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2018/01/30

ワード2016の作表途中で繰り返し動作が停止し、仕事にならぬ


アップデートに原因があるといいながら、何もしないマイクロソフト


 マイクロソフト・コミュニティを見たら、同じ問題が昨年8月27日に提起してあったが、マイクロソフトは、その後、何の対策も実施していないのか。

 その停止動作の頻度たるや、20回、30回といったレベルではなく、そうなる回数は何百回に及んでおり、仕事にならない。
 そのつど、書いた原稿が失われるのではないかと、冷や冷やしっぱなしだ。
 ワードの不具合のせいで、心身ともに大きなダメージを受け、ブログを更新するどころではなかった。

 私の場合、締め切りのある原稿を執筆しているので、出版社にも影響が及ぶ。
 
 ワードを使った表の作成中に繰り返し起きる不快な現象は、表の枠線を狭めたり広めたりしようとすると、
 
 「Microsoft Wordは動作を停止しました
 この問題の解決策を確認しています…」

 という表示が出る。
 そして、再起動せよなどといった指示が出るが、こういうことが突然起きるので、困っている。

 その問題をマイクロソフト・コミュニティ提起した前記の人(業務用に使用)によると、マイクロソフトにも問い合わせ、2時間にわたって、いろいろ指導を受けたそうだ。
 マイクロソフトでは、ごく一部で起きている問題のようにいっているが、私の友人に聞いたところ、同じ問題が何度も起きているといっている。

 Outlookにも、ワードの影響が出たのか、突然、「Tabキーで予測候補を選択」云々の表示が2、3度出て、なかなか消えず、面食らった。

 ワード2016は、当初は何もなかった。アップデートを繰り返しているうちに、このようなおかしなことが起きたことはなかった。

 エクセルの機能が、目に見えて神化しているのに比べ、ワードの機能は「置いてけぼり」にされてきた。
 そこには「ワードの日本語の問題」が絡んでいるのではないか、

 マイクロソフトは、アップデートを遡っていけば、どのアップデート要因が問題を引き起こしているか、わかるはずだ。
 わかっていて知らん顔をしているのか、対策を打てるだけの技術力がないのか?

 マイクロソフトは、世界を制覇した企業だが、大企業になればなるほど、もっと謙虚になり、それが仮にごく一部で起きる現象だとしても、1人や2人といったレベルではないのだから、「完全無比な商品なら起こりえない。どこかに問題がある」と素直に考えて、そういう問題が絶対に起きないような対策をすべきではないのか。

(城島明彦)

2018/01/19

稀勢の里、引退近し! 「全休横綱は1年もたずに引退!」が過去の例


歴代横綱は「全休」から何場所後に引退したか!?

 旭富士(63代) 1場所後
 若乃花(66代) 2場所後
 千代の富士(58代) 4場所後
 北勝海(61代)・武蔵丸(67代) 5場所後

 超例外
 貴乃花(65代) 9場所後(7場所連続全休) 全休、全休、全休、全休、全休、全休、全休、12勝3敗(準優勝)、全休、4勝4敗1休→引退
 曙(64代) 全休、全休、全休、11勝4敗、13勝2敗、2勝2敗11休、全休、優勝(以後も郵送、準優勝を重ねた)

 ▼稀勢の里(72代) 平成29年5月~ 今場所が3場所目だが……
 6勝5敗4休、2勝4敗9休、全休、4勝6敗5休、1勝4敗(5日目現在)

 稀勢の里と似たパターンの例(出場しては途中休場を繰り返した後、全休、引退となった前例)として、若乃花、武蔵丸がいる。
 若乃花 5勝5敗5休、3勝6敗6休、全休、全休、0勝3敗→引退
 武蔵丸 4勝2敗9休、全休、全休、全休、2勝4敗9休、全休、3勝5敗→引退

 稀勢の里は、久しぶりの日本人横綱なので、前例を覆しての奇跡的復帰を望みたいが、31歳という年齢を考えると、残念ながら「望み薄」ではなかろうか。

(城島明彦)

2018/01/17

稀勢の里は「気の毒」だが引退! 白鵬は「自業自得」で引退! これが〝ぶざま横綱〟2人の進む道だ!


