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2014/03/29

誤審は犯罪だ! 袴田事件などの「冤罪事件」では、「無罪の者を有罪とした裁判官」を刑に服させるべきだ!

DNA鑑定がない時代だったなどというのは、言い訳に過ぎない

 白を黒と言いくるめ、誤った判決を下して、人の一生を台なしにした検察官・裁判官は、数多い。
 そういう連中こそ、犯罪者ではないのか。

 本来無罪なのに、死刑とか無期懲役などの重罪判決を下された場合、被告の家族や親戚は、転居を余儀なくされるなど、〝世捨て人〟のように、ひっそりと人目につかないように暮らしていかざるを得なくなる。

 誤審判決を下した裁判官は、その罪をどう負うのか、その償いはどうするのか。
 人を裁くからといって、自分だけが裁かれないという特権はどこにもない。

 それとは逆に、有罪者を無罪にした弁護士や裁判官も数多い、
 そのことによって、加害者は大手を振って世間を渡っていくが、被害者はつらい日々を送る。


誤審は犯罪だ

 日本国憲法のもと、「すべての人は平等である」というならば、
 冤罪が確定した事件で、過去に有罪判決を下した裁判官は、その罪を問われるべきだ。

 取調べに当たった刑事・警察署長なども同罪。

 冤罪が確定した時点で、冤罪に追いこんだ関係者を告発し、今度は逆に犯罪者として罪を問うのが、法のもとの平等というものではないのか。

(城島明彦)

2014/03/23

「老親をもつ人(特に団塊世代)」に必要な本を書いた

いつまでもあると思うな、親と金


 子どもは、親のことを「いつまでも生きていてくれる」と思っているが、そうはいかないのが現実なので、

 「孝行の したい時分に 親はなし」

 という川柳がある。

 日本では、「団塊世代」が続々と高齢者の仲間入りをしているが、日本は世界屈指の長寿国であるから、団塊世代の両親も長生きしていることが多い。

 しかし、年を取れば取るだけ、身体や内臓のあちこちにガタがきて、入院したり、介護を受けたりしなくなる人が増える。

 そこで、「老老介護」を考えた実用書を友人と書いた。
 
 物書きになって以来、一般向けの実用書は初めてだが、不必要なことは削ぎ落とし、必要不可欠なことだけを、できるだけ平易な言い方で書いた。

 この手の本は、過去に何冊も出ているが、わかりにくい書き方をしたり、不必要なことまで並べ立てたりしているものが多い。
 ネットにもそうした情報はあふれているが、たとえば「介護保険サービス」のことを知ろうと思うと、長ったらしく似たような名称のオンパレードで、初めて見る人は混乱する。

 かゆいところに手が届く感じになっていないのだ。

 「居宅」とはどこをさすのかとか、「デイサービス」と「デイケア」の違いとか、施設と特定施設はどう違うのかとか、「特養」と呼んでいる施設には2種類の正式名称があることとか、「介護」と「看護」はどう違うのかといったことを、類書は説明していない。

 そのあたりのことを、簡単にわかりやすく理解できるようにすることに心を砕いた。

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 『親の入院・介護のしくみと手続きがすぐわかる本』
 著:城島明彦・大津佳明(秀和システム/本体1500円)

 いざというとき、あわてずにすむ内容です。
 ぜひ1冊、常備してください。

(城島明彦)

 

 


2014/03/17

テレ朝「宮本武蔵」(木村拓哉主演)の第二夜(3月16日)も、前夜に続き、描き方が浅かった


武蔵を理解していない演出の「一条寺下り松の決闘」「巌流島の決闘」

 ドラマの原作である吉川英治の『宮本武蔵』は、武蔵を単なる剣豪ではなく、60数度戦って一度も負けたことがない決闘を重ねることで、次第に「人間武蔵」として成長していく姿を描いた。

 ドラマもそのあたりを重視していることはわかったが、どこか薄っぺらな印象しか残らなかった。

 特に吉岡一門との一条寺下(さが)り松での決闘シーンは、武蔵の戦い方を本当に知っているのかと疑わせるような演出だった。

 武蔵は、21歳のときに、天下に名を轟かせていた京の吉岡道場と三度戦い、三連勝する。
 すさまじかったのは、詩仙堂近くの「一条寺下り松の決闘」で、吉岡道場の門弟を全滅させたことだ。
 
