« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »

2016/11/30

今、なぜ石田梅岩か――京セラの稲盛和夫氏と『都鄙(とひ)問答』


自分に問いたい「今日一日、勤勉だったか、正直だったか、誠実だったか、倹約したか!?」

 昨日(11月29日)、雑誌「致知」の企画で、「石田梅岩(いしだ ばいがん)の教えに学ぶ」というテーマで田中真澄氏と対談した。その内容は、同誌の2月号に載るので、興味がある方はどうぞ。

 田中氏は、日経新聞社を経て社会教育家として講演や執筆に活躍している方で、梅岩に関しては『石田梅岩・二宮尊徳の教え 人生は「自分の力」で切り開け!』(1996年発行/大和出版)がある。
 その中に、雑誌「致知」の平成8年2月号に載っていた稲盛和夫氏の石田梅岩に関する含蓄に富む記事が引用されていたので、全文、孫引きして以下に引用する。 ※太字は筆者

 《現代社会の根幹となっている資本主義は、現象面だけを見ますと利潤を追求することにより発展を遂げてきたといえます。私は利潤を追求すること自体悪いとは思いませんが、現代の荒廃しつつある社会で問われなければならないのは『どのようなやり方で利潤をあげているか』『利潤をどのように使っているか』という倫理的側面だと思います。

 歴史をひもといてみれば、資本主義はキリスト教の社会、その中でも特に倫理的な教えの厳しいプロテスタントの社会から生まれたことがわかります。そして、初期の資本主義社会においては日常生活は出来るだけ質素にする一方、労働を尊び、労働で得た利益は社会の発展のために活かさなければならないという社会的規範があったのです。

 日本においても江戸時代中期、資本主義の萌芽が見られた頃、京都にて石田梅岩という思想家が『商いにおける利潤追求は罪悪ではない。ただし、商いは正直にすべきで、けっして卑怯な振る舞いがあってはならない』と商いにおける倫理観の大切さを教えています。
 また、農村においては、江戸時代末期、二宮尊徳が村民に勤勉と倹約の重要性を教えることによって、多くの荒廃した村々を復興させています。尊徳は人々の心を立てなおすことにより、貧困にあえいでいた村を富める村に変えていったのです。
 日本で資本主義が生まれようとするとき、このように日本社会においても、勤勉、正直、誠実さというような倫理観が何よりも大切だということが広く教えられていたのです。

 こうして高い倫理観に基づいて生まれた資本主義は欧米においても、日本においても急速に発展していきました。しかし、現在では、本来社会に貢献するための利潤追求がただ『儲ければいい』という、利己的なものになってしまった結果、資本主義社会は荒廃したものになりつつあるのです。特にキリスト教的バックボーンのない日本においては、戦後の経済発展の中でそれまでに教えられていた倫理観が希薄になり、現在では、多くの個人や企業が『自分だけよければいい』という利己的な考え方を判断基準に据えてしまっています。私はそのことが最近の日本社会をすさんだものにしている根本的な原因であろうと思うのです。

 私はいまこそ、資本主義の原点を思い起こし、現在の経済的に豊かな社会において、自分のためだけでなく社会のためにも利潤を追求するという基本的な哲学に裏付けられた、新しい資本主義の精神を築き上げるべきだと思うのです。そのためには、まず個々人が『社会正義』や『公正さ』が以下に重要であるかを改めて確認すると同時に、『謙虚さ』や『努力』や『思いやり』などの大切さをもう一度学ぶ必要があると思うのです。このようなベーシックな倫理観が尊重できるようになって初めて資本主義社会は再生できるのではないでしょうか。》


20年前の稲盛氏の指摘は今も生きている

 雑誌「致知」が稲盛氏の提言を掲載してから20年近い歳月が経過しているが、巻頭で述べた稲盛氏の警鐘が古くなっていない。そのことは、ここ数年、次から次へと起きてきた企業不祥事をみればよくわかる。
 東芝、マクドナルド、ベネッセ、阪神阪急ホテルズ、東洋ゴム、旭化成・三井不動産(傾きマンション)、三菱自動車、電通など……誰でもその名を知っている一流企業が、k「利潤を追求するために企業倫理を踏みにじる企業行動を行ってきた」のである。
 その不正に支払った代償は、はかりしれない。