〝地獄の選択〟のときが迫っている!

 稀勢の里は、大ケガをなめ、自分の力を過信したツケが回ってきた。
 琴奨菊にぶん投げられるようでは、前途多難を通り越して「アウト!」というしかない。
 自分では回復したと思っているのかもしれないが、本来の力が出なくなっている。
 横綱昇進前の、あのパワーが感じられなくなったのは、致命的だ。

 勝負勘も戻っていないが、従来の力強さが完全に失われている。
 中途半端な体の状態で、
 「出ては負け、負けては途中休場」
 という、ぶざまな失態を繰り返すのは、もう限界だ。

 なぜ、思い切って何場所も休んで、「ケガを負った箇所が完全回復して臨む」という道を選ばなかったのか!?

 ここまで来て、これから何場所も休むということが許されかどうか。
 稀勢の里は、「背水の陣」をさらに後退して、もはや水の中にまで追い込まれてしまった。
 
 久しぶりの日本人横綱という国民的期待を背負ってはいたにしろ、ここまでぶざまな相撲を取らせた親方や医師、相撲協会の責任も大きい。


プロレス技を使えなくなった白鵬は、まるで別人のようだ

 白鵬は、40回も優勝したうちの10回? いやそれ以上か? 
 プロレス技まがいの取り口の恩恵をこうむっているのかもしれない。
 そう思えるような、ぶざまな負け方が今場所は続いている。

 ここらあたりでやめた方が、本人のためにもいいのではないか。

(城島明彦)

2018/01/14

13歳の少年西郷と16歳下の後の妻が会っていた!――NHK「西郷どん」は歴史と視聴者をなめているのか!? 


そこまでやるなら、「西郷も龍馬も死なず、どちらも女だった」としたらどうか

 先週の日曜日に「西郷どん」の第1回放送を視聴したが、気になるところがあったので週末の再放送も見た。
その結果、最初見たときには気づかなかった誤りや矛盾点に気づくことになった。
 少々の誤りや矛盾は構わないが、でたらめすぎることは許しがたい。
 今回は、その話である。

 「ドラマを面白くするためなら、何をやってもいいのか!」
 という古典的かつ素朴な疑問があるが、NHK大河ドラマは、過去の「江 ~姫たちの戦国」(2011年)でも、少女を大人の女優に演じさせて、NHKは抗議・ひんしゅく・罵倒の嵐に見舞われたが、少しも懲りていないようだ。
 バラエティ難組で、おばさん女優にセーラー服を着せるのとはわけが違うのだ!


島津斉彬と少年西郷の出会いはない

 NHK大河ドラマ「西郷どん」第1回放送では、西郷隆盛の成人後のドラマを盛り上げるための伏線として、後日、彼を大抜擢することになる薩摩藩主島津斉彬(なりあきら)と少年西郷が二度も会って、したしく言葉を交わす設定になっていた。

 島津斉彬と西郷隆盛の年齢差は20歳近い。
 江戸藩邸で生まれ育った薩摩藩の世子島津斉彬(なりあきら)が藩主になるのは42歳と遅く、初めてお国入りするのは1851(嘉永5)年春のことで、それ以前に、ずっと鹿児島に住んでいた西郷隆盛と顔を合わす機会は皆無だが、鹿児島へ赴任してからは、家臣に「意見書」を出せと命じ、一介の下級武士にすぎなかった青年西郷隆盛も、自身が関わっていた郡奉行所の下っ端役人として感じた「農政」に対する意見書をたびたび島津斉彬に提出していた。

 その文書を読んで斉彬は西郷青年の非凡さを見抜き、江戸へ向かう参勤交代の要員に大抜擢するのである。
 大名行列が最初に小休止した場所で、島津斉彬が、
 「西郷隆盛というのはどの男であるか」
 と側近の者に尋ね、
 「あの男でございます」
 と教えられたというエピソードが残されている。

