あゝなつかしや! 青木繁の久留米、女良(めら/房総半島の館山)と絵画「海の幸」
Eテレ「日曜美術館」(30日放送)で見た
30日(日)夜8時、「おんな城主 直虎」は面白くないから観ない。
Eテレを映すと、いきなり石橋凌(俳優・歌手)のでかい顔が映ったので、ギョッとしてチャンネルを変えた。
しかし、どの局もくだらなさそうな番組ばかりで観る気にもならず、切ろうと思いながら何気なく(虫の知らせというのでしょうな)、再度Eテレを映すと、久留米がどうのこうのといっているではないか。
「まさか」と思ってそのままつけていると、
「やっぱり、そうだった!」
久留米出身の明治の天才画家青木繁のことをやっていた。
なぜ石橋凌なのかとおもったら、久留米出身らしい。
私は20代の後半から40代の後半ぐらいまで、青木繁の足跡を追っかけていて、久留米へ行ったことがある。
駅の近くに「城島一番」という中華料理屋があった。
縁起がいいと思って、写真に撮って来たので、家のどこかに残っているはずだ。
久留米から上京して東京美術学校(現東京芸大)で学んでいた青木繁は、フランス留学で印象派の絵を学んで帰国した黒田清輝教授が中心となって展開していた画壇「白馬会」主催のコンクールで、応募作「海の幸」が第1回の「白馬賞」を受賞。一躍注目され、将来を期待された。
「海の幸」は、夏休みに男の友人や恋人と一緒にスケッチ旅行に出かけた房総半島で画想を得、東京に戻ってから一気に描いた作品だった。
女良の海のそばの家を借りて、青春の日々を謳歌した青木だったが、天狗になり、極端な貧乏だったこともあって、絵の具代にも事欠き、次第に鬱屈していった。
やがて恋人の福田たねが妊娠、彼女の実家である栃木県の呉服屋に居候しながら、日本神話をテーマにした「わだつみのいろこの宮」を満を持して描き、応募したが、意気込みとは裏腹に「三等末席」。入選作では最下位だった。
。
青木の心はすさみ、家庭の事情も重なり、橋のたもとで、息子を胸に抱いたたねと別れて、郷里の久留米へ帰るのである。
その橋のそばには、記念碑が建れらている。
たねは、やがて、サラリーマンをしていた別の男と再婚し、日光に住む。
たねは、何人もの子どもに恵まれ、幸せになるが、青木は零落し、それでも夢を忘れられず、放浪しながら絵を描いてわずかな金を得ていたが、やがて結核にかかってあっけなく死んでしまう。
私は40代のときに、青木が夏休みを過ごした房総の女良の家(小谷家)を訪ね、往時をしのんだ。
そこから少し足を伸ばして、青木がたわむれに戸板に絵を描いたお寺へ行き、別の日には久留米の家へも行ったし、栃木の福田家も訪ね、「わだつみのいろこの宮」を書いた近所の豪邸(黒木家)も訪ね、いろいろ教えてもらったこともある。
その家までは福田家から数分の距離だが、たねの弟は毎日、弁当を届けに行っていた。
その弟が90数歳のときに電話で、そういう話を私に教えてくれたこともあった。
テレビで知ったことだが、久留米の青木の生家が復元されていた。私がいったときは、市が保存しないので、「月星化成」の社宅として使われており、私は上がらせてもらって室内を見た。
青木の父は久留米藩の下級武士で、あるとき怒って青木に日本刀を振り上げたことがあり、その刀傷が残っているといわれていた家だ。
その家を借りていた人と何年か年賀状のやりとりをしたこともある。
日曜日のEテレでは、青木繁が書いた遺書に「死んだらケシケシ山に骨を埋めてほしい」といったと説明し、石橋凌が山頂の慰霊碑の前でアカペラで歌を歌うのだが、私は30年前にタクシーで山頂近くまで行き、そこからその慰霊碑のところまでいき、帰りは歩いて帰ってきた。
その慰霊碑の建立では、同じ久留米出身の画家で文化勲章受章を受賞した坂本繁二郎(子供のころからの友人)が世話役になり、たね(福田たね→野尻たね)や青木繁との間にできた息子(福田蘭堂)も出席したようにと記憶している。
福田蘭堂は、尺八の名手で、NHKの連続ラジオドラマ「笛吹童子」の音楽も担当。
大ヒットした主題歌も蘭堂が作曲した。
その蘭堂の息子、つまり青木繁の孫が「ハナ肇とクレージーキャッツ」にいた石橋エータローだ。
といっても、若い人には皆目わからないだろうが、高齢者は知っている。
ついでに、もひとつおまけだ、「私だけが知っている」(ドラマを見せて犯人を当てる1960年前後の番組)。思いっきり古いのう、わしも。
たねは晩年、再婚して生んだ娘さんの家(芥川家)に同居していたそうである。その家を私は訪ねたことがあり、写真をいっぱい見せてもらったり、たくさんの話を聞いたこともある。
――なつかしいのう。あれから、はや30年。時の経つのは早いものですなあ。
(城島明彦)
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