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2009/04/29

秋葉原電気街の上空にUFOを見た!

 子供はみんなそうだろうが、私も子供の頃、UFOやお化けの存在を信じていた。

 UFOについては、小学6年の冬、壊れてしまった古い真空管ラジオを自転車の荷台に載せて電気屋へ修理に持っていった帰り道で見た。
 その物体は、はるか上空をオレンジ色の灯りを点滅させながら、ゆっくりとしたスピードで飛んでいた。

 翌日、学校でその話をすると、「自分も見た」というクラスメイトが一人いた。
 UFOの異動時間を考えると、その子の見た方角と時間は私が見たそれと同じと考えられた。
 その子は理科が得意で、大人が読むような電気関係の雑誌を日頃から読んでいたから、間違いないと思った。

 しかし、もっと大人になって、私たちが目撃したのは、ただの飛行機の灯りであったことを知った。

 けれど、大学生になって以後も、UFOやネスコの怪獣はいるかもしれないと思っていた。
 そう思わせたのは、テレビ番組である。特に日テレは、頻繁にそういう番組を流した。番組のディレクターは矢追純一氏であることがほとんどだった。

 特に大橋巨泉が司会をした日の「11(イレブン)PM」で流されることが多かった。ゴールデンタイムでの特番も、彼のディレクションでたくさん作られた。矢追氏は、番組を作っただけでなく、解説者としても自ら登場した。

 彼はUFO界のカリスマだった。私は、そういう番組が好きで、いつも見た。

 しかし、科学が急速に発達し、UFOや未知の怪獣などといわれてきた写真や映像がインチキであることが次々と見破られると、その手の番組は次第に姿を消した。
 そして矢追氏の出番もどんどん少なくなり、現役を引退したこともあって、遂には見かけなくなった。

 一九七〇年代の終わりだったと思うが、私は秋葉原電気街でUFOを見た。
 冬の昼日中のことで、何人もの目撃者が出た。

 それは、銀色の楕円形の物体で、不可思議な動きをしていた。
 その頃、私はエレクトロニクスメーカーに勤めていて、商品の販促のために、1か月間、秋葉原駅前の電気店に応援にいっていた。そのときの話だ。
 
 最初に見つけたのは私で、店員にも声をかけた。
 数人で空を見上げて、ああだこうだといっていると、通行人も足を止め、空を仰いで、「本当だ、UFOだ」などと騒いだ。
 その様子を見て、私は思った。
 「そうか。こうやってUFOの目撃談は生まれ、広がっていくのか」 

 そのUFOの正体を知っているのは、私だけだった。
 私が飛ばしたのだから、知っていて当然である。

 その未確認飛行物体の正体は、販促用の銀色の風船だった。
 アルミホイルのような材質でできている穴のないドーナツ型の風船で、なかにはヘリウムガスが入っていて、宙に浮かぶ。細いヒモがついているので、その先を手に持つようになっている。

 秋葉原電気街の上空を怪しげな動きをしながら、奇妙な動きを繰り返し、やがて消え去ったUFOの正体は、その風船なのである。

 その30分ぐらい前に、私は、銀色の風船を持っていた幼児が誤って手をはなしてしまったために、飛んでいってしまう現場を目撃していた。

 しかし、その行方を追いかけなかったことから、後刻、ふと上空を仰ぎ見たときに、「不可思議な動きをするUFO」を目撃することになるのである。

 空に浮かんでいる未確認飛行物体は、幼児が手ばなした銀色の風船であることにと気づき、実験してみたら、やはり、そうだった。

 数週間前、UFOを紹介しているテレビ東京の深夜番組があり、そこに矢追氏が出ていた。
 そのなかで、明らかに銀色の風船とわかる物体が映し出されたとき、彼は迷うことなく、それをUFOだといった。

 彼は、その昔、UFOのテレビ番組を制作し、視聴者を楽しませてきた。

 彼はUFOの存在を本気で信じているようだが、その手の番組で紹介されたUFOなるものの正体は、すべて、私が見たUFOのたぐいか、マニアが人を驚かせたり売名行為のために作った「合成写真」や「チャチな特撮映像」である。
 
 「矢追氏は、なぜ、いいかげんなことをいうのか」
 そのことが長い間、わからなかったが、いまから十数年前に彼が『カラスの死骸はなぜ見当たらないのか』という本を出したときに、その疑問が解けた。

 彼は無知なだけだったのである。
 私は小学生のとき、カブトムシを採集にいった場所で、死んでいたカラスを見ているのだ。

 その近辺には、普通の動物の腐臭とはまったく異なる「異様なくささ」が漂っていた。
 強烈だったから、そのにおいを今でも覚えているが、そんなにおいは、以後、今に至るまで一度もかいだことがない。

 動物は、死が迫ると、死に場所を求めて異動し、敵の目につかない場所に体を隠す。そうしないと、喰われてしまう。そのカラスも、おそらくそうしたのだろう。

 先日、テレビのニュースで、大量のカラスが死んでいるのが発見され、「鳥インフルエンザ」が疑われるというニュースが報道されたのを知っている人も多いはずである。
 
 それらのカラスが人目につくところで発見されたことは、身を隠す余裕もなく、死んだらしいと推測できる。

 あるいは、天敵に攻撃された形跡がないなら、毒入りの同じエサを食べたのかもしれないし、遺骸が発見された場所のようなところで死ぬような神経・感覚になる病気に感染した可能性もあるかもしれない。
 
 そういう風にして、原因を科学的に分析・究明していけば、たいがいの謎は解ける。
 
 青春時代、矢追氏のUFO番組は、「まことしやかなウソやデタラメ」で結構楽しませてくれたが、今考えると、腹立たしく感じなくもない。

 彼やテレビ局のスタッフが、ただ単に無知なだけだっただけなのに、「UFOの謎と正体」などという、もったいぶった番組で視聴者を騙していたことが腹立たしいのだ。

 単なる娯楽番組、空想趣向の番組としてそうやるのはいいが、そうではなくて、NASAの資料だとか、CIAとかKGBの秘密文書と称するものまで引っぱり出してきて、オキュメンタリータッチの演出技法を用いて、説得力を持たせようとするやり方は、あざとい。

 超能力者を海外から招いて、殺害された被害者を探そうとしたり、その犯人を特定しようとする番組など、まさにその延長線上にある。

 日本史や世界史の過去の事件や出来事を、「謎」などと称して意図的に事実関係を歪めて番組に仕立て上げてしまう手法も問題がある。

 「ただ知らないだけ」なのに、そのことに気づかず、「意外性があり、面白ければ、それでいい」「視聴率さえ稼げたらいい」という考えばかりが先行するあまり、「電報ゲーム」のように、事実誤認に事実誤認を重ね、針小棒大をでっちあげている民放のテレビ番組がいかに多いことか。

 私は怪奇現象は嫌いではなく、『怪奇がたり』とか『恐怖がたり42夜』などと題する怪奇小説を書いているが、すべてフィクション。ウソ、デタラメの話を、まるで実際にあるように書くのが腕の見せどころだ。

 SMAPの稲垣吾郎が司会をする怪奇特番は、何年も続いており、面白い。ただし、面白いというのは、怪奇な出来事を扱う〝ゲテモノ的娯楽番組〟としてであって、そのなかに必ず出てくる「除霊の儀式」は、タチが悪く、不快である。

 祈祷師あるいは霊媒師と称する者が登場し、俳優やタレントに「霊が取り付いている」といって読経をし、霊を呼び出し、対話すると、タレントや俳優が苦しげな動作を示したり、何ごとかを口走るのであるが、そういう状態になるのは、催眠術にかかったからだ。

