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2011/01/31

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(第4回・1月30日)に出てきた「蘭奢待」(らんじゃたい)の謎

 前回の予告編に「本能寺へ」とあったので、いよいよ明智光秀が本能寺にいた信長を襲うのかと思ったら、そうではなく、京で開く「馬揃(うまぞろ)え」のために安土からやってきた信長が寝泊りする場所が本能寺という意味だった。

 「本能寺」と聞けば誰もがとっさに信長の最後を想像してしまう。今回(1月30日)の予告編によると、次回が「本能寺の変」となっていた。まぎらわしいタイトルの付け方はやめてほしい。

 「馬揃え」で十分ではないか。天正9年(1581年)2月に京都で行なわれた馬揃えは、派手好きな信長にふさわしいデモンストレーションだったのだから。

 信長は、明智光秀に命じて御所の近くに馬場をつくらせ、そこからきらびやかな装束で着飾って馬に乗り、軍団を引き連れて延々とパレードすることで、その強大な権力を正親町(おおぎまち)天皇、公家、住民たちに誇示したのだ。

 母と娘たち(お市の方と茶々、初、江)が香(こう)を聞く場面があった。いかにも女性のシナリオライターらしい。
 香は「かぐ」ではなく、「聞く」のである。
 「かぐ」というと下品な感じがするが、「聞く」というと上品な感じがするから不思議だ。
 
 何種類かの香をたいて、それぞれの名前を当てる典雅な遊びを「聞香」(ききこう)といい、室町時代から始まったとされている。

 その遊びをするときに江は大きなクシャミをして大量の香を吹き飛ばしてしまい、部屋中がもうもうとなってしまうとコミカルなシーンがあった。

 ドラマに「香」が出た時点で、もしかすると「蘭奢待」(らんじゃたい)の話が出てくるかもしれないと期待した。というのは、実は私は、「蘭奢待」という題名の掌編小説を一篇書いているのだ。
 これは『恐怖がたり42夜』(扶桑社文庫)に収載され、電子書籍にもなっているので、関心のある人はぜひ読んでいただきたい。
 電子書籍の方の書名は、扶桑社版が『携帯サイトの怖い話』で、いるかネットブックス版は『恐怖がたり42夜(上)(下)』となっている。

 「蘭奢待」とは何か。
 蘭奢待は、たぐいまれなる芳香を放つといわれている150センチくらいの「香木」(こうぼく)で、天皇の勅許(ちょっきょ)がおりないと手にすることができない特別な品物である。

 しかし、信長は天皇に無断で勝手に切り取らせて香を聞いたといわれており、そのことを裏づけるかのように、蘭奢待の切り取られた個所に「織田信長」と書かれた和紙の短冊がくっつけてある。

 今までで蘭奢待の香を聞いた人は、明治天皇、信長、足利義政の3人だけといわれてきたが、ほかにもいくつか切り取った後が残っており、家康も切ったらしいという説がある。

 私が小説のなかで推定した人物は、第11代将軍家斉(いえなり)である。家斉は15歳で将軍になり、正室・側室合わせて40人の女性に55人の子供を産ませた好き者である。

 大河ドラマでは、信長は江に「これをやろう」といって紫の袱紗(ふくさ)に包んだ「蘭奢待」を与える。信長がどうやって蘭奢待を使ったは記録に残っていないから、江にやった可能性がないとはいえない。

 しかし、江は天正元年(1573年)生まれといわれているので、そのとき7歳か8歳である。上野樹里の年齢を考えるとドラマが成り立たなくなってしまうから、年齢のことには目をつぶるしかないのか。

 信長の正室濃姫(斎藤道三の娘)の影の薄いのも気になる。本能寺で信長と一緒に死んだという説もあるが、信長が出てくる場面でそばにいないことがほとんどなのはどういうわけか。
 
 私が「蘭奢待」にひかれたのは、「隠し字」の存在である。蘭奢待に秘められた字があるのだ。

  蘭という字には「東」がある。
  奢という字には「大」がある。
  待という字には「寺」がある。

 蘭奢待は、東大寺の大仏殿近くの正倉院に保管されてきた天皇家の宝物なのである。

 そんなことを思いながら、ドラマを見た。

(城島明彦)

2011/01/29

飲食店の「いらっしゃいませ、こんばんは」はおかしい。順序がアベコベだ

 ◆飲食店に客として入ると、「いらっしゃいませ、こんばんは」という複数の店員の声がセットになって飛んでくる。
 元気よく迎えてもらうことに異論はないが、かける言葉の順序がアベコベである。
 「こんばんは」は顔を見たときの挨拶であり、最初にいうべき言葉である。
 「いらっしゃいませ」も店に入ってきた客を歓迎するときの最初の言葉である。
 それをセットにして続けていうから、おかしくなる。客が来店したときにかける言葉は「いらっしゃいませ」だけで十分だ。
 どうしても両方いいたい場合は、「こんばんは」を先にいうべきだ。

 ◆「こんばんは」を「おはようございます」に変え、声に出していってみると、どちらが不自然で、どちらが正しい言い方かわかるはずだ。
 「いらっしゃいませ。おはようございます」
 「おはようございます。いらっしゃいませ」

 ◆道で誰かと出会って挨拶するときのことを考えるのも手である。
 「寒いですなあ、こんにちは」などという言い方は昔からしないのである。
 「こんにちは、寒いですなあ」が普通の順序である。「こんにちは」が最初なのだ。
 厳密にいうと、顔見知りの相手と初めて会う相手とでは対応の仕方が違うが、ここではその区別をしないで話を進める。

 ◆道で出会ったとき、最初にどうするか。
 黙って会釈するか、声に出して「こんにちは」とか「こんばんは」といった挨拶をする。これが普通だ。
 出会ったときに「元気だった? こんにちは」などとセットにして同時にはいわない。言葉をかけるなら、「こんにちは」が最初で、「元気だった?」はその後だ。
 「今日はいい天気ですね」とか「寒いね」といった時候の挨拶も、「こんにちは」といった後でいう。これが日本語の使い方の常識だ。

 ◆インターホンなどなかった時代には、知りあいの家を訪ねるときは、玄関の引き戸をガラガラと開けて「こんにちは」と声をかけたものである。
 すると、奧からその家の住人が出てきて、笑顔で会釈をしながら「いらっしゃい」とか「ようこそ」といって歓迎した。

 ◆インターホンができると、家の住人がドアを開けて顔を合わせたら、客は「こんにちは」という。それを受けて、住人は「こんにちは」と返し、「いらっしゃい」と続ける。
 住人が先に「いらっしゃい」といったら、客は「こんにちは」と返し、「お邪魔します」と続ける。いずれにしろ、顔を見たら「こんにちは」である。
 これが普通であって、まともな日本語を使っている人であれば、「いらっしゃい、こんにちは」とか「お邪魔します、こんにちは」などとは絶対にいわない。最初に「こんにちは」だ。

