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2007/08/29

本当にあった怖い話

 犬を散歩させていたときのことです。

 その犬はもう亡くなってしまいましたが、犬の種類はヨークシャーテリアでした。

 それまで先へ先へと歩いていた犬が、ぴたりと足を止めた場所がありました。
 
 いつもの散歩コースと違う神社の境内の一角です。

 僕の目には、そこはどうということもない場所に映りましたが、犬はそこから先へ進もうとはしません。

 ひもを引っ張って動くように促したのですが、それでも前足を踏ん張って進むことを拒みます。

 いくらやってもそうするので、仕方なく抱き上げて先へ行き、境内を出たところで地面におろしました。

 犬は、何事もなかったかのように、また先へ先へと歩き出しました。

 数日後、またそのコースを散歩させてみました。

 すると、この前と同じ場所で進まなくなってしまいました。

 犬は聴覚や嗅覚が人間の何百倍も発達しています。

 おそらく、僕には見えない何か怖いものを見、怖気づいたに違いありません。

 (城島明彦)


2007/08/28

ないようでありそうな怖い話

 「ないようでありそうな怖い話」という見出しで、「週刊ポスト」(9月7日号)に、カバー写真入で『恐怖がたり42夜』の紹介記事が載りましたので、引用します。
 「ブックレビュー」の「時間を忘れる文庫ガイド」のところです。

 ある作家のもとに届いた手紙。そこには106歳で亡くなった男が母から伝え聞いた曾祖母の不思議な話が記されていた。
 曾祖母はなんと1000年以上生きた小野小町であり、その「不老不死」には衝撃的な秘密が隠されている、と……(第7夜 小野小町)。
 携帯サイトで人気を博した短編怪奇小説42話を収録。(芸)

(城島明彦)  

2007/08/24

夕刊フジに書評が載りました

 8月23日売りの夕刊フジに拙著『恐怖がたり42夜』の書評が掲載されました。

 とても好意的に書いてもらっており、「感謝」の一言です。

 『恐怖がたり42夜』は、昨年夏から秋にかけて、ケータイライブドアで連載したショートショート(掌編小説)に加筆したものです。

 今年は9月6日夜から、また、ライブドアのケータイ小説として新しい怪奇物を連載しますので、ご期待ください。

 今回は、ケータイ小説初のスポンサーがつきました。

 詳細については、また本ページで紹介します。 

(城島明彦)

2007/08/23

人魂(ひとだま)が体に飛び込んだ怖い話

 いつ聞いた話なのかははっきり覚えてはいませんが、「本当にあった怖い話」として僕が人から聞いた話です。

 夏の晩のこと。

 40代のサラリーマンが、田舎の野中の一本道を家路に急いでいると、遠くのほうからホタルが一匹飛んできました。

 ホタルはほかにもいっぱい飛んでいましたが、そのホタルだけ動きが違っているので、見ていると、どんどん近づいてきました。

 その人は、見ている途中からそれが人魂であることに気づきました。

 人魂がその人にぶつかりそうになったので、あわてて体をよけましたが、失敗し、人魂は体をすり抜けていったそうです。

 振り返ると、人魂はどこかへきえてしまっていました。

 家に帰ると、その人は奥さんにその話をしました。

 「誰かが亡くなったのかしら」

 と奥さんは思ったそうですが、翌朝目を覚ますと、となりで寝ていた旦那さんが冷たくなっていたそうです。

 死因は、心臓発作でした。

(城島明彦)

 