 顔を見知っていたら、そういう質問はしない。
 このエピソードから考えられるのは、もし斉彬が「西郷どん」で二度も少年西郷に会った後、家臣に命じて、その少年がどういう氏素性のものか、調べさせたのではないかということだ。
 島津斉彬という殿様は、そういう人物だったのである。

 ひときわ大きな体で巨眼の威風堂々とした青年西郷の姿を見て、島津斉彬は自分の目に狂いがなかったと思ったのではなかったか。
 そして江戸藩邸に着くと、西郷をそば近くに自由に出入りできる「庭番役」(秘書兼密偵)に大抜擢するのだ。

 ――そんな風に考え、発想するのが、歴史考証に対する一般的かつ常識的な姿勢である。

 そういう考え方からすると、ドラマのように「西郷が少年時代に島津斉彬と会話」をし、「武士でありながら腕を切られ、剣を握れなくなった」と訴える場面はまずありえないが、そこはNHKもしっかり意識していて、
 「この時期に島津斉彬が鹿児島にいたという歴史的事実はないが、会ったのは天狗か影武者だったかもしれない」
 とナレーションで語らせており、こういう描き方はうまいと思った。
 そういう解釈なら、いろいろ矛盾はあっても、誰も文句はいわないが、そのレベルではすまない嘘八百が次々と出てきたのだ。


嘘八百は朝ドラでやれ

 ここ数年のドラマに比べ、話の展開も早く、その点には好感を持ったし、評価もするが、あまりに白々しい嘘八百を日曜夜のNHK大河ドラマでやるというのは、いかがなものか。
 やりたければ、朝ドラでやれ!

 他にも、ひどいウソがいっぱい出てくる。
 冒頭のナレーションで「皆が『西郷どん』と呼んだ」という西田敏行のナレーションが流れ
たが、「西郷どん」という呼称を今回、初めて耳にした人が圧倒的多数である。

 私も、NHK大河ドラマが発表されたときに、そいう呼び方があったということを初めて知った一人だったので、昨年『西郷隆盛の正体』という本を書くにあたっては、鹿児島県や鹿児島市の図書館や観光課、西郷隆盛関係の資料館などに問い合わせて、いろいろ丁重に教えてもらったが、「西郷どん」は鹿児島を中心とする九州地方の方言なのである。

 誰もがいう全国区の呼び方は「西郷さん」だ。


事実無根はどこまで許されるか?

 ドラマであるから、その程度のホラ話は許されるが、のちに西郷の後妻となる少女時代の岩山糸が少年西郷と言葉を交わしたりする場面も出てくるが、これはどう考えてもありえない話である。
 ところが、「西郷どん」には、目をつむれないような事実無根の描き方がいくつもあり、前途が思いやられると、私は感じた。

 具体的にいうと、「西郷どん」第1回では、少女の岩山糸が男しか参加できない行事に男の格好をして加わり、女であることを見破られて、ひと騒動起きる場面が出てくる。
 この描き方でおかしいのは2点だ。以下に説明する。


「西郷どん」第1回の「ここがヘン!」――その1

 まず、当時の鹿児島(薩摩藩)は「きわめつきの男尊女卑」社会で、ドラマで描かれたような「少女が男の格好をして少年だけで競う荒々しい行事に参加する」などということは、どう逆立ちしてもあり得ない。いってみれば、江戸時代の東海道に車を走らせるような信じがたい発想である。

 西郷少年が、「女を差別するのはおかしい」と抗議する場面もあるが、そういうことで「西郷隆盛は少年時代から正義感が強かった」「女性に対してやさしかった」と描こうとしたのなら、邪道も甚だしい。

 「1人ぐらいそういう先進的な女性がいてもいいのではないか、いや、1人ぐらいいたはずだ」
 と脚本家やNHKは考えたのかもしれないが、そんなことはありえず、岩山糸という女性がそんな無茶をする人でないことは、ちょっと調べたらわかるはずだ。


