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2014/01/27

緊急報告! トップバリュの欠陥商品「底が抜けた紙製コーヒーフィルター」

「お客様サービス係」の教育をもっとしっかりやるべし

 3月に出る本のゲラが出て、校正の仕事をしていて、あせりとイライラがつのるので、コーヒーブレークにしようとし、紙フィルターにコーヒーの粉を入れ、お湯を注いだとたん、底が抜け、コーヒーカップに粉があふれ、やり直すハメになった。

 紙フィルターは長く使ってきたが、こんなことは、はじめてだ。

 トップバリュのものを今回はじめて使って、こんな目にあった。


欠陥商品のバーコードは 4 901810 004751

 商品番号は、バーコードらしい。

 欠陥商品のバーコードは、 
 4 901810 004751

 これから買う人は気をつけて!

 100枚入りなので、残りもそうなると嫌だと思い、お客様相談室(同社の場合は、「トップバリュお客様サービス係」に電話したら、どの店で買ったのか、何枚入りなのかとか、自社の製品に絶対の自信でもあるのか、10分、15分……あれやこれやと尋ねてくる。

 こっちが知りたいのは、
 「そういうクレームは、これまでに発生していないのか」
 「他のフィルターを使い続けても大丈夫なのか」
 ということだけ。

  つまらないことで、時間を取らせるので、いらだち、

 「こちらは忙しい。そちらが聞きたいと思う必要事項だけをFAXして送ってくれ。それに書き入れて送れば、短い時間ですむ。もっと要領よくやれ!」
 
 と罵声を浴びせて電話を切ったが、FAXがくる気配はない。

 イオンの岡田元也社長! 私は、三重県四日市市の小学校、中学高、高校、大学の先輩に当たります。
 
 私は、学生時代にあなたのお父さんに「恩」を受けています。

 そんなこともあり、イオンもトップバリュも好きだ。

 そういう人間をもっと大事にした方がいいのではありませんか。

 カネボウ化粧品も、マルハニチロも、消費者の声を軽く見たから、とんでもないことになった。

 「たかが紙フィルター1枚」という思いが、とップバリュの消費者対応窓口にもあるように思えた。
 「欠陥商品」が発生したことを知らされたら、消費者窓口の人間は、もっと重大事に受け取らないといけない。
 

 2月1日の発売雑誌「宣伝会議」3月号、では、マルハニチロの広報対応について書いている。

(蛇足) 「マルハニチロ農薬混入事件」では、犯人逮捕の何週間も前に 「犯人逮捕は時間の問題」と書いて原稿を送ったら、編集者から「捕まりますかね」というメールがあったが、いくつもの状況証拠から推理すれば、早い段階で内部犯行説は明らかだった。

 内部犯行となれば、動機は「怨恨」の線が濃厚となり、会社や上司・同僚などに屈折した怨みを持つ者のしわざと推理できる。実際、正社員でない者が、待遇面(給料)に不満を抱いて犯行に及んだと報じられている。
 
(城島明彦)
 

2014/01/25

相撲協会が「稀勢の里の横綱昇進」の目を摘んだ

初日の対戦相手をなぜ配慮しなかったのか!?

 「今場所、優勝か13勝以上すれば横綱昇進」といわれ、相撲協会もそれを望んでいたはずなのに、大馬鹿なことをやった。

 最も緊張する初日の対戦相手に、〝百戦練磨の巧者にして曲者(くせもの)〟豊ノ島を選んだのだ。

 その結果、稀勢の里は、ものの見事に敗戦。
 以後、ボロボロと負け続け、挙句の果てに右足親指の付け根の靱帯(靱帯)を断裂、まともな相撲がとれない状態となり、下手をすれば負け越す可能性も出てきた。

 いや、本日14日目での取組みを見る限り、7勝7敗で迎える千秋楽にも勝てるわけがない。
 もし勝ったとしたら、八百長だ。

 初日の対戦相手を選ぶときに、もっと相性がいい相手を選んで、勢いをつけさせてやるべきだった。

 そういう取組みを意図的にやったとしても、八百長を仕組んだことにはならない。

 日本国民は、日本人横綱の誕生を切望しているし、相撲協会自身も同様の思いを持っている。

 にもかかわらず、ドジな取組みを設定し、国民の夢をうち砕いた。

 もっとも、稀勢の里自身の体に似合わぬt「ノミの心臓」にも問題があった。

 プレッシャーをはねのけ、曲者の豊ノ島を軽く一蹴するくらいの強さがない限り、もし今場所、好成績を遺して横綱昇進を決めたとしても、金星を大量に奉仕する〝弱くて情けない横綱〟になってしまう。

 横綱を手にするには、このときとばかりに一気にやらないといけない。
 それには運も左右する。

 初場所の今場所は絶好のチャンスだったが、相撲協会のドジと稀勢の里自身の気迫のなさで、好機を逸してしまった。

 来場所の再起を期待するしかない。

(城島明彦)