 武蔵は、「蓮台野の決闘」などの決闘によって、吉岡道場の道場主やその弟を殺害するが、そのために復讐に燃える数十人の門弟と一戦交えることになった。
 それが「一条寺下り松の決闘」である。

 多勢に無勢。まともに戦っては勝ち目はない。
 相手の予想しない戦い方をすることで、相手陣営を混乱に陥れる策略を練った。

 それにはまず、高い位置から戦場(決闘の場所)の地勢を見おろし、どう動くかを考えた。

 そのときどう動き、どう戦えばいいかは、武蔵が晩年に記した『五輪書』に、すべて書き残されている。

 背後に敵が回れないような場所を選ぶ、敵が剣を自在に震えないような狭い難所へ相手を誘い込む。複数の敵と戦うことは避け、できる限り「1対1の戦い」にもって行くようにする、などだ。

 しかし、ドラマの演出からはそのようには受け取れなかった。

 武蔵は、「勝つため」に、ありとあらゆる計算をした〝非情の剣豪〟である。
 
 武蔵は、決闘の刻限に遅れることで知られていた。
 それは、相手をじらす作戦だったのだ。
 決闘では、冷静沈着に相手の動きを捉えないと優位に立てない。
 少しでも頭に血が上ると感情のままに攻め込もうとするので、そこに隙が生じる。

 武蔵は、そうした「駆け引きの達人」だったのだ。

 しかし、吉岡道場との決闘では、相手は大勢だ。
 吉岡道場の連中は、「いくら強いといっても、こちらは多勢いる」と思って、気がゆるんでいる。
 加えて、「どうせ、また遅れてくるだろう」と高をくくっている。

 そうした相手の心理を完璧に読み切り、その逆を行うことで、吉岡道場の連中を混乱させる作戦に出た。

 一条寺下り松の背後の山陰からダダッと飛び出し、吉岡の嫡子である幼い子どもを、まず叩き斬った。

 吉岡の大将に祭り上げられているとはいえ、まだ子ども。
 普通の剣豪なら、斬らない。
 しかし、武蔵は叩き斬った。
 それを見て、吉岡一門に激しい動揺が走る。

 まんまと武蔵の術中にはまったのだ。

 いくら武蔵が強いといっても、数十人とまともに戦っては勝てないから、1人ずつ片づけるために、泥田の畦(あぜ)道を走って逃げ、敵の戦力を分断し、束になってかかれないようにした。

 一人が追いすがってきたと見るや、振り返って一気に攻める。
 1対1では、武蔵に叶う者はいない。

 武蔵は「敵に場を見せず」といっている。
 敵にあたりの様子を見る余裕を与えない攻め方をせよ、といっているのだ。

 吉岡一門は、逃げる武蔵を夢中に追いかけているから、足元がどうなっているとか、あまりがどうなっているかということも眼中にない。
 武蔵は、事前に山の上から戦場となる地勢を頭に叩きこんだ上、どう相手を誘い込むかと計算して逃げている。
 どちらが勝つかは、いうまでもない。

 決闘時刻も夜明け前である。日時は、両者の合意の上に成り立つ。
 薄暗い状態というのも、武蔵が選んだのではないか。

 武蔵は、さまざまな条件が少しでも自分に有利に運ぶような計算をした。
 そうやって、武蔵は1人また一人と殺していったのだ。
 緻密に計算しつくし、倒すべくして倒したのである。
 ただ剣の腕が強かったというだけではないのだ。

 ドラマの「一条寺下り松の決闘」場面では、そうした点が視聴者にはまったく伝わらず、キムタク扮する武蔵が、まるでスーパーマンのように吉岡一門を次々と小気味よく斬り捨てていくかのように描いていた。

 それでは、真の武蔵像を描くことはできない。


巌流島の決闘でも、武蔵は緻密な計算をした

 巌流島の決闘でも、武蔵は常套手段を使う。
 約束の刻限にわざと遅れていった。
 どんな相手に対しても遅れるというわけではない。
 遅れていくと、カッとなる相手のときだけそうしたのである。
 
