« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013/04/21

「八重の桜」は、地方の武家の「家族の絆」を描くホームドラマ!

演出とカメラワークは最高だが、視聴率は13.8%(4月21日放送)

 心身の状態を崩していたのと、原稿執筆に追われて、テレビを見る余裕がなかった。
 
 2日ほど前から少し余力が出て、昨日の土曜(4月20日)には第15回「薩長の密約」の再放送を見、日曜の今日(4月21日)は夜の放送(第16回「遠ざかる背中」)を見た。
 
 2回の放送内容を見て改めて感じたのは、ドラマとしてよくまとまっている、よく描いているということだった。

 演出もカメラワークも秀逸。実にうまい。ここ何年かの大河ドラマの演出では群れを抜いている。

 だからといって、それが視聴率に結びつくかというと、そうではないところに難しさがある。
 第14回11.7%に落ち込んだ視聴率が、第15回では14.2%と14%台に戻っていた。
 
 ※第16回13.8%(いずれも関東地区/ビデオリサーチ) 第16回の数値のみ、22日午前11時追記

 ドラマの出来からすれば、もっと視聴率が上がっていいはずだ。  
 ただ、音楽は、何度見ても無駄な個所、余計な個所につけていると感じる。

 音楽は、芝居を邪魔してはいけないのに、しばしば邪魔する場面が多々ある。
 問題があるとすれば、これだけだ。


幕末の「家族の絆」を描いている

 東日本大震災から日が経つに連れて、「絆」という言葉の重要さが薄れてきた。

 その「絆」を描こうとしているのが「八重の桜」ではないのかと、いまになって気づいた。

 八重の「家族の絆」を中心に、幕府の絆や反幕府で手を組もうとする薩摩・長州などの「絆」もある。

 幕末という激動期に生きる地方武士の家族は、藩の動き、国全体の動きに大きく左右され、時代の荒波に飲まれながら、家族の絆が弱まらないように懸命に生きていく。

 そういう視点でドラマを見ると、八重の家族は、現代に生きるわれわれが政治、経済、社会の動きとは無関係でないのと同じであることがわかる。

 そういうことが視聴者にはっきりと伝わらないと、話があっちへ飛び、こっちへ飛びしていると感じてしまい、ばらばらな印象しか受けず、視聴率は伸びなくなる。
 国全体の動きの描写と家族の描写の比率をどうするかが、脚本や演出で大事になるということだ。


孝明天皇の京都弁をもっと明確にすべきだった

 孝明天皇は、京都弁と東京弁が入り混じっていたが、完全に京都弁の御所言葉を使うべきだった。
 孝明天皇の死因には諸説あるが、毒殺説がもっとも説得力がある。

 細かいことをいうようだが、会津藩の家老役の佐藤B作が藩主の松平容保に緊急報告する場面で、
 「帝がお亡くなりに……崩御されました」
 というところは、
 「帝がみまかられ……崩御なされました」
 とすべきである。

 徳川慶喜が、とんでもない人物に描かれているのは面白い。
 
 勝海舟がえらく力んだ話し方をする演出になっているが、もっと飄々として、ベランメエなしゃべり方にすべきだった。

 細かいところでは文句はあるが。全体の出来は素晴らしい。

(城島明彦)

2013/04/15

うつ状態が激しく、「死に神」の囁く声が聞こえる

木の芽に鵜(う)の目、魚の目にイボころり

 季節の変わり目というか、木の芽時には、決まって「うつ」が襲ってくる。

 原稿は書いているが、気分が重く、書く気力がイマイチ。

 しかし、締め切りがあるので、そうもいってはいられず、昨日は画家のゴーギャン、作曲家のシューベルト、ショパン、ワーグナー、数学者のガウスの話を書いた。

 字数制限で苦しみ、どこに的を絞るかで苦労する。

 苦労といえば、中学時代に暗記した日本史の年号が頭に浮かんだ。

 「苦労苦労(969年)の安和(あんな)の変」

 年号と政変の名前だけはしっかり覚えているが、事件の詳細についてはいいかげんだ。

 くだらないことは忘れず、大事なことは忘れてしまっている。

 ニフティのアクセス数のランキングを覗いてみたら、4月12日に1位になっていた。

 その日はブログを書いてもいないのに、おかしな話だ。

 へえ、そんなものなのか、と思って、おしまい。

(城島明彦)

2013/04/08

桜が散ったら、「八重の桜」の視聴率も散った(11・7%)

前回13・9%から4月7日(第14回「新しい日々へ」)は3%弱も下落

 過日、昨年暮れに発売された拙著『広報がダメだから社長が謝罪会見をする!』を読んだという「広報会議」の編集者から半年間連載のご依頼があり、そちらの原稿を早く片づけないといけないのだが、季節の変わり目で気圧の変動が激しく、私は毎年、この時期は絶不調。

 今年は特にひどい。
 外を歩けば靴も鳴るが、耳も鳴る。
 背中は痛い。
 睡眠時間が乱れる……。

 体のなかが春の嵐状態の今日この頃だ。
 ほかの原稿執筆も、はかどらない。

 NHKの大河ドラマも、「視聴率下落」という春の嵐に見舞われている。
 新年度入りする4月は、正月から始まる大河ドラマの大事なターニングポイントだが、4月7日放送の第14回「新しい日々へ」の視聴率(関東地区/ビデオリサーチ調べ)は、前回の13・9%が今回は11・7%に下落した。

 昨年の「平清盛」が、4月1週目に11・3%という低視聴率を記録し、以後、次第に人気が離散していったことを考えると、「八重の桜」も危ない。

 よく体がだるくなり、微熱を出す。
 「種の起源」を書いたダーウィンの話を読んでいたら、私と同じような症状があったと知り、一瞬、喜びそうになったが、向こうは天才、こちらは凡才。
 突拍子もないアイデアが突然ひらめく点だけは似ている、と思った。


視聴率が伸びない理由

 個人的には、「八重の桜」は音楽のつけ方以外は合格点であり、主演の綾瀬はるかも好感が持てるという理由で応援してあげたいが、いかんせん、全国的な支持は長期低落化の予兆を見せている。

 登場人物の描き方もうまく、ドラマとしてもよくできているが、八重という女性の知名度の低さが影響しているのではないか。

 大河ドラマでは、坂本龍馬ら時代の流れをつくった人物を主人公にして描いてきたが、「八重の桜」は時代に逆行した敗残者たちを描いており、どうしても暗くなりがちだ。

 会津藩は、徳川家に忠勤を尽くした「守旧派」であり、「賊軍」であるというイメージはマイナス要素として働く。

 坂本龍馬や勝海舟、西郷隆盛らのように、将軍を説いて政権を穏便に皇室に変状させるという道を選ぶこともできたはずだが、会津藩や藩主松平容保はそれができなかった愚者と見られることも、人気が盛り上がらない原因だろう。

 昔は新選組の挙動を面白おかしくして描いた作品も受けたが、時代が変わり、今では受けなくなった。
 そういう時代の傾向も、マイナス要因として働いている。

 多くの日本人は、「維新の立役者」である坂本龍馬に好感はいだいても、彼を暗殺した人物に興味は感じても、その考え方や言動を受け入れることには抵抗をおぼえる。
 会津藩の立場に立って歴史を描けば、龍馬暗殺者を描くのと似たような感情が人々の胸のうちをよぎることになる。
 そういう日本国民の深層心理も「八重の桜」の人気を盛り上がらなくしているのではないか。

(城島明彦)

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »