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2009/04/16

認知症の南田洋子をさらし者にしていいのか?

 長門裕之にかいがいしく世話される痴呆症の南田洋子。

 テレビのドキュメンタリー番組のなかで繰り返し報道される彼女の様子を見ていて、痛々しい、気の毒だ、残酷だ、むごすぎる、と何度思ったことか。

 何か妙だと思ったら、明日(4月17日)に介護本がでるんだとさ。

 長門裕之の介護ぶりは立派で頭が下がるけれども、南田洋子がもし認知症でなかったら、今の老醜をテレビカメラの前にさらしたかどうか。

 彼女は、正常な判断ができないのだ。

 彼女の頭脳が正常に機能していたら、今の自分自身の姿をテレビで全国放送させたかどうか。

 そのあたりの彼女の気持ちを推測してあげないといけない。

 彼女は、美人女優として売った人だ。

 日本映画の全盛時代に、日活を代表する女優の一人として活躍した女性である。

 南田洋子は、コルゲンコーワのカエルのような顔をした市原悦子のような演技派ではなく、整った容姿だけがセールスポイントであった。そういう女優の変貌はNGである。

 ファッションモデルを例にあげると、わかりやすい。

 売れっ子のモデルが、長い休止期間を経て登場したと思ったら、でぶでぶだったら、これは職業として成り立たないし、ショーとしてもぶちこわしになる。

 でぶでぶで思い出すのは、天地真理だ。

 十代の頃の彼女は、「白雪姫」と呼ばれ、愛くるしい顔をしていた。

 もちろん体も細かったが、その後、表舞台から消え、何年もたったある日、ブクブクに太ってテレビに登場し、多くの視聴者を仰天させた。というより、ひんしゅくを買ったといったほうが適切だろう。

 しかも、でたらめな声で、かつての自身の大ヒット曲をうたったのだから、たまらない。

 「あの昔の姿は、なんだったの?!」
 と、彼女に夢中になったファンは怒りすら覚えたのではなかったか。

 あの大竹まことが「そんな姿で出てくるのは犯罪じゃないか」というようなことをいったのではなかったか。

 かわいさで売った歌手、あるいは美しさで売った女優が、そのイメージを壊すことは問題である。

 人は老いる。老いれば皺も増えるし、髪も薄くなる。シミも浮かべば、皮膚もたるむ。

 老いをうまく生かせる女優もいる。南田洋子も、ある時期まではそうだった。

 フジテレビの「ミュージック・フェア」の司会を夫婦でやっているときも、中年になっていたが、南田洋子は美しい中年になっていた。女優としての美しい老い方であった。

 それからかなり経ってからテレビで見た南田洋子は、長い間のトレードマークだったセンター分けのストレートな髪の、分け目のあたりが、えらく薄くなっていた。
 インタビューされている場面だったように記憶しているが、ヘアピースもつけずに出ている彼女を見て、「自然のままを好む人なのかもしれない」と好感をもったものだった。

 だが、今考えると、彼女はその時分から、「自分の容姿を商品として人に見せる」ということを意識しなくなっていたのかもしれなかった。

 だからといって、「もがもが」「ふがふが」とやっている姿をブラウン管にさらけだしていいということにはならない。

 繰り返すが、一般人ならどうということはなくても、彼女は「美しさを売り物にしてきた美人女優。
 女優は、ファンあってこその職業。
 そのファンを驚愕させたり、落胆させたりしてはならない。、

 長門裕之には、そのあたりの感覚が抜けている。

 長門裕之をそそのかしたマスコミにも大きな問題がある。 

 執筆の合間に、テレビのワイドショーを見ていたら、「二人の姿は、全国の痴呆症の人に勇気を与える」というようことをいうコメンテーターがいた。

 バカをいうでない、と思った。

 老いても、老いたなりに美しくいることで、人々は「さすが、女優」「やっぱり女優は違う」と思うのである。

 長門裕之は考え違いをしていないか。

 彼の優しさ、愛妻家ぶりは、人の心を打つ。だが彼は、イメージを壊してしまった。

 彼女の若い頃の美しい容姿を映画で見知っている人たちの圧倒的多数は、決してあのように老いぼれた彼女の姿を見たいとは思わないはずである。

 美しさと気品を備え、「永遠の処女」といわれた原節子はあ、惜しまれながら映画界を去った後は、一度だけ盗撮された姿が週刊誌に出た以外、決してマスコミに姿をさらすことはなかった。
 盗撮された写真は、家の庭で洗濯物を乾している普通のおばさんの姿だった。

