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2009/04/14

テレ朝のドキュメンタリー番組「〝男装の麗人〟川島芳子は生きていた〟」は〝昭和史最大のスクープ〟どころか、インチキ臭さがいっぱいだった

 テレ朝のドキュメンタリー番組「〝男装の麗人〟川島芳子は生きていた」は、「昭和史最大のスクープ」と銘打って4月13日に放映されたが、実際に見た感想を一言でいえば、「話としては面白いが、信憑性の面でイマイチ」「先に〝生きていた〟という結論ありきの、うさんくさい番組」ということになる。

 テレ朝は、「歴史の真実」と謳(うた)った〝男装の麗人〟川島芳子のテレビドラマを昨年末に放送しており、そこでの〝真実〟は「川島芳子は戦後、処刑された」であった。

 そういう大事なことを、わずか4か月でくつがえすのは無節操ではないかと、私は放送前のブログで批判した。

 それだけにとどまらず、今回の番組中で、コンピュータを使った人骨の照合分析に2か月を費やしたと誇らしげにナレーションで語らせていることを考え合わせると、意地悪な言い方をすれば、「テレ朝は2つの真実を巧妙に操って、視聴率を稼ごうと考えた」と解釈できる。

 「川島芳子は、中国人でありながら日中戦争時に日本軍のスパイとして暗躍したカドで、終戦直後に〝漢奸〟(かんかん。売国奴。反逆者)として処刑されたとされてきたが、実は処刑された女は替え玉で、本人は日中国交回復後の1970年代後半まで中国の片田舎(長春)でひっそりと生きていた」
 というのが、テレ朝の新説である。

 番組は、川島芳子として処刑された女性の写真数枚を入手し、多数現存する川島芳子の写真とをコンピュータを使って骨格鑑定してみせて、
 「処刑された女性の骨格は太く農作業をしていたように太く、しかも出産経験があると思われ、まったく違う人物である」
 との結論を導き出した。
 
 このあたりまでは、コンピュータ解析という新兵器の活用が生きていて「すごい」と思わせた。

 川島芳子本人が処刑されなかった理由として番組があげているのは、彼女に同情する金持ちの清朝王族の一人が、何人もの処刑関係者を保有していた金の延べ棒を使って買収しておいて、処刑当日、目かくしされて跪(ひざまず)かせた彼女に一人が拳銃を構え、頭部に弾丸を発射するのだが、実は空砲で、そのことは彼女に事前に知らされており、死んだと見せかける大芝居を打ったというものだった。

 身代わりとなったのは、病気で余命いくばくもない貧しい家の女で、一方彼女のおかげで生き延びた川島芳子は、その後、中国の片田舎に身を隠し、結婚もし、ひっそりと一生を終えた、と番組はした。

 中国人の生き証人が何人か登場する。
 一人は、彼女の孫として長く一緒に暮らしていた40代の絵描きの女性。もう一人は、金の延べ棒を何十本も使って処刑関係者を買収したという人物の親族。
 番組では、彼女のものと思える遺骨が由緒ある天台宗の総本山(国清寺)という寺院の納骨堂に残されていたとする。
 その遺骨には、彼女の中国名の一字である「方」という字と王族一族であることを示す「愛新覚羅」という名字の「覚」、そして「李香蘭」(山口淑子)と思われる「香」(をつらねた「方覚香」と書かれていた。
 
 李香蘭の本名は、山口淑子で現在89歳。
 彼女は、れっきとした日本人で、長く参議院議員を務め、今は政界もリタイアしているが、中国育ちの美人で、歌がうまく、現地人と間違われるくらい中国語が堪能だったことから、「李香蘭」という中国人の芸名を使って、満鉄映画のスターとして売り出され、あっという間に人気者となり、国策映画の片棒をかついだ。

 川島芳子と山口淑子は、音読すると、名前が同じ「よしこ」ということから急速に親しくなった。
 片や清朝の王女でありながら、日本人の養女となり、日本語が堪能。
 片や、日本人教師の娘でありながら、中国で育ち、中国語が堪能な銀幕スター。