 ◆「いらっしゃいませ、こんにちは」とセットでいうのは、いかにも安っぽい。
 「いらっしゃい」と迎えた後は、2通りの対応になる。

 ケース1……その客を案内する店では、案内役の店員が黙って会釈をしてからテーブルまで連れて行く。それで十分だ。「こんにちは」といいたいなら、そのときにいえばいい。

 ケース2……客を案内しない店では、その店員が着席し、食べるものを決め、店員を呼んだら、そこへ向かった店員がオーダーを聞く前に「こんにちは」とか「こんばんは」と普通の大きさの声で挨拶すればいいのだ。

 ◆「いらっしゃい、こんにちは」などという妙な言い方を誰が指導しているのか知らないが、日本語の使い方はもっと正しくやってもらいたいものだ。
 
 (城島明彦)

2011/01/24

「江~姫たちの戦国~」(第3回)の江姫は「のだめ」だった

 大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の第3回(1月23日)は、信長が家康に妻子(正室の築山殿と長男の信康)を殺すよう命じるが、江にはその理由がわからず、直接信長に聞きに行く話が中心になっていた。

 上野樹里は、第1回、第2回は「のだめ」(映画やテレビドラマで上野が演じた二ノ宮知子原作のマンガ『のだめカンタービレ』の主人公野田恵)にならないように意識して演技していたような印象があるが、第3回では表情、しゃべり方、動きが「のだめ」そのものだった。

 姫たちの年齢と3姉妹を演じる役者の年齢に無理・無茶があることは今回も感じたが、彼女らに関する資料が乏しい分、このドラマは歴史的事実よりフィクション的な面白さを狙っているのかもしれない。次回は本能寺のようでテンポは早い。

 ◆上野樹里の江姫の演技とかけて、「カタコトの日本語を話す外国人の反応」と解く。そのこころは、「ノー! ダメね」。

 というわけで、ドラマの話は以上で終わり、ここからは、「江」に登場する主な人物をお題に使った「なぞかけ」といきたい。どうしたら「なぞかけ」に強くなれるか。その方法を以下に述べまする。

 ▼お題「織田信長とかけて」
 第1ステップは、信長から思い浮かぶ言葉や用語をリストアップする作業である。
 南蛮渡来、バテレン、ルイス・フロイス、天下統一、鉄砲、桶狭間の戦い、足利義昭、楽市楽座、お市の方(当代一の美人といわれた実妹)、明智光秀、本能寺の変……。

 思いつく言葉を書き出したら、次のステップに移る。第2ステップでは、リストアップした関連語のうち、同音異義語がなさそうなもの、共通点・共通項が見つからないような気がするものは落とす。

 残す項目は、ややこしくない語、簡単そうなものがよい。そのとき、くそまじめに考えるのではなく、ダジャレっぽい考え方をしよう。

 「南蛮渡来」のような合成語は、「南蛮」と「渡来」の二語に分けて考える。
 南蛮≒カレー南蛮・何番・何羽(なんば)・難波(なんば)
 渡来≒トライ(try)
 という具合である。

 バテレンは、体が疲れるという意味の「ばてる」という言葉が連想されるので、使えるかもしれないと考えて残す。

 ルイス・フロイスはポルトガル人の宣教師だが、そういう難しいことは考えず、「フロイス≒風呂・椅子」というように発想すると、使えそうだと気づく。

 こんな要領で使えそうな項目をいくつか残したら、次のステップに移る。第3ステップは、残した項目の共通点を具体的に考える作業である。

 たとえば、お市の方。お市の方は、「江」では鈴木保奈美が演じている。「お市」と呼ばれることも多いから、その呼び名からダジャレっぽい連想ゲームをする。

 お市≒おいち(にっ、さん)⇒「おいっち、にっ、さん」⇒ラジオ体操の掛け声
 ここまでできたら整ったも同然で、さらに連想を飛躍させるだけだ。

 おいっち、にい、さん⇒(信長は)お市の兄さん
 これで、「整いました」となる。

 ◆織田信長とかけて、「ラジオ体操」と解く。そのこころは、「おいち、にい、さん」(掛け声)/お市兄さん(信長はお市の兄)。

 「なぞとき」の答えは、一つとは限らない。練習のために、お題「織田信長」で別の答えを考えてみよう。

 なぞときの答えは、誰もが知っている答えにするのが鉄則である。
 今は大河ドラマをやっているから「江」の名はポピュラーになりつつあるが、これまでは宮沢りえが演じている茶々ほど知名度は高くなく、大河ドラマがなかったら「それ、誰?」といわれる人物である。
 なぞときは、こういうことを頭に入れて考えないといけないのだ。

 織田信長というお題で考える場合、誰もがよく知っている関連人物や事件・出来事というと、使える言葉は限られてくる。

 本能寺の変で明智光秀に殺されることは、よく知られているので、これを使おうと決めてから考えるやり方もある。
 「本能寺≒本能+痔・ほんの宇治(茶)・本のウジ(虫)」で考えるより、明智光秀の方が簡単そうに思えるので、明智光秀を残す。

 明智という姓で誰もが思い浮かべるのは、江戸川乱歩の小説「怪人二十面相」に登場する名探偵明智小五郎である。明智光秀と明智小五郎なら、姓が共通。そこまで考えたら、もうできている。
 
 ◆織田信長とかけて、「怪人二十面相」と解く。そのこころは、どちらも明智にしてやられます。

 やり方がわかったら応用問題である。信長を取り上げたので、家康と秀吉もやってみよう。
 
 ▼お題「豊臣秀吉とかけて」
 ①連想ゲームで、秀吉の関連事項をまずリストアップする。
  太閤、検地、刀狩、ねね(正室)、茶々(側室)、日吉丸(幼名)、秀頼(息子)、聚楽第、千成瓢箪、猿(あだな)、千利休、大阪城。
 ②そのなかで、同音異義語ないしはそれに近い言葉がありそうなものを残す。
  太閤≒太鼓、明太子、妙子、だいこん。検地≒ケチ、けんちん汁。ねねとか茶々も使えそうだが、「猿≒去る」が簡単でわかりやすい。
 ③こころを「さる」と決めて、共通項を探せばそれで整う。

 ◆豊臣秀吉とかけて、「帰ってゆく人」と解く。そのこころは、さる(猿/去る)。

 同様にして、次のような答えも成り立つ。

 ◆豊臣秀吉とかけて、「念を押するクセがある人」と解きます。そのこころは、ねね(正室)/「ね、ね」
 ねねは、「おね」とも呼ばれたことを使う手もある。

 ◆豊臣秀吉とかけて、「登山家」と解く。そのこころは、おね/尾根がいい。

 ◆豊臣秀吉とかけて、「ねだり上手な女の殺し文句」と解く。そのこころは、「おねがいい/お願いィ」)

