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2009/05/31

新型インフルを「政争の具」にした民主党と〝喜んで利用された〟女性検疫官

 私には、厄介な持病がある。若い時分からのもので、睡眠不足のときや疲労してくると背中の筋肉がこわばって痛くなり、仕事ができなくなる。それで、しばしばベッドに横になって休息する。

 5月28日も、執筆中に痛みがひどくなったので休憩することにし、テレビをつけてベッドにひっくり返った。

 ちょうど参議院の予算委員会での質疑応答をNHKが中継中で、眼鏡をかけた中年女性が質問に立ち、勇ましい口調で厚労省を批判していた。舛添厚生大臣は、答弁側にいた。

 見かけない国会議員だと思っていたら、意外や意外、厚労省の職員だった。正確にいうと、四十代半ばの技官(医系技官。羽田空港検疫官)である。

 この人物を参考人として呼んだのは、民主党の鈴木寛だと知って、「なるほど」と得心した。

 この技官、「日本には新型感染症に対する防御機能がない」「日本の感染症対策はゼロ」というのが持論の「反体制派」で、新型インフルに対する政府のやり方について不満たらたらの〝不平分子〟である。

 それだけなら、どうということはないのだが、この女性技官、新型インフルで世界中がパニックに陥りつつあった3月下旬に、タイミングを見計らったかのように講談社から『厚生労働省崩壊』という反体制本を実名で出版していた。

 「天然痘テロ対策」などがテーマで、新型インフルに言及したものではないが、きわもの的な印象はまぬがれない。

 こういう本には必ず仕掛人がいる。

 もし彼女が正義感から持論を展開しているのなら、選挙も近い時期にこうしたきわどい本を出すべきではない。「便乗商法」と受け取られてしまう。どんなに正論と思える主張を吐いても、痛くもない腹も探られることになる。

 それ以前に、もっと大きな問題がある。

 サラリーマンが本を出す場合は、会社の許可がいる。会社を批判するような暴露本は、無論、許可されない。たとえば、トヨタの社員が、『トヨタ崩壊』という本を書いたら、どうなる!? 株価に影響するどころの騒ぎではないはずだが、そうなる前に会社が許可しない。

 それでも強行に出版した場合は、それ相応の譴責(けんせき)処分が待っている。

その技官は、そういうことを覚悟の上で出版したのか!?

 官庁も同じだろう。しかし、3月に本が出て、はや6月になるが、まだ技官を辞めてはいない。それどころか、正々堂々、今度は、国会で民社党の走狗(そうく)となっての参考人発言である。
 一体全体、何を考えているのか。

 これから先を民社党から約束ないしは保証されてでもいるのではないのか。そう勘ぐられても仕方あるまい。

 その技官が、まだぬくぬくと仕事を続けているところを見ると、厚労省というところは、よほど鷹揚(おおような)な職場なのなのだろう。

 あるいは、厚労省が激震するような〝隠しダマ〟でも持っていて、うっかり処分できないのか。

 自民党政治のひどさは今更あげつらうまでもないが、民主党も昔の社会党と似たりよったりで、「何でも反対路線」が見え隠れし、民社党が政権を取ったら、こういう女性技官のようなタイプを厚労省のトップにすえることになるのかと考えると、ぞっとする。

 「政府のやり方がお粗末」であるとする女性技官の予算委員会での発言内容は、新聞やテレビニュースでも報道されていたから知っている人がたくさんいるだろうが、改めて書くと、こういうことをいった。

「マスクやガウンをつけ、検疫官が飛び回る姿は、パフォーマンス的な共感を呼ぶので、利用されたのではないか、と疑っている」

 厚労大臣の舛添は〝テレビの力・使い方を熟知しきったタレント〟のようなもの。加えて、衆議院議員選挙も近いことから、当然、パフォーマンスという項目も視野にあって当然である。

