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2015/04/28

「NHK大河ドラマの視聴率」と「統一地方選挙投票日」の間には、やはり法則があった!


1回目の選挙で視聴率は下がり、2回目の選挙で上る!

 「統一地方選挙」と「NHK大河ドラマ」の視聴率に〝不思議な関係〞があることが、今回の統一選で証明された、といってよいのではないか。

 選挙当日の大河ドラマは、選挙速報の前に繰り上げて放送される。
 投票結果が気になる人も多いから、ついでにドラマも見てしまう。
 その結果、視聴率は上る。
 ――という考え方と、

 投票に出かけた後、そのままどこかへ出かけて食事をしたり、買い物をしたりするので、大河ドラマを見ないという人が多くなるから、視聴率は下がる。
 ――という正反対の見方も成り立つ。

 そこで、最初の地方選が行われる前の4月15日の本欄に、2回前まで遡って、実際の視聴率を調べて書いた。

 統一地方選挙は、2回に分けて行われる。2回目は2週間後だ。

▼2011年(平成23年)「江」
  4月10日(第13話)16.6% ※前回(第12回)17.1%、前々回(第11回)15,7%
  4月24日(第15話)18.0%
▼2007年「風林火山」
  4月8日(第14話) 16.0% ※前回(第13回)18.5%、前々回(第12回)18.4%
  4月22日(第16話)19.4%
 
 4年前と8年前に共通しているのは、最初の選挙では視聴率は下がるが、2週間後の2回目の選挙の日には上っているという点だ。 
 しかも、前回、前々回を超える視聴率を獲得しているのである!

 ということは!? さんざん叩かれている「花燃ゆ」の視聴率にも、この法則(というほどのものではないが)は、適用されるのか?
 比較しやすいように、2011年、2007年と同じような書き方にしてみると、以下のようになったのである。

▼2015年「花燃ゆ」
  4月12日(第15回) 9.8% ※前回(第14話)11.2%、前々回(第13話)11.7%
  4月26日(第17回)12.6%

 「花燃ゆ」は2回目の選挙当日となる4月26日に、前回(11.2%)、前々回(11.7%)を超える12.6%という視聴率を叩き出したのである。
 2回の選挙に挟まれた回(第16回)の視聴率はどうだったかというと10.7%で、この数字も2回目の選挙の日はクリアしている。

 とはいえ、視聴率12.6%は、決して褒められた数字ではないが、それはそれとして、「歴史は繰り返す」ことが実証されたのである。
 ――なんていうほど、おおげさなことではないけどね。

(城島明彦)

親の入院・介護は、「備えあれば憂いなし」にしたいもの


2015年の介護保険制度改正に完全対応した〝わかりやすい手引書〞
 
 平均寿命は年々伸びて、日本列島はジイさまとバアさまであふれかえっている。
 
 子は、親がいつまでも生きているように思うものだが、人間、年を取ると、あちこちガタが来て、思いもよらないときにダウンする。

 今は元気でも、いつなんどき、入院したり、介護を受けたりしなければならないのが、年寄りの常。

 そうなったときに、本人は案外あわてないが、周りのものがあわててしまう。

 そんなときの心強~い味方が、これですな。
 昔、越中富山の置き薬、平成の今は本書が常備本。 
 5月1日発売ですな。

 ――と、まず、しっかり自己PR。
 いやいや、かくいう私めも、明日はわが身でございます。

  Photo

 この4月から「介護保険制度」が改正されたので、「特養」(特別養護老人ホーム)への入居資格が「要介護3以上」に変わるなど、それ以前と異なることが生じ、いろいろと注意が必要になった。

 今回の改正は、700万人いる「団塊世代」(1947~1949年生まれ)がすべて65歳以上の「高齢者」に突入するという「大きな節目」の年。

 改定に合わせて、第2版の内容も刷新したというわけであります。

 本書は共著で、共著者は、私の大学時代からの友人で、都庁勤務時代は、自ら希望して社会福祉畑ひとすじに歩み、特養「文京千駄木の郷」施設長も務めた大津佳明。

 (城島明彦)

 

2015/04/23

春=スプリング=バネてぇわけで、大塚家具の高級ベッド、バーネンセール?


