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2017/08/24

納涼なぞかけ  2連発


お題は「今井絵理子」でございます


 世間は「熱中症気味」だが、今井絵理子議員は「熱チュー症」? などと騒がれておりますな。
 ということで、さっそく「なぞかけ」と参りますかな。


〇今井絵理子とかけまして

 「凉を呼ぶ昔ながらの風物詩」と解きます。

 して、そのこころは?

 風鈴(不倫)かい?  ♪チリン、チリン、フリン、フリン


〇「新幹線車内手つなぎ不倫写真報道」の今井絵理子とかけまして、

 「♪汽車汽車ポッポ、ポッポ、シュッポッポ、SPEED、SPEED、窓の外」
 と解きます。

 長いなあ。して、そのこころは?

 動揺(童謡)で~す。


 アホくさっ、よけい暑くなった、と文句をいう声が聞こえるようでございます。

(城島明彦)


2017/08/20

ほん怖2017、どの話も退屈すぎて寝てしまった


話の先が読める! 超マンネリ化で、もはや限界! 


 夏風邪をひいて熱があったせいもあるが、昨晩(8月19日夜9時~)の「ほん怖2017」は、どの話も退屈で、例外なく途中で寝てしまい、最初から最後まで見たものはなかった。
 こんなことは、これまでなかった。
 CMを入れるタイミングにも問題があったのではないか。

 話の展開が読めるし、無理に話をつくっていることもわかるし、コンピュータグラフィックを駆使したアッと驚くような映像もなく、知恵も金も使っていない。

 年々レベルが落ちている。
 マンネリもここまでくれば、ほうやめた方がベター。

 フジテレビの不人気、低視聴率の原因が、このシリーズでも感じられた。

 手に汗握る話、斬新な話などで視聴者を満足させるのは、もう無理なのではないかと思った。


江戸時代に書かれた『葉隠』に、こういう話が出ている。

 人の顔の皮を剥ぐには、仰向けに寝かせておいて、顔に縦横に切れ目を入れ、小便をかけ、草鞋(わらじ)で踏むと、剥げる。行寂和尚が関東で聞いた話だ。秘密事項である。

『葉隠』というと、「武士道とは死ぬことと見つけたり」が有名だが、怖い話も載っているのだ。

 現代でも、若い娘が見知らぬ男に誘拐されて、何十年も監禁されていた事件が実際に起きている。
 フジテレビは、マンネリ打破のための〝死に物狂いの努力〟を欠いているといわざるを得ない。

(城島明彦)

2017/08/18

ほらぁ! (続・続)ほんとうにあった納涼ホラーだよ!


今日は少し長めの怖~い話だっちゅうの!

 世の中には科学や理屈では説明のつかない話がいっぱいある。
 オイラの場合、子どもの頃から人の何倍も霊感が強かったせいか、そういう出来事にずいぶん遭遇してきた。
今日お話しするのも、そんな中の1つだ。


第7話 〝マンボ〟と呼んでいた洞窟での話

 これも、田舎に住んでいた小学3年生の夏休みの出来事だ。
 同じクラスの友だちと、どうやったらいっぱい魚がとれるかという話題になった。
 「川をせき止めたらいいのじゃないか」
 と、その子がいいだしたので、オイラは、
 「それがいい。どうせなら、マンボがいいのではないか」
 と提案し、即決した。

 マンボの語源はよくわからないが、小川の途中がこんもりとした小山になっていて、そこを貫通している洞窟のことをそう呼んでいたのだ。
 空洞部の幅と高さは2メートルあるかないか、奥行きというか長さは30メートル弱だったと記憶している。
 もっとも子ども時代の記憶は、誰にも経験があると思うが、実際よりかなり大きく感じるものなので、洞窟の正確な大きさは、それ以下と思った方がよい。

