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2005/08/26

義経(5)  『怪し不思議の物語』番外編   「静御前はアレンジャー」

 義経の愛妾(あいしょう)だった静御前(しずかごぜん)は、頼朝に強要されて、鎌倉の鶴岡八幡宮の舞殿(まいでん)で、歌を歌いながら舞(まい)を舞った。そのとき静御前は、義経の子を宿していた。

 ●しづやしづ  しづのをだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな
 ●いにしえの しづのをだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな
 
 最初の歌が静御前が歌った歌で、後の歌は『伊勢物語』に出てくる歌だ。
 替え歌のようなもので、一見して模倣とわかる。
 静御前は、白拍子(しらびょうし)という芸人である。
 子供のころから、母親から芸事を仕込まれたので、過去の有名な歌をたくさん知っていた。それらをうまくアレンジするのが得意だっただけで、創作力はなかった。
 静御前は、頼朝の前で別の歌も歌ったが、これも『古今和歌集』からのパクリ。
 最初の歌が静御前で、後の歌は『古今和歌集』にある歌だ。
 
 ●よしのやま 峰の白雪 踏み分けて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
 ●みよしのの 山の白雪 踏み分けて 入りにし人の おとづれもせぬ
 
 紫式部や清少納言といった才女とは、レベルが違っていた。

 (詳しく知りたい方、興味のある方は、城島明彦著『裏・義経本』をご覧ください)

2005/08/13

義経(4)  『怪し不思議の物語』番外編  「身長150センチ・体重45キロ」

 『裏・義経本』(主婦の友社)に書いたことだが、義経は背が低かった。
 150センチくらいだったのではないかと筆者は推測している。
 あてずっぽうでいっているのではない。
 鎌倉時代の成人男子の平均身長は、人骨や甲冑(かっちゅう)からの推定で157センチくらいなので、平均より10センチくらい低い人間を「小柄」とみなすならば、義経の身長は高くて150センチと見るのが妥当なのだ。
 体重は45キロぐらいだったろう。プロボクシングでいうと、最軽量の「ミニマム級」(47・6キロ以下)である。
 義経は、身軽だった。ボクシング選手のように筋肉質で、動きが機敏で、オリンピックに出場する体操選手のような跳躍力も備わっていて、普通の人間にはできないような芸当ができた。
 そういう話に尾ひれがついて、牛若時代に京の五条大橋で弁慶と戦ったときに欄干の上に飛び移ったそうだ、とか、平家との合戦では「八艘(はっそう)飛び」をしたらしいといったエピソードが生まれたのである。

2005/08/04

義経(3)  『怪し不思議の物語』番外編  「色白・出っ歯・小柄」 

 義経は、NHK大河ドラマでは、
 「むだ口を叩かない、もの静かな男」
 として描かれているが、
 「本当の義経は、おしゃべりだった」
 というと、ほとんどの人は、「えっ!?」と驚くはずだが、根拠のないことではない。
 ここで、クイズである。
 「テレビによく登場する人気タレントの明石家さんま、柳沢慎吾、久本雅美、柴田理恵に共通する特徴は何か」
 その答は、
 「出っ歯」
 さて、義経であるが、彼も出っ歯であった。
 「九郎判官は色白き男の、たけ低く、向かう歯二つさし出でて、ことにしかんなる」(義経は、色白の男で、背は低く、前歯二本が出ているからすぐわかる)
 と『平家物語』にも書かれている。
 つまり、義経の三大特徴は、
 「小柄、色白、出っ歯」
 なのである。
 先のタレントの例から推して、「出っ歯の人は、概して、よくしゃべる」といってよいのではなかろうか。
 ということは、ホンモノの義経は、決して寡黙な人間ではなく、明るく、ひょうきんで、よくしゃべる男だったと推測される。

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