いつのまにか、すっかり春ですな。

 春になるてぇと、いけませんや。
 ダジャレの虫が騒ぎましてな。

 大塚家具じゃあ、「かぐや姫」の大塚久美子社長が、
 「世間をお騒がせしたお詫び」
 と称して、「語呂合わせのバーゲンセール」を実施しましたぞ。

 題して「久美子=935」円セールだとか。
 
 それを聞いて、
 久美子姫のお父さんの勝久会長、株主総会で、
 「そうかい、と黙っては引き下がれません。白紙に返せ、株主総会」
 と異議を唱えましたな。

 白紙提案には拍手も出て、勢いづいた父さん、
 「935円は高すぎる。もっと安くしろ。遣唐使廃止にあやかって検討しィ! 白紙=894円セールだ」
 てぇことをいいますてぇと、会場からは大きなクシャミ。

 ハクション! =8944!
 
 その迫力に、
 怖~いお兄さん=893(やくざ)もタジタジのタジマハールだ、ハルマゲドンだ、「壁ドン」だ、でございます。

 大塚家具だけに、お二人とも、「どうも、おお疲れさま」。

 オツムの回転が少~しよくなったところで、問題と参りますかな。
 春眠暁を覚えず。
 猛浩然(もうこうねん)の漢詩てぇわけで、

 「蒙古について、知るところを記せ」 

 答えは簡単ですな。
 「蒙古=もう5」ですから、
 「もうろくの手前」(もう6の手前=ボケ予備軍)。

 おあとがよろしいようで。

 (城島明彦)

2015/04/21

低レベル以前。ひどすぎるドラマに唖然、呆然、憤然! 「心がポキッとね」


初老の山口智子。きゃぴきゃぴ演技は気持ち悪いだけ。

 先週の水曜日の夜のこと。
 原稿書きの仕事に疲れ、小休止しようとテレビをつけたら、たまたま映ったのが「心がポキッとね」という連ドラの2回目。

 山口智子。ひどすぎる。
 去年だったか、ビールのCMに出てきて、これは一体なんだ、と白けるほどのオーバー・アクション。

 ドラマでも、それと同じような学芸会風のオーバー・アクションだ。

 演技は安っぽく、セリフもひどく、演出はデタラメ。
 「ロングバケーション」をまだ引きずっていると見える。

 そう思ってチャンネルを変えようと思ったら、提供スポンサー名が出た。

 ホンダが金を出していた。
 
 ホンダは儲かって仕方がないからF1にまた参戦し、それでも金があまっていると見えて、どうしようもないテレビ番組を提供だ。

 遊び金をどぶに捨てる感覚か?

 森高千里も、ゴキブリみたいに、突然、ホイホイ出てきた。
 昔の名前で出ていますってか。

 くだらない同窓会感覚で、ドラマつくったり番組つくったりしているから、視聴率が取れないのさ。

 視聴率がほしいなら、のりピーにシャブ中役を演じさせ、共演は田代まさし、失恋レストランの清水某でどうだ。

 タイトルは、「しゃぶしゃぶ、一緒にどうですか」で、どうだ。

 松本伊代の亭主のヒロミ。こいつもひどい。
 趣味に生きるといって、勝手に芸能界を離れておきながら、金がなくなったら、あっちこっちへ顔を出す。

 こっちは、昔のコネで出ています、か。

 この男は、むかしから、年長者を「おまえ」呼ばわりしたり、呼び捨てにしたりした非常識な男。
 こんなやつが出る番組なんか、ケッタクソ悪くて見られるか。
 1日も早くテレビから消えろ!

(城島明彦)

2015/04/15

大河ドラマ史上最速! 「花燃ゆ」視聴率1ケタ突入は、統一地方選挙のせいなのか!?


NHKは落とし前をつけないとね。「受信料」でつくっているんだから。

 4月12日の大河ドラマ「花燃ゆ」(第15話)は、統一地方選挙の開票が午後8時から始まるというので、午後7時15分に繰り上げて放送された。

 その視聴率、こんなん出ましたけど!