 

 

2014/01/22

「何か用かい!?」とシャシャリ出た! ニッポンの新妖怪〝ジジタリアン2〟小泉・細川


息子に地盤を譲って引退したのではなかったのか、小泉〝不〟純一郎

 スパッと政界から引退し、「さすが」と絶賛されたが、何を血迷ったか、いまごろになって「原発をゼロにせよ」といい出した。
 
 脳に異変が生じているのか。
 新形態の〝院政〟でもやらかそうというのか。確かに、細川護熙(もりひろ)なら操りやすい。

 小泉は、原発を推進してきた自民党の元総理大臣。
 自民党政権下で、東海村の事故など原発事故はいっぱい起きている。
 福島の原発事故も、その延長線で起きた。

 小泉家の選挙地盤である横須賀には、原子力潜水艦やらが繰り返し寄港している。
 その責任を取ってから、発言しろ!
 
 (実際はそうでもないが)「平和の祭典」とうたっているオリンピックを血なまぐさい「原発」に利用しようとする動機自体が不純。
 
 だから、小泉は純一郎ではなく、不純一郎。

 「小泉元総理は、私の師匠」と公言している声が耳に届かないわけではあるまい。

 自分の愛弟子の足を引っぱり、自民党内での息子の立場を危うくさせる、そういう男を誰が信用するのか!?


〝アメリカかぶれの植毛大好きカッコマン〟細川護熙(もりひろ)

 細川は、首相当時から、「植毛疑惑」が囁かれた「おしゃれ大好き男」。

 首相当時は、カッコつけすぎて、ボールペンで記者を指名するなど、〝アメリカかぶれ〟。

 政治家としては二流を通り越して三流の折り紙つきだったが、引退後は、白洲次郎にでもあやかろうとしたのか、陶芸に凝った結果、陶芸家としての評価は一流という「不思議な男」。
 

 猪瀬直樹が5000万円受領による「政治とカネ」という古くて新しい問題で失脚した後釜に、かつて、1億円をめぐる「政治と金」の問題で追及されて自ら政権の座を放り投げた「政治能力欠如男」がシャシャリでるという神経は、まともではない。

 原発が危険と思わない日本人など1人もいない。
 原発の「即時全廃」は不可能。途方もない金と年月がかかる。

 その原発を、国会議員ならまだしも、都知事としての公約に掲げること自体、卑怯な手口。

 平成の新妖怪〝ジジタリアン2〟は、さっさと消えろ!

(城島明彦)

2014/01/20

テレ朝55周年記念ドラマ「三億円事件」「黒い福音」の7つの共通点とは!?

たけしド迫力怪演+竹内結子は迫真演技

 テレ朝開局55周年記念と銘打った松本清張原作の2夜(土曜・日曜)連続ドラマ「三億円事件」「黒い福音」は、よくできたドラマで、文句なく面白かった。

 いい役者(「三億円事件」の主役は田村正和。「黒い福音」は北野たけし)を使い、たっぷり金と時間をかけ、腕のいい監督を起用し、時代考証にも力を入れた作品は、見ごたえがあるということだ。
 
「黒い福音」の出演者では、大きな一軒家に住み、聖書を翻訳している〝謎の美女〟を演じた竹内結子が秀逸で、目をみはる演技をしたのが印象的だった。

 ビールのCMでは、〝美しい顔立ちの笑顔だけの女優〟という印象しか受けないが、ドラマでは敬虔なキリスト教信者である表情と、悪に手を染めた過去を持つ翳(かげ)をただよわせた表情が複雑に錯綜する演技は、見ていて引き込まれた。
テレビドラマでなく、映画だったら、間違いなく助演女優賞ものだ。

 どの民放も、ふだんは、見る気にならない〝ちゃらちゃらした安っぽいドラマ〟しかやっていないが、本気になればこういうドラマがつくれるのだから、この精神を今後のドラマづくりに活かしてもらいたいものだ。


ドラマ「三億円事件」「黒い福音」には、7つの共通点があった


①松本清張原作であるということ

 「三億円事件」の原作は、短編集『水の肌』収載の「小説三億円事件――米国保険会社内報告書」、「黒い福音」の原作は、同名の長編小説『黒い福音』。

 どちらの小説も、当時の警察が調べ上げた数々の事実・証拠などを踏まえながら、清張独自の推理と史観による〝独創的なサスペンス仕立て〟になっている。

 「小説三億円事件――米国保険会社内報告書」は、昭和50年(1975)に週刊誌連載後、単行本化され、『水の肌』収載の「黒い福音」は、事件が起きた1959年秋から週刊誌に連載され、1961年に単行本化された。

②どちらも実際におきた社会的大事件だったという点

 「黒い福音」のモデルとなった英国海外航空BOACスチュワーデス殺人事件は昭和34年(1959年)3月に起き、三億円事件は昭和43年(1968年)12月に府中刑務所前の路上で起きた。