 こんなわかりきった低次元のことを、テレビ中継されている場面で、一技官が、したり顔でわざわざいう必要などない。

 パフォーマンスというなら、厚労省の一職員が国会の場で参考人発言をすること自体、パフォーマンス以外の何者でもないではないか。

 こういうのを「身勝手」という。テレビ中継されるからといって、「目くそ鼻くそを笑う」たぐいの茶番的なことをやってどうする。

 民主党の〝反自民パフォーマンス〟の一環として完璧に利用されたのは明らか。

 もし彼女が、技官として心底から、今回の新型インフルの防御策に危機感を募らせているのなら、論文とまではいわないまでも、緊急レポートの1本でも書いて、なぜWHOに直接働きかけないのか。

 選挙前に、自民党の厚労政策を公然と批判するような本を出す暇があるなら、医者として、公僕として、世界のため、日本のために身を粉にして尽くせ!

 公務員として、一方で、ぬくぬくと給料をもらいながら、給料をくれているところを公然と批判する本を出したり、テレビで発言するなど、もってのほか。

 文句があるなら、本を出したいなら、評論家になりたいなら、厚労省をやめてフリーになってからやれ。

 成田空港勤務ではなく、羽田空港勤務なので、のんびりと他人事のようなこともいっていられたのだろう、という皮肉な受け止め方もされてしまう。

 自民党も民主党も、そして、この厚労省職員も、みんな同じ穴のムジナだ。

 新型インフルは、これから進化しないと誰が言い切れる?

 メキシコ以外では、結果的に死者が少なかったからといって、安心するのはまだ早い。これだけのスピードで、世界中に飛び火する勢いを見ただけで、普通の神経の人は恐怖を感じているのだ。

 今年の冬から来年春までに、なにが起こるか、誰も予想できない。
 
 厚生労働省崩壊などとご高説を垂れる前に、医者であり技官である公僕としての自身の務めを果たせ!
 
(城島明彦)

2009/05/29

もうひとつのWBCー―ボクシング「内藤大助と中国人ボクサーの試合」の後味の悪さ

 WBCというと、プロ野球の世界選手権を思い浮かべる人が多くなったが、どっこい、名称としてはボクシングのWBC(世界ボクシング評議会)のほうが大先輩である。

 内藤大助は、そのWBCで、5月28日に判定勝ちはしたものの、中途半端な印象を受けた観客が多かったはずだ。

 相手の中国人ボクサーの背が極端に低すぎたのが原因で、手こずりまくり、パンチにいつものさえがなかったが、相手以前に、減量に失敗していたのではないか。

 内藤自身がそれを一番感じていたのだろう、試合後のインタビューでは、「すみませんでした」を連発した。

 彼の人柄のよさにつられて、「まあ、勝ったからいいじゃないか」と私は思いはしたが、いまひとつすっきりしなかった。

 バッティングで切った両まぶたは30針も縫ったそうで、そのケガもいい印象にはならなかった。

 内藤が苦戦する試合を観ながら、野球のWBC 人気が盛り上がっている3月8日にタイで戦った辰吉丈一郎の試合(TBSが中継)を思い出した。

 辰吉はとうの昔に引退していると思っていたので、彼が試合をすること自体に驚いたが、年齢を知ってもっと驚いた。38歳であった。
 相手のボクサーは19歳。ちょうど半分の年齢である。

 プロ野球選手では、中日の山本昌のように40歳を超えても現役投手をやっている者もいるが、ボクサーでは40前後は無理。

 辰吉の試合では、セコンド陣が見るからに「ヤーさん風」というか「チンピラ風情」で、なんとも不快な感じがした。

 結果はボロ負け以前。試合になっていなかった。一言でいうと、ぶざま。
 
 まだ戦えると思っているのが悲しい。過去の栄光と伝説を汚すことはしない方がいい。

 そういうことは周囲のものがいってやらないとダメだ。

 そのときの試合後のインタビューでの辰吉の受け答えは、薬物中毒患者のように〝レロレロ〟だった。

 辰吉のレロレロ話から私は、あるボクサーを連想した。

 日本最強のボクサーといわれているピストン堀口である。
 
 彼をモデルにした映画(菅原謙二主演、妻役が若尾文子)を子供の頃に観たことがあるが、その中で今でも覚えているのは、くねくねと蛇行して歩いた後で、「自分ではまっすぐに歩いているつもりなんです」といったシーンである。

