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2020/05/29

コロナは「令和の〝ええじゃないか〟」なのか!?

〽コロナ解禁! 三密開放!

 

 ――さて、その結果は?

 

 解禁、解禁、解禁祝いだと、はしゃぐバカにつける薬は、まだない。 

 風邪ひいたけど、熱がちょっと引いたからといって、すぐにまた水泳したりジョギングするバカはいない。

 コロナが少し収まったからといって、「三密」を解禁するというバカな実例は、日本の前に韓国がやらかしている。

 それがわかっていて、黒川賭け麻雀やらで内閣支持率最低を記録した安倍〝アヘアヘ断末魔近し〟政権は、国民の機嫌取り、経済優先路線というアメリカの二の舞作戦でもって、コロナっちをまた野に放った

 

  コロナ日本接近、日本上陸期には「後手のミックス」でお茶を濁し、国民の機嫌取りで、蔓延感謝〟の〝10万円〟ばらまき作戦としゃれこんだが、やってることがクルクルパ―マン(ごちゃ混ぜの「ハチャメチャのミックス」

 

 まさか、〝アベノマスク〟ばらまきを無駄にしないために、三密解禁で、コロナっち再発・再蔓延を狙ったわけではあるまいな!?

 

 そんなことでは、恥ずかしい。

 これがホントの〝アベノハズカス〟ってか(東北なまりだけど、大阪人、笑わんかい) 

 どうでもいいけど、オラっちには、まだマスクが来ないのは、どういうわけ。

  

 ――いけません、いつものくせで、話が脱線、混戦してしまいましたがな。

 

 日本国民も、我慢せんかい!

 一カ月が二か月に、二カ月が三カ月になろうと、我慢せんかい!

 こういうときににジッと耐えるのが日本人じゃないのか!

 木口小平(きぐち こへい)は死んでもラッパを離しませんでした! (よい子のみんなは、まねしちゃだめだよ)

 

 「大和魂」「大和撫子」の根性を世界に見せたらんかい!

 コロナ、討ちてし止まん! 

 (よい子のみんな、「コロナ撲滅まで、とことんやりぬくぞ」という意味だよ)

 

 なぜか突然、「金太、短気!(きんた、たんき→左から読んでも「きんたたんき」、右から読んでも「きんたたんき」なのでございます)

 

 脱線、脱線、また脱線! だっせえ! で話が進まなくなったので、ダジャレ劇場はやめて、まじめ劇場『コロナ新感染』へと(コロナだけに)移るのだ。

 

💛特別興行「コロナ新感染劇場」

 

 三密厳禁「ガマン、ガマン、ガマ蛙にできて人間にできぬわけがない! ガマンだ、ガマンだ、痩せガマンだ」 

   ↓

「仕事にならん」「勉強できん」 ※黄色い悲鳴

   ↓

 あっちでパー、こっちでパー、全国津々浦々で経済パー

   ↓

 痩せガマンはきつい!

   ↓

 安倍の心臓男「小遣いやるから、ガマンしんさい」

   ↓

 10万円プレゼント

   ↓

 「三密厳戒」態勢下で検事長黒川、賭けの成績をメモった手帳を落とす? 

 (松本清張、登場「黒川の〝黒革の手帳〟事件か?」 オイラ「檀れい、または壇蜜主演でどうでがす、先生」)

   ↓

 国民の怒り爆発!

   ↓

 安倍内閣に〝デタラメ―ション・マーク〟進呈だっちゅうの! 

   ↓

 政府、国民の機嫌取り第二弾発動「コロナ解禁」

   ↓

 はっ? 波っ! 即、北九州で第二波発生したですたい!

   ↓

 国民「ええかげんにせんかい! またゼロからやり直しかい! これまでの苦労が水の泡じゃないか

 政府「ええじゃないか! ええじゃないか! ええじゃないか! 死ぬのはほとんどジジババですたい。世界屈指の老人大国にはええことじゃなか!

   ↓

 えらい時代になってしもうた!

   ↓

 自由なら何をしてもいいというわけか?

 ノン、ノン、ノンアルコール!

   ↓

 自由には「自己責任」「自己規制」「自己犠牲」が伴うということを忘れるでない!

 これを「三自のコロナ」という。(ん? 誰も、いってない?)

   ↓

 福沢諭吉先生も『瘦我慢説』(やせがまんのせつ)をお説きになったではないか。

 ガマン、ガマン、ガマン、二酸化マンガンじゃ!

 二酸化マンガン時代に日本人は克つのじゃ!

   ↓

 12345678910! だるまさんがコロナだ! 

 コロナでもただでは起きんのが日本人じゃぞ。

   ↓

 おっと、どっこい、オットー大帝。

 オットーもオーカッサンも気ィつけてや!

   ↓

 偉そうなことをいっている場合じゃなかった。

 オラっちが転んでしまっただよ。

   ↓

 こんなときは「エール」じゃ、「エール」に限る!

 エールとアールの発音の違いを正確に!

   ↓

 〽紺碧の空 仰ぐ日輪

 〽バカだ、バカだ、バカだ、バカだ、バカだ、早稲田

 〽テイノ~、テイノ~、陸の色魔テイノ~

   ↓

 外は晴れても心は雨ダス。

  〽雨が降ります 雨が降る ア~メン

 アメンホテプ三世、反対。ホテプ・ステップ・ジャンプっ!

 年は取りたくありませんなぁ。

  〽杖がいります 杖がいる 転ばぬ先のツエツエバイ

 ――ってなことで、(オラっちは原稿書きで忙しいので、このあたりで)じゃあ、アンパンチ~っ!

 杖杖バイバイバイき~ん!

(城島明彦)

2020/05/25

 すわ、コロナか!?  熱を出して寝込んだ!