 佐々木小次郎は、カッとなるタイプと武蔵は読んだからだ。
 
 遅れた理由はほかにもあった。
 決闘時刻おw計算していたのだ。

 武蔵は、「太陽を背にして戦え」と『五輪の書』に書いている。
 逆光で相手と対峙すると、目に光が入って、まぶしいだけでなく、相手の微妙な表情の変化なども見づらくなる。
 逆に、太陽を背にした者から見ると、相手は全身に光を浴びており、微細な変化も手にとるようにわかるのだ。
 だから、武蔵が戦うときは、必ず太陽を背にした。
 夜であれば、明かりを背にするのである。

 遅れて着けば、「舟から下りた波打ちぎわの武蔵」VS「陸の小次郎」という位置関係になる。
 遅れていけば、太陽は登り、武蔵は太陽を背にするだけでなく、小次郎はキラキラとまぶしく光る波が目に飛び込む。

 『五輪書』をよく読めば、武蔵はこういうことも計算していたと推理できるはずだ。
 
 「巌流島の決闘」に臨む場面での武蔵の有名なエピソードに、遅れてついた武蔵を見た佐々木小次郎は、「物干し竿」と呼ばれる長い剣を抜き放つと、その鞘を捨てたという話がある。

 そのとき、武蔵は、こう言い放つのである。
 「小次郎、破れたり!」
 小次郎が怪訝(けげん)な顔をすると、
 「勝つつもりなら、鞘は捨てぬもの」
 と畳みかける。

 「このエピソードは、単なるつくり話だ」という人も多いが、必ずしもそうとばかりはいえないのだ。『五輪書』の内容から推測すると、武蔵なら、計算してそういいかねないのである。

 映画の「宮本武蔵」では、第太鼓のシーンを入れているが、今回のテレビドラマでは、投げた鞘を移しただけで、武蔵にそのようなセリフをいわせなかった。
 このことも演出家が宮本武蔵の本質をよく理解していないからだと私は思った。

 遅れてきた武蔵。
 縁起でもないセリフをぶつけた武蔵。
 逆光のなかに立つ、見づらい武蔵の姿。
 しかも、武蔵は櫂(かい)を削った木刀を手にし、その長さは小次郎の「物干し竿」よりも長い。
 武蔵は、奇策・奇襲の名人
 小次郎にとって、そのような長い木刀を手にした相手とはこれまで戦ったことがないから、動揺する。

 武蔵は、これでもか、これでもかと相手の動揺を誘う仕掛けを繰り出したのだ。
 小次郎の頭のなかは混乱し、カッとなりやすい性格の小次郎は、ますます頭に血を上らせてしまったはずである。
 この時点で、もはや勝負は決していたのだ。

 しかし、ドラマでは、こういったことをまったく無視していた。
 ゆえに、せっかくの二夜連続の大型ドラマも、底が浅く思えた、というのが私の見方だ。


 (城島明彦)


2014/03/16

「キムタク武蔵」(テレ朝「宮本武蔵」)の二刀流開眼に異義あり!

二刀流開眼は穴戸梅軒との決闘が正しい

 「テレ朝開局55周年記念特別スペシャル」と銘打った、キムタク主演の2夜連続大型ドラマ「宮本武蔵」は、「原作吉川英治」だ。
 初日(3月15日)だけを見て、あれこれいうのはあまりよくないが、表面的な描き方に終始している感なきにしもあらず。あまり感心できなかったので、書くことにする。

 今日の武蔵像をつくったのは、吉川英治の小説「宮本武蔵」である。
 武蔵の資料は、彼の著書『五輪書』、武蔵の二刀流を継承した弟子の手になる伝記『二天記』(にてんき)など、きわめて少なく、「お通」とか「朱美」といった人物などは吉川英治の創作だ。
 しかし、武蔵という人物が存在したことは間違いなく、13歳から決闘を重ねた回数は60数回にのぼるが、ただの一度も負けたことがないといわれているとんでもない剣豪だったことは確かである。

