日本人はすごい! 世界で最初に『竹取物語」というSFを書いたんだ! コロナなんか屁でもない!
『珍説 かぐや姫』
よい子のみんな、元気かい。
今日は、「かぐや姫」のお話だよ。でも、みんなが知っている「かぐや姫」とはちょっと違うよ。
難しい感じが読める子は自分で、そうでない子はママに読んでもらってね。
今は昔、そう、あれは、今から千二百年以上も前の遠い遠い昔、平安時代のある晩のことだった。
晩酌(ばんしゃく)をすませていい気分になった竹取の翁(おきな)が、ふと外を眺めると、はるか彼方の空に満月が輝いていた。
「美しい月じゃのう。そうだ、今宵は十五夜じゃった。ばあさんに団子(だんご)をつくらせて、おそなえしなけりゃ」
翁が月に見とれていると、月の中央あたりで何かが光った。と思う間もなく、その点のような光が超高速でこちらへ向かってくる。
「なんじゃろ」
翁があわてて表へ飛び出したときには、光るものは家の近くへ接近し、竹林のあるあたりの上空にふんわりと浮かんでいた。
「これはたまげた、驚いた。七十年のわしの人生でこんなものは見たことがない」
翁の声があまりにも大きかったので、台所仕事をしていた翁の妻の媼(おうな)も飛び出してきた。
「じいさん、どうなさった」
「腰を抜かすんじゃないぞ。あれを見ろ、あれを」
翁の指さす上空に、牡丹餅(ぼたもち)型の光る舟が七色の光を放ちながら浮かんでいた。
翁より三歳年下の媼は、天空の舟を見てびっくり仰天し、もう少しで腰を抜かすところだったが、松の幹にすがって危うく持ちこたえ、
「じいさん、あの物体は何ですか」
翁は少し耳が遠いので、物体を「仏体」、仏様のお体と取り違えた。
「阿弥陀如来(あみだにょらい)様に決まっとろうが。ばあさん、何をぼんやりしておる。支度(したく)じゃ」
「三途(さんず)の川へ旅立つ支度ですか」
「縁起でもないことをいうな。阿弥陀如来様をわが家へお迎えする支度じゃ。長旅でお疲れになり、おなかもすいておられようから、ごちそうをたんとつくれ」
七色光線を点滅させながらゆっくりと下降していた牡丹餅(ぼたもち)型の未確認飛行物体は、竹林のあたりに姿を消した。
「おお、ありがたや。わしの竹やぶにお着きなさったようじゃ。お迎えに行ってくる」
翁は、光る牡丹餅(ぼたもち)が降り立ったとおぼしき竹林の方へと歩いていった。竹林は広大だったが、七色光線を放っているので、すぐにわかった。
「なむあみだぶつ、なみあみだぶつ」
念仏を唱えながら翁が近づいていくと、七色の光が黄金色の光に変わった。
「ありゃ、阿弥陀如来様ではなかった」
牡丹餅型の未確認飛行物体は、まばゆく輝く金の竹で編んだ舟だったのだ。
「このような竹の舟をわしはこれまで見たことがない」
翁は、おそるおそる舟の中を覗き込んだ。と、上空から妙なる声が聞こえた。
「これこれ、讃岐造麻呂(さぬきのみやつこまろ)」
讃岐造麻呂というのは、翁の本名である。名前を呼ばれて翁はあたりを見回したが、誰もいない。
「空耳(そらみみ)か」
と呟(つぶや)いたとき、上空から羽衣が舞い降りてきて、翁の頭をすっぽりと包み込んだ。
「何といういい匂いじゃろう。この世のものとは思えぬ」
翁が羽衣から顔を出すと、舟のなかに三寸(約十センチ)ほどの小さな女の子がいた。
「いつの間に!?」
驚いている翁に再び天の声が聞こえた。
「何をしている。その子が風邪(かぜ)をひくではないか。その羽衣を早く着せなさい」
翁があわてて羽衣でくるむと、女の子はにっこりと笑った。
「何というかわいらしさじゃ」
女の子が手足を動かすと、えもいわれぬかぐわしい香りがあたりに立ち込めた。
翁はうっとりしながら考えた。
(かぐわしい姫じゃ、この子に名前をつけなければ。かぐわし姫はどうか。いや、きれいな響きではないな。かぐわ姫、これもいまいちだ。かぐや姫はどうだ。かぐや姫じゃ!」
命名を待っていたかのように、舟がふわりと舞い上がり、ものすごい速さで月の方向へ帰っていった。