 練習の仕上げは家康で考えてみよう。

 ◆徳川家康とかけて、「ナイアガラの滝」と解く。そのこころは、ばくふ(幕府/瀑布)です。
 
 ◆徳川家康とかけて、「みかん」と解く。そのこころは、みかわ(三河/実・皮)が大切です。家康は三河の出。みかんの皮はマーマレードになる。

 ◆徳川家康とかけて、「フルコースのフランス料理のオードブル」と解く。そのこころは、やがて駿府(すんぷ)/スープに移ります。(秀忠に将軍職を譲った家康は、江戸城から駿府城に移った)

 もっと簡単でわかりやすい例を示そう。

 ◆信長・秀吉・家康とかけて、「グラビアアイドルの写真集を見て、思わず呟いた大阪のおっちゃん」と解く。そのこころは、「ええけつ(英傑/いいケツ(尻))やなァ」

 おあとがよろしいようで――。

 (城島明彦)

2011/01/17

NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」第2回目 浅井3姉妹の年齢がデタラメ

 NHK大河ドラマ「江」の第2回(1月16日)は「父の仇」だった。
 父は浅井長政で、仇は織田信長である。
 ドラマによると、天正7年(1579年)春、浅井3姉妹は母お市の方に連れられて信長を訪ねる。
 そこで3女の江は、父長政が伯父信長に城攻めされ、切腹させられたことを初めて知り、衝撃を受ける。そして江は、父を殺した理由を聞こうとして信長の居室へ行くのである。

 信長が江に槍の穂先を突きつけているところへ、白装束に身を固めた長女の茶々と2女の初が、手に短刀を持って、「親の仇」とやってくる。
 そこへタイミングよく、3姉妹の母、お市の方も顔を出し、
 「なにごとか」
 と三人を叱りつけると同時に、
 兄の信長にも、
 「大人げない」
 と説教する。

 実際には登場人物がこんなにうまく一堂に会するとは思えないが、そこはそれドラマによくあるご都合主義で、筋書きはとてもよくできており、史実かどうかは抜きにして面白い。
 しかし、3姉妹の年齢がデタラメである。

 3姉妹の生年には諸説あるが、長女の茶々は有力説によると1569年(永禄12年)。その時点で10歳なのだ。
 次女の初は1570年に生まれで、茶々より1つ下だから信長に会ったのは9歳のときだ。
 主人公の3女、江は初よりさらに3つ下だから、6歳である。

 しかるに、ドラマの3姉妹は、長女の茶々を現在37歳の宮沢りえが演じ、次女の初を27歳の水川あさみが演じる。そして、三女の6歳の江を24歳の上野樹里が演じている。
 その3人は、どう化粧しても立派に成人した大人の女の顔であり、体つきである。
 年齢に開きがありすぎて、きわめて不自然。

 えらくひねこびた3姉妹というより、あんな顔の少女はいない。
 本来なら、子役が演じるべきところである。
 舞台ならこういう無茶も観客から許容されるが、テレビドラマや映画では受け入れがたい。

 史実を知らない視聴者の目には、3姉妹が十分大人になってから信長に会ったような誤った印象を与えてしまう。これが最大の問題だ。要するに歴史無視なのである。

 「龍馬伝」でも史実無視がいっぱいあったが、今回もこれだ。いずれも、視聴率至上主義のなせるわざだろう。

 織田信長が本能寺で死ぬのは1882年で48歳だが、ドラマはまだそこまで行ってはいない。
 長女茶々は、信長が死んだとき13歳くらいである。
 3人姉妹は、今風にいうと信長が死んだ次点で茶々が中1、初と江は小学生だ。
 
 これからもNHKは、3姉妹が女優の実年齢に近づく場面まで、こういう無茶を続けていくことになる。

 お市の方は、信長が死んだとき30代半ば。鈴木保奈美は44歳だから、20前後で浅井長政に嫁いだときはかなり無理があったから、別の若い女優が演じてもよかった。しかし、これからは次第に実年齢に近づいて行くので、違和感はなくなって行く。

 NHKは、視聴率さえ取れるなら菅井きんにも20歳の乙女をやらせるかもしれない?

(城島明彦)

2011/01/14

日本語って楽しいな ~「畳語」(じょうご)で、あそぼ!~

 一つでは意味がわからない言葉も、2回繰り返すと別の言葉になって意味が通じる。

  腕がだんだん疲れてきた。
  バスがどんどん遠ざかって行く。
  カンカン照(で)り。
  足がふらふら
  ひょろひょろのモヤシ。
  顔がパンパンに腫れる。
  堂々たる行進。
  月が煌々(こうこう)と照る。
 
 アンダーラインを引いた言葉は、「畳語」(じょうご)とか「重語」(じゅうご)といわれるものだ。
 「重語」という呼び方は「重ねた言葉」と読めるので、この言葉の意味を知らなくても、およその見当はつくだろうが、「畳語」の方は意味が理解できない人の方が多いかもしれない。

 畳は、和室の床に敷くあの「タタミ」のことだが、これが動詞になると、「ふとんを畳む」とか「ハンカチを折り畳む」という使い方をする。
 ひとつのものを折って重ねるという意味である。
 畳を「じょう」と音読みすることは、日常生活で部屋の広さを「六畳」とか「十畳」と呼んでいるので、小さい子供でも知っている。

 ▼天気に関係する畳語
  風がひゅうひゅう吹いている。
  風がぴゅうぴゅう吹いている。
  風がびゅうびゅう吹きぬける。
  風がごうごう>(轟々)と鳴る。

  雨がざあざあ降ってきた。
  雨がしとしと降っている。
  雨がぽたぽた落ちてきた。
  
  雪がふわふわ舞っている。
  雪がちらちら舞う。
  雪がしんしんと降っている。
  雪がどんどん積もる。
  雪がずんずん積もる。

  太陽がさんさん(燦々)と降りそそぐ
  太陽がかんかんと照りつける。
  雲がどんどん湧いてくる。
  霧がじわじわと湧いてきた。
 
 ▼体に関する畳語
  頭がガンガンする
  顔がひりひりする。
  舌がぴりぴりする。
  胃がきりきり痛む。
  胃がチクチクする。
  背中がじんじんする。
  背中がゾクゾクする。
  肩がカチカチにこる。
  腕をブンブン振りまわす。
  手をぶらぶらさせる。
  体がホカホカしてきた。
  体をガタガタ震わせた。
  腿(もも)がパンパンに腫れた。
  膝ががくがくする。
  足がチクチクする。
 
 こういうふうにしてジャンルを広げて、畳語をあげていくときりがないので、今日のところはこのへんでやめておこう。

 やっぱり、日本語って奥が深津絵里!?