 決闘回数60数回という数字に関しては、すべてが記録されているわけではないので、もっとすくなかったとする見方もある。

 武蔵といえば二刀流で知られるが、当初から二刀流だったわけではなく、生きるか死ぬかの真剣勝負をしたときに「二刀流」に開眼している。
 原作では、鎖鎌(くさりがま)の使い手・穴戸梅軒(ししど ばいけん)との決闘で、剣に鎖を巻きつけられ、鎌が迫ってくるとき、とっさに腰の小刀を抜いて梅軒の心臓に投げ、刺殺するのである。

 その場面は、『二天記』(にてんき)には次のように記されている
 「穴戸、鎌を振り出すところを。武蔵短刀を抜き、穴戸が胸を打ち貫き、立ち所に斃(たお)れしを進んで討ち果たす」

 武蔵は、自身の流派を「二天一流」と呼んだことから、『二天記』という書名になっている。

 鎖鎌というのは鎖の先に分銅をつけ、それをグルグルまわして相手の剣に巻きつけて相手の動きを封じ、ときには、体ごと鎖で巻きつけ、もう片方の手にもった大きな鎌で相手を斬りつけて殺傷するという武具だ。

 したがって、剣に鎖を巻きつけられたら、その時点で勝負は決まる。
 だが武蔵は、とっさの判断で、腰の小刀を使うことを思いついた。そこが、ただの剣豪と違っている。

 穴戸梅軒については、対戦相手は「鎖鎌の名手」である「穴戸」という姓しかわかっておらず、梅軒という名は吉川英治がつけたが、一般には「穴戸梅軒」で通っている。
 鎖鎌は、当時流行した武具だったが、その後、衰えた。梅軒が破れたからそういう末路をたどったかどうかは不明だ。


槍の奧蔵院に勝って3年後に二刀流開眼。柳生の高弟と戦うのはその3年後

 武蔵が梅軒と戦ったのは、「槍の宝蔵院胤栄(いんえい)」の高弟・奧蔵院と戦って勝った3年後。
21歳のときだ。

 穴戸梅軒と戦って二刀流に開眼したのは24歳である。

 ドラマでは、穴戸梅軒との決闘を省略し、その3年後の27歳のときの柳生家家臣との戦いで二刀流開眼したように描いていた。
 巨匠内田吐夢(うちだ とむ)が監督した中村錦之助主演の映画「宮本武蔵」が、穴戸梅軒との決闘を省略しており、テレ朝は、これにならったのかもしれないが、略してほしくなかった。


武蔵は相手の心理の裏の裏まで読み、あらゆる計算をして相手を倒した

 武蔵の二刀流開眼は、後々の彼の戦い方を決める重要な意味合いを持つので、もっときちんと描くべきではなかったか。

 武蔵は、一人で多勢を相手にする場合には、大勢に囲まれないような場所を選んだり、相手の心理を読んで仕掛けたり、さまざまな戦略・戦術を駆使した。
 ただ剣の腕が立つというだけでなく、敵の心理を読むことにかけても達人だったのだ。

 ドラマでの柳生城での戦い方を見ていると、そういう風に戦っているようには見えず、ただバッタバッタと敵を斬り倒しているだけのような演出にしか見えなかった。

 独自の描き方はあってもいいが、彼が死ぬ少し前まで筆をとっていた『五輪書』(ごりんのしょ)に書かれているようなことが演出から感じられるようでないと、興味を削ぐ。

 松田翔太が演じる「吉岡清十郎」と沢村一樹が演じる「佐々木小次郎」の風体をよく似させているのも、理解に苦しむ。
 
 加えて、吉岡清十郎がなよなよとしたオカマのように気色悪く描かれたのも気持ち悪く、小次郎も同様だ。
 内田吐夢の「宮本武蔵」では、高倉健が佐々木小次郎を演じた。小次郎は、沢村一樹のにやけたイメージではなく、ミスキャストではないのか。

 佐々木小次郎は「物干し竿」と呼ばれるような長い剣を背負っていたとされることから、長身と推測できるが、武蔵も腕力のすごさなどから180センチはあったと思える。

 その両者が激突する巌流島の決闘をどう描くか、関心がある。

(城島明彦)

2014/03/11

テレビ各局は大震災から3年といって特集を組んでいるが、被災した人たちはそれを歓迎しているのか?


生々しすぎる映像を流しまくるのが報道の務めなのか?

