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2010/03/26

〝伝説のセックスシンボル〟前田通子の手記「私は脅迫されていた」(「特集人物往来」昭和33年6月号より)

 今の若い人は知らないだろうが、団塊世代より少し上の世代の男なら誰でも知っている昭和30年代半ばの〝セックスシンボル〟といえば、日本初のフルヌードをスクリーンで披露した女優、前田通子(まえだみちこ)。

 彼女は、今でいう巨乳の肉体派女優で、しかもスクリーンでその肉体を惜しげもなくさらしたことから、男たちの注目を集め、雑誌の人気投票では、当時のトップ女優たちに伍してベストテンにランクされたほどの人気が出た。
 「日本人女性のバストは貧弱が当たり前」という時代での巨乳なので、今日の巨乳タレントとは価値が違っていた。加えて、顔も飛びきりの美女というわけではなかったが、美人の部類に属し、目鼻立ちがはっきりして〝バタ臭かった〟し、スタイルも当時の女性としてはかなりよかった。(写真はDVDより)
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 しかし彼女は、時代劇の階段を登るシーンで裾をまくることを監督に要求されたことに「必然性がない」と拒んでその作品を降ろされ、ワンマン社長に直訴すると、逆に「生意気だ」といわれてクビを切られた。これは映画界からの追放を意味した。
 当時の映画会社「六社協定」という〝しばり〟があって、一社の専属になった俳優は他社には出演できなかった。六社とは東宝、東映、松竹、大映、日活、新東宝であったが、新東宝が倒産して「五社協定」と呼ばれることになる。
 他社から俳優を引き抜くのを防止する目的でつくられた協定だったが、新しいメディアであるテレビの普及に脅威を覚えた映画界が、対抗策として、テレビ局への自社製作映画の提供をストップすると同時に、自社の専属俳優がテレビに出演することを禁止する方向へと目的が変化していった。
 俳優が他社に出演しなくても、社長の逆鱗に触れてその映画会社をクビになった場合にも、この協定は効力を発揮し、他社はその俳優を使わなかったから、そうなった俳優は活躍する場を奪われ、ドサ回りを余儀なくされた。
 新東宝の看板女優の一人だった前田通子は、その代表格であった。大映の山本富士子、田宮二郎も、干された。
 山本富士子は、後日、日経新聞の「私の履歴書」に登場し、そこで当時の辛かった心情を吐露していた。彼女は、長い間干されたのち、演劇界に活路を見出し、田宮二郎は地方のキャバレー回りなどもやったが、テレビの「タイムショック」の司会で人気を回復し、映画にも復帰するようになったが、主戦場はテレビドラマだった。

 映画界を追われた前田通子は、当人にしかわからない辛酸を舐める。
 その実情を綴った手記が「私は脅迫されていた」と題されて雑誌「特集人物往来」に掲載されたのは、昭和33年のことだった。
 彼女の手記が目次のなかで一番目立つ白抜き文字になっていることから、その号の目玉企画の一つであったことが読み取れる。
 以下にその全文を引用する。手記という体裁をとっているが、取材記者による聞き書きである。