「西郷どん」第1回の「ここがヘン!」――その2

 NHKの犯した致命的なミスは、当時「小吉」と呼ばれていた13歳(数え)の西郷少年とまだ生まれていない少女糸が出会っていたという無茶な設定である。

 なぜ13歳当時と断定できるかといえば、第1回で描かれた「西郷隆盛が喧嘩をした相手に腕を切られる事件」が起きたのは、その年齢だったからである。

 糸が生まれるのは、その事件の3年後である。つまり、16歳もの年齢差があったのだ。
 ドラマで描かれる少女糸は、演じる子役の姿から推察して「5~7歳ぐらい」の設定になっていると思われるが、少女が5~7歳に成長したときには西郷隆盛は21~23歳の青年でないと辻褄が合わない。

 それなのに、ドラマでは同世代の少年少女として描かれている。
 糸という女性の生涯がよくわからないなら、そういう描き方も許されるが、彼女の場合、生没年はわかっているのだから、ただドラマを面白くするために年齢を極端にごまかしたというのは、NHKがつくる大河ドラマでは許されないのではないか。

 これは原作にあるのか? もし原作でそういう風に描かれていたとしたら、作品そのもの評価に×印がつくが、林真理子ほどの作家がそのような初歩的ミスを犯すはずもないと思うから、脚本家の創作なのか? あるいは、NHKのプロデューサーあたりがそういうアイデアを出したのか?
 もしそうなら、NHKがやっていることは、「江 ~姫たちの戦国」よりもっとひどい。
 
 そういうやり方が許されるなら、(極論すれば)聖徳太子が平安時代とか鎌倉時代に登場してもいいという理屈になる。
 NHK大河ドラマは、SFなのか!? 孫悟空や猪八戒のような者が跋扈し、戊辰戦争では上空をドローンが飛びまわるのか!?


時代考証の学者は何をしているのか

 NHK大河ドラマには、「時代考証」担当の複数の歴史学者がついているが、この人たちは何をやっているのか!

 近年、低視聴率にあえいでいるNHK大河ドラマを成功させたいという制作陣の焦り思い、話を面白くしたいという脚本家の気持ちはわからなくもないが、13歳の少年西郷と16歳下の後の妻が会っていたとする設定は、ドラマの内容そのものへに対する「?」を招き、かえって視聴率の低下を招く大きな要因になりかねないのではないか。

私の意見・主張に興味を持った人なら、拙著も面白く読んでもらえるのではないか。
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(城島明彦)

2018/01/12

〝千年に1人の逸材〟西郷隆盛の「遺徳17条」に学べ!


どこがどう凄かったのか

 聖徳太子の「17条の憲法」にならって、「西郷隆盛の遺徳17条」をつくってみた。

 第1条 「真心(至誠)をつくせば、道は開ける」と信じた。

 第2条 私心を排し、克己心を磨き続けた。。

 第3条 耐えに耐えたが、怒るときは怒った。

 第4条 大きな視点・大所高所から物事を捉えようとした。

 第5条 弱者に対する憐れみの心があった。

 第6条 衣食住のすべてに「ぜいたくは敵」を貫いた。

 第7条 「理」より「情」を大事にした。

 第8条 人を老若男女で差別しなかった。

 第9条 誰も見ていなくても「天が見ている」と考えた。

 第10条 努力を怠らなかった。

 第11条 どんな相手の言い分にも耳を傾けた。

 第12条 どんな難題も「話せばわかる」と信じていた。

 第13条 物事の切り替えが早かった。

 第14条 素直になろうと努力した。

 第15条 逆境を糧として人格を磨いた。

 第16条 同じ失敗を二度とやらないようにした。

 第17条 やるときゃやった。


○読んでみなはれ! 山のようにあふれかえる他の西郷本とは違うぞよ(と自画自賛)。
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(城島明彦)

2018/01/10

「西郷どん」初回視聴率の大河史上ワースト2は、「林真理子(原作者)、No!」を意味するのか!?


〝国民的英雄〟西郷隆盛でコケたら、NHK制作陣は腹を斬れ!