翁は目をこすり、ほっぺたをつねった。
「いてて。夢じゃない」
かぐや姫を抱き上げ、「ほっぺ、いててて、ほっぺけぺっぽ、ぺっぽっぽ~」とわけのわからない歌を歌いながら、家路を急いだのである。
翁と媼には子どもがいなかったので、わが子として大切に育てることにした。
かぐや姫は、翁がこしらえた竹製の揺りかごに移された
媼は、さっそく隣の家へ山羊の乳をもらいにいった。隣といっても片田舎のこと、半里(約二キロ)も離れていたのだが、媼は少しもいとわず、喜々として夜道を急ぐのだった。
そうやって手に入れた山羊の乳だったが、かぐや姫は飲もうとしなかった。
「そうか、山羊のお乳は嫌いなのか」
媼は、休む間もなく、今度は反対方向にある農家から牛の乳を求めてきたが、かぐや姫はそれも拒んだ。
「困ったのう、ばあさん。粥はどうじゃろうか」
しかし、かぐや姫は、媼のつくった粥を食べようとしなかった。
「このままでは姫は死んでしまう。ものは試しじゃ、卵はどうじゃ」
かぐや姫は卵焼きには見向きもしなかったが、目玉焼きはじっと見つめた。
「おお、これか」
媼が食べさせようとすると嫌がったので、翁は天を仰いだ。
「目玉焼きをじっと見ていたのは、月を思い出したのかもしれんなあ」
二人がしんみりとしていると、かぐや姫が揺りかごから手を伸ばした。
なにをするのだろうと二人が注視していると、そばにあった翁の仕事台の上に散らばっていた笹の葉をつかんだ。
「手を切ると危ない」
翁が取り上げようとするより早く、かぐや姫はそれを口に入れ、しゃぶり始めた。
「じいさん、この子は笹が好物なのじゃろうか」
「そういうことなら、笹汁をつくって飲ませてみましょうか」
媼は、翁が竹細工をこしらえるときに切り払った竹の葉を鍋に入れて、グツグツと煮立てて笹汁を何種類もつくり、かぐや姫に与えてみた。
その中の一つをかぐや姫は、ごくごくと飲んだ。
「やったぞ、ばあさん。なよっとした竹の葉の汁だ」
「やりましたよ、じいさん」
「この子の名前は、今日から『なよ竹のかぐや姫』とするとしよう」
二人は喜んだが、体調に変化が起きはしまいかと気が気はなく、交代で寝ずの番をした。
ところが、夜も更け、翁の番のときに仕事の疲れが出て、うとうとと眠ってしまった。
無理もなかった。翁が生業(なりわい)としている竹細工(たけざいく)は力仕事だった。
翁がつくる竹細工には、敷物、箪笥(たんす)、簾(すだれ)、机といった大きめの家具類から、籠、花挿(さ)し、箸、匙(さじ)、楊枝(ようじ)のような小さな日常用品生活用品まで、種類がいっぱいあり、よく働いたが、正直者だったので暴利をむさぼることができず、貧乏暮らしが板についていた。
「じいさん、眠っちゃだめですよ」
媼に揺り動かされて目を覚ました爺さまは、かぐや姫を見て驚いた。
「背丈が伸びている! 見たか、ばあさん」
「見ましたとも。不思議なことがあるものですね」
翁は首をひねっていたが、はたと手を打った。
「不思議でも何でもない。天から授かった子なのじゃから、地上のわれわれとは違って当然じゃ」
「天空の竹舟に乗ってやってきた子なのだから、竹のようにすくすくと伸びて当然ですね」
「笹汁も効いたかもしれん。わしらも試してみるか」
二人は、笹汁を飲んでみた。
「うまいとはいえんな」
「良薬は口に苦しといいますから、体にはいいかもしれませんね」
「これからは、わしらも飲もうじゃないか。もう一杯、わしにくれ」
媼が台所へ行こうとして立ち上がると、「ポキポキッ」と背骨の関節が鳴った。
「ばあさん、大丈夫か。ぎっくり腰になったんじゃないだろうな」
「なんともありませんよ、このとおり!」
媼は腰をしゃきっと伸ばした。
「曲がった腰がもどっているじゃないか」
「ほんにまあ。じいさんも、やってみては」
「そうじゃな」
媼は少し腰が曲がった程度だったが、かがみ込む作業をしている翁は、完全に腰が曲がっていた。その腰が、「バキバキッ」と大きな音を立てながら、まっすぐになったのである。
