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2007/10/04

「目線」という言葉について

 福田首相は、本来なら

 「国民の視点に立ち」(あるいは「国民的観点に立ち」)

 と表現すべきところを、

 「国民の目線で」

 うんぬんと衆参両院での所信表明演説(衆院10月3日・参院4日)で表現した。
 
 そこで考えた。

 「目線」と「視線」(あるいは「観点」)の違いとは?
  
 「視点」「観点」とはいうが、「目点」とはいわない。

 ただし、 「目が点になる」という俗語表現はある。

 これはマンガから来た表現。

 「~の視点に立つ」「~の観点に立った」

 といった使い方はするが、

 「~の目点に立った」

 という使い方はない。

 「視野」といういいかたはあるが、「目野」という言葉はない。「観野」もない(観劇という言葉はある)。

 「目」は名詞で、体の部位の名称。「目」という単語単独で成立する。

 だが、「視」の方は「視る」という動詞から来ている。

 したがって、単独では存在せず、「視線」視力」「視界」などというように使われる。

 それぞれ、目が向けられた線(方向)、目で見る力、目に見える範囲という意味だ。

 「目線」が正しいなら、「目力」(「めじから」という面白い造語はあるが、ここでは「めりょく」と読む)。

 「目野」(めや)という使い方もされてしかるべきだが、そういう使い方はなされていない。

 となれば、やはり、「目線」という言葉を総理大臣が所信表明の中で使うことはよくないのではないか。 

(城島明彦)
  

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