 日本人の養父に犯されたのが契機で男装に転じ、関東軍の手先として母国中国に敵対した中国人川島芳子。
 中国人女優と偽って、日本が製作した映画や歌を通じて中国人を騙した山口淑子。

 生い立ちや政治的に利用されてしまったという似たような境遇が二人を親密にさせた。

 山口淑子は、かつて日経新聞の「私の履歴書」で自身の過去に触れているが、常識的にいって、自分に都合の悪い致命的なことは伏せているはずである。
 そこに書かれた詳細を私は覚えていないが、川島芳子との出合いや交流についても記されていた。

 川島芳子の遺骨に、なぜ「李香蘭」の名を思わせる一字が記されていたのか。

 これは、都合よく考えれば、本人の遺言であるとも解釈できるが、日本でいう法名をつけたのは彼女自身ではなく、遺族か僧侶と考えるのが普通。

 番組では、「方(ほう)さん」と呼ばれた川島芳子らしき人物は、李香蘭のすりへったSPレコードを一枚もっていて、おんぼろの小さな蓄音機で繰り返し手聞いていたことが、張鈺(ちょうぎょく)という名の孫娘の話として紹介される。
 故人が李香蘭の歌が大好きだったという話を聞いた坊さんがその字を入れただけかもしれず、その人物が川島芳子だったということには直接結びつくものではない。

 「方さん」は、生前、その孫に「自分が死んだら、これを李香蘭に見せろ。そうすればすべてがわかる」というようなことをよくいっていたと番組は伝える。

 テレ朝のスタッフは、そのレコードをもって山口淑子を訪ね、孫娘と会っている場面を撮影するが、彼女は多くを語らない。しかも、高齢と体調のせいで、ごく短時間の取材・撮影しか許さなかったという。

 山口淑子は、孫娘が持参した年老いた彼女の祖母の絵を見て、川島芳子であるというが、「生きていたんですね」といったようなコメントは、いっさい口にしない。

 おかしいではないか。

 山口淑子は、川島芳子は死んだものとして2004年8月に「私の履歴書」(「李香蘭」に生きて)を連載執筆し、これは後日、本にもなっている。

 そこに書いたことを覆すことは、自分自身の過去を覆すことになるのだから、「生きていた」といわれても、「ああ、そうですか」としかいえないだろう。

 番組では、絵描きとなっている「方さん」の孫が描いた晩年の川島芳子の水彩画が、残存する若い頃の彼女の写真ととてもよく似ているということを重要証拠の一つにしており、山口淑子も、前述したように、その絵が川島芳子の若い頃の面影をとどめていることを認めるが、肝心のレコードについては何の返答もしない。

 川島芳子を「おにいちゃん」と呼んで慕っていた人間として、おかしいではないか?! 
 
 好意的に推理すれば、そのレコードは、李香蘭自身が川島芳子に献呈したものだったのかもしれない。
 だとしても、サインがしてあるわけでなく、当時発売されたどこにでもあるレコードの一枚に過ぎず、山口淑子の口からは何の感興のコメントも出てこない。

 山口淑子の口から「驚愕の新事実が語られるであろう」ことを期待していたテレ朝の関係者は、さぞやがっかりしたにちがいないが、そうなることは予想できたはずだ。
 
 山口淑子(結婚して大鷹淑子)は、政治家である。
 彼女は、戦後長い間、雌伏(しふく)していたが、1969年にフジテレビの昼のワイドショー「3時のあなた」の司会者として復活し、人気を回復した後、日中国交回復を果した田中角栄に口説かれて、1974年に自民党から参議院議員に立候補し、全国区で当選し、92年まで国会議員を務めているのだ。
 
 そういう人物が、真相を知らぬはずはない。川島芳子の暗部や闇の部分も当然知っていると考えるのが普通である。
 もし川島芳子が生きていたとしたら、山口淑子は、当然、そういう情報を入手しているはずである。番組は、中国政府関係者に取材したのか?