 祈祷師は、最初はタレントや俳優の体に触れないが、催眠術が効かないと判断すると、体に触れる。そうやって、催眠状態に導いていくのだから、インチキもはなはだしい。

 以前、その手の番組には、織田無道(おだぶどう)という僧が起用されていたが、彼が事件を起こすと、どの局も起用しなくなり、今は別の女性を起用することが多くなっている。だが、霊媒師として、やっていることは同じ。

 今でも記憶に焼きついているのは、〝アッキーナ〟ことタレントの南明奈が、「除霊する」との口実で、女の霊媒師に強烈な催眠をかけられ、鼻水まで垂らして泣きじゃくった異様な光景である。
 
 彼女のその表情をカメラがアップでとらえ、番組としては盛り上がるだろうが、明るく素直な感じの彼女をそこまでさせていいのか、と腹立たしさを覚えたのは私だけではあるまい。

 催眠術をかけて交霊したり、除霊をするというのは、インチキである。
 心霊写真についても同様。
 やるなら、もっときちんとした科学的な分析をし、それでも原因が解明できないということを番組で見せるべきだ。

 ポラロイド写真の機械やフィルムの弱点・欠点の結果として、光が入ったり、像がぼやけたりしていただけだったのを、さも怪奇現象であるかのように、まことしやかに解説する手法は、そろそろやめたらどうか。

 ポラロイド以外のカメラで撮った写真にも、同様のことがいえる。
 人物の手が写っているとか、その場にいないはずの人間が写っているというのは、私も小説のなかでは使っているが、実際にはありえない。

 そういう現象は、たとえば、光の反射具合であるとか、写真の写り具合によるものであるといったように、科学的に徹底解明できるはずだ。
 テレビ局なら、そういうところまで追跡できるはずなのだから、そこまでやって内容をレベルアップすべきではなかろうか。

 前述の矢追氏のカラスの本だが、その本には「あなたの常識がひっくり返る本」という副題がついていた。

 自分の常識不足、無知さかげんを棚に上げて、番組を作ったり本を書いてしまうパワーと商魂は脱帽ものだが、UFO物にしろ、怪奇物にしろ、彼のそういうやり方をまねたような「インチキくさい安手(やすで)のテレビ番組」を垂れ流している制作関係者には、「視聴者をなめるなよ」といいたい。

(城島明彦)

2009/04/27

信長は本能寺で死んではいなかった。京都と滋賀の県境で自刃、その首が見つかった!?

 といっても、これは、今、私が執筆しているファンタジックホラー小説『横濱幻想奇譚』という本のなかでの話。

 これは、時代小説ではなく、現代を舞台にした小説で、「今夏の発売をお楽しみに」という、ちょっと気の早いPR。

 信長の遺骸は、本能寺では見つかっていないとされ、これを根拠にした「信長生存説」は根強くある。
 
 私の説は、本能寺を逃れ、自分の居城である安土城へと向かったという説。

 信長が本能寺に連れて行った武将は100名程度。対する明智光秀の軍勢は、1万3千。

 たとえ炎上する本能寺から脱出できたとしても、追っ手から逃れきるのは難しいのではなかろうか。
 で、最後は武将らしく、自刃(じじん)することになる。

 だが、その遺骸の行方は?

(城島明彦)

2009/04/25

NHKはなぜ、くりかえし、〝草彅剛スッポンポン事件〟を長時間、報道したのか。その「7つの理由」とは!?

 「草彅剛が、深夜にもかかわらず、公園でスッポンポンになり、人に見せたいほど立派なシロモノであったかどうかはしらないが、チンポコを露出して大騒ぎしていたため、付近の住民から110番され、駆けつけた警察官に公然わいせつ容疑で現行犯逮捕された」
 という事件を、NHKは当夜9時の報道番組で、延々と流すだけでなく、翌日(釈放された日)の夜も同様のことをした。

 一芸能人の事件としては異例の扱いではないか。民放ならいざ知らず、公共放送のNHKが、なぜ、そこまでやる必要があったのか?
 その理由は、次のようになるのではなかろうか。

 (1)草彅は、NHK・民放各社を代表する「宣伝塔」であり「広報マン」である「地デジ大使」を務めている。つまり、NHKの顔としての重要な役割をになっていた。
 「そういう破廉恥(ハレンチ)な行為をするような男を起用したことの責任をNHKはどう考えているのか」と指弾する世間の声に、NHKは「弁明」する必要があった。

 (2)草彅剛は、「国民的番組」とNHKが自負している大河ドラマに出演したことがあり、「天下のNHKの顔に泥を塗られたという激しい憤(いきどお)り」の感情がある。
 その怒り、腹立たしさを、ブラウン管を通じてぶちまけたいという思いがあった。
 〝地デジの総元締めの親分〟鳩山邦夫総務大臣が、頭にきて思わず「最低の人間」とこきおろし、翌日、「いいすぎた」と訂正する一幕があったが、メンツをつぶされて怒り心頭に発し、草彅に罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせたくなる気持ちは〝地デジ推進リーダー〟のNHKにもあったはずである。

 (3)NHKが一番おそれているのは、問題を起こした草彅を起用していることを理由に「受信料の支払いを拒否されること」である。
 NHKは受信料で食っているが、受信料を拒否するものは後を絶たない状況下で、余計な口実を与えてしまっては、たまったものではない。
 そういう事情も当然意識して、番組でコメントしたはずである。

 (4)三田佳子の息子、中村雅俊の息子など、「見つからなければいいだろう」と軽く考えて大麻や覚せい剤に出す傾向がある芸能人、特にNHKのドラマや番組に出ているタレントや俳優に対する「一罰百戒」の意味をこめた。
「おまえら、NHKの顔に泥を塗るような行為をしたら、こういうことになるぞ」と警告を発したかった。

 (5)草彅剛を含めたジャニーズ事務所のタレントや俳優たちは、NHKの番組に多大な貢献をしており、同事務所にそっぽを向かれるとNHKの芸能番組が成り立たなくなる。そういう事情を背景にして、同事務所の態度はNHKに対しても、でかい。
 長時間の放送で、「彼を叩こうと思えば、いくらでも叩けるのだよ」とにおわせたことで、横暴な同事務所も、当分はNHKに頭が上がらなくなったというわけだ。
 そんなジャニーズ事務所に恩を売り、屈服させる絶好の機会であった。

 (6)草彅が家宅捜査まで受けたのは、泥酔状態が普通ではなく、薬物の摂取が疑われたからだが、自宅からそういうものは見つからなかったとのことで、すぐに釈放された。
 その結果を踏まえて、NHKは「大麻をやったわけではない。スッポンポンになったことは悪いことは悪いが、酒の上のあやまちは誰にでもある。反省し出直せば、また使うよ」と聞えるようなコメントを発し、鷹揚なところを見せた。
 「酔っ払ってのご乱行」
 ということでは、先ごろNHKを退職した松平定知アナウンサーが泥酔してタクシーの運転手とトラブルを起こした事件が過去にあるから、あまり強いことはいえないのである。

 (7)視聴者に対しては、「草薙剛は人気があるタレント。彼だけでなく、SMAPは子供たちにも絶大な人気があり、彼らの言動やイメージが子供に及ぼす影響も大きい」とNHKは考えた。
そういう自覚を、芸能人、特に若い連中に強く持たせるためには、この際、草彅をスケープゴートにして説教しておく方がよいと考えた。

 こんなようなことではなかろうか。

(城島明彦)

2009/04/24

面白ければ何をやってもいいのか? VISAカードの夏目漱石、福澤諭吉、野口英世のCM

 「VISAでGO」というVISAカードのCMは、夏目漱石、野口英世、福澤諭吉の偉人トリオのそっくりさんが登場し、いかにも軽薄そうに踊っているものである。

 誰もが知っている福澤諭吉が1万円札、野口英世と夏目漱石は千円札の肖像画になっているところから、この3人を使ったと思われるが、この3人は、日本を代表する偉人たちである。