 田んぼに水を通すために人工的にあけた洞窟のようだったが、入り口から中を覗くと真っ暗で、1人では怖くて入れなかったが、入ってみたいという好奇心はずっとあった。
 
 どうやってせき止めるかは、簡単だった。
 川は、マンボの入り口から何十メートルか手前で、二股に分かれていたので、そこに石を積んで洞窟の方へ水がいかないようにするだけですんだ。
 効果てきめん、水は目に見えて減っていったので、頃合いを見計らって洞窟の中へ入った。

すでに、あちこちで魚が跳ねまくる音が聞こえ、オイラと友だちは歓声を上げた。

しかし、普通の川とはずいぶん様子が違っていた。
友だちが持参した懐中電灯は、光が弱く、遠くまで照らせず、どれくらいの大きさなのかはよくわからなかったから、これと思ったものを片っ端から魚をすくい取ってはビクやバケツに放り込んだ。
 
 あっというまにバケツがいっぱいになったので、
 「一度外に出て、魚をどこかへ移してから、また獲ろう」
 と相談を始めたとき、入口の方で怒声がした。
 「こらあ! 誰だっ! せき止めたのは? 田んぼに水がいかなくなったじゃないか!」
 続いて、ドドッと大量の水が流れ込んできた。

 「やばい」
 「逃げろ」
 オイラと友だちは、ビクも何もほっぽり出して、出口の方へ必死で逃げた。
 途中で長靴が泥にもぐり込み、片方が脱げてしまった。
 もう少しで出口というところで、オイラは背中を押されて倒れ、どろどろになった。
 少し遅れて友だちも泥の中に倒れた。
 それでも何とか外に出て、2人で草むらに身を潜め、様子をうかがっていると、タモが流れてきた。

 続いてバケツが流れてくるのが見えたが、動きがおかしかった。
 ビクのヒモが取っ手に絡みついているのだ。
 ビクの中で、友だちがゲットした30センチ近いコイが窮屈そうに暴れていた。
 「助けてやろう」
 そう叫んで友だちは川へ飛び込んだ。
 水は腰くらいまであったが、溺れる心配はないので、オイラも続き、タモと長靴の片割れを拾った。

 友だちがバケツの中のコイを見ながら、
 「やったぞ」
 と、泥まみれの顔で満足げに笑っていたのが印象的だった。
 オイラは、
 「やったな」
 といいながら、長靴を逆さにして水をぶちまけた。
 すると、15センチくらいの茶色っぽい木のようなものが混じっていた。
 「それ、人骨じゃないのか」
 と友だちがいった。
 「まさか」
 川に目をやると、どくろのようなものが流されていった。
 
 2人で相談して交番へ行き、それまでのことを話した。
 「何かわかったら連絡する」
 といわれて帰されたが、その後、何の連絡もなかった。
 翌年の春、オイラは父の転勤でその村を離れ、友だちとも疎遠になった。
 
 その友だちと再会したのは、それから20年くらい後の同窓会でだった。
 オイラがマンボでの思い出を話すと、その友だちは、、
 「あのときのコイは、いまも俺っちの池で生きているぞ」
 とうれしそうにいって、両手を大きく広げて見せた。
 50、60センチくらいにはなっているという意味だった。
 「すごいじゃないか。今じゃ君んちの池の主だな」
 とオイラがいうと、
 「もっと驚くことがあったのを、君は知らないだろう。海外勤務で日本にいなかった頃のことだから」
 「何かあったのか」
 「あのときのどくろを覚えているか?」
 オイラは、うなづいた。
 「あのどくろは、俺たちが水をせき止めたときに怒鳴りつけた奴が殺した女のものだったんだ」

 話を聞くと、殺されたのはオイラがよく知っている雑貨屋のおねえさんだった。
 ある日を境に姿を見かけなくなったが、東京へ行ったという話だった。
 しかし、そうではなく、乱暴されて殺され、バラバラにされてマンボの泥の中に埋められていたという話だった。
 「マンボを含めて、あの一帯を再開発したときに遺骨が見つかり、調べると、どういうわけか、あのときのどくろと思われるものが、マンボから見つかったそうだ」
 「海なら満ち引きがあるから、また元の場所に押し戻されることもあるだろうが、あそこは川だからな」
 
