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2010/09/17

「本当にあった怖い話」は、「本当にあったかもしれない話に尾ひれがついた嘘話」がほとんど

 「本当にあった怖い話」が流行っているが、そのほとんどは眉唾(まゆつば)ものと思って間違いない。実際に幽霊を見たという場合も、目の錯覚(自然現象を見まちがえるなど)、幻覚、夢と現実の混同によるものがほとんど。
 怖い話をぞくぞくしながら楽しもう、楽しませたいという気持ちが、そういう話を生む原点にある。

 まったくないのに、本当にあったといって、でっち上げた話も多い。
 そういう話で銭儲けをするのは、詐欺のようなものである。

 本当にあった怖い話とされるのは、場所が、墓地、廃病院、古戦場跡、処刑場跡、惨殺事件があった家や土地、殺された死体が遺棄された場所(井戸、沼など)、事故死者が出た場所(トンネル事故、火災事故、交通事故などの現場)など、いくつかのパターンに大別できる。

 幽霊が出る場所は、人の死に関わる場所がほとんどで、暗くて、じめじめとした人気のないところが多い。真っ昼間の太陽がギラギラ照りつけているような時刻や人がいっぱいいるような場所には出ない。
 化けて出る人間は、「この世に未練や怨みを残して死んでいった者」「人知れず殺されて、霊がさまよい、成仏できずにいる者」と相場が決まっている。生まれてくるはずなのに堕胎された胎児の霊(水子の霊)というのもある。

 まれに、きちんと葬儀をし、化けて出る恨みなどなく、成仏したはずの死んだ祖父や祖母を見たという話も聞くが、そういうオバケはちっとも怖くない。

 目で見えるものなら写真にも写るはずであるが、実写された幽霊の写真はない。あるとしたら、それは合成したりしたニセモノだ。
 8月放映の富士テレビの〝ほん怖(こわ)〟(ほんとにあった怖い話)のなかに、幽霊がビデオに映っていたというシーンがあったが、もしそんなことが本当にあったら、世界的スクープである。

 ネッシー(イギリスのネス湖の恐竜)もUFOも、インチキな奴がつくりあげた嘘だった。UFOの最初のものは「アダムスキー型」といわれるものだが、写真まで用意して、よくあそこまで考えるものだと感心する。
 本当にあった怖い話も、そのたぐいだ。

 昔は、キツネやタヌキに化かされたという話がいっぱいあったが、今ではまったく聞かない。テレビのブラウン管のなかから幽霊が這い出てくる時代だ。幽霊の出没場所も変化してきたのだろう。

 今の時代、本当に怖いのは、幽霊ではなく、110歳とか120歳で生きていたことになっていた人がいっぱいいたことや、そういう人たちが押入れなどで〝カンピンタン〟(ひからびた死体)になっていた話であり、わが子を殺してベランダに放置していたといった話である。
 
 押尾事件のように、MDMA(合成麻薬)を飲んで女が死んでしまうという話の方が、幽霊よりずっと怖い。
 押尾学は、求刑懲役6年に対し、人を殺してたった懲役2年6か月だったが、こういう判決を平然と下す東京地裁の裁判官や裁判員たちの方がもっと怖いのではないか。

 その点、幽霊は少なくとも人を襲ったり、噛みついたり、首を絞めて殺したり、麻薬を飲ませるような卑劣なマネはしない。

 だが、そうそう世の中に、幽霊がらみの怖い話があるわけがない。
 たとえば、「水洗トイレの水を流したら、髪の毛がいっぱい流れてきた」という話も、(古いマンションについている)貯水タンクに誰かが悪さしたといったような原因が必ずある。

 車で山道を走っていたら、フロントガラスに手の跡が張りついたという話も、鳥とか虫のフンがそういう形になったかもしれないし、道にはみ出していた木の樹液とか実が飛び散ったのかもしれない。

 白っぽい人を見たという場合も、白っぽい布きれとか紙が風に飛ばされたのかもしれないし、遠くの船や飛行機や車のライトが反射したりして、何かを照らしたのかもしれない。そういう場合がほとんどである。

(城島明彦)
 

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