 江戸時代、「士農工商」という身分制度からわかるように、商売や商人は軽くみられていた。その理由は、きわめてシンプルだった。
支配階級の「士」(武士)は別格として、同じ被支配階級でも、農(農民)は食料を生産し、工(職人)は家や家財道具などを製造している。彼らはどちらも、人々が生きていくのに必要不可欠な物品を、日々、汗水流して作り出しているが、商(商人)はというと、「汗水を流すことなく、農民や職人が骨身を削って作ったものを、ただ右から左へと流すだけ。しかも、仕入れた価格に利潤を足して高く売っている。けしからん」というわけだ。不当利益を得ているとされていたのだ。

「そういう考え方は間違っている」
と初めて正々堂々と主張したのが、石田梅岩である。


企業倫理を守ることが「商人道」だ

 石田梅岩は、こう説いたのだ。
 「安く仕入れて高く売ることで商人が手にする利潤は、武士の俸禄と同じで、何ら恥ずべきものでも軽蔑されるべきものでもない。ただし、二重利益を取るとか、不当利益を得るとか、暴利をむさぼる商法は絶対に許されない。商人は、正直に徹し、勤勉に務め、倹約をし、心を込めて品物を売ること。それが正しい商人道というものだ」

 梅岩は、農民の出であり、11歳のときに京都の呉服商に丁稚に出て苦労したが、その店が傾いたため、15歳のときに郷里(現在の亀岡市)に帰る。そして22歳のときに再び京都の別の呉服屋に務めている。
 そういう実体験があるので、いっていることに説得力があった。
 石田梅岩が生きた時代は、今の日本とよく似ている。元禄時代というバブル期があり、そのバブルが弾けて不況に陥り、そこへ追い打ちをかけるように大飢饉(享保の大飢饉)に見舞われ、江戸の人口(100万人)の2倍半以上の人が死んだ。 
 地球規模の天候異変や東日本大震災、熊本大震災などが起きている近年は、梅岩が生きた18世紀半ば頃と共通する点も多い。
 そういう時代だからこそ、石田梅岩の『都鄙問答』を読む必要がある、と私は思うのだ。


松下幸之助氏を心酔させた梅岩の著『都鄙問答』

 石田梅岩が説いた「商人道」「人間道」は、人が人であるにはどうすればいいのかを追究する「心の学問」だったので、「石門心学」と呼ばれた。
 梅岩は私塾を開いて、身分や老若男女を問わずに、無料で「問答」による教えを行った。

 〝経営の神様〟松下幸之助氏は、丁稚からスタートして今日の世界のパナソニックを築き上げたが、丁稚から苦労した石田梅岩に自身の姿が成長してきた姿を重ね合わせ、心酔して梅岩の著書『都鄙(とひ)問答』を座右の書としただけでなく、梅岩に倣って「PHP研究所」をつくったのである。

 そして稲盛和夫氏も、起業して経営のことで悩み苦しんでいた30代の頃、石田梅岩の思想に出合って深く胸を打たれ、以来、折に触れて話をしてきたのだ。
 
 だが、『都鄙問答』の原文は岩波文庫から出ており、今年の2月にリクエスト復刊されてもいるが、どういうわけか、この本には註釈がついておらず、かなり古典の知識がなる人でも読みこなすことは難しい。
 しかも現代語訳は、1970年代に一冊しか出ていない。正確にいうと、ハードカバーの本を版元がその後、ソフトカバーにして入るが、すでに絶版である。
 当時の知識人が思想書シリーズの一冊として現代語訳したのだが、単刀直入にいって、わかりやすい訳とはいえない。
 したがって、誰もが簡単に入手でき、しかもすらすらと読める現代語訳の本は、存在しなかったのである。


経営者・ビジネスマンのバイブル『都鄙問答』

 冒頭に紹介した田中真澄氏の本の帯には、もう一冊、石田梅岩について書かれた本(鈴村進著『石田梅岩 人生の足場をどこに据えるか』)が紹介されており、そこには次のようなコピーが書かれていた。

 ・今、静かな梅岩ブーム!!
 ・稲盛和夫氏推薦――福沢諭吉、渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫に継承される「石門心学」の思想

 孫正義氏は、若い頃、稲盛氏の盛和塾で学んでいる。
 その孫氏に「石門心学」の心を継承してほしい、と私は思っている。


『都鄙問答』を現代語訳したきっかけは企業不祥事連鎖

 私が『都鄙問答』の現代語訳を手がけようと思ったきっかけは、次から次へと繰り返された「企業不祥事」である。
 私は、月刊誌「広報会議」(宣伝会議発行)に2012年半ばから3年半にわたって「危機管理広報」をテーマにした原稿を連載する機会を得、次々と表面化する企業不祥事を扱っているうちに、「CSR(企業の社会的責任)の原点」とされている石田梅岩の『都鄙問答』を、それらの企業の経営者は読んだことがないのではないかと思うようになったのだ。