年寄りの冷や水、冷や飯、冷や奴、「冷や風(かぜ)」に〝注意警報〟発令中

 

 ほかでもございません。

 先週のことでございました。

 

 体の様子がいつもと違って感じられたのでございます。

 額に手をやってみますと、やや熱い感じがいたしました。

 その刹那(せつな)でございます。

 ――すわ、コロナか。

 という思いがジェット気流のような速さでわたくしの全身を駆け抜けたのでございます。

 

 心当たりがなくはございませんでした。

 その二日前にマスクをせずにスーパーへ買い物に参ったのでございます。

 家を出るとき、一度はきちんとマスクをして出たのでございますが、五十メートルばかり歩いたところで、財布を忘れていることに気づき、引き返したのでした。

 

 もうお分かりかと存じます。

 改めて家を出るときにマスクを外してしまったのでございます。

 

 スーパーに入ってみますと、マスクをしていないのは、わたくし一人でございました。

 そのとき、わたくしの頭に不埒(ふらち)な考えが浮かんだのでした。

 

 ――全員がマスクをしているのだから、移るわけがない。

 不遜(ふそん)にも、そう思ったのでございます。

 

 わたくしがを出して寝込んでしまったのは、そういう理由からでございました。

 体温を計ってみましたところ、七度三分と表示されました。

 ――きわどい

 そう思いながら、熱さましの薬を二錠服用し、床に就いたのでございます。

 ――おいらも、コロナで逝くようだな。

 などと思っているうちに睡魔におそわれたのでございます。

 締め切りが迫っている書きかけの原稿のことが気がかりなのに、体も頭も心も非情です。

 眠り落ちていくわたくしの脳裏に浮かんだのは、なさけなくも、

 ――睡魔に落ちて、すいません

 というダジャレでございました。

 

 それから二日ほど、微熱が下がらず、体がだるく寝ても寝ても寝たらない状態が続いたのでした。

 その間、床を離れたのは、ありあわせのもので軽食を取るときとトイレタイムだけでございました。

 「酔生夢死(すいせいむし)という言葉が、繰り返し、頭を駆け巡りました。

 ダジャレばかりいっている習性は、おそろしいものでございます。

 そのつど、「水生虫(すいせいむし)という言葉がとともに、ゲンゴロウやらヤゴやらが頭に浮かんで消えていくのでした。

 

 眠っているのか起きているのか、よくわからない状態で、さらに二日が過ぎたときでございました。

 ――さむっ。

 顔に当たる風を不審に思い、カーテンを開けてみると、

 ――窓が、開いている!  ま、マドンナ!

 わたくしは、ふらふらと起き上がり、別の部屋を覗いてみると、そこも同様になっていたのでございます。

 ――夜も昼も、風が吹き抜ける部屋で眠り続けていたとは……

 

 風邪をひくのも当たり前、というお粗末な一席でございました。

 吉永小百合とマヒナスターズの「寒い朝」の歌詞が、まるで一陣の突風か何かのように、わたくしの左耳から右耳へと吹き抜けていったのは、そのときでございました。

 〽北風吹きぬく 寒い朝も

  心ひとつで 暖かくなる

 

 どうぞ、みなさまも、気のゆるみにはお気をつけくださいますように!

(城島明彦)

2020/05/21

東京高検の黒川検事長、賭けマージャンで〝大チョンボ〟

黒川だけに完全な〝〟で、〝点棒てきめん(天罰てきめんのモジリのツモリ)

 

 コロナの緊急事態宣言で「外出禁止」要請のさなか、二度も新聞記者と賭け麻雀していたのがバレて、次期検事総長の椅子をに振った。

 辞意を表明したというが、長く座っていたから〝痔ィ〟の間違いとちゃうんか?

 いいずれにせよ、黒川だけに完全な〝〟で、〝点棒てきめん〟(天罰てきめんのモジリ)。

 こんな男のために定年延長を計ろうとした安倍晋三の支持率は、また下がるだろうな。

 親流れで、ノーテン罰金や。このドアホ!

 ――賭け麻雀と聞いた途端、チョンボって、いっぺんいってみたかった。それだけの話や。あほくさ。

 

 どうでもいいけど、今朝(5月21日)の朝ドラ「エール」は、また早稲田の応援歌「紺碧の空」を明日に延ばしよった。

 NHK のドアホが! いつまで引っぱるんじゃい!

(城島明彦)

NHK朝ドラ「エール」のモデル古関裕而は、すごい作曲家だった

古関作曲の早稲田の応援歌「紺碧の空」の合唱を早く聞きたい!

 

 今年のNHKの朝ドラ「エール」は昭和の大作曲家古関裕而の話で、ここ数日は古関が早慶戦で歌う早稲田の応援歌「紺碧の空」を作曲するくだりだ。

 

 「紺碧の空」の合唱が聞きたくてテレビをつけるが、NHKはせこい。やたら話を引っぱりまくって、昨日は早慶戦まで「あと三日」なのに「書けない、書けない」といわせている。

 しかし、フィクションだらけのドラマなので、「ま、いっか。かたいことはいいっこなし」という感じで、気楽に見られるのがいい。

 

 日本人で古関裕而の作曲した曲を一つも聞いたことがないという人は、まずいないのではないか。映画「モスラ」のなかでザ・ピーナッツが歌う「モスラの歌」は、平成生まれの子どもでも知っている。

 東宝映画「モスラ」は1961(昭和36)年封切だ。そのときオイラは15歳、中学3年生だったが、見に行ったがな。四日市市の弥生館や。それから来年で60年。ということは、60年間、子どもたちに親しまれてきたということだ。すごい! すごすぎる! 古関裕而はすごすぎる。

 

 オイラは早稲田を出て、若気の至りで東宝に入り、映画の助監督を3年ばかりしていた時代があったが、「モスラの歌」が古関裕而作曲とは知らなかった。

 

 オイラなど、小学生低学年の頃に家にあった手回し式の蓄音機で、音丸(おとまる)という芸者上がりの歌手が歌うSPレコード「船頭可愛(かわい)や」を何度も聞き、歌詞を覚えてしまったが、その曲を作ったのが、かの「東京五輪」の開会式の入場行進曲を作った古関裕而作品であったとは、つい最近まで知らなかった。

 昭和30年代前半の頃(西暦では1955年頃)の話で、そのレコードはまだ妹の嫁ぎ先にある。今なら、結構いい値が付くと思うけど、売ったらアカンよ。

 