 これから、長門裕之と南田洋子が共演した「太陽の季節」や「豚と軍艦」などの映画をDVDで観る人たちは、画面のなかの南田洋子の若き日の姿に、老いさらばえた認知症の南田洋子の顔をだぶらせることになっってしまった。
 
(城島明彦)

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コメント

長門さんのことを悪く書かれているかたって大抵は南田視点ですね。

>長門裕之には、そのあたりの感覚が抜けている。

あなたには介護する側の大変さをわかってあげられる気持ちが抜けてます。
行き詰って命を落とすかたは結構いらっしゃるんですよ。

(このコメントをもらってから時間がかなり経ったが、以下の点を書き加えておきたい)
●コメントを書き添えてくれた人には、その意見は一理あると判断し、その直後に直接メールを送って私の考えを伝えようとしたが、メールが戻ってきた。匿名が悪いわけではないが、「人を批判するときは堂々と名前を名乗るべき」というのが私の信条なので、私はそうしている。
●このコメントで問題があるのは、「介護をする側の大切さをわかってあげられる気持ちが抜けている」とし、私が介護の実態を知らないと決めつけているところだ。
●私は介護の実態を知っている。私の父は、7年前に85歳で死んだが、晩年は重度の身障状態にあり、長い間、母から介護を受けた。一人ではトイレに行くことも風呂に入ることもできず、昼といわず、夜といわず、すべて母の手をわずらわせた。そのために母は睡眠不足になって倒れ、そのままでは母が死ぬ可能性が生じた。
 事態を重く見た私の妹が、手伝いにいった。すると今度は妹が倒れた。自宅介護の限界であった。それで施設に入れ、母と妹はかろうじて窮地を脱した。
●そういう事態が身近なところで起きていたので、介護のたいへんさはよく知っている。知っていて、長門・南田夫婦のことを書いたのである。
 彼らは、映画やテレビを通じて、多くの人に夢や希望を与えてきた。そういう職業の人である。「半ば公人」なのだ。だから、私生活を洗いざらい公開すると、それによって彼らによって見させてもらった過去の美しい思い出をぶち壊されてしまう人がたくさん出る。
 したがって、著名俳優や著名歌手には「神秘のベール」が必要になる。そう私は思っているのだ。(城島明彦)

投稿: 一言 | 2009/04/23 12:09

やはり介護する側の事情をわかっておられないと感じます。身近なお父様が倒れられても、実際に介護をされてはいないし、見聞きするのと実際は大違いです。ちなみに私は数年に渡り介護を受けた側です。介護については、介護される側とする側は決してその場所から立ち去ることが出来ないものです。お近くに古い大木はございませんか?ずっとそこから動けずに日々を送ることがどれほど日常でありながら日常でないという実感をご存知でしょうか。そこに携わる人間は24時間病気と向き合わねばなりません。それをしていない状態で「知っている」と自負されるのは謙虚さのない傲慢なお考えだと思いますし、病気と向き合った時、女優や役者といった肩書きはこれはおわかりにならないかもしれませんが手からポロリと離れて行きます。(ちなみに私は音楽家であります)城島さんの想像はあくまで病気に翻弄されてはいない時に考えられる「余裕」のある状態での論だと思います。人はもっとシンプルな状況に戻るものなのです。これは経験してみないと絶対にわからないことです。おそらく介護の為に必要なお金を得るための出版であり、女優として何かを守ることが南田洋子さんにとっての敬意であるとは思えません,

●介護された人からの意見は傾聴に値するが、「体験した者でなければわからない」という判断基準ですべてを見てしまうのは、いかがなものか。仕事の関係で、介護したくてもできない場合もある。(城島)