 どの企業も、判で押したように、「コンプライアンス」だの、「企業倫理」がどうのといった言葉をHPに掲げている。にもかかわらず、データ偽装だの利益水増しだのといった企業倫理に反することを隠蔽した挙句、社長が謝罪記者会見をして深々と頭を下げる恥ずかしい光景が繰り返されてきた。

 不祥事が発覚した企業は、ひたすら利潤を追い続けただけで、そこには「正直」のカケラも存在しなかったのである。

 そういう人たちに石田梅岩の『都鄙問答』を読ませたい。
 「難しくて誰も訳さないのから、俺が訳す!」
 そう意気込んで現代語訳したのが、到知出版社から9月末に発売された拙著である。
 自慢めいた言い方をさせてもらうなら、
 「平成初の『都鄙問答』の現代語訳」
 「史上2冊目となる石田梅岩の代表作の現代語訳」
 ということになる。

 拙訳の石田梅岩『都鄙問答』は、版元の藤尾秀昭社長が稲盛和夫氏に献本したとのこと。

 盛和塾で学ぶ多くの経営者は無論のこと、それ以外の経営者や企業人にとっても、『都鄙問答』は、必読の書である、と私は思っている。

 Photo_3 (現代語訳・解説 城島明彦/致知出版社) ※画像はクリックすると大きくなります。

(城島明彦)

2016/11/27

あの迷曲を、もう一度


こんなの、あり? 「盛り土問題」で東京都の責任者らが減俸謝罪!


 「ブルー」(blue)という英語は不思議ですな。
 「ブルースカイ」といえば、雲一つなく澄んだ青空。スカッと爽やかなイメージでございます。
 ところが、「ブルーデイ」だの「ブルーマンデー」となるてぇと、一転して憂鬱なイメージになってしまうのだから、わかりません。
 「ブルー」が「ブルース」という複数形になると、哀調をたたえた黒人の歌でございます。

 あっしが子どもの時分には、「ブルー」は憧れで、万年筆のインクといえば「ブルーブラック」が定番でしてな。

 しかし、「ブルー」な歌といえば、替え歌まで作られている昭和の大ヒット曲「ブルーシャトー」でありましょうな。

  ♪ 森とんかつ、泉ニンニク、囲まれテンプラ
 この替え歌は学校放送でも流せますけれど、
  ♪ 森とんずら 泉妊娠 囲まれ点滴 までいくてぇと、これまもう学校放送禁止でしょうな。

  ♪ 森と泉に囲まれて 静かに眠る ブルーシャトー
 という元歌をあっしが初めて耳にしたのは、大学時代でございましたな。

 ブルーシャトーと聞いて、あっしは「ロビンフッド」のシャーウッドの森、やら「白雪姫と七人のこびと」の森やら、イングマル・ベルイマン監督の「処女の泉」という名画やらを連想したものですが、歌詞を全部聞くと、なんのこっちゃ、ただの「青い城」だったのですな。

 「赤毛のアン」で知られる作家モンゴメリの「青い城」は、こちらは山の上にそびえておりますから、これでもありませんな。
 どうして「青」にこだわったのでございましょう。
 いやいや、深く考えるまでもございません。演奏した「ブルコメ」こと「ブルーコメッツ」というバンド名にちなんでつくられただけの話ということですな。
 バンド名が「レッドコメッツ」なら「レッドシャトー」。スペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿は、その周辺の土壌が赤いことから「赤い城」と呼ばれておりますが、まわりに湖などありません。

 問題は「シャトー」の方でございますな。
 食い意地の張った今なら、あっしは間違いなく牛肉の「シャトーブリアン」を連想いたしますが、当時はシャトーブリアンなんてぇ言葉は知りませんから、「シャトー」と聞いて「ピサの斜塔」を連想、「青い斜塔」と勘違いしてしまったのでございます。

 青い斜塔――古びて傾いた城の塔、つまり斜塔ですな。
  ♪ 春高楼の 花の宴
 の滝廉太郎の「荒城の月」でもなければ、
  ♪ 崩れしままの 石垣に
 と三橋美智也が歌った「古城」ではなく、ましてや、おなつかしや、元宝塚の月組トップスターの古城都(こじょう みやこ)でもありませんで、西洋の古城ですな。
 そうなるてぇと、ドラキュラ城のような、何やら怪奇的な雰囲気の城になってしまいます。