 小学5年、6年になると、美空ひばりやら江利チエミやら、春日八郎やら三波春夫やらが登場し、ラジオでヒット曲を流すようになったので、いろいろな曲を覚えたが、そのきっけとなったのが「船頭可愛や」だったのだ。

 

 「船頭可愛や」は古関が26歳のときに放った初のヒット曲で、「紺碧の空」から4年後の1935(昭和6)年だ。その翌年が「六甲おろし」や。

 

 「船頭可愛や」を作詞家した高橋鞠太郎という名前は子ども心にも覚えやすかったが、古関裕而の方は漢字が難しくて覚えられなかった。

 「船頭可愛や」はオイラにボキャブラリーを豊かにするきっかけを与えてくれた曲だが、今じゃ〝ボケブラリー〟になってしまったってか。

 

 「とんがり帽子」は、おいらが生まれた翌年の1947(昭和22)年に放送されたNHKラジオの連続ドラマ「鐘の鳴る丘」のテーマソング「とんがり帽子」だったが、おいらの子ども時代にはまだ歌われていたから、歌詞をしっかり覚えた。

 

  〽緑の丘の 青い屋根

   とんがり帽子の 時計台

   鐘が鳴ります きんこんかん(「とんがり帽子」)

 

 オイラも73歳のジジイになった今じゃ、ときたま、機嫌のいいときには、「とんがりコーン」をつまみながら「とんがり帽子の時計台ィ」と口ずさむこともあるんである

(この「あるんである」は、「紺碧の空」の早稲田をつくった大隈重信の口癖なんであるんである

 今、オイラは福沢諭吉や渋沢栄一のことを書いているので、大隈重信も出てくる。本が出たら、読んでね!

 

 古関裕而は、戦争中には軍歌もいっぱい作っていた。あんたかて知ってるやろ、ワシかて知ってるんや、「若鷲の歌」

 

  〽若い血潮の 予科練の

   七つボタンは 桜に錨 (「若鷲の歌」)

 

  〽ああ、あの顔で あの声で

   手柄頼むと 妻や子が (「暁に祈る」

 

 「船頭可愛や」を作詞家した高橋鞠太郎という名前は子ども心にも覚えやすかったが、古関裕而の方は漢字が難しく覚えられなかった。

 おいらのボキャブラリーを豊かにするきっかけを作ってくれた曲だが、今じゃ〝ボケブラリー〟になってしもうた。、

 

 そうなんだ、オイラのような「団塊世代」などは、古関裕而の作品をそれこそ山のように知っているんである。

 

 白黒テレビがまだそんなに普及していなかった頃、NHKテレビの野球中継が始まるときに流れたマーチ「スポーツ・ショー行進曲」は、今でも使われているのだから、古関作品は息が長い名曲であるんである。

 それよりなにより、甲子園の高校野球大会で流れるマーチ「栄光は君に輝く」なんかは、世代を問わず、知っている。1948(昭和23)年作曲だから、これも息が長い。

 

 オイラは、中学時代に古関裕而が作曲した歌謡曲をずいぶん覚えた。

 

 戦時歌謡といわれる「愛国の花」とか「君の名は」「長崎の鐘」「あこがれの郵便馬車」「高原列車はゆく」といった戦後の古い曲やなどはナツメロ番組で覚えたし、「黒百合の歌」「イヨマンテの夜」などは中学時代に聞いたラジオの歌謡曲ヒット番組で覚えた。

 

 今でも鮮明に記憶に刻まれてのは、大学時代に音大にいっている友人が「古関裕而」という名を口にしたときの、何ともいえない敬愛の表情をした顔だ。

 決して偉ぶらないところも、古関裕而の凄いところだったのではないか。

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(城島明彦)

 

 

2020/05/13

コロナ騒動の今、日本人に必要なのは「信長を改心させた言葉」

心に問いたい「死んで信長を諫めた平手正秀の遺言」

 

 若い頃の織田信長は、礼儀知らずで、勝手気ままに振る舞い、遊びほうけていた。

 子どもの頃から教育係だった平手正秀(ひらてまさひで)が、いくら注意しても聞く耳を持たず、父親の葬儀にもだらしない恰好をして現れただけでなく、家臣や見物人が注視しているなかで、抹香つかんで投げつけるという振る舞いに及んだため、平手は、信長宛の遺書を残して「諌死(かんし)するという最後の手段に訴えた。

 諌死とは「死んで諫(いさ)める」ことだ。

 

 平手が命と引き換えに信長を諫めた注意点は、

 「わがままを改めること、礼儀を知ること」

 「無欲になること、依怙贔屓(えこひいき)をしないこと」

 など5つあった。

 

 残る2つの一部を現代語訳すると、

 一、いつも正しい心を持ち、人々の手本となるようになさることです。そうでなければ、義の心は生まれません。

   心底からそういう思いにならずして、どうして天下国家を治めることができましょうぞ。

 一、人を見る目を養ってください。いいたい放題が世間の常です。世間の人は適当にいうでしょう。

 

 関心のある向きは拙著『武士の家訓』をぜひご一読くださいますように――。宣伝めいてあさましい限りだが、決して損はさせませんぞ!

 (城島明彦)

2020/05/11

「少しだけ減らすと苦悩から解放される」と説く教訓あり  

コロナ世界大戦は国民力が問われる〝忍耐力競争〟だ! 

