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2008/10/18

王は無理してもWBC監督をやれ! 「星野が監督なら出ない」というイチローの声をどう聞く

 ●日本球界の、いや〝世界球界の至宝〟イチローが星野がWBCの監督なら自分は出ないと友人に語ったという話を週刊誌「アエラ」が掲載した。

 イチローは、WBC監督が王なら出るが、星野なら出場拒否の意向らしい。

 イチローがオリックスに入団したのは1991年。イチローは名古屋人。子供の頃からのドラゴンズファンで、中日に入りたかった。それを認めなかった当時の中日監督は、誰あろう、星野仙一その人だ。

 星野は、ブライアントの実力を認めず、一軍でほとんど使うことなく、二軍に落とし、その直後に近鉄に放出している。ブライアントは近鉄に入団するや、どでかいホームランを量産したことは記憶に新しい。

 星野は、金銭にあかして大トレードをやり、人心を一新して中日、阪神を優勝させたが、既存の大物選手を引っぱってきただけ。

 中日の捕手だった矢野を星野は阪神に追放したが、その後、大活躍し、星野が阪神監督になったときに大活躍するという皮肉な結果になっている。

 ●WBC体制会議で、星野を推薦したのは王だったと、野村が漏らした。

  王の体が悪いことは誰もが知っているが、それを押してWBC監督を引き受けてほしいというのが、ファンの声だ。人望があり、謙虚な人柄の王には選手はついていくが、かつて中日監督時代に巨人監督だった王の胸倉を掴んだ星野なら、選手はついていかない。

  酷な言い方になるが、相撲取りなら土俵で死ねたら、野球人ならグラウンドで死ねたら本望ではないのか!? 

 ●誰が、なぜ星野をWBC監督にしたいのか。その裏に何があるのか!? 

 星野は、ナベツネを介して、人のいい王を利用してはいけない。
 イチローの声は、ほかの野球選手の声でもあるということを、王やナベツネは知るべきである。
 TBSやフジテレビが視聴者アンケートで「誰がWBC監督にふさわしいか」で、星野は野球ファンから拒否されていた。そのことを関係者は思い返すべきである。
 
(城島明彦)

2008/10/17

「WBC監督は〝北京五輪の超A級戦犯〟星野で決まり」だと!? 「体制検討会議」は野球ファンの気持ちを逆なでするのか!

 「国民の意思・意向」を表す「民意」という言葉がある。そのことでいえば、国民あっての政治であるから、「民意を汲まず、民意を反映させない政治」がもし行われたら、それは「独裁」「横暴」「暴挙」のたぐいである。

 同様に、「野球ファンの意思・意向」を「ファン意」と表現するなら、野球ファンあっての野球なのだから、「星野WBC監督はありえない」とするファン意を無視して星野をWBC監督に据えようとする「WBC体制検討会議」は、「独裁」「横暴」「暴挙」といかいいようがない。

 WBC監督をやりたくて仕方がない星野は、世間の風向きを考え、自分は誇示したが、「どうしてもやってほしい」と「三顧の礼」をもって迎えられたという形式をとりたい。

 そこで、WBC監督受諾の条件として、「球界の総意」を求め、それに加藤オーナーが読売のナベツネの意を汲んで、そのようにお膳だてした。「現役監督では難しい」という話に持って行き、消去法で星野が残るように仕組んだ。そういう筋書きである。

 WBC体制検討会議のメンバーの顔ぶれに、「?」と思った野球ファンは多いはず。
 ヤクルト監督の高田がいるのに、横浜の大矢は加わっていない。監督でも元監督でもない元広島の野村謙二郎がなぜいるのか。巨人の原や中日の落合はなぜいない?

 野村は「監督は王がいい」と会議でいったそうだが、王本人が体調不良を理由に「固辞」したため、(それなら俺が)と思っていたが、「現役監督には無理」という全体の雰囲気になってしまい、あきらめざるを得なくなった。

 星野仙一は、北京五輪を前にして「金メダル以外はいらない」などと大言壮語し、人選で独断専行しておきながら、だらしのない負け方をして、銅メダルすら取れず、野球ファンのみならず、国民全般から総スカンを食った。

 にもかかわらず星野は、「失敗してもチャレンジするのが俺の生き方」などと開き直って、WBC監督への色気を見せたが、失敗しても再チャレンジできるのは、時と場合による。北京五輪でもし優勝して金メダルを取っていたら、星野の手柄となり、星野は国民的英雄扱いを受けたであろう。