 あっしがいいたかったのは、そういう話ではありませんで、東京都の豊洲市場問題でございましてな。
 東京都の責任者の減給処分が発表になり、該当者は憂鬱な気持ちで謝罪したのですな。
 そこで、あっしも「ブルーシャトー」の替え歌を一部、変更したのでございます。

 ♪ 盛り土 出水(いずみ)に 過去まれで
    静かに眠る ブルー謝都~
 

(城島明彦)

2016/11/24

霜月(11月)に初雪で、頭に浮かんだのは「白い想い出」の歌詞


雪が降ってきた ほんのす少しだけど


 まだ11月だというのに、初雪が降った。
 東京都心で11月に初雪があるのは、54年ぶりだとか。

 4日前から熱をだして寝たり起きたりしていたが、少し熱が引いたので買い物をするために外へ出た。
 朝8時半頃のこと。
 雪は歩道には積もっていなかったが、道路脇の背丈の低い雑草の上や屋根などはうっすらと白くなっていた。

 コンビニで買い物をして家に戻ると、胸の鼓動が速くなり、汗をかいていたので、下着とその上に着るワイシャツを取り換えた。
 しばらくすると、寒気がしたので、ベッドに入った。
 足先が寒く、また熱が出た。

 眠ったり目覚めたりしていると、長いこと記憶から消えていた歌の一節が頭に浮かんだ。
 「白い想い出」という曲だった。

  雪が降ってきた ほんの少しだけど
  私の胸の中に  積もりそうな雪だった
  幸せをなくした  暗い心に
  冷たく寂しい   白い手が忍び寄る

 今は故人の山崎唯が作詞作曲した、とても美しい旋律の歌で、高校時代に初めて聞いた。
 ソニー製のトランジスタラジオから流れてきたこの曲を何度も聞いた。
 出だしの2行の歌詞は好きだが、後半の2行の歌詞は好きではない。

 you tube で調べてみると、いくつかアップされていた。
 まだ聞いたことのない人で興味のある人は、聞いてみては?

 そんなイメージがあったので、大学生になったとき、山崎唯が「トッポジージョ」の声を吹き替えをやったときには驚いた。
 山崎唯は、女優で歌も歌っていた久里千春と結婚したといっても、今の人にはピンと来ないだろう。山崎唯は故人だし、久里千春も80近い。
 そんなことを連想すると、いつものフレーズが浮かんできた。
 昭和も遠くなりにけり。

(城島明彦)

2016/11/20

島崎藤村の「千曲川旅情の歌」が頭をかすめる今日この頃


今日もまた、かくてありけり

 秋が深まっているというのに、Tシャツ一枚でいたら、風邪をひいて熱を出してしまった。
 ベッドに寝転がっていると、島崎藤村の「千曲川旅情の歌」の詩が頭をかすめた。

 「千曲川旅情の歌」は、私が高校生だった頃は、二年の国語の確か冒頭に出てきた記憶がある。
〝カバ〟というあだ名の教師が、顔に似合わず、歌うような口調で朗々と語ったのが印象的だった。
 
 「千曲川旅情の歌」で、誰もが一度は耳のしたことがある有名な詩なので、暗記している人も多いのではなかろうか。

  小諸なる古城のほとり
  雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
  綠なすはこべは萌えず
  若草も藉(し)くによしなし
  しろがねの衾(ふすま)の岡辺
  日に溶けて淡雪流る

 その教師は、私の父も教わったので、かなり爺さんだったが、父が高校生(旧制高校)だった頃は〝地蔵さん〟というあだ名だったそうだ。

 私がベッドの中で思い浮かべたのは、これではなく、二番の詩の冒頭の一節だ。

  昨日(きのう)またかくてありけり
  今日もまたかくてありなむ
  この命なにをあくせく
  明日(あす)をのみ思ひわづらふ

 まさにこの心境なのであります。あゝ 無情! いや、無常というべきか。

(城島明彦)

2016/11/14

頭のエンジンがかかりにくいときには、「連想ゲーム」や「ダジャレ」が効く


「いいアイデアが浮かんでこない」というときの特効薬

 パソコンや紙に向かっても、すぐにアイデアが出てこないときがある。
 出てきても、イマイチと思うことがある。
 そんなとき私は、自分で入れたコーヒーを飲みながら、くだらない連想ゲームをする。
 まずは、ウォーミングアップである。