 

 給料、預金、仕事、交友、余暇……人は増やすことばかり考えがちだが、「ちょっと待て」と警鐘を鳴らしている古典がある。

「人生は、少しだけ減らすようにすると、減らした分だけ苦しみや悩むから逃れることができる」(「人生は一分を減省すれば、便ち一分を超脱す」)

 といっている明末の教訓書菜根譚だ。

 同書は、江戸時代に武士の間で読まれた書物で、人の生き方について述べた本だが、本家の中国ではあまり読まれなかった。日本では今日でも人気があるが、著者の洪自誠(こうじせい)については儒教・仏教・道教に通じた人物であったことなどごく限られたことしか知られていない。

 

 コロナ騒動の渦中にある昨今は、「日常」ではなく、「非日常」というしかない。

 そんなときには、ジタバタしたって始まらない。

 今は、足を滑らせて水中に落ちたとき、どうすればよいかというようなもの。

 

 大抵の人は、水を飲んでしまって、苦しくなり、冷静さを失ってしまう。

 だが達人は、そうではない。水中に落下する瞬間の何秒かの間に、口をぎゅっと閉じ、息を止める。

 用心深い人は、片手で鼻をつまんで水中にはまったときに水が鼻に入らないようにする。

 

 しかし、そうすることができるのは、ごくごく限られた人数だ。

 ほとんどの人は、一寸先のことなど考えている余裕などなくしている。

 したがって、「あっ」とか「わっ」と叫んだりしながら、ざんぶりこと水中に落下する。

 運が良ければ、足先や背中や尻から水中に落ちるが、運が悪ければ、頭や顔面から水面に突入してしまう。

 そうなると、ますますパニックに陥り、もはや冷静な判断力は完全に失われている。

 

 落ちてからも、ジタバタしない。

 急流なのか、深いのか浅いのかなど、自分が置かれた状況をまず把握し、どうすれば身体が浮くかをまず考える。

 重くなっている着衣を脱ぎ捨てることも必要かもしれない。

 

 以下は、拙著『武士の家訓』より流用する。現代語訳は拙訳だ。

「人生は、操り人形のようなものだ」(人生は原(もと)(こ)れ一傀儡(いちかいらい)なり)

 傀儡とは、「パペット」「操り人形」のことである。

 自分の力だけではどうにもならないのが人生である。あるときは誰かに助けられ、あるときは誰かに邪魔をされる。好いた相手には嫌われ、好きでもない相手に慕われる。

 

 「その根元をわが手でしっかりと握りしめ、人形を動かす糸が乱れないように気を配りながら、巻き上げたり巻き戻したりして人形の動きを自在に操れるかどうかは、すべて自分自身の力量にかかっている。だから、他人に少しも操縦させないようにすれば、抜きんでた立場になれるはずだ」(只根蒂(こんてい)の手に在るを要し、一線乱れず、巻舒(かんじょ)自由にして、行止(こうし)我に在り。一毫(いちごう)も他人の提掇(ていてつ)を受けざれば、便(すなわ)ち此(こ)の場中(じょうちゅう)を超出せん)

 給料、預金、仕事、交友、余暇……人は増やすことばかり考えがちだが、「ちょっと待て」と『菜根譚』(一三二)は警鐘を鳴らしている。

 

 交遊関係では、

「友人との付き合いを少しだけ減らせば、その分だけ、煩わしく感じていることからは解放されるし、しゃべる頻度を少なくすれば禍が生じる頻度も減るし、あれこれ考えるのを少なくすれば思考力の消耗を抑えられるし、賢明さを訴える回数を減らせば頭が混乱する回数も減り、いい考えが浮かぶはず。それなのに、減らす努力をしないで増やす努力をするのは、自分で自分を拘束して自由を奪っているようなものだ」(如(も)し交遊減ずれば、便ち、紛擾(ふんじょう)を免れ、言語減ずれば、便ち愆尤(けんゆう)寡く、思慮減ずれば則ち精神耗せず、聡明減ずれば則ち混沌完うすべし。彼の日に減ずるを求めずして日に増すを求むる者は、真に此の生を桎梏するかな)

 

 目標を目指すときの「焦り」を諫める箴言が『菜根譚』(一五二)に記されている。

 「物事にはどんなに急いでも明白にならないことがある。焦ることなく、じっくりとやれば、自ずと明らかになってくることもあるのだ」(事はこれを急にして白(あき)らかならざるものあり。これを寛にせば或は自から明らかならん)

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(城島明彦)

 

2020/05/06

コロナで混迷する今、人生のバイブル「武士の家訓」から生き抜く知恵を学ぼう! 

こう生きるのが正しい!」と親が教えないで、誰が教える! 

 

拙著『武士の家訓』の【企画意図】は、次のようである。

 高視聴率を誇る米倉涼子主演のドラマ「ドクター-X」の決めゼリフ「私、失敗しないので」が受けているのは、失敗する人が圧倒的に多いからでもある。一方、NHK「チコ〟に叱られる」では、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」の名セリフが大受けだ。

 人生のあらゆる局面で、わかっているようで実は知らず、そのせいで失敗してしまうことが案外多いだから、教えが必要。それには〝渡る世間の究極のバイブル〟のような「武士の家訓」がベストではないか。なぜなら「武士の家訓」は、数えきれないほどの人生の修羅場を潜り抜けてきた戦国時代の君主や武士が、自身の最期が近づいてきたときに、何も知らずにボーッと生きている後継ぎのわが子や家臣に遺した究極の教えであり、手っ取り早く理解できるように、短く箇条書きにしてあり、わかりやすい。

 したがって、数多く比較しても煩雑にならず、例えば「第一章の第一節」(志と友情と学問と家訓)だけでも以下の家訓・遺訓を引用している。「早雲寺殿廿一箇条」「加藤清正家訓」「加藤清正家訓」「貝原益軒『養生訓』」「伊勢貞丈(さだたけ)家訓」「本多忠籌(ただかず)壁書」「和田政勝家訓」「渡辺崋山『心の掟』」「石川丈山家訓」「武田信玄家法」「松平定信『松平少将定信訓誡』『楽亭壁書』」「佐藤一斎「言志四録」(『言志録』『言志後(こう)録』『言志晩(ばん)録』『言志耋(てつ)録』)「吉田松陰『留魂録』『講孟余話』」など。また、『論語』『礼記(らいき)』『孟子』『實語経(じつごきょう)』『童子教」『晏子(あんし) 春秋』『日本書紀』『古今著聞集』などからの引用もある。

 そこに込められた教えの数々は、単なる「机上の学問から得た空理空論」ではなく、常在戦場という切羽詰まった状況のなかで体得した「生き残るための知恵であり処世術であるがゆえに、底知れぬ説得力があり、時代を超えて今の時代にも活きてくるのだ。

