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2007/10/29

赤福は「店じまい」せよ

 赤福の会長・浜田益嗣(ますたね)は、彼の祖母であるますさんがこんなことをいったとかつて新聞で紹介したことがある。
 
 《戦中、戦後の物資統制下、米は満足に手に入らず、砂糖も不純物が多く黄色をしていた。小豆も悪かった。 
 誰もが手を出したヤミ物資もあったが違法行為だった。それに赤福という味を作るには、ヤミの原料ではとてもできなかった。
 その時、ますは言った。
 「味覚の分かる人が食べたら『ああ赤福も味が落ちたもんだ』と言われる。ご先祖が笑われる。恥や。だからやめましょ」》(朝日新聞の東海版に連載された「あの時 東海経済物語」より引用)

 なかなかいいことをいっているようにきこえるが、意地悪な解釈をすれば、ますさんは、
 
 「味覚の鈍感な人なら気づかれないが、味覚の鋭い人にはばれてしまう。だから、ごまかさないほうがいい」

 といったことになる。
 
 「赤福の餅がどうも固い」
 
 と感じた人は、私を含めて、たくさんいる。

 しかし、赤福は、
 
 「できたての赤福と、日が経った赤福を同時に食べ比べる客などいないから、餅が固くても、そういうものだと思うだろう」

 と腹黒いことを考えていたに違いない。

 「どうせわかりっこない」

 と客をなめていたのである。
 
 客は、赤福という企業を信用して、「できたての餅とアンコだ」と思って食べてきたのだ。

 その信用を逆手にとって、古い餅やアンコを売りつけていたとは、「詐欺商法」以外のなにものでもない。

 そんな企業は、つぶれたらよい。つぶれるべきだ。

 ついでに書くと、「白い恋人」で人々を騙してきた石屋製菓がいつのまにか生産を再開したそうだが、

 「世間の耳目が赤福に向いている間に」

 と考えたのであれば許しがたい。

 名もない町の小さな菓子屋とか商店が、石屋製菓と同じような不祥事を起こしたら、それは「即倒産」を意味するのであって、石屋製菓は甘えている。

 石屋製菓は、永遠に「白い恋人」を生産すべきではないと私は考える。

 石屋製菓は、思い上がっている。

 石屋製菓がつぶれても誰も困らない。

 お土産人気が高いというのなら、「白い恋人」というブランドを他企業が引き継ぎ、販売すればよいだけの話。
 
 そういうシビアな事態もありうると考えていたら、詐欺まがいの商法などできなかったはずだ。

 赤福に話を戻すと、赤福ほど知名度は高くないが、競合商品「御福」(おふく)というのがある。

 赤福は、御福に赤福ブランドを売って、ただちに店じまいしなさい。

 御福に売るのが嫌なら、近鉄百貨店でも名鉄百貨店でも、赤福ブランドの買い手はいくらでもある。

 そうすれば、お客は困らないし、「赤福」というおいしい食べ物は残る。 

(城島明彦) 

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