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2006/06/01

「幸せってなんだ?!」――(10)偽りの幸せ

 杉山登志(とし)という名を聞いて、どんな人物であるかを即座に説明できる人は、おそらく、ごく限られた業界の、それもかなり年配の人たちだけでしょう。
 杉山登志は、一九七三年十二月に死去したCM界の超売れっ子だった人です。享年三十七。彼は、自ら命を絶ったのです。遺書は、机の上の原稿用紙でした。
 そこには、手短にこう書かれていました。
 
   リッチでもないのに 
   リッチな世界などわかりません
   ハッピーでもないのに
   ハッピーな世界などえがけません
   「夢」がないのに
   「夢」をうることなどは……とても
   嘘をついてもばれるものです

 彼の死後二週間ほどして、朝日新聞は写真入りで大きく報じました。以下はその一節です。
 《日大芸術学部の学生時代からこの世界にはいり、日本天然色映画会社のディレクターとして、十三、四年もCFを作り続けてきた。発想のうえで、技巧のうえで、いつも、ずば抜けていた、といわれる。
 資生堂・女性化粧品のテレビCFは、ほとんど彼の手になる。たとえば、今秋のアイ・メイクのシリーズ。図書館で、軽井沢で、中学生の男の子が、ふと、中年の女性と目があい、淡い恋心をいだく……。ほかに「のんびり行こうよ、世の中は」のガソリン。「いいじゃないか」の車。
 妻や子はいない。最近、繰り返し聞いていたレコードがあるという。「長くつらい旅だったでしょうね」という意味の言葉ではじまる、女性歌手ヘレン・レディの「長くつらい登り道」である。》
 ヘレン・レディは、七〇年代前半にリリースした「私は女」「ひとりぼっちの哀しみ」「アンジー・ベイビー」「デルタの夜明け」の四曲が全米チャート一位に入った売れっ子のポップス歌手で、当時、オリビア・ニュートンジョンと人気を二分していましたが、「長くつらい登り坂」はそれほどヒットした曲ではありませんでした。
 筆者は、杉山登志の追想本を所蔵しています。写真がいっぱい入ったグラフィティで、亡くなってから五年後にパルコ出版局から上梓された『CMにチャンネルをあわせた日――杉山登志の時代』という本です。
 野坂昭如(作家)、田原総一郎(評論家)、小林亜星(作曲家)、横須賀功光(写真家)ら、そうそうたる人たちが一文を寄せています。
 この本を買ったのは、杉山登志を描いたテレビドラマ「ザ・スペシャル 青春の昭和史Ⅱ 30秒の狙撃兵」(一九七九年十二月十五日テレビ朝日で放送)を見て感動したからでした。中村雅俊が杉山登志を演じました。
 筆者がソニーの宣伝部に在籍していたときのことで、以前上司だった人に「演出が見事だった」とドラマの感想を述べたところ、「あれは、俺の兄貴(河野宏。二〇〇一年死去)が演出したんだよ」というので、驚いてしまいました。

   ハッピーでもないのに
   ハッピーな世界などえがけません

 杉山登志の詩のような絶唱が、筆者の心に今もぐさりと深く突き刺さっています。
映画や音楽や小説をクリエイトする人間は、それらを見たり聞いたり読んだりする人たちに「夢」を売っているといってよいでしょう。そんな人間が実生活で幸せでなかったら、作品を鑑賞してくれた人たちの思いを裏切ることになります。
 俳優や歌手も同じです。彼らもまた、人々に夢を売り、人々を幸せな気持ちにさせるのが仕事です。
 人々に夢や希望を売る職業に携わる以上、私生活でも大きな夢を持ち、幸せを実感していないと、幸せな情景が満ちあふれた作品を創ったところで、どこか嘘っぽいものになってしまいます。
 プロですから、うまくごまかしてはいますが、そうすることで悩み、苦しみ、自分を傷つける結果が待ち受けています。
 虚飾の幸せ――一言でいうと、「ふりをする」「演じている」ということですが、作品と現実とのギャップが大きければ大きいほど、作り手の自責の念は強く激しくなります。そしてその重みに耐え切れなくなったときに、クリエイターたちは自死を選ぶのです。筆者はそう考えています。

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