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2011/02/21

「江~姫たちの戦国~」(第7回「母の再婚」)は、比較的定説どおりだった

 2月最後の週の大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(第7回「母の再婚」)は、「信長の死後の跡目争いとお市の再婚話」が主要テーマだったが、今回は定説を軸にしたオーソドックスな話が展開した。

 本能寺の変で信長の居城だった安土城は炎上したので、江姫らは信長の出発点となった尾張の清洲城に身を寄せる。

 その清洲城に信長の重臣が集まって後継者を決める会議が行なわれたのは、天正10年(1582)6月27日のこと。
 招集者は、筆頭家老の柴田勝家(しばたかついえ)。60歳。
 会議のメンバーは、勝家、秀吉、丹羽長秀(にわながひで)、池田恒興(いけだつねおき)の4人。
 滝川一益(たきがわかずます)は参加資格があったが、合戦に出ていて加われなかった。

 信長や明智光秀らの所領をどう配分するかということも大事な議題だったが、最重要課題は信長の後継者選び。

 本能寺の変は6月2日で、すでに3週間以上も過ぎているから、その間に当然あれこれ腹の探り合いがあったはずだが、このあたりのことは正式な記録としては残されていない。

 跡目は〝嫡子〟(ちゃくし)である信長の長男信忠(のぶただ)が継ぐのが普通だが、彼は本能寺で父親と一緒に死んでいる。

 そこで、次男信雄(のぶかつ)と3男信孝(のぶたか)のどちらにするかという話し合いになるかと思えた。勝家は信孝を推すが、秀吉が首を振らない。
 秀吉は、「信長の直系」を大義名分として、死んだ長男の息子を推薦するという奇策に出たのだ。
 つまり、「三法師」(さんぼうし)と呼ばれていた信長の孫で、当時3歳の幼児を擁立するのである。

 この案を丹羽長秀と池田恒興が指示したことで、勝家案は退けられる。秀吉が事前に根回ししていたという説もある。

 その後、新しい幼君への拝謁ということになるが、三法師を抱いた秀吉に頭を下げているような感じになる。

 これらの歴史的な事実に沿って、大河ドラマは進んだ。

 ――というわけで、今回は「ここまでやるか」とビックリするような異聞は少ない。

 それでも、会議の前に江姫が秀吉の母や正室と清州城で会い、三法師と初めて会って親しくなるという〝できすぎた設定〟にしてあった。そうでもしないと主人公江姫の出番がない。

 好奇心旺盛な江姫という設定なので、今回も彼女は、後継者を決める会議を盗み聞きしに行くといいだすのだが、姉たちに止められ、実現しないという話になっている。

 物書きの視点や演出上の効果という観点から見ると、江姫を中心にしてドラマを展開させなければならないし、すべての歴史的大事件には江姫をより深く関わらせたいから、「盗み聞き」という形にして直接関わっているような筋運びにしたいが、そういうことばかりやっていると視聴者から「でたらめなドラマだ」と批判されるとの思いもあってか、今回は「盗み聞き」をやめて、かなり史実を重視した内容にしたのではないかと、私は思った。

 絶世の美女といわれた30代後半のお市が、親子ほども年令の開きがある柴田勝家と再婚するという話に3姉妹がどう反応するかということも、今回のドラマの主要テーマだった。

 現在の人間から見ると、兄信長につかえていた老武将と再婚するなどということは奇異に映るが、当時はこういうことが珍しくもなかったのだ。

 しかし、一人の夫だけを生涯愛し続けた女性もいっぱいいた。時代は江戸末期に飛ぶが、幕末の志士髙杉晋作の妻、雅子もそんな一人だった。
 彼女は、夫の死後も貞操を守り、大正11年に78歳で死ぬまで独り身を貫いたのである。

 髙杉新作の遺言が1990年代に発見されたが、そこには、
 「侍はいつ死ぬかもしれない。そなたも武士の妻ならば、夫が死んだら家を守り、操を立ててほしい」
 と書かれていた。
 そして、こんなことも。
 「我らは死しても、そもじ(そなたの意味)の事をわすれ申さず候」

 秀吉はお市の方という高嶺(たかね)の花に生涯憬れ続けており、のちに彼女の長女の茶々を側室にする。
 お母さんへの愛が無理だったから、その面影を強く宿した娘をもらうというのは、かなり屈折している。

 秀吉は、それくらいお市の方に執着していたから、そのお市が爺さんの政敵と再婚したことは相当ショックだったはずだ。

 お市は勝家と幸せに暮らしたと言い伝えられているが、勝家は秀吉と戦って敗れ、お市ともども自害して果てるという展開に次回以後のドラマはなっていく。
 
 今回のドラマは、大きくハメをはずしていないから、そんなに批判を浴びることはないだろうが、そうなったらそうなったで、もっと奇想天外な筋運びにしてもいいのではないか思ってしまう。
 外野席の人間は勝手なものだ。

(城島明彦)

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