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2018/06/12

お元気ですかぁ? 私は元気ですマッチ!


元気元気、元気は現金が一番

 久しぶりじゃのう。
 私が頭狂大学の顎長(がくちょう)でアルマジロ。
 私が踊るバレエは「顎長の湖」だ。
 いきなりの〝奇臭攻撃〟で驚いたかの?

 「きしゅう」といえば、「うめ」じゃな。
 産めよ増やせよ、日本の子。
 ん? その「うめ」じゃない? 
 梅宮辰夫の「梅」だったか。
 うめえこというじゃねえか。
 こりゃまた失礼しました。

 梅といえば、梅鹿蝶じゃな。
 ナヌッ、ちがう? それをいうなら「猪鹿蝶」(いのしかちょう)だと。
 そうじゃったそうじゃった、梅といえば、紀州じゃった。
 紀州といえば、紀州のドンファンが急死しよった。
 よりによって、「急性ヤク中」だっちゅうからビックリするでねえか。
 さっそく秋田県の有名な民謡「ドンパン節」の替え歌で「弔い歌」じゃ。

 ドンファン節
  ドンドンファンファン ドンファンファン
  ドンドンファンファン ドンファンファン
  うちのオヤジはハゲ頭
  おまえのオヤジもハゲ頭
  ハゲとハゲとが喧嘩して 
  どちらもケガねえでよかったな
  ドドファファ ドドファファ ドンファンファン

 紀州のドンファンは、毛もあったし、ケガもしていなかったようじゃな。
 替え歌とは違っているな。
 何がいいたいのかってか?
 なにもにゃあで、本日の特別授業は、これまで。
 ほな、さいなら!

(城島明彦)

またしても「キチガイに刃物」の新幹線車内殺人。なぜ事前に身柄拘束できないのか!?


危ない奴を野放しにしてきた責任は誰が負うのか!?

 狂人による似たような事件が繰り返され、その都度、何のかかわりもない人が突然命を絶たれる。

 そもそも人を殺すという行為自体、異常であり、まともな人はやらないし、考えもしない。
 そういう異常な考えがあることは、周囲の者にも伝わっているはず。
 にもかかわらず、そういう危険な人物の行動を制限したり観察したりできないことがおかしい。
 人権? 狂った人間に正常な人間と同等の人権を与えるから、前途有為で正義感あふれる善良な人が殺されるのだ。

 犯人の祖母が「(孫は)死にたいといっていた」と語っているが、そういう願望があるなら、さっさと一人でひっそりと死ねばいいではないか。
 「人を殺して死刑になりたい」とでもいうのか。
 
 そんな狂人をなぜ野放しにしているのか。
 ほかにもまだまだいるはずだ。
 危ないと周囲が感じている人間には、「通報制度による強制的な精神鑑定」が義務付けられることを望む。 
 
 東京五輪でこういうことが起きたら日本のイメージは地に落ちる。
 そうなる前に手を打つべきではないか。

(城島明彦)

2018/06/09

西郷隆盛の長男なのに「菊次郎」という次男につける名前をめぐる謎を解く!


NHK大河ドラマの解釈は説得力があるが、愛加那は長男を流産していたのではないか

 西郷隆盛は、奄美大島に流されていたときに、身の回りの世話をしてくれた島娘と結婚し、男の子と女の子をもうけているが、男子は長男なのになぜか次男を意味する「菊次郎」という名をつけた。

 安政の大獄に絡んで、西郷は幕府から追われる立場だったので、薩摩藩は西郷に「菊池源吾」と名乗らせ、奄美大島に身を隠させた。
 菊次郎の菊は、「菊池源吾」の菊と考えるのが妥当だが、私はもっと別の意味もあったのではないかと考えてきた。尊崇してやまない皇室の御紋章である「菊」への思いも重ねての命名ではないかということだ。

 長男なら「菊太郎」とすべきなのに、なぜ「菊次郎」なのか?

 その理由を推理すると、いろいろな可能性が浮かんでくる。

 ①隠し子の存在の可能性
 一番自然なのは、人にはいえない(公にはできない)「婚外子」が既にいたと考えることだ。
認知できない事情があって西郷姓を名乗れずにおり、そのことを西郷隆盛はずっと気にかけていたというケースもあり得なくはない。

 ②初婚の相手がこっそり男児を出産していた可能性
 西郷は、初婚の相手(伊集院須賀)と離婚しているが、須賀は西郷の子を宿していなかったという保証はない。世間体をはばかり、人目につかないところでこっそり出産し、ひそかに里子に出したということも考えられなくはない。

 ③愛加那が菊次郎を生む前に流産していた可能性
 愛加那は、菊次郎の前に流産し、その子に「菊太郎」とつけるはずだった。その子は、この世に生まれ出ることはかなわなかったが、その子のことを生涯忘れないために「菊太郎」という名を〝永久欠名〟とした。

 ④西郷の正妻の子ではないから「菊太郎」としなかった可能性(通説)
 愛加那は島妻なので、藩の規則により薩摩へは連れて帰れないが、子は引き取れる。
 子どもの将来のことを考えると、菊次郎や菊草(のち菊子)は薩摩の西郷家で暮らす方がよい。
 そうなったときに、西郷が再婚する相手と生まれた最初の子(西郷家の嫡男)に「太郎」という字をつけられないのは問題が多い。そこまで配慮して「菊次郎」と命名したのではないか、というのが通説であり、大河ドラマもその説を採っていた。

 この考え方は説得力があるが、極めて素朴な疑問も感じる。
 「太郎」「次郎」にこだわらなくても、祖父は龍右衛門、父は吉兵衛で、自身は吉之助であることを踏まえて、「菊右衛門」「菊兵衛」「菊之助」「菊之丞」「菊左衛門」といった別の名前を付ければ、それで済むのではないかという疑問だ。


西郷隆盛の考え方は「単純明快」

 西郷は、のちに糸と再婚し、3人の男子をもうけるが、
 寅太郎、午(ご)次郎、酉三(とりぞう) と名づけている。

 この命名は西郷隆盛という人の考え方を理解するうえで、極めて重要な例だと私は考えている。

 長男には「太郎」、次男には次郎を入れ、三男にはそのまま「三男」を入れるのは無理なので「三」という字を入れ、何番目の子なのかがわかるようにしている
 と同時に、いつ生まれたかまでわかるようにしている。
 寅太郎は「寅年生まれ」、午次郎は「午(うま)年」生まれ、酉三は「酉年」生まれなのである。
 
 単純明快。これが西郷隆盛という人の性格であり、考え方であり、行動原理なのだ。
 加えて、裏がない。
 だから、万民に愛されたのである。
 大久保利通が愛されないのは、西郷と正反対だったからだ。

 もう1つ、推理が必要だ。
 正妻糸との間に生まれた次男にも、「次郎」を入れている点だ。
 
 次男が2人いるのはおかしいのである。
 「後々のことを考えると、菊太郎はまずいが、菊次郎なら悪くない」
 とする説では、これを説明できない。

 そう考えると、なぜ「菊次郎」と命名したかの理由が見えてくる。

 西郷は、愛加那との間の子どものことだけを考え、後に薩摩藩に戻って再婚するときのことなど頭になく、
 「そのときはそのとき、島では愛加那だけ」
 と考え、愛加那との間の子には、長男は「太郎」、次男は「次郎」、三男は「三郎」という字を入れようとしたのではなかったかということだ。

 菊次郎の菊は、「菊池源吾」と名乗っていたときの「次男」。
 島妻の愛加那は、その前に長男を流産していたのではないか。
 
 ――私は、そう推理している。

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 ※おかげさまで、『宮本武蔵「五輪書」』(現代語訳)は5月末で5刷りとなりました。未読の方は、ぜひご一読ください。

(城島明彦)

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2018/06/07

聞くにたえない残虐さ。5歳の女児を虐待し、死に至らしめた両親に公開処刑を! 


虐待するなら里子に出せ! 貰い手は山ほどいる

 その子が親にあてて書いた「わび状」の文言をテレビのニュースで知り、涙が出た。

 やせこけていただけでなく、しもやけができていたという。
 むごすぎる仕打ちではないのか。
 可愛い盛りの愛娘に、よくそういうことができるものだ。

 あと50年、60年もあるその子の人生を奪った罪は重く、しかも殺したのはその子の両親だ。

 目黒区在住の船戸とかいう奴! おまえらに「生きている資格」はない。
 希望者に槍を渡し、刺し殺す公開処刑であの世に送ってやるのが妥当だ!

 何度も保護する機会がありながら、守ってやれなかった相談センターの連中は、こういうやつらの「本心」をなぜ見抜けないのか!?
 もっと人を見る目を鍛えてもらいたい。

(城島明彦)

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