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2017/12/24

貴乃花親方自身の〝診断書〟――取材陣に黙礼してから部屋に入れ!


相撲協会理事長としての資質、ありやなしや

 風邪をひいて、ブログから遠ざかっている間に、「貴ノ岩騒動」も変化し、加害者の日馬富士は引退、日馬富士の親方は理事辞任ということになったが、被害者側の貴ノ岩や貴ノ岩の親方である貴乃花親方の情報はきわまて少なく、何が何やらさっぱりわからない状況が続いている。
 
 貴乃花親方が「相撲協会という組織の理事の1人」でありながら、「ゴーイング・マイウェイ」を貫くという、組織を軽視した行動に走ったために批判も増している。


 「近い将来の理事長」を目指すのであれば、リーダーシップ(指導力)、統率力、求心力、先見性、情報発信力、カリスマ性といった資質が欠かせない。
 しかし、今回の騒動で見せた貴乃花親方の一連の行動からは、それらのすべてに合格点をだすわけにはいかない、と多くの人は思っている。


協調性のなさが問題

 独裁者ではないのだから、たとえ少数派でも他者の意見に真摯に耳を傾ける「包容力」や、多数決には歩調を合わせるという「協調性」も、組織のトップに立つ人間には必要不可欠だが、今回の貴乃花親方の言動には、残念ながらそれが感じられなかった。

 協調性のない者が組織のトップに立った途端、部下に「協調性」を求めても誰も協力せず、好き勝手なことをするだろう。

 「横綱はただ勝てばいいのではなく、正々堂々とした横綱相撲をとらなければならない。土俵の外でも、人として尊敬される立派な言動をとらねばならない
 というのが、貴乃花親方の考える「相撲道」「横綱としてのあり方」だが、この考え方は私のそれと完全に一致している。

 だが、親方、理事としての貴乃花の考え方や行動には問題がある。
 貴乃花親方が人の上に立とうと思う気持ちがあるのなら、もっと大きな人間にならないといけない。


西郷隆盛から「日本人としての礼儀作法」を学べ

 日頃、どれだけ立派なことをいっていても、それが実際の行動に礼反映されていないと、「口先だけ」と受け取られてしまう。
 現役時代の横綱貴乃花は「いっていることと実際の行動が一致」していたが、親方貴乃花の礼儀作法はなっていない。
 部屋の入り口前に待ち構えるメディアの連中を完全に無視し、無表情で入って行く。
 取材を受ける必要はないが、入り口のドアの前で記者たちの方を向いて、申し訳ないという表情で一礼し、それからドアを開け、中に入るだけで、どれだけ印象が違ってくることか。

 人気商売をやっている以上、そうするのは当然のことである。

 もっと人としての礼を尽くしたいなら、
 「申し訳ないが、取材には応じられません」
 というだけでもいい。

 西郷隆盛は、敵の大将・武将に対しても、相手がたとえ年少者であっても、きちんと正座して挨拶し、その姿勢をずっと崩さず、礼儀正しく接した。
 貴乃花親方が、日本の真の相撲道のあり方を追い求めているのであれば、それぐらいのことはしないと、人としての生き方を疑われることになる。

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Photo_2 Photo_3 _cover Photo_4 Photo_6 ※こちらの5冊は現代語訳と解説本。

(城島明彦)
 

2017/12/09

東宝助監督OB会の忘年会に出席した


高齢化の波は、いずこも同じ

 4年ぶりに「東宝助監督OB会」に出席した。
 会長は御年84歳(1933年1月生まれ)の恩地日出夫監督で、幹事は2つ下(1935年12月生まれ)の小谷承靖監督ほか。

 恩地さんは、27歳のときに監督に昇進したそうで、私が中学生の頃だ。当時から映画に関心をもっていた私は、恩地日出夫という名前をその頃から知っていた。

 小谷さんは、1970年(昭和45年)に加山雄三主演の若大将シリーズで監督に昇進。私は、その年に大学を卒業して東宝に入社、助監督になり、1972年に撮影された小谷承靖監督作品「夕日くん・サラリーマン仁義」(人気漫画家サトウ・サンペイが「週刊朝日」に連載した漫画が原作)に助監督としてついた。
 そのとき、夕日くんのマドンナ役を演じたのは、園まりだった。
 私は、この作品が公開された翌年、堀川弘通監督の「王将」の助監督を最後に東宝を辞めてソニーへ転職した。

 藤井四段の活躍で将棋が人気化しているが、実在した〝天才棋士〟坂田三吉を描いた「王将」は村田英雄の同名の曲(船村徹作曲・西条八十作詞/♪吹けば飛ぶよな将棋の駒に 賭けた命を笑わば笑え……)が大ヒットしているので、若者の中にも知っているはいるはずだ。

 東宝作品「王将」では、坂田三吉を勝新太郎、女房の小春を中村玉緒という実際の夫婦が演じ、話題を呼んだ。
 チーフ助監督を務めた河崎義祐さんは、その後、監督に昇進し、松田聖子主演の「プルメリアの伝説 天国のキッス」(相手役は中井貴一)を撮るなどしたが、本日のOB会は欠席だった。
 