 ピストン堀口は、線路を歩いていて列車にはねられて死んでいる。

 辰吉の脳は、TBSが放送した彼の話し方や内容から判断すると、完璧にダメージを受けている。

 そういう状態の男に試合をけしかせ、テレビ放映するという感覚もよくわからない。

 辰吉はきちんとした精密検査を受け、リタイアしたほうがよい。

 TBSのゼニ儲け主義に踊らされていると、まちがいなく「廃人」になる。〝廃人20面相〟は、しゃれにならない。

(城島明彦)

2009/05/20

「やればできる」と珍しく朝青龍を褒める

 朝青龍は、10日目把瑠都、11日目魁皇との対戦では、〝得意の〟張り手を使わなかった。

 左ひじの包帯が痛々しいが、ふたりの巨漢力士を正面から一気に攻めて軽く勝った。
 
 立ち合いに一発、張り手をかまさなくても、堂々の横綱相撲で勝てるじゃないか。

 いつも、こういう相撲をとらなければ。

 気になる点もなくはない。

 把瑠都と魁皇がどちらもケガをしているから張り手を使わなかっただけ、なのかもしれないという疑念だ。
 
 それは、これからわかることだ。

 張り手を使わない朝青龍は、実に立派ないい相撲をとる。

(城島明彦)

 

2009/05/15

朝青龍の張り差し、何とかならないか

 朝青龍は、肘(ひじ)に痛みをかかえながらも奮闘してはいると思うが、毎度毎度の張り差し、あれは何とかならないのか。

 小結や関脇くらいの力士なら、「またか。しょうがない奴だな」ですむが、横綱となるとそうはいかない。

 くせになってしまっているようで、実に情けない。

 朝青龍の体つきは立派な横綱であり、横綱らしい貫禄も備えているが、毎度毎度の張り差しは、「横綱相撲」という言葉とは相容(あいい)れないものがある。

 相手を押したり突いたりするのが正面からの力であるのに対し、張り手は横からの力だから、特殊な使い方になる。

 そういう特殊な張り手の稽古をしまくっている力士がいるなどという話は、聞いたことがない。

 だが、もし誰かが、特殊な鍛錬方法を駆使して、手のひらの皮を異常にぶ厚く、堅く、鋼鉄のごとくに鍛えまくって最大の武器とし、「得意技・張り手」ということになったらどうなる!?

 張り手が許されるなら、「空手チョップ」も許されてもよさそうなものだが、相撲技にはない。

 それが、相撲の美学というものなのだろう。であれば、張り手は、相撲技としては、美学すれすれ・ぎりぎりの技とであるといえはしまいか。

相撲道を踏みはずしかねないギリギリのきわどい技を、出会いがしらに、いきなり相手にぶっ放すのを得意とする横綱の姿は、美しいものではなく、横綱としての自覚が足りないというほかない。

 朝青龍は、「相撲魂」というものが完全にはわかっていないように思える。今場所も、相撲が終わってから相手力士にガンを飛ばすという、横綱にあるまじき行為があった。

 話は変わるが、東関親方が今場所を最後に引退するそうだ。

 東関親方というより、彼は、やはり、今でも高見山だ。

 高見山は横綱にはなれなかったが、土俵態度は横綱だった。

(城島明彦)

2009/05/14

〝エロじじい〟鴻池祥肇は国会議員を辞めろ!