 ここ数日、大震災から三年というので、当時の映像を流しているが、気持ちが沈んで見る気になれない。

 自分は震災の被害者ではないが、当時、テレビに映し出された現地の様子がいまでも鮮烈に脳裏に焼きついており、それをまた映像として見るのは忍びないから、震災特集はいっさい見ない。

 大震災の最初の揺れが襲ったとき、私は横浜のマンションの自室で電話中だった。

 相手は東京の飯田橋のビルにいた。

 「あっ、大きな地震だ」
 と相手が叫ぶようにいって、少し時間差があってこちらも大きく揺れたが、電話を切るほどではなかった。

 その後、とんでもないことが起こっていたことをテレビで知った。

 被災地の人たちは、あのときの悪夢のような映像を、これでもか、これでもかと、改めて流す越されても平気なのか。

 メディアのなかでも、テレビは映像も音も伴っているから、よけい生々しい。
 
 被災者の気持ちも少しは考えないといけないのではないか。

(城島明彦)

「従軍慰安婦問題」は、真実を調べなおすのが当然! 安倍政権は、戦勝国アメリカの圧力に屈するな!

 
この際、「従軍慰安婦の真実」を徹底的に調べるべき

 オバマ大統領の訪日・訪韓を前にして、アメリカは「従軍慰安婦問題」で安倍政権に圧力をかけてきた。

 「従軍慰安婦」の像をアメリカの公園に建てて、日本を誹謗中傷する妙な国韓国。
 他者を貶めることで、相対的に自分の地位を高めようとするやり口は、「儒教の国」とは思えない情けない所業だ。

 過去の歴史を認めよ? 何年前のことを蒸し返すのか。

 過去とはいつまでを指すのか。秀吉の朝鮮征伐なのか? 広開土王の碑文の時代か?
 韓国は、もっと前向きに生きたらどうなのか。

 そんなにいうなら、もっと徹底的に調べつくし、証拠となる資料を発掘して世界に向かって開示すればいいのだ。

 しかし、戦勝国アメリカも中国も、韓国自身も、「従軍慰安婦」について決定的で揺るぎない証拠となる文書をこれまで公にしていない。

 もし、戦時中の日本が国として国策として従軍慰安婦制度を創設し、当時日本の植民地だった朝鮮の女性を力ずくで駆り立てたというのであれば、その証拠となる書類を白日のもとにさらさなければならない。
 国家間を揺るがす大問題となっている以上、「誰が見ても明白な証拠」といわれるものがなければならない。

 だが、今日までの証拠はというと、元従軍慰安婦を名乗る16人の韓国人女性の証言だけ。

 どんな事件も、被害者を名乗る人物の証言だけでは客観性に乏しい。
 それだけで歴史的大事件を論じるのは、どう考えても非科学的である。

 もし、動かしがたい証拠となる資料が提示され、「事実を記した資料」であるとの第三者的評価が下されたなら、日本も素直にそれを受け入れ、きちんと謝罪しなければならないが、いまのところ、そういう資料は公開されていない。


日本政府は、従軍慰安婦の資料を闇から闇へ葬ったのか? 

 日本は、「河野談話」を発する時点で、「従軍慰安婦の資料を探したが、なかった」とした。
  
 「なかった」ということが嘘である可能性も、完全には否定できない。
 調査したら、たいへんな資料が出てきた。それが公になると、日本の品位、日本人としての評価などに関わると判断して、なかったことにしたという可能性もなくはないということだ。

 アメリカは日本に駐留していた時代に、その鍵を握る重要な資料を接収しており、それを公にすることだけは避けてきたという可能性もなくはない。
 (想像の範疇を出ないが)アメリカはその資料を握っていて日本に揺さぶりをかけ、安倍政権はその圧力に屈して「河野談話」を検証することはしないと明言したことだってありえなくはないのだ。

 そういったことも含めて、「従軍慰安婦」に関する資料を徹底的に改めて探す必要がある。


16人の韓国人女性の証言の不自然さ

 ところが、元従軍慰安婦と名乗る女性の単なる証言、それもクルクル変わっており、金をもらって誰かからいわされたという側面が強い。
 
 また、「従軍慰安婦問題」が明るみに出、おおごとになっていった経緯をたどっていくと、数多くの捏造の事実が浮かび上がってくる。
 銭儲けや政治的に悪用しようとして、個人的に、あるいは組織的にあることないことひっくるめて捏造し、それが独り歩きしたことがわかっているケースもある。