 福澤諭吉は慶應義塾の創設者であり、明治時代の賢人である。同校出身者にとっては尊敬の対象である。

 野口英世も、貧農の子として生まれながら、学問の道を志し、ついには海外で認められ、日本人の評価を高めた医学界の先駆者。

 夏目漱石は、世界的とはいかないが、日本を代表する文豪。「坊ちゃん」のようなユーモア小説は著しているが、性格はきまじめで、気むずかしい人。

 たかがCM、遊びじゃないか、などというなかれ。

 彼らは故人ではあるが、故人にも人権はある。

 血を引いた子孫もいる。

 ゼニ儲けのために、偉人の事実をゆがめ、その人格を疑うかのような〝ミーハーで、おちゃらけた人物設定〟に勝手に仕立て上げるのは、いかがなものか。

 CM企業の良識を問う。

(城島明彦)

高島屋に関する〝うんちく〟 「一年間、ウンチ垂れ流し事件」

 読売新聞が報じていたが、玉川高島屋が、去年の4月から、トイレや従業員食堂の汚水を直接、多摩川に放流していたというから、ひどい話である。

 環境にやさしいだの、癒しのなんとかだのと、美辞麗句をこれみよがしに並びたてて宣伝広告をしながら、ウンチ垂れ流しってことはないだろう。

 多摩川は、多額の公費を投じて浄化し、魚が戻ってくるようにした川である。

 昨年、玉川高島屋が配管の改修工事を行なった際、工事業者が配管の接続を誤ったためにそうなったということだが、常識的に考えて、その程度の配管を間違えるか。
 
 これは業者の問題になるが、人件費を浮かせるために、素人同然の作業員に工事をやらせた、なんてことはないよね。

 読売新聞によると、世田谷区役所の職員が異臭に気づいて、都の下水道局に調査を依頼し、調査が行なわれた結果、犯人が割り出されたというではないか。

 その間の費用、1年間にわたって付近の住民に与え続けた汚臭被害・精神的苦痛などについての賠償は、当然、玉川高島屋がお払いになるのでございましょうね。

(城島明彦)

2009/04/23

著名タレントを起用する怖さ。 草彅剛は〝痴デジ〟か、〝チンデジ〟か。

 タレントの草彅剛が、泥酔し、公園で全裸で〝チン〟デジをさらしていたとして通報され、逮捕された、というニュースが流れた。
 
 わいせつ物チン列罪かと思ったら、公然わいせつ罪だそうである。
 公然ということは、何人もの人が彼のチンデジを見たということか。

 彼は、「地デジ」のイメージキャラクター、PRマンとして、テレビ各局が流すCMに頻繁に登場しているので、幼児からジイちゃんバアちゃんまで知っている。

 最近のテレビCMを見ていて気づくのは、タレントや俳優をイメージキャラクターに使用している企業がいかに多いかということだ。

 独創的な商品ではなく、商品力がないから、ついついタレントの人気や好感度におぶさろうとするのだろう。

 一方、起用されたタレントや俳優たちは、バラエティ番組にも頻繁に出てバカなことをいって騒いでいるうちに、自身の置かれた立場を忘れ、飲酒運転したり、大麻を吸ったりして問題を起こす。

 その結果、企業イメージを壊してしまう。

 草彅の所属は、芸能界や放送局に隠然たる力を持っているジャニーズ事務所。どういう展開になるのか、興味津々といったところだ。
 
(城島明彦)

2009/04/21

長門裕之の〝痴呆度〟と南田洋子

 昨晩(4月20日)のテレ朝「ドキュメンタリ宣言」(PM7時から)は、昨年放映された「介護される南田洋子」の第2弾ということだったが、番組中に何度か強調されていたのは、
「あの番組は、長門裕之からの申し出で制作されるにいたった」
 ということであった。
 その理由として、「認知症の人たちへの励ましになればいい」というのが主たる製作意図らしい。

 あの番組を観た、長門裕之や南田洋子と同世代の人た何人かに聞いてみたが、いずれも、
「励ましにはならない。南田洋子のあのような姿は見たくなかったし、見せるべきではない」
 ということだった。

 であるなら、長門裕之の感覚が、世間の感覚と大きくズレまくっているのであって、そういうズレた考え方をすんなりと受け入れて放送したテレ朝の感覚も、また世間の感覚とはズレているということになる。
 そういう番組が視聴者の共感を呼ぶはずもない。
 
 「ドキュメンタリ宣言」という番組を生み出した発想は買うが、そうそう珍奇な素材が転がっているはずもなく、毎週毎週、違ったテーマを採り上げるというスタンスに無理はないか。
 その結果、「川島芳子」も中途半端の不発、長門裕之の「老々介護」もまた救いようのない駄作。

 こういう調子でやっていけば、番組の〝ジ・エンド〟は近いように思える。

 長門裕之が「記録マニア」であることはよく知られている。彼は、8ミリ撮影機で、仕事関係やプライベート関係のさまざまな出来事を撮影して残してきた。それらのなかには歴史的に貴重なものもいっぱいあるだろう。彼はまた、映画の名作も16ミリのものをたくさん蒐集しているように記憶している。
 
 そのような感覚で考えると、今回の番組も、愛妻の単なる記録写真の延長ということになる。

 テレビ画面に映し出される彼女が、南田洋子であるということを知らなければ、76歳にしては老け過ぎた感のある、どこにでもいる、昔はちょっと綺麗だったろうなと思わせる、ただの痴呆症のおばあさん。そう映るだろう。

 しかし、彼女は、女優である。しかも、今の彼女は、正常な判断力を欠いている。
 テレビの映像で見た限りでは、彼女は、夫に献身的に介護される自分自身の姿が、午後7時という時間帯に全国津々浦々の家庭に流されるという意識がない状態であると考えられる。

 正常な判断ができなくなっているにもかかわらず、彼女は、テレビ画像で見る限りは、家でも病院のベッドの上でも、カメラをまったく気にしていなかった。長年の職業意識、習性がそうさせたのだろう、と思うと悲しいものがあった。

 長門裕之は、彼女をたんなる妻としか見ていない。その意味では、夫婦愛という点で素晴らしいとしかいいようがないが、南田洋子は、「女優」としていろいろな役柄を演じることで「人々に夢を与える仕事」をしてきた女性だ。

 私は、往年の南田洋子のファンではないが、彼女が認知症になり、実年齢よりはるかにふけけ込んだスッピンの映画女優を見るのはしにびない。

 もし彼女の脳神経が正常に作用していたとしたら、どんなに老いていたとしても、自分の気に入るように髪を整え、納得がいくまで入念に化粧して、カメラに映ろうとしただろう。

 長門裕之には、そのあたりの感覚が抜け落ちている。

 山口百恵と三浦友和の息子が芸能人としてデビューし、芸能記者たちから山口百恵のことを聞かれて、「母がテレビに映っているという感覚」と答えていたが、長門裕之も、そういう感覚しかないのだろう。

 似たような感覚ではあっても、山口百恵の息子と長門裕之とでは、置かれた状況が百八十度ほども違っている。長門裕之は、そういうことにも気づいていないのではないか。

 彼が気づいていないなら、まわりの誰かが教えてやるべきであろう。
 
(城島明彦)

2009/04/19

テレ朝「〝男装の麗人〟川島芳子は生きていた」の超インチキ加減

 「川島芳子が生きていた」という話で、おかしいと思うことがいくつもある。

 「〝戦後最大のスクープ〟などと誇大宣伝したテレ朝のドキュメンタリー番組『〝男装の麗人〟川島芳子は生きていた』(4月13日放送)は、テレ朝の〝ご都合主義的・マユツバ・でっち上げ番組〟の色彩がきわめて強い」
 というのが、私の見方である。