「これは驚き、桃ノ木、山椒の木じゃ! とはいうものの、かぐや姫がいくら天女でも、笹汁だけでは身がもたんだろう。ごはんのかわりに笹団子はどうじゃろうか」
媼がつくって与えると、かぐや姫はうれしそうに食べた。
「口に合ったようじゃな」
それからは、来る日も来る日も笹団子と笹汁がかぐや姫の食事となった。
かぐや姫の成長は早く、半年もたたないうちに大人の背丈になり、容貌はますます美しく光り輝いた。
翁と媼は、幸せだった。かぐや姫が来てからというもの、翁の作る竹細工が飛ぶように売れ始め、お金がどんどん入るようになって、家も建て替えて立派になったが、もっと大きな変化が翁と媼に生じていた。曲がっていた腰が伸びただけでなく、はげていた翁の頭には白髪が生え、それが次第に黒くなり、まっ白だった媼の髪も見違えるような豊かで美しい黒髪に戻っていたのだ。顔つきも声の張りもどんどん若返り、二人とも四十代にしか見えなくなっていた。
ある日、翁がいった。
「このままでは、世間に怪しまれる。どうしたらよかろう」
「わたしもそう思っておりました。このままいくと、二人とも赤ん坊になってしまいます」
「それはまずい。笹を食べるのをやめるか」
「そうしましょう」
「かぐや姫はどうする」
「あの子は別世界の天女ですから、いくつになっても一番美しいときの姿を保ち続けるのではないでしょうか」
翁と媼が笹団子や笹汁の食事をやめてしばらくたつと、以前のようにごく普通に年をとるようになったが、かぐや姫は人生で最も美しいと思える状態を保ち続けていた。
「何という美しい笑顔じゃ。かぐや姫は日本一、いや世界一、いやいや宇宙一の美人じゃ」
と翁がいえば、翁も負けじと、
「かぐや姫の全身から立ち込めるかぐわしい香りに包まれて、わたしたちは宇宙一の幸せ者ですね」
かぐや姫の噂を聞きつけた人たちが、かぐや姫をひと目みようとやってきて、翁の家のまわりは見物客であふれかえるようになった。かぐや姫は、それまでは散歩に出たり、庭の花の世話をしたり、井戸端(いどばた)で媼の洗濯を手伝ったりしていたが、見物人の好奇の目におびえるようになり、部屋にこもるようになった。
そうなると、ますます見たくなるのが人情というもの。昼といわず夜といわず、多くの人が集まり、喧嘩は起きるわ、垣根は倒されるわで、翁と媼はとうとう不眠症になった。
遠い親戚と名乗る男がやってきたのは、そんなある日のことだった。
「いいアイデアがある。かぐや姫には、午前と午後に一回ずつ時間を決めて出窓のところから観衆に手を振ったらどうか。見物客には整理券を発行し、見物時間は一人五分とする」
藁(わら)にもすがる思いの翁と媼は、
「それで騒ぎが静まり、かぐや姫が元気を回復するなら」
と男の提案を呑んだ。
その男は商売上手で、入場料を取り、家の垣根(かきね)の外にさらに柵(さく)の通路をつくって並ばせ、順番に見物させた。
その噂が広まると、決められた時間だけ人が集まるだけで、それ以外は以前のように静かになったので、翁も媼もひと安心だったが、かぐや姫は気分がふさぎ、とうとう寝込んでしまった。しこたま稼いだ自称遠縁の男は、いつの間にか姿を消していた。
かぐや姫の姿が見られなくなったと知って、見物客は日ごとに減っていき、翁や媼には好都合だったが、かぐや姫の体調はよくならなかった。
何かほしいものはないかと媼がかぐや姫に尋ねると、
「天竺(てんじく/インド)や唐土(もろこし/中国)の書物が読みとうございます」
「そんなことなら、お安い御用だ。わしに任せておくれ」
翁は知り合いの高僧に事情を話して古典を二十冊譲り受けたが、三日もたたないうちに、
「もっと別の本が読みたい」
とかぐや姫が言い出した。
「面白くなかったのかい」
「いいえ」
「面白すぎて、もう全巻読み終えてしまったのです」
「あんな難しい本をかい?」
「そんなに難しくはありませんでした」