 聞くも涙の9・8%(関東地区/ビデオリサーチ調査)。
 前々回(第13話)11.7%、前回(第14話)11.2%から一気にダウン。
 NHK大河ドラマ史上最速の猛スピードで、〝視聴率2ケタ割れ〞ときたもんだ!

 だが、「それは統一地方選挙のせいかもしれない」と思わないでもない。
 
 もしそうであれば、過去の統一地方選挙と重なった日曜日の視聴率も下がっているはずである。
 そこで、過去の統一地方選挙日の視聴率を見てみると――

 統一選は2回に分けて行なわれる。
 ▼2011年(平成23年)「江」 
  4月10日(第13話)16.6% ※前回(第12回)17.1%、前々回(第11回)15,7%
  4月24日(第15話)18.0%
 ▼2007年「風林火山」
  4月8日(第14話) 16.0% ※前回(第13回)18.5%、前々回(第12回)18.4%
  4月22日(第16話)19.4%
 
 確かに最初の選挙当日は少し下がっている。
 だが、2週間後の次の選挙当日は上っているではないか!
 しかも、前回、前々回を超える視聴率を獲得している!

 ということは!? 地獄で仏とはこのことか?
 比較しやすいように、2011年、2007年と同じような書き方にしてみよう。

 ▼2015年「花燃ゆ」
  4月12日(第15回)9.8% ※前回(第14話)11.2%、前々回(第13話)11.7%

 ――ということは、「歴史は繰り返す」のであれば、「花燃ゆ」は2回目の選挙当日となる4月26日に、前回(11.2%)、前々回(11.7%)を超えるということか!?

 そんな現実離れした妄想でもしてないと、やってられませんなぁ……。

 しっかり視聴率を上げて、オイラの本が再び売れるようにしてくんなまし、NHK殿!

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(城島明彦)

2015/04/13

吉田松陰 これだけ知っていれば一人前(2)


田舎の私塾「松下村塾」が、なぜ日本の歴史を変えることができたのか

 私が「吉田松陰の人材育成塾」と題して講演したときのメモを、2回に分けて書き記した。
 今回は2回目で「松下村塾」についてだ。
 したがって、正確には、今回だけだと〝半人前〞で、昨日の(1)と合わせて一人前だが、今回のテーマに関していえば、これだけ知っていたら一人前だ。

○松下村塾略史
 (藩主毛利敬親に講義 1840年 松陰11歳)  
 1842年 玉木文之進(叔父)が開塾
 1844年 外戚久保五郎左衛門(隠居)、引き継ぐ
 1852年 松陰、謹慎処分(実父百合之助の「育」(はぐくみ/保護観察)となる)
 1854年 松陰、密航に失敗・投獄
 1856年 松陰、獄を出て杉家に幽閉(12月)⇒翌年から教え始める
 1857年 幽閉中ながら、松下村塾で教え始める(教えた期間は2年半)

○松陰処刑後の日本の動き
 1864年 下関砲撃事件(馬関戦争)/禁門の変/第一次長州征伐
 1866年 薩長同盟/第2次長州征伐
 1867年 大政奉還 10/14 ⇒王政復古の大号令 12/9 
 1868~1869年 戊辰戦争(鳥羽伏見の戦い~五稜郭の戦い)

○教え方の特徴
 「弟子」といわず、「諸友」と呼んだ。見下ろすのではなく、同じ高さで接した
 ①身分に関係なく、入塾を歓迎。対等に接した
 ②個性・得手不得手・長所短所をすばやく見つけ、長所を伸ばそうとした
 ③いつ、何時に来てもOK。遠距離通学者は宿泊もOK
 ④テキストは決まっておらず、習う者の個性に合わせた
 ⑤「歴史・地理・経済・算術を勉強せよ」「机上の学問ではなく、実学が大切」と説いた
水戸光圀編纂の史書『日本外史』、佐藤信淵の経済書『経済要録』、山鹿素行の兵学書『武教全書』
 ⑥人としての生き方、政治のあり方、身の処し方、戦い方などを教えた
 ⑦「読書するときは、抄録を必ず作成せよ。書中の主人公に感情移入せよ」と教えた

