« あの迷曲を、もう一度 | トップページ | 「神ってる」? どこが流行ってる? 「流行語大賞」審査員はヒットラーってるゾ!  »

2016/11/30

今、なぜ石田梅岩か――京セラの稲盛和夫氏と『都鄙(とひ)問答』


自分に問いたい「今日一日、勤勉だったか、正直だったか、誠実だったか、倹約したか!?」

 昨日(11月29日)、雑誌「致知」の企画で、「石田梅岩(いしだ ばいがん)の教えに学ぶ」というテーマで田中真澄氏と対談した。その内容は、同誌の2月号に載るので、興味がある方はどうぞ。

 田中氏は、日経新聞社を経て社会教育家として講演や執筆に活躍している方で、梅岩に関しては『石田梅岩・二宮尊徳の教え 人生は「自分の力」で切り開け!』(1996年発行/大和出版)がある。
 その中に、雑誌「致知」の平成8年2月号に載っていた稲盛和夫氏の石田梅岩に関する含蓄に富む記事が引用されていたので、全文、孫引きして以下に引用する。 ※太字は筆者

 《現代社会の根幹となっている資本主義は、現象面だけを見ますと利潤を追求することにより発展を遂げてきたといえます。私は利潤を追求すること自体悪いとは思いませんが、現代の荒廃しつつある社会で問われなければならないのは『どのようなやり方で利潤をあげているか』『利潤をどのように使っているか』という倫理的側面だと思います。

 歴史をひもといてみれば、資本主義はキリスト教の社会、その中でも特に倫理的な教えの厳しいプロテスタントの社会から生まれたことがわかります。そして、初期の資本主義社会においては日常生活は出来るだけ質素にする一方、労働を尊び、労働で得た利益は社会の発展のために活かさなければならないという社会的規範があったのです。

 日本においても江戸時代中期、資本主義の萌芽が見られた頃、京都にて石田梅岩という思想家が『商いにおける利潤追求は罪悪ではない。ただし、商いは正直にすべきで、けっして卑怯な振る舞いがあってはならない』と商いにおける倫理観の大切さを教えています。
 また、農村においては、江戸時代末期、二宮尊徳が村民に勤勉と倹約の重要性を教えることによって、多くの荒廃した村々を復興させています。尊徳は人々の心を立てなおすことにより、貧困にあえいでいた村を富める村に変えていったのです。
 日本で資本主義が生まれようとするとき、このように日本社会においても、勤勉、正直、誠実さというような倫理観が何よりも大切だということが広く教えられていたのです。

 こうして高い倫理観に基づいて生まれた資本主義は欧米においても、日本においても急速に発展していきました。しかし、現在では、本来社会に貢献するための利潤追求がただ『儲ければいい』という、利己的なものになってしまった結果、資本主義社会は荒廃したものになりつつあるのです。特にキリスト教的バックボーンのない日本においては、戦後の経済発展の中でそれまでに教えられていた倫理観が希薄になり、現在では、多くの個人や企業が『自分だけよければいい』という利己的な考え方を判断基準に据えてしまっています。私はそのことが最近の日本社会をすさんだものにしている根本的な原因であろうと思うのです。

 私はいまこそ、資本主義の原点を思い起こし、現在の経済的に豊かな社会において、自分のためだけでなく社会のためにも利潤を追求するという基本的な哲学に裏付けられた、新しい資本主義の精神を築き上げるべきだと思うのです。そのためには、まず個々人が『社会正義』や『公正さ』が以下に重要であるかを改めて確認すると同時に、『謙虚さ』や『努力』や『思いやり』などの大切さをもう一度学ぶ必要があると思うのです。このようなベーシックな倫理観が尊重できるようになって初めて資本主義社会は再生できるのではないでしょうか。》


20年前の稲盛氏の指摘は今も生きている

 雑誌「致知」が稲盛氏の提言を掲載してから20年近い歳月が経過しているが、巻頭で述べた稲盛氏の警鐘が古くなっていない。そのことは、ここ数年、次から次へと起きてきた企業不祥事をみればよくわかる。
 東芝、マクドナルド、ベネッセ、阪神阪急ホテルズ、東洋ゴム、旭化成・三井不動産(傾きマンション)、三菱自動車、電通など……誰でもその名を知っている一流企業が、k「利潤を追求するために企業倫理を踏みにじる企業行動を行ってきた」のである。
 その不正に支払った代償は、はかりしれない。

 江戸時代、「士農工商」という身分制度からわかるように、商売や商人は軽くみられていた。その理由は、きわめてシンプルだった。
支配階級の「士」(武士)は別格として、同じ被支配階級でも、農(農民)は食料を生産し、工(職人)は家や家財道具などを製造している。彼らはどちらも、人々が生きていくのに必要不可欠な物品を、日々、汗水流して作り出しているが、商(商人)はというと、「汗水を流すことなく、農民や職人が骨身を削って作ったものを、ただ右から左へと流すだけ。しかも、仕入れた価格に利潤を足して高く売っている。けしからん」というわけだ。不当利益を得ているとされていたのだ。

「そういう考え方は間違っている」
と初めて正々堂々と主張したのが、石田梅岩である。


企業倫理を守ることが「商人道」だ

 石田梅岩は、こう説いたのだ。
 「安く仕入れて高く売ることで商人が手にする利潤は、武士の俸禄と同じで、何ら恥ずべきものでも軽蔑されるべきものでもない。ただし、二重利益を取るとか、不当利益を得るとか、暴利をむさぼる商法は絶対に許されない。商人は、正直に徹し、勤勉に務め、倹約をし、心を込めて品物を売ること。それが正しい商人道というものだ」

