したからといって死ぬ経営者はいない。

 金を給付すれば済む話ではないか。そのことを、政府はどう考えているのか。

 

 経済最優先で公害大国になった高度経済成長時代の轍(てつ)をまた踏む〝安倍末期政権〟は、〝ゴムピン内閣〟だ。

  ゴ……後手後手のゴ

  ム……無策のム

  ピン……ピンボケ策のピン

 

 経済とコロナ対策のどちらを優先するのが正しいのか!? やり方は3つしかない。

  ①経済>コロナ対策

  ②経済=コロナ対策

  ③経済<コロナ対策

 

 安倍政権は②といっているが、それでいいのか。

 「Go Toトラベル」で何が起きた? 東京発の「コロナ菌」が全国各地にまき散らされた。一番ひどい目に遭っているのが沖縄だ。

 

風邪だって、「病気は安静が第一。無理や無茶をすれば、治るものも治らないどころか、病気が重症化する」ことは誰だって知っている。

コロナのような正体不明の恐ろしい病気は、なおさらだ。

 

 

「非コロナ三原則」をなぜ徹底しない!  「三密」なんか生ぬるい!

 

 「非核三原則」に倣(なら)った「非コロナ三原則」を徹底することだ。

 非核三原則は、「核を持たない」「核を持ち込まない(持ち込ませない)」「核をつくらない」である。

 これをコロナ対策に応用すれば、

 ①コロナ菌を持たない ⇒徹底的な検査を行い、罹患者は徹底隔離! ⇒離島・僻地に収容病院を建設、そこへ移送して徹底治療 ⇒発症地区(夜の街など)への往来禁止令

 ②コロナ菌を(保菌者や海外から)持ち込ませない ⇒水際作戦でシャットアウト! ⇒外国人の全面的入国禁止! 海外旅行者の全面的入国禁止!

 ③コロナ菌を蔓延させない(←つくらない) ⇒〝隠れ陽性〟(保菌者)撲滅化 ⇒「国民皆検査制度」の実施と「コロナ憲兵隊の創設」(法改正・時限立法) ⇒

 となる。

 

これぐらいのことをやっても、それでも、まだまだ安心できないのに、政府や〝コロナ元凶都市〟東京都がやってきた対策、やっている対策は、子供だましといっていいくらいに生ぬるく、これといった強烈な対策は何一つ打ち出せず、その結果、コロナ陽性率は、目に見えてどんどん蔓延した。

 

知事は、つべこべいうな! 結果がすべてだ!

 

 小池都知事など、ニュース番組のキャスターさながら。「まるで他人事のような記者発表」を繰り返すだけ

 「おっ、すごい! コロナがピタッと止まった」

 といわれるような大胆で即効性のあるコロナ政策を打ち出す才覚は、まったく感じられず、都庁やレインボーブリッジを赤く点灯させて注意を喚起するという低レベルの〝遊び感覚のパフォーマンス〟でお茶を濁すなど、都民を愚弄しきっている

 

 北海道は、一時ひどかったが、今はかなり沈静化しているのに対し、東京、大阪、名古屋、福岡などは、ひどすぎる。いずれも、通勤圏の周辺の 他県にも続々蔓延させているさまは、目を覆うばかりだ。 

 知事は、連日、他人事のように人数を発表するだけしか能がないのか。

 しっかりせえ!

 次々と斬新な手を打って、県民・府民・都民が驚くようなことがなぜできぬ。

 それがだめでも、

 「次の手を打ちます」

 といって、新たな実効性のある対策を模索し続けるという姿勢が大事ではないのか。

 結果がすべてだ!

  ということを肝に銘じて、少しぐらい過激な対策を次から次へとくりだす勇気ある知事はいないのか!

 

 少しは、福沢諭吉渋沢栄一を見習ったらどうなのか!

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(城島明彦)

2020/08/14

気温が40度ですと!? ありゃあ~! アーリア人もびっくりでございます

涼がほしい? 了解! 