(城島明彦)

2011/01/11

大桃美代子と麻木久仁子との騒動を嘆きて、山路徹が詠める川柳

 山路来て 御世(みよ)乱れたり 麻のごとくに

 (注)敬称略。悪意はござりませぬぞえ。

 (城島明彦)

2011年のNHK大河ドラマ「江」第1回はよくできていた

 主な登場人物をドラマ開始から早い時間内に次々と登場させ、手短かにうまく紹介しており、初回に限っていうなら、よくできていると思った。

 演出も、「龍馬伝」のように奇をてらっておらず、大河ドラマ本来のオーソドックスな手法で、落ち着いて見ていられた。

 ただ、鈴木保奈美の「お市の方」は、20代前後で浅井長政に嫁いでおり、どう見てもトウが立ちすぎの感あり。

 女の戦国史を男性視聴者がどう見るかで、視聴率が変わってくるのではないか。

 視聴率は男次第というわけで、謎かけ参ります。

 2011年のNHK大河ドラマとかけて、「男の子女の子」と解く。そのこころは、「(♪君たち男の子) ゴーゴー」(郷ひろみのデビュー曲の出だし)

(城島明彦)

「おかしな接頭語」で、笑う門(かど)には福きたるらし天(あめ)の香具山 

 日本語は奥が深いですな。おかしな接頭語がいっぱいアリストテレス。
 それらは、驚異でも脅威でもない強意語なんデスマッチ一本火事のもとをたどれば愉快だな。
 というわけで、今回は接頭語でござい増田明美ーとケイはピンクレディ・GO!

 ▼下品・お下劣・珍奇な接頭語
 ○屁をぶっこく
 ○屁をぶっかます
 ○クソガキをぶっ叩く
 ○にくい奴をぶっ殺す
 ○小屋をぶっ壊す
 ○クギをぶっ刺す
 ○ハジキ(拳銃)をぶっぱなす
 ○ドタマ(頭)をぶっつける (類語)ドタマをかち割る
 ○中身をぶっちゃける (ぶちまける)

 ○すけべ
 ○けち
 ○忘れ (どわすれ)
 ○突く (ど突く)
 
 ▼激情・過激・怒涛の接頭語
 ○顔をぶんなぐる
 ○土地をぶんどる 
 ○チェーンをぶんまわす

 ○体をぶちかます
 ○電柱にぶち当たる
 ○敵をぶちのめす

 ○その場につっぷす (突っ伏す)
 ○つっかかる (突きかかる)
 ○つっぱる  (突っ張る)
 ●(変形&使用例)つんのめるツンク

 ▼接頭語「素」は、すっからかんの「す」
 ○約束をすっぽかす  素+放(ほ)かす
 ○秘密をすっぱ抜く 
 ○ページをすっ飛ばす
 ○財布がすっからかん
 ○体がすっぱだか 
 ○すっ頓狂

 ○金品をかっぱらう
 ○ホームランをかっとばす
 ○娘をかっさらう

 ▼接頭語「引」は、引っ張りだこの「ひ」
 ○腕をひっぱる (引っ張る)
 ○選挙ポスターをひっぱがす (裂く、割る、回す、戻すは、「引っ○○」とはいわないのは、なぜ?)
 ○途中からひっ返す (ところで、「ひっくり返る」の「くり」って何だ? 繰り返すの「繰り」か?)
 ●指がひっつく
 ※引っ張る、引っ剥がす、引っ返すの「引っ」は「引く」だが、「ひっ付く」は「引っぱらず、押し付けている」のに、なぜ「ひっ」という接頭語がつくのか? と考えると、この「引っ」は「互いに引き寄せ合う」という意味ではないかと推理できる。
 ⇒(同義語)くっつく。 (類似表現)せっつく。がっつく。「ほどなく」という意味の「おっつけ」(追っ付け)。

 ▼接頭語の「取」は、取っ替え引っ替えの「と」
 ○悪ガキをとっちめる (「ちめる」って何だ!? 地デジ+メールの新略語にでもするか)
 ○室内をとっちらかす (取り散らかす)
 ○枠をとっぱらう (取り払う)
 ○砂場でとっくみ合う (取り組み合う)
 ○衣装をとっ替える (取り替える)

 ▼接頭語「どん」は、どんぐりの「どん」ではない
 ○道がどんづまり 「鈍」か?
 ○景気はどん底、 貪(どん)か?
 ○順位はどん尻(じり) 貪(どん)か?

 ▼ふきだしたくなる妙な接頭語
 ◎思わずずっこける
 ◎頭がつるっぱげ
 ◎ぶちゃむくれ
 ◎ドタマをかち割る(前出)

 ▽ついでに妙な接尾語
 ○褒めちぎる 褒める相手を千切ってどうする。 (関連表現)ぶっちぎりのダントツ
 ○褒めたおす 倒してどうする
 ○褒めそやす 「そやす」は「おだてる」という意味だが、ヘンな言葉ではないか。おいでやす。
 ○褒めまくる 「まくる」(捲る)は「スカートをまくる」「袖をまくる」と「なめまくる」「走りまくる」「メールを出しまくる」というときの「まくる」がある。競輪用語の「まくる」は追い越せだが、これとも違う。

 うーん、ようわかりまヘンゼルとグレーテルで、頭のなかがチルチル・ミチル。
 
 日本語は奥が深田恭子!

(城島明彦)

2011/01/08

そうです、これがヘンな日本語です

 日本語は面白い⇒「面=顔」だから「顔白い=志村けんのバカ殿」。 
 よって、面白い=バカ殿!?

 ○ヘンな日本語「す」づくし
 
 すっぴんのネエちゃん、すっとこどっこいすっぽかしすったもんだすってんてんすっからかんすっぽんぽんで、すってんころりとずっこけた。

 ○ヘンな日本語「ち」づくし

  ちゃらんぽらんで、ちんちくりんちょろい奴、ちゃっかりちゃんちゃんこ着ちゃって、ちゃんちゃらおかしいぜ。ちんたらちんたらおちゃらかすのもいいかげんにしろ。ちょちょいのちょいと、やっつけてやる。

(城島明彦)

2011/01/07

謎かけ(2) 「話題の出来事・事件・人物」のお題 ととのいました

 謎かけは、簡単そうでむずか椎名桔平(しいなきっぺい)。
 どうでもいいが、椎名は伊賀の出身だ、意外だな、栗のイガとの関連性を考えたら、胃が痛ムのだ(野田)聖子は高齢出産、安産スッポン、おめでとう。
 椎名もオイラも三重県人と見栄(みえ)をハルマゲドン・キホーテは安井曽太郎の絵は高井戸から夜ごと「一枚、二枚……」は「番町皿屋敷」のお菊さん。