 なぜそういえるかを、同じ「よしこ」のよしみで親交を深めたといっている「李香蘭」こと元国会議員の山口淑子(大鷹淑子)を中心にした観点から、チェックしてみたい。

 (1)親中派と呼ばれる日本の政治家には、中国との国交を回復した田中角栄と娘の田中真紀子、故橋本龍太郎、リタイアした野中広務、河野一郎の息子の河野洋平、満州国大連生まれの〝エロ拓〟こと山崎拓とその盟友だった加藤紘一らがいる。

 公明党、社民党、共産党も中国と親しい。テレ朝はそちら方面の取材をきちんとしているのか。

 しかし、前記の政治家たちのなかで、第二次大戦中に日本人スパイとして中国本土で暗躍した川島芳子が生きていると、公に発言した者は誰ひとりとしていなかった。戦後60数年も経っているのに。

 存命中、男と女として、彼女と付き合ったことがあると公言していた故笹川良一(日本船舶振興会の創設者)も、1942年から戦後の1946年まで国会議員をしていたから、「戦後最大のスクープになること」なら、財力にあかして調べたはず。
 しかし、彼は、川島芳子が生きていることを知らずに死んでいった。

 中国と政治的なパイプがある国会議員が、誰ひとりとして、川島芳子が生存していたことを知らなかったというのは、きわめて不自然である。
 もし本当に生きていたのなら、特に山口淑子が知らなかったというのは、信じがたい。
 生存していたのなら、彼女の親分だった中国との国交を回復した田中角栄が知らなかったはずはない。もし知っていたら、田中真紀子にも話しているだろうが、あのおしゃべり女が黙っているはずもなかろう。

 (2)山口淑子は、日本人だが、中国の撫順で1920年に生まれ、しかも、父親が「満鉄」(南満州鉄道)の中国語教師であったことから、幼いころから中国語を話し、成人して「李香蘭」という芸名で「満映」(満州映画協会。満州国の国策映画会社)の主演女優としてデビューしても、中国人は彼女が日本人であるとは思わなかった。

  映画女優  李香蘭(1938年~1945年) 山口淑子(~1958年)
  司会者   1969年~74年
  国会議員  1974年

 山口淑子は、田中角栄に口説かれて、自民党の国会議員に当選したが、議員になる前は、フジテレビの昼のワイドショー「3時のあなた」の司会者を5年間していた。

 フジ・サンケイグループの取材力をもってすれば、川島芳子が生存しているか否かを確かめるぐらいのことは簡単にできたはず。

 (3)山口淑子は、日経新聞の「私の履歴書」に自分の過去を書き、そのなかで、川島芳子との親交にも触れているが、そこでは通説どおり、「川島芳子は処刑された」として片づけている。

 もし山口淑子が、川島芳子が生きていると知っていて、そう書いたとしたら、なぜ「死んだ」と書いたのかを追求されることになり、彼女の人生そのもの、考え方そのものにまで疑問符がつき、晩節を汚すどころの騒ぎではなくなってしまう。
 そういうことをする必要が彼女にあるのか、と考えてみる必要がある。

 山口淑子は、生前の川島芳子をよく知る重要なキーマンの一人である。「戦後最大のスクープ」とまでいうのなら、山口淑子を徹底取材しなければならない。
 しかし、テレ朝の番組では、山口淑子を取材していながら、高齢のため短時間の取材しかできなかったと弁明し、鋭く追及していない。そこにも問題がある。

 (4)川島芳子は、戦時中に女でありながら男の格好をし、かん高い声で自分のことを「僕」という芝居がかった「日本人スパイ」となった中国人、それも、ラストエンペラー(満州国皇帝)の血族の一人というA戦戦犯に近い人間である。
 
 「売国奴として処刑されたはずの彼女が、実は、身代わりを立てて逃げ、ひっそりと生きのびた」
 という筋書きを描くには、戦後の中国は余りに不向きな土地柄だった。
 
 文化革命の頃の中国は、たとえ過去をひた隠して片田舎に身をひそめていても、チクル(当局に通報する)者が後を絶たなかった時代である。
 無実の者がどれだけ殺されたかしれない。生き延びること自体が不可能、と考える方が自然だ。

 (5)ともに暮らしたという、血のつながりはない孫娘が、水彩画に描いた晩年の川島芳子とされる老婆の髪は、短髪であった。
 川島芳子は、若い頃から短髪だったから合致しているように思えるが、過去の自分を捨てて他人になりきり、ひっそりと生きようとした人間が、果たしてかえって目立つような髪形をするかどうか。

 その孫が、たばこを買ってきてほしいといわれて出かけ、帰ってきたら、川島芳子と思われるその老婆は、杖を突いて立ったまま死んでいたというのも、「白髪三千丈」の中国ならではの誇張ととれなくもない。

 (6)テレビでは、愛新覚羅家の生存者が「金の延べ棒を使って、処刑関係者たちを買収した」といっていたが、その延べ棒は、当局に押収されずにどこに隠し持っていたものなのか。
 その出所は?

 延べ棒をいくつも出したら、「もっとあるだろう」と思われ、その人間は襲われ、強奪される危険性すら出てきたはずだ。

 番組の取材クルーは、その人物のいうことを全面的に信じ、そのまま映像として流していたが、世紀のスクープとするためには、次の2つのことを確認しておく必要があった。

 一つは、その延べ棒の出所をきちんと確かめる取材である。

 もう一つは、その金の延べ棒で買収されたという人間が何人もいたというのであるから、そのうちの1人や2人を探し出して証言させるという作業だ。
 
 それができないまでも、買収された人間を特定することは必要である。

 (7)身代わり処刑の現場には、アメリカ人の新聞記者2人しか立会いを許されなかったと番組では報じ、日本人記者を立ち合わせると川島芳子ではないということがわかってしまうからということを暗に臭わせようという演出だったが、たとえ川島芳子が日本人の養女として育った(入籍はされていなかった)という過去があったとしても、中国人であることに変わりはなく、その中国人を中国人が「売国奴」として裁き、処刑するのに、敗戦国となった敵国の記者を立ち合わせる必要などどこにもない。
 
 そのアメリカ人は、仮にもジャーナリストである。当局の発表を、そのまま鵜呑(うの)みにするとは、考えにくい。
 
 彼らは、どのレベルのジャーナリストであったのか。名前を特定することは、今でもできるはず。まだ存命していうかもしれないし、死んでいるなら、遺族に会って話を聞くということも必要なはずだが、テレ朝はそれもやっていない。

 そのくせ、「世紀のスクープ」だの「戦後最大のスクープ」だのと、よくいうよ、である。

 アメリカ人記者は、顔に血がついていたから本人であるかどうかがよくわからなかったということだが、テレビで映し出された身代わり処刑された女性の遺骸写真の顔には、人権上の理由から「ぼかし」が入ってはいたが、人相がわからないほど破壊されたものではなかった。

 コンピュータ解析という手法で、身代わりといわれる人間の骨格と川島芳子の生前の写真の骨格とを比較するということをしなくても、処刑された人間の顔を復元した方が簡単だった。

 しかし、そうすると、そこで番組は終わってしまう。川島芳子の骨らしきものが見つかったということから、「骨」にフォーカスを合わせたのだろうが、このあたりの手法も、いかにも安易である。

 アメリカ人ジャーナリストは、処刑された川島芳子が身代わりだと見抜けたら、それこそスクープ記事をアメリカに送信できただろう。
 「戦時中は〝男装の麗人〟といわれて、男の格好をしていたいた」とか、「満州国のラストエンペラー溥儀の親戚の王女である」とか、その手の情報をまったく知らなかったということも考えにくい。

 生前の写真ぐらい、簡単に入手できるはずだ。とすれば、処刑に立ち合った時点で「別人」であることがわかったはず。彼らもまた、彼で買収されていたとでもいうのか?