 私は西郷隆盛の本も書いているので、「どういう演出にするのか」と初回の大河ドラマに大きな関心を寄せていた。
 初回に限っていえば、近年の大河ドラマの中で最も巧みに描けていると思い、どれくらいの視聴率が出るのか、興味があった。

 ところが、発表された関東地区の視聴率(ビデオリサーチ調べ)を見て目を疑った。
 15.4%!
 大河ドラマ史上、尻から2番目の低さだったのだ。

 う~ん、先が思いやられる。
 「最悪」といわれたあの「平清盛」ですら17.3%。
 それより2%近くも低いのである。
 明治の元勲№1だった西郷隆盛という人気者を主人公にして、このていたらく。
 想像を絶する情けない数字に、NHKの制作陣の顔は青ざめ、原作者の林真理子も激しいショックを受けたのではないか。


NHKはなぜ海音寺潮五郎ではなく、林真理子を選んだのか!?

〝文壇の女帝〟林真理子は女性に人気がある一流の作家で、彼女の作品を一冊も読んだことがないという女性は極めて少ないが、林真理子原作と聞いて、失望した男性の西郷ファンは山のようにいる。男性で彼女の作品を読んだ人は極めてまれである。

 林真理子は、極端なミーハーでハンサムな俳優に目がないことを公言し、文章にもしてきたことが、雑誌「アンアン」をはじめとする女性読者層には共感を得ても、男性からは反感を買っている。
 
 林真理子のほかに西郷を主人公にした原作がないわけではない。司馬遼太郎はドラマ化しても視聴率がとれなくなっているが、もう一人、「西郷隆盛」をライフワークとした大物作家がいた
 海音寺潮五郎。しかも、西郷と同じ鹿児島出身である。

 それなのに、NHKは海音寺潮五郎作品ではなく、林真理子作品を選んだ。
 その結果、多くの男性が、
 「NHKは、なぜ彼女の作品を原作として選んだのか。家族や女を描こうとしたからではないか」
 と考え、大河ドラマにそっぽを向いたのではなかろうか。


ここ10年で最低視聴率が「国民の声」か!?

 「西郷どん」の地域別の初回視聴率は、スポニチによれば、
 関西地区19.8%、九州北部地区18.7%、名古屋地区16.1%。
 完全な〝西高東低〟である。

 ここ10年(2008~2018年)のNHK大河ドラマの初回視聴率を比較してみると、以下のようになっている。
  2018年「西郷どん」 15.4% 
  2017年「おんな城主 直虎」 16.9%
  2016年「真田丸」 19.9%
  2015年「花燃ゆ」 16.7%
  2014年「軍師官兵衛」 18.9%
  2013年「八重の桜」 21.4%
  2012年「平清盛」 17.3%
  2011年「江~姫たちの戦国」 21.7%
  2010年「龍馬伝」 23.2%
  2009年「天地人」 24.7% 
  2008年「篤姫」 24.7%

 今後、「西郷どん」が回を重ねたとき、男っぽい世界ではなく、「女が必要以上に出てくる世界」を描こうとしているということになると、男性の視聴者はもっと離れていくだろう。

 西郷隆盛は、数ある明治の元勲の中で実績ナンバーワンで、しかも国民的人気がある。
 そういう人物を描いて視聴率が振るわなかったら、だれが責任を取るのか!?


テレビ局は「自分さえよければいい」という腐った体質の〝吸血鬼〟だ!