身に覚えのない新聞記事
 私は、五月三日付の内外タイムスを手にとって見た時、あっと驚いてしまったのです。そこにはれいれいしく次のような見出しで私に全く身に覚えのない記事がのっていたのです。
「前田通子雲がくれ、前借未収が七、八十万円、富士プロあわてる」
 私、本当のことをいえば、その時脅迫されていたのです。
 ことの経緯を申し上げれば、御承知のように、私は去年の七月の新東宝事件以来、六社協定に縛られて、映画は勿論、ラジオ、テレビ、東京舞台のすべてから締め出されてしまったのです。
 やむなく、生活のために、「前田通子歌謡ショー」という看板をかかげて、地方巡業の旅に出ることになったのです。
 こうして巡業にはつきものの、芸能社というものがその斡旋をしてくれるのですが、その芸能社と申しましても、ピンからキリまで種々様々なものがあるのです。
 美空ひばりさんの「新芸プロ」伴淳さん(※城島注:コメディアン&俳優の伴淳三郎)の「日芸プロ」といった一流社から、たった一人で社長兼事務員兼小使(こづかい)といったものまでふくめて全国に凡(およ)そ百以上もありますでしょうか。
 新東宝の事件後、私のところへも、たくさんな芸能社から申し込みがありました。単に押しかけてきたのではなく、紹介状を持ってきたものだけでも、なんと二十何人がいましたのには驚きました。
 それで私、前にも申し上げましたように芸能社にも種々があり、その選定にはずい分迷い、志村先生(※彼女をスターダムにのし上げた映画の監督で、彼女と愛人関係にあった人物)にご相談したりしました。聞くところによると、なかには出演料を持ち逃げしたり、売り込んでおいて前借を持ってそのまま姿を隠してしまうといった、所謂(いわゆる)手金詐欺(てきんさぎ)にかかることもあるということです。
 そんな訳で志村先生にいろいろご相談したりして決めましたが、最初のマネージャーは大して仕事もしてくれませんでしたので、1ヵ月ぐらいでやめて貰いました。次の人は、巡業コースを取るといって、その時身体をあけていると、いよいよとなってとれなかったといって謝る、といったような具合でその人も斬りました。そんな状態でマネージャーが四、五人出はいりしました。
 そのうちに、問題の富士プロに、私の仕事をおまかせしたのです。それも、志村先生が仕事が忙しいために、事務面だけを頼むことにしたのです。実際の決定は志村先生がなさって下さいました。
 それというのも、富士プロもやはりなかなか巡業コースがとれないため、志村先生に、直接知りあいの映画館主に手紙を出していただいてとり決めるようにしていたからなのです。それは、地方の映画館主が、あいだに芸能社がはいることを嫌うからなのです。芸能社がはいると、十万円のものならそれを二十万円に吹っかけるというようなことをするからなのです。それで、志村先生直接の契約ならば館主も了承するというので、事務面だけを富士プロにお願いした訳です。
 ところが、四月二十四日に、私、富士プロを断ったのです。というのは、富士プロはつぶれる率が多く、それに志村先生も私も映画にはいるためあまり実演も出来なくなったので、富士プロの事務担当である河合敏夫さんに以後のマネージメントを断ったのです。
 ところが富士プロは、断られた腹イセに厭(いや)がらせの行動に出たのです。

ひんぴんと脅迫の電話
 あれはたしか、四月二十九日で、信越放送の公開録音のお仕事で上田市へ行った時のことでした。その時、山田真二さん(※松竹→東宝の二枚目俳優で、美空ひばり、江利チエミ、雪村いずみの三人娘との共演多し。昭和三十一年に「哀愁の街に霧が降る」で歌手デビュー。その曲が大ヒットし、紅白歌合戦にも出演)や岡田茉莉子さん(※女優)もご一緒に行かれました。
 さて、その時、付添いの三井雅夫という司会者のところへ偽名の電話がかかってきたのです。偽名というのは電話に出るとすぐ判りました。富士プロのものが、本名を使うとこちらが出ないので、偽名を使ってかけてきたのです。「お前が東京へ帰ってきたら、タダではおかない。二度と芸能の世界で働けないようにしてやる」
 このようにまるでチンピラか愚連隊まがいの口調でかかってきたのです。その後にも二十分おき三十分おきにに、ひんぴんと名前を変えては、後には新聞社や警察の名前まで使って脅迫の電話をかけてきました。
 私はすっかり怖(おそろ)しくなってしまいました。相手が相手だけに、何をされるか判らないと思ったのです。それに、ひんぴんとかかってくる電話の具合から察しますのに、相手はきっと、この上田市にきていて、どこかに潜伏しているのに違いないのです。私は真実、身の危険を感じました。
 それで、帰る時も、上田市から汽車に乗らず、わざわざ次の大屋まで自動車を飛ばしていって、そこから乗ったくらいです。
 東京に着きましても、待ち伏せされているかも知れないと思いまして、上野駅では降りず、手前の大宮駅で降りて帰宅したのです。
 すると案の定、家へ富士プロから電話がかかってきたのです。上野からだったのです。
「上野駅で降りなかったけど、どうしたんだ」
 というのです。心配した通り張り込んでいたのです。それでその時、母が電話に出たのですが、
「通子は疲れているというので、途中の温泉で降りました」
 と返事して、ゴマかしたのです。
 するとそれからが大変でした。新聞社とか雑誌社の偽名を使っては、十分、二十分おきに電話をかけて来たのです。それで母などはすっかり電話ノイローゼになってしまうという状態でした。
 こうした時に、富士プロが内外タイムスの記者に、五月三日付の一方的な記事内容を話したのです。内外タイムスの記者のお方も、事実をたしかめようとして、私のところへ電話をかけてきたのですが、何しろそのころは、前述のように、富士プロが偽名でひんぴんと電話をかけてくるような時ですから、また彼の仕業だろうと思って出なかったのです。
 しかし、ここで私が不満に思いますのは、どうして志村先生に事実をたしかめる努力をしていただけなかったか、ということなのです。先生は、上諏訪のロケハンに行かれていることは通信記事にものっていることで、そこへ電話して下されば判ることだと思うのです。報道は迅速である以上に公正でなければならないのではないかと思うのです。その記事が事実に反している場合、私ども人気稼業のものにとっては、致命的な損害なのです。そのことを考えますと、悔しくてなりません。