 2人のアメリカ人ジャーナリストが、誰と誰で、どれくらい現地に駐在し、どのような記事を書いていたのか。そういうことも調べずに、勝手な推論をしてはいけない。

(8)獄中ですでに死んでいたとするほうが、もっと面白い推理である。「売国奴」といわれていたのだから、中国人の憎しみは強く、処刑前に誰かに殺された可能性はゼロではない。もしそうであれば、処刑に別人を用意しないといけなくなってくる。
 テレ朝のように我田引水に発想すれば、そういう推理だって成り立たなくはないのだ。

(10)川島芳子といわれる女性の複数の遺品を番組は映しだしていたが、それらのなかには、DNA鑑定できる髪の毛や皮膚の一部もあるはずだ。
 一方、本物の川島芳子が残した遺品を探し出して、それをDNA鑑定し、両者が合致して初めて、「〝川島芳子は生きていた〟という新発見の事実」が証明されるのである。
 
 番組クルーは、そうしようとして、中国の寺にあった「川島芳子のものらしいと判断した遺骨」のDNA鑑定を行なったが、まったく別人であるとわかったようだ。

 しかし、その間の経緯は紹介されず、番組の最後で、合致しなかったということをさらっというにとどめた。

 お粗末きわまりないとは、このことだ。

(城島明彦)

2009/04/16

認知症の南田洋子をさらし者にしていいのか?

 長門裕之にかいがいしく世話される痴呆症の南田洋子。

 テレビのドキュメンタリー番組のなかで繰り返し報道される彼女の様子を見ていて、痛々しい、気の毒だ、残酷だ、むごすぎる、と何度思ったことか。

 何か妙だと思ったら、明日(4月17日)に介護本がでるんだとさ。

 長門裕之の介護ぶりは立派で頭が下がるけれども、南田洋子がもし認知症でなかったら、今の老醜をテレビカメラの前にさらしたかどうか。

 彼女は、正常な判断ができないのだ。

 彼女の頭脳が正常に機能していたら、今の自分自身の姿をテレビで全国放送させたかどうか。

 そのあたりの彼女の気持ちを推測してあげないといけない。

 彼女は、美人女優として売った人だ。

 日本映画の全盛時代に、日活を代表する女優の一人として活躍した女性である。

 南田洋子は、コルゲンコーワのカエルのような顔をした市原悦子のような演技派ではなく、整った容姿だけがセールスポイントであった。そういう女優の変貌はNGである。

 ファッションモデルを例にあげると、わかりやすい。

 売れっ子のモデルが、長い休止期間を経て登場したと思ったら、でぶでぶだったら、これは職業として成り立たないし、ショーとしてもぶちこわしになる。

 でぶでぶで思い出すのは、天地真理だ。

 十代の頃の彼女は、「白雪姫」と呼ばれ、愛くるしい顔をしていた。

 もちろん体も細かったが、その後、表舞台から消え、何年もたったある日、ブクブクに太ってテレビに登場し、多くの視聴者を仰天させた。というより、ひんしゅくを買ったといったほうが適切だろう。

 しかも、でたらめな声で、かつての自身の大ヒット曲をうたったのだから、たまらない。

 「あの昔の姿は、なんだったの?!」
 と、彼女に夢中になったファンは怒りすら覚えたのではなかったか。

 あの大竹まことが「そんな姿で出てくるのは犯罪じゃないか」というようなことをいったのではなかったか。

 かわいさで売った歌手、あるいは美しさで売った女優が、そのイメージを壊すことは問題である。

 人は老いる。老いれば皺も増えるし、髪も薄くなる。シミも浮かべば、皮膚もたるむ。

 老いをうまく生かせる女優もいる。南田洋子も、ある時期まではそうだった。

 フジテレビの「ミュージック・フェア」の司会を夫婦でやっているときも、中年になっていたが、南田洋子は美しい中年になっていた。女優としての美しい老い方であった。

 それからかなり経ってからテレビで見た南田洋子は、長い間のトレードマークだったセンター分けのストレートな髪の、分け目のあたりが、えらく薄くなっていた。
 インタビューされている場面だったように記憶しているが、ヘアピースもつけずに出ている彼女を見て、「自然のままを好む人なのかもしれない」と好感をもったものだった。

 だが、今考えると、彼女はその時分から、「自分の容姿を商品として人に見せる」ということを意識しなくなっていたのかもしれなかった。

 だからといって、「もがもが」「ふがふが」とやっている姿をブラウン管にさらけだしていいということにはならない。

 繰り返すが、一般人ならどうということはなくても、彼女は「美しさを売り物にしてきた美人女優。
 女優は、ファンあってこその職業。
 そのファンを驚愕させたり、落胆させたりしてはならない。、

 長門裕之には、そのあたりの感覚が抜けている。

 長門裕之をそそのかしたマスコミにも大きな問題がある。 

 執筆の合間に、テレビのワイドショーを見ていたら、「二人の姿は、全国の痴呆症の人に勇気を与える」というようことをいうコメンテーターがいた。

 バカをいうでない、と思った。

 老いても、老いたなりに美しくいることで、人々は「さすが、女優」「やっぱり女優は違う」と思うのである。

 長門裕之は考え違いをしていないか。

 彼の優しさ、愛妻家ぶりは、人の心を打つ。だが彼は、イメージを壊してしまった。

 彼女の若い頃の美しい容姿を映画で見知っている人たちの圧倒的多数は、決してあのように老いぼれた彼女の姿を見たいとは思わないはずである。

 美しさと気品を備え、「永遠の処女」といわれた原節子はあ、惜しまれながら映画界を去った後は、一度だけ盗撮された姿が週刊誌に出た以外、決してマスコミに姿をさらすことはなかった。
 盗撮された写真は、家の庭で洗濯物を乾している普通のおばさんの姿だった。

 これから、長門裕之と南田洋子が共演した「太陽の季節」や「豚と軍艦」などの映画をDVDで観る人たちは、画面のなかの南田洋子の若き日の姿に、老いさらばえた認知症の南田洋子の顔をだぶらせることになっってしまった。
 
(城島明彦)

2009/04/14

テレ朝のドキュメンタリー番組「〝男装の麗人〟川島芳子は生きていた〟」は〝昭和史最大のスクープ〟どころか、インチキ臭さがいっぱいだった

 テレ朝のドキュメンタリー番組「〝男装の麗人〟川島芳子は生きていた」は、「昭和史最大のスクープ」と銘打って4月13日に放映されたが、実際に見た感想を一言でいえば、「話としては面白いが、信憑性の面でイマイチ」「先に〝生きていた〟という結論ありきの、うさんくさい番組」ということになる。

 テレ朝は、「歴史の真実」と謳(うた)った〝男装の麗人〟川島芳子のテレビドラマを昨年末に放送しており、そこでの〝真実〟は「川島芳子は戦後、処刑された」であった。

 そういう大事なことを、わずか4か月でくつがえすのは無節操ではないかと、私は放送前のブログで批判した。

 それだけにとどまらず、今回の番組中で、コンピュータを使った人骨の照合分析に2か月を費やしたと誇らしげにナレーションで語らせていることを考え合わせると、意地悪な言い方をすれば、「テレ朝は2つの真実を巧妙に操って、視聴率を稼ごうと考えた」と解釈できる。

 「川島芳子は、中国人でありながら日中戦争時に日本軍のスパイとして暗躍したカドで、終戦直後に〝漢奸〟(かんかん。売国奴。反逆者)として処刑されたとされてきたが、実は処刑された女は替え玉で、本人は日中国交回復後の1970年代後半まで中国の片田舎(長春)でひっそりと生きていた」
 というのが、テレ朝の新説である。

 番組は、川島芳子として処刑された女性の写真数枚を入手し、多数現存する川島芳子の写真とをコンピュータを使って骨格鑑定してみせて、
 「処刑された女性の骨格は太く農作業をしていたように太く、しかも出産経験があると思われ、まったく違う人物である」
 との結論を導き出した。
 