2007/08/20

人魂(ひとだま)が減った理由

 これも、本当にあった怖い話です。 

 昔は、「昨日の晩、人魂を見た」というような話をしばしば耳にしたが、いつごろからか、めっきりそういう話を聞かなくなってしまった。

 その理由は、次の2つ。

 遺骸を埋葬しなくなったこと、戸外が昔とは比較にならないほど明るくなったこと。

 人魂は、雨が降った後、骨に含まれるリンが燃えるのだと説明され、墓地でよく見られた。

 僕が子供の頃、明治生まれの祖父から聞いた話に、

 「狸が、私を怖がらせようとして人魂を飛ばした」

 というのがある。

 祖父が死んだのは昭和43年春だが、若い頃は、交通機関もあまり発達しておらず、遠くまで歩いて旅をしたそうだ。

 祖父が(三重県の)名張にある親戚へ遊びに行ったとき、夜になった。

 月が照っているので、真っ暗闇ではないから、祖父はどんどん歩いていった。

 しかし、周囲には人っ子ひとりいない。

 そのとき、前方の木立のてっぺんで、大きな火の玉が燃え上がるのを目撃した。

 祖父はそれまでに何度も人魂を目撃していたが、そのときの人魂は、それはそれはでっかい人魂で、大きさが太陽くらいもあったという。

 その人魂は二つで、火の尾を引きながら、木の上でゆらゆらしていたかと思うと、やがて消えた。

 しばらくすると、身の丈2メートルもある巨大なタヌキが祖父の前に現れ、、二本足で立って「とうせんぼ」をした。

 「でっかい、きんだま(金玉)をしていた」

 と祖父はいったから、オスの大だぬきだったのだろう。

 そんなたぬきをそれまで見たことがなかったから、祖父はたいそう驚いたが、多少なりとも柔道の心得があったので、

 「くるならこい!」

 と大きな声でいって身構えたところ、大だぬきはじっと祖父をにらんだが、やがてすっと消えてしまったのだそうだ。

 こういう怪しげな話は、昭和30年代くらいまではよく耳にしたものだ。

(城島明彦)


 

 

2007/08/19

ひとだまのたたり

 中学時代に級友から聞いた本当にあった怖い話。

 クラスに「やぶにらみ」の目をした男がいた。

 その年代の男の子は、ズバズバとものをいっていた。

 「おまえ、どうして目がやぶにらみなの?」

 いわれた子も強かった。平然として、

 「便所で、ヒトダマを見たら、そうなった」

 と答えた。

 詳しい話は、こうであった。

 その少年が便所(昔はトイレなどという上品な言葉は使わなかった。無論、ぽっとん便所)で小便をし終えて出ようとしたら、格子窓の向こう(つまり、外)に火の玉が飛んでいた。

 火の玉は二つだった。

 そのうちのひとつが、窓から入ってきたという。

 少年は、トイレに立てかけてあった棒切れで火の玉を叩いた。

 真ん中を切り裂いたつもりだったが、手ごたえはなく、火の玉はまた外に飛び出し、視界をはみ出して空の高いところへ消えていった。

 「俺の片目が寄り目になったのは、そういうわけさ」

 と少年は得意げにいった。

 彼の話を聞いていた僕を含む悪童数人は、その日から彼を尊敬のまなこで見るようになった。

(城島明彦)

 
 

 


 

葬儀屋から聞いた怖い話

 数年前、葬儀屋の奥さんからこんな話を聞いた。
 
 葬儀屋夫婦が一人息子を亡くしたときのこと。

 息子は交通事故で死んだ。 

 死んでしばらくたってから、母親の枕元に息子の亡霊が現れた。

 気配でそう感じたという。 

 亡霊といっても、姿は見えなかった。声だけが聞こえた。

 「帰りたい」「帰りたい」と、息子はくりかえした。

 この世に未練がある、現世に帰りたい、というのだ。

 かわいい子供だから、できることなら生き返ってほしいが、もう葬儀は終わり、息子は遺骨になっている。

 それなのに、帰りたいと母親に訴えるのは、成仏できていないからだった。

 「おまえは、もう死んでいるのだから、この世に戻ることはできない。安らかない眠るんだよ、成仏するんだよ」

 優しくそう諭(さと)すと、息子の声は聞こえなくなったそうだ。

 不思議な話であるが、本当にあった話である。

(城島明彦)

2007/08/16

怖い夢の話

 怖い夢は何度見たかわからないが、そのほとんどは忘れてしまっている。

 今でも覚えているのは、地獄に行った夢だ。

 そこは地下で、赤土のよう色をした巨大な岩穴のようなところだった。

 機械や道具を使って開けたり、掘ったりしたのではなく、自然にできた空間のようだった。

 床から天井までは何十メートルもあり、壁面に沿って細い道があった。

 何百人もの人が列を作って並んでいた。

 その人たちの顔を見て、普通でないことに気づいた。

 全員、顔が土色をしていたのだ。彼らは死んだ人間だったのである。

 それで、ここは地獄だと気づいた。

 並んでいるのは、殺される順番を待っているのだと知って、僕は脱走しようとしたが、つかまってしまった。

 僕が覚えているのは、そこまでだ。

(城島明彦)