投稿: kanagawa | 2009/10/20 23:04

 ファンとしての視点なのでしょう。南田さんへのファンとしての愛情としての長門さん批判、わからなくもないのですが、南田さんが女優ということは、人の前やカメラの前にあらわれて、そして、映画やテレビに出演することで生きてきた人なのです。
 確かに人によっては哀れな元・南田洋子に幻滅したかもしれませんが、自分は、かわいいおばあちゃんバージョンの南田さんが、旦那さんと2人で夫婦として生きている姿を微笑ましいと思いました。
 南田さんが正常な判断が出来ないのに長門さんが一方的にテレビに晒して、と批判されるのは勝手ですが、役者ってのは、舞台やカメラの前で芝居している時間の方が、本当の人生だったりするものです。あのご夫婦の場合は、音楽番組の司会もされてきたから、決して、演技上の役としてではなく「南田洋子」というタレントとしてもテレビに出ていた人です。
 死の直前まで、彼女を「南田洋子」をテレビに出した長門さんの判断を誤った考えだと、批判する前に、俳優やタレントの生き方や考え方、想いを、もうちょっと考えてあげてもよかったと思います。
 「死」は順番でもあるのですから、最終的な順番待ちの間、長年のファンに近況報告をかねてお別れのご挨拶までしてあげた長門さんはエラいと思うし、過去にどうであれ、離婚しないで最後まで一緒だった事実のほうが、老醜問題を遥かに超越した夫婦の美しさでもあるのですから。

投稿: Yoshi | 2009/10/21 16:18

介護・・どれだけ大変か私は分かりません。
が、殺人がとても多いため、計り知れないことだと思います。
女優であれ、なんであれ、人間は人間。
ただ、メディアは女優だから扱っただけの事。
分かったのはかなり苦労を伴うこと。
早く改善してほしい。晒し者になったかもしれないけれど、それだけ重大なことです。
皆で改善案を考えられないだろうか。
晒しだのというのも大変であろう。
だが、心中しなければならない人たちもいる。
命の重さは違うのだろうか。

投稿: 湊川綾 | 2009/10/22 00:24

美醜は主観ですから様々な意見があって当然かもしれませんが、ここで述べられた内容は少し偏っている気がしました。本の出版とドキュメンタリー放映のセットをどう考えるかもいろいろだと思います。しかし、一番違和感を覚えたのは、番組に登場する南田さんを醜いと決めつけたところです。外見だけがすべてではないと考える人がいても良いのではないでしょうか。せっかく論理的に意見を書かれているので、異なった見地からのコメントを書けば対比できて面白いかなと感じました。

私は二人の生き様を美しいと感じました。昨日南田さんが亡くなられましたが、長門さんの姿にダブって彼女との絆が見えたのは私だけでしょうか。認知症の人を数多く見ているから、彼女を老醜(好きな言葉ではありませんが)と言い切ってしまえないだけかなとも思います。

人はいずれ朽ち果てます。10代の頃の溌剌さや20代の美しさはだんだん失われます。それだけがすべてでしょうか?ほとんどの人は他の人々とのふれあいを通じて生きています。そのなかで、素晴らしいと思える関係があっても良いと思うし、それを知る機会があればうれしいと思う。その意味で、あの番組にはそれなりの意味があったのではないかという意見です。

投稿: 浜口正章 | 2009/10/22 02:59

南田さんが先日くも膜下で亡くなり、私の従兄弟も今日同じ病気で亡くなったことで、このページに辿り着きました。
コメントの内容を呼んで、いろいろな感じ方があるのだなあ、と思いました。

ですが、私は城島さんと同意見です。
長門さんがなぜ、女優である妻の認知症ぶりをカメラで何度も視聴者に見せるのか疑問です。
本人がそうしてくれという意思を元気な頃から、夫や周囲に漏らしていたというならわかりますけど。

私は、長門さんに悪意を感じました。最も、長門さんはこんなになった妻を俺は愛しているんだあ~、と世間に叫びたかったのかもしれません。
まさに、「…で愛を叫ぶ」という心境だと思います。

ですが、テレビ放映で得た出演料(ギャラ)とか、「俺は洋子の呼吸が止まってしまうのを待っているんだよ」という長門語録が瀕死の「人間プロ」を売りにするための見せ場にしか思えないのは、多くの人が感じていることでしょう。

「介護」は現実の問題だし、正直つらいです。

長門さんよりにあの言動を考えれば、辛い介護だから「芝居」をして演じなければやっちゃおれん!という気持ちだったのかな。
一視聴者としては、見たくなかった映像です。
南田さんをではなく、介護をしている長門さんの献身ぶりがわざとらしかったです。

投稿: かずのこ | 2009/10/24 00:59

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受信: 2009/04/20 22:27

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