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2015/09/28

漢詩「春眠」の孟浩然(もうこうねん)は、もうこんねん?


自分流のすゝめ

 今はもう秋 秋の反対は春。
 誰もがよく知っている「春の漢詩」といえば、
 孟浩然(もうこうねん)の五言絶句「春眠」。
 中学一年の国語の教科書に載っていた。
 
  春眠暁を覚えず
  処処啼鳥を聞
  夜来風雨の声
  花落つること知る多少

 春は眠くて、なかなか目が覚めない
 あちこちで、鳥のさえずりが聞こえる
 夜半に、風雨の音がしていた
 花がいっぱい落ちたに違いない

 日本語に訳すと、大体、こんな風な内容になる。
 ところが、これを風流な文語に訳した人がいた。
 川路柳虹(かわじ りゅうこう)という明治生まれの詩人だ。
 こんな訳文だ。

  春のあしたのよき眠り
  夢のうつゝの鳥のこゑ
  さは、夜嵐(よあらし)に散りしきし
  花の匂(にほ)ひも艶(あで)にきく。

最終行の「きく」は、「香をきく」という意味だ。
この日本語訳を初めて目にしたときは、驚いた。
五言絶句だけに、しばし絶句。
そこで、おいらも、妙な訳し方をしてみた。

  春は眠うてたまらん、爆睡して目が覚めへんのや
  あっちゃこっちゃで、鳥が鳴いとるがな
  真夜中に、どえらい嵐が吹きよりましてな
  花が仰山(ぎょうさん)落ちたんと、ちゃいまっか

  あんたはんも、おひとつ、どうどす?

 (城島明彦)

2015/09/26

古文『養生訓』の現代語訳で、四苦八苦


二者択一とはいかず、七転八倒

 人の子となりては、其(その)おやを養なふ道をしらずんばあるべからず。

 貝原益軒の『養生訓』の最終章(巻第八)の冒頭に記された文章である。
 江戸時代中期の1713年に書かれた本なので、今から300年前の文章ということになる。

 この現代語訳に取り組んだのは6月末。8月末には訳し終わったが、加筆修正に1か月近くかかり、やっと完成だ。

 前記の原文は、そう難しくはないが、どう現代語訳にすればいいのかとなると、悩んだ。

 ①人の子となりては

 相田みつをの「にんげんだもの」の真似をして「人間の子だもの」とすると、ちょっと、くだけすぎて使えない。そこで、「人の子となったからには」「人の子となった以上」「人の子であるからには」「人の子として生を受けたのだから」「この世に人間の子として誕生したからには」など、いろいろな表現の仕方があり、どれにするかで、まず悩む。

 ②其おやを養なふ道を

 おやを「両親」と訳すか、「親」にするかで迷う。

 ③しらずんばあるべからず

 「知らぬということがあってはならぬ」という意味なので、そのまま現代文に変えると、「知らなくていいということがあってはならない」となるが、これでは味がない。
 二重否定=肯定なので、「知っていなければならない」「知っていて当然である」「知っているべきである」といった肯定文として訳すこともできるので、また悩む。

 ♪悩んだ、悩んだ、赤白黄色、どの花見ても きれいだな (ううっ、しんどい!)

 結局、「人の子となりては、其おやを養なふ道をしらずんばあるべからず」をどう現代語にしたかというと、

 「人の子として生まれた以上、親を養う道を知らないというのは通用しない」

 たった一行で、青息吐息。
 古文を原作者の意図を酌んで、わかりやすく現代語にするのは、結構、たいへんなのだ。

(城島明彦)

2015/09/16

くたばれません、書くまでは!


ジェジェジェの能年玲奈

 ♪能年能年能年 能ハ~イド! イヤー~ッ(ジジババにしかわかりませんな)

 「能年」という名字があるのだから、
 「翌年」(よくねん)とか来年(らいねん)という名字があっても不思議はないが、まず見かけない。

 じゃあ、「頼年」はどうだ。
 「らいねん」ではなく、「よりとし」と読ませるにしても、これも、お目にかかったことがない。
 なら、「寄年」はどうか。こちらは「きねん」ではなく、「よるとし」と読む。

 ドラマの登場人物なら、ありえる。
 寄年奈美(よるとし なみ)
 寄る年波。

 前振りが長すぎた。寄る年波には勝てません。そういいたかっただけ。
 今夏の猛暑はきつかった。
 おかげで、私の体調はガタガタ、ボロボロ、ボロブドゥールは世界遺産、ボロディンは「中央アジアの草原にて」の作曲家でございます。

 だども、秋風がようやく吹き始めて、おいらのガタボロ体調にも回復の兆しが!