  雨→傘→折り畳み→ティッシュペーパー→鼻水→かぜ

 これは、「オーソドックスな連想ゲーム」で、脳の方もゆっくりと活性化していく。
 このやり方は、ボキャブラリーを豊かにし、連想力も強化するが、どちらかというと「論理的な連想」の域をまだ脱していない。
 だが、確実に脳はクリエイティブな動きを開始し始める。

 「のんびりしている場合ではない」というときは、連想の飛躍を試みるとよい。
 
  雨→五月雨→あんた誰→ダレノガレ→ガレージセール→ポパイザ・セールマン

 どちらかというと、「尻取り遊び」をミックスした連想ゲームだ。オーソドックなものに比べ、ダジャレのようなものも加えている。
 これをやると、脳の覚醒スピードが少し早くなる。

 「説明しないとわからない」ような連想にすると、脳の覚醒スピードはさらに上がる。
 
  雨→八代亜紀→オータム→トーテムポール→ビートルズ→哀川翔

 「♪雨、雨、降れ降れ、もっと降れ」(雨の慕情)を歌っている八代亜紀の「あき」→秋=オータムと連想した後は、オータムの「語呂合わせ」で「トーテムポール」を連想。次は、ポール・マッカートニーとやらずに「ビートルズ」まで飛躍させ、カブト虫飼育で知られる哀川翔へとつなぐ。
 「語呂合わせによる発想の飛躍」による脳力アップだ。

 もっと能力をアップするには、「トンデモ連想」をやることだ。
 〝アメリカ版ヒットラー!?〟トランプ新大統領誕生に合わせて、
 「ハイル、ヒットラー!」
 という「お題」を設定しての連想ゲームだ。まともに考えず、思いっきり「ダジャレ」に走らないと面白くない。

  ヒットラーは総統室へと向かった→入る! ヒットラー
  ヒットラーは鉤(かぎ)十字の国旗の前でポーズを取った→映えるヒットラー
  ヒットラーは国民車(フォルクスワーゲン)をつくった→オイル、ヒットラー
  ヒットラーは口角泡を飛ばして演説した→吠える! ヒットラー
  ヒットラーは肥満体質だった→肥えるヒットラー
  ヒットラーはゆで卵が大好きだった→ボイル、ヒットラー
  ヒットラーはうつ病だった→滅入るヒットラー
  ヒットラーは敗戦濃厚と聞いて頭を抱えた→禿げるヒットラー
  ヒットラーは山岳地帯へ逃走した→ザイル、ヒットラー
  ヒットラーは空腹に苦しんだ→飢えるヒットラー
  ヒットラーは変装してドイツに戻ろうとした→帰る! ヒットラー
  ヒットラーは火炎放射器で焼かれた→燃えるヒットラー
  ヒットラーは生きていた→老いるヒットラー

 くだらないことをこれくらいやると、脳のクリエイティブな領域は完全に覚醒し、「連想ゲーム」を始める前とは違っているはず。
 「いや、そうでもない」という人は、こういうことを習慣づけるようにすると、発想力は間違いなくアップするようになる。
 年寄りのボケ防止にも効果があるので、騙されたと思ってやってみては?

 Photo  ※城島明彦現代語訳の本書、買ってくだしゃんせ。石田梅岩『都鄙問答』の「都鄙」は「とひ」と読みます。松下幸之助、稲盛和夫両氏に多大な影響を与えた本で、平成初の現代語訳ですぞ。

(城島明彦)

2016/11/13

〝スーパースター〟浅田真央の引き際は、思ったように体が動かなくなった今だ! 


「新旧交代劇」が起きたら、即引退――その方が傷が少ない


 今夜8時半からテレビ放送がある「フィギュアスケートの2016年GPシリーズ第4戦フランス杯」は録画で、結果はすでに判明している。

 注目の浅田真央は、ショート8位、フリー10位で総合9位だった。
 一方、15歳の樋口新葉は、この大会が世界デビュー戦になるにもかかわらず、ショート5位、フリー3位の好成績で総合3位に輝き、新旧交代を印象づけた。

 浅田真央の成績は、トップのメドベデワと比べると、あまりにも点差が開き過ぎている。
 メドベデワは、ショート78・52、フリー143・02で合計221・54。
 対する浅田は、ショート61・29、フリー100・10で合計161・39。
 その差、60点以上。
 全盛時の浅田真央が他の選手との間につけていたような大差を、今はメドベデワにつけられている。