 新興企業に吸収合併された名門企業の例は数えきれず、「滅ぼすか滅ぼされるか」「生き残るか死に絶えるか」といった苛烈な「戦国乱世」の様相を呈しているが、人も同じだ。そんな時代にはボーッと生きていたら生き残れないし、「どう生きるか」「どう勝つか」といった生ぬるい生き方では勝ち残ることが難しく、何としても生き抜く、勝ち残る」といった不屈の決意・決死の覚悟が必須となる。だが、そんなことは誰も手取り足取して教えてはくれないから、『孫子』のような数千年も昔の古典が時代を繙いたりする。

その数は膨大で、箇条書きしてあるとはいえ、内容やテーマはバラバラで、例えば伊達政宗の家訓がどうなっているかはわかるが、同じテーマで他の戦国武将がどう考えていたかはわからない。そのため、テーマ別に個々の家訓を比較検討するという作業は骨が折れるので、そういう捉え方で書いた本はこれまで皆無である。

 そういう障壁をクリアしたのが本書で、テーマに合致した「武士の家訓」のなかの項目をピックアップして比較検討した。つまり、「学問のしかた」とか「友人選び」といったテーマ別に戦国武将たちがどういう家訓を残したかという角度で比較対照する形で書いたのだが、そのようにした本は過去に1冊もないことに数年前に気づいた。というわけで、大げさな言い方をすれば、(私の知る限り)「日本初」ということになる。

 

【主なセールスポイント】

 ①これ1冊で、家康、信玄など何百人もの戦国時代の名将の家訓の教えが身につく

 ②「武士の家訓」を個別に紹介した本(名言集のたぐい)は過去にもあるが、あらゆる家訓を「学問」「交友」「読書」といったテーマ(項目)別に分類・詳述した本格的な読み物は存在せず、本邦初。読者に新鮮な印象を与えるのではなかろうか。

 ②遠い昔の教訓ではなく、現代につながる教訓としての接点を重視。読んで面白く(エンターテインメント)、心打たれ(感動)、ためになる(修養)内容とした。

 ③武士の家訓に関わりのある中国古典の名著(『論語』『孟子』『菜根譚』など多数)の教えにも「広く」「深く」「濃く」「わかりやすく」言及しているので、ためになる。

 ④主な読者対象は「自分を高めたいと思っている前向きな人」「仕事や生き方に悩んでいる人」などで、年齢不問。自己啓発に限らず、若者には人生論として、また時代小説ファンも必読だ。

 ⑤企業の新人研修・管理職研修のテキストにも適していると思う。

 ⑥読者の役に立つと思われる家訓は太字に。

 ⑦引用した武士家訓は100を優に超える ※『武士道家訓集』(明治39年発行)『日本教育文庫 家訓篇』(明治43年発行)記載の家訓原文を中心に「早雲寺殿廿一箇条」「今川壁書」「信玄家法」「信玄家訓」「朝倉敏景十七箇条」「「長曾我部元親百箇条」「加藤清正七箇条」「鳥居元忠訓誨」(武士の本懐)「黒田如水教諭」「黒田長政家法」「伊達政宗壁書」「本多忠勝家訓」「武家諸法度」「藤堂高虎教誨」「井伊直孝教訓」「土井利勝遺訓」「島津家久訓誡」「島津綱貴教訓」「阿部忠秋教訓」「徳川宗治家訓」「保科正之家訓」「石川丈山家訓」「池田光政訓誡」「徳川光圀教訓・壁書」「貝原益軒家訓」「細川家訓」(熊本家訓)「細川重賢教令」「田安宗武童家訓」(誨蒙返言)「島津斉彬家訓」「中井竹山家訓」「上杉鷹山家訓」「上杉鷹山壁書」「松平楽翁示訓・楽則・楽戒・楽亭壁書」「酒井忠進家訓」「徳川烈公壁書「鍋島閑叟訓示」「西郷南洲遺訓」「毛利元就遺訓」ほか。 ※別途、佐藤一斎『言志四録』等も引用。

 Photo_20200506215301  本体価格1800円

(城島明彦)

 

2020/05/04

ボーッと長生きするなかれ  ~心身はどう鍛錬すればよいのか~

「酒は飲んでも、飲まれるな」という教え(拙著『武士の家訓』で削除した原稿)

 

 4月発売の拙著は300ページを大きく超えたので、定価が高くならないように50ページ超を削除した。

 そのうちの一部を公開したい。

 拙著を購入済みの方は、下記をプリントアウトするなどして、本に挟んでいただけると、ありがたい。

 

 令和の日本は、少子高齢化社会。一言でいうと、そういうことになるが、事はさほど簡単ではない。戦後の「産めよ増やせよ」のスローガンに呼応して、のちに〝団塊世代〟と呼ばれるベビーブームが到来し、彼らが働き手の主力となって日本は爆発的な高成長を遂げたが、出産率が次第に低下するのと軌を一にして経済的活力が停滞。その間、団塊世代は年老いて一線を退いたのである。高齢化社会→高齢社会→超高齢化社会と進んできた日本は、〝超高齢社会〟に突入、「人生100年」になって、巷には高齢者があふれかえっている。

 

第一節 酒でしくじらないために

 今昔を問わず、「酒」についての戒めは多い。武士の家訓に限っても、「今川壁書」の制止条項にある「酒宴、遊興、勝負にはまって仕事を忘れるな」とか、「林摩詰(りんまこう)訓諭」の「過酒は慎め」(過酒は申すまじく候事)が一般的な戒めが見られるが、実際にはその程度ではすまなかったようで、「伊勢貞丈(さだたけ)家訓」の酒は気ちがひ水なり」や「水戸光圀壁書」「欲と色と酒とをかたきと知るべし」のような警告調家訓も目につく。

 

適度の酒は「百薬の長」、過飲は「万病の元」

 酒を勧める方にも問題があるとして、「大酔(たいすい)。舞酒。強勧勧人酒(強く人に酒を勧める)は禁止」と家訓「楽戒(らくかい)」に記したのは、楽翁(らくおう)松平定信である。それでも効き目がないときは、「島津家久訓」の「覚」十五条)にあるような「飲酒禁止」(酒停止たるべき事)となる。