 このあたりまでは、コンピュータ解析という新兵器の活用が生きていて「すごい」と思わせた。

 川島芳子本人が処刑されなかった理由として番組があげているのは、彼女に同情する金持ちの清朝王族の一人が、何人もの処刑関係者を保有していた金の延べ棒を使って買収しておいて、処刑当日、目かくしされて跪(ひざまず)かせた彼女に一人が拳銃を構え、頭部に弾丸を発射するのだが、実は空砲で、そのことは彼女に事前に知らされており、死んだと見せかける大芝居を打ったというものだった。

 身代わりとなったのは、病気で余命いくばくもない貧しい家の女で、一方彼女のおかげで生き延びた川島芳子は、その後、中国の片田舎に身を隠し、結婚もし、ひっそりと一生を終えた、と番組はした。

 中国人の生き証人が何人か登場する。
 一人は、彼女の孫として長く一緒に暮らしていた40代の絵描きの女性。もう一人は、金の延べ棒を何十本も使って処刑関係者を買収したという人物の親族。
 番組では、彼女のものと思える遺骨が由緒ある天台宗の総本山(国清寺)という寺院の納骨堂に残されていたとする。
 その遺骨には、彼女の中国名の一字である「方」という字と王族一族であることを示す「愛新覚羅」という名字の「覚」、そして「李香蘭」(山口淑子)と思われる「香」(をつらねた「方覚香」と書かれていた。
 
 李香蘭の本名は、山口淑子で現在89歳。
 彼女は、れっきとした日本人で、長く参議院議員を務め、今は政界もリタイアしているが、中国育ちの美人で、歌がうまく、現地人と間違われるくらい中国語が堪能だったことから、「李香蘭」という中国人の芸名を使って、満鉄映画のスターとして売り出され、あっという間に人気者となり、国策映画の片棒をかついだ。

 川島芳子と山口淑子は、音読すると、名前が同じ「よしこ」ということから急速に親しくなった。
 片や清朝の王女でありながら、日本人の養女となり、日本語が堪能。
 片や、日本人教師の娘でありながら、中国で育ち、中国語が堪能な銀幕スター。

 日本人の養父に犯されたのが契機で男装に転じ、関東軍の手先として母国中国に敵対した中国人川島芳子。
 中国人女優と偽って、日本が製作した映画や歌を通じて中国人を騙した山口淑子。

 生い立ちや政治的に利用されてしまったという似たような境遇が二人を親密にさせた。

 山口淑子は、かつて日経新聞の「私の履歴書」で自身の過去に触れているが、常識的にいって、自分に都合の悪い致命的なことは伏せているはずである。
 そこに書かれた詳細を私は覚えていないが、川島芳子との出合いや交流についても記されていた。

 川島芳子の遺骨に、なぜ「李香蘭」の名を思わせる一字が記されていたのか。

 これは、都合よく考えれば、本人の遺言であるとも解釈できるが、日本でいう法名をつけたのは彼女自身ではなく、遺族か僧侶と考えるのが普通。

 番組では、「方(ほう)さん」と呼ばれた川島芳子らしき人物は、李香蘭のすりへったSPレコードを一枚もっていて、おんぼろの小さな蓄音機で繰り返し手聞いていたことが、張鈺(ちょうぎょく)という名の孫娘の話として紹介される。
 故人が李香蘭の歌が大好きだったという話を聞いた坊さんがその字を入れただけかもしれず、その人物が川島芳子だったということには直接結びつくものではない。

 「方さん」は、生前、その孫に「自分が死んだら、これを李香蘭に見せろ。そうすればすべてがわかる」というようなことをよくいっていたと番組は伝える。

 テレ朝のスタッフは、そのレコードをもって山口淑子を訪ね、孫娘と会っている場面を撮影するが、彼女は多くを語らない。しかも、高齢と体調のせいで、ごく短時間の取材・撮影しか許さなかったという。

 山口淑子は、孫娘が持参した年老いた彼女の祖母の絵を見て、川島芳子であるというが、「生きていたんですね」といったようなコメントは、いっさい口にしない。

 おかしいではないか。

 山口淑子は、川島芳子は死んだものとして2004年8月に「私の履歴書」(「李香蘭」に生きて)を連載執筆し、これは後日、本にもなっている。

 そこに書いたことを覆すことは、自分自身の過去を覆すことになるのだから、「生きていた」といわれても、「ああ、そうですか」としかいえないだろう。

 番組では、絵描きとなっている「方さん」の孫が描いた晩年の川島芳子の水彩画が、残存する若い頃の彼女の写真ととてもよく似ているということを重要証拠の一つにしており、山口淑子も、前述したように、その絵が川島芳子の若い頃の面影をとどめていることを認めるが、肝心のレコードについては何の返答もしない。

 川島芳子を「おにいちゃん」と呼んで慕っていた人間として、おかしいではないか?! 
 
 好意的に推理すれば、そのレコードは、李香蘭自身が川島芳子に献呈したものだったのかもしれない。
 だとしても、サインがしてあるわけでなく、当時発売されたどこにでもあるレコードの一枚に過ぎず、山口淑子の口からは何の感興のコメントも出てこない。

 山口淑子の口から「驚愕の新事実が語られるであろう」ことを期待していたテレ朝の関係者は、さぞやがっかりしたにちがいないが、そうなることは予想できたはずだ。
 
 山口淑子(結婚して大鷹淑子)は、政治家である。
 彼女は、戦後長い間、雌伏(しふく)していたが、1969年にフジテレビの昼のワイドショー「3時のあなた」の司会者として復活し、人気を回復した後、日中国交回復を果した田中角栄に口説かれて、1974年に自民党から参議院議員に立候補し、全国区で当選し、92年まで国会議員を務めているのだ。
 
 そういう人物が、真相を知らぬはずはない。川島芳子の暗部や闇の部分も当然知っていると考えるのが普通である。
 もし川島芳子が生きていたとしたら、山口淑子は、当然、そういう情報を入手しているはずである。番組は、中国政府関係者に取材したのか?

 番組の最後の方では、番組スタッフが再度、納骨してあった寺を訪ねると、取材を拒否されたことがわかる。

 「漢奸」とされた人物であれば、どこかから圧力がかかっても当然と思わせたいのだろうが、どうにも腑に落ちない。

 中国では、1960年代後半から70年代前半にかけて、明治の日本の廃仏毀釈どころではない「文革の嵐」が吹き荒れたが、その寺や遺骨が無事だったのは、親日派の周恩来首相の力というようなことも語られるが、そのあたりも、うさんくさい。

 「川島芳子替え玉説」の根拠となる銃殺処刑された別人女性の写真は、顔の部分をぼやけさせて放送された。人権に配慮したのであろうが、「顔面の口から上のあたりが割れて砕けたようになっている」ことがわかるが、人相が川島芳子本人かどうかぐらい特定できないほどではない。

 この女性が横たわる周囲には中国当局者と思える人物のほか、マスコミ関係者らしい人間も複数写っていた。

 川島芳子ほどの著名人であれば、誰もが顔を知っていたと考えるべきで、「この女は違う」という人物は一人もいなかったのか。

 番組では、処刑された女性の髪が長く(といっても、肩口まで)、男装だった短髪の川島芳子ではないともナレーションでいっていた。髪の毛でわかるなら、大げさに骨の鑑定までする必要などないではないか。

 ただし、獄中で髪が伸びたということも考えられるから、髪が長いだけでは別人の根拠とはならないと説明すべきである。
 
 川島芳子は長い顔をし、耳に特徴がある。耳の形を見れば、本人かどうかはわかるはず。これは鑑識の常識であり、何も骨まで調べる必要はない。
 そこに、いかにも話をわざと大きく見せようとする番組制作者の作為を感じてしまうのである。 