かぐや姫が語ったところによると、さっと一回目を通せば全部頭に入るということだった。そういうことならと翁はあらたに百冊を調達したが、それも一週間たつかたたないうちに読了してしまった。
その話を伝え聞いた高僧が翁に「信じがたい。どれくらい頭に入っているか確かめてみたいので、姫に会わせてくれないか」と執拗に頼むので、かぐや姫に伝えると「いいですよ」との返事だった。
当日、翁と媼もそば近くで二人の質疑応答を聞いていたが、さっぱりわからなかった。
二時間ほども続いただろうか、質疑応答が終わるや否や、高僧はかぐや姫の前にひれ伏し、興奮した様子で叫ぶようにいった。
「あなた様は観音菩薩の化身に相違ございません。拙僧の無礼をお許しください」
高僧は、錫杖(しゃくじょう)を手にしてかぐや姫に泣きついた。
「かぐや姫様、どうか罰あたりのこの拙僧めに、これでお仕置きしてください」
かぐや姫はためらっていたが、高僧が何度もいうので、その錫杖(しゃくじょう)を受け取り、高僧の肩に軽くあてながら呪文を数回唱えた。
「月に代わってお仕置きよ!」
呪文が始まると錫杖は金色の光を放ち、高僧の体にバチバチと音を立てて稲妻が走った。
「し、しびれる~っ! 快、快感~っ! 天界とはこのようなところなのか」
その体験談が高僧の口を通じて京の都に広まると、今度は貴族たちがかぐや姫をひと目見ようと門前に列をなした。すると、いつの間にか、例の遠縁の男が現れ、
「姫に会わせてあげる」
などと嘘八百を並べ立てて豪商のドラ息子や好色な貴族たちから金を巻き上げていた。
翁が男にそうさせているという声が翁の耳にも入ったので、おだやかな性格の翁も、さすがにもう黙ってはいなかった。
「これ以上インチキ商売を続けると、検非違使に頼んで牢獄にぶち込んでもらうぞ」
男はこそこそと姿を消した。実際、検非違使から派遣された役人が門を固めたので、騒ぎは一段落したかに思えたが、高貴な人たちは臆することなく、御輿や牛車に乗って堂々とやってきた。貴人をないがしろにするわけにもいかず、翁は座敷に通した。
貴人たちは、競うようにして高価な貢物(みつぎもの)を贈ったが、姫は誰にも会おうとしなかった。翁が姫の意思を伝えて丁重に断ると、残念そうに引き下がる者が多かったが、聞き入れない者もいた。天皇家の血を引く皇子(みこ)二人、右大臣(うだいじん)、大納言(だいなごん)、中納言(ちゅうなごん)各一人である。そうそうたる顔ぶれだったので、都中が大騒ぎした。
五人の貴公子は、判で押したように同じことを懇願した。
「ひと目だけでいいから、かぐやに会わせてほしい」
困り果てた翁は、かぐや姫を説得した。
「わかりました。それでお父様のお顔が立つのなら」
「すまんのう」
「そのかわり、条件があります。お会いする順番は、阿弥陀菩薩様に敬意を払って、あみだくじでお願します」
「わかった。そう伝える」
「それから、ご対面時間は一人五分にしてください。条件はそれだけです」
翁は面会時の規則を説明するとき、かぐや姫が出した条件に勝手にもう一つ付け足して、厳かにこう告げた。
「皆様がかぐや姫とお会いなさるときは、仰ぎ見るようにさせていただきとうございます」
「そのようなことは無礼ではないか」
と二人の皇子が同時にいった。
「姫は人の形はしておりますが、この世のものではございません。天界から舞い降りてきた異人。すなわち、観音菩薩様の化身にございますれば」
その一言に五人は大きくうなずいた。
くじ引きの結果は、身分の高い順番になった。一番くじを引いたのは、占星術にやたら詳しい石造皇子(いしつくりのみこ)。二番が和歌の上手な車持皇子(くるまもちのみこ)。三番が阿部右大臣(あべのうだいじん)、四番が〝おっとり大納言(だいなごん)〟こと大伴大納言(おおとものだいなごん)で、五番が〝おじゃる麻呂(まろ)〟といわれている石上中納言(いそのかみのちゅうなごん)だったのだ。
「では、順番に」
かぐや姫は、一段高いところに設置された繧繝縁(うんげんべり)の飾り台(百人一首で天皇 や姫やたちが座わっている分厚い畳がそれ)に座っている。
