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2007/10/21

「赤福」にいいたい

 私は三重県で生まれ、三重県で育ったから、これまで「赤福」を何個食べたかしれない。

 何個というのは、何百ではなく、何千に達する数だ。

 東京の大学に入り、東京に下宿し、東京の会社で働くようになり、その後、物書きになってから横浜に移り住んだが、帰省した帰りのお土産にいつも買っていた。

 そのつど、自分用にも必ず一つ買ったものだった。

 最近では、数か月前に名古屋へ仕事で出かけた帰りに新幹線のホームの売店で自分用に赤福を買い、帰宅後、ごはんがわりに一度に全部食べた。

 それくらい好きな食べ物だったが、今回の不正が発覚する以前に、

 「なんかへんだな」

 と思ったことが幾度となくあった。

 餅がとても固く感じられたのだ。

 今にして思えば、かなり日にちのたった餅だったのだろう。

 できたての赤福に当たったときもあるわけで、そのときは「とても柔らかい餅で、アンコも新鮮でおいしい」と思ったが、そう感じないときは、

 「今日は、自分の体調や味覚がいつもと違っているんだ」

 とか、

 「おなかがすいていないから、おいしく感じないのだろう」

 そんな風に自分に言い聞かせていたのだけれど、そうじゃなかったんだね。

 だまされていたんだね。

 お客をなめたら、あかんがな! (伊勢弁)

 何十年もだまし続けたせめてものお詫びのしるしに、

 「これ以上、新鮮なものはありません」

 と天地神明に誓える赤福をつくって、宅配便で送ってもらいたい心境になっているのは、私だけではないはずだよ。

(城島明彦)

 

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