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2009/07/02

昭和30年代のB級白黒映画も、それはそれで面白い

 B級映画を4本まとめて観た。
 「ノンちゃん雲に乗る」(昭和30年=1955年)、「憲兵と幽霊」(昭和33年)、「女吸血鬼」(昭和34年)、「花嫁吸血魔」(昭和35年)。

 続いて大映の白黒映画「不知火検校」(昭和35年)を見た。これは森一雄監督作品のピカレスク・シネマ(悪漢主役の映画)である。
 悪知恵の働く盲目の按摩が悪いことばかりやって権力者に成り上がっていく話で、それまでは白塗りのノッペリした役ばかりやっていた勝新(勝新太郎)が怪演し、演技開眼した記念すべき作品。座頭市シリーズは、この作品の延長戦上にある。

 5本も古い映画を観ると、比較的新しいものも観たくなり、洋画の「ニーベルングの指輪」(5年くらい前の作品)も見た。
 これは、ワーグナーの歌劇「ニーベルンゲン」の映画化だが、A級まではいかないがAB級の娯楽大作で、話そのものは面白く、2回見た。もともとは壮大な叙事詩的ドイツ神話。それをかなり脚色してある。
 昔は、ニーベルンゲンと訳していたが、いつのまにか「ニーベルング」と呼ぶようになっている。ドイツ語では「Der Ring des Nibelungen」だから、「ニーベルンゲン」ではないのか?

 このところ、50年以上前に封切られた新東宝映画をたて続けにDVDで観ているが、映画に出てくる中華料理屋の看板に「ラーメン30円」などと書かれているのを見つけると、「これは歴史的資料だ」などと、つい大げさなことを考えたりしてしまう。古いB級映画には、そういう楽しみ方もある。

 「ノンちゃん雲に乗る」は、石井桃子原作のベストセラー童話の映画化。
 「文部省選定映画」なので、当時小学生だった人は、学校の貸し切りとなった映画館で観たか、学校の講堂で観たかのいずれかだったろう。
 私は講堂で見たが、映画のなかで、「ノンちゃん」に扮した鰐淵晴子がバイオリンで弾く「ガボット」と、悪ガキがはやしたてる「ノンちゃん、ノがつくノン左衛門(ざえもん)……」という歌は覚えていたが、雲の上から地上に戻るときにバイオリンを弾く「別れの曲」は覚えてはいなかった。

 彼女は1945年生まれなので、当時10歳だった計算になるが、日独混血だけあって体の成長が早く、着替えをするシーンでは下着の胸がすでに小さくふくらんでいることが、今回DVDで見てわかった。当時の日本人では考えられないことだ。

 それから15年後、私は本物の鰐淵晴子と会った。当時、私は東宝で助監督をしていて、彼女が「喜劇三億円大作戦」(石田勝心監督)に出演したからである。この話は別のところに書いたので、以下は省略。

 ノンちゃんのお母さん役は原節子。この人は、のちに小津安二郎作品には欠かせない女優となるが、今でも「日本一の美女」という伝説が残る人。
 今の人の美的感覚からすると、「ちょっと顔がでかすぎる」きらいはあるが、昔は、こういう人を理想の女性と考え、「永遠の処女」としたのである。吉永小百合の一世代上になる。

 おとうさん役は藤田進だ。この人には関東以北の人のような妙な訛(なま)りがあるが、出身地は久留米なので、いっぷう変わった九州訛りなのか。

 「ノンちゃん雲に乗る」は、今みると、雲の上の特撮が極めてお粗末で、しらけさせるが、当時はそんなことを感じなかったから不思議だ。

 「憲兵と幽霊」「女吸血鬼」は、怪談映画の最高傑作といわれる「東海道四谷怪談」を演出した中川信夫が監督した作品だけあって、B級企画ながら、よく撮れている。特に「憲兵と幽霊」は低予算にもかかわらず、面白く仕上げている。
役者では、天知茂が、「憲兵と幽霊」では極悪人の憲兵、「女吸血鬼」では吸血鬼と、あくの強い役を演(や)っている。
 「女吸血鬼」「花嫁吸血魔」のヒロインは池内淳子だが、同じ吸血鬼映画でも、監督の腕次第で、こうもレベルに差が出るかという見本のような作品である。
 こういう映画は、芸術性云々(うんぬん)を期待して観る映画ではないから、いかにB級娯楽に徹し切れているかどうかだ。

(城島明彦)

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