 鴻池祥肇(よしただ)。
 こいつの情けないエピソードを聞いて、「絆創膏を顔にはって首相の足を引っぱった赤城議員」のことを思い出した。

 こいつの選挙区には、女の有権者はいないのか。いても、寛容な女ばかりなのか?

 議員宿舎に女を泊めたり、無料パスで人妻と温泉旅行したり、「女好きは先祖からのDNA」などと自慢げに公言するなど、時代錯誤の感覚で、国政を担っているという意識・自覚がまるでない。

 「こういうことをいっぱいやってきたが、今回は運悪くばれてしまった」
 などと当人はいいたいだろうが、「ばれる、ばれない」といった低レベルの問題ではない。
 
 こいつは、前に防災・特区担当国務大臣をやっている。
 わが身の防災を忘れてどうする?

 「都合が悪くなると、病院へ逃避」
 というパターンも変わりばえがしない。
 体が悪いのなら、女も議員もやめて、養生に専念しろ。

 鴻池は、麻生派の副会長。
 ヒイヒイいっている麻生親分をもりたてるどころか、足を引っぱってどうする。
 ノー天気な野郎だ。

 わが身を守れないのだから、麻生も守れないということか。

 (城島明彦)

2009/05/04

「日曜洋画劇場」で、なぜ邦画?   「象の背中」のミスキャストぶり

 「日曜洋画劇場」と銘打っておきながら、5月3日(日)21時スタートの映画は、邦画の「象の背中」だった。
 
 この番組は、まだレンタルビデオ屋がない時代に、洋画の名作をたくさん放送し、私はそのほとんどを観てきた。
 
 総じて、なかなかいい映画を選んでやっているが、時折、テレ朝が制作費を出した邦画の駄作を放送する。

 5月3日放送の「象の背中」は秋元康原の同名の小説の映画家で、「突然、末期がんを宣告された40代後半の働き盛りのサラリーマンが、余命をどう過ごすか」というシリアスで興味あるテーマだったが、主人公の妻役の今井美樹が最悪で、演技以前の演技。学芸会に毛の生えたようなひどい芝居で、話を、というより映画全体をぶち壊していた。

 主役の建設会社部長に扮した役所広司は、そこそこの熱演のように見せかけていたが、ストーリー展開同様、彼の芝居にはリアリティが感じられなかったのが致命傷。
 
 井川遥の愛人との関係も中途半端。ふたりの子供も、なにやらとってつけたような田舎芝居。

 演出にもカメラワークにも、いいところはなく、どう贔屓目(ひいきめ)に見ても駄作としかいえない映画。

 そういう情けない作品を何とか支えていたのが、脇を固めた岸部一徳と高橋克実。

 話を戻すが、「日曜洋画劇場」の邦画は、3月29日(「相棒」)と4月5日(「座頭市」)にもやっている。もっと以前にも、「男はつらいよ」シリーズや「鉄道員(ぽっぽや)」「夢」などをやってはいるが、ほとんどが洋画。
 
 邦画も流すのなら、「日曜映画劇場」となぜ名称を変えないのか。

(城島明彦)

2009/05/03

視聴者をなめるにも、ほどがあるぞ、NHK! ワンダー×ワンダーは何だ!

 5月2日(PM10時~10時45分)放送のNHKテレビの「ワンダー×ワンダー」という番組は、ひどかった。

 「奈良の阿修羅像」の特集ということで期待して観たら、これが最悪。民放の深夜番組以下であった。

 CMが入らないから、丸々45分たっぷりの放送時間だが、きちんと編集したら20分ぐらいで終わるようなスカスカの内容。

 何人かのタレントが、中身のない話を井戸端会議のような調子でだらだらと話し続け、あげくの果てに「もっと詳しく見たい方は、BSハイビジョンを」と案内した。その日のその時間には見られない人だっているのだ。
 
 あの番組は、番宣(番組宣伝)なのか? 予告編なのか?