「酒は百薬の長とは言へど、よろずの病は酒よりこそ起れ」

 と警告を発したのは吉田兼好。『徒然草』(第百七十五段)である。

 書かれた文章から推して、吉田兼好は下戸かそれに近いようで、かなり痛烈に批判している。「酒は万病の元」といった文章のおおよその内容は以下のようである。

「嫌がっている者に無理やり酒を飲ませて喜こぶ理由が理解できない。飲まされた方は、忽ち狂人のようになったり、元気な者でも前後不覚になって急病人のように倒れる。お祝いの場でそうなっては浅ましい限りだ。ここまでしておいて、酒を飲ませた人は知らん顔だ。慈悲心がないだけでなく、礼儀に反しているのではないか」

 

「酒の十徳」と「飲酒の十徳」

 室町時代につくられた狂言餅酒」には、「酒の十徳」なる言葉が出てくる。いわく、

  一、独居の友(独りぼっちを慰めてくれる友だち)

  二、万人和合((ばんにん)わごう)(見ず知らずの人でも仲良くなれる)

  三、位なくして貴人と交わる(身分の垣根を越えて飲み交わせる)

  四、推参(すいさん)に便(べん)あり (訪問時の手みやげに最適)

  五、旅行に慈悲あり(旅に潤いを与える)

  六、延命の効あり(寿命が延びる効果がある)

  七、百薬の長(薬の王様)

  八、憂いを払う(憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる)

  九、労を助く(労をねぎらってくれる)

  十、寒気(かんき)の衣(ころも)となる(寒いときは体が温かくなる)

 これら十訓のなかで最もよく知られているのは「百薬の長」だろう。この言葉の起源をたどると、紀元一世紀に成立した中国の歴史書『漢書』食貨志(しょくかし)に行きつく。

 そこには、こう記されている。

「夫(そ)れ、鹽(しお)は食肴(しょくこう)の将(しょう)、酒は百薬の長、嘉會(かかい)の好(よしみ)、鐵(てつ)は田農(でん のう)の本(もと)(塩は食物にとって重要なもの。酒はさまざまな薬の王様で、めでたい集まりに最適だ。鉄は農業の基本である)

 江戸時代の随筆集『百家説林(ひゃっ かせつりん)には、「飲酒の十徳」として酒の効能が述べてある。

  一、礼を正し(〈神前にお神酒(みき)を供えるときのように〉礼儀正しくさせ)

  二、労をいとい(労をねぎらい)

  三、憂を忘れ(憂鬱なことを忘れさせ)

  四、鬱をひらき(ストレスを発散し)

  五、気をめぐらし(気力を充実させ)

  六、病を避け(病気を予防し)

  七、毒を消し(解毒し)

  八、人と親しみ(楽しい時間を提供し)

  九、結び(縁結びの役割をし)

  十、人寿(じんじゅ)を延(の)(寿命を延ばす)

 

 わざわざ書くまでもないことだが、以上のことは「適量を飲んだ場合」に限られ、「暴飲過飲」した場合には必ずしもあてはまるというわけではない。そこで、貝原益軒の『養生訓』の出番となるが、その前に「酒の徳」を歌にして楽しんだ戦国武将の話をしたい。細川忠興の父、細川ガラシャの義父の幽斎(ゆうさい/藤孝(ふじたか)である。細川幽斎は、機を見るに敏な戦国武将で、信長、秀吉、家康と主君を変えて生き残ったが、その一方では風流を愛し、仏教の功徳と絡めた「飲酒を讃える数え歌」をつくった。家訓というには砕けすぎているものの、「飲んべえ向けの酒訓」と名づけてもいいかもしれない。

  (いっさい)の其(そ)の味(あじわ)ひをわけぬれば酒は不死の薬とぞいふ(あらゆる飲食物を分類すると、酒は不死の薬というではないか)

  (ふた)くさを忘れて人に近づくは酒にましたる媒(なかだち)はなし(憎い相手と近づきになるのに、酒ほど都合のよいものはない)

  宝の慈悲からおこる酒なれば猶も貴く思ひ飲むべし(仏法僧の慈悲から生まれたとされる酒ならでは、貴いと思いながら飲まねばならぬ)

  (し)らずして上戸を笑ふ下戸はただ酒酔ふよりもおかしけれ(酒の味を知りもしないのに飲んべえを見て笑う下戸は、ただ酒にありついて酔っぱらうよりも不思議な存在だ)

  (ごかい)とて酒を嫌ふもいはれあり 酔狂するによりてなり(五つの戒めといって、仏教の在家信者には殺生、偸盗、邪淫、妄語〈嘘をつくこと〉、そして飲酒を避ける義務があるが、そのわけは信者が酔狂になっては困るからである)

  (ろっこん)の罪をも科(とが)も忘るるは 酒に増したる極楽はなし(六根〈眼・耳・花・舌・身・意〉の罪や科でさえ忘れさせるもので、酒以上の極楽はない)

  (しち)などを置きて飲むこそ無用なれ 人のくれたる酒ぞ嫌(いと)いそ(質草をそばに置いて能というのは無粋の極みだ。人が暮れた酒を毛嫌いしないことだ)

  (はち)そう)の慈悲より起こる酒なれば 酒に増したる徳(とく)力(りき)はなし(八相〈釈尊の生涯を特徴づける八つのありがたい特徴〉の慈悲で生まれた酒なのだから、酒以上に徳力のあるものはない) 

  (く)れずして上戸を笑う下戸はただ酒を惜しむが卑怯なりけり(酒を振る舞おうとする素振りさえ見せず、飲んべえを笑っている下戸の、ただ酒をけちる根性は許しがたい)

  (じゅうぜん)の王位も我ももろともに思ふも酒の威徳なりけり(十種類の善を積んでいる聖王も凡人の私も一緒に思索できる幸せは、ひとえに酒の威徳なのである)

  までも長らふ我身いつもただ酒のみてこそ楽をする人(百歳まで長生きするこの私は、いつもただ酒を飲んで楽をする人間である)