 れれれのれ!? と脱線ついでに、ここでちょいと「胃が痛む」から始まる尻取り遊び。

 胃が痛ムーミンミンゼミッションインポシブルドックッパ(胃が痛む・ムーミン・ミンミンゼミ・ミッションインポシブル・ブルドック・クッパ)もマリオも任天堂。

 わけがわからなくなったところで、昨日に続く第2弾がととのいま下谷(したや)は都内の台東区。

 ○はるな愛とかけて、「一緒に外出する浜崎あゆみに声をかける外国人の〝旦那はん〟」と解く。そのこころは、アー・ユー・レディ? (Are you lady?〈君は女か?〉/AYU,Ready?〈あゆ、もういいかい?〉)

 ○マツコ・デラックスとかけて、「ヘンなアメリカ人」と解く。そのこころは、デーブ・スペクター。(デブとデーブ)

 ○尖閣諸島とかけて、「鶏舎勤務の作業員」と解く。そのこころは、日中ふんそうじだよ。(日中間の紛争事/昼間の糞掃除)
 ○尖閣諸島とかけて、「(16世紀の)宗教改革」と解く。そのこころは、境界(教会)の争いです。宗教改革は「ルター怒りて一語否(いな)! 1517年」と覚えましょう。

 ○食道がんから復帰したサザンの桑田佳祐とかけて、「幼児語で確認するクセのある関西弁の女」と解く。そのこころは、「しょうなん?」。(湘南/「そうなの?」という意味。ダジャレ気味ですなあ)

 ○大阪公演でカツラを付け忘れた綾小路きみまろとかけて、「横浜の動物園」と解く。そのこころは、「ズラ、しいや」(ズーラシア)。きみまろといえば、カツラが一番わかりやすい。「ズラ、しいや」は「スラ、しろよ」の関西弁。
 ○綾小路きみまろとかけて、「幕末・明治維新」と解く。そのこころは、かつらが活躍します。(カツラと桂小五郎)。単なる同音による連想。
 ○綾小路きみまろとかけて、「坂本龍馬」と解く。そのこころは、カツラ(桂浜)と縁があります。

 ○酒井法子とかけて、「チン○コ」と解く。そのこころは、どちらも「ピー」が入ります。(のりピー/放送禁止用語を消す「ピー」という音)
 ○酒井法子とかけて、「巻き寿司の食いすぎで腹痛を起こした男」と解く。そのこころは、のりピー!
 ○酒井法子とかけて、「落花生」と解く。そのこころは、「ピー」(のりピー/ピーナッツ)が入っている。これは誰でも思いつきそう。
 ○酒井法子とかけて、「アバウト」と解く。そのこころは、「やく」(麻薬/約)だよね。

 ○長門裕之とかけて、昔の外国旅行と解く。そのこころは、「ようこう! ようこう!」(南田洋子/洋行)。昔は外国へ行くことを洋行といったのですな。

 ○北島三郎に次ぐ紅白出場回数2位の森進一とかけて、「タヌキ」と解く。そのこころは、♪おふくろさんよ。タンタン タヌキの金×(ふくろ)……。ちょっとわかりにくいかも。
 
 ○浅田真央とかけて、「〝マー君〟」(楽天イーグルスの田中将大)と解く。そのこころは、まいに賭けています。(氷上の舞い/マー君の恋人里田まい)
 ○浅田真央とかけて、「〝マー君〟」と解く。そのこころは、まい(里田まい/姉の浅田舞)が心の支え。

 ○田中将大とかけて、「桃太郎に退治された鬼」と解く。そのこころは、「まいった」(里田まいの「まい」は使いやすい)

 ○AKBとかけて、「くりぃむしちゅー」の上田晋也と解く。そのこころは、シワが特徴。(48人/上田は年令の割には額の皺が深い)

 ついついワルノリして島田正吾は新国劇、といっても若い人は白根(しらね)一男。白根が歌手ともシェラネバダ山脈?
 なんだ神田の鬼子母神ジン仁丹、ジンタカタッタッター? とうとう頭にキムチ、冷蔵庫にはキムコケコッコーでキム・ジョンイル、出て来い、どこにイルカはいるか? きりがないので、やめマッ駿河台(マッスル/するがだい)。

 ○斎藤佑樹とかけて、「トイレの消臭剤」と解く。そのこころは、さわやかでしょう。

 おあとがよろしいようで――。

(城島明彦)

2011/01/06

謎かけ(2010年に話題になった国内の事件・出来事) ととのいました

 「謎かけ」は同音異義語が関係する「ことば遊び」の一つだが、オヤジギャグほど訓練を積んでおらず、不得手でありマスマティックス。苦しいのや平凡なのもありま生姜(しょうが)、どうか許しておクレオパトラ。

 ○海老蔵とかけて、「風呂の中の屁」と解く。そのこころは、ボコボコ。

 ○浅田真央VS安藤美姫とかけて、「家族団らん」と解く。そのこころは、どちらもなごや(名古屋/和や)か!?

 ○菅直人とかけて、「緊急入院した患者」と解く。そのこころは、てんてき(天敵/点滴)がいるぞ。

 ○麻木久仁子VS大桃美代子とかけて、「生焼けのトウモロコシ」と解く。そのこころは、中途半端につぶやいちゃって大騒ぎ(ツイッターでつぶやいちゃって/粒焼いちゃって)。

 ○白鵬とかけて、「義務教育」と解く。そのこころは、63でおしまい(63連勝/6・3制)。

 ○橋下大阪府知事とかけて、「プロゴルファーの遼君」と解く。そのこころは、かみがた(上方〈関西のこと〉/髪形)変えました。

 ○沢尻エリカとかけて、「押尾学」と解く。そのこころは、はんけつ(半ケツ、判決)が気になります。

 ○龍馬とかけて、「転びバテレン」と解く。そのこころは、かいしゅう(海舟/改宗)が絡みます。

 ○石田純一とかけて、「西向いて咆える犬」と解く。そのこころは、東尾。

 (城島明彦)

2011/01/05

「崖の上のポニョ」、シューマンの「楽しき農夫」、「ビゼーの「メヌエット」を結ぶ点と線

 アニメ「崖の上のポニョ」の予告編がテレビでオンエアされたとき、
  ♪ポニョ、ポニョ、ポニョ……
 という軽快なテーマ曲を聞いて、
 「あれっ、この曲、聞いたことがある。中学で習った」
 と思ったが、すぐには曲名が思い出せなかった。
 
 そして数年が経ち、シューマンの「楽しき農夫」に似ていたことがわかった。
 だが、よく考えてみると、学生時代、ギターで何度も弾いたことがあったし、子供のピアノ発表会では誰かが弾いたのを耳にしているはずだった。私のクラシックに対する知識はその程度である。

 ネットをあたってみると、「崖の上のポニョ」と「楽しき農夫」が似ていると思っているのは、自分だけでないことがわかった。
 クラシックにも「本歌取り」というのがある、と明治学院大にいる私の友人が教えてくれた。「崖の上のポニョ」もそう考えることにしよう。