 ♪兆しも休まず 槌(つち)打つ響き
  仕事に精出す 村の火事や! 火事はどこだ!? JRか?

 「くたばれません、書くまでは!」と。
 おじい向けのオージービーフでスタミナつけつつ、
 『養生訓』の現代語訳の本が書店に並ぶまでは、くたばれないのだ。

(城島明彦)

2015/09/12

高杉晋作の未完の辞世。幻の下の句とは!?


もののふの道と吉田松陰の「至誠」

 「花燃ゆ」の再放送(9月12日)を見た。
 高杉晋作が死ぬ場面があった。

   おもしろき こともなき世を おもしろく

 高杉の未完の辞世の句とされているが、粋な高杉は、都々逸の歌詞でもつくるつもりで、遊び心を込めて、この一句を詠んだのではないか。

 志半ばで若くして結核で死んでいった高杉晋作。
 この句は、彼の未完の人生を象徴している感があって、いい句だと思えるのに、高杉をかくまったこともある勤皇の尼僧で歌人でもある野村望東尼が、下の句を書き加えるという余計なことをした。

   おもしろき こともなき世を おもしろく
        住みなすものは 心なりけり

 なんとも分別くさく、おもしろくない和歌になってしまった。

 まじめな感じにするのであれば、私ならこうする。

   おもしろき こともなき世を おもしろく
        われ生きめやも もののふの道

 「生きめやも」は、熱い願望を込めた「生きたいな」という意味である。
 
 あるいは、恩師・吉田松陰の座右の銘「至誠」を入れるなら、

   おもしろき こともなき世を おもしろく
        生きてし止まん 至誠つくして

 「生きてし止まん」は「徹底的に生きてやる」という意味だ。
 戦時中の「討ちてし止まん」と同じ使い方である。


 (城島明彦)

2015/09/08

〝花燃ゆ尽き症候群〞まん延――最低視聴率更新(9・3%)は、異説オンパレードが原因か


嘘八百で、秋風が吹き始めた「花燃ゆ」

 井上真央主演の「花燃ゆ」は、あることないことを超えて、ないことないことをテンコ盛りにした大河ドラマだが、彼女扮する主人公(旧姓吉田文→久坂文→久坂美和→楫取美和)が、激動の幕末維新史にあたかも直接関わったかのような描き方をして多くの大河ファンを失望させている。

 その思いが9月6日放送の視聴率に表れた(ビデオリサーチの関東地区9・3%は、放送開始以来最低だった8月23日放送の9・6%を更新)。

 しからば、久坂美和で少し遊んでみることにいたしまするゆえ、おつきあいくだされ。


美和づくし

 ○美和といえば、高田美和?  ん? 高田浩吉の娘? 元大映の女優? ヒット曲「17歳は一度だけ」? 身長160センチ、大映入社1962年、1960年代の人? う~ん、古かァ、古すぎる。古川ロッパじゃあ~りませんか。

 ○いけませんなァ、美和といえば、浅尾美和じゃあ~りませんか。
 そう、〝ビーチバレーの妖精〞? よせやい、もはや過去形だい。妖精、や~い、今、どうしてルン婆?
 
○ちょとまてください、ちょい待ち月。
 ♪宵待ち草の やるせなさ。

 美和といえば、三輪明宏じゃなかった、ドリカムの吉田美和でございます。
 彼女、1964年の東京五輪大会の翌年生まれなのに、まだ現役バリバリ。
 バリハイ(ミュージカル→映画になった「南太平洋」の劇中歌)でございます。
 Bali Haiに乾杯? バリ杯?

 「はい」といえば「イエス」、そうです、私がへんなおじさんです。

 ♪ハイサイおじさん、(トットトット)、ハイサイおじさん……
 ん?
 オー、ノー! オノ・ヨーコ。
 バリといえば、バリー・ボンズでござんショー・タイム。
 バリー・ボンズは、「大リーグ史上最多本塁打王」(通産762本)でございます。

 父の名はボビー。
 ボビーといっても、ボビー・オレゴンではございません。ボビー・ボンズは、五回も30本塁打30盗塁をやっているので、のろくはない! 晋作は俊足だ。高杉俊足?

