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2011/03/03

氷川きよしの新曲「野菊とあの娘(こ)と渡し舟」と伊藤左千夫の小説『野菊の墓』

 氷川きよしが2月3日に発売した新曲のタイトルが「野菊とあの娘(こ)と渡し舟」だったと知ったときは驚いた。

 実は、昨年夏、私は伊藤左千夫の短編小説『野菊の墓』を現代語に訳していたからだ。
 その訳本が、このほど、ケータイ小説として「いるかネットブックス」から発売された。
 最初にアップされたのは「どこでも読書」で、そのうち「パピレス」あたりでもアップされるはずだ。

 氷川きよしの歌は、明治時代に書かれた伊藤左千夫の短編小説『野菊の墓』に材を取っており、プロモーションビデオの映像は、舟に乗って学校の寄宿舎生活に戻る政夫を民子が「矢切の渡し」で見送る光景だった。
 政夫と民子の永遠の別れになる場面である。
 作詞が水木れいじ、作曲が水森英夫で、氷川を含め、全員が水に関係があるというのも不思議だ。

 『野菊の墓』の冒頭の部分と、政夫と民子が間接的に恋心を打ち明けるハイライト・シーンを原文と私が現代語に訳した文章を併記して紹介したい。

出だし

●原文
 後(のち)の月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。幼い訣(わけ)とは思うが何分にも忘れることが出来ない。もはや十年余も過去った昔のことであるから、細かい事実は多くは覚えて居ないけれど、心持だけは今なお昨日の如く、その時の事を考えてると、全く当時の心持に立ち返って、涙が留めどなく湧くのである。悲しくもあり楽しくもありというような状態で、忘れようと思うこともないではないが、寧(むし)ろ繰返し繰返し考えては、夢幻的の興味を貪(むさぼ)って居る事が多い。そんな訣から一寸(ちょっと)物に書いて置こうかという気になったのである。

◆城島訳
 後(のち)の月――それは、中秋の名月から一か月後(のち)の陰暦九月十三日の夜空に照る月であるが――その季節がめぐってくると、僕はあることを思い出さずにはいられなくなってくる。
心身ともにまだ幼かった十代半ばの頃の出来事ではあるが、どうにもそのときのことを忘れることができないでいるのだ。
 もう十年あまりも昔のことになるので、細《こま》かいことはそんなに覚えてはいないけれど、胸の思いに限っていうなら、今でもつい昨日《きのう》の出来事のように鮮明であり、その頃のことを考えていると、たちまち当時の気持ちに戻ってしまって、涙がとめどなくあふれてくるのである。
 悲しくもあり楽しくもあるというような複雑な心境になってしまうので、過ぎたこととして忘れようと思わなくもないのだが、どちらかというと、繰り返し思い返しては、まるで夢か幻のような世界にひたっていることの方が多いのだ。
 そんなわけで、ふと思い立って、そのことを書き残しておこうという気持ちになったのである。

ハイライト・シーン

●原文
 民子は一町ほど先へ行ってから、気がついて振り返るや否や、あれッと叫んで駆け戻ってきた。
 「民さんはそんなに戻ってきないッたって僕が行くものを……」
 「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれッたら、私ほんとうに野菊が好き」
 「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」
 「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好(この)もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
 「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」
 民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。
 「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」
 「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」
 「それで政夫さんは野菊が好きだって……」
 「僕大好きさ」

◆城島訳
 民子は一町(約一〇九メートル)ほど行ったあたりでうしろを振り返ったが、ついてきているはずの僕の姿がないことに気づいて、「あら、いやだ」と小さく叫んで駆け戻ってきた。
 「民さん、そんなにあわてて駆けてこなくたって、僕の方で追いかけていくのに」
 「政夫さんはなにをしていたの。姿が見えないから、私、びっくりしちゃって……あらっ、きれいな野菊。政夫さん、私に半分ちょうだい。私、野菊が大好きなの」
 「僕は小さい頃から野菊が大好きだよ。民さんも野菊が好きだったなんて、ちっとも知らなかった」
 「私はね、きっと野菊の生まれ変わりよ。だって、野菊の花を見ると身ぶるいしてしまうくらいだもの。それぐらい好き。どうしてそんなに好きなのか、自分でも不思議に思うくらいなの」
 「民さんがそんなに野菊を好きだなんて気づかなかった。道理で民さんは野菊のような人だ」
 民子は、半分こした野菊を頬《ほお》に押しあてて、とてもうれしそうだった。
 やがて僕らは歩き出した。
 「政夫さん……どうして私が野菊のようだと思うの」
 「どうしてっていわれると説明しづらいけど、民さんにはどことなく野菊のような雰囲気があるからさ」
 「それで、政夫さんは野菊が好きだって……」
 「うん、僕、大好きさ」
 ここからはあなたが先になってといいながら、民子は僕のうしろへ回った。

(城島明彦)

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