 番組の最後の方では、番組スタッフが再度、納骨してあった寺を訪ねると、取材を拒否されたことがわかる。

 「漢奸」とされた人物であれば、どこかから圧力がかかっても当然と思わせたいのだろうが、どうにも腑に落ちない。

 中国では、1960年代後半から70年代前半にかけて、明治の日本の廃仏毀釈どころではない「文革の嵐」が吹き荒れたが、その寺や遺骨が無事だったのは、親日派の周恩来首相の力というようなことも語られるが、そのあたりも、うさんくさい。

 「川島芳子替え玉説」の根拠となる銃殺処刑された別人女性の写真は、顔の部分をぼやけさせて放送された。人権に配慮したのであろうが、「顔面の口から上のあたりが割れて砕けたようになっている」ことがわかるが、人相が川島芳子本人かどうかぐらい特定できないほどではない。

 この女性が横たわる周囲には中国当局者と思える人物のほか、マスコミ関係者らしい人間も複数写っていた。

 川島芳子ほどの著名人であれば、誰もが顔を知っていたと考えるべきで、「この女は違う」という人物は一人もいなかったのか。

 番組では、処刑された女性の髪が長く(といっても、肩口まで)、男装だった短髪の川島芳子ではないともナレーションでいっていた。髪の毛でわかるなら、大げさに骨の鑑定までする必要などないではないか。

 ただし、獄中で髪が伸びたということも考えられるから、髪が長いだけでは別人の根拠とはならないと説明すべきである。
 
 川島芳子は長い顔をし、耳に特徴がある。耳の形を見れば、本人かどうかはわかるはず。これは鑑識の常識であり、何も骨まで調べる必要はない。
 そこに、いかにも話をわざと大きく見せようとする番組制作者の作為を感じてしまうのである。 

 番組で再現された川島芳子の処刑シーンのイメージ映像では、至近距離では以後か拳銃で頭部を撃ち抜かれている。
 拳銃一発で、果たして別人女性のものといわれる写真の頭部のようになるのであろうか。番組スタッフが検証すべきは、そこではなかったのか。身代わりとなった女性の親族を突き止め、いくらもらって口止めされたかを調べる必要もあったが、そういうことはしていないようだ。

 人の口に戸は立てられない。いくらひっそりと暮らしても、噂になったはずである。文革の頃は、政府の上層部がいくらブレーキをかけても、底部の農民層・労働者層はそれを完全に無視して暴走しまくっていた。「奸漢」と呼ばれた人物が、その嵐をくぐりぬけて生きられたとは思えない。

「方さん」が川島芳子であったという証拠として、孫が描いた絵は出てくるが、生前の「方さん」を写した写真が一枚も出てこないのはなぜなのか。うさんくさいと思われてもしようがない。

 「方さん」が川島芳子であったとすれば、当時の政府や警察組織がなぜ知らぬ顔をしたのか。どういう取引があったのか。そこを明らかにしなくては意味がない。

 テレ朝は、何十年か前に「帝銀事件の真犯人が見つかった」というスクープを夜のワイドショー番組で流したが、それはガセネタであっって、そのネタを提供した人物はいわくつきの人間があることがその直後に判明し、歴史をゆがめる話を捏造したことがわかって、番組関係者が処分されたことが思い出される。

 番組の最後に、川島芳子が愛読していた本から採取した指紋と寺にあった「方さん」のものと想われる遺骨などとのDNA鑑定を行なったが、当人であるとの可能性はきわめて低いとの結果が出たということを伝え、「だが、われわれは信じている」というようないいわけがましいナレーションを流した。

 ドラマとして、あるいは単なる推理番組としてこの番組を観るなら、とても面白いといえるが、「昭和史最大のスクープ」と銘打ったほどの確証に満ちた内容でもなく、視聴率稼ぎの「羊頭狗肉」(ようとうくにく)の感はまぬがれない。

 番組は、次週予告として「俳優の長門裕之が、痴呆症の妻の南田洋子を介護する続報」を流すと宣伝した。
 長門裕之の献身的な姿には頭が下がるけれども、美しさを売り物にした女優の老いさらばえ、自分がどういう形で視聴者に見られるかという判断すらできない気の毒な姿を、さらしものにするという面もあり、問題は多い。

(城島明彦)

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