 ボンズといえば、明石家さんまでございましょう。
 ♪ポン酢醤油は、キッコーマン、キッコーマン
 ネタを明かしや、明石家さんま~メンは横浜名物。

 ○脱線、脱線、また脱線。
 「脱線は、これ以上、出せん、だっせえから」とオヤジギャグ。

 何の話でしたかな? そうそう、「美和」でございます。

 ○身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 
      留置(とどめ)おかまし 大和魂 (吉田松陰 辞世)

 ○美和といえば、「花燃ゆ」。
 文あらため、奥づとめを致しております美和でございます。
 吉田松陰の妹でございます。

 光陰矢の如し、松陰不死のの如し。
 死せる孔明、生ける仲達(ちゅうたつ)を走らし、死せる松陰、美和を使いに走らす。

 「たとえ、美和、この美和(身は)尽き果てても、日本の行く末を空の彼方からお守り申し上げます。焼酎をのみながら、四季折々に、しょっちゅう、お見舞い申し上げます」
 といって、詠みし歌一首。

 ○美和たとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬ友
      帯留めおくれ 大和撫子 (美和 痴世)

 ○松陰の妹・文は、長州藩士・久坂玄瑞の妻となりましたが、松陰の遺志に突き動かされて血気にはやり、幕府軍と戦って大怪我をし、禁門の変のときに自刃してしまいましたとさ。はあ、ポックンポックン。

 「禁門の変。なんかヘン? オー・ヘンリー! 『最後の一葉』は短編小説の傑作でございますよ」と、樋口一葉がいうわけナイチンゲール。

 ○う~っ、長すぎる。フランク永井のトランク長いっ! 前説がクソ長すぎた。
 「花燃ゆ」の話でございした、奥様。

 ○吉田美和、じゃなかった、久坂美和。久坂玄瑞の未亡人なので、美和は今は久坂美和でございました。
 美和は、長州藩の奥づとめをいたしましたとさ。
 NHKは、彼女の資料がないのをよいことに、あることないこと、いや、ないことないこと、たくみに仰山、物語にしております。

 それはそれは、奥様、何ちゅうか、「愛の水中花」ちゅうか、松坂慶子扮する〝そうせい侯〞の正室やら、田中麗奈扮する姫君やらの長州藩の奥の様子は、ドラマとしては、それはそれで面白いけれど、いかんせん、「見てきたような嘘をつき」という印象はぬぐいきれないのでございます。

 数々の歴史的な出来事で、美和があたかも主要な役割を果たしたかのごとく、描いているのでございます。
どことなく、ドラマが空々しく、「う~ん、そこまでやるか」という感じなんですな。

 「異説! 幕末維新物語」
 というようなサブタイトルが必要なのでは!?

 そういう思いが強くなり、最近の拙者は、「花燃ゆ」を見ても、感情移入しづらくなっているのでございます。
 そう、〝花燃ゆ尽き症候群〞になってしまったのでございます。
 
 皆々様におかれましては、いかがでございましょうや。

(城島明彦)

2015/09/03

スッキリしなかった日テレの「スッキリ」。猪瀬直樹に五輪エンブレム問題を批判する資格などない

 
裏金もらって都知事辞任事件の「禊」(みそぎ)はまだ済んでいない

 昨日(9月2日)の朝、たまたま日テレを見たら、前都知事の猪瀬直樹が、東京五輪のエンブレム白紙撤回についての「責任論」を語っていたので、すぐにチャンネルを切り替えた。

 猪瀬直樹は、どの面下げて、またテレビにシャシャリ出てくるのか。
 復権を図ろうとする猪瀬の野心に、まんまと乗っかった日テレの番組関係者もバカだ。
 圧倒的多数の都民は、徳洲会のドンから裏金をもらった事件で都議会を大混乱させた挙句、都知事を辞めた猪瀬の「禊」が済んだとは思っていない。
 東京五輪の混乱の一端は、猪瀬の都知事辞任も関係なくはないのだ。
 五輪の責任云々をいうなら、自身の恥部をさらけだせ。


 裏金事件発覚で〝マッチポンプ人間〞であることが発覚した以上、猪瀬直樹は、えらそうに上から目線でものをいえる立場の人間ではなくなったのだ。
 そういう自己認識に欠けている。
 政権や世の中を批判する前に、自分が過去に犯した罪を自己批判しながら、まだまだ謹慎しているべきではないのか。

 ノンフィクション作家としての猪瀬の実力は認めるが、評論家として世間を批判する資格は猪瀬直樹にはなくなったのだ。
 評論する立場の人間なら、自分自身ももっと厳しく見つめて然るべきだ。
 自分だけは例外という人間に、評論家の資格などない。

 猪瀬直樹は、討論番組などで、正義の味方よろしく、舌鋒鋭く相手を攻撃するとキャラでありながら、不正な金を受け取ったことがばれて自分がメディアから攻撃されると、ろおろ、おどおど脂汗をタ~ラタラ。
 二重人格そのものともいうべき、その姿は、まるで筑波山のガマのように醜悪だった。
 そのことを日本人は、特に都民はまだ忘れてはいないのだ。これから先も同様だ。

 東京五輪では、競技場のデザインコンペにしろ、エンブレムコンペにしろ、審査委員とか組織委員会の連中とかの人選を誤ったことが、問題を引き起こしているが、テレビのワイドショー番組も同じだ。
 安易な番組のつくりとはいえ、ゲストコメンテーターの人選が見当違いのことが多い。

 テレビ局は、そこのところをもっとしっかりしないとダメだ。


(城島明彦)

2015/09/02

ゆく夏を惜しみて 五輪狂歌二首


東狂パクリン音頭

 2015年の夏も終わりですな。
 夏といえば、スイカ、カキ氷、そして盆踊りでしたな。
 盆踊り、堪能しましたかな。

 盆踊りの定番はというと、今も「東京音頭」に「炭鉱節」、それから「東京五輪音頭」ですかな。
 競作だった「東京五輪音頭」は、三波晴夫のものが一番ヒットしましたな。

 ♪あの日ローマで 眺めた月が
  今日は日本の 空照らす (アー チョイトネ)
  (中略)
  オリンピックの 顔と顔
  ソレ トトント トトント
  顔と顔

 そこで、2020年の東京五輪も、この歌の「替え歌」でどうですかな。
 題して「東京パクリン音頭」。東京五輪の開催を発表したときは天国でしたな。
 ああ、それなのに、それなのに、競技場計画もエンブレムも、やり直し
 そこで、こんな替え歌はどうですかな。

 ▼替え歌「東狂パクリン音頭」(「東京五輪音頭」のメロディで)
 ♪あの広間で 眺めた月が
  今日は地獄の 釜照らす
 (中略)
  パクリンピックの ロゴとロゴ
  ソレ トトント トトント
  ロゴとロゴ

 本歌「炭鉱節」
 ♪月が出た出た 月が出た ヨイヨイ
  あんまり煙突が 高いので
  さぞやお月さん 煙たかろ サノヨイヨイ

 ▼替え歌「2020タンコ節」(「炭鉱節」のメロディで)
 ♪ツキが落ちた落ちた ツキが落ちた ヨレヨレ
  あんまり批判が 多いので
  さぞや安倍さん 煙たかろ 佐野ヨレヨレ

 (城島明彦)

2015/09/01

「お・も・て・な・し!」=「裏ばかり」だった、詐欺まがいの東京〝誤輪〞


密室で決めた責任のがれの「表なし」パクリンピック

 テレビ各局は、午後5時のニュースで、いっせいに東京五輪のエンブレム問題を報じた。

 五輪のエンブレムの白紙撤回が発表されたからだ。
 デザイナーのパクリが次々と表面化していたにもかかわらず、五輪の組織委員会は、独自のものだと見解を発表していた。自己保身が見え見えだった。

 そして、その舌の根も乾かぬうちに、パクリエンブレムが白紙に戻る決定がなされた。
 それが本日夕刻というのは、遅すぎる。
 これまでにかかった費用は、委員会や選考委員らが弁済せよ!

 東京での五輪開催は、東京近辺の既存の施設を再利用する「小さなオリンピック」で、「金をかけない」を謳い文句にして選ばれた。

 あまりにも裏が多すぎる。
 密室でゴチャゴチャやるから、次々と事件が起きる。
 もっとガラス張りにしろ。

 素人政治の民主政権時代、強権の石原都知事時代、賄賂の猪瀬都知事時代を含め、オリンピック開催に、誰が、どう関わったのか、名前と発言内容・行動内容をわかりやすく簡単に公表し、何にいくら使ったのか、金に関しては、旅費等も含めた明細を公表すべきである。

(城島明彦)

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