 オイラは話題を変えた。
 「あのとき、どうしてこけたんだ」
 「君に思いっきり背中を押されたからだ」
 「オレは押してない。だって、君はオレの後ろだったじゃないか。君こそオレを押したろ」
 「オレも押していない。両手にビクやタモを抱えていたから、そんなことできるわけがないじゃないか」
 その晩、オイラは、雑貨屋のおねえさんが微笑んでいる夢を見た。
 友だちに電話で報告すると、こういわれた。
 「オレも見たぞ。成仏できるのがうれしかったんじゃねえか」

(城島明彦)

2017/08/17

ほらぁ! (続)ほんとうにあった納涼ホラーだよ!

夏になると思い出す不思議体験だっちゅうの!

 オイラは霊感が強い少年だったから、いま考えると、霊異としか思えないような体験をいくつも経験している。
 前回は4つの話をしたが、今日はさらに2つだ。


第5話 カブト虫採集

 中1の夏休み。里山がどこにもまだあった頃の話だ。
 カブト虫をいっぱい取りたくて、それまで行ったことのない山奥まで足を伸ばした。
 林の真ん中にスイカ畑が広がっていて、その端の方に井戸があった。
 
 むしろとよしずで上を覆ってあった。
 それをのけて中を覗き込むと、かなり深いところに水面が見えた。
 石を投げると、ぽちゃん、ぽちゃんと音が返ってきた。
 それがおもしろくて、石をいっぱい拾い集めて次々と投げていると、背後から
 「坊主、そんなことしちゃダメだ」
 という声がした。
 
 麦わら帽をかぶったおじいさんが、険しい表情をして立っていた。
 「そんなことをしたら、井戸が埋まってしまうじゃないか」
 厳しい声だったので、
 「もうしません」
 と謝るしかなかった。
 「悪いと気づいたのなら、もういっぺんだけ、やらせてあげよう」
 そういわれても、やりづらいが、いわれるままに、大きな石を拾って井戸に投げ落とした。
 ぽちゃん、ぽちゃんと前より大きい音が返ってきた。
 「聞いたか、今の音を」
 「はい」
 「1個の石を投げたのに、2度、音がしなかったかい」
 「しました」
 「おかしいと思わなかったか」
 そういわれて、初めて何か変だと思った。
 石は1つなのに、水面に当たる音は2つだったのだ。

 「ここで、何日か前にカブト虫を取りに来た子どもが1人、この井戸にはまって死んだ。そのときは、ドボンという大きな音が1回しただけだった」
 おじいさんのいう意味がわからないかったから黙っていると、
 「もう1人、はまって死ぬという意味なんだよ。わかるかな」
 そういって、ニヤッと笑ったので、ぼくは怖くなって、そのおじいさんを突き飛ばして、そこから逃げた。

 ――夏休みが終わって、学校で友だち何人かにその話をしたが、誰も信じてくれなかった。それから何日かたって、その井戸から子どもと思われる死体が2体、引き上げられたというニュースがテレビで流れた。
 1体は白骨化していたが、もう1体は死後数日たっており、家族から捜査願いが出ていたことから発見されたというような内容だった、

 オイラは、この奇妙な話を成人してから何度も話したが、誰も信じてはくれなかった。


第6話 家族旅行で行った旅館

 中2の夏休みに家族で温泉旅行したときの話だ。
 家族は、両親とオイラと3つ下の妹の4人。
 旅館に着いて小休止後、夕食前にみんなで名所までドライブすることになっていた。
 ところが、出発時刻が近づいたとき、急に腹が痛くなり、ぼくだけ留守番することになった。