つくられた中傷記事
 記事によると、私が二十四日に一切白紙にしてくれといったため、五、六、七月にきめてあった巡業コースが全部こわれて、その損害が七、八十万円になるといっています。
 しかし、その時すでに映画の話があり、撮影が五月中旬と聞いていたので、五月以降の仕事をとり決める筈(はず)がないのです。また、同時に半金が私のところへきている筈です。
 いったい記者の方はその契約書なり、半金の領収証なりを見て、あの記事を書かれたのでしょうか。
 事実は、いっさいそのような契約をとり交わしてはいないのです。
 それから舞台に立っている時、テープが躰(からだ)にぶつかったため、歌を中止させたことから、ゴテ通(みち)のアダ名をつけられましたが、これは芸能人なら、誰でも経験することなのです。
 地方へ行き、あのくらい闇の客席からテープを投げられるとゾッとするのです。東京のファンの方なら、テープを投げるコツをしっていらっしゃって、歌手を目がけずに間奏のあいだに投げて下さるのです。
 それが地方では、歌手に投げるものですから、目や口に当ってとても痛いのです。それも、ボール紙のシンを抜いていないものですから、ひどい時は傷をする時があります。前にテレビを観ていた時、やはり高田浩吉さん(※松竹の時代劇の主演俳優で歌手)か主がそれを投げられて歌えなくなったことがありました。それが丁度、私の身にも起こったのです。
 また、私が入浴している時、他のお客がはいってきたので私が怒り、旅館の内儀(おかみ)の頭を下げさせたと書いてありますが、そんなことは起る道理がないのです。どうしてかといえば、私ども、舞台が終って旅館へ帰るのは、大概十一時か十二時、そして風呂へはいるのは一時ぐらいになってしまうのです。そんな頃に他のお客がはいってくる筈がないではありませんか。
 それからまた、楽屋の座布団がうす汚いといって、舞台開始の時間を遅らせたと書いてありますが、その事実はこうなのです。
 それは木更津の公演の時のことでした。映画のアトラクションだと聞いていたので、映画館で歌うのかと思っていたら、どうでしょう、青物市場の仮設舞台なのです。ここでは島倉千代子さんも歌ったのだからということで、その楽屋というものに連れていかれたのですが、楽屋といっても、舞台の裏を葦簀張(よしずば)りで囲い、蓆(むしろ)を二、三枚しいただけのひどくお粗末なものなのです。その上電気もついていない有様です。葦簀張りでは透けて見えるので着替えも出来ません。それで、周りを蓆で囲って貰い電気をひいて貰ったのです。
 そのあいだ十五分もかかったでしょうか。これが、私の責任なのでしょうか。それは、主催者とマネージ料をとっている富士プロが事前になすべき仕事ではなかったかと思うのです。
 このように、事実はまるで違うのです。私ども人気稼業のものにとっては、中傷こそ最も怖しいものなのです。しかし、心ある人は信じてくれると思います。この文章をお読みになって、常識で判断すれば、事実がお判りになっていただけると思うのです。
 ただ悔しいのは、一方的な話だけを聞いて天下の新聞が報道したということです。新聞は正義の味方であると日頃から信じているだけに、かえすがえすも残念に思い、そこに一片の疑懼(ぎく)を感ぜざるを得ないと思うのです。

(城島明彦)

2010/03/17

怪奇ショートショート「兄と弟」

 その一家には男の一卵性双子がいたが、兄弟の運命は大きく異なった。
 兄は111歳まで長生きしたが、弟は11歳のときに死んだのである。
 弟の命日は11月11日だが、奇(く)しくもその日は兄弟の誕生日であった。
 その日がくると、家族は、兄の長命を祝い、弟の思い出を涕(なみだ)とともに語り合いながらその俤(おもかげ)を偲んだ。
 111歳まで生きた兄の死因は「老衰」ということになっているが、怪死を遂げていた。
 毒殺であった。
 世間体をはばかる親戚の医者が「老衰」との診断書を書いて、うやむやにしたので、誰が犯人かわからなかった。
 それから一年も経たないうちに、残された11人の家族全員が、連鎖的に次々と怪死し、一家は全滅した。
 空き家となったその家が取り壊される前夜、霊感の強い何人かの人が、若死にした弟と思われる幽霊が涙を浮かべながら屋敷をさまよう姿を目撃した。
 漢字占いに凝っている隣人もその一人で、前々から兄弟にまつわる奇妙な数字の一致はただごとではないと思っていた。
 その隣人がぽつりと呟いた。
 「双子の兄の仕業(しわざ)だ。祝・呪・涕・俤……呪いという字のなかに兄がいる」

 (城島明彦)

2010/03/14

NTTドコモが配信を拒否した女流作家のケータイ官能小説とは!?

 先日、城島の『恐怖がたり42夜』が、「いるかネットブックス」から上下巻に分かれてデジタル文庫(ケータイやパソコンで読める小説)として発売された。
 怖い話、怪しい話、不思議な話、不気味な話、奇妙な話などの掌編小説(ショートショート)として、最初はライブドアのケータイ小説として発表されたが、人気があったので「扶桑社文庫」になり、今回、ふたたびケータイ小説になったというわけだ。

 いるかネットブックスは、私の知りあいの「桃園(ももぞの)ゆかり」という美人女流作家が書いた、紹介をはばかるような内容の官能小説も扱っている。
 彼女の作品は、2010年3月現在、「夏色の魔性」「ときめいて、晩夏」「甘い誘惑」「ラブ・トライアングル」の4つある。

 タイトルだけからは、NTTドコモが青ざめたほどの過激な内容とは思えないのだが、同社は「若い人たちに読ませるのは危険」と判断したようで、電子書籍販売大手の「パピレス」にこれらの作品を配信しないよう要請したという。ただし、パソコンでは読める。

 短編小説なので値段は一冊105円~210円と安い。
 いるかネットブックスやパソコンでは読めるので、どの程度、過激なのか、ためしに読んで見た。
 
 桃園ゆかりは、そういうシーンに「音」を重視しているようで、確かに……。

 ※以下に、4作品のハイライトを抜粋、紹介していましたが、10日間で削除することにしました。関心のある人は「いるかネットブックス」でどうぞ。

 ※ケータイで読める官能小説のメイン読者は、若い女性だそうだ。意外に思えるが、女性は、男性と違って、レンタルビデオ屋でAVを借りづらいし、書店で官能小説を買うのも恥ずかしくてできないが、ケータイなら誰にも知られず、ひそかに読めるというわけであるからだという。

 (城島明彦)

2010/03/04

「大舞台」を日テレのキャスターは「だいぶたい」と読み、TBSキャスターは「おおぶたい」と読んだ

 バンクーバー五輪を伝えるニュースのなかで、日テレ「NEWS ZERO」(22:54~)のスポーツ担当キャスターのラルフ(ハーフの男性アナ)が、「だいぶたい」というので驚いてしまった。
 一方、TBSの「NEWS23」(23:00~)では、膳場貴子が「おおぶたい」といった。
 どちらが正しい!?

 大舞台」は、歌舞伎の専門用語が一般化したものだから、「おおぶたい」と読むのが正しい。
 「日テレのアナウンサーはアホ」「膳場貴子はさすが東大卒の元NHK」といいたいところだが、こんなことはアナウンサーなら誰でも知っていなければならない基本中の基本用語だ。
 日テレのラルフは、「この程度のことを間違っているのだから、ほかのことも推して知るべし」と思われても仕方がない。

 アナウンサーというのは、正しい日本語をきれいな声で正確に伝えるのが仕事。
 にもかかわらず、テレビ局は、いつのまにか、容姿だけに重きを置いて、「滑舌」(かつぜつ)のよくない者や日本語すらまともに読めない者をアナウンサーとして採用するようになってしまった。
 今度引退する日テレの小林麻央も、顔はかわいく、性格のよさも画面から伝わってきて見ている分には視聴者は好印象を受けるが、「滑舌」(かつぜつ)は極めて悪く、「~では」というところでは「~でば」と聞こえるなど、ニュース読みには適さない。

 日テレといえば、その昔、過日亡くなった田原総一朗ののち添えだった人は、当初、同局のアナウンサーだったが、「容姿がアナウンサーに適していない」という理由で、CM制作部門に回されてしまい、頭にきて裁判した根性のある女性だった。
 その話は、私が昔ソニーの宣伝部に勤務していた頃、当時村上節子と名乗っていた彼女が所属するCM制作部門に、たった1本だけだったが、CMを依頼したことがあり、そのとき聞いた。
 そのCMを担当した私は、ソニーの創業者の盛田昭夫会長(当時)に直接会長室に呼ばれ、あれこれと指示を受けたことが懐かしい。

 日テレの「NEWS ZERO」は時折、ゲスト・コメンテーターとして星野仙一を呼んでいる。
 私は、メインキャスターの村尾には個人的に好印象を抱いているが、星野に政治問題やら経済問題やらのコメントを求める理由が解(げ)せない。
 プロ野球選手OBは、政治や経済などの分野のことは、門外漢として、コメントをしたりすることがまずない。政治家になった者も、野球やスポーツ分野の代表として、その方面での政界活動をするのが常識。

 本当は「野球バカ」でありながら、口のうまさでそのことを隠して、まるで知っているかのようにコメントする唯一の例外ともいうべき者が、星野仙一である。
 星野は、知らないのに、知ったかぶりしていうだけ、たちが悪い。星野のコメントは、街のおじちゃん・おばちゃんレベルだ。
 新聞や雑誌やほかの人たちから聞きかじった生半可な知識を、星野は、あたかも自分の意見であるかのように、もっともらしくいう。そういうところが、「エセ文化人」なのである。

 芸能番組ではあるまいし、まじめに政治・経済問題を扱うニュース番組で、タレントや野球バカのコメントを聞きたいと思っている視聴者が何人いると日テレは思っているのか。そういうのはワイドショーでやれ。

 なぜ星野が〝中日OB会から追放された男〟になったのか、読売は知っているのか!? 
 知っていて使い続けるとしたら、「プロデューサーとかディレクターは、星野と癒着し、黒い金でももらっているのではないか!?」と疑われても仕方がないぞ。
 
 星野のうさんくささは、先年の北京五輪およびWBC監督候補問題の際に、明らかになったはずだ。
 星野が中日OB会を追放された理由は、「中日監督をクビにされた腹いせに、その足で阪神に行った」ということだけではないのだ。
 中日球団や親会社の中日新聞社が発行する「中日スポーツ」「東京中日スポーツ」が、「武士の情け」で、表沙汰にしないだけで、それ以外にも追放された〝黒い理由〟がワンサカあるという事実を、情報収集力が落ちた日テレは知らないのかな?

 「OB会追放」という問題は、別の例で考えるとわかりやすい。たとえば中学にしても高校にしても大学にしても、野球部などの運動部のOB会から追放される場合、よほどの不祥事を犯さない限り、そこまでしないのが普通だ。

 不祥事とは何か? 金銭にまつわる犯罪であったり、暴力事件であったり、ヤクザその他との黒い癒着などを指す。「読売ジャイアンツの選手は、球界の紳士たれ」といっているが、同じ読売系列の日テレは、そうではないらしい。

(城島明彦)

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