 OB会は年々高齢化しており、今年、渡辺邦彦、伴野義光両監督が死去したが、昨年は私と同世代の山下賢章監督が急逝している。
 山下監督の死去は、一緒に映画をつくろうという約束をした直後だったので、1周忌が過ぎた今も、いいようのない喪失感にしばしば襲われる。
 渡辺邦彦監督の父は〝早撮り〟で有名だった渡辺邦夫監督。私は、邦彦作品の「恋人って呼ばせて」(吉沢京子主演)、「白鳥の歌なんか聞こえない」(岡田祐介主演)の2本に助監督としてついた。

 私は、成城学園にあった東宝独身寮の1階に3年間住んでいたが、2階には黒澤明の信奉者の助監督井上英之さんが住んでいて、毎朝、黒澤明監督作品のテーマ音楽を大音量で流し、たたき起こされた。 彼は、黒澤明の「影武者」に助監督でついたが、その後、突然、片足が動かなくなり、手術したが完治せず、助監督の激しい仕事は難しくなったので、制作部門に移ったが、「ゴジラ」の本を書くなどした。
 
 そういったことが私の青春の思い出の何ページかを占めている。 
 私は、今年は5月に拙訳『中江藤樹「翁問答」』、11月に『考証・西郷隆盛の正体』の2冊を上梓。西郷本の方は、BS日テレの「片岡愛之助の解明!歴史検証」からゲストとしてお呼びがかかり、2日前(12月7日)の夜、収録を終えた。
 放送日は、来年1月11日(木)午後9時から1時間。
 不思議な話で、放送日は111で1並び、番組回数は99回で午後9時から出9並びである。

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(城島明彦)
 

2017/12/06

闇の深層を探れ! 〝被害者〟貴ノ岩はなぜ、翌朝、〝加害者〟日馬富士に謝罪したのか!?


「誰が貴ノ岩に謝罪するよう指示したのか」が、事件の真相のカギを握る

 「説教に耳を傾けず、スマホをいじるとは何事か」「態度が悪い」「目つきが悪い」「注意されても謝らない」といった理由で、日馬富士にボコボコにされ、頭部に裂傷を生じた貴ノ岩は、どう見ても被害者。

 しかし、貴ノ岩は、警察の事情聴取に「自分は睨み返してはいない。目を見ていただけ」と供述したというが、その翌朝、日馬富士に謝罪したと伝えられている。

 被害者が加害者に謝罪することなど、常識的に考えたらありえないことだ。
 貴ノ岩に圧力をかけた者がいる――としか考えられないではないか。

 それが誰であるかを警察は、公表しないといけない。
 
 もう一つの問題点は、陰では、、いまだに「鉄拳制裁」が行われていたという事実だ。
 面に現れない鉄拳制裁は、どの程度行われていたのか!?
 このことを相撲協会が徹底調査して公表しない限り、「日馬富士事件」の全貌を明らかにしたことにはならない。
 
(城島明彦)

2017/12/04

「外来種」が「在来種」を駆逐する大相撲界は「日本の縮図」だ!


モンゴルの「カミツキガメ」が日本の「ウミガメ」を滅ぼすの図

 相撲には、柔道と違って、体重差による階級制がない。
 極論すれば、大人と子どもが同じ土俵で勝負しているのだ。

 「モンゴル出身の力士が強いのは、日本人に比べてハングリーさが違うからだ」
 という声はよく聞く。
 間違ってはいないが、それだけではない。
 一つは、民族差だ。
 日本人が強い競技は、オリンピックや世界選手権で金メダルを多くとっている種目である。柔道、水泳、体操、フィギュアスケートなどだ。

 だが、人種の違いによって大きな体力差があるので、日本選手がどんなに頑張っても、絶対に勝てない種目がいっぱいある。
 人種で見ると、短距離は黒人がダントツだ。
 もし足の速い黒人が大挙して日本に押し寄せ、国内大会に出場し続けたとしたらどうなる!?
 考えるまでもない。1位から6位まで黒人が独占することが、ごく当たり前になるだろう。

 大相撲も、それと同じような現象が起きているのだが、モンゴル人と日本人は顔つきが似ているし、体格も似たような感じなので、黒人と日本人のような力(地力)の差があることに気づかないだけなのだ。

 モンゴルにはモンゴル相撲があるから、他の諸外国と比べて、日本の大相撲に対して圧倒的なアドバンテージがある。
 しかも、相撲協会が一向に注意をしないから、図に乗って、白鵬や日馬富士らはプロレス技まがいの「張り差し」「かちあげ」などの荒っぽい技を連用することに味をしめてしまった。

 カメにたとえると、モンゴルの力士は「どうもうなカミツキガメ」であるのに対し、日本の力士は、浦島太郎を背中に乗せたような「おとなしいアオウミガメ」である。
 日本人とモンゴル人は、同じ黄色人種でも、ブラックバスやブルーギルと鯉や鮒ほどの違いがある。
 モンゴル由来の外来種は、最初のうちこそ数は少なかったものの、次第に増殖して勢いを増し、在来種を駆逐するようになったのである。

 こんな大相撲に誰がした!?

(城島明彦)
 

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