 私も、1月11日夜9時から放送のBS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史検証」(西郷隆盛)に出演しているが、先方が拙著を読んで関心をもち、声をかけてくれたので、「本の宣伝になれば」と思って出演を承知したのである。
 ところが、番組の写真は宣伝には一切使ってはならぬという。
 ギブ&テイクではなく、「使ってやっている」という上から目線なのか。

 当初の話では出演時間は30分ほどということで、収録時間は1時間だったが、ナレーション用の最終台本をみたら、メインゲストでありながら私の登場時間はわずか数分に削り倒され、〝電波芸者〟のような連中のコメントが増えていた。
 文句をいったところ、台本作家が何人も変えたのと、ロケ撮影分などが増えて10分ばかりハミ出したので私の登場場面だけでなく、ほかの人のところも削って短くしたとのことだった。
 テレビ業界人によくある「千三つ」(千に三つしか本当のことをいわない)で、以前にもTBSやフジテレビでそういう目に遭ったことがあり、けったくそ悪いので、私は番組は見ない。興味ある人はどうぞ。
 
(蛇足)NHK大河ドラマを面白くないと思う人は、こちらを読んでくださいな。失望させません。
 Photo ※「正体」という言葉から、西郷隆盛の裏の顔を暴き立てた本のように思う人が多くて困っているが、私が希望した書名は、本の帯に近い「西郷隆盛はなぜ誰からも愛されるのか」で、そういうテーマで西郷隆盛の人となりをあらゆる角度から独自の視点で検証した本である。

(城島明彦)

2018/01/09

メディアよ、池坊保子の昔の醜悪なヌード写真を再公開してくれないか!


相撲を知らない池坊保子が、なぜ相撲界に関わるのか!?

 池坊保子がかつてヌード写真を公開したことを高齢者連中は、よく知っている。
 亭主の池坊専永が浮気したことへの腹いせなのではないか、といわれたりしたが、ペッタンコな胸で、よく堂々とそういうことをしたもんだと、当時、あきれ返った人が多かった。
 
 ふんどしを締めたことも、まわしを着けて相撲を取ったこともないバカ女が、なぜか、角界の各界の要職に就いていて、トンチンカンなことばかりいっている。

 「貴乃花は親方は礼を欠いた」発言はまだしも、「白鵬の張り手のどこが悪い。張り手というルールがある」というに至っては、横綱という地位を利用して連日にわたって張り手を連発することで「横綱の品格」「パワハラ」であることが欠落しているし、〝並みの張り手〟ではなく、プロレス技もどきの「かち上げ」も併せて考えないと話にならない。

 そういうことすら知らない女がなぜ相撲協会の議長にいるのか!?
 うがった見方をすれば、相撲協会の八角理事長一派の「傀儡」(かいらい)」なのかもしれない。

 だが、池坊が言葉足らずでピントはずれな発言をすればするほど、相撲協会や八角理事長に対する世間の風当たりは強くなる。
 
 いっそのこと、〝でくの坊安子〟と名を改め、赤フン着けて、〝後期高齢者ヌード〟にでも挑戦するか?
 ゲテモノ好きには受けるかもしれない。
 
 それはさておき、毒をまき散らし、ヒンシュクを買いまくる、この女を誰か早く何とかしてくれ!

(城島明彦)

2018/01/08

「西郷どん」(第1回)の各場面の虚実を○×で徹底採点!


近年の大河ドラマ中、一番の出来だったが、欠点もあった

 〇タイトルバックに流れるのは、従来のCG画像ではなく、実景(実際の鹿児島風景)を使った点。

 〇ドラマのオープニングに西郷隆盛の死から21年後に、上野公園で銅像の除幕式が行われる場面を持ってきた点。

 ×幕が切って落とされ、姿を現した夫の銅像を見て、西郷未亡人の「糸」(いと)が「うちの人はこんなではなかった」という意味の感想を鹿児島弁でいって、隣に座っていた西郷隆盛の弟従道(つぐみち)にたしなめられたのは事実とされているが、ドラマでは、それに続いて糸が銅像の前まで歩み寄って、再びその言葉を繰り返すという演出は、糸という女性の性格(控えめで、芯が強く、耐えしのぶタイプで、無駄口は叩かない)を考えると極めて不自然。

 ×西郷従道のテロップに「じゅうどう」とルビを振っていたが、一般に広く知られているのは「つぐみち」であり、違和感を感じる人が多いはずだ。「じゅうどう」と読む人:「つぐみち」と読む人=1:9ぐらいではなかろうか。
先々、ほかの登場人物から「つぐみち」と呼ばれる場面があると、違和感を覚える視聴者が出るのではないか。そう考えると、「つぐみち」とルビを振るべきだったのではないか。
誰に向けてドラマをつくっているのか!? NHKはそのことが頭から抜けている。