 一方、樋口新葉は、ショート65・02、フリー129・46で合計194・48。
 浅田は、樋口にも30点以上もの大差をつけられたのだ。
 すでに新旧交代時期に入っているのだ。

 「今回の失敗を修正して、次は」
 といい続けてチャレンジを繰り返してきたが、空しい結果が続いている。
 気持ちに体がついていかない状態になっている。 

 これ以上やり続けても、全盛時のような体のキレ、技の冴えは戻らないのではないか。
 もう引退した方が、スーパースターの栄光に傷がつかない。
 決断のときだ。

(城島明彦)

2016/11/12

石田梅岩『都鄙(とひ)問答』→松下幸之助→稲盛和夫→孫正義をつなぐ線


「商人道」という「心」は、形を変えて脈々と受け継がれている

 今、ビジネスマンに最も人気がある経営者は誰かといえば、京セラの稲盛和夫(敬称略、以下同様)とソフトバンクの孫正義だろう。  
 経営者としての孫正義が、誰の影響を大きく受けたかといえば、稲盛和夫だ。
 孫正義は、若手の経営者だった時代に、稲盛が主宰する「盛和塾」に通って、経営のあれこれを直接教えてもらった。

 稲盛和夫が、京都で京セラを起業したとき、誰の影響を大きく受けたかといえば、パナソニックの創業者である松下幸之助だ。

 碍子をつくっていた若かりし日の稲盛和夫は、松下電器産業へ売り込み、松下幸之助の思想の影響を受けたのだ。

 その松下幸之助が大きな影響を受けた人物といえば、江戸時代の心学者石田梅岩である。
 江戸時代の商人は、
 「農民や工人(職人)は額に汗して働いて、コメや家具などを生産するが、商人は人がつくった物を右から左へと流すだけだ」
 として軽蔑され、士農工商という身分制度の一番下に置かれていた。

 「そうではない。商人が品物を流通させなければ、国民は生活していけない。商業は立派な仕事なのだ。商品を仕入れて売って得る利益は、まっとうなもの。武士が主君に仕えることでもらう俸禄と同じだ」
 と、商人の正当性を初めて堂々と主張し、誰でも無料で聴講できる私塾を開いてその考えの普及に当たり、私塾で交わされた質疑応答はメモに書きとめ、それを後に一冊の本にまとめたのが『都鄙問答』である。

 石田梅岩の思想は、儒教の流れを汲んでいるが、中国の「心学」(陸王学ともいわれ、陸象山が始め、王陽明が完成させた儒教)と区別するために石「石門(せきもん)心学」と呼ばれている。

 松下幸之助は、丁稚から始めた苦労人だったから、時代は違っても、同じ丁稚から始めた石田梅岩に自身の姿を重ね、梅岩の思想に心酔し、こう考えたのだ。
 「商売で成功するには、人に感動を与え、納得させ、心を動かす思想がいる」
 そして設立したのが「PHP研究所」だ。

 よって、以下の図式が成り立つのである。

 石田梅岩→松下幸之助→稲盛和夫→孫正義


時代の経営者を幾人も育てたとき、孫正義は不動の評価を得る

 石田梅岩、松下幸之助、稲盛和夫、孫正義に共通するものは何かといえば、
 「名家名門にあらず」
 「叩き上げ」

 ということである。
 
 そしてもう一つの共通点は、
 「人の心を動かす思想・信念がある」
 ということだ。

 孫正義の影響を受けた若い世代が多数、経営者となって、失われた日本の活気を再び盛り返すとき、孫正義は不動の評価を確立することになるが、それはいつになるのか。


〝平成初〟〝日本史上2冊目〟となる現代語訳『都鄙問答』を読んでおいて損はない

 石田梅岩の『都鄙問答』は「日本のCSR(企業の社会的責任)の原点」とされている書だ。
 「経営者はもとより、ビジネスマンなら一度は目を通しておくべき本だ」
 と考えて、私は現代語訳した。
 自慢めいた言い方をすれば、致知出版社から先日刊行された拙訳本は、
 「平成初の現代語訳本」
 であり、
 「日本史上、2冊目となる現代語訳本」
 になる。
 
