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2017/03/17

古い白黒映画のDVDを、TSUTAYA本部から取り寄せて観た


イタリアのグラマー女優に度肝を抜かれた頃

 このところ、またしても体調を崩して寝込んでしい、仕事をするどころではないので、ベッドの中からDVDに録画された古い映画を何本か観た。
 観た順番に記すと、「ブーべの恋人」「禁じられた恋の島」「にがい米」「島の女」で、「島の女」以外は白黒映画である。「禁じられた恋の島」を近所の店の店頭で見つけたのが、とっかりとなった。

 「ブーべの恋人」「にがい米」「島の女」の3本は近所のTSUTAYAにはなく、本部からの取り寄せだが、何せ古い映画で、しかも白黒。薬を飲んでいるせいか、気がつくと、眠っていることもあり、また見たところまで戻って再生することの繰り返しだった。
 本部から取り寄せた古い映画はもう一本あるが、これはまだ観ていないので、今日は記さない。

 つくられた順に並べ変えると、
 〇イタリア映画「にがい米」(1949年製作・52年日本公開)
 〇イタリア映画「禁じられた恋の島」(1962年製作・63年8月日本公開)
 〇イタリア・フランス合作映画「ブーべの恋人」(1963年製作・64年9月日本公開)
 以上は、芸術性の高い映画で、見終わったときに、なにがしかの感動がある。

 一方、以下の映画は娯楽作品。
 〇イタリア映画「島の女」(1957年製作・57年日本公開)
 原題は「イルカに乗った少年」(BOY ON A DOLPHIN)で、これのみカラー映画。
 日本では、1973年に城みちるが歌う「イルカに乗った少年」という曲がヒットしたが、この映画に登場するギリシャ神話「イルカに乗った少年」の像がネタ元である。

 
イタリアの往年のグラマー女優が競艶

 前記4本の洋画に共通するのは、当時「セクシー」なししは「グラマー」と騒がれた女優が出ている点だ。
「禁じられた恋の島」のキー・ミアスマンはセクシーだが、「にがい米」のシルヴァーナ・マンガーノ、「ブーべの恋人」のクラウディア・カルディナ―レ、「島の女」のソフィア・ローレンは、いずれも「グラマー」とされた女優である。
 ソフィアローレンは、今観ても紛れもない巨乳だが、シルヴァーナ・マンガーノ、クラウディア・カルディナ―レは、今改めて映画を観ると、巨乳っぽく見えるが、今日の尺度でいう巨乳ではなく、セクシーな感じだ。
しかし、当時の日本人女性にはいなかったスタイルだったのだ。


▼イタリア映画「禁じられた恋の島」(1962年製作・63年8月日本公開)

 ナポリ湾に浮かぶ小島を舞台にしたイタリアの女流作家エルサ・モランテの小説『アントゥーロの島』の映画化。生まれたときに母が死に、父を慕っている思春期を迎えた少年の性のめざめと父親への愛と反発がテーマである。
 プイッと出稼ぎに島を出て、いつ戻るともわからない父親が、17歳の若い後妻を連れ帰ったことで起きる少年の心身の変化を描く佳作(サン・セバスチャン映画祭の最優秀映画賞受賞作品)。
日本で公開当時、テーマ音楽が大ヒットした。

 17歳の義母を演じるキー・ミアスマンは、巨匠ルイス・ブニュエルが監督した米墨合作「ザ・ヤングマン」(日本未公開)で1960年にデビュー。どこか神秘的で、かげのある顔立ちが魅せるが、女優としては大成しなかった。

 この映画が日本で公開されてから5年後の1969年に大ヒットした森山良子の「禁じられた恋」は、織井茂子の「黒百合の歌」がヒントとする説があるが、私はそうは思わない。
 「黒百合の歌」はアイヌの娘が主人公とした恋歌だが、同じくアイヌの熊祭りをテーマにした、伊藤久男の歌う「イヨマンテの夜」の太鼓を打ち鳴らす前奏と曲の感じが似ているが、「禁じられても会いにいきたい」と歌う「禁じられた恋」の詞(作詞 山上路夫)の内容を考えると、映画「禁じられた恋の島」がヒントなのではないかと私は推察するのである。
 
 Photo  「禁じられた恋の島」の映画ポスター


▼伊仏合作映画「ブーべの恋人」(1963年製作・64年9月日本公開)