○時代を変えた愛弟子
 ①高杉晋作 9歳下 1839(天保10)年8月~1867(慶應3)年(享年29) 19歳で入門。松門の双璧
 「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」(伊藤博文の評)
 師松陰処刑の報に接し、「必ず仇を討つ」と長州藩家老に手紙を出す⇒奇兵隊結成。藩論を公武合体論から尊皇倒幕論へ導き、倒幕に成功 結核で死去
 ②久坂玄瑞 10歳下 1840(天保11)年5月~1864(元治元)年(享年25) 高杉と並ぶ〝松門の双璧〞。松陰の妹文(NHK大河ドラマ主人公)と結婚・義弟となる。「草莽崛起」思想を受け継ぐが、禁門の変で自刃。
 ③伊藤博文 11歳下 1841(天保12)年9月~1909(明治42)年(享年69) 16歳で入門、初代総理大臣

○卓越した眼力で、人材育成
 長所・短所を鋭く見抜き、長所を伸ばすように指導
 ①伊藤博文の評「才劣り学幼きも、質直にして華なし、僕頗(すこぶ)るこれを愛す」(質直:性質は素直、華なし:華美ではない)「周旋の才あり」(周旋:折衝力・政治力)
 ②高杉晋作の評「識見気魄他人及ぶなく、人の駕御を受けざる高等の人物なり」

○ライバルを競わせ、励まして双方の力を伸ばした
 高杉晋作を送る叙「暢夫(ちょうふ。高杉の字)の識を以って、玄瑞の才を行ふ、気は皆其(そ)れ素(もと)より有するところ、なにをか為してならざらん。暢夫よ、天下もとより才多し、しかれども唯一の玄瑞失うべからず」

○贈る言葉の達人
 名文・名調子で塾生の勇気を鼓舞し、やる気にさせた
 ①山田顕義に贈った言葉「百年は一瞬のみ、君子素餐(そさん・禄を盗む)するなかれ」 ※14歳で入門
 ②入江杉蔵のケース
 入熟時の評「学力等は指(さし)たる事も御座なく候(そうら)へども、誠に才智之(こ)れあり、忠義の志篤(あつ)く感心のものに存じ奉り候」 ※入江は身分が低い足軽の子。弟野村靖と最後まで忠誠を尽くした
 杉蔵を送る叙「杉蔵往け。月白く風清し、飄然馬に上(またが)りて、三百程、十数日、酒も飲むべし、詩も賦(ふ)すべし」 ※入江は〝松門の四天王〞(高杉晋作、久坂玄瑞、吉田稔麿(としまろ))の一人
杉蔵への手紙「日本もよくもよくも衰へたたこと、実に堂々たる大国に大節に死する者子遠(しえん。入江の字)一人とは、なしたなさけない。その防長に一人の子遠では之(こ)れなく、死なぬ忠義の士は山の如くあるなり」 禁門の変で戦死。享年28

 ――以上で、吉田松陰の「松下村塾」についての必要最小限のアウトラインは把握できる。
 もっと詳しく知りたい人は拙著『吉田松陰「留魂録」』を一読されたい。
 
 吉田松陰を一言でいうと、拙著のあとがきの冒頭に記したことだが、
 「死んで花実が咲くものかというが、吉田松陰は死んで花実を咲かせた人だ
 
 命がけで生きる。それほど強い生き方はないのだ。
  
(城島明彦)

2015/04/12

吉田松陰 これだけ知っていれば一人前 (1)


深く知ろうとすれば限りがない

 私が「吉田松陰の人材育成塾」と題して講演したときのメモを、2回に分けて書き記す。
 したがって、正確には、今回だけだと〝半人前〞で、次回の(2)と合わせて一人前だが、今回のテーマについては、これだけ知っていたら一人前だ。

○どういう時代に生きた人か
 天保元(1830)年8月4日生まれ~安政6(1859)年10月27日没(処刑) 享年30
 活躍時期 黒船来航(1853年)~安政の大獄(1858~59年) 

○どんな家族構成だったのか?
 父は杉百合之助。
 家格:長州藩(萩藩)無給通士。3人高26石(4680ℓ)。 ※吉田家(養子先):57石
 1升≒1.8ℓ 1石≒180ℓ  1石=10斗=100升=1000合