 浴衣に着替え、窓際に布団を敷いて横になっていると、いつの間にか眠ってしまった。
 足を引っ張られる夢を見て、目を覚ますと、家族が戻っていた。

 「おにいちゃん、その足、どうしたの」
 と妹がいうので、見ると、両足のくるぶしの少し上のところに、手でつかんだような跡がついていた。

 その晩、オイラはまた夢を見た。
 今度は首を絞められる夢だった。
 「どうしたの」
 という母の声で目を覚ますと、体中にびっしり寝汗をかいていた。

 話し声で目を覚ました妹が、驚いたような顔をして、
 「おにいちゃん、その首、どうしたの」
 といったので、鏡を見ると、首に手の跡がついていた。

 そのとき、はっと気づいた。
 オイラは、眠っている間に体を回転させ、壁の方に頭を向けて眠っていたのだ。
 そう話すと、母が恐怖でひきつったような顔をしてフロントに電話をし、部屋を替えてもらうことになった。

 もう一泊する予定だったが、翌朝、別の旅館に移った。
 そこでは何も起こらなかった。

(城島明彦)

2017/08/14

ほらあっ、納涼ホラーだよ!


ほんとうにあった4話だっちゅうの!

 オイラは、子どもの頃から「霊感が強い」といわれてきた。
 そういうオイラが体験した、ほんとうにあった怖~い話を、今宵はおとどけして残暑お見舞いとするざんしょ。

第1話 他人の空似か!?
 
 最近の話である。
 深夜の公園でのこと。
 その女とすれ違った後、「もしや」と思って振り返ったのは、オイラだけじゃなかった。
 すぐ後ろを歩いていた若いカップルの男の方が、
 「違うだろ?」
 と聞こえるような声でいったが、その女は振り返らなかった。
 すると、カップルの女の方が大きな声で、
 「違うだろ、このハゲ―ッ!」
といったら、その女はギクッとしたように足を止めて、こっちを振り向いた。
入院中といわれていたが、やっぱり、あの女だったじゃないか!?


第2話 細道

 オイラが小学3年生の夏休み中に出来事だ。
 1人しか通れない狭い道で、前方から浴衣姿の女の子がやってきたので、オイラが体を斜めにしたら、姿が消えていた。
 ふと後ろを振り返ると、いつの間にか通り過ぎていた。
 驚いてその姿を目で追っていると、突然、かき消えた。


第3話 神社
 
 小学5年生の秋の日のことだった。
 その神社の境内には、でっかい椎(しい)の木があった。
 昔々、その木の幹が丑の刻参りに使われていたという噂があったので、いつも人気(ひとけ)がなかった。
 
 夢中になって椎の実を拾い、落ち葉をかき集めて、ランドセルに隠してあったマッチで火をつけたが、風が強くてうまくいかなかった。

 そこでオイラは、社殿に入り込んで、たき火をした。
 そうしたら、火事になってしまったので、こわくなって逃げた。
 次の日、学校で、山火事の一歩手前で消火されたという話を耳にした。
 誰にも気づかれなかったと知って、ほっとし、様子を見るために、その日の帰りに人目を忍んで神社へ行くと、社殿が半分黒焦げになっていた。

 良心がとがめ、無我夢中で、「ごめんなさい、ごめんなさい」と両手を合わせていたら、誰かがオイラの背中をたたいた。
 ギクッとして振り返ると、誰もいなかった。
 白っぽい着物のようなものが、太い椎の木陰に消えていったような気がした。
 急に怖くなって、一目散に逃げた。


第4話 包丁

 27歳の夏の夜にアパートの一室で起きた話だ。
 布団に寝ていたが、老婆が出てきて、オイラの首を絞める怖い夢を見たが、金縛りにあって何もできなかった。
 目を覚ますと、闇の中をその老婆がすう~っと遠ざかっていく。

 その同じ夢が3日続いたので、知り合いに話したら、
 「布団の下に包丁を入れて寝ろ。そのババアが出てきたら、念仏を唱えながら、包丁を手に持って『首を締めたら殺すぞ』といえ。そうしたら消えるはずだ」
 といわれた。
 その通りにしたのに、老婆は4日目の夜も現れた。
 オイラは、いわれたとおりにしたが、老婆は消えずにオイラの首を絞め続けた。このままでは死ぬと思って、とっさに右手に握った包丁を老婆の胸に突き立てた。
 そこから先の記憶はなく、目覚めると朝だった。

 手に包丁はなく、夢だったのだろうと思いながら、布団を畳み、包丁に目をやると、血濡れていた。
 オイラの体のどこにも傷はなく、畳のどこにも血痕はなく、包丁だけがなぜか血にまみれていた。

(城島明彦)

2017/08/09

朝鮮半島じゃ38度線がどうのと騒いでいるが、明日の東京は38度だっちゅうの!?


