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2007/08/10

子供の頃、怖いと思った話

 今と昔では、怖さの感覚・内容・質が違ってきています。

 違いの原因は、科学の進歩、夜の明るさ、怖い場所(墓地など)の環境変化でしょう。

 昔は、たくさんの人が人魂(ひとだま)を見ていますが、現在では、そういうのを見たことがある人はまれです。

 先日、テレビで、「金縛り」を医学的に解明していました。
 実際に実験していましたが、眠りに落ちてから、何度も何度も起こされると、金縛りにあうことがわかりました。

 墓地も昔は土葬のところが結構ありました。けれど、今は土葬をするには許可がいり、そういうことをしている家はまれです。

 いつだったか、作家の宮部みゆきさんが、何かの本に「本当の真っ暗闇を知らなかった」というようなことを書いているのを読んで最初驚いてしまいましたが、彼女は東京生まれ・東京育ちなので、生まれたときから街灯やネオンがあって、月や星のない夜でも空や周囲が明るく、「漆黒(しっこく)の闇」「一寸先は闇」という世界を実体験したことがなかったと知って、納得したものです。

 「漆黒の闇」の「漆黒の」は闇の暗さを表わす形容詞で、一寸先の一寸は約3・3センチですね。
 (「へそ下三寸」という表現がありますが、解説は不要でしょう)

 私の場合、小学三年の夏まで育ったところは、街灯などないド田舎。
 月も星もない夜は真っ暗闇になり、懐中電灯なしには歩けませんでした。
 
 月が出ていると、街灯がなくても、懐中電灯を使わなくても、夜道を歩けました。月あかりというのは、すごいのです。

 しかし、月あかりに照らされた世界は、幻想的で、どこか怪奇的な雰囲気があります。

 白い浴衣を着た人が、淡い月あかりに照らされた野中の一本道を、はるか彼方からこちらに向かって、それも深夜に歩いてくるのと出くわしたら、これはもう怪談の世界ですが、昔はこういうこともあったのです。

 こういう光景にめぐりあえなくなった今の時代を喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかでしょうか。

 子供の頃、一人で遠くまで昆虫採集に行って帰るとき、人が一人しか歩けない山道を通らなければなりませんでした。

 その道の途中に、死んでしまった飼い犬を埋めたと友人から聞いた場所がありました。

 昼間でもそこだけ空気が違った感じがしました。

 実際には何も起こりませんでしたが、そのあたりに犬の霊魂がさまよっているようで、怖くて怖くてしようがありませんでした。
 
 今考えると、その犬は不幸な死に方をしたのかもしれません。

(城島明彦)

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