◎杉家の家系図〔松陰の親兄弟〕
 女
 女
 百合之助――梅太郎(民治)、大次郎矩方=松陰、千代、寿(ひさ)、艶(早世)、文(美和子)、敏三郎
 大助(吉田氏7代目・松陰6歳のときに死去。松陰、養子となり、8代目襲名)
 文之進(玉木氏7代目)
 女
 女

○長州藩とは、どんな藩か?
 長門国(萩市)中心とした周防・長門2国を支配。外様大名。36万石
 毛利元就(10カ国)⇒輝元(孫)が関が原で豊臣方⇒防長2国に減俸⇒1863年山口藩に改称(山口に移庁)

○松陰の考え方
 ①時世の句に象徴されている
  身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂
 ②長州から江戸送りになる途中で詠んだ歌(泉岳寺を通過したとき)
  かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂 
 ③信条・座右の銘 至誠

○人生をどう考えていたか
 「四時」(春・夏・秋・冬)にたとえた
 人生は長さで計るものではないと考えていた

○松陰の人生を変えた大きな出来事
 1850年8月 九州遊学(熊本で宮部鼎蔵)
 1851年   江戸へ。佐久間象山に入門 同年末 東北遊歴 ⇒1952年
 1853年7月(嘉永6年6月)ペリー来航 軍艦4隻 
 1854年2月(嘉永7年1月)軍艦7隻⇒3月 日米和親条約締結 渡航未遂

 次回の(2)は松下村塾。

(城島明彦)

2015/04/07

大学生になった君へ/浪人することになった君へ


 青春時代に何をすべきか

 受験に失敗すると、両親や先生は、必ずこういって慰める。
 「1年や2年浪人したって、長い人生から考えれば、どうってことはない」

 確かにそのとおりなのだが、受験に失敗した当人には、その意味がよくわからない。
 
 なぜなら、「人生」とはどういうものかがわかっていないからだ。
 本を読んだり、社会人の知り合いから話を聞いたりして、頭では人生のことがわかったつもりでいても、20代、30代、40代、50代と続く人生がどういうものになるかはまったくの未知数なので、まるで「実感」として理解できないのである。

 青春とは、そういうものなのだ。
 青春とは、発展途上にある人生の通過点に過ぎない。
 青春時代は、木々にたとえるなら、どんどん若芽を芽吹き、青々と葉を茂らせ、枝葉を伸ばし、大きくなっていく時期だ。
 
 完全な大人ではなく、どこかに未熟で幼い部分を残している。 
 だから、失敗も多い。
 世間を知らないからである。
 20代、30代、40代、50代と年輪を重ねていくと、わかるのが世間なのだ。

 10代や20代の前半で、人生をわかったようなことをいう若者は、信用できない。
 人の意見や考えを、まねしているだけであって、自分の足で歩き、年輪を重ねながら身につけた体験でもなければ知識でもないものを、いくらふりかざしてみたところで、所詮、それは「借り物」に過ぎない。

 どんなに読書に精を出しても、わかったようになるだけで、実感としてつかめることなど、ごくごく限られている。
 
 本の中の知識が実感として感じられるようになるのは、社会人となって理不尽な世界に生きるようになって、さまざまな経験をしてからだ。

 しかし、何も知らないよりはましだ。
 どんな本でもいいから、乱読するのがいい。

 栄養になるもの、ならないもの、いろいろあるが、読みたいと思ったものがあれば、かたっぱしから読んだらいい。

  「役に立つ」とか、「役に立たない」といった狭い了見で本を読むと失敗する。
 覚えられないものは、脳や体が拒んでいるのであって、身につくものは自然と身につくし、頭に残るものは放っておいても頭に残る。
 そういうことに気づくのは、社会人になって40代とか50代になってからだ。

 ただし、受験のために覚えなければならないものは例外である。
 どんなに評判の高い参考書であっても、どんなにすぐれた先生が書いたものでも、目や脳や体が拒否するようなものは合わないのだから、そういう拒否反応を示さない別の参考書を探す方がいい。

 このことは、一般の本にもいえることだ。
 読むと害になる本もある。

 眠くなったり、なかなか先へ進まない本に出合ったりしたら、それが「害になる本」である。
 好きでもない食事を無理に続けていると、体をこわすのと同じで、どんなに売れている本であっても、そういう本は読まないほうがいい。
 合っていないのだ。

 人生は不可解。やってみなければわからない。
やってみて失敗したとき、やり直しができるのも青春だ。
 だから、失敗を恐れず、頑張れ!