あぢっ! あぢっ! これじゃアジの塩焼きじゃござんせんか

 ついに38度越えですか。
 えらいことになりましたな。
 豪雨だ、洪水だ、竜巻だ。
 えらい時代になりましたなあ

 猛暑どころじゃありません。
 熱波だ、酷暑だ、爆熱だ!
 公園のベンチに座ったら、あぢぢ!
 やべぇ! キン〇マ、やけどしちまったじゃねえか。
 責任者、出てこい!

 暑うてたまらん。わしゃ、頭がレロレロじゃ。
 ♪ラレラレ、バ~イ!
 
 責任者、出てこい!
 わしゃ、よれよれじゃ。

 天は二物を与えず。
 天は汚物を与えたり。臭っ!

 臭い物にフタ葉学院? オー、ノー・モア・広島!

 待てば海路の日和(ひより)あり。
 エジプトは暑い! だから、カイロはいりません。
 回路といえば、ハッキンカイロ?
 いえいえ、発禁かエロだ、白石ひより。
 待てば股間にひよりあり。
 笑ったおやじは、エロおやじ。

 はっけよい残った、残った!
 スーパーの弁当、売れ残った。
 隣の姉ちゃんも、売れ残った?

 あぢぢ、あぢぢ、暑うてたまらん!
 あぢぢの痔、切れ痔にイボ痔に、イ・ボミにアン・シネだ。
 シネはシネでも、ジジイに懐かし「月光仮面」は「死ね死ね団」だっちゅうの。

 イ・ボミだ、アン・シネだ、アン・マーグレットだ、いやん、古すぎるっ!
 ミニスカ悩殺、スカボロフェアだ、カストロはスカトロ地獄で死んじゃった!
 タンスにゴンゴン! Gone with the Wind! 
 ヴィヴィアン・リーは風邪をひいて去りぬ。

 ええかげんにシーラカンスだ、ほいさっさ!
 オイラの頭は発狂回路、くるくるパ~だ。

 その昔、夏といえば、怪談と縁台将棋が大はやり。

 「桂馬で飛車と角にふんどしかけりゃ、『ぴしゃ』っとつぶれて、『かく』ならぁ。どうだ、めえったか」
 「めえりました。おそれ入谷(いりや)の岸恵子『雪女』でごぜえます。『あれほどいうなといったのにィ!』」

(城島明彦)

2017/08/01

あゝなつかしや! 青木繁の久留米、女良(めら/房総半島の館山)と絵画「海の幸」


Eテレ「日曜美術館」(30日放送)で見た

 30日(日)夜8時、「おんな城主 直虎」は面白くないから観ない。
 Eテレを映すと、いきなり石橋凌(俳優・歌手)のでかい顔が映ったので、ギョッとしてチャンネルを変えた。
 しかし、どの局もくだらなさそうな番組ばかりで観る気にもならず、切ろうと思いながら何気なく(虫の知らせというのでしょうな)、再度Eテレを映すと、久留米がどうのこうのといっているではないか。

 「まさか」と思ってそのままつけていると、
 「やっぱり、そうだった!」
 久留米出身の明治の天才画家青木繁のことをやっていた。
 なぜ石橋凌なのかとおもったら、久留米出身らしい。

 私は20代の後半から40代の後半ぐらいまで、青木繁の足跡を追っかけていて、久留米へ行ったことがある。
 駅の近くに「城島一番」という中華料理屋があった。
 縁起がいいと思って、写真に撮って来たので、家のどこかに残っているはずだ。

