〝ジイさんたちのセクシー・マドンナ〟前田通子と〝昼メロの女王〟池内淳子は、日本橋三越の元同僚だった
池内淳子の訃報に接して、前田通子のことが頭をかすめた。
前田通子という往年のグラマー女優に対するジイさんたちの関心は、根強いものがある。
前田通子は、日本映画史上初の全裸ヌードを見せた女優でありながら、芝居もまあまあうまかったからだ。
ただハダカだけが売りものの大根役者ではなかったところが、いまだにエルビス・プレスリー世代、L盤アワー世代の親父たちの心を捉えているのだろう。
亡くなった池内淳子と前田通子は、おない年(池内が1933年11月生まれで、前田は1934年2月生まれ)である。二人は、相前後して新東宝に入社するが、同じ1955年にデビューする。二人はともに日本橋三越の呉服売り場のOL(当時はBG)だったというから、奇遇も奇遇である。
池内淳子の代表作「けものみち」(1965年東宝映画)のDVDを先日見た後、吉田輝男主演の新東宝映画の「セクシー地帯」(1960年石井輝男監督)も見たが、池内淳子はそれにも出演していて、「今は見かけなくなった純日本風の顔で、きれいだなあ」と思ったものだった。(その日は、同じ石井輝男監督作品の新東宝作品「女王蜂の怒り」(1958年)も見たが、こちらの出演者は久保菜穂子、天知茂、宇津井健、菅原文太というそうそうたる連中だった)
奇遇といえば、池内淳子の最後の夏となった今夏、阿佐ヶ谷の小劇場「ラピュタ阿佐ヶ谷」が、モーニングショーとして「前田通子月間」(8月15日~10月9日)を実施、毎朝一本、彼女の出演した映画を1週間単位で上映し、初日には映画上演前に前田本人がゲストとしてスピーチした。
私はスピーチには関心がないので初日は行かなかったが、横浜くんだりから遠路はるばる阿佐ヶ谷まで、「三等社員と女秘書」(1955年)「ドライ夫人と亭主関白」(1957年)のコミカル映画二本を見にいった。
「三等社員と女秘書」は前田通子のデビュー作である。主演は高島忠夫、宇津井健、船橋元の三人で、前田は宇津井健を誘惑する中小企業社長の2号さんの役どころ。(この映画の高島忠夫は、顔も細く、息子二人とそっくりな顔だちだった。というより、息子たちが親父の若い頃にそっくりだというべきか)
もう一本の「ドライ夫人と亭主関白」は、典型的なB級というか、ほとんどC級作品といってよいドタバタ映画で、こちらの主演も高島忠夫だったが、マツゲのマスカラがハッキリわかるメイクがひどかった。主演は高島ともう一人、ボードビリアンの坊谷三郎だった。
前田通子は、高島扮する気の弱い亭主を尻に敷くドライなモデル役で、映画の冒頭からネグリジェ姿で太腿もあらわに登場した。前田は、とびっきりの美女というわけではないが、モデルに扮するくらいだから当時としてはスタイルがよく、しかも肉感的なボディの役柄を割り振られたのだろう。
彼女が干された原因であまり語られていないのは、監督の志村敏夫と愛人関係に陥ったことだろう。
「金比羅利生剣」という映画で前田が町娘役に扮したとき、「階段の上で、着物のすそをまくれ」と監督(加戸野五郎)に命じられて、不自然だと拒絶したのがきっかけで彼女は干されることになるのだが、加戸野にいわせると、
「志村のいうことなら黙って聞いて全裸にまでなったくせに、おれのいうことは聞けないのか。たかがすそをまくるだけのことじゃないか」
ということになる。
映画会社には監督会というのがあり、監督連中は交流がある。
その事件が起きたとき、監督会が守ってくれたら会社も黙ったろうが、そうは行かなかった。ほかの新東宝所属の監督たちが、加戸野の考えに同調したのだ。そのため、前田が新東宝を追放されると志村も居づらくなり、同社を出ざるを得なくなったのである。
自分の映画に起用した女優と結婚した監督は何人もいるから、もし前田と志村が愛人関係ではなく、志村が妻と別れて前田と正式に結婚していたら、映画界から干されるような事態にまでは発展しなかったのではないか。
あるいは、前田が志村との愛人関係を清算して女優を続けるということになっていれば、話の展開はまったく違ったものになっていただろう。
だが、当時若くて世間知らずだった前田に、そういうことまで考えろというのは無理だったろう。その結果、前田通子は、志村ともども、ドサ回りのようなことを余儀なくされ、後年、赤坂でバーのママになるのだ。
池内淳子も前田通子も、大蔵貢というワンマン社長の強引なやり方に反発して新東宝をやめた。
池内は、その後、東宝に移り、映画、テレビ、舞台と大活躍するが、前田は、五社協定に縛られて女優生命を断たれた。
同じ日本橋三越の呉服売場の出身で、しかも同じ新東宝という今はなき映画会社で同じ年にデビューし、ワンマン社長に毛嫌いされて同社を出たという共通点がある二人が、その後、まったく異なった運命をたどったことはとても興味深いものがある。
(城島明彦)
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