「けさらんぱさらん」のこと
私のデビュー作が電子書籍化されて、数週間たつ。
電子書籍の書名は『けさらんぱさらん――小さな恋の物語――』(いるかネットブックス/315円)である。
「小さな恋の物語」というサブタイトルは、電子化にあたって新たに加えた。
一重カギと二重カギの使い方は、書籍、文庫などは『』で、雑誌などに掲載されたものをさすときは「」とするのが一般的であるから、知らなかった人は覚えておくといいだろう。
短編がいくつも入っている場合は、書名が『』で、収載されている個別の作品は「」である。
「けさらんぱさらん」は、文藝春秋発行の小説誌「オール読物」(昭和58年)の新人賞をもらった短編小説だが、これを電子書籍化するにあたって掲載誌をスキャナーで読み取り、テキスト文書にする作業を自分でした。
400字詰め原稿用紙にすると、制限枚数ぎりぎりの80枚である。しかし、実際には80枚を超えていた。
制限枚数をオーバーしていたらその場でアウトで、読んでもらえないかもしれないと思い、ひと工夫した。いくつかの行に、字詰めして20字以上書き入れたのだ。
手書き原稿だからそういう芸当ができたが、パソコンでは字数をカウントできるから、すぐに見破られてしまう。
二度目の応募で入選したから効率はよかった。運にも恵まれた。
こういう賞をもらった時点で、「新人作家」「作家」という肩書がもらえるのだ。自称作家ではない。
初めて応募した作品は「どんぐりころころ」という題のユーモア小説的恋愛小説だったが、これは最終候補3編に残ったが、ほかの2作が同時受賞になり、私のは次点だった。
受賞作は雑誌に掲載されるが、次点は載らない。従って、誰の目にも触れることはない。
「どんぐりころころ」もそのまま埋もれていたが、「けさらんぱさらん」を電子書籍化したのに続いて、自分でテキスト化したので、近いうちに売り出される。
電子書籍では、『恋は気まぐれ――どんぐりころころ――』にしたように思うが、『どんぐりころころ――恋は気まぐれ――』だったかもしれない。
これらは昔の作品なので、「セピア色のラブストーリー」というシリーズにしている。
版元の社長は富士通OBである。とても温厚で誠実な人柄にひかれて、過去に出版されたいくつかの作品や書きおろした短編の電子化もお願いしている。
昔、親指シフトの開発者の神田泰典さんから富士通のワープロ「オアシス」をいただいたこともあり、また富士通の別の部門の〝オンデマンド・プリンティング・マシン〟ドキュテックの雑誌タイアップ広告の執筆を長くやらせてもらった縁もあり、現在使っているパソコンは富士通製で、ブログも富士通系のNIFTYを使ってきた。ただし、パソコンはもらったものではないし、ニフティも使用料金をきちんと払っている。
富士通の前はNECのパソコンを使っていた。
作家になって最初のビジネス物(企業物)が「プレジデント」誌に書いたNECの二人のトップ(当時の会長小林宏治氏と社長に就任して間がなかった関本忠弘氏)の話だったのが縁で、同社製の「M式」と呼ばれるワープロを購入して長く使っていたのである。
親指シフトとM式は、どちらも異端だったが、それが好きだったのは、私が物書きになる前に勤めていたソニーの社風「よそのまねはするな」「どこにもないものを創れ」の影響である。
だが、親指シフトもM式も、打鍵スピードはものすごく早かったが、ソニーのホームビデオ「ベータマックス」同様、主流にはなれず、尻すぼみになっていた。いい技術が必ずしも残るわけではないのだ。
『けさらんぱさらん――小さな恋の物語――』の版元の社長は、電子書籍が本業ではないが、早い時期に電子書籍に参入している。
電子書籍の売れ筋は、マンガやエロなので、真面目な恋愛ものはあまり売れないのが、私の悩みの種である。
と同時に、ど素人の作品と並んで売られているのも不満である。
このところ大手出版社を始めとする版元は、売れ行きの悪い書籍や文庫を短期間で裁断することで保管倉庫代を軽減するのと併行して、過去の出版物の電子化を進めている。既存の作品の二次利用である電子書籍化には金がほとんどかからないからである。流通経費も本のようにはからないし、人手も要らないから、部数は出なくても出版社は儲かる。
出版社にとってはメリットの大きい電子書籍だが、書下し(書きおろし)には大きなネックがある。
電子書籍は、書き下し作品の印税の支払いに問題がある。本の場合は、売れても売れなくても、当初に発行された部数分だけの印税が著者に支払われるが、電子書籍では出来高制で、売れたぶんだけ、あとで支払われる。
本が出ても、一冊も売れないと印税ゼロというわけだ。これでは作家は長い本の書き下ろしをやらなくなる。
何冊書いても一円ももらえないというのでは、生活そのものが成り立たない。
しかし、今までのように発行部数分を支払うと、出版社は儲けが少なくなるし、へたをすれば赤字を背負い込むことになる。
作家に何らかの保証をするなどして、こうした問題を解決しないと、作家たちは長編の書き下ろし新作を電子書籍では発表しないだろう。
昨夏に発売された『横濱幻想奇譚』(ぶんか社文庫)という拙著は、ぶんか社で電子化する話が進んでいる。がこれは短編集だが、一冊として売るのではなく、ばらして売るということも検討中だ。
「オール読物新人賞」受賞時の選評より……「DJと宣伝マンとのつながりを描いて、全体の軽妙さ、コミックな仕立て、華やかさがある」(渡辺淳一)、「話のまとまりのよさで入選」(藤沢周平)、「すべてにそつがない」(井上ひさし)、「『けさらんぱさらん』という生き物とも何とも正体不明な、しかもどこか愛らしくあだっぽい存在を、この作品のシンボルとしてうまく生かしたエスプリを評価」(小松左京)、「軽やかな語り口が面白い」(古山高麗雄)。
(城島明彦)
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