 番組で再現された川島芳子の処刑シーンのイメージ映像では、至近距離では以後か拳銃で頭部を撃ち抜かれている。
 拳銃一発で、果たして別人女性のものといわれる写真の頭部のようになるのであろうか。番組スタッフが検証すべきは、そこではなかったのか。身代わりとなった女性の親族を突き止め、いくらもらって口止めされたかを調べる必要もあったが、そういうことはしていないようだ。

 人の口に戸は立てられない。いくらひっそりと暮らしても、噂になったはずである。文革の頃は、政府の上層部がいくらブレーキをかけても、底部の農民層・労働者層はそれを完全に無視して暴走しまくっていた。「奸漢」と呼ばれた人物が、その嵐をくぐりぬけて生きられたとは思えない。

「方さん」が川島芳子であったという証拠として、孫が描いた絵は出てくるが、生前の「方さん」を写した写真が一枚も出てこないのはなぜなのか。うさんくさいと思われてもしようがない。

 「方さん」が川島芳子であったとすれば、当時の政府や警察組織がなぜ知らぬ顔をしたのか。どういう取引があったのか。そこを明らかにしなくては意味がない。

 テレ朝は、何十年か前に「帝銀事件の真犯人が見つかった」というスクープを夜のワイドショー番組で流したが、それはガセネタであっって、そのネタを提供した人物はいわくつきの人間があることがその直後に判明し、歴史をゆがめる話を捏造したことがわかって、番組関係者が処分されたことが思い出される。

 番組の最後に、川島芳子が愛読していた本から採取した指紋と寺にあった「方さん」のものと想われる遺骨などとのDNA鑑定を行なったが、当人であるとの可能性はきわめて低いとの結果が出たということを伝え、「だが、われわれは信じている」というようないいわけがましいナレーションを流した。

 ドラマとして、あるいは単なる推理番組としてこの番組を観るなら、とても面白いといえるが、「昭和史最大のスクープ」と銘打ったほどの確証に満ちた内容でもなく、視聴率稼ぎの「羊頭狗肉」(ようとうくにく)の感はまぬがれない。

 番組は、次週予告として「俳優の長門裕之が、痴呆症の妻の南田洋子を介護する続報」を流すと宣伝した。
 長門裕之の献身的な姿には頭が下がるけれども、美しさを売り物にした女優の老いさらばえ、自分がどういう形で視聴者に見られるかという判断すらできない気の毒な姿を、さらしものにするという面もあり、問題は多い。

(城島明彦)

2009/04/11

「〝男装の麗人〟川島芳子は処刑されておらず、生きていた(テレ朝)」だって?!  じゃあ、昨年末のドラマやこれまでの彼女に関するドキュメンタリーは一体なんだったのか?

 通説では、 
 「川島芳子は、清朝の親王の娘(王女)として生まれたが、日本人の養女になり、その養父に犯されたのが原因で、男装に転じ、第二次世界大戦では母国中国を裏切って日本軍に協力した。その罪で、戦後(1948年)、中国政府に処刑された」
 ということになっている。

 彼女が登場するドラマやドキュメンタリーは、99.9%、この線で作られてきた。

 ところが、テレ朝は、〝処刑された川島芳子〟の写真と生前の彼女の写真などとをコンピューターなどを使って科学的に解析・鑑定し、〝別人〟だという結論を導き出し、13日(月)夜7時から「報道発 ドキュメンタリー宣言」という番組に仕立てて流すという。

 番組予定表には、
 「世紀の大スクープSP独占公開! 男装の麗人川島芳子は生きていた (1)銃殺女性は替え玉! 清朝王族が歴史的証言 (2)李香蘭へ決死の伝言 (3)科学鑑定が暴く真実 (4)ぼう大な遺品を発見 (5)謎の人生を完全再現」
 とある。
 
 この話、ただ単純に「面白そうだ」というわけにはいかない。

 なぜなら、テレ朝は、昨年末(12月6日)、ドラマスペシャル「男装の麗人~川島芳子の生涯~」と銘打った番組を夜9時から流しており、そこでは彼女は処刑されたことにしているからである。

 そのドラマのインターネットでの番宣(テレ朝の「トレナビ」)は、今でも検索できるが、その冒頭、こんな文章が流される。

 「激動の王女として生まれ、日本軍のスパイとして生き、戦後、祖国の裏切り者として処刑された女――川島芳子。
 その波乱に満ちた生涯を壮大なスケールで描く、真実の物語」


  このドラマは、川島芳子をモデルにした小説が原作ではあるが、それからわずか4か月後には、
 「あのドラマは嘘でした。ドラマなんだから、どう描こうと勝手でしょ」
 といいたいのかもしれないが、そうはいかない。

 ご丁寧にも、
 「真実の物語」
 と謳っている。「真実であることを売りにしたドラマ」なのである。

 そういっておきながら、今度は、
 「川島芳子は生きていた」
 「世紀の大スクープ」
 とは聞いてあきれる。

 ゼニ儲けのためなら何をやってもいいのか、といいたい。

 処刑された女性の遺骸写真が川島芳子ではないと断定するためには、相当の調査・鑑定日数を要するので、ドラマの撮影が終わった後で事実が判明したという弁明は成り立たない。

 「昨年のドラマは、例え原作があるとしても、実在の人物を描きながら、視聴率を上げるために、事実を捏造してドラマチックな展開にしてしまいました」
 と、素直にテレ朝は視聴者に詫びるべきである。

 もし仮に、ドラマ撮影終了後に真実がわかったということであったとしても、視聴者には、そういうことを説明し、きちんと詫びなければならないのではないか。

 川島芳子という人物は、日中戦争という歴史の暗部に深く関わっているから、厳しいことをいうのである。

 テレ朝に限らず、日テレもTBSもフジテレビも、過去に川島芳子を題材にして、いくつもの番組を作ってきた。それらはすべて、「川島芳子は歴史に翻弄され、最後は処刑された悲劇の女性」として話を構築し、ドキュメンタリーの場合は、彼女と接点のあった李香蘭(山口芳子)の証言を必ず入れてきた。

 昨今は〝異説ブーム〟の感があり、歴史を勝手に捏造(ねつぞう)して楽しむ推理趣向の娯楽番組が増えているが、それも程度によりけりである。

 (城島明彦)

2009/04/06

イチローの「胃かいよう」が凡人に勇気を与えた!

 イチローが「胃から出血していた」「胃かいようになっていた」というニュースを聞いて、
 「あのイチローが?!」
 と驚いた人が多かったのではなかろうか。

 私もそんな一人で、
 「イチローは、これまで幾多の大プレッシャーと戦いながら、数々の大リーグ記録を打ち立ててきたではないか。それが、短期間のWBCで――」
 と半信半疑だった。

 イチローは、WBCでの自身の任務を「助監督に限りなく近い主将」と位置づけていた。
 重責を感じていることは、彼の言動の端々(はしばし)から感じ取れた。
 一方、他の選手は、イチローをチームリーダーとして尊敬し、絶対的な信頼を寄せていた。このことも、彼らの言動からうかがい知れた。

 イチローは、「そういう期待に応え、他の選手のお手本となるような打撃をしてこそ真のリーダーである」と思っていた。
 イチローは、そういう気概で試合に臨んだ。
 
 しかし、WBCの試合が始まると、バットがいうことをきかなかった。
 (そのうち、打てるようになるさ)
 イチローはそう思い、周囲もそう思った。

 だが、打棒は目を覚まさない。好機で何度も打順が回ってくるが、凡打また凡打の連続。むしろブレーキとなっている感さえあった。野村克也などは「イチローをはずせ」とコメントする始末だった。