 だが負けたのだから、その逆の扱いを受けるのは当然。それが勝負の世界。「もう一回」はないのだ。
 ペナントレースでも、たった一年、成績が悪かったというだけで解任された監督が何人いたか。「来年もやらせてください」「リベンジさせてください」と懇願する以前に、「責任を問われてクビ」というのが、勝負の世界の常識。

 どれだけ多くの選手が、北京五輪に出場したことで調子を狂わせたことか! それが星野のせいでなくて、誰のせいだというのか。

 阪神の新井は最大の犠牲者。北京五輪で疲労骨折し、ペナントレースを欠場。その間に、阪神はズルズルと負け、ついには優勝を逸したのだ。したがって、岡田は星野のせいで監督を辞めざるを得なくなったということになる。

 星野は、中日時代、球団首脳からかわいがられ、甘やかされたことで、「もう一回、やらせてください」を何回も認めてもらった。そのおかげで、中日で二回、優勝監督になれたのだ。

 ところが、金づかいのあらさなどに問題があって、オーナーが変わると解任された。と、星野は、大恩ある中日に「俺を切ったな、見てろよ。仕返ししてやる」と怨念の炎をメラメラと燃やして、ライバル球団阪神の監督になった。そのとき星野は、こういった。「球界のために引き受けた」と。よくいうよ、である。

 星野は、なぜ、「私は、北京五輪の無残な敗北の責任を痛感し、野球ファンの期待を裏切ったことを重く受け止め、WBC監督は固辞します」となぜテレビカメラに向かっていえないのか。
 「北京五輪での負けは仕方なかった。自分の責任ではない」とでも思っているから、そういえないのか。

 男なら、けじめをつけろ。

(城島明彦)

2008/10/01

TBSはK-1でもまた茶番! 魔裟斗は二度負けていた。ボクシングの亀田で反省したのではなかったのか?

 10日1日にTBSテレビが放送したK-1(ワールド・マックス2008)では、魔裟斗は、準決勝では佐藤嘉洋に、決勝ではアルトゥール・キシェンコに、いずれも負けている。

 にもかかわらず、「引き分け(ドロー)」とし、それぞれ延長戦にして、魔裟斗に勝つチャンスを二度も与えた。

 準決勝では、2ラウンド目で佐藤のパンチを顔面に受けて魔裟斗はダウンした。

 その後、魔裟斗は不屈の闘志を見せ、互角に戦ったが、客観的に判断したら、ダウンを喫した魔裟斗の負け。
 
 ところが、ジャッジはドローとなって、魔裟斗は命拾いし、延長に突入。延長では互角だったが、判定は魔裟斗の勝ち。

 佐藤ではネームバリュー不足だし、決勝戦が盛り上がりに欠けると判断したのか?

 魔裟斗・佐藤戦のジャッジ結果を発表する際、場内アナウンスがあったにもかかわらず、しばらく発表されず、〝妙な間〟があった。

 これは何を意味するのか?

 この奇妙な間を推理するならば、ジャッジ結果では三人のうち二人以上が「佐藤の勝ち」となっていたのではないのか。

 それでは番組構成上、盛り上がらないということで、主催者か権力者かTBSから「待った」がかかり、一人だけが佐藤の勝ちとし、残り二人は引き分けということに急遽し、延長戦になったのではなったのか。

 決勝でも、魔裟斗は顔面にパンチを食らってダウンしているが、それでも負けない。そういう判定って、何!? 

 ボクシングでも、亀田を絶対勝てる弱い相手と対戦させて、総スカンを食ったTBSよ、まだ、懲りていないのか。八百長体質と思われても仕方がないぞ。

 戦う前から、「魔裟斗、五年ぶりに世界チャンピオンを」という主旨で番組は進められ、実況アナや解説者たちは、「魔裟斗に勝ってほしい」という気持ちをあらわにしたコメントばかり。

 魔裟斗・佐藤戦、魔裟斗・キシェンコ戦は、素晴らしい試合だったが、負けは負け。魔裟斗のスタミナ・精神力のすごさには脱帽し、拍手を送るが、負けは負け。

 日本人に勝ってほしいと思う気持ちは私自身も強いが、スポーツは公正でなくっちゃ。

 魔裟斗が勝利のコメントを発するのを聞いて、観戦客もテレビの前の視聴者もしらけていたぞ。

 (城島明彦)

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