どの貴公子も、かぐや姫のあまりの美しさに、ただ見惚(みほ)れるばかりで自分を売り込むことを忘れていた。その耳にかぐや姫の言葉が響いた。
「石造皇子様は、仏の御石を探してきてください。そうすれば、わたしは喜んであなた様のお后になりましょう」
こんな言い方で、車持皇子には「宝来(ほうらい)の玉の枝」、阿部右大臣には「火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわごろも)」、大伴大納言には「龍の首の玉」、石上中納言には「燕の子安貝(こやすがい)」を所望(しょもう)した。
どれも、高僧から譲り受けた天竺(てんじく/インド)や唐土(もろこし/中国)の書物に書いてあった架空の宝物だったから、たとえ地の果て、海の底、空の彼方(かなた)まで探しまくったとしても見つかるはずがなかった。
石造皇子は、ずるがしこさにかけては天下一品で、「仏の御石」を天竺まで探しにいったふりをして三年ばかり身を隠し、それっぽく見える煤(すす)けた石の鉢を探し出して、かぐや姫に見せた。すると、かぐや姫は古い仏典の名を挙げ、そこに書かれている特徴の一つである「光り輝く」というのがないと指摘したので、皇子は恐ろしくなって逃げだした。
車持皇子もズルをした。宝来へ行くといって船出するふりをし、三日後にはこっそりと舞い戻って、腕利(うでき)きの職人をたくさん集め、「宝来の玉の枝」の模造品をつくらせたのである。かぐや姫がその立派さに驚き、「本物かもしれない」と思ったとき、それを作った玉職人の親方がやってきて、「早く金を払ってくれ」といったので、化けの皮がはがれてしまった。
安倍右大臣は、あり余る財産にものをいわせた。唐から「火鼠の衣」を取り寄せ、かぐや姫のところへ持っていったのである。手に取ると、書物に描かれていた絵や説明とそっくり同じだったので、かぐや姫は覚悟を決めようとしたが、翁が「念のために」といって火をつけると、燃えないはずの火鼠の皮袋がめらめらと燃え上がった。
大伴大納言は「龍の首の玉」を求めて、「龍」の字がつく山や川や鍾乳洞などを片っ端から訪ね歩いたが、龍は見つからず、最後は龍宮城を目指して亀の背中に乗ったが、亀が海中に潜ったために水をしこたま飲むなどして、よれよれになって帰還した。
最悪だったのは石上中納言。絶海の孤島の断崖絶壁に自らよじ登って、海燕(うみつばめ)の巣に手を突込んで「燕の子安貝」をつかみ取ったところまではよかったが、足を滑らせて落下、腰骨を折ってしまった。それでも手放さずに持ち帰った「燕の子安貝」は、判定の結果、ただの燕の古糞(こふん)だったとわかって都中の物笑いとなった。
「それほどまでに貴公子らを夢中にされるかぐや姫とは、一体、どのような女性(にょしょう)なのか。朕(ちん)も見てみたい」
帝まで興味を示した。
「だが、朕が行けば騒ぎになる。何かよい方法はないか。そうだ、庶民に変装すればいいのだ!」
帝は物売りの格好をして屋敷に入ることに成功した。そんなこととは露知らぬかぐや姫は、庭先で行水(ぎょうずい)の最中だった。
こっそりと覗き見た帝は、鼻血を出しながら呟いていた。
「顔も体も天女のように清らかで気高い。美しすぎるのは罪だ。このような女性にふさわしいところは御所以外にない」
帝は翁に正体を明かし、かぐや姫を後宮(こうきゅう)に入れるようにと迫った。翁も帝の命には逆らえないので、かぐや姫を説得したが、かぐや姫は強く拒んだ。
「そうか。それなら仕方がない」
帝が諦めたので、一件落着したと翁も媼も思ったが、かぐや姫の表情は晴れなかった。
「何を悩んでいる。わしに話しておくれ」
翁がやさしい声でいうと、かぐや姫はこう告げた。
「わたしが生まれた竹藪の竹を七本切ってきてください」
いわれるままに翁が竹藪へ行ってみると、そこに生えていたのは金色に輝く竹だった。
それを切って家に持ち帰ると、
「その竹で、今の私が入れる大きさの牡丹餅(ぼたもち)型の舟を編んでください」
