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2020/01/20

NHK大河「麒麟がくる」の初回は〝可もなく不可もなし〟

明智光秀は史料がほとんどないから自由に描けるが……

 

 東京五輪人気を当て込んだ2019年のNHK大河ドラマ「韋駄天」が、コケにコケまくった後を受けた2020年「麒麟がくる」は、周知のように、「沢尻エリカ」を外し、代役を立てたことによる撮り直しがあって、放送開始日が遅れるという前代未聞の不祥事となった。

 

 世間の関心は、ドラマの内容そのものへの関心というより、「沢尻エリカ事件」に触発され、興味本位で観た人が多かったのではないか。

 ここ何年かのNHK大河は、話を面白くするために史実を無視するお粗末な演出が続き、私も嫌気がさして次第に見なくなった。

 

 暗雲垂れ込めるなかで、NHKは必死になって番宣に努めまくって、119日の第1回放送日を迎えたが、視聴率がどう出るか気にかかる。

過去の例から推測すると、史料率が振るわない大河ドラマを放送すると、翌年も「視聴者離れ」の影響が及ぶ。かつては「平清盛」が低視聴率を記録し、以後の大河は振るわなくなった。昨年の「韋駄天」は時代劇ではないかが、どういう影響が現れるか、私としてはその点に野次馬的興味がある。

 

 「麒麟がくる」の主人公は、歴史的史料がほとんどない明智光秀ということで、どのように描こうがあまり文句は出ないから、フィクションとして自由に描けるメリットがある。基本的にいって、敗者の資料は残らないのだ。

 NHKに期待するのは、明智光秀の謎をあらゆる角度から推理分析して視聴者をアッと驚かせるような描き方だ。

 とはいえ、史料性の高い『信長公記』あたりの記述を完全に無視したり、ご都合主義に流れたり、説得力に欠けるような描き方をすれば、視聴者はバカではないから視聴率は次第に下降線を描くだろう

 

 

 「麒麟がくる」は、初回を見る限りでは、えらくスローな描き方をしていて緊迫性が感じられず、また演出も際立っていると感じられず、意図して平凡な演出をしているのかという印象を受けた。

 従来の大河ドラマのように幼年時代や少年時代から入らず、青年時代から入ったのは評価できる

 

 私は、30数年前に明智光秀ゆかりの地である恵那市明智町を訪れたことがある。同地にオープン(1988〈昭和63〉年)して間がない「大正村」を舞台にしたコミカルな小説を書くためだったが、そのとき、大正村の実行委員会の人たちに案内されて明智城跡やら光秀の母(お牧の方)の墓所やらを案内してもらった。私は明智光秀が好きではなかったが、地元の人たちは自慢していた。

 そのことをなつかしく思い出した。

 

 明智光秀については資料が極めて少ないことから、新しい資料が発見されると、それを軸にして全体を考える傾向がみられる。初回も、医者だった可能性を示す資料をそのまま信じて話を創っている。それが必ずしも悪いことではないが、NHKにしかできない手法とは思えない。

 とことん調べまくる「ファミリーヒストリー」のようなスタイルを大河ドラマでもやってもらいたい。調べまくって、そこから大胆な推理を展開すれば、視聴者は「さすがNHKだ。われわれには及びもつかない推理をする」と感心するだろう。そうでなければ、地元以外には人気のなかった明智光秀をやる意義がない。

(城島明彦)

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