 シューマンといえばクララである。それくらいの知識は前々からあるが、「クララ」という咳止めの薬は彼女の名から取ったのかどうかは知らない。

 シューマンは欧州一といわれた名ピアニストのクララと結婚し、8人の子供をもうけているが、「楽しき農夫」という曲は、長女が7歳の誕生日(1848年)にプレゼントした小品7曲のうちの1曲だった。
 7歳だから7曲だったのだろう。そうやってつくられた「楽しき農夫」を含む小品集は、やがて「子供のためのアルバム」と名づけられ、世界中の人々に知られることになる。
 そういう知識はあったが、シューマンの長女がMARIE(「マリー」または「マリエ」)という名前であることは最近知った。

 私の娘の名は真里奈。よく似ている。3歳の頃からYMCAに通っていたが、何回か私が迎えにいったとき、外国人の先生から「マリーナ」と呼ばれていた。
 真里奈の3文字は左右対称であり、バランスの取れた人間になってほしいという願いをこめて、世界中で通用する名前として命名した。英語で書くと「MARINA」だが、不思議なことに、完全とはいえないが、こちらもそれぞれの文字が左右対称に近い。

 2009年夏に公開された「クララ・シューマン 愛の協奏曲」という映画を私は見ていないが、そこにはマリーも当然出てくるので、そのうちDVDを借りてきて見ようと思う。2010年がシューマン生誕200年ということで、この映画がつくられたのだろう。
 私の小説にも『協奏曲』(集英社文庫/絶版。そのうち電子書籍にする予定)というのがある。サブタイトルは「ラバーズ・コンチェルト」である。どこか「愛の協奏曲」と重なるような気がした。

 「楽しい農夫」は、私のなかでは、長い間、ビゼーの「アルルの女」の「メヌエット」と一緒くたになっていた。「崖の上のポニョ」は「メヌエット」とも似ているのではないかという気がしていたのである。音楽好きな人やクラシック音楽に詳しい人からみると、まったく考えられないレベルの混同かもしれない。

 私が習った音楽の教科書の「楽しき農夫」の訳詞には、「日差し漏れぬ」という一節があったように記憶しているが、なにせ昭和30年代という遠い昔のことなので、その教科書は手元には残っておらず、図書館まで出向いて調べるほどのことでもないから、とりあえずネットで検索してみると、シューマンの「楽しい農夫」は「秋の田」という題で、戦後間もない昭和22年に発行された音楽の教科書に採用されていたことが記されていた。(「うたごえサークルおけら」というHP)
 
 「おっ、これだな」と思いながら歌詞に目を走らせると、「日差し漏れぬ」というような言葉はなかった。

  ♪うれしや 稲穂たわに 
   田の面(も)は 黄金(こがね)の波たつ
   祝えや 実り豊か
   田の面は 宝の海とよ
   いざいざ 時はいまぞ
   見渡す 果ても知らに
   実りぬ 稲穂は実りぬ

 歌詞は2番からなり、これが1番の歌詞で、2番にも「日差し漏れぬ」という言葉はどこにもないから、別の歌の詩と混同しているのかもしれない。

 訳詞者は桑田春風(くわたしゅんぷう)だが、これ以前に「早春賦」(♪春は名のみの 風の寒さや……)の作詞や「故郷を離るる歌」の訳詞(♪園の小百合なでしこ 垣根の千草……)などで知られる吉丸一昌(よしまうかずまさ)が訳した詞もあったらしい。
 「小鍬(おぐわ)を肩にかかげ とぼとぼたどる 野良(のら)道」
 で始まる吉丸の訳詞は、画家ミレーの「落穂拾い」を連想してしまうようなイメージである。

 吉丸は大正5年に、桑田は昭和10年に、それぞれこの世を去っていることを考えると、昭和30年代の教科書に載っていたのは桑田訳だろうと思われる。
 だが、今から30年ほど前に高崎市の「でかんしょ合唱団」というところが高崎婦人会館(現婦人フォーラム)で開いた「第2回ファミリーコンサート」の演目のなかに「楽しき農夫」があり、作詞吉丸一昌とあった。

 私が通っていた小学校(三重県の四日市市立中部西小学校)は、始業前の朝とか昼休みとか放課後に子供向けのクラシックを流していた。
 トロイメライ、ガボット、エリーゼのために、ユーモレスク、小犬のワルツ、ラ・カンパネラ、別れの曲などだった。
 忘れているが、「アルルの女」の「メヌエット」や「楽しき農夫」も流れていたのではないか。
 季節によって曲目が変わり、冬はスケーターワルツなどヨハン・シュトラウスの曲が流された。

 昼休みはサンサーンスの「白鳥」で、この曲を聞くと給食の「脱脂粉乳」を思い出す。見かけはミルクだが、そのまずさ、不気味さといったらなかった。

 小学校で習った唱歌のなかに「雁がわたる」(♪雁が渡る 鳴いて渡る 鳴くは嘆きか喜びか)という曲があった。
 前出のHPによると、この曲は明治45年の教科書に入っていたことがわかる。その後も、大正・昭和と音楽の教科書にも引き継がれ、私が小学生だった昭和30年代にもまだ載っていたということになる。
 祖父母も父母も知っている。そういう曲が教科書から消えてしまったことも、家族の絆が弱くなった一因ではないのかと思った。

 中学(四日市市立中部中学校)では、3年の音楽の試験のときに、教室のスピーカーからクラシックの曲が何曲か流れ、曲名を書くという問題が出された。
 今でも覚えているのは、ハチャトーリアンの「剣(つるぎ)の舞」、ドボルザークの「新世界」である。一番の親友だったクラスメイトと試験が終って帰宅する道々、出題された曲のことを話し合ったことも覚えている。
 その友は明るく人柄も温厚で、誰からも好かれていたが、50歳の若さで世を去った。

(城島明彦)

2011/01/03

年の始めのためしとて

 「一月一日」という古い歌がありますな。
 そういう歌が存在しない場合は、「しょうかない」(「唱歌」と「しょうがない」をかけている)と正月早々、くだらないおやじギャグをかましてしまいましたが、この歌は実際に存在しておりますぞ。
   ♪年の始めの ためしとて 
 という出だしの歌ですな。
 明治時代につくられたこの唱歌は、昭和30年代中頃までは、小中学生が元旦に登校して斉唱したものですが、唱歌だけに生徒たちが歌詞の内容をしょうか(消化)していたかどうかはわかりませんな。
 「明治は遠くなりにけり」で、今じゃ元旦のテレビ番組でこの歌が流れる程度ですかな。

 「~ですな」「~ですかな」「~しましたな」「~ですぞ」という言い方は、意識しているわけではございませんが、里見浩太郎の水戸黄門の口調に似ておりますな。

 さて、唱歌「一月一日」の歌詞にある「ためし」というのは、「試してみる」とか「試しにやってみて」というときの「試し」のように思えますが、そうでは有馬温泉なんでしてな。
 「怒ったためしがない」などというときの「ためし」なんですぞ、これは。「前例」とか「先例」という意味でしてな。別の言葉にすると「習い」ということになりますかな。

