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2018/01/07

〝西郷どん〟は力士だけでなく、明治天皇も投げ飛ばしていた!


気は優しくて力持ち――眼も体も心も大きかった〝空前絶後のミスター・ジャパン〟


 年が明けて1週間。1月7日。
 1はすべての始まりであり、7も縁起のいい数字だが、大波乱の予感がする。
 明治から数えて150年という大きな節目の年となる今年の1月7日からNHK大河ドラマ「西郷どん」の放送が始まるのも、それを暗示しているのではないか。

 数字は不思議だ。
 西郷隆盛が生まれたのは、西暦でいうと1827年1月23日だが、彼が生きていた時代に使われていた旧暦では文政10年12月7日である。
 「7」という字が入っている!


「貴ノ岩事件」とNHK大河「西郷どん」

 話を戻そう。
 大相撲初場所(1月場所)が始まるのは、「西郷どん」の第2回目が放送される1月14日。これも波乱を呼ぶ大きな要因となる。
「貴ノ岩事件」は、日本の国技である大相撲の暗部の氷山の一角ではないのかと考えている人は多い。
カギを握るのは〝日馬富士を陰で操った〟白鵬の初場所での相撲の取り口であり、〝我が道を行く〟貴乃花親方の動きだ。

 西郷隆盛は大の相撲好きとして知られ、薩摩藩邸につくった土俵だけでは物たらず、自宅の庭にも土俵をつくって相撲を取っていた。

 西郷隆盛の少年時代の事件として必ず語られるのは、喧嘩相手に背後から刀の鞘で殴り掛かられた際、鞘が割れて刀身がむきだしになり、それで利き腕である右手の骨に達する深い傷を負った事件だ。
 この傷が原因で、薩摩示現流のような荒々しい剣道ができなくなり、読書・学問へと方向転換したとされるが、青年期以降は平気で相撲と取っているのだから、何らかのリハビリが功を奏して生来の怪力が戻ったとすべきである。


明治天皇が西郷隆盛を大好きだった理由

 相撲好きの西郷隆盛を象徴する愉快なエピソードがある。
 金太郎伝説では「足柄山で育った金太郎は、熊にまたがってお馬の稽古をし、その熊と相撲を取って投げ飛ばした怪力の持ち主だった」とされているが、西郷隆盛は明治天皇と相撲を取って、天皇を投げ飛ばしたといわれている。

 「天皇に勝つなど畏れ多い」
 と考えるのが普通だが、西郷は天皇を畏敬しているからこそ、手加減せず、本気で勝負したのだ。
 明治天皇は乗馬の名手であり、文武両道に優れた大君だったからこそ、そうされることを喜んだのだ。
 
 「明治天皇を投げ飛ばしたという一件から、西郷隆盛の人となりのすべてが想像できるのではないか」
と私は思っている。


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 プレジデント・オンライン 西郷隆盛に学ぶ「ビジネスマン処世訓」(城島明彦) 【1】西郷隆盛がだれからも慕われていた理由
 【2】西郷さんが"人を相手にせず"と語ったワケ
 【3】西郷隆盛が手写した101カ条"座右の訓戒"

 Photo

(城島明彦)

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