 江戸時代の本なので、今日の感覚からすると理解しがたいところも多々あるが、松下幸之助が「座右の書」とし、稲盛和夫が経営者としてスタートを切った30そこそこの頃に大きな影響を受けた本なので、
 「日本を代表する名経営者を心酔させたのは、どの箇所なのか」
 ということを知っておいて損はない。
 少なくとも、稲盛和夫論、松下幸之助論を語ろうとするなら、読んでいなくては話にならない。必読の書である。

 また、電通の女子新入社員が過労自殺した事件が波紋を広げているが、そこにあるのは「心」の問題だ。
 『都鄙問答』には「心のあり方」をめぐる問答が多く記されている。
 『都鄙問答』が書かれた当時の日本は、西日本一帯で「享保の飢饉」といわれる大飢饉が発生し、265万人もの餓死者が出た。
 当時の日本の総人口は約3100万人、江戸の人口は100万人だったから、とんでもない被害である。
 人々の「心」はボロボロになった。

 今日の日本では、東北を襲った大震災、熊本を襲った大震災など天変地異が相次いでおり、当時と重なるところも多い。時代がどんなに変わっても、人の「心」は変わらない。
 そういう視点から『都鄙問答』を読み解くという方法もある。


『都鄙問答』を現代語訳した経緯

 『都鄙問答』は岩波文庫になっているが、いかんせん、古典に強いと豪語する人でもすらすらとは読めない内容だ。
 「そういうことなら自分が」
 と勢い込んで、
 「岩波文庫を底本とした『都鄙問答』の現代語訳の企画書」
 を書いたのは昨年のことだったが、出版社で却下され、落胆した。

 それなら、PHP研究所に打診しようかと考えたが、以前、同出版社の編集者から別の企画を軽くあしらわれた嫌な思い出があって、踏み切れなかった。

 それでも諦めきれずにいたところ、年が明けて2月、運よく、岩波文庫『都鄙問答』が「リクエスト復刊」されたので、加筆した企画書を再提出し、出版社に承知してもらったという経緯がある。

 現代語訳に取り組み始めたのは4月からで、6月には全文を通読し、訳文を書き始めたら猛夏に突入、何度も体調を崩し、本が店頭に並んだのは9月末だった。
 7月に70歳になった私は体力も落ち、
 「これが最後の本かもしれない」
 と何度も思うほど体調が悪い中で取り組み、ゲラの校正が終わったとたん、何日も寝込んでしまっただけに、今はほっとしている。

 そういう経緯があるので、岩波書店には恩があるが、『都鄙問答』の拙訳本が刊行されると岩波文庫も売れた。 その意味では、『恩は返した』といっていいのではないか、と私は思っている。

 致知出版社刊行の私の名著現代語訳では、石田梅岩『都鄙問答』は、『宮本武蔵『五輪書』(2012年)、吉田松陰『留魂録』(2014年)、貝原益軒『養生訓』(2015年)に続く4冊目となり、現在、5冊目の中江藤樹に取りかかっている。

 石田梅岩『都鄙問答』現代語訳をまだ読んでいない人は、ぜひ! 

 Photo ※画像はクリックすると大きくなります

(城島明彦)

2016/11/11

トランプ勝利を予想していただと!? うさんくさい連中が跋扈(ばっこ)する日本


踊るアホウに、踊らせるアホウが大勢いる日本は平和だ

 「トランプが負けたら、私は職を辞し、頭を丸める」
 とまで言い切った者が、果たしていたのか!?

 日本は平和だ。
 そういう国だから、機を見るに敏な連中がゴマンといる。
 米大統領選挙が意外な結果に終わると、
 「自分は、投票前からトランプの勝利を予想していた」
 などと得意げにいっている連中が後を絶たない。

 おびただしいデータを分析したアメリカの大新聞ですら予想できなかったことを、異邦人である日本人が、論理的に言い当てられるわけがない。

 トランプが勝つなどと予想したとすれば、それは、競馬で大穴馬券を当てたのと同じだ。
 たまたま当たったに過ぎない。
 「バカも休み休みいえ」
 という言葉は、そういう連中に向けられる言葉だ。
 「どの州ではこうれこれと、きちんと票数を読んで、トランプが勝つ」
 と予想した者など、日本には一人もいない。

 勝つためには手段を選ばないという究極の戦略だったとしても、あれだけ無茶苦茶ことをいったら、トランプは人間性を疑われて当然。

 トランプが大統領として、きちんと政治をやったとしても、
 「羊の皮をかぶった狼」
 としか見られない。

 それにしても、アメリカは日本人の感覚では理解しがたい国だ。
 
(城島明彦)

2016/11/05

NHK朝ドラ「べっぴんさん」の致命的ミス、服が全員、おろしたて!


闇市に出てくる人の服が、新品同然ピッカピカ

 「べっぴんさん」は、再放送をときたま見るだけだが、たまたま見た闇市の場面の服装を見て、違和感を覚えた。

 終戦後の闇市ができた時代には、戦時中に家屋を焼かれて失い、財産もなくした人も多く、食料も不足して、ごく一部の人を除いて生活していくのがやっとの状態で、みなボロい服を着ていた。
 それなのに、ドラマでは、誰も彼もが新品に見えるような服を身につけている。

 着ている衣類を汚していないのは、大河ドラマでも同じだ。
 いつみても、「いま、初めて袖を通しました」と思えるまっさらな羽織や袴、鎧兜(よろいかぶと)を身につけている。

 「べっぴんさん」では、闇市を再現するために凝ったセットを作って時代色を出す努力をしているが、衣服の手抜きで、ドラマそのものまで嘘っぽく見えてしまう。
 しっかりしろ、NHK!

(城島明彦)

くら寿司の「牛丼を超えた『牛丼』」に偽りあり! 御飯が透けて見える肉量だった!


サービスの考え方に問題あり

 寿司以外のメニューが評判で、中高生もよく利用している「くら寿司」が、新しく「牛丼」をメニューに加えたというので、導入初日の昨日(11月4日)、早速、行ってきた。

 ラッシュ時を裂けて、入店時間は4時30分。
 まず、牛丼とあさり入り味噌汁をパネルで注文。時間は4時33分。
 それだけでは足らないと思い、寿司4皿をその後、追加。

 最初に流れてきたのは。寿司4皿。
 一緒に流れてこないと意味がないみそ汁は、食べ終わっても流れてこない。
 牛丼は、つくるのに多少時間もかかるだろうと思い、寿司を食べた。
 しかし、食べ終わっても、みそ汁は流れてこず、イラっとする。
 
 20分くらいたってから、やっと牛丼が流れてきた。その感想は後述。
 しかし、みそ汁はまだ。
 みそ汁は、牛丼を食べ終わっても流れてこなかった。
 届いたのは、5時02分。注文から30分近く経っていた。
 
 その間、隣の席にいた若い男女が、何があったのかわからなかったが、店員を呼んだ。
 そして席を立って行った。
 それからしばらくして、その席の横にデザートが1つ、流れてきた。
 少したってから、店員がやってきて、そのデザートを処理していた。
 
 推測するに、
 「デザートがいつまで待っても来ないから、もう帰る」
 ということではなかったか。
 要するに、

 ①注文対応スピードがなっていない
 ②商品のチェック体制が完全ではない
 ③サービスが徹底していない
 

 ということだろう。

 その席の様子を見ていて、何か月か前にあったことを思い出した。
 「いつまで待たせるんだ!」
 と年輩の男が、入り口付近で大きな声で怒鳴ったのだ。
 客をイライラさせるようでは、サービス失格だ。


牛丼の常識を超えた「少量」

 さて、本題のくら寿司がテレビCMまでして告知した「新発売の牛丼」である。
 うたい文句は、
 牛丼を超えた「牛丼」
 
 テーブルの上には、なみなみと牛肉が盛られた写真がある。
 しかし、流れてきた牛丼を見て、唖然とした。
 御飯が透けている。 
 牛肉が載っていない場所がいくつもあったのだ。
 これじゃあ「まだら雪」ならぬ「まだら牛」じゃございませんか!
 
 しかも初日で、これだ!

 かたよって盛ったからそうなったのではなく、牛肉の量が少ないからそうなったのだ。
 その分、汁がたっぷりかかっていた。

 見本写真とは、明らかに量が違う!!!
 汁の量は満足だが、肉の量は不満たらたら。
 370円という安さを考えると、そういうことなのかと考えた。
 
 確かに味はよく、すき焼きを明くる日の残り汁のような濃厚な味付けだと思った。
 よって、味は合格!
 
 どの店で食べたかというと、田園都市線沿線のたまプラーザ駅前店だ。
 くら寿司は、醤油がまずいので「マイ醤油」を持参していたこともある。
 もう一つ文句をいうと、ウェットティッシュが小さすぎる
 保育園用か、といいたくなるサイズだ。
 しみったれているのではないかと客に思われないような配慮が必要だ。

 (城島明彦)

« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »