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2015/07/21

9日目の〝ダメ押し〞は氷山の一角――横綱の品格クソ食らえの白鵬の〝三段悪〞


審判長の注意に「熱いのが出た」では詫びとはいえない

 昨日(7月場所9日目)の逸ノ城との取り組みで見せた白鵬の土俵態度は、ひどかった。
 寄り切って勝負がついた直後、右手で首と顔をグイッと押したのである。

 相撲用語でいう「ダメ押し」で、勝負がついたとわかっているのに、さらに突いたり押したりして相手を土俵下に落とすような行為がそれだ。

 あまりにも「見苦しかった」ので、実況中継のNHKのアナウンサーも指摘し、複数の他局のニュース番組(スポーツ)でも報じられた。

 審判(副部長)もさすがに見かねて本人に注意したので、白鵬もしぶしぶ詫びたが、
 「熱いのが出た」 
 というコメントでは、〝土俵を汚した〞ことを心底から反省しているとはとても思えない。
 相撲を完全になめている。そう思った大相撲ファンは決して少なくはなかったろう。

 昨日の白鵬のふてぶてしい態度は、まるで〝不品行の三段跳び〞だった。
  ホップ:張り差し(左手)  
  ステップ:ダメ押しの顔面張り押し(右手)
  ジャンプ:懸賞金の束でガッツポーズ

 そこで、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」をもじった川柳を一句。※枯れ尾花はススキ

  白鵬の 本性見たり 下劣花(げれつばな)


 なぜ「張り差し」「張り手」を頻発する必要があるのか
 
 大体、白鵬は、無敵の横綱でありながら、「張り差し」や「張り手」を頻繁に繰り出す。
 
 そんな手を使わなくても勝てるのに、わざとやるところが問題なのだ。
 たとえ立ち遅れ、受けて立っても、相手を問題にしないだけの強さが白鵬にはある。
 それなのに――というわけだ。

 白鵬が、もし仮に双葉山の69連勝という記録を破ったとしても、横綱にふさわしい取り口をしない限り、双葉山は無論のこと、大鵬や貴乃花と肩を並べることなどできないのだ。

 大鵬や貴乃花には、どこか寂しげな〝神々(こうごう)しい孤高の影〞が漂っていた。
 そうさせていたのは、国技である大相撲の頂点に立つ横綱の重責であり、誇りであり、品格であった。

 だが、白鵬には、偉大な横綱に必要不可欠な「品格」と「神々しさ」が抜け落ちている。
 口では、殊勝なことをいっぱいいっているが、ふっとボロを出すときがあるのだ。

 昨日の逸ノ城との一番で見せた「ダメ押し」も、その一つだ。


品のない「懸賞金のガッツポーズ」をなぜやめないのか

 懸賞金を受け取った後の横綱にはふさわしくないガッツポーズを、改めようとする気持ちなどないのではないか。

 白鵬は、渡された懸賞金の束が厚いときに、これみよがしに掲げて「ノ」の字を描くようにガッツポーズをする。

 実に品がない。
 にもかかわらず、相撲協会が注意したという話を聞かない。
 相撲は神聖な格闘技である。
 土俵もまた神聖である。土俵にあがる力士は、力水をつけてもらい、口の中をすすいぎ、塩をまいて土俵を清める。

 そういう土俵上で、ガッツポーズをするのは、横綱としてあるまじき下品な行為だ。
 勝負が終ると、双方が向き合って礼をする。
 そういう精神をも愚弄していることを知らないといけない。

 それは、古式にのっとっているのだ。
 古式とは、儀式を重視するものである。
 であれば、懸賞金でガッツポーズをするなどという神を冒涜(ぼうとく)するような不遜(ふそん)な行為が許されるわけがない。

 そういうことを改めず、やり続けるような横綱なら、さっさと引退したほうがよい。
 強いだけが横綱ではないのだ。


日本人とモンゴル人の「民族差=身体能力差」は歴然

 残念ながら、相撲の身体能力はモンゴル人の方が日本人より勝(まさ)っている。
 照ノ富士、逸ノ城といったモンゴルの新進勢力の台頭を見ていると、改めてそう思う。

 力の差は、「民族差」である。
 昨日今日に生じた差ではない。長い歴史の間に培われた「民族的な身体能力の差」である。

 その民族に適したスポーツというものがあり、相撲は日本人に適していると思われたが、モンゴル民族の身体能力は日本民族の比ではなかったのだ。
 
 モンゴル人が相撲界に進出して、次第に頭角を現してきた当初は、日本とモンゴルの経済力の差が「ハングリー精神の違い」になって出ているという見方もされたが、それは「二の次」である。
 モンゴル人が次々と横綱になる最大の理由は、前述した「民族的な身体能力の差」なのである。

 短距離走で、白人が黒人に勝てないのと同じ理屈なのだ。
 そのことは、相撲ファンなら誰でも気づいていることだ。
 
 日馬富士は、今場所は途中から休場したが、この横綱もやたら張り差しをしたり、取り組み中に張り手を連発する傾向がある。
 そういう荒っぽい取り口は、モンゴル民族の荒々しい血がさせるのかもしれない。
 だが、ここは日本だ。
 神事と深く関係している伝統的で神聖な土俵上での戦いには、日本流の礼儀や所作を守らなければならない。
それが嫌なら、相撲界から足を洗えばよい。


照ノ富士と逸ノ城は「張り差し」を封印せよ

 同じモンゴル出身の新鋭でも、優勝して大関になった照ノ富士はふてぶてしいが、関脇になった逸ノ城は心臓が小さい。
 逸ノ城は、幕内に上がった場所で上位陣と対戦したとき、立ち合いに変わったり、はたいたりした。奇襲戦法で勝ったのだ。

 一方、照ノ富士は横綱に平然と「張り差し」にいくなどクソ度胸がある。
 
 白鵬がダメ押しした同じ9日目の勝負では、鶴竜も、相撲の途中で互いの体が離れたときに、とっさに右手で張りに出た。その結果、脇があいて、栃煌山に飛び込まれ、そのまま押し切られた。
 顔面を張ろうとする根性が浅ましい。
 
 モンゴル勢は、特に張り差しが多い。
 突っ張るとか、ガッと組みついて行くとかして、それで破れたのなら、誰も文句はいわない。
 
 照ノ富士も、白鵬、日馬富士、鶴竜のように、横綱になっても、頻繁に張り差しにいったり、勝負の途中で、相手の顔面に張り手をかますなどという〝安易な手〞は使わないようにしてほしい。
 大きな岩のような体なのだから、今から堂々とした相撲を心がけ、早く横綱になって、大鵬や貴乃花のような「品格」漂う神々しい名横綱になってもらいたいものだ。

(城島明彦)

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