 どちらも日本中が騒然となった大事件である。

 松本清張の「小説三億円事件」では、主役がアメリカの保険会社の調査員という設定になっているが、実際の事件でも、アメリカの保険会社が賠償している。
 
 実際の三億円事件は、東芝の府中工場の従業員の冬のボーナス三億円を奪われたが、同社も銀行も保険がおりてまったく損をしなかった。前述したように、三億円を賠償したのは保険会社であり、うち3分の2はアメリカの保険会社が支払っている。

 三億円事件は「現金強奪事件」でありながら、犯人は誰もケガさせていない点も話題になった。
 被害にあった現金輸送車は、追いかけてきた白バイに雨のなかで停車を命じられ、車を止めると、白バイの警官に扮した犯人が発煙筒をたいて、「危険だから車から出て離れろ」といわれ、運転手や警備員がその指示に従って外に出ると、犯人が現金輸送車に乗り込んでそのまま逃亡したので、誰もケガをしなかったのである。

③(ちょっとオカルト的だが)両事件には、3と4にまつわる奇妙な符合がある点

 両事件は、(こじつけめくが)「3(さんざん)と4(死)」とも読める。
 
 「BOACスチュワーデス殺人事件」は昭和34年(1959年)3月に起き、重要参考人は海外逃亡するというさんざんな目にあっている。死体発見場所は、善福寺川の「宮下橋」のやや川下(かわしも)。宮下の「み」を数字に当てはめると「3」である。犯人が病気療養を口実に離日したのは6月。6=3の倍数。

 「三億円事件」は昭和43年12月に起きた。12月の12=1+2=3。三億円事件に投入した捜査費用のトータルは9億円(9=3の倍数)。

 ④当時の警視庁が威信をかけ、総力を結集したが、どちらも犯人検挙にはいたらず、〝迷宮入り〟してしまった点

 三億円事件は時効成立、国際線スチュワーデス殺人事件は重要容疑者の海外逃亡で幕となり、やがて時効成立。

 BOACの日本人スチュワーデス殺人事件では、死体は東京都杉並区を流れる善福寺川に遺棄されていたが、着衣に乱れがなかったことから当初は自殺とされたものの、東京観察医務院で司法解剖した結果、絞殺であることが判明、しかも体内から精液が検出されたため、恋愛関係にあった男の犯行と推定された。

 スチュワーデスがカトリック信者だったことから、カトリック教会日本支部(サレジオ修道会)の38歳の神父ベルメルシュ・ルイズが浮上。遺体に残留していた精液の血液型とその男の血液型が一致。しかもその男は、教会の別の女性信者とも性的接触をしていた事実も浮上、犯人であることが濃厚となったが、教会が「病気療養」を口実に海外逃亡させ、日本の警察の捜査の手が及ばなくなり、やがて迷宮入りとなったのだ。

④どちらも、「海外」が絡んでいるという点

 三億円事件では、損害賠償をめぐってアメリカの保険会社の調査員が関係し、BOACスチュワーデス殺人事件では、英国航空会社が関係し、ベルギー人が最有力容疑者だった。

 BOACスチュワーデス殺人事件が起きた昭和30年代および三億円事件40年代当時の日本は、今日ほど国際的ではなく、「海外」が絡んだ事件は珍しかった。

⑤どちらの事件も、名刑事といわれた平塚八兵衛が関わっている点

 平塚八兵衛は、「小平事件」「帝銀事件」「下山事件」「吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐事件」など日本の犯罪史に残る〝大きなヤマ(事件)〟を担当した昭和を代表する警視庁捜査一課の名刑事で、「BPACスチュワーデス殺人事件}や「三億円事件」の両捜査にも投入された。

⑥両事件は、当時の世相を反映しているという点

 現在の月給やボーナスの支給方法は「振込み」だが、当時は「現金払い」だった。しかし、三億円強奪事件を契機に安全な「給料の銀行振り込み化」への動きが加速した。

 BOACスチュワーデス殺人事件が起きた当時の日本は、敗戦国の屈辱感を強く引きずっており、外国人が絡む犯罪に手出しができなかった。
 容疑者がキリスト教の聖職者だったという点や、事件が発生した当時は女性の社会進出が極めて少なく、国際線スチュワーデスは憧れの花形職業だったという点も、人々の関心をあおった。

⑦どちらも、犯人と目される人物が〝聖職の壁〟〝権力の圧力〟でウヤムヤにされてしまった点

 昔は、僧侶、教師、警官、医師・看護婦などは「聖職者」といわれたが、両事件では、カトリック教会と警察官僚が圧力をかけて事件をうやむやにした。

 実際の「三億円事件」では、一般公開された「ヘルメット姿の優男(やさおとこ)のモンタージュ写真」が超有名だが、あの顔とそっくりでオートバイも乗りこなした不良青年が、犯人と目された。
 しかし、その青年は自殺。青年の親戚に警視庁の元上層部がいたことから事件をうやむやにしようとしたのではないかと噂された。