 「ためしとて」の「とて」ですが、今はこんな言い方はしませんな。
 「~とて」という言い方は、「~といって」とか「~と考えて」といった意味の古語ですからな。時代劇のなかでも、あまり使われておりませんぞ。
 この「とて」に続く歌詞はてぇと、
   ♪おわりなきよの めでたさを
 ですな。
 これを漢字混じりにするとどうなりますかな?  すんなり答えちゃ面白くないってんで、
 「尾張なき代の めでたさを」
 「尾張亡き 余のめでたさを」
 なんてこじつけると、何やら徳川家康とか織田信長の時代にタイムスリップしてしまいそうで楽しいですな。

 「めでたい」の「め」は「愛」だと解釈する手もありますぞ。
 「愛(め)でる」の過去形「愛(め)でし」や「愛(め)づる」という言葉を使っている唱歌もありましてな。トマス・ベイリーという人が作曲した有名なイギリスの歌「久しき昔」(近藤朔風訳詞)。誰でも一度は耳にしたことがある曲ですな。

   ♪語れ 愛でし 真心 
    久しき昔の
    歌え ゆかし 調べを
    過ぎし昔の
    汝(なれ)かえりぬ ああうれし
    ながき別れ ああ夢か
    愛づる思い かわらず
    久しき今も

 映画「陽の当たる坂道」(石坂洋次郎原作)でしたかな、石原裕次郎、轟夕起子、芦川いづみらの家族がピアノの前で「語れ愛でし……」と歌う場面はよかったですなあ。

 しかし、どんなにいい曲でも、「愛でし」や「愛づる」なんて言葉は、子供には意味がわかりませんな。「虫愛づる姫君」というお話が載っている『堤中納言物語』なんてぇ本は、平安時代に書かれたといわれていますからなあ。
 そこで昭和30年代には「思い出」という題名に変え、歌詞も新しくなって小学校で歌われましたぞ。

   ♪かきに 赤い 花咲く 
     いつかの あの家 
    夢に 帰る その庭 
    はるかな昔
    鳥のうた 木々めぐり
    そよ風に 花ゆらぐ
    なつかしい思い出よ 
    はるかな昔

 そういえば、「かき」を「垣根」のことと思わず、「柿」だと思っていた都会の子どももいましたなあ。柿の花は白ですな。

 英語では「ロング ロング アゴウ」(LONG LONG AGO)でしてな、アントニオ猪木の顔を思わず思い浮かべてしまいますな。

 宮沢賢治が最愛の妹との永遠の別れを詠った「永訣の朝」という詩に、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」(雨雪を取ってきてちょうだい)という一節がありますが、その「とて」ではありませんぞ。「いざ出かけんとて」とか「物忌みせんとて」などというときの「とて」ですな。 

 ここで脱線すると、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」は方言ですが、「けんじゃ」を「賢次兄ちゃん」という解釈も成り立たなくもありませんぞ。「けんじゃ」は、時代劇で弟が「兄じゃ」などと呼ぶアレに近い感じかもしれないということですな。

 「とて」と同じ二文字の似たような言葉に「にて」という古い言い回しがありますな。志賀直哉の『城の崎にて』を真っ先に思い浮かべた人は、なかなかの文学通ですな。
 「これにてお開き」のあの「~にて」も古語ですが、こっちの方は「とて」と違って今も現役ですぞ。古語とは無縁のうらわかき乙女が絵葉書の末尾に「伊豆にて」と書いたりもしますからな。伊豆を例に挙げたのは、アジ(鯵と味のかけ言葉)があるなどと申したいからではありませんぞ。この「にて」は、海のない「甲府にて」でも使えますからな。

 唱歌「一月一日」では、「めでたい」という言葉を何気なく使っておりますが、よく考えてみるてぇとわけがわからなくなってまいりますな。
 「めでたい」の「め」は「愛(め)でる」の「愛(め)」かな、花を愛でるなどというアレかな。
 そう考えがちですが、ちょっと近藤真彦(ん?)。じゃなかった、ちょっとマ(待)ッチ一本火事のもと冬樹は、いくら稼いでも、もうけがない!?(「儲けがない」と「もう毛がない」)
 いけませんな、ついついダジャレが出てしまいましたな。

   爺(じじ)の意地
   バカなカバ
   イラクは暗い
   ネクラは楽ね
   談志は死んだ (どうも失礼! 立川談志師匠は元気だった!)

 おっと、これは「上から読んでも下から読んでも同じ」の回文(かいぶん)でしたな。

 「めでたい」という言葉についてでしたな。
   めでたさも 中ぐらいなり おらが春(小林一茶)
 めでたいは、「目出度い」とも書きますな。平成の時代ともなりますてぇと、さすがに使われる頻度は減ってまいりましたが、賀状のなかには、
 「明けまして御目出度うございます」
 とか、
 「あけましてお目出とうございます」
 なんてぇものも、まだまだあるのですな。
 しかし、「おめでたい奴」といわれるのはゴメンですな。

 「いい目が出て喜ぶ」のはサイコロばかりじゃありませんぞ。
 目が出るは、芽が出るに通じるのではないか?
 そう思った人もいることでしょうな。
 蒔いた種が芽を出し、新しい生命の誕生となることは、とてもおめでたいことでありますな。

   ♪せっせっせぇの よいよいよい
     お寺の和尚さんが かぼちゃの種を 蒔きました
     芽が出て ふくらんで 花が咲いたら じゃんけんぽん!

 魚も目が出ておりますな。出目金などその最たるものでしょうなあ。
 海中だけではございま尖閣諸島。陸上にも、チワワとかヨークシャーテリアとか、小型の座敷犬にも目が出ているものがいっぱいおり舛添要一(ますぞえよういち)。
 どうもいけませんな、またダジャレが出てしまいましたな。
 五月一日は「メーデー」ですが、こいつは目とも芽とも関係ありませんですな。

 めでたい魚といえば、魚の王様「鯛」ですな。

   ♪めでためでたの 若松様よ 

 これは魚ではなく、山形の「花笠音頭」の出だしの文句ですが、この若松様は、ヤクルトの若松元監督のことではありませんで、山形の名刹(めいさつ)「若松寺」(じゃくしょうじ)のことですな。
 その後に続く詞は、
 
    枝も栄える 葉も茂る

 「花笠音頭」は、歌詞も踊りも明るくていいですな。

 枝も栄え、葉も茂る樹木のパワーはすごいですな。樹齢三百年、四百年という長寿の木が全国各地にわんさかございますぞ。
 しかし、果樹はすぐには実がなりませんな。

   桃栗三年柿八年、柚子(ゆず)は九年でなりさがる、梅は酸(す)いとて十三年、梨の馬鹿めは十八年

 歳月を要するのは人間も同じですな。水泳など、その典型ですぞ。
   もぐり三年、(犬)かき八年
 おあとがよろしいようで。

(城島明彦)