〝安打製造機〟を自他ともに認める〝バットコントロールの天才〝はあせっただろう。だが、あせればあせるほど、彼のバットは湿った。

 テレビ画面に映し出されるイチローのクールな風貌からは、苦渋の色は感じ取れなかった。
 しかし彼は、人知れず、苦しんでいたのだ。

 並みの選手なら、「それはそれでしかたがない」「こういうときもある」と自ら思いもし、観客もマスコミもそう思っただろう。

 だがイチローは、並みの選手ではない。結果を出さなければならない。

 その重責が重くのしかかり、彼の胃袋を直撃し続けたのだ。

 心身ともに追い詰められた絶体絶命状態でありながら、それでもイチローは、優勝決定戦の最後も最後、延長10回表の2死2,3塁からセンター前に快打を放ったのだ。

 その瞬間を、イチローは、「神が(舞い)降りた」という比喩でコメントした。

 今回のWBCが、普段は野球にまったく関心のない連中をも狂喜乱舞(きょうきらんぶ)させたのは、ペナントレースでは敵としてしのぎを削っている選手たちが一丸となって真剣そのものの表情で相手チームに向かっていく素晴らしい姿だった。

 選手たちの胸の奥でメラメラと燃える闘志や気迫が、テレビを通じて観戦している者に伝わってきた。だからこそ、男も女も、老いも若きも、あれだけの声援を送ったのだろう。

 「イチローですら、胃かいようになる。ましてや、自分のような凡人は」

 そう思えば、仕事で少々失敗しても、元気が出てくるのではないか。

 (城島明彦)

2009/04/02

手のうちバレバレ。新卒採用48%減に見る〝ソニー・マジック〟

 ソニーは、昔から、「宣伝上手な企業」「PRのうまい会社」といわれてきた。

 「世界のソニー」などというのも、その昔、自らが発信したキャッチフレーズである。

 しかし、昨今のソニーは、マイナス材料ばかりが目立つ企業と成り果てた。

 それでも、国際的なリーディングカンパニーという評価があるせいか、大きな出来事が起きると、何冊かソニーの著書がある私のところにも、海外の新聞とか日本の雑誌などからコメントを求めてくる。

 ソニーは先日、ストリンガーCEOが中鉢COOを首にし、自らは居座って、1万数千人規模の人員削減をすると発表したが、そのときも英経済紙から取材を申し込まれた。

 どうして私でなければならないのか、という疑問が頭をかすめた。「ソニー病」の命名者だからなのかもしれないが、ソニー本に関しては、「どうして、こんなにたくさん……」と驚くほど次々とソニー本を著してきた物書きがいる。

 そちらの方に聞いたほうが詳しいのではと思うのだが、一人でそんなにたくさん書くこと自体、ある種の癒着であり、異常。そう思わせないために、ポーズとして批判めいたことも書いているが、所詮、ソニーに飼われた〝御用作家〟。そう判断し、私に聞いてきたようだった。

 私は体調がよくなかったこともあって、英経済紙の電話取材には応じたが、直接のインタビューは断った。
 「名前を出していいか」と聞かれたから、「構わない」と返事した。しかし、載ったのか載らなかったのかわからないし、どう書かれたのかもわからない。こういうことがあるから、あまり取材は引き受けたくないのである。

 しかし、かなり前になるが、「ロサンゼルスタイムス」の取材を受けたときは、後日、掲載紙のコピーを送ってきた。本来なら掲載紙そのものを送ってくるのが礼儀だが、「記者は忙しいのだろう。この記事だけを書いているわけじゃないし」と思って、それで満足した。

 同じ外国マスコミでも、韓国のテレビ局は律儀だった。ビデオに収録した番組をきちんと送ってくれた。
 
 日本のマスコミは、礼儀正しいところが多い。最近、ソニーに関連して創業者の盛田家について雑誌「SAPIO」から取材を受け、「談」という形で記事にしてもらったが、発売前に掲載誌を送ってもらっている。これが普通だが、送ってこないところもある。

 週刊誌の場合は、何時間もの取材に応じても、まったくコメントが載らないことも多いし、ひどい場合になると、私のコメントが別の人がいったようになっていたりする。

 そういうことが重なると、取材を受けたくなくなる。

 ラジオなどは、自分で聞くということもまずないから、ボツにされていてもわからないが、私自身も取材する立場の人間なので、協力する好意的に接することにしている。

 話がどんどん横道にそれてしまった。テーマは、ソニーが「宣伝上手」といわれているという一件である。
 
 「ソニーが新規採用を48%減らし、280人とする」というニュースは、テレビ各局が取り上げていた。それだけ影響量がある企業ということである。

 そのニュースに接して、私は最初、「ふうん」とだけ思ったが、しばらくして、「また、やってるな」と思った。
 「48」という数字が、〝ソニー・マジック〟なのである。

 「50%削減」と発表すると、マスコミは、「採用人数、半減!」と書き立て、ダメージが大きいから、48%にしたのだ。49%だときわどいイメージがあるから、48%という数字を選んだのである。

 商品の値決めと同じ感覚だ。つまり、1000円と980円は、わずか20円しか違わないが、すいぶん違っているような錯覚を起こさせる、あれである。

 ソニーのブランドイメージは、プラス材料はさらに大きく見えるように工夫し、マイナス材料はより実態より小さく見せようとする、巧みなプレゼンテーションの積み重ねで構築されてきたのである。

 そういう小手先のごまかしが通じている時代はよかったが、今では見抜かれてしまっているのだから、よせばいいものを、飽きもせず、やるところに工夫がない。
 そういうことに気づかない限り、「ソニー病」から立ち直ることはできないだろう。

(城島明彦)

2009/04/01

〝空前の最弱大関〟千代大海の新しいニックネームは〝ミスター・カド番〟だ

 
 このところ、野球と相撲のことばかり書いている。

 相撲界に入門した多くの力士が描く夢は、「横綱になりたい」ではなく、「大関になりたい」である。

 関脇は1場所負け越しただけで陥落するが、大関は2場所続けて負け越さないと落ちない。昔は、3場所連続で負け越さないと陥落しなかったが、それでは生温(なまぬる)いということで、現在の2場所に変更された。

 千代大海が春場所で残した大関の成績2勝13敗という数字は、15日制がスタートした1949年以来の史上最低記録。

 なかなか勝てないどころか、どうしようもない相撲を取り続ける千代大海を見かねて、部屋の親方は休場することを勧めたが、千代大海は「千秋楽まで相撲を取る」といって出続けた。その結果が、このザマである。

 平幕力士であれば、「大負けこいても、最後までよくがんばった。来場所につながる負けになったかもしれない」と好意的に解釈されることもあるだろうが、大関ともなると、そうはいかない。

 普通なら、大関という名を汚さないようにとの配慮から途中休場するのが常識だが、「逃げるな、出続けろ」と両親にいわれたといって、ぶざまな姿をさらし続け、大関の名を汚(けが)した。

 いい相撲を取って負けたのなら誰も文句はいわないが、格下の力士にいとも簡単に負け続けたのだから、神経を疑う。

 得意手の突っ張りが威力を発揮したときの千代大海は強いが、突っ張りきれずにがっぷり四つに組まれたときの千代大海はまるで別人。弱すぎる。

 5月10日から始まる来場所(夏場所)はカド番だが、これがなんと「13回目のカド番」というからすごい。つまり「1場所勝ち越すと、次の場所は負け越し」ということを13回もやらかしたというのだから、どうしようもない。

 無論、史上最多という不名誉な記録だ。
 来場所は、勝ち越してカド番を脱したとしても、8勝7敗あたりの成績ではどうしようもない。最低でも9勝、いや10勝はあげないと、大関の名がすたる。

 負け越し(または休場)-8勝7敗-負け越し(または休場)-8勝7敗-負け越し(または休場)……

 こういうパターンを繰り返していけば、大関から陥落しないわけで、どこかヘンだ。新しい陥落ルールをつくる必要がある。

(城島明彦)

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