 

 暑いのは陸だけじゃござんせん。

 海のなかも同様でしてな。

 魚だってぼやいてます。

 「アジッ! アジッ!」

 

 なんかヘンだって?

 そうです、オイラが、志村けん亡きあとのヘンなおじさんです。

 ♪ ヘンなおじさんタラ、変なおじさん

 

 そうです、暑いのはアジだけでじゃありません。

 不満たらたら、タラだってぼやいてまんねん。

「暑うてん」

 するとそばから、

「わしにも一言いわしてくれ、暑い、暑い」

 とイワシがいったそうでございます。

 それを聞いて怒ったのは、ブリですな。

 「ブリブリイワシたろか」

 

 暑くても平気な顔をしている魚もおりましてな。

 「サマーなんだから、暑いのは当たり前じゃ」

 と、涼しい顔でいったのは、サンマですな。

 

 海のコロナにかかって弱っている魚もいますな。

 タイは、ただ今、調不良で退避中でございます。

 いたい、いたい、仕事にならんと漁師さん。

 

 暑さのせいか、もともとそうなのか、オイラのダジャレも絶不調。

 魚がテーマだけに、このあたりで、おひらきでございます。

 

 こういうときは、外出は控え、涼しいお部屋で読書するのがイチバンでございます。

 というわけで、次の拙著をおすすめします。

 990円で、生きる力、がんばる力がわいてきますぞ!

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(城島明彦)

2020/08/10

「痴」になるな! 「知」の老化は年齢ではなく、「学び」を止めたときから始まる

福沢諭吉と渋沢栄一の生き方がすごい!  猛暑の夏、コロナの夏は、読書がおススメ! 

 

 子どもは、好奇心が旺盛だ。

 知らないことがいっぱいあるから、知ろうとする。

 本能のようなものだ。

 一つのことを知っても、次から次へと疑問がわいてくる。

 そうやって、いろいろな知識を身につけ、生き方を学んで成長する。

 

 しかし、だんだん大人になると、小馬鹿にされまいとして、知ったかぶりをするようになる。

 西郷隆盛は、そうじゃなかった。

 自分が知らないことは知らないといい、たとえ相手が年下の者であっても、そのことに詳しい者に教えを乞うた。

 

 「あの西郷さんが、わざわざ自分の家を訪ねてきたので驚いた」

 と、渋沢栄一もいっている。

 

 年を取ると、知識欲が弱まってくる。

 そうなったら病気だ。

 「痴」は「知」の病気だ。

 生きていくのに必要な「知識」や、それを考える「知性」が失せたら、「痴呆」になる。

 

 「学問の神様」といえば、菅原道真の名が浮かぶが、明治維新以後は福沢諭吉だ。

 道真は、自分を太宰府へ左遷した政敵を呪い殺したので、神様として祭られた人だ。

 福沢は、政敵を呪い殺したりはしなかったが、家老の子は馬鹿でも家老になり、足軽の子は賢くても足軽でしかないとする「門閥制度」を「父の敵(かたき)」といい、そういう制度を打倒するために、勉学に励んだ人だった。

 福沢は頭の切り替えが早い人でもあった。「蘭語」(オランダ語)を学んできたのに、横浜へ行って「英語」の重要性にきづくと、ゼロから英語を勉強し、ツテを頼って幕府の軍艦「咸臨丸」(かんりんまる)に乗せてもらって渡米した。

 福沢には「当たって砕けろ」という一面もあったのだ。

 

 渋沢栄一は、『論語』をバイブルとして600社近い会社の創設に関わったので、「近代資本主義の父」といわれている。

 一方、福沢は、『論語』が大嫌いで、日本の近代化を促進するには、『論語』に代表される「漢学」を否定し、先進の「西洋の学問」を学ばねばならないと考え、『文明論之概略」や『学問のすゝめ』などを書いて、大衆を啓蒙した。

 

 福沢は武士の出だが、渋沢は農民の出福沢は教育界で活躍したが、渋沢は実業界で活躍するなど、まるで違っていたが、2人の人生をたどっていくと、共通する考え方や生き方がわかってくる。それは何だったのか。

 ――さて、そこから先は、最新刊の拙著『福沢諭吉と渋沢栄一』(青春出版社)をお読みあれ!