  (せんしゅう)や万歳(ばんざい)などなどと祝へども酒なきときは淋しかりけり(千秋万歳と口々にいって長寿を祝っても、その場に酒がないと寂しいものである)

 

酒宴の心得「六波羅殿御家訓」(北条重時家訓)

 北条重時については前に触れたが、遺っている家訓は二種類ある。家訓関係の本で取り上げられるのは「極楽寺殿御消息」(九十九箇条)の方で、もう一つの「六波羅殿御家訓」(四十三箇条)はまず紹介されない。その理由は、内容的に劣るのと、文字不明となっている虫食い箇所が五十数か所もあるからである。しかし、宴席での心得などでは傾聴に値することも書かれているので、ここで取り上げたい。

 一、人前に出るときは、じっくり鏡を見て衣服などもおしゃれに装い、胸元などがおかしくないか何度もチェックせよ。そして、いったん座席に着いたなら、身づくろいしたり気取ったりしないこと。そのようなことをすると、厳格な人から軽い奴だと笑われ、蔑(さげす)まれてしまう。いったん人前に出たら、堂々としていればいいのだ。(三十二条)

 一、酒席では、下座の末席の方にも目配りして、声をかけること。同じ酒を飲むのでも、情けをかけて飲ませたら、相手はうれしく思うものだ。特に不遇をかこっている者には、情けを掛けておくことだ。声を掛けられたうれしさは格別で、その人の依頼は大切に扱うだろう。(本条のみ、『極楽寺御消息』八十一条を使用) ※類似内容で、『六波羅殿御家訓』(八条)より『極楽寺御消息』の方が分かりやすいという理由による。

 一、人前では、まかりまちがっても、こうるさいことをいったり、下品な言葉づかいをするな。(三十五条)

 一、宴席が無礼講のようになったとしても、人の前に置かれた酒、肴、菓子などには絶対に手を出すな。(三十八条)

 一、酒に酔っぱらって真っ赤な顔になってしまったら、帰るときは人通りの多い大きな道は避けよ。どうしてもそこを通らなければならないときは、車などを呼んで帰ること。家に近い場所のときは、いうまでもない。(四十一条)

 一、酒がたっぷりあるときは、一人で飲むな。付き合いのある仲間に声をかけて、ふるまえ。そうすれば、親しみを感じてくれるだろう。(十二条)

 一、人のいるところで唾を吐きたくなったら、後ろを向き、懐紙を取り出して吐け。唾を遠くへ吐くのは、人前を憚らない悪い行為である。(三十一条)

  

(城島明彦)

2020/05/03

コロナ、何するものぞ! 百歳まで生きるための「日々の心がけ」

江戸時代に85歳まで生きた貝原益軒『養生訓』の教えに学ぼう!

 

 貝原益軒の『養生訓』でよく知られているのは「腹八分目」と「接して漏らさず」である。今日の言葉でいう「健康書」である同書に書かれていることは、何も特別なことではなく、ごく当たり前のことが多いのだが、人はそれを守れないから心身を病むのである。同書に書かれたことを拾ってみる。

 一、健康な人は、早朝に起床し、夜半には就寝する。

 一、自分の体の強いことを過信し、若さを過信し、病気が少し治ってよくなったことを過信する。それらは皆、禍のもとなのだ。

 一、家にいるときは、時折でかまわないから、体にきつくない程度の運動をすること。たったり座ったりの動作をめんどうがらず、室内の用事を人にいいつけてばかりいないで、時々は自分で立って体を動かさないといけない。体をよく動かすと、自分の思いどおりにスピーディーに事が運び、人を使う際の気苦労(気づかい)もない。その結果、心が清々しくなり、仕事の流れを簡略化するという効果も得られる。

 一、心の中は楽しくあるべきで、苦しいと感じるのはよくない。体は動かすべきで、休ませすぎるのはよくない。自分の体を慈しみすぎてもいけないのだ。

 一、飲食や色欲をむさぼれば、初めのうちは心地よく感じるかもしれないが、のちになって必ず健康を損ね、長患いすることになる」

 一、古い諺に『忍(しのぶ)は身の宝なり』というのがある。我慢すれば災いは訪れず、我慢できないと災いに見舞われる。『忍ぶ』とは、こらえることである。欲を抑えることをいう。怒りと欲は耐え忍ばないといけない」

 一、熱い湯で口をすすいではいけない。歯に悪い。

 一、下痢および食滞・腹痛の場合、温かい湯につかって体を温めると、気の循環が活発になって病気が治る。温浴には、そういう顕著な効果がある。病気にかかり始めの頃は、薬を飲むよりも効き目がある。

 一、飲食は、空腹感を満たし、喉の渇きを潤すためであるから、当初の飢渇感が消えたら、それ以上むさぼらないようにすべきである。食事の量を「控えめ」にして日々を過ごすと、栄養不足で痩せ衰える、と俗にいうが、それは、養生の何たるかを知らない者のいうことだ。人はうまれつき欲深くできているので、日々控えるようにして過ごすと、ちょうどよい塩梅になるのである。

 一、夕食は朝食に比べて滞りやすく、消化に時間がかかる。夕食は少ない方がよい。軽くて淡白な味のものが向いている。副食の品数を多くするのはよくない。副食は、たくさん食べてはいけないのだ。

 一、空腹時に入浴してはいけない。満腹時に髪を洗ってもいけない。

 

『養生訓』の教え

 『養生訓』には、前述した日常生活に密着した教えと、もう少し抽象的でアカデミックな感じのする教えもある。

 一、内欲・外欲を取り除け――「養生の術」でまずやるべきことは、体に危害を及ぼすものを取り除くことだ。「内欲」(体内から湧き上がる欲望)と「外邪」(体外から体内へと忍び込む病邪)である。内欲とは、飲食欲、性欲、睡眠欲、しゃべりまくりたい欲(〝話欲〟とも呼ぶべき欲) 、そして喜・怒・憂(ゆう)・思(し)悲・恐・驚の「七情の欲」をいう。一方、外邪とは、自然界を支配する「四つの気」で、風・寒・暑・湿をいう。内欲を少なくし、外邪は警戒して防ぐのだ。そうすれば、「元気」(万物の根源となる精気)がなくなることはなく、病気にもならず、天寿をまっとうできるようになるはずだ。