 

2007/08/15

本当にあった怖い怖い話

 僕は20代後半の2年間、東京都狛江市に住んでいたことがある。
 
 狛江市は成城学園と多摩川にはさまれた街だが、周囲には畑がまだ残っていた。

 僕が住んでいたのは、新築の3階建ての鉄筋アパート。6畳と2畳の台所、半畳のトイレという間取りだった。

 僕の部屋は3階の、南と西に窓のある角部屋。
 
 その部屋で、僕はある晩、怖い夢を見た。

 髪の毛が真っ白で肩のあたりまでたらした老婆が天井から降りてきて、僕の体に馬乗りになって首を絞めたのだ。

 白っぽい浴衣のようなものを着た老婆の顔は、陰になっていて見えなかった。

 必死で抵抗を試みようとしたが、金縛りにあっていて、体が思うように動かなかった。

 このままでは殺されてしまうと思い、僕は渾身(こんしん)の力をふりしぼって、「えいっ」と声を出しながら、両手で老婆の胸のあたりを突いた。

 その瞬間、手ごたえがあり、僕は目を覚ましていた。

 ぼんやりと暗い部屋のなかを、老婆が天井向かって体を水平にした状態で上がり、すっと消えていくのが見えた。

 僕は頭から布団をかぶり、そのまま、また眠った。

 恐ろしいことに、その老婆は次の晩も現れた。

 金縛りにあい、「えいっ」と声をあげて突き飛ばすと、老婆は、また天井のほうに消えていった。

 2日も続けて妙な夢を見たと思って不思議に思っていたら、3日目も同じ夢を見た。

 僕は怖くなって、蛍光灯をともしたまま眠った。

 同じ老婆が、3晩たて続けに出てくるというのは尋常ではないと思い、翌日、その手のことが書かれた本を買って読むと、「『同情してはいけない。同情すると、取りつかれる。人違いだ。二度と出てくるな』といえ」というようなことが書かれていた。

 その晩、僕は眠る前に布団の枕の位置の下に包丁を置き、

 「人違いをするな。もし今日出てきたら、おまえをたたき殺す!」
 
 と声に出していってから、布団に入った。
 
 無論、電灯はつけたままにした。

 そうしたら、老婆は二度と出てこなくなった。

(城島明彦)

  
 
 

 

本当にあった不思議な話

 大学3年の4月半ばのある晩のことだった。
 
 僕は、部屋の外の廊下のあたりで「お兄ちゃん」と呼ぶ祖父の声を聞いた。

 時計の針は、午前零時を過ぎていた。
  
 僕には妹が一人おり、妹や祖父母からはそう呼ばれていたから、何の不思議もなかったのだが、そこは自分の家ではなかった。東京・高田馬場の下宿であった。

 部屋と廊下は、ふすま一枚で仕切られていた。

 僕の祖父は、その10日前に他界しているので、祖父の声と思ったが、そうではなく、別の部屋に下宿している学生二人のどちらかが僕のことを呼んだのだと思い直し、二人に「今、呼んだか」と聞いた。

 しかし、二人とも「呼んでないよ」ということだった。

 考えてみれば、彼らが僕を「お兄ちゃん」などと呼んだことはそれまでに一度もなかった。

 祖父が亡くなって以後、祖父の声とおぼしき声で「お兄ちゃん」と呼ばれたのは、それが最初で最後である。

(城島明彦)

2007/08/14

これも、本当にあった怖い話

 これは、僕がまだ小学生だった頃の夏休みの出来事です。

 お盆が近づき、当時住んでいた三重県の田舎の村で、墓地の草むしりや掃除をしたときのこと。

 各戸一人が行くことになっていたらしく、わが家では僕が参加しました。

 バスが通る広い道の坂を登ったそばに墓地はありました。

 行って見ると、子供は僕一人でした。

 墓地の端に、石かレンガかは忘れましたが、それらで作った焼き場が設けられていました。

 刈り取った草や供花用の古い竹筒などは、その前で燃やしました。

 その墓地へ行ったのは初めてだったので、わが家の墓がどこにあるのかわかりませんでした。

 祖父母は、折りに触れて「先祖は百姓だが郷士(ごうし)であり、名字帯刀(みょうじたいとう)を許されていた」と自慢しておりましたので、さぞや大きな墓だろうと思って墓石を探しました。

