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2015/11/02

松陰の遺書の扱いが、ご都合主義すぎる「花燃ゆ」(第44回「運命の糸つなげて」)


歴史を無視したり、捏造するのはNHKのやるべきことではない

 ドラマとはいえ、歴史的事実を無視するだけでなく、歪曲して、ドラマを作り上げていく手法というのは、民放やら昔ならいざ知らず、NHKとしてはいかがなものか。
 
 第44話も、適当だった。
 吉田松陰の真筆の遺書「留魂録」を、松下村塾生だった野村靖が、群馬にいる楫取素彦のところまで届けに来るのもおかしな話。
 楫取素彦が書き残した当時の日記に、素彦が足柄縣の県庁小田原に「参与」(副知事のようなもの)として勤めていたときに、野村とは別の人物が「松陰の真筆の『留魂録』が見つかった」といって、それを携行して小田原までやってきて一泊して帰っている。

 松陰の『留魂録』を読んで、高杉晋作らの塾生たちは「絶対に仇を討つ」と誓い合い、やがて幕府を倒すことになる恩師の忘れ形見である。

 松陰は、処刑前日に獄舎の牢内でそれを用心のために二通書き上げ、一通を牢名主に託したのだ。
 一通は、幕府に持ち去られることなく松下村塾生らの手に渡ったが、書写しているうちに紛失。塾生らは、本物はもう出てこないと思っていたのだ。

 ところが、牢名主だった男は、その後、三宅島に流刑になる。だが、その間、着物の襟に縫いこんでいて、明治になって恩赦を受けて本土に帰ってきて、松陰に頼まれた言葉通り、長州藩の連中に届けようとしたのだ。

 楫取素彦の行動は、不思議だった。
 手渡された『留魂録』を見て本物と断定したが、それを受け取ることなく、金2両を「保管料」として手渡し、「松陰の資料を集めている野村靖に渡すように」と伝言したのだ。

 しかし、元牢名主は、そのとおりにはせず、かなり経ってから神奈川県の県令になっていた野村靖を訪ね、野村がそれを買い取り、後日、外国の大使になって日本を離れる際に松陰神社に寄贈。それが今日まで残っている『留魂録』である。

したがって、野村靖が群馬へ持参し、それを見て楫取素彦が驚いた顔をすることなどありえないのである。
ましてや、都合よく、その場に美和(文)がいるなどということもまずありえない。
 ドラマの演出では、小田原勤務を無視しているので、そういうおかしな作り話になる。
 
 歴史的事実関係という大きな制約の中で、いかにドラマとして面白くするかが、脚本家や演出家の仕事だ。適当にはしょったり、事実関係を意図的に変えたりして、話を面白くしようとするのは「邪道」である。
 都合のよいようにするのなら、誰でもできる。私は、そう思うが、いかが?

 美和は三姉妹なのに、長女がいないかのように演出しているのも、おかしい。
 長女の千代は、松陰のことを詳細に語り伝えた重要人物の一人。
 女ながら、玉木文之進が自刃するときに介錯を頼まれたのも、この長女だ。

 出したくなければ、長女をナレーターにして三姉妹の視点で大河ドラマを描けばよかったのだ。
 そうすれば、重要な事件の場に無理やり美和がいるように描かなくてすむ。そういう知恵を絞るのが、NHKなのではないのか。

 ちょっと多忙なので、今日はこれでおしまいでござる。誤字脱字があったら、ご勘弁、ご勘弁。

 (城島明彦)

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