 一、気を一か所に停滞させるな――気は、体全体にまんべんなく行きわたらせることだ。胸のあたりにだけ集めてはならない。怒り、悲しみ、憂い、思念があると、胸の一か所に気が集まってきて、そこに停滞する。「七情」が過度に変化して滞ってしまうと、病気の原因になる。

 一、養生の士、かくあるべし――心は静(せいひつ)にして波風を立てず、悠揚として迫らず、気持ちは和やかに荒らげず、言葉数は少なく、声高に話すこともなく、大声で笑わず、心にはいつも喜びがあふれ、むやみに怒らず、悲しみを少なくし、過ぎたことは悔やまず、過ちを犯したときは、一度は自分を責めても二度と後悔することはせず、ただ粛々と天命に従い、無用な心配はしない。これが、「心気を養う道」である。養生の士は、かくありたい。

 一、元気を害するものに注意――他人の前で、強い「喜」「楽」の感情をあらわにすると、体内の気が解放されすぎて減ってしまう。自分独りで、心配ごとや悲しみの種を多く抱えすぎても、気がわだかまり、ふさがる。気が減ったり、ふさがったりすると、元気は消耗するのだ。

 一、完璧を求めるな――あらゆる場面で完璧さを追及すると、心の負担となって楽しくない。禍は、そんな心の状態から生まれる。他人が自分に対して完璧に接してくれることを求めるあまり、他人に足りない部分を怒ったり、咎め立てたりすればm心の病気になる。少しでも良ければ、それで十分ではないか。完全無欠を望んではいけない。

 一、欲望のままに生きるのは自殺行為――生まれつき短命な人はまれ。長命に生まれついても、「養生の術」を知らず、術を実践しなければ、天寿をまっとうできない。

 一、過信は禁物――「養生の道」は、過信することを厳しく戒めている。自分の体の強いことを過信し、若さをも過信し、病気が少し治ってよくなったことを過信する。それらは皆、禍のもとなのだ。

 一、養生の四寡――邪念を少なくして「神気」(精神)を養う。欲を少なくして「静」を養う。飲食を少なくして「胃」を養う。言葉数を少なくして「気」を養う。以上を「養生の四寡」という。

 一、養生の四大要――「内欲」を少なくし、「外邪」の侵入を防ぎ、時々は「体」を動かし、「睡眠時間」は少なくする。この四つが「養生の大要」である。

 一、気を養う法――気は穏やかなのがよく、荒ぶらせてはならない。気は静かなのがよく、むやみに動かしてはならない。気は緩やかなのがよく、急かしてはならない。言葉を少なくして、気が動かないようにしなければならない。気は臍下の丹田のあたりにおさまるようにし、胸の方へのぼってこないようにしなければならない。これが、「気を養う法」である。

 一、分相応に生きよ――どんなことでも、自分の「実力」というものを考えないといけない。実力が及ばないのに、強引にそのわざを行えば、気が減って病気になるのがオチだ。分不相応な努力は、するだけ無駄である。

 一、養生術の効果――やるべきことをすべてやるように努力すれば、成果は必ず得られる。植物に例えていうなら、春に種をまき、夏場によく育つように栄養を与えると、秋になれば豊かな実りが得られるようなものだ。「養生の術」を学ぶ努力を継続して行えば、体が丈夫になって病気にならなくなり、天寿が保たれて長生きすることができ、人生を楽しく過ごせる必然的な結果が訪れるはずだ。この因果関係に疑問をさしはさむ余地などない。

    

(既刊の拙訳『貝原益軒「養生訓」と最新の拙著『武士の家訓』

(城島明彦)

 

2020/05/02

コロナなんか吹き飛ばせ! (怪獣ブースカ)

お題は「コロナ」で、ゴール出んウィークポイント克服だい!

 

  お待っとおさん! 

 あっしは父さん、会社は倒産

 道は通さん、コロナ道!

 信長の嫁さんの父さんは、斎藤道三(どうさん)だい。

 マムシとあだ名されただけあって、まっ、無視だなんて、やーね。

 ♪屋~根より高い コイのぼり。

 おのぼりさんも、めっきり減った今日この頃。

 12345678910、だるまさんがコロナだ!

 

 ――てぇわけで、本日のお題は「コロナ」だよ。

 

 もううんざりだ、笑うしかない、笑う門には福来たるだ。

 どうだい、元気でやってるかい?

 元気はつらつ、オロナミンC!

 といいたいところだが、今は、

 元気は辛ッ、コロナミンC!

 

 うがいしたかい? コロゲンコーワ!

 コロナほいほいで、コロナ殺して、おくれやす。

 コロナは銅をきらうっていうが、どうかな?

 

 誰だっちゃ、「新コロナイズド・スイミング」っていってんのは?

 

 写真を一枚! ぱちりんこ! で、川柳7連発だい!

 

  太陽を 背に一枚だ コロナばえ

  コロがきも いいけどコロナ 連想し ※コロがきは「枯露柿」って書くんだよ

  手鼻かみ ヘックションして クラスター

  ウンチ出た つかめばコロナも 逃げてゆく 

  五月晴れ だけど世界は コロナ腫(ば)れ

  五月晴れ コロナ移して クビだとさ

  鎌倉も 奈良もオダブツ がらんどう

 

 少しはまともな句がでけんのかいという声に、応えましょ。

 【例年】 五月(さつき)晴れ 見上げる空に 鯉のぼり

 【今年】 マスクして 見上げる空や コロナ晴れ

 

 ♪こんにちは こんにちは 世界のコロナから

  2020年の こんにちわ

 あんなあ、東京五輪音頭も変わりまんのやで。

 開催時期は、いつコロナん

 

  ♪感染症は イヤだ

  社長は コロナ

  あとの4人は 陽性のお客

  お乗りは お早く 

  移ります チンチン

 

 ♪ちょうど時間となりました~ってか。

 本日の狂室は、これでおしまいだよ。

(城島明彦)

 

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