 〇従来の大河に比べ、テンポがあり、場面転換もスピィーディなのがよかった。

 〇全体に明るく、活気が感じられ、好感が持てた。

 ×西郷と後に西郷の後妻となる糸は16歳違うが、話を面白くするために、糸と幼少期に印象的な出会い方をしていたという信じがたい設定にしていた。
 少年西郷と少女糸が出会っていて、心に残る会話まで交わさせたというのは、従来のどうしようもないNHK大河の〝ご都合主義路線〟を踏襲しており、落胆させた。
 従来のNHK大河ドラマで頻繁に使った手口――主人公を強引に事件に関連づけようとして、「盗み聞きする」という品のない脚本・演出というご都合主義は、「西郷どん」では、絶対にやめてもらいたい。

×鹿児島独自の教育システム「郷中」を番組では「ごうちゅう」とルビを振っておきながら、番組後の現在の場所の紹介する場面では「ごちゅう」と異なる読み方のルビをふっていた点。同じNHKでおかしいではないか。

 ×少年西郷が喧嘩をして腕を斬られる場面が出てくるが、これは史実。しかし、ドラマでは晴天で、しかも正面から斬られている。言い伝えられているのは、雨中であり、背後から刀の鞘で襲われ、その鞘が割れて、むき出しになったために斬られたのであり、史実を無視している。武士道では、背後から斬るのは卑怯者のすることで、やってはならない作法なのに、それをしたといわれているが、NHKはどういう理由で正面から斬りかからせたのか。
 どこを斬られたかというと、「右尺骨(みぎしゃっこつ)部」に達する重傷である。
尺骨神経が切断されると、どうなるか。
 「前腕部では手首の屈曲、手指の屈曲、さらに手部では母指(親指)の付け根の筋肉(母指球筋)以外の手の中の筋肉のほとんどを支配している」(「公益特殊法人日本整形外科学会」HP)

 〇「斬られた腕は不自由になる」と医者に診断されて、母親は道祖神にすがりついて息子の回復を祈願する場面があった。そういう記録はないが、母親の心情を考えると、神仏にすがって当然であるから、その場面はOKどころか、実にうまい演出ということになる。
、「史実と史実の間を埋める想像部分は、リアリティを感じる想像であるべき」
 と私は常々主張しているが、それはこういうことを指す。

 〇ドラマでは、少年西郷が薩摩藩主の島津斉彬(なりあきら)と何度も出会っただけでなく、会話まで交わしたが、その後、ナレーションで、「こういう史実はなく、西郷が出会った相手は斉彬の影武者だったかもしれないし、天狗だったかもしれない」といった意味のことを語らせる手法は秀逸で、そのように巧みに「逃げ」を打ったのは大河ドラマ史上初で、うまい演出といえる。〝親友コンビ〟作家林真理子・脚本家中園ミホの面目躍如といったところか。
 「天狗」というのは、藩主の別荘で兵器をつくったり、いろいろなことをこっそりやっていたが、幕府に感づかれないように、幽霊が出るとか天狗が出るといったうわさを流していたのは事実。西郷に限らず、少年たちは好奇心が旺盛だったから、そこへ行った可能性はあるが、そのとき島津斉彬と出会っているという可能性は極めて低いが、皆無とはいえない。