 映画よりも映画のテーマ曲が大ヒットしたので、単なる恋愛映画と思っている人も多いが、よくできた映画で観て損はない。
 フランス女優ブリジット・バルドーのBBに対するイタリア女優CCことクラウディア・カルディナ―レと「ウェストサイド物語」で大人気となったジョージ・チャキリスの競演。第二次世界大戦末期から戦後にかけてのイタリアのレジスタンスの闘争を、一組の若い男女の恋愛に託して描いた佳作である。
 唇がセクシーで声がハスキーなクラウディア・カルディナ―レは、性的な魅力について語られることが多かったが、ムッソリーニの全体主義政権に反抗するレジスタンスに身を投じて殺された兄を持つ芯の強い田舎の女性を熱演している。
 映画公開時は巨乳という見方がなされていたが、今観ると、それほどでもない。しかし、当時の日本人女性の貧弱だった体型に比べて、男どもにはそう映ったのかもしれない。
 

▼イタリア映画「にがい米」(1949年製作・52年日本公開)

 当時のイタリアを代表するグラマー女優シルヴァーナ・マンガーノの肢体が凄い。絵にかいたような〝ボン・キュッ・ボン〟で腋毛も生やしている。
 シミーズ(今の言葉でいうと、スリップ)だけの姿でも出て来る場面もあるが、巨乳ではなく、〝鳩胸〟のせいでそう見えるのかと思わせるが、それにしても、スクリーンで魅せた彼女の当時の肢体は一見の価値がある。

 日本人としては、「にがい米」の「米」という字にまず驚くが、北イタリアで米を作っていたと知って、さらに驚く。日本の田んぼと違って、イタリアの田んぼは馬鹿でかく、田植えで植える苗の背丈も高く、しかも500年前から田植えをしていたと知ると、もっと驚く。
 そんな田植え要員として出稼ぎに来た多数の男女の中に、強盗を働いた男とその恋人が混じっていることで騒ぎが生じ、そこへ至るまでの男女の恋の駆け引きが巧みに描かれる。そういう映画である。

 シルヴァーナ・マンガーノは、中高年になると、1967年のイタリア映画の5人の巨匠の手になるオムニバス映画「華やかな魔女たち」の出演以後、性格俳優色を強め、パゾリーニ監督の難解な映画「アポロンの地獄」(1967年)「テオレマ」(1968年)「デカメロン」(1971年)に立て続けに主演したり、ルキノ・ヴィスコンティの監督作品「ベニスに死す」(1971年)「家族の肖像」(1974年)に出るころには、かなり癖の強い顔と演技になっていた。
 
 その頃の私はといえば、1970年に東宝の助監督になり、青臭い映画青年だったので、娯楽映画とはほど遠いパゾリーニの演出技法やヴィスコンティのアクの強い美意識に妙な感化を受けたものだった。


▼アメリカ映画「島の女」(1957年製作・57年日本公開)

 この映画は、イタリアを代表するグラマー女優ソフィア・ローレンのハリウッド初主演作というところがポイントで、芸術性云々のカケラもないB級娯楽作品。
 原題は「イルカに乗った少年」(BOY ON A DOLPHIN)で、これのみカラー映画。
 日本では、1973年に城みちるが歌う「イルカに乗った少年」という曲がヒットしたが、この映画に登場するギリシャ神話「イルカに乗った少年」の像がネタ元である。

 映画が始まってすぐに、海綿を取る海女に扮したソフィア・ローレンが海中から船に戻り、体にへばりついたワンピース姿で船べりに立つ。
 そのはちきれんばかりの肢体は、巨乳の輪郭がくっきりしているだけでなく、巨大なボリュームのふくらみの頂きのポッチまで見て取れるので、映画を観た男どもは例外なく度肝を抜かれた。

 その姿がポスターにも使われ、映画を観ていない男どももノックアウトされ、「ソフィア・ローレン」という名前を覚えてしまったが、彼女は単なるグラマー女優では終わらず、1960年製作・61年公開のイタリア映画「ふたりの女」でアカデミー賞主演女優賞を受賞、「巨乳=オツムがバカ」というイメージを覆し、1970年9月公開の伊仏ソ合作映画「ひまわり」(巨匠ヴィットリオ・デシーカ監督作品)では、戦争で引き裂かれた夫婦の悲劇を熱演し、押しも押されもせぬ演技派としての地位を確立した。

 画面いっぱいに映し出される一面のひまわり畑を背景にして流れるヘンリオ・マンシーニのテーマ曲「ひまわり」は、息の長い大ヒットとなったので、若い人も聞いたことがあるのではないか。

(城島明彦)

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