 BOACスチュワーデス殺人事件では、宗教の腐敗として報道されるのを教会がおそれ、重要参考人とされた神父を海外に逃し、殺されたスチュワーデスを採用していた航空会社は、スキャンダルが与える企業イメージの低下などを恐れて、第二次大戦の戦勝国であることを利用して敗戦国日本に圧力をかけたのである。


3月に木村拓哉主演のドラマ『宮本武蔵』

 テレ朝開局55周年記念ドラマでは、3月に木村拓哉主演の『宮本武蔵』が2夜連続で放送されるが、私は一昨年12月に宮本武蔵の著『五輪書』(ごりんのしょ)を現代語訳している。
 
 『五輪書』は、武蔵が死ぬ直前に書いた本で、二刀流の戦い方、勝つ心得だけでなく、人生のあらゆる局面に待ち受けるさまざまな敵との戦いに勝つためのノウハウを記した「人生の指南書」である。

 自分でいうのもなんだが、『五輪書』の現代語訳は何冊も出ているが、私の現代語訳が一番読みやすく、わかりやすく、スピーディに読めるという声が多く寄せられているということを(図々しくはあるが)付記しておきたい。
 未読の方にはぜひ読んでいただきたい。

(城島明彦)

2014/01/06

五十音で遊びませう


金が新年、銀も新年

 新年の出尻(しゅっけつ)大サービスでございます。


 あいうえお→愛飢え、OH!

 かきくけこ→柿食、結構 

 さしすせそ→(さ)死す世相 

 たちつてと→太刀(たち)つて、トウッ!

 なにぬねの→何縫ねの?

 はひふへほ→歯・皮膚・屁・頬(ほほ)
 
 まみむめも→魔見夢目も

 や以ゆ江よ→やい、言(ゆ)えよ

 らりるれろ→ラリる、レロレロ

 わヰ于ゑを→わ~い、上を!

 ん→ん?


(城島明彦)

奪う愛・与える愛――異性への愛は恐ろしい


感情が理性を奪う「略奪愛」

  「略奪愛」と呼ばれる、〝愛のかたち〟がある。
 略奪とは、他人のものを力ずくで奪い去ることだ。

 「愛した人のすべてをわがものとしたい」と激しく意識して奪い取る場合もあれば、何かのはずみでそうなる場合もあるし、気づいたら奪っていたという場合もある。

 いずれの場合も、心のどこかに「罪悪感」は伴っても、「隣人愛」の類いの愛は存在せず、人を思いやる心などは完全に失われている。

 愛は「理性」を奪い、愛してしまった相手に「激情」という名の「感情」を与えるのだ。


愛は与え、奪う

 正常時の人間には、理性と感情のバランスが保たれているが、略奪愛に陥った人間はそのバランスを崩し、感情が次第に理性を圧倒するようになり、極端な場合は理性が完全に失われてしまう。
 
 江戸時代の武士・山本常朝(やまもとじょうちょう)が『葉隠』(はがくれ)でいう「忍ぶ恋」は、理性が際立った恋である。
 
 恋する思いを打ち明けず、誰にも知らせず、秘かに胸のうちに抱き続けることのが、「忍ぶ恋」で、山本常朝は「至極(しごく)の恋は忍ぶ恋」といった。

 これに対し、略奪愛は同じ「忍ぶ恋」であっても、「世を忍ぶ恋」「他人の目を忍ぶ愛」だ。

 略奪愛では、忍ぶ時期を経て、その愛が成就すると、奪った喜びと愛した相手にすべてを与える幸せを感じるが、その一方で、奪い取った人に深い悲しみや嘆き、苦しみを与える。

 愛は与え、奪うのである。
 愛は奪い、そして与えるのである。


(城島明彦)

冬の星座づくし


料亭気楽の「平成綴り方狂室」

 わたくし、料亭気楽(りょうてい きらく)などと勝手に名乗っておりますが、いっこうに目が出ませんで、出るのは愚痴(ぐち)やら咳(せき)ばかりでございましてな。
 どういうわけか、そういうわけで、お正月になりますてぇと、あっちでもこっちでも、
 「明けまして、おめでとうございます」
 と挨拶しますが、わたしなんざ、年がら年中、おめでたい奴だといわれておりますぞ。
 てぇわけで、毎度ばかばかしい料亭気楽の「平成綴(つづ)り方狂室」は「冬の星座づくし」でございます。
 
 アカペラで歌っとるのは誰や?   ※カペラ(ぎょしゃ座)
 まるでばらばら、アルデバラン   ※アルデバラン(おうし座)
 プロじゃないです、プレアデス   ※プレアデス(すばる)
 あっちからホンモノのプロが来よるぞ、プロキオン   ※プロキオン(子犬座)
 自転車のペダル漕ぎ漕ぎベテルギウスじゃ、あ~りませんか   ※ベテルギウス(オリオン座)
 そんなこと、とっくに私はシリウスよ   ※シリウス(おおいぬ座)
 これは知るまい、飲み屋が高い勘定ボルックス   ※ボルックス(ふたご座)「ぼったくる」
 だから、お金をカシオペア

 おあとがよろしいようで、これにてお開きでございますと、客席見れば、誰もオリオン
 ああ、情けなや、情けなや。

(城島明彦)

愛は与えるものなのか、奪うものなのか

異性への愛は、何を奪い、何を与えるのか!?

 異性を好きになるということは、心を奪われるということだ。
 奪われるのは、心だけではない。
 時間も奪われる。
 その人を好きにならなければ、別のことをしていた時間が、その人を思うことに向かうからだ。

 相手を好きになると、自分もその相手から愛されたいと願うようになる。
 愛が強まると、相手を独り占めにしたいと強く思うようになる。
 それは、相手の心と体を奪おうという欲望である。
 と同時に、自分の心と体も相手に与えたいという願望が強くなる。
 
 愛の極致は、心身ともに結ばれること。
 与え、奪うことで、愛は極致に達するのである。

 与えるのが先か、奪うのが先か。
 どちらであっても、最終的には、愛は与え、奪うのだ。
 その形が成り立たない恋愛は、破綻する。


母と子の愛は、与えるのか奪うのか!?
 
 母親の子どもに対する愛に、「打算」は介在しない。
 そこにあるのは、無償の愛。
 母親が子どもに尽くすのは、本能的な動物愛とみえる。

 母親はわが子に愛情を注ぐ(=与える)が、それは別の見方をすると自己犠牲である。
 子供がいなければ享受できたであろう、読書や映画鑑賞といった楽しみや喜びを犠牲にしている。

 子は、自ら望まなくても、母の愛を奪っているのだ。

 だが母は、その犠牲の代償として、子の笑顔、子が体いっぱいに表わす喜びの挙動から、他人では得られない至上の喜びを与えられている。
 愛は奪い、そして愛は与えるのだ。

 母は子が長じても、無償の愛を注ぎ続けるが、子は長じると、自我が生じ、その愛を苦痛に思うようになり、乳幼児から子供時代に見られた「奪い、与える」形は破綻する。

(城島明彦)

2014/01/04

「A級戦犯」を合祀した靖国神社への安倍首相参拝と「日本の怨霊」


日本より中国に目が向いているから「失望した」という米国のコメントが出た

 安倍首相が靖国神社に参拝したといって、国外でガタガタ騒いだのは、中国や韓国だけでなく、アメリカもだったから、日本人は一様に驚いた。

 「失望した」などと、これまで聞いたことのない発言をしたのはハーフ副官房長官だったが、これは、参拝前(昨年11月)に訪米した衛藤首相補佐官に対し、「オバマ大統領は、中国を刺激する参拝に反対している」と大統領側近が伝えていたのに、それを知りながら参拝を強行した安倍首相に対して述べた言葉と解釈するのが正しい。日本なら「遺憾だ」というコメントに相当する。

 オバマ大統領は、日本より中国に目がいっている。
 そうさせたのは、〝日本の空白外交時代〟を担った政治家たちである。具体的にいうと、迷走時代の自民党政権(麻生、安倍、福田各内閣)と、政権交代を実現させながら、さらに日本を迷走させた民主党政権(鳩山、菅、野田内閣)だ。


中国・韓国のいいがかり

 中国や韓国は、「A級戦犯を合祀した靖国神社を安倍首相が参拝することは、過去の侵略の歴史を容認し、日本が軍国化することを意味する」などという妙な理屈をつけて問題視する。

 だが、よく考えるまでもなく、巨大な軍艦を建造して自国海域拡張へと超軍国化するにとどまらず、独自の空域(防空識別圏)を勝手に設定して周辺諸国を刺激し続けているのは中国の方ではないのか。

 韓国はといえば、大統領の器ではない〝井戸端会議のおばちゃん〟のような大統領が、あっちこっちの国に、あることないこと、隣国日本の悪口を言いふらしている。
 儒教の国でありながら、品性下劣。仁も礼も義もありゃしない。
 他人を貶(おとし)めて自身のポジションを高めようとする志の低い生き方は、大統領にふさわしくない。
 このおばさんも、過去の歴代大統領の末路と同じく、政権の座を手放なす近辺から、今度は自分自身があることないことでっちあげられて、最後は監獄送りだという構図が見えてきた。


安倍首相が「A級戦犯」を否定することは、祖父を否定するのと同じで、ありえない

 安倍晋三の祖父・岸信介は、東条英機内閣の閣僚だったことから、戦後、中国が目の仇にする「A級戦犯」の一人として拘留された男だが、許されて復権し、総理大臣となり、日米安保条約を結んだ。

 岸信介は、アメリカとの戦争を遂行した内閣の主要閣僚でありながら、戦後は一転して「超親米派」となり、アメリカばかり目が向いているとして〝向こう岸〟などと揶揄(やゆ)された。
 岸信介の弟・佐藤栄作は、兄の思いを受け継ぎ、沖縄返還を実現させた。

 安倍晋三は、子どもの頃から、この2人を強く意識して育った。
 A級戦犯をすべて否定することは、祖父をも否定することにつながるからできない。
したがって、安倍晋三は、A級戦犯を合祀した靖国神社参拝を控えることはできないのである。


日本が決めた「A級戦犯」ではない

 A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯は、日本が決めたわけではない。戦勝国アメリカが敗戦国日本を「極東国際軍事裁判」の名のもとに一方的に決めつけたものである。

 日米戦争に駆り立てたのは、主として陸軍であり、戦線を拡大し続けたのは関東軍司令部であり、日本人が裁いたとすれば、同じ首相経験者でも、東条英機は死刑かもしれないが、広田弘毅は死刑にはしなかったのではないか。

 戦争の歴史は「勝者の歴史」であり、敗者の論理や言い分など無視される。
 戦争で勝たない限り、その国は悲惨な目に遭い続ける。
 これが世界の常識。
 だから、日本も、無念の思いを噛みしめながら、表面的には唯々諾々とそれを受け入れた。

 それが嫌なら、戦勝国になるしかない。
 ドイツは第一次大戦に負けて屈辱を味わったために、ヒットラーが台頭し、再び戦争を起こした。

 日本にそうさせないために、アメリカは、太平洋戦争後、平和憲法をつくり、軍隊を持たせないようにした。

 ところが、ソ連の共産主義化がエスカレートして敵対するようになったことや、昭和25年(1950年)に朝鮮戦争が勃発したことで、その思惑が狂ってきた。
 そこで、「警察予備隊」などという奇妙な呼び名の〝骨抜き型軍隊〟を「自衛隊」という名の軍隊にし、非常時に備えたのだ。

 要するに、アメリカの都合のいいように憲法がつくられ、アメリカの都合のいいように日本の軍隊組織がつくられたのだ。

 日本人の意思でつくった憲法ならまだしも、アメリカの都合でつくられた〝お仕着せの憲法〟を「世界に類のない平和憲法などといっている連中の気が知れない。
 各種の法律は、時代とともに変わってきたのと同じように、憲法も変わって当たり前。

 それなのに、平和ボケした日本人は、半世紀以上も前に制定された憲法の内容を守り続けようとする。おかしな話である。

 わかりやすい例えでいうなら、アナログのビデオしかなかった時代につくられた映像や音楽に対する規格・規制を、デジタルのDVDの時代にもそっくりそのまま当てはめるようなもので、基本的・本質的に無理がある。拡大解釈すればいいという問題ではないのだ。


安倍晋三の心身に流れる長州人の血
 
 安倍晋三の靖国神社への参拝は、彼のなかに流れている長州人(山口県人)の血を無視して考えることはできない。
 幕末維新を成し遂げた中核勢力は、世に「薩長連合」というが、実質的には髙杉晋作らの長州勢である。

 維新後の明治政府を動かしたのも、伊藤博文をはじめとする長州人で、それが岸信介内閣の安保条約、最長不倒内閣の佐藤栄作内閣の昭和まで続き、平成になっても安倍晋三の第一次・第二次内閣として引き継がれている。
 
 靖国神社は、明治2年(1869年)に幕末の戊辰戦争で散っていった官軍の兵士の霊を祭ったところから始まっている。
 
 新しい日本をつくるために死んで行った官軍の憂国の士たちを鎮魂するための招魂社(東京招魂社)で、明治10年におきた西南の役で死んだ官軍の兵士も祭られたが、政府に盾ついて西南の役をおこして自決した西郷隆盛は、維新の最大級の功労者であっても祭られていない。


髙杉晋作とその師・吉田松陰を敬愛する安倍晋三

 招魂社といえば、髙杉晋作だ。

 「奇兵隊」をつくった長州人である髙杉が、元治元年(1864年)1月に言い出して、幕末の戦闘で戦死した長州藩士の霊を弔う桜山招魂社(現桜山神社)ができた。
これが、招魂社の第1号である。

 桜山神社には、髙杉の師である吉田松陰や同志だった久坂玄瑞(くさかげんずい)らも祭られている。

 東京招魂社が靖国神社という名前に改称されたのは、西南の役の2年後の明治12年である。

 上野のお山に西郷隆盛の像ができるのは、西南の役から21年も経ってからだ。

したがって、2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の賊軍・会津藩の戦死者は、当然、祭られていない。

その後、日清戦争や日露戦争が起こり、戦死者が増え、彼らの御魂(みたま)も祭られた。
 
 その戦争で敗れた清国であれ、ロシアであれ、戦死者は「国のために戦った愛国の士」であり、国として手厚く葬るなり、慰霊碑を立てるのが人間としてのつとめだ。
 
 今日の日本が植民地や属国ならまだしも、歴とした独立国であり、中国や韓国からとやかくいわれる筋合いはない。にもかかわらず、とやかくいうのは、内政干渉以外のなにものでもない。