 中国や韓国、それにアメリカも含めて、「従軍慰安婦」が戦争推敲のための日本の国家的な施策であるとするなら、やはり、きちんとした証拠を公開しなければならない。


キャロライン・ケネディ駐日大使と従軍慰安婦問題

 キャロライン・ケネディ駐日大使の顔をみるたびに、お父さんのジョン・F・ケネディがダラスで暗殺されたときの葬儀での幼い日の彼女の無邪気だった姿がだぶってならない。

 キャロラインの表情は、幼い日々の面影を宿しているが、顔には白人女性特有の細かい皺が多数刻まれ、時代の変化を感じざるをえないが、目元の表情がお母さんのジャクリーンによく似ていると思えるときがしばしばある。

 キャロラインは女性だから、従軍慰安婦に対する見方も男とは異なるということや、彼女の家は大富豪で、家が貧しくて体を売るということなど理解できないということも頭に入れておかなければならない。

 ケネディ元大統領の遺骸は、アメリカのアーリントン墓地に埋葬されている。
彼は、太平洋戦争時に海で仲間を助けたことから、英雄の一人だ。

 アーリントン墓地は国立で、米国内の内乱である南北戦争での戦死者に始まり、第一次大戦、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争などでの戦死者が葬られている。
 そのなかには、敵国から見たら「戦争犯罪人」「極悪非道人」も混じっているが、そんなことは誰も口にしない。

 敵を一人でも多く殺したものが英雄として勲章をもらえる。
 殺人も戦時では賞賛に値するのだから、おかしなものだ。


アメリカが「従軍慰安婦」で韓国の肩を持つのは、おかしな話

 アメリカは正義面(づら)しているが、ベトナム戦争を始めとして世界のあちこちの紛争に首を突っ込み、多数の民間人も巻き添えにして殺戮してきた。

 長崎・広島の原爆投下は、民間人を含めた無差別大量殺戮。
 これを敗戦国がやっていたら、原爆投下を認め、指示した者(ルーズベルト大統領)や開発者(オッペンハイマーら)は、超A級戦犯に処せられたはずだが、戦争に勝った国ではまったくの不問。

勝てば官軍。勝者の論理でゴリ押しだ。

太平洋戦争後の米軍が日本に進駐した時代に、どれだけの性犯罪が起きたことか。
「従軍慰安婦問題」に関して、聖者のような顔をして偉そうなことをいう資格などアメリカにはない。


村山眉毛元首相は「利害関係者」、発言すべきでない

 先日の眉毛元首相(村山富市)は、「河野談話は、同じ自民党政権時代になされたことだ」といっているが、自身が連立内閣の首相になったときに河野談話を追認しているから「利害関係者」であり、自己の立場を正当化するための発言と受け取られる。よけいなことはいわない方がいい。

 村山眉毛元首相は、そもそも「何でも反対」の社会党出身。共産党と一緒になって、共産主義や社会主義を目指した男である。旧社会党は、日本の教育制度をゆがめてしまった元凶だ。

 社会党や共産党だけでなく、自民党のなかにも、裏で中国にマル秘情報を流していた国賊議員は何人もいるし、メディアのなかでも、朝日新聞などは露骨に日本のマル秘情報を中国・韓国に伝えるという、スパイまがいのよけいなことを繰り返してきた。
 
 日本に暮らし、日本で稼ぎながら、その日本の悪いことや不利なことまでも、異国に教える。そういう連中がなんの咎めもなく、大きな顔して説教垂れているような「スパイ天国」が日本という国の実態である。


「過去の歴史認識」とは何か? ゲルマン民族大移動までさかのぼれというのか?