 

 私は、先月で74歳になったが、その3カ月前に『武士の家訓」(カンゼン)を上梓し、この7月には前記の『福沢諭吉と渋沢栄一』を上梓した。

 福沢諭吉と渋沢栄一の生涯を対比して論じた本は、過去に一冊もないと、胸を張りたい。

 年を取っても、まだまだ自分の「知」は健在であるといいたい。

 だが、「痴」に陥らずに「知」を健全に保ち続けるには誰かの助けがいる

 家族、友人、知人などのアドバイスやアイデアは、貴重だ。

 当初、私は、福沢は福沢、渋沢は渋沢と考えて動いていたが、名編集者の発想で〝異質の2人を合体させる〟ことになったのだ。

 

 自分は「痴」になりたくないと思ったら、いくつになっても「学び続ける」という「気力」と「努力」が必要だ。

 私は、前記の2冊の前に、別のテーマで2冊分の原稿を書いているが、これは無念にも本にならず、落ち込んだ。

 だが、世の中には、捨てる神あれば拾う神あり。

 目をかけてくれる人がいたから、別のテーマに切り替えて挑戦することができた。

 

 人生百年といわれるようになった昨今、巷にはジジババがあふれかえっているが、健康にだけ気を配って生きている者が多いのではないか。

 人間、死ぬまで挑戦だ。

 言うは易く、行うは難(かた)し。

 人目にさらされ、評価を受けるような仕事をしないと、単なる自己満足で終わる。

 テレビ、新聞、ネット……知らず知らずの間に「受動脳」になってはいないか?

 自分の頭で考え、自分の言葉で表現し、自分独自の分析をして結論を導き出す努力を怠ってはいないか?

 「能動脳」へと駆り立てているか?

 ――そういうことをいつも考えていると、「知」は衰えず、「痴」には陥らないのではないか、と私は考えている。

 

 「生涯の学び」をテーマにした新書『福沢諭吉と渋沢栄一』は、慶應義塾の卒業生・在校生だけでなく、大隈重信と福沢の関係についても述べているので、早稲田の卒業生や在校生にも読んでもらいたいと欲張りなことを思っている。

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   喫茶店でコーヒーを一杯飲んだつもりで読んでいただきたい(定価990円)。必ず発見があるはずだ。

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 『武士の家訓」は、3年ほど想を練り、今年の4月に刊行された。「ああすればよかった」「こうすれば、失敗しなかった」と気づくのは人生の終わりが見えてきたときだ。「死ぬか生きるか。子供が失敗しないように、自分が命がけで身につけた知恵や処世術を、短くわかりやすい言葉で箇条書きに記し、子どもや孫たちに教えたい」という切実な思いがぎっしり詰まっているのが、武士の家訓である。わかりやすい現代語訳にしたので、ぜひ読んでいただきたい一冊だ。

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 『吉田松陰「留魂録」』は松陰の遺書「留魂録」を軸にした吉田松陰論。『考証 西郷隆盛の正体』は偉人西郷隆盛論で、それ以外は歴史的名著の現代語訳だ。

 上記8冊の拙著は、私が65歳以降に書いたものである。( これら以外にも、『世界の大富豪』のようにジャンルの異なる著書も何冊かある)

 本ブログを目にされた高齢者の方々は、「こんな奴(私のこと)にできるのだから、自分にもできないわけがない」と思って、自分の得意な分野で、もう一花(ひとはな)も二花(ふたはな)も咲かせていただきたい。

(城島明彦)

 

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