極東国際軍事裁判 

 GHQによるA級戦犯の指名は、4次にわたって行われ、100数十名にも及ぶ軍上層部、閣僚ら起訴・収監されたが、不起訴となって釈放されたものが多かった。

 岸信介、賀屋興宣(かやおきのり)らの政治家のほか、正力松太郎(読売新聞社主)、児玉誉士夫(右翼の親玉で、政界のフィクサー)、笹川良一(政界の黒幕、CIAエージェントの噂があった国粋主義者)ら、戦後日本を表裏の両面から動かす巨魁(きょかい)となる連中も、そうだった。

 中国がことさら問題にするのは、昭和53年(1978年)に合祀された14名のA級戦犯だ。うち半数は判決前あるいは刑服役中に病死した。
A級戦犯7名の処刑が執行されたのは、昭和23年(1948年)のクリスマスイブの前日12月23日だった。

 ◆絞首刑7名……①東条英機(首相・陸軍大臣)、②弘田弘毅(首相・外務大臣)、③土肥原賢二(奉天特務機関長)、⑤板垣征四郎(支那派遣軍総参謀長)、⑥木村兵太郎(ビルマ方面軍司令官)、松井石根(中支那方面軍司令官)、⑦武藤章(陸軍省軍務局長) ※文官は広田のみ

 ◆(判決前または刑期中に)病死7名……①平沼騏一郎(首相)、②小磯国昭(首相)、③松岡洋右(外務大臣)、④東条茂徳(外務大臣)、⑤長野修身(海軍大臣)、⑥梅津美治郎(関東軍司令官)、⑦白鳥敏夫(駐イタリア大使)


神仏同居という考えが欧米人にはわからない
 
 日本人の暮らしには、神仏が同居している。
 日本人が参拝する神様の種類もさまざまだ。
 何しろ日本には八百万(やおよろず)もの神様がいて、来るものは拒まないのだから、素晴らしい。

 苦しいときは神頼みするが、初めていく神社の神様にお願いすることも多い。

 安産祈願ならここ、交通安全はここ、家内安全はここ、受験合格祈願ならここなどといって、勝手にお願いにいく。

 居住地域にある氏神様でなくても、遠出して別の神社へお参りにいく。
 靖国神社でも、松陰神社でも、諏訪神社で、どこでも構わないと思っている日本人が圧倒的多いのである。
 欧米人には、こういう考え方は理解できないだろうが、中国人や韓国人にはわかるはず。


日本人の死生観「死ねば誰でも仏になる」と怨霊信仰 

 日本人は「怨霊」を神としてきた国だ。
 怨霊を神として敬(うやま)うことで、その怒りを封じ込め、彼らの持つ魔力の恩恵を受けようとしたのだ。

 たとえば、京都の上御霊(かみごりょう)神社。
 そこに祭られているのは、権力争いに巻き込まれ、言いがかりをつけられて殺されたり、自害するかして、無念のうちに死んで「怨霊」となり、自分を死に追いやった者たちを祟(たた)り殺したり、天災地変を招いたりして人々を震えあがらせた高貴な人たちである。

 早良(さわら)親王、吉備真備(きびのまきび)、菅原道真、井上内親王など8柱の神々。

 平安時代から日本人の魂に深く根ざしている怨霊信仰・御霊信仰を考えるならば、そういう視点から、国を滅ぼす戦争に駆り立てた東条英機らの魂も祭らなければならないという理屈も出てくる。

(城島明彦)

2014/01/02

日はまた昇る――2014年を迎えて思うこと


〝うしなわれた国家〟日本と〝うしなわれた民族〟日本人

 ヘミングウェイは、『日はまた昇る』の冒頭に、

 「あなたがたはみなうしなわれた世代の人たちです」(ガートルード・スタインの語った言葉から)

 と書いたが、日本は1990年代の前半から安倍第二次内閣が発足するまでの20年間は〝うしなわれた国家〟であり、日本人は〝うしなわれた国家の人たち〟だった。

 ヘミングウェイは、この引用に続けて、書名の由来を次のように記している。「伝道の書」からの引用である。

  世は去り夜は来(きた)る
  地は永遠(とこしなえ)に長存(たもつ)なり
  日は出(い)で日は入り
  その出でし所に喘(あえ)ぎゆくなり
  風は南に行き又転(まわ)りて北に向い
  旋転(めぐり)に旋(めぐ)りて行き
  風復(また)その旋転(めぐ)る所にかえる 河はみな海に流れ入る
  海は盈(みつ)ること無し
  河はその出できたる処(ところ)に復(また)還(かえ)りゆくなり
  (『日はまた昇る』新潮社文庫/大久保康雄訳) 