 NHKだから、そのうちに、はっとするような展開になるのだろうと思いながら観ていたが、最後まで、だれっぱなし。

 こういうくだらない番組をよく作れると、あきれてしまった。時間をムダにしたと腹もたった。それくらい、ひどい番組だった。

 制作費がないなら、もっと頭を絞れ。智恵を出せ。

(城島明彦) 

2009/05/01

内館牧子横審委員への朝青龍の挨拶奇襲は、細木数子の差し金?

 5月10日から始まる大相撲夏場所に先立って、一昨日(4月29日)、「横審の総見」(横綱審議委員会の稽古(けいこ)総見」が両国国技館で行なわれたが、無料公開のせいか、客席はいっぱいだった。

 土俵の正面にセッティングされたテーブル席には、横審メンバーのお歴々(現在13人で、鶴田日経新聞社元社長が委員長)がずらりと並んで、稽古を見守っていた。

 そこまではよくある話。ありえない話が起こったのは、稽古が終わった直後。何を思ったか、朝青龍が委員席につかつかと歩み寄り、内館牧子委員に接近した。

 内館さんは、大相撲史上初の女性委員で、しかも朝青龍の言動に対しては、朝でなくても〝ズバッ〟と歯に衣着せず〝男勝りの超激辛コメント〟を連発してきたお方。
内館さんは病みあがり。心臓病の手術をし、病院での〝点滴〟から復帰した彼女は、朝青龍にしてみれば、いつも激辛(げきから)で耳の痛いことばかりいう〝天敵〟。

 その天敵に文句でもいいにいったのかと場内に緊張が走ったが、朝青龍、テーブルに左ひじをついて、内館さんに顔面を接近させた。

 でかい体とでかい顔、でかい態度の朝青龍が迫ってきた意味がわからず、顔面がこわばる内館さん。と、朝青龍、テーブルに左ひじをつき、彼女の方に手を置いて、
「お元気ですか。手術、心配していたんです」
 と話しかけた、

 朝青龍得意の、横綱らしからぬ「張り差し」急襲を受けて、とっさには言葉が浮かばず、どぎまぎし、思わず苦笑する内館さん。そこへニの矢を放つ朝青龍。
 「これからも激辛な批評をお願いします」

 好意的・短絡的に考えれば、「天敵を見舞った朝青龍は、えらい、立派」「気さくな性格じゃないか」ということになるのだろうが、ちょっと待った。

 横審というのは、横綱らに苦言や正面きって文句をいえる「権威ある存在」。力士たちからみると、泣く子も黙る雲の上のコワ~イ人たちの集団のはず。
 それを屁とも思わず、ハグしながら「お元気ですか」とは、どういう了見か、といいたい。

 こんなことは、長い大相撲の歴史のなかでも前代未聞。

 いつも口うるさく叱りつけられている中学生が、病気から復帰した超厳しい文科省の幹部役人のいる部屋へいきなり入っていって、机にひじついて……という状況を考えたら、わかりやすいだろう。

 礼儀も何もあったものではない「内館さんへの奇襲お見舞い」は、朝青龍が一人で考えたことではあるまい。彼の日本の母を名乗る細木数子の差し金ではないのか?

 かけた言葉は丁寧であっても、「友だち感覚の挨拶」であり、朝青龍は、立場の違いというものを知らなさすぎる。横審の権威も何もあったものではない。

 ここはモンゴルではない。日本の伝統の頂点に立つ人間なら、もっと自覚せよ。それが嫌なら、マゲを落として母国へ帰るがいい。

 居丈高(いたけだか)に人々に説教垂れまくっていた細木数子女史も、自分の〝息子〟となると、つい甘ちゃんになってしまって、注意の一つもできなくなるというわけか。

 仰天こいた内館さんは、後になって頭にきているはずだ。
 ほかの委員連中は、いうべきことをもっとビシッといわないとダメだ。

(城島明彦)

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