 久留米から上京して東京美術学校(現東京芸大)で学んでいた青木繁は、フランス留学で印象派の絵を学んで帰国した黒田清輝教授が中心となって展開していた画壇「白馬会」主催のコンクールで、応募作「海の幸」が第1回の「白馬賞」を受賞。一躍注目され、将来を期待された。

 「海の幸」は、夏休みに男の友人や恋人と一緒にスケッチ旅行に出かけた房総半島で画想を得、東京に戻ってから一気に描いた作品だった。

 女良の海のそばの家を借りて、青春の日々を謳歌した青木だったが、天狗になり、極端な貧乏だったこともあって、絵の具代にも事欠き、次第に鬱屈していった。

 やがて恋人の福田たねが妊娠、彼女の実家である栃木県の呉服屋に居候しながら、日本神話をテーマにした「わだつみのいろこの宮」を満を持して描き、応募したが、意気込みとは裏腹に「三等末席」。入選作では最下位だった。

 青木の心はすさみ、家庭の事情も重なり、橋のたもとで、息子を胸に抱いたたねと別れて、郷里の久留米へ帰るのである。
 その橋のそばには、記念碑が建れらている。

 たねは、やがて、サラリーマンをしていた別の男と再婚し、日光に住む。
 たねは、何人もの子どもに恵まれ、幸せになるが、青木は零落し、それでも夢を忘れられず、放浪しながら絵を描いてわずかな金を得ていたが、やがて結核にかかってあっけなく死んでしまう。

 私は40代のときに、青木が夏休みを過ごした房総の女良の家(小谷家)を訪ね、往時をしのんだ。
 そこから少し足を伸ばして、青木がたわむれに戸板に絵を描いたお寺へ行き、別の日には久留米の家へも行ったし、栃木の福田家も訪ね、「わだつみのいろこの宮」を書いた近所の豪邸(黒木家)も訪ね、いろいろ教えてもらったこともある。
 その家までは福田家から数分の距離だが、たねの弟は毎日、弁当を届けに行っていた。
 その弟が90数歳のときに電話で、そういう話を私に教えてくれたこともあった。

 テレビで知ったことだが、久留米の青木の生家が復元されていた。私がいったときは、市が保存しないので、「月星化成」の社宅として使われており、私は上がらせてもらって室内を見た。
 青木の父は久留米藩の下級武士で、あるとき怒って青木に日本刀を振り上げたことがあり、その刀傷が残っているといわれていた家だ。
 その家を借りていた人と何年か年賀状のやりとりをしたこともある。

 日曜日のEテレでは、青木繁が書いた遺書に「死んだらケシケシ山に骨を埋めてほしい」といったと説明し、石橋凌が山頂の慰霊碑の前でアカペラで歌を歌うのだが、私は30年前にタクシーで山頂近くまで行き、そこからその慰霊碑のところまでいき、帰りは歩いて帰ってきた。

 その慰霊碑の建立では、同じ久留米出身の画家で文化勲章受章を受賞した坂本繁二郎(子供のころからの友人)が世話役になり、たね(福田たね→野尻たね)や青木繁との間にできた息子(福田蘭堂)も出席したようにと記憶している。

 福田蘭堂は、尺八の名手で、NHKの連続ラジオドラマ「笛吹童子」の音楽も担当。
 大ヒットした主題歌も蘭堂が作曲した。

 その蘭堂の息子、つまり青木繁の孫が「ハナ肇とクレージーキャッツ」にいた石橋エータローだ。
 といっても、若い人には皆目わからないだろうが、高齢者は知っている。
 ついでに、もひとつおまけだ、「私だけが知っている」(ドラマを見せて犯人を当てる1960年前後の番組)。思いっきり古いのう、わしも。

 たねは晩年、再婚して生んだ娘さんの家(芥川家)に同居していたそうである。その家を私は訪ねたことがあり、写真をいっぱい見せてもらったり、たくさんの話を聞いたこともある。

 ――なつかしいのう。あれから、はや30年。時の経つのは早いものですなあ。

(城島明彦)

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