 失敗には必ず原因がある。 原因を探らずにまた挑戦しても失敗する。
 もしうまくいったとしても、それは単なる偶然に過ぎず、同じ失敗は二度までと心得るべきだ。

 そうすれば、やがて成功の門に至るだろう。

(城島明彦)

2015/04/05

「花燃ゆ」第14話「さらば青春」は緊迫感があった――頭の中で松陰とモーツアルトが重なった


映画「みじかくも美しく燃え」で流れた「ピアノ協奏曲第21番」

 「みじかくも美しく燃え」というスウェーデン映画を見たのは、私が学生だった1968年。

 美しいサーカス芸人の女性と妻子ある伯爵の道ならぬ恋を描いたその悲恋映画で流れた美しい旋律が、モーツアルトの「ピアノ協奏曲21番」の第2楽章。

 1889年に実際にあった話の映画化で、身分違いの2人は人目を避けて逃避行を続けるが、逃げ切れなくなって北欧の短い夏の終わりに心中する。

 激しくも短く、美しく燃えた愛だった。

 吉田松陰の30歳という生涯もまた、激しく短く、そして至誠に殉じたその姿は美しかった。

 NHK大河ドラマ「花燃ゆ」が低視聴率にあえぐ一因は「緊迫感」にかけることだったが、第14回「さらば青春」は、幕府の大老・井伊直弼が断行したの「安政の大獄」の嵐が吹き始めて、危機感をつのらせた松陰が、井伊の腹心である老中(間部詮勝)暗殺をもくろみ、血盟するという緊迫した内容だった。

 これで視聴率が少しも上らないようなら、「花燃ゆ」はオシマイだ!


松陰が〝陰頑〞(いんがん/陰湿で頑固)と評した吉田稔麿

 瀬戸康史が演じている吉田稔麿(としまろ)は、おいしい役だ。
 吉田稔麿は、高杉晋作、久坂玄瑞、入江九一(くいち)とともに〝松門の四天王〞と称された秀才だったが、性格的に暗いところがあり、松陰は「陰頑」と評した。

 姓が同じ吉田で家も近所だったが、親戚というわけではない。
 
 松下村塾は松陰の叔父玉木文之進が開塾し、それを久保五郎左衛門(松陰の外戚)が引き継ぎ、松陰へとバトンタッチされるのだが、稔麿は9歳のときに久保五郎左衛門の松下村塾に入塾している。
家は足軽で身分が低かったが、教育熱心だったのである。

 その後、稔麿は、塾を離れ、幽閉中の松陰が開いた松下村塾へ入るのは16歳のときである。
 
 稔麿は過激派。松陰に扇動されて血盟書に血判を押したり、塾生7名とともに重役宅に押しかけるなどしたために、自宅謹慎を申し付けられた。
 親や親戚は、びっくり仰天し、村塾と縁を切らせようとした。

 しばらくおとなしくしていたが、松陰の死後、品川の英国大使館を焼き討ちして意気上がる高杉・久坂が提唱した「攘夷血盟書」に加わった長州藩士25名の1人となる。

 松陰処刑(安政6(1859)年10月27日)から3年半後の元治元(1864)年6月5日、同志たちと京都の「池田屋」にいるところを新選組に奇襲され、斬られて重傷を負い、長州藩邸の門前までたどり着くと、そこで自刃して果てた。享年24という若さだった。
 久坂もまた、その1か月半後には禁門の変で自刃することになる。

 (4月6日追記)「花燃ゆ」第14話の視聴率(関東地区/ビデオリサーチ調べ)が出た、11・2%。  もはや再起不能。今後の関心は、どこまで数字が落ち込むか。いつ、「平清盛」のワースト記録を塗り替えるか、いつ、NHK大河ドラマ史上のワーストワン視聴率を記録するかに移って行くのではないか。

(城島明彦)

2015/04/03

上西小百合、古舘伊知郎、古賀茂明、片山さつき、姜尚中らは、テレビから消えてもらいたい!