媼が蚊の鳴くような小声でいった。
「行くのかい」
「はい」
「月に帰るのは、十五夜の夜なのかい」
「はい。月から迎えの舟がやってきます」
「あと一週間か……」
と、翁は深いためいきをついた。
「いつか、こうなる日がやってくると思っていた。月からの舟は断るのじゃ、わしが丹精込めて天空の舟をこしらえるでな」
その日から翁は黙々と金の竹を割り、天空を飛ぶ舟を編み始めた。
翁の家の様子が変だとの報告を受けた帝は、勅令(ちょくれい/天皇の命令のこと)を発した。
「旅立たせてはならぬ。兵士を送って、姫の出発を押しとどめさせろ」
そして、とうとう旅立ちの日を迎えた。
かぐや姫は、媼がこしらえた七色の光を放つ羽衣(はごろも)をまとって、翁と媼に別れを告げた。
「お父様、お母様、長い間、お世話になりました。かぐやは幸せでございました」
「わたしたちのことはどうでもよい。一言でいいから、帝にお礼の文をしたためなさい」
翁にいわれて、かぐや姫は、かぐわしい香りのする和紙にあわただしく筆を走らせ、
「早世御泣等 香具夜」(さよおなら かぐや)
とだけ書くと、ふところから取り出した「不死(ふし)の薬」をその紙で包み、翁に渡した。
「これを帝にお渡しください」
媼は涙をぬぐうと、竹皮の包みをかぐや姫に手渡した。
「お弁当だよ。旅の途中でお腹がすいたら食べておくれ。それから、これはじいさんから」
金色の扇だった。表には翁の手形、裏には媼の手形が銀色で押してあった。
「お父様、お母様と思って大切にします。お心づかい、ありがとうございます」
かぐや姫は深々と一礼し、ゆっくりと金色の舟に乗り込んだ。
舟は七色の光を放ちながらふわりと浮かび、ゆっくりとした動きで上空さして飛んで行く。その光景を翁の家を取り巻く帝の二千人もの兵は、ただぼんやりと見送るだけだった。
かぐや姫は竹皮の弁当を開いた。すると、笹団子のそばに、見たことのない黄金色をした別の団子が並んでいた。
「こちらのお団子は何? いつだったか、お母様がおっしゃっていた栗きんとんかも。どんなお味がするのかしら」
指先につけて味わってみると、甘くておいしかったので、つい三つも口に運んだ。ところが、しばらくすると腹が張ってきた。どうにも耐えられそうにないとかぐや姫が思ったとき、お尻のあたりで大音響が響いた。
「ぶっ! ぶっ、ぶうーっ!」
初めての体験にかぐや姫は、とまどった。
「く、くさっ。わたしとしたことが、天空で自分のおならをかぐなんて。これが人間のするおならだったのね。それにしても、くさいこと」
かぐや姫は思わず鼻をつまみ、翁が餞別(せんべつ)にくれた扇でぱたぱたと扇いだ。その途端、天空の舟が大きく揺れて予期せぬ出来事が起きた。大きな山の上に落下してしまったのだ。
かぐや姫は不死身なので、かすり傷ひとつ負うことはなかったが、しばらく山の近くの風穴(ふうけつ)で小休止してから再び月へと向かった。
不死の薬を受け取った帝は、「かぐや姫がいないのに、こんな薬が何になる。これを燃やし、その煙が月に届くようにせよ」と勅使(ちょくし/天皇の使いの者)に命じた。
勅使は日本で一番高いの頂上に登り、「煙よ、姫に届け」と祈りながら、薬を包んだ紙ごと火をつけた。
すると、あら不思議、「早世御泣等香具夜」(さよおなら かぐや)という別れの言葉の「御泣等 香具夜」(おなら かぐや)という三文字だけが煙となって舞い上がり、空にぽっかりと雲のように浮かんだのだった。
時は流れて、天空の舟が落下した山を「不時着山」(ふじちゃくさん)、あるいは、墜落してもかぐや姫はケガ一つしなかったので「無事山」(ぶじさん)とも「不死山」(ふしさん/ふじさん)とも呼ぶようになったのである。それが今日の富士山である。そして、かぐや姫が小休止した場所を「富士見」(ふじみ)といっている。 ――おしまいだよ――
(城島明彦)
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