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2009/06/18

「星野ジャパン」の教訓はどうなった!? 日本代表といわず、なぜ「岡田ジャパン」というのか?

 テレビのスポーツニュースを見ていたら、サッカーの日本代表の戦績を報じるシーンで「岡田ジャパン」を連呼している局があり、イライラさせられた。

 日テレである。

 日テレのアナウンサーは、そうするのが当然かのように、「岡田ジャパン」を繰り返していた。

 そういえば、かつて「ゴ~~ル!」を連発して物議をかもしたのも、この局のアナウンサーではなかったか?

 私は野球大好き、相撲大好きだが、サッカーには興味がないので、試合中継は観ない。
 しかし、野球や相撲の結果をスポーツニュースを見ていると、サッカーの試合のダイジェストも目に入ってしまう。

 したがって、サッカーの2010年に開かれるサッカーの「W杯(ワールドカップ)南アフリカ大会」のアジア予選がどうなっているかぐらいはわかる。

 そのとき、イライラするのは、「岡田ジャパン」「岡田ジャパン」と連呼されることである。

 日テレが一番ひどい。局全体でそういうように決めてあるのか、スポーツの結果を報じる番組では必ず「岡田ジャパン」という。

 「おまえら、プロ野球のWBCの教訓を忘れたのか。試合をやっているのは選手であって、監督ではない」
 
 番組を見ていて、そう怒鳴りたくなったが、ふと、NHKや他の民放もそういっているのかもしれないと思って、見てみると、さすがにNHKは岡田ジャパンなどとは一言もいわず、「日本代表」で通していた。

 日テレは、野球のWBCで、なぜ「原ジャパン」をやめて「侍ジャパン」に名称を変えたのかという教訓を忘れてしまったと見える。

 「日本代表」といわないのか。なぜ「日本代表」どうしていえないのか。

 岡田監督が退場させられた試合で、日本代表は勝利しているが、それも岡田采配なのか?

 「日本代表」といえば、選手が主体にした呼称になるが、監督のことも含めたニュアンスは出る。

 テレビ局にとって言葉は「商品」だ。
 言葉を商売にしている企業なのだから、それくらいのことは考えてしかるべきである。

 それを馬鹿の一つ覚えのように、「岡田ジャパン、岡田ジャパン」と連呼するのだから、、あきれてものがいえない。

 その点、原辰徳は偉かった。
 星野仙一なら、「星野ジャパン」といわれて当然と思ったろうが、原辰徳は〝ファンの気持ち〟や世間の考え方をよく理解していた。

 そういえば、WBCでは、日本列島が連日連夜、フィーバーしまくるなかで、ひとりカヤの外だったテレビ局が日テレであった。
 あれで原は男を上げ、星野は男を下げた。あの時点で星野の時代は終わったのだ。誰もがそう思っている。

 ところが日テレは、いまだに「NEWS ZERO」で星野をコメンテーターとして定期的に使い続け、野球以外の事件や政治問題まで星野にコメントをいわせている。

 よほど人材不足とみえる。

 世間の感覚とズレまくっている星野のコメントなど聞きたくもないと思っている視聴者が多いことを、日テレは気づいていないらしい。

 「どうせ聞きかじりか、誰かの受け売りだろ? それを知ったかぶりして」
 視聴者のほとんどは、星野のコメントをそう思っている。

 ニュースはニュースで、専門家にきちんとコメントさせろ、といいたい。
 
 メインキャスターの村尾は、論点も鋭く、好感がもてるが、それを星野がぶち壊している。

 今の星野のイメージは昔の星野のイメージではなく、〝ダーティー〟な印象が強すぎる。そしてそのイメージは日テレのイメージにも波及する。

 ついでにいうなら、タレントの桜井翔がわけ知り顔に政治問題やら経済問題などを解説したり論じたりするのも閉口する。

 ついでのついでにいうなら、フジテレビの「サキヨミ」という報道番組も超レベルが低く、視聴者を愚弄している。

 そういう番組に共通するのは、ニュースを芸能化しているということだ。時事問題や経済問題をわかりやすく報じるということと、芸能人を起用して親しみやすくさせようとすることは次元が違う。

 視聴率を上げることばかり考えていると、テレ朝の「報道ステーション」ように、「大スクープ! 世界初! 金正日の後継者といわれる彼の三男正雲の写真入手!」などといって、そっくりさんの写真を報じるという笑止千万な大失態をやらかしてしまうのがオチである。
 
 あれ以来、視聴者の頭には、「報道ステーション」がどんなことをいっても、「また、ガセか?」という思いが頭の片隅にインプットされることになった。

 報道ステーションの大ポカの背景には、きちんと調査しないでガセネタに飛びつき、「世紀の大スクープ」として流してしまうという企業体質が関係しているのではないのか。

 報道番組での田原総一郎の「拉致事件の被害者死亡発言」、戦後最大のスクープと銘打った「川島芳子の遺骨発見の報道番組」……。

 一度なら目をつむれるが、二度も三度と立て続けに勇み足をくりかえすと、そう思われても仕方がない。

 話をサッカーに戻す。
 日テレの「岡田ジャパン」に驚いて、NHKを見ると、そうはいわず、「日本代表」といっていた。
 テレ朝やTBSのスポーツニュースも「流し見た」が、そのときの他局はみな、「日本代表」といっていた。

 ところが、TBSは今朝の「朝ズバッ!」のなかで、「岡田ジャパン」といい、ごていねいにもフリップにもそう書いてあった。

 それを見て思った。
 「同じ局内でも徹底していないのは、番組担当のディレクター、プロデューサーによるのではないか。知的レベルの低いディレクターやプロデューサーが担当しているスポーツ番組では、相も変わらず、監督名をチーム名としてしまっているのかもしれない」と。

 そういうことをチェックできていない局も、またレベルが低いということになる。

 少しは頭を使って、いい名前を考えてプレゼントしてやったらどうか。

(城島明彦)

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