 梅岩は、農民の出であり、11歳のときに京都の呉服商に丁稚に出て苦労したが、その店が傾いたため、15歳のときに郷里(現在の亀岡市)に帰る。そして22歳のときに再び京都の別の呉服屋に務めている。
 そういう実体験があるので、いっていることに説得力があった。
 石田梅岩が生きた時代は、今の日本とよく似ている。元禄時代というバブル期があり、そのバブルが弾けて不況に陥り、そこへ追い打ちをかけるように大飢饉(享保の大飢饉)に見舞われ、江戸の人口(100万人)の2倍半以上の人が死んだ。 
 地球規模の天候異変や東日本大震災、熊本大震災などが起きている近年は、梅岩が生きた18世紀半ば頃と共通する点も多い。
 そういう時代だからこそ、石田梅岩の『都鄙問答』を読む必要がある、と私は思うのだ。


松下幸之助氏を心酔させた梅岩の著『都鄙問答』

 石田梅岩が説いた「商人道」「人間道」は、人が人であるにはどうすればいいのかを追究する「心の学問」だったので、「石門心学」と呼ばれた。
 梅岩は私塾を開いて、身分や老若男女を問わずに、無料で「問答」による教えを行った。

 〝経営の神様〟松下幸之助氏は、丁稚からスタートして今日の世界のパナソニックを築き上げたが、丁稚から苦労した石田梅岩に自身の姿が成長してきた姿を重ね合わせ、心酔して梅岩の著書『都鄙(とひ)問答』を座右の書としただけでなく、梅岩に倣って「PHP研究所」をつくったのである。

 そして稲盛和夫氏も、起業して経営のことで悩み苦しんでいた30代の頃、石田梅岩の思想に出合って深く胸を打たれ、以来、折に触れて話をしてきたのだ。
 
 だが、『都鄙問答』の原文は岩波文庫から出ており、今年の2月にリクエスト復刊されてもいるが、どういうわけか、この本には註釈がついておらず、かなり古典の知識がなる人でも読みこなすことは難しい。
 しかも現代語訳は、1970年代に一冊しか出ていない。正確にいうと、ハードカバーの本を版元がその後、ソフトカバーにして入るが、すでに絶版である。
 当時の知識人が思想書シリーズの一冊として現代語訳したのだが、単刀直入にいって、わかりやすい訳とはいえない。
 したがって、誰もが簡単に入手でき、しかもすらすらと読める現代語訳の本は、存在しなかったのである。


経営者・ビジネスマンのバイブル『都鄙問答』

 冒頭に紹介した田中真澄氏の本の帯には、もう一冊、石田梅岩について書かれた本(鈴村進著『石田梅岩 人生の足場をどこに据えるか』)が紹介されており、そこには次のようなコピーが書かれていた。

 ・今、静かな梅岩ブーム!!
 ・稲盛和夫氏推薦――福沢諭吉、渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫に継承される「石門心学」の思想

 孫正義氏は、若い頃、稲盛氏の盛和塾で学んでいる。
 その孫氏に「石門心学」の心を継承してほしい、と私は思っている。


『都鄙問答』を現代語訳したきっかけは企業不祥事連鎖

 私が『都鄙問答』の現代語訳を手がけようと思ったきっかけは、次から次へと繰り返された「企業不祥事」である。
 私は、月刊誌「広報会議」(宣伝会議発行)に2012年半ばから3年半にわたって「危機管理広報」をテーマにした原稿を連載する機会を得、次々と表面化する企業不祥事を扱っているうちに、「CSR(企業の社会的責任)の原点」とされている石田梅岩の『都鄙問答』を、それらの企業の経営者は読んだことがないのではないかと思うようになったのだ。

 どの企業も、判で押したように、「コンプライアンス」だの、「企業倫理」がどうのといった言葉をHPに掲げている。にもかかわらず、データ偽装だの利益水増しだのといった企業倫理に反することを隠蔽した挙句、社長が謝罪記者会見をして深々と頭を下げる恥ずかしい光景が繰り返されてきた。

 不祥事が発覚した企業は、ひたすら利潤を追い続けただけで、そこには「正直」のカケラも存在しなかったのである。

 そういう人たちに石田梅岩の『都鄙問答』を読ませたい。
 「難しくて誰も訳さないのから、俺が訳す!」
 そう意気込んで現代語訳したのが、到知出版社から9月末に発売された拙著である。
 自慢めいた言い方をさせてもらうなら、
 「平成初の『都鄙問答』の現代語訳」
 「史上2冊目となる石田梅岩の代表作の現代語訳」
 ということになる。

 拙訳の石田梅岩『都鄙問答』は、版元の藤尾秀昭社長が稲盛和夫氏に献本したとのこと。

 盛和塾で学ぶ多くの経営者は無論のこと、それ以外の経営者や企業人にとっても、『都鄙問答』は、必読の書である、と私は思っている。

 Photo_3 (現代語訳・解説 城島明彦/致知出版社) ※画像はクリックすると大きくなります。

(城島明彦)

« あの迷曲を、もう一度 | トップページ | 「神ってる」? どこが流行ってる? 「流行語大賞」審査員はヒットラーってるゾ!  »