 ところが、いくら探しても見つかりません。

 親戚のおじさんに尋ねると、その隣のがそうだといわれ、驚いてしまいました。

 大きな石ころのようなものがおいてあるだけだったのです。

 どこからどう見ても、ただの石でした。

 そんな墓は見たことも聞いたこともありません。

 ほかの人は、墓石に水をかけて洗ったり、周囲の草をむしったりしていましたが、わが家の墓はそういうことができる墓ではありませんでした。

 僕は恥ずかしさにじっと耐えながら、焼き場の前で草や竹筒を燃やしているのを、ぼんやりと見ていました。

 火勢(かせい)が強くなると、竹がポンポンと音をたててはじけました。

 それからしばらくして、「パーン」と大きな音がしたかと思うと、一本の竹筒が僕をめがけて飛んできたのです。

 竹筒は僕の目の前で落下しましたが、顔に水がかかりました。

 水といっても、活けた花が腐ってどろどろになった水です。

 僕はとっさにシャツの袖でぬぐいましたが、気持ち悪さはぬぐいきれませんでした。

 「大丈夫か」と声をかけてくれた村人は誰一人としていませんでした。それどころか、失笑したのです。

 僕は深く傷つきました。そのときの気持ちは今もはっきりと胸に焼きついています。

 家に戻ってから、墓がなぜないのか、と祖母に聞くと、「先祖の墓は、戦前まで住んでいた広いお屋敷のなかにあった。おじいちゃんが浄土真宗から日蓮宗に改宗したので、その墓とは別に先祖の墓は浄土真宗の寺にある」とのことでした。

 祖父がなぜ改宗したかというと、屋根から落ちてあばら骨を数本折ったとき、医者から見放されたことがあったそうですが、そのときワラにもすがる思いで、誰かにいわれたことを信じて、「南無妙法蓮華経」と唱えながら、あばら骨を力いっぱい押すと、音を立てて骨が元の位置に収まり、助かったからだそうです。

 昔あった焼き場は今はありません。

 わが家では、4年前に祖父が亡くなったとき、その墓地に新しい墓を作ったので、昔の石ころはもうありません。
 
 祖母や父もそこで眠っています。
  
 父が死んだ後、母はふたたび浄土真宗に改宗し、現在に至っています。

 (城島明彦) 

 

2007/08/13

本当にあった怖い話

 中学2年の夏休みのことだった。

 僕は、電車を三つ乗り継いで、祖父母のいる田舎へ遊びに行った。

 そこは、小学3年の夏まで僕が育った場所だ。

 仏間兼寝室には茶箪笥があり、その一番上に桐の小さな箱が置いてあった。
 
 箱の大きさは、タテ15センチ、ヨコ10センチ、奥行き10センチくらいの箱だった。
 
 箱には、観音開きの扉がついていた。
 
 お盆が近づくと、祖父母は、扉を開けた。
 
 結核で死んだおじさん(父の弟)の喉仏の骨が入っていた。
 
 喉仏と呼ぶのは、仏様のような骨の形をしているからである。

 喉仏の白いお骨(こつ)がズレ動かないように、綿のなかに埋めてあった。

 おじさんが死んでまもなく、僕が生まれたので、「生まれ変わりだ」と祖母はよくいっていた。

 僕が祖父母の家に遊びに行った日は、箱の扉が閉じたままだった。

 僕は好奇心にかられて、扉をあけた。

 そのとたん、なかからボッと光のようなものが飛び出した。昼間のことであった。

 熱かったので、僕は思わず手を引いた。

 おじさんの遺骨なので、僕は怖いとは思わなかったが、知らない人がそういう目にあったら怖かったろう。

 夏休みに入る1か月くらい前から、僕は体の調子がよくなく、いつもだるかった。

 そのこととおじさんの遺骨の喉仏から熱い光が飛び出したことが関係あるのかどうかはわからない。

 おじさんの喉仏は、今は成田さんに納骨されている。

(城島明彦)
 

 

 