〝馬鹿女〞上西小百合は、トットと政界から失(う)せろ!

 〝ぶちゃむくれ顔の衆議院議員〞上西小百合は、国会さぼって、男の秘書とほいほい旅行だって。
そりゃないぜ。
 維新の党だけに、威信にかかわるってか?
 コテコテの大阪人で、選挙区も大阪だけに、いいかげんに心斎橋!
 しかも、上西の秘書は評判が悪すぎる。ヤクザまがいの口のきき方で、ひんしゅくを買っている。

 いずれにせよ、政治生命は、これでジ・エンド! 敗(はい)、お疲れさま!

 誰がつけたか、〝浪速のエリカ様〞だそうな。
 「別に!」
 「それが何か?」

 大事な地方統一選を控えて、こんな奴が応援にいったら、当選するものも当選しなくなる。
 トットと議員を辞めて、毎日、大阪の田舎でカエル相手にでも、つっぱってろちゅう~の!
 

古館伊知郎は「目つき」も「顔つき」も最悪! 上から目線よ、敗(はい)、さようなら!

 テレ朝は、問題を起こして官僚を首になった問題の多い古賀茂明を、反体制的なことをいう理由だけで、ゲストコメンテーターに起用した。

 その時点で、爆弾を抱えたようなもの。
 降板させられるときに、計画的に電波を私物化して古館と言い合いをするという前代未聞の醜態をやらかすことで最後っ屁を放った。

 いつか、そうなることはわかっていたのだから、起用したテレ朝が悪い。
 
 古舘と古賀とには、アンチ政府という共通点以外に、「目つきも顔つきも悪い」という共通点がある。同じ穴のムジナということだ。

 朝日新聞が、偏向しまくって、慰安婦問題ではウソまででっち上げるという〝売国的先導役〞や〝反体制的プロパガンダ〞を行なってきたとすれば、テレ朝はそれを公共の電波を使ってそれをやってきた。「朝までテレビ」など、まさにそれだった。
 その先兵の1人が古館伊知郎だった。

 その古舘も焼きが回った。反体制を口にし続けるうちに、そのねじまがった思想に毒され、それがついには顔や目つきに表れる結果となり、視聴者は逃げていった。


〝テレビ慣れした顔のでかい遅刻オバサン〞片山さつきも、早く消えてしまえ!
 
 片山さつきは、テレビに出て、でかい口を叩くことで存在感をアピールする術に長けた似非(えせ)国会議員。
議員として、たいした仕事などしていないのに、大遅刻。
 国会中継のときは、少しでも映ることに汲々としている情けない議員でもある。

 巧言令色、鮮(すくな)し仁。べらべらえらそうなことばかりいっている暇があったら、きちんと国会に出て仕事をしろ!


TBSも暗い! こいつが出てくると暗い気持ちになる姜尚中(カン サンジュン)

 コメンテーターに起用している姜尚中(カン サンジュン)。
 こいつは、どうしていつも暗~い暗~い表情をし、暗鬱な声でぼそぼそと話すのか。テレビには不向きの顔であり、声だ
 こいつが出てきて、しかつめらしい顔つきでしゃべると、明るい話題のニュースも、葬儀場のような雰囲気に一変してしまう。少しは元気よくしゃべれないものか。

 日曜日の朝の関口宏が司会している「サンデーモーニング」のコメンテーターも、顔つきの悪い奴や上から目線で者をいう者が何人もいる。

 日曜の朝から、視聴者の気分を害するようなことはするなといいたい。

(城島明彦)

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2015/04/01

「花燃ゆ」視聴率が〝大河ドラマ視聴率ワースト1〞になる日


吉田松陰の凄さが出ていない

 私は吉田松陰が好きだ。
 彼のことを書いた本(『吉田松陰「留魂録」』)も昨年9月に上梓している。

 松陰の凄いところはいっぱいある。
 ①松下村塾で塾生の個性を重視した教え方に徹し、後に「維新の元勲」と呼ばれる人物を何人も輩出したところ。
 ②「至誠」を身上として、純真な生き方を貫いたところ。
 ③最初は単なる「攘夷」に傾いていたが、黒船襲来以降、アメリカのすごさを知って、「開国」へと考えを変え、自分の目で欧米を見てみようと国禁を犯して黒船に乗り込んで密航しようとした先見性にすぐれたところ。
 ④誰もが平等と説くなど人間として立派だったところ。
 ⑤恐怖政治の犠牲となって、わずか30歳(数え)で死んでしまったところ。
 ⑥恐るべき読書量だったところ。
 ⑦文章で人の気持ちを動かしたところ。等々

 だから、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」には期待した。

 ところが、放送が開始される前に流れた予告編を見て、自分が思っているような内容ではないらしいと感じて、視聴者に支持されないのではないかと思った。
 ほとんどの人が知らない松陰の妹文(ふみ)という人物を主人公にしたからだ。

 ドラマでは、松陰が言葉でぺらぺらしゃべるだけで、上っ面だけのような描かれ方をしている点が不満だ。

 
文も小田村伊之助も全国区でないところが弱点
 
 文と同志社の創立者である新島襄の妻だった八重との決定的な違いは、八重が自ら銃を取って官軍と戦ったのに対し、文は、極論すれば、〝維新の魁〞(さきがけ)となって散っていった久坂玄瑞と結婚して未亡人になり、姉が死んだため、その夫だった小田村伊之助(のち楫取素彦に改名)と再婚したというだけの人生。

 幕末の志士の妻で、彼女よりはるかに波乱万丈の生涯をたどった女性は、ほかに何人もいるのだ。

 小田村伊之助にしても、初代群馬県令(知事)ではあるが、残念ながら、映画とかドラマで主役を張れるような〝華のあるような人物〞ではなく、まじめで地味な人物。

 坂本龍馬、高杉晋作、西郷隆盛、勝海舟、伊藤博文らが全国区の人間なら、小田村伊之助は地方区の人間だ。群馬県人には人気があっても、全国区の人気にはなりえないのである。
 そういったことも視聴率の足を引っぱる要因のひとつになっているはずだ。

 時代は違うが、黒田官兵衛も知名度の点では全国区である。官兵衛の視点から、信長・秀吉・家康を描いた点が興味を引いた。


文を主役に据えた点に無理がある

 文は幕末・明治という激動期を生きた女性ではあるが、文という女性を中心に据えて、幕末維新を描くには、かなり無理がある。

 配役や演出の仕方にも問題がある。
 誰でも知っている高杉晋作にしても、違和感がある。
 久坂玄瑞も、単なる短気な青年で、中身が薄っぺらい印象しか受けない。

 軽い演出を狙っているのかもしれないが、以下にも安っぽい印象しか残らない。
 昨年の「軍師官兵衛」は、正攻法の演出で魅せ、カメラワークもみごとだったが、「花燃ゆ」の方は、奇をてらっているように感じられてならない。
 
 正攻法で、きちんと描くべきではないのか。


フィギュアスケート世界選手権と重なっていたら視聴率は10%を切っていたかも

 3月29日の第13話の視聴率(関東地区/ビデオリサーチ調べ)は、当初12・4%と聞いていたが、そうではなく、11・7%だった。
 そのことを知って驚いた。

 もし、フジテレビが中継した「フィギュアスケート世界選手権」の優勝決定日が1日ずれて29日夜になっていたら、「花燃ゆ」の視聴率は10%台か、下手をすると10%を切っていたかもしれなかったからだ。NHKにとっては幸いしたが、それでも11・7%というのは情けない。
 2012年の大河ドラマ「平清盛」は、同じ第13話が放送日もほぼ同じ(4月1日放送)だったが、11・3%。
 わずかにそれを上回った点が救いといえばいえたが、
 「裏番組に人気のスポーツ中継が来れば、大河ドラマ史上最悪視聴率を記録するのは目に見えている」
 というと、いいすぎか!?

(城島明彦)

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