(城島注)西郷と島津斉彬が初めて出会ったのは、いつだったか。
 のちに、島津斉彬が藩主に就任すると、家臣に意見書を出すようにと命じる。郡奉行所に勤務して農民と接触する仕事をしていた西郷青年は、農民が苦しんでいる状況を何度も書いて提出、それを読んだ斉彬は西郷の非凡さを見抜き、参勤交代で江戸へ向かう行列要員の1人に西郷を抜擢する。
 そして斉彬は、参勤交代の旅の途中で小休止した際に、「西郷隆盛という者はその男か」と家臣に尋ね、教えられて西郷を見たのである。つまり、「それ以前には会っていない」と考えるのが普通なのだ。
 もし、それ以前に何度も会っていたとすれば、しかも、ドラマで描いたような特別な出会い方をしていたのなら、西郷が少年から青年へと変貌していたにしろ、面影があるはずなので、「どこかで会ったことがある」と思い、「ここへ呼べ」といったはずだと私は考えるのだが、どうだろう。このとき西郷隆盛は28歳(数え年)である。

 〇最後のところで、西郷の仲間である少年たちが出てくるが、それぞれの名前をテロップで入れていた。

 〇従来の大河ドラマのストーリー、演出技法などに対して寄せられた視聴者のクレームなどを素直に聞き入れて工夫改善したと思える場面が随所に見られたのは、好感が持てた。

 疲れてきたので、このへんでやめるが、詳しいことを知りたい人は下記の拙著を――。
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(そのほかの拙著もどうぞ)
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(「中江藤樹は、西郷隆盛が傾倒した「陽明学」(日本陽明学)の開祖です)

(城島明彦)

2018/01/07

〝西郷どん〟は力士だけでなく、明治天皇も投げ飛ばしていた!


気は優しくて力持ち――眼も体も心も大きかった〝空前絶後のミスター・ジャパン〟


 年が明けて1週間。1月7日。
 1はすべての始まりであり、7も縁起のいい数字だが、大波乱の予感がする。
 明治から数えて150年という大きな節目の年となる今年の1月7日からNHK大河ドラマ「西郷どん」の放送が始まるのも、それを暗示しているのではないか。

 数字は不思議だ。
 西郷隆盛が生まれたのは、西暦でいうと1827年1月23日だが、彼が生きていた時代に使われていた旧暦では文政10年12月7日である。
 「7」という字が入っている!


「貴ノ岩事件」とNHK大河「西郷どん」

 話を戻そう。
 大相撲初場所(1月場所)が始まるのは、「西郷どん」の第2回目が放送される1月14日。これも波乱を呼ぶ大きな要因となる。
「貴ノ岩事件」は、日本の国技である大相撲の暗部の氷山の一角ではないのかと考えている人は多い。
カギを握るのは〝日馬富士を陰で操った〟白鵬の初場所での相撲の取り口であり、〝我が道を行く〟貴乃花親方の動きだ。

 西郷隆盛は大の相撲好きとして知られ、薩摩藩邸につくった土俵だけでは物たらず、自宅の庭にも土俵をつくって相撲を取っていた。

 西郷隆盛の少年時代の事件として必ず語られるのは、喧嘩相手に背後から刀の鞘で殴り掛かられた際、鞘が割れて刀身がむきだしになり、それで利き腕である右手の骨に達する深い傷を負った事件だ。
 この傷が原因で、薩摩示現流のような荒々しい剣道ができなくなり、読書・学問へと方向転換したとされるが、青年期以降は平気で相撲と取っているのだから、何らかのリハビリが功を奏して生来の怪力が戻ったとすべきである。


明治天皇が西郷隆盛を大好きだった理由

 相撲好きの西郷隆盛を象徴する愉快なエピソードがある。
 金太郎伝説では「足柄山で育った金太郎は、熊にまたがってお馬の稽古をし、その熊と相撲を取って投げ飛ばした怪力の持ち主だった」とされているが、西郷隆盛は明治天皇と相撲を取って、天皇を投げ飛ばしたといわれている。

 「天皇に勝つなど畏れ多い」
 と考えるのが普通だが、西郷は天皇を畏敬しているからこそ、手加減せず、本気で勝負したのだ。
 明治天皇は乗馬の名手であり、文武両道に優れた大君だったからこそ、そうされることを喜んだのだ。
 
 「明治天皇を投げ飛ばしたという一件から、西郷隆盛の人となりのすべてが想像できるのではないか」
と私は思っている。


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(城島明彦)

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