« NHK「真田丸」は視聴者をなめている! なぜ重厚なドラマにしないのか? | トップページ | 冬が来れば思い出す 深夜の神社で竹刀の素振り »

2016/03/02

「裁判官の考え方がバラバラ」という恐ろしさ――「徘徊認知症老人の交通事故死事件裁判」が提起するもの


判決を否定された裁判官は「降格」「免職」がふさわしい

 ちょっとばかり忙しいのだが、「老親の介護関係の本」も書いている者として、どうしても一言いいたいので、手短に書く。

 昨日(3月1日)、「認知症老人事故死事件」の訴訟は、「要介護4」の認知症の老人(91)が、介護をしていた「要介護1」の妻が目を離したすきに外に飛び出し、電車に乗って別の駅で下車し、線路に降りて轢死したという事件。

 その事件で、JR東海の電車は止まり、振り替え輸送などを行ったため、家族に「監督責任がある」として損害賠償訴訟を起こし、その裁判が名古屋地裁→名古屋高裁→最高裁ときて、1日に最高裁が高裁判決を覆す判決を出した。
 全国には500万人超の「認知症患者」がおり、超高齢社会に突入している日本では、今後も増加の一途をたどることから「社会問題」として、メディアが競うようにして取り上げた。

 メディアの論点は、いずれも「介護と家族の監督責任」にフォーカスを合わせている。

 その問題は大事だが、それ以前にもっと大きな問題点が抜けている。
 「裁判官の資質を問う」という視点である。


能力不足の裁判官〟に裁かれて泣き寝入りするケースは多い

 地裁は、「妻と(20年離れて住んでいる)息子」の両者に監督責任があるとして、「720万円の損害賠償」を命じた。
 ところが、高裁では、「妻」にのみ監督責任があるとして「半額(360万円)の損害賠償を命じた。ケース・バイ・ケースという前提もつけた。
 そして最高裁は、「損害賠償の必要なし」としたのだ。

 会社にあてはめた、わかりやすい例でいうと、最高裁は役員会議、高裁は部長会議、地裁は課長会議だ。役員会議と違うような結論を出した部長や課長は、「降格」か「左遷」されても文句はいえない。
 
 裁判の場合、地裁で敗訴しても、控訴する金がないとか、失望して裁判を継続する気力が失せてしまい、その時点であきらめ、泣き寝入りしてしまう人が世の中にはいっぱいいるということだ。

 のちの時代になれば、地裁や高裁の判決の方が正しかったという評価になるかもしれないが、今の時代では、最高裁に否定される判決を下した裁判に関与した裁判官は、「罷免」されてしかるべき、と私はいいたいのだ。

 (城島明彦)

« NHK「真田丸」は視聴者をなめている! なぜ重厚なドラマにしないのか? | トップページ | 冬が来れば思い出す 深夜の神社で竹刀の素振り »