2007/08/10

子供の頃、怖いと思った話

 今と昔では、怖さの感覚・内容・質が違ってきています。

 違いの原因は、科学の進歩、夜の明るさ、怖い場所(墓地など)の環境変化でしょう。

 昔は、たくさんの人が人魂(ひとだま)を見ていますが、現在では、そういうのを見たことがある人はまれです。

 先日、テレビで、「金縛り」を医学的に解明していました。
 実際に実験していましたが、眠りに落ちてから、何度も何度も起こされると、金縛りにあうことがわかりました。

 墓地も昔は土葬のところが結構ありました。けれど、今は土葬をするには許可がいり、そういうことをしている家はまれです。

 いつだったか、作家の宮部みゆきさんが、何かの本に「本当の真っ暗闇を知らなかった」というようなことを書いているのを読んで最初驚いてしまいましたが、彼女は東京生まれ・東京育ちなので、生まれたときから街灯やネオンがあって、月や星のない夜でも空や周囲が明るく、「漆黒(しっこく)の闇」「一寸先は闇」という世界を実体験したことがなかったと知って、納得したものです。

 「漆黒の闇」の「漆黒の」は闇の暗さを表わす形容詞で、一寸先の一寸は約3・3センチですね。
 (「へそ下三寸」という表現がありますが、解説は不要でしょう)

 私の場合、小学三年の夏まで育ったところは、街灯などないド田舎。
 月も星もない夜は真っ暗闇になり、懐中電灯なしには歩けませんでした。
 
 月が出ていると、街灯がなくても、懐中電灯を使わなくても、夜道を歩けました。月あかりというのは、すごいのです。

 しかし、月あかりに照らされた世界は、幻想的で、どこか怪奇的な雰囲気があります。

 白い浴衣を着た人が、淡い月あかりに照らされた野中の一本道を、はるか彼方からこちらに向かって、それも深夜に歩いてくるのと出くわしたら、これはもう怪談の世界ですが、昔はこういうこともあったのです。

 こういう光景にめぐりあえなくなった今の時代を喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかでしょうか。

 子供の頃、一人で遠くまで昆虫採集に行って帰るとき、人が一人しか歩けない山道を通らなければなりませんでした。

 その道の途中に、死んでしまった飼い犬を埋めたと友人から聞いた場所がありました。

 昼間でもそこだけ空気が違った感じがしました。

 実際には何も起こりませんでしたが、そのあたりに犬の霊魂がさまよっているようで、怖くて怖くてしようがありませんでした。
 
 今考えると、その犬は不幸な死に方をしたのかもしれません。

(城島明彦)

2007/08/08

文庫本『恐怖がたり42夜』のPR

 最近は「本当にあった怖い話」が受けているようですが、小説(フィクション)の怖い話はいかがでしょうか。

 7月末発売の『恐怖がたり42夜』(扶桑社文庫)には、掌編小説のジャンルに入る怖い話が42話はいっています。

 怖いといえば、それらの話は昨年、ライブドアのケータイ小説として発表されましたが、連載が終わってその数を数えたら、42話になっていたので、ぞっとまではしませんでしたが、「不思議なことがあるもんだ」と思ったものです。
 
 こういうことって、気づいていないだけで、誰にもあるはずです。

 私の場合、大学受験のときの第一志望の大学の受験番号は、忘れもしない「444」でした。
 
 郵送されてきた受験票を見て、「落ちる。番号を変えてほしい」と抗議をしようと思ったほど落ち込みました。
 
 試験場では、そのことばかりが頭をかすめ、集中できませんでした。

 模試などのデータから考えると受かって当たり前でしたが、結果はみごとに不合格。一浪しました。
 
 別の大学の教授だった叔父が受験校にいる友人の教授に成績を調べてもらったら、合格者の最低点に50点も足らないとのことで、ダブルショックでした。

 今も、受験番号にこんな不吉で不気味な番号があるのでしょうか。

(城島明彦)
 
  

怖い話はいかが?

 
 真夏の定番といえば、怪談、ホラー映画……。

 ライブドアのケータイ小説として城島明彦が発表した怖い話、不気味な話、不思議な話が『恐怖がたり42夜』(扶桑社文庫)という本になって7月末に出ました。

 掌編小説で、どこから読んでもOKの42話です。ぜひ読んでください。

 (ところで、本ブログ、長らく開店休業状態ですが、秋口には内容を一新する予定。小説家を目指す人たちが書いた掌編小説を発表する場にしようと思っています。乞う、ご期待。)
 
 

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