2011/01/01

平成綴り方狂室「大中小づくし」

 私は、昭和の御世に「綴り方狂室」で一世を風靡した柳亭痴楽の弟子でも縁者でもございませんで、勝手に「料亭気楽」というまぎらわしい芸名を名乗っておりますが、「料亭」などという名字は日本には存在致しません。

 てぇわけで、いつもばかばかしいお笑いを申し上げておりますが、本日は平成23年の元旦ということもありまして、ちと真面目なお話で、お時間をちょうだいさせていただきます。

 日本語の名字には、大中小のつく名前がいっぱいあって、実に面白いですな。
  大村、中村、小村
 これらの名字から、遠いご先祖様が住んでいた村の規模・大きさが想像されますなあ。
 中村という名字は、奥村、中村、入村(出村、口村)と並べると、家のあった位置かもしれないという見方も出てまいります。

 そこで、誰もが一度は聞いたことのある大中小の名字をピックアップしてみることに致しましょう。
 村から始めましたから、集落の規模で町、郡、市、県、府、都はどうかと考えてみまするてぇと、まず町では、
  大町、中町、小町
 ということになりますな。

 大町、中町という姓は時折見かけますが、小町という名字はめったにございません。大方の人は「小野小町」をとっさに思い浮かべるでしょうが、小町は名字ではありませんな。
 大郡、中郡 小郡
 この場合の郡は「ぐん」ではなく「ごおり」と読むのでございますが、中郡(なかごおり)てぇのは私は存じませんな。

  大市、中市、小市
  大県、中県、小県
  大府(おおぶ)、中府、小府
 大市(おおいち)、大府(おおぶ)という名字の人物を、私は各一名存じておりますが、中小のついた市はこれまでご縁がございません。

  大都、中都、小都
 大都工業という社名は知っておりますけれども、これも名字としては出会ったことがどざいません。
 北海道の「道」はてぇと、
  大道、中道、小道
 ということになりますが、これらの「道」は集落の大きさというよりも、住まっていたあたりの道の大きさをいっているように思われますな。

 こうやって一つ一つ吟味していくと、膨大な時間がかかりますゆえ、村にかかわりのある自然からちょうだいした「名字の大中小」を、まとめてざっと並べてみることに致しましょう。

 ▼木に関係した名字
  大森、中森、小森
  大林、中林、小林
  大木、中木(なかき)、小木(おぎ)
 ▼たんぼに関係した名字
  大田、中田、小田(おだ)
 ▼畑に関係した名字
  大畑、中畑、小畑(おばた)
 ▼川に関係した名字
  大川、中川、小川(おがわ)
 ここまでで、「大中小」にはポピュラーな名字とそうでない名字があるてぇことにお気づきでしょう。
 それと、「小」を「こ」ではなく、「お」と読む名字が結構あるということもわかってまいります。

 おなじ「おがわ」でも「小川」という名字はいっぱいありますが、「小河」ってぇ名字は少ないですな。
 日本人の名字は地形に関係しているといわれておりますから、「小河」のほとりに住んでいた人は少なかったのでありましょう。そういう推理が成り立ってまいります。

 地形というと、山、岡、丘、谷、海という言葉が浮かんでまいります。
  大山、中山、小山
  大岡、中岡、小岡
 二岡、三岡という名字はありますが、小岡というのは私は聞いたことがありませんな。
 不思議なことに、同じ「おか」でも、丘と岡では「岡」を使った名字の方が多いみたいですな。
 それに、「岡」とか「丘」という一字だけの名字もありますが、「山」とか「河」という名字の人はまずお目にかかりません。

 日本は四方を海に囲まれている割には、海を使った名字をあまり見かけません。私など、とっさに浮かんだのは「海江田」だけでございましてな。
 私が少年時代を送った場所の近くに「海山道」(みやまど)と呼ぶ地名がありましたが、こういう名字にはこれまでお目にかかっておりません。「海」は総称ですから少ないのかもしれませんな。

 個々の海の幸を取り入れた名字はありますな。縁起のいい海の幸の代表格は、エビですな。
  海老原、海老沼
 しかしですな、海老は甲殻類で魚ではございません。
 「エビ」には「蝦」という字もありますから、昔の人は魚の仲間ではないと知っていたのでしょうな。
 
 魚でめでたいのは「鯛」ですが、「大鯛」とか「鯛田」といった名字にはなかなかお目にかかりません。「魚住」という名字はありますが、「魚は生臭い」というイメージが名字にするのをためらわせているのでしょうか。
 「平目」という名字は存在しますが、魚から取ったかどうかは不明ですな。魚ヘンに「平」の「ひらめ」ではみっともないので、そう表記したかどうかは不明でございます。

 平目があるなら「カレイ」もあるはずですが、そういう名字はございませんから、「平目」という名字は魚に由来するとは考えられませんな。
 それに、全国的に数の多い「鈴木」という名字が魚のスズキから転じたものであるとは、とうてい思えません。
 海の幸では、「貝谷」「貝原」「貝塚」という名字がございますな。「磯貝」という名字の人も私は知っております。

 自然といえば、樹木や草花が思い浮かびますが、私どもの日々の暮らしに関わる四季折々の果樹や草花に愛着を覚えて、名字にしたい家も当然あるでしょうな。
  桃瀬、栗田、桜木、菊池、梨田、栃井、柏木、梅本、漆畑……。
 そういえば、大桃とか麻木というのもありましたな。

 樹木の個々の名称を名字にした例はいっぱいございますが、「木」とか「草」とか「花」といった総称をつけた名字はありませんな。
 大自然は、美しい色を持っておりますな。それに感動した私たちの祖先は、その色を名字にちょうだいしております。
  白瀬、黒田、赤江、紫村(しむら)、青井……。

 こうやって、あれこれ推理するのは楽しいものでございますな。
 まだまだ話はつきませんが、お時間がきましたようで。これにておしまいでございます。

(城島明彦)
  

平成綴り方狂室「元旦色づくし」

 「あけましておめでとう」
  と講堂の壇上より挨拶すれば、日頃、桃色遊戯にいそしむ女性徒たちから、
 「キャーッ! 素敵!」
  耳をつんざく黄色い声。
 (ついに先輩校長たちの人気を超えたぞ。出〈しゅつらん〉のほまれだ)
  と胸を張ったはよいけれど、よく見りゃ予期せぬゲスト、人気タレントのお出ましだった。
  興奮でに染まった我輩(わがはい)の顔は、とんだっ恥とばかりに一瞬にしてざめた。
  なんともけてしまった年の始めであった。
  ああ、この失態、のそよ風が吹く頃まで頭から消えんだろうなあ、トホホ。

  注:私は校長ではありません。女子高の校長という設定のギャグであります。

  (城島明彦)

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