新しい道は古い道の先にできる

 TPPにひたすら反対するバカがいた。
 守旧に走り、鎖国して得るところなどない。
 
 新しい道は平坦ではない。荒れ野であり、茨が生い茂り、進めば手足を傷つけ、血が出る。

 それでも進んできたのが人類の歴史だ。

 アメリカは東から西へと開拓し、日本は西から東へと進んだ。

 血を流さずして、豊かな未来は築けない


特定秘密保護法は間違ってはいない

 「特定秘密保護法案」に、わけ知り顔で猛反対したエセインテリがいる。
 なんでもかんでも知らなければならない権利など、国民にはない。
 国家機密に近いことを中国や韓国に漏らしてきたメディアや国会議員がいたことを知るべきだ。
 そいつらのせいもあって、中国や韓国は、靖国神社のことであれこれいいたい放題だ。
 明らかに内政干渉。世が世なら、戦争ものだ。
 
 「秘密」という名称が悪い。 「特定機密保護法」とすべきだった。
 「秘密」などという名をつけるから、身近な問題と受け取られる。
 
 日本語は正しく使え。
 国のトップシークレットは「国家機密」であって、「国家秘密」などという軽薄な言葉はない。

 ♪ ひみつ ないしょにしてね 
   指きり しましょ
   誰にも いわないでね
 (歌 アグネス・チャン/作詞 松本隆「ポケットいっぱいの秘密」
 
 日本人はバカではない。
 いざというときには、抑止力が働く。
 
 思い切ったことをやらないと、日本は伸びない。


元気なジジババを活用する道を開け
 
 どの企業も、企業努力をうたいながら、やっていることは早期退職に名を借りたリストラだ。

 人件費を減らすために、アルバイトや派遣が大盛況。
 若者たちは、アルバイトで食いつなげるから、正社員にならない。
 そういう若者たちは、体は丈夫だが精神を病んでいる。

 一方、日本は、世界に冠たる「超高齢民族」
  
 世の中は、元気いっぱいの垂乳根(たらちね)のババ、垂魔羅(たらまら)のジジであふれかえっている。

 彼らは、口も体も達者で、まだまだ働ける。

 ところが、現実は、 60を過ぎると、再就職したりできるごく一部の人を除いて、ありつける仕事がなくなる。
 「60歳以上の高齢者に求人がある仕事といえば、草むしりのたぐいだけ」
 とシルバー人材センターがいっている。

 昔から、たばこ屋の売り子はバアさんジイさんが多かった。
 じっと座って店番していただけでなく、よぼよぼになっても、銭金勘定もできたのだ。

 日本全国に腐るほどいるジジババのノウハウ・知恵を腐らせては国家の損だ。

 何十年という人生経験でしか得られないその知恵を、若者に伝授できる策や道を国は考えろ
 超高齢大国ニッポンが飛躍するための重要な方策のひとつは、ジジババの労働力化・社会復帰だ。

 日本の農業に従事していたジジババは、昔は、腰が立たなくなるまで野良仕事に精出していた。

 そういう労働力が日本を支えていた。いまは、もっと元気なジジババがいるのに、野良以外で働く仕事を企業は与えようとしない。

 
企業は表と裏を使い分けるな 

 お・も・て・な・し――「表がなく、裏ばかりの企業」「表の顔と裏の顔が違う企業」がある。

 食品材料偽装事件は、一社が袋叩きになると、名門と呼ばれたホテルのレストランが、こわごわ「実は、うちでも――」と次々と名乗り出る。
 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の図だった。

 年末に表面化したマルハニチロの〝農薬入り冷凍食品事件〟は、これから調べが本格化するが、現時点では、そういう一連の不祥事に便乗した愉快犯的仕業の可能性が強い。

 情けない日本人がいるものだ。
 
 「コンプライアンス」(法令遵守)などと立派なことをいいながら、実際に陰でやっていたことは、メニュー偽装のような初歩的詐欺だ。

 そういうことが長年、罷(まか)り通ってきたことが恐ろしい。

 大げさなこと、立派なことをいう企業に限って、インチキっぽいのが現実。

 次から次へと早期退職していく人を見ていたら、若い社員たちも「いつかは自分も」という思いに捉われ、その会社に忠誠を尽くそうという考えは自ずと消えていく。

 いかにしてその会社をいかに自分のために利用するか。
 そういう考えに行きつく。
 競争相手をどうやって蹴落として生き残るか。
 そうことにばかりに気が向くようになる。
 
 殺伐とした会社は、例外なく伸び悩み、発展から取り残される。

 景気のいいときはどんどん人を採用しておきながら、不景気になると人を切る。
 人を切るのは、誰でもできる。
 人を切らずに、どうやって利益を上げるかを考えるのが経営者の知恵ではないのか。
 
 終身雇用制の時代の日本企業は、世界各国から「社員を大事にする」といわれていた。
 時代は変わっても、企業がこころがけるべきことは、それだ。

(城島明彦)
 

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