 中国や韓国は、何かにつけて「過去の歴史認識」などという。
 そういうことをいうなら、両国とも自国の過去の血塗られた政権闘争の内幕を含めて、真実を国際的に公表すべきだ。

 韓国では、大統領は現役を退いたとたんに次の大統領によって逮捕されたり、名誉を剥奪させたりの連続だ。暗殺された大統領もいる。

 中国の「過去の歴史認識」はどうなっているのか。
 建国の父・毛沢東の4番目の夫人だった江青のヒステリックな「文化革命」だけでなく、近年の「天安門事件」でも、敵対する反体制勢力を問答無用とばかりに圧殺している。
 力ずくで自国に組み入れた異民族の反発も力ずくで抑圧している。
 
 中国が「靖国問題」についてあれこれ内政干渉してくることは、天に向かって唾しているのと同じということを、中国自身、もっと知るべきだ。

 韓国兵も、ベトナム戦争では、ベトナムの女性に言語に絶するひどいことをしている。そういうことも過去の歴史として認識しているのか。こちらも、天に向かって唾している。
 
 そうしたことは、戦争という人を狂わす特殊な状況下で起きたことであり、日本も中国も韓国もアメリカも、イギリスもフランスもドイツも、やってきたことである。
 それを戦勝国だけが、自分たちがやってきたことには目をつむり、敵国にだけを誹謗中傷するのは、それこそ差別である。


勝てば英雄、負ければ国賊! 敵を多く殺せば、勲章がもらえるのが戦争

 第二次大戦から、すでに70年近く経っている! 
 それなのに戦勝国・敗戦国の図式が変わらないのなら、日本は戦勝国になるしかない。だが、それは不可能だ。
 大国同士が戦えば「核戦争」になり、地球そのものが破滅しかねないから、そう簡単には第三次世界大戦には突入しないし、日本がいくら軍備を増強しようが、たとえ核を保有しようが、戦争を仕掛けることなどできはしない。

 それをいいことに、中国などはやりたい放題だ。
 年々、軍備を拡張し続け、日本の領海や領空を侵犯し、資源があるとわかったとたん、尖閣諸島の領有権を主張し始めた。

 その一方では、「南京虐殺」の犠牲者を〝白髪三千丈〟式に途方もなく水増しにして日本を〝国際的に虐待〟し続け、内政問題である「靖国問題」や「教科書」の記述にまで口を差し挟んでくるのだから、孔子や孟子を生んだ国とはとても思えない。


勝者は歴史を改ざんする 

 今日の中国を実現するまでの道のりは、無血革命ではない。
 同じ中国人同志が殺傷し合い、収奪・強姦・惨殺が行われた。
 台湾に落ち延びた蒋介石軍の兵士を多く殺した者が英雄視された。

 韓国人は、朝鮮動乱で敵と見方に分かれ、同国人を殺傷した。
 日本人も、明治維新や西南戦争までは、同じ日本人で殺し合った。

 だが、戦争は勝てば官軍。勝った方が正義となり、その時点で、歴史は勝者の歴史となり、自分たちに都合の悪い記録は闇に葬られ、正確な事実関係や数字は、うやむやになる。

 勝者が歴史を改ざんする。それが人類の歴史だ。


敗者は沈黙を余儀なくされる

 生きながら、米兵の火炎放射器で焼かれた兵士や沖縄の民間人は多数いる。
 洞窟のなかに民間人が潜んでいるとわかっていて、そのなかに爆弾を投げ込んだ米兵士がいっぱいいる。
 それより何より、民間人を大量殺傷する原爆を広島や長崎に投下している。

 日本人は、戦場で殺戮された日本人兵士に関して、公然とアメリカに抗議できない。
 敗戦国だからだ。

 韓国は、朝鮮動乱で中国兵やソ連兵に殺戮された兵士や民間人についての被害を、なぜ中国やソ連にぶつけないのか。

 勝てば官軍、負ければ賊軍だ。敗者の理由は正しくても葬り去るのが戦争。
 理不尽なことにも目をつむらなければならないのが、敗戦国日本である。
 
 悲しいが、それが歴史というものなのだ。

 相手国を黙らせるには、戦争で勝つしかない。
 だが、戦争はもうできない。
 大国同士が戦えば、地球が滅びる。
 
 ということは、第二次大戦の戦勝国と敗戦国の関係が永遠に続くということになる